「……ちょっと神永さん……どういうつもりですか」

 私の言葉に、神永さんは事もなげに「何が?」と答えるので、ブチッと血管切れたのが分かった。コイツ舐めてんのか人のこと。

 「『何が?』じゃないですよッ! 田崎さんと急に揉めたかと思えばにあんな――はぁ……なんですかその顔。全部アンタがしたことでしょ、何落ち込んだような顔してんですかクソ腹立つんでやめてもらえます?」

 だけど、ホントに情けない顔――社内で一、二を争うイケメンで、いつでもそこら中に振りまいてるキラキラしい笑顔なんか見る影もなく、ただただ泣くの? ねえ泣くの?? みたいな顔をしているので、ここでブチ切れて説教(という名の制裁)ブチかましたところでどうしようもないと、私は溜め息を吐いた。

 「……落ち込んでんじゃなくて自分に嫌気さしてるだけだ。……ついカッときちゃって……」

 眉間に皺を寄せて、神永さんが視線を床に落とした。

 ホントこんな顔初めて見た。いつでもチャラチャラしててナンパだし、数々の浮き名を流してはアンタ芸能人かよというレベルにスキャンダルに困らない人なのに。まぁ三好さんの問題については苦労してる人だけど、この人だってスーパーエリートだし女性社員の憧れの的。私はそんなキラキラしい神永さんなんてまともに見たことないけど、話を聞く限りだと『笑顔がかわいい〜っ』とか『いつでも優しいの〜』とか、まぁやっぱり典型的なチャラチャラしたナンパ男だなっていう。

 だけど今は、そんなふうにキャアキャアされるような人にはどうしたって見えない。これガチ凹みなんじゃないの泣くの??
 なんか調子狂うなぁと思いながら、私はもう一度溜め息を吐いた。
 まぁ、神永さんの心情とかそういうのには大して興味ない(真顔)。
ただこんなあからさまに凹んでます〜って顔されると、ほっとくわけにもいかない。というかアンタなんであんな余計なことしたのっていう。

 「……らしくないですね。っていうか本気でのこと好きなんですか」
 「嫌なことを聞くなぁ、きみは」

 トンと壁に背中を預けて、神永さんは苦々しい顔をした。

 「神永さん、カッときたって言いましたよね。田崎さんに対してですよね、あからさまに。どういうことです。……“ゲーム”ってなんですか」

 ま、繰り返しになるけど神永さんの心情なんて私にはめちゃくそどうでもいいことで、のことが心配だ。というかのことしか心配じゃない。
 確かにこの顔見たらほっとけはしないけど、結局のところはに繋がる。急に神永さんなんてほぼほぼ絡みのない人に壁ドンとかデコちゅーされてみろよこええだろ。……神永さんマジふざけんな。

 というわけなので、神永さんがカッときた理由というのをハッキリさせなきゃいけないわけだ。カッときた結果、にあんなけしからんことしたなら、おまえのほうがよっぽど信用ならねえわ……っていう。二度も三度もこんなことあったら困るんですけどっていう。

 ――それに、神永さんが言った“ゲーム”という言葉に対して、田崎さんは否定も肯定もしなかった。その“ゲーム”とやらの話題になった途端に神永さんはカッときて屋上を出たんだから、それが深く関わっているのは分かる。
 けど、その内容が分かんないんじゃ、ただ田崎さんを信用すんなって言われたって困る。っていうか現状信用ならないのアンタ。田崎さんじゃない。

 神永さんは視線を持ち上げて、じっと私の目を見つめた。

 「……D機関に通ってたころまで話戻るから長くなるし、きみは俺たち――まぁ俺は元々がそういう男だし気にしないだろうが、三好も田崎のことも軽蔑することになるぞ」

 「あの田崎さんを信用するななんて言われたんですよこっちは。理由聞かせてもらえなきゃ納得できないですよ。あとアンタらは色んな方向に色々すげえのは分かってるんで何聞いたって今更感しかないんで大丈夫ですどうぞ」

 「……きみは恐ろしいほどに冷静だな」

 目を丸くする神永さんに、私は思わず顔をしかめた。
 散々ここまでディスっといてなんなんだけど。……なんなんだけどさぁ……。
 私は、キラキラしい神永さんのことは知らないけど、私には私が知ってる神永さんというのがいるわけで。

 「……私、分かってますから。まぁ意味分かんないですけど――神永さんが何の理由もなく、にああいうことする人じゃないことくらい。確かにナンパでチャラついてるけど。チャラい極めちゃってるけど」

 「その余計な一言さえなけりゃ完璧なのに台無しだな。――じゃあ話すけど、最初に言っておくぞ。三好はちゃんに本気だ。まぁこの先も応援してやれと言える立場じゃないし、きみの好きにしたらいい。でも、疑うことはしないでやってくれる?」

 ただこういうの困るんだわホント。

 「シリアス方向にもっていこうとするのやめてくれます? こういう展開にする予定はなかったんで」

 「そんなの俺が一番よく分かってるからなるべくライトな感じでいこうお互い」

 「オッケー了解」

 「よし、今初めてきみと分かり合えた気がするぞ」


 神永さんはまず、「D機関てとこは、まぁ“普通”の予備校とは違う。どこがって話になるが、まぁ簡単に言えば学校で習うような科目の他に、“特殊授業”があるんだよ」と言った。

 私もなんとなくではあるが、さすがに名高い“D機関”。多少なりとも話を聞いたことはある。

 「あぁ、なんか聞いたことありますよ。でも、詳しい内容っていうのはどこでも聞きませんね、あんな有名なのに」

 「極秘だからな」

 「……私に言っちゃっていいんですか? “極秘”なのに」

 神永さんは溜め息交じりに「そうじゃなくちゃ話は進まないだろ。それにバレたとしても、ちゃんを可愛がってるんだ。魔王も何も言わないさ…………たぶん」と自信なさげに呟いて天井を見上げた。ははは、苦労人っぽい哀愁漂いまくってる。
 何度でも繰り返すが私は神永さんのことはどうでもいい。第一主義者だから。神永さんととか比べるのもおこがましいというかまったくの違う生命体だから比べようもないうちの子フェアリー。

 「まぁ神永さんがどうなろうと私は無事なんでいいんですけど。さっ、続けてください」

 「きみはなぁ……まぁいい。――で、その授業っていうのは、サラッと言えるものだと心理学。まぁ“普通”の予備校じゃあそんな授業ないよな」

 「……」

 ホントこの人サラッと言ったけど何それ感がすごすぎて無言。そんな授業ある予備校に通わせるとか親は何をさせたかったの我が子に。何を目指してほしかったの? なんで? なんで?? それしかコメントないわなんで????
 でもこれだけは分かる親御さんもスーパーエリートなんでしょどうせ……と思いつつ、エリートさまの思考ってホント謎だな……といつでも斜め上な三好さんの顔が浮かんできて、うちのちゃんは三好家に嫁いで大丈夫かな……とちょっと不安になってしまった……。

 まぁ今は三好さんとか神永さん以上にクソどうでもいいので、頭を振って追い出したけど。この話に三好さんまで割って入ってきたらいよいよ大パニックだわ。収拾つかないわ。

 この人たちは能力的に足し算じゃない。掛け算。斜め上すぎどこまで突き進むのその我が道っていう三好さん×ありとあらゆる方面に万能感凄まじい田崎さん×このどうしようもねえ神永さんイコールとか考えたくもないわ何起こるんだよビッグバン? 地球もう一回創り直しちゃう?? エリート×エリート×エリートならできちゃう????

 「きみはこれを聞いて『バカかよッ! 校長バカかよッ!! 結城のおじさまディスる日がくるなんて思わなかったわバカかよッ!!!!』と言うと思うが、その特殊授業の中に“人心掌握術”というのがあってだな」

 …………。

 「……アンタらだからエリート街道まっしぐらなんだな納得。驚きすぎていつもの反応できませんご期待に応えられなくてすみません」

 「ライトにいきたいんだ。なるべくいつもの調子で頼む。――で、その“人心掌握術”っていう授業で習ったことを試してみたくなったんだよな、ある日。……心が成熟してなかったというか……まぁ、今になって思えばバカな話だ。今でこそきちんとコントロールできてるけど、習ったことのない、他の誰も知らない力っていうのを試してみたくなったんだ」

 ……エリートの考えることってホント謎。

 いや、何それ。“人心掌握術”は言わずもがなだけど、私は次の言葉を聞いて今日は色んなメーターが仕事しまくってんな?!?! と本当の意味での壁ドンしたくなった。なんなの? ホントみんなどこの何を目指してたの?? 同じ景色見てるはずなのに全然違う感想言ってくるアレでしょ……天才ならではの独自のアレでしょ……語彙力なくてごめんでも私凡人だから限界ある上に今なるべくライトにライトにって思ってるけど混乱してる錯乱状態だから勘弁してホント。

 「……誰が言い出したか、『実際に試してみよう』って話になった。当時つるんでた連中で、習いたての人心掌握術とやらでどこまで人を操れるか――っていうのは建前で、あそこを辞めることなく卒業したことがその証明になるが……生徒という生徒、みんなが自尊心のかたまりみたいなやつらばっかりだったんだ。本音は、人心掌握術において誰が“一番”優秀かっていうのを知りたかったんだよ」

 「……バカかよただのガキがッ!! ンなことするヒマあんなら公園でも走り回ってろボケがッ!!!!」

 壁ドンしたわもう。何考えてんの? 確かに何事も初めて覚えたこととか試したくなるけどガキの発想かよそれが。エリートの思考はどうなってんだって何度言わせれば気が済むの?? 凡人の理解力じゃ追いつかない。斜め上すぎ。……持って生まれた才能ってやつねハイハイ分かったそういうふうに自分を納得させないとお話進まない。

 「当時の俺たちにとっては、“それ”が遊びだったんだよ。きみの言う通りバカだったんだ。……それで、どうやってやろうかってなるだろ。……バカだったんだ。……参加するやつ全員で決めた女の子を落とせたやつ、こいつを“一番”ってことにしようってなった」

 ……だから発想がね? そういう思考回路がね? と額を押さえつつ、「……もう分かったんで結構ですこれ以上シリアス続けるとホントに修正できなくなるんで。要するに、当時はただのクソガキだったアンタらがやってたその“クソゲー”を田崎さんがしようとしてるって言いたいんですねターゲットをにしてオッケー把握」と私は頷いた。

 「……それがよく分かんないから困ってる」

 神永さんは眉間にぐっと力を込めたかと思うと、次には深い溜め息を吐いた。

 「は? だってそう思ったからあんなこと言ったんじゃないんですか?」

 私の言葉にすぐ「いや、そう思ってる」と答えたものの、やっぱり難しい顔だ。

 神永さんが分かんないんじゃ私のほうが分かんないに決まってるし、そもそも何の確証もなしに田崎さんにケンカ売るとかアンタね……とこっちのが難しい顔し「……思ってるが――言っただろ、“自尊心のかたまり”って。俺たちは別に“お友達”でも“お仲間”でもない。だから長いこと付き合いがあって、今でもああやってつるんでいても、お互いのことなんて何も知らないんだよ」たい……。

 「……バカかよッ!! 貴重な青春時代をドブに捨ててんじゃねえッ!!!!」

 青春時代っていうのは短いんだよッ!! そこで何を得られるか? コレは重要なことなんだよバカかッ?! この青春時代に得ることのできたものっていうのはなぁ……いつになっても輝いてるモンなんだよッ!! ふと振り返ってみた時に懐かしさと共に蘇ってくる思い出に涙したこととかないのッ?! 当時流行ってた曲とか聴いた時、あの時は――って思い出したり、それによって色んなことあったけど、でもやっぱり今の自分があるのはあの頃の自分がいたからなんだよね……とかおセンチな気持ちになったりすることないってことでしょ?! 何してたのホント!!

 ……青春時代は短いよ。短いんだよ。でも短いからこそ、そこで得られたものっていうのは――つまり私が言いたいことっていうのはな…………エリートエリートした顔しといてってアンタ三好さんのこと言ってたけどな?! アンタもそうだよバカッ?! バカなのッ?! 確認するまでもないわハイ、オッケー、バカ。アンタもこれでめでたくエリートエリートした顔だけのバカに仲間入りじゃボケッ!!!!

 ぶるぶる震える拳を握る私に、神永さんは決まり悪そうに続ける。

 「……返す言葉もないが、当時の俺たちはそれでよかったんだよ。――というわけで、俺は田崎が何を考えてんだかサッパリ分からない」

 何も言えずにいると、神永さんは「ただ、」と言ってふと真面目な顔をした。

 「初めに言ったが、三好の気持ちを疑うのはやめてやってくれ。……どうして三好の気持ちを疑わないのかって、そんな余地がないからだ。D機関は“自尊心のかたまり”の集団だって言ったよな。あいつもその“自尊心のかたまり”だからだよ」

 確かに三好さんのプライド(笑)はエベレスト級(笑)。

 でも三好さん(笑)しか知らない私からすると、“自尊心のかたまり”なんて表現に当てはまるようには思えない。

 だって三好さん(笑)だよ? あんな使いモンにならねえのにエベレスト級(笑)のプライド(笑)の持ち主である三好さん(笑)を“自尊心のかたまり”キリッ! とか言われても……っていう話である。それならもっとそれにふさわしい誇り高い感じのプライドで“まとも”なお仕事してくれます? それなら三好×とかもうとっくの昔に叶ってたんですけど?? っていう。

 けれど神永さんはやっぱり至極真面目な顔だ。そして続けていく。

 「特に三好は冷笑的な部分が目立ったタイプ――まぁそれも本当かどうかは知らないが、少なくとも今の三好と同一人物だとは思えないし、初めて“さんていう女性社員を追っかけ回してる”って噂を聞いた時には驚いた。実際、様子を見てみればアレだしな。それにきみも見ただろ、あの見合いの時、佐久間さんを小馬鹿にしてる三好を」

 ……あぁ、根拠なし、確証なしの謎自論から導き出したあの余裕ね……。

 「佐久間さんと“仲が良くない”の納得。今の三好さん(笑)見たら当時の三好さんどうなるんですかね? 死ぬの??」

 「その可能性は充分にあるな。……まぁそういうわけで、三好については問題ないだろうと俺は思ってる。だけど、田崎に関しては何も読めない」

 まぁ話の大筋は分かったので、私は思わずあくびした。眠いわホント……。

 「そもそもあいつは、いつも一歩引いたところから見てるような節があったし、“ゲーム”に参加するのもまちまちだった。それなのに、初めてあの居酒屋できみたちと顔を合わせてからの田崎は、俺からすると変だとしか言いようがないんだ。初めは三好をからかってるだけだと思ってたが、きみの言う“せんせい事件”やらデートやらでの、ああいう掴みづらい態度。――元々の性分だったと言われればそうかもしれない。俺はあいつのことを何も知らないしな。だけどやっぱり、こんなあからさまに物事を引っかき回すような男じゃない。そもそも機関生なら、もっと上手くやれるし上手くやる。だから何を考えてんだかよく分かんないんだよ。……なのにああいう、まるで当時の“ゲーム”を指すようなことを言うから、つい……」

 真面目に語っちゃう神永さん……。

 「神永さんやっぱどう考えてもお兄ちゃん枠……損する性格しすぎ涙出そう(笑)」
 「きみ真面目に聞いてるか?!」

 キャンキャンうるさいな眠いんだよこっちは……と思いつつ、「聞いてますよでもライトな感じにしようって決めたでしょうがッ!! ……で、神永さんはうちのかわいいちゃんを守ろうとしてくれてるわけですね」と私は腕を組んだ。
 まったくややこしいことになったもんだ……。三好×の成就、そして(私の考えた)二人の幸せを見ることができる日っていつ頃です? 確かにすったもんだもアリって私言いましたけども。だからって決して我慢強いとかそういうわけじゃないのよ……? と遠い目をしたくなっている私を余所に、神永さんは力なく溜め息を吐いて、首の後ろをこすった。

 「……心配なんだよ。俺は“クソゲー”には毎度参加してた男だから、“指定された女の子”がどうなるか知ってる。……ちゃんには、そういう思いさせたくないだけ」

 スーツのポケットに両手を突っ込んで、じっと床を見つめる目はなんと表現したものか……。

 マジで溜め息展開すぎて私はどういう反応したらいいの……?
 っていう気持ちはあるけど言いたいことは一つ。

 「……ふぅん。……ナンパでチャラいを極めちゃってるタイプほど、穢れない清純な女の子にコロッとやられちゃうのって現実にあるんですね。…………本気も本気じゃねえかどうすんだよッ!!」

 とりあえず今はコレ一つッ! 今はコレ一つしか言うことないけどなッ!!!!

 「……だから言っただろ最初に……。“嫌なこと”聞くなって……」

 顎を胸に押しつけるほどに、神永さんは背中を丸めた。
 ……ホントどうしょもねえな……。

 「はぁ……。まぁいいですよ、しょうがない、好きなもんは好きなんですから。……で、が神永さんを選んだらどうしてくれんですか」

 私の言葉に、神永さんはぼんやりと「ないだろ、そんなこと。俺はきみの言う通りの男だし――」とか言うのでブチッと血管が。

 今度はもう抑えきれないぞこの激情……ッ!!
 ふざけんなこっちは(私の考えた)三好×の夢かかってんだよッ!!!!

 「ないこともないから聞いてんですよこっちはッ!!!!」
 「え、」

 俯いていた顔が、勢いよく持ち上がった。
私の顔を見つめる目は丸く見開かれている。
 舌打ちしたいホント。ホント舌打ちしたい。

 「……神永さんは確かにナンパだしチャラい極めちゃってますけど、私も最初に言いましたよね。神永さんは何の理由もなく、ああいうことする人じゃありません。……最悪だ、なんでよりにもよって神永さん……。……でもだからこそ、が今後アンタのこと好きになっちゃう可能性は充分にあるんですよその捨てられた子犬みたいな目やめてもらえますか王道のギャップ萌えなんで神永×もアリだなって余計に選択肢増えるでしょ」

 っていうか。っていうかっていう話なんだよ。

 「……大体、今のところ一番リードしてるのって神永さんじゃないですか……。……おでこといえどキスはキス。一番最初のキスシーンの相手ですよ、アンタ」

 私がしかめっ面でそう言うと、だらしなくポケットに突っ込んでいた両手をザッと引き抜いて、神永さんは上擦った声を出した。

 「っ、な、そ、そんなの……っ! あ、あのなぁ、きみ! そうだとしてもちゃんは――」

 ……アンタは私の血管いくつブチ切れば気が済むんだよ……ッ!!!!

 「あのね?! 三好さんの変化球はともかく、分かりやすく攻めてる田崎さん相手ですら『田崎さんがわたしなんか相手にするわけないでしょ失礼だよ?!?!』って言うんですよ?! もうはキスでもされなくちゃ分かんないんですよなんで三好さんじゃなくてアンタが――って顔真っ赤にすんなこっちが恥ずかしいわボケがッ!!!!」

 「〜っ仕事! 戻る!!」

 神永さんは顔どころか耳まで――首までも真っ赤にして、体を震わせながら私に背を向けると、そのまま走り出そうとした……ので、ここであのオリンピック走りされたら困ると肩を引っ掴んでくるっとこちらへ反転させ、「オイ逃げんな話は終わってないッ!!」と怒鳴った。

 「っ、あ、相手にされるわけないだろっ! 俺の素行はちゃんだって知ってるんだからさ!」

 目元に手の甲を押しつけて、何かを振り切るかのように神永さんも声を張り上げた。

 ……コイツ……ホントに……ふざけてんのか……? 舐めてんのか……?
 どっちにしろ許さないけどどうすんだっつってんだろうがッ!!

 「だから! 意識させることができたところでリードしちゃってんだよッ!! これからは神永さんのこと意識しながら生活してくことになるんですけどどうすんです?! 佐久間さんだっているのに……。……話聞いちゃった以上、安パイなのは完全に佐久間さん。だけどあの人の性格上どういうふうに進展するか分からないし、そもそも“お友達”からステップアップできるの? っていう。……田崎さんは、まぁあの人がの“理想の王子様”でいる以上、有利なのは有利。けど“恋愛”って意味では意識してない。ファン感覚。で、私の推しである三好さんはマイナスからのスタートで何の進展もない。…………今現在分かりやすく進展しちゃったのどう考えてもアンタでしょうがッ!! 好感度的にもきっとアンタが優勝だよ佐久間さんは初めから一貫して真面目だけどナンパな性格してるアンタが実は……ってのは確実に逆転ホームランだよ十人いたら十人が『神永さん』って答えるわッ!! それは三好さんの仕事なのに……ッ!!!!」

 「そ、んなこと、言われたってなぁ……!」と言って、ずるずるとその場に座り込む神永さんを見下ろしながら、私は「――まぁそれはともかく、神永さんが“ゲーム”の話を私にしたこと、田崎さんが知ったらどうすると思います?」とこめかみを擦った。
 それを聞いて神永さんは「……もっとあからさまに引っかき回すだろうな」と、眉間にしわを刻んだ。

 溜め息しか出てこないこの状況、ややこしすぎる展開、先が見えなさすぎてどうしよう(真顔)。

 ……私は(と三好さんに対して表向きには)一応のところ中立の立場だし、ヘタなことはできない。ヘタなことはできないイコール、何もしない……というわけにもいかない。つまり、上手く立ち回らなければならないのだ。

 誰にも何も、事の核心を知られるようなことをせず、“いつも通り”…………こんなの無理ゲーだわしかもラスボス田崎さんとか難易度初めっからルナティック。凡人と神とが戦えるとか思ってんの? 私ホント超能力とかないし第六感とかそういうのも備わってない平々凡々な名もなきその辺の女AどころかCとかD、もしかしたら“その他”って一括りに紹介されるモブ中のモブなんだよ。なのに田崎さん相手にやれることなんかね、たかが知れてんですよ分かります……?

 神永さんをじっと見下ろしながら「ですよね。そうなると私は今まで通りでいることしかできない――っていうか相手は田崎さんですから、私もコレ聞いちゃったなんてことを悟られないようにする、これだけで精一杯です。で、三好さんはどう考えたって頼りにできない色んな意味で。ブチ切れ不可避だし、その場合どうなるか分からないんじゃ恐ろしい……。……つまり、を守れるのってアンタしかいないんですよ神永さん」と一気に言い切った私に、神永さんは頭を抱えた。

 「……落ち着いて考えて佐久間さんに任せればよかった……」

 「そんなこと言ったってもう遅いでしょバカが。……で、責任取ってくれるんですか神永さん」

 「は、」

 ぽかんとした顔をする神永さんに、私は溜め息を吐いた。
 察しが悪いなホント。っていうかエリートエリートした顔しといて使いモンにならねえのはアンタも三好さんと変わらねえよホント。ポンコツもいい加減にしろよマジで。

 田崎さんが何を考えてんだか分かんない以上、こっちはどうにもこうにもできずに終了パターンもあるわコレじゃ! だって悔しいことにあの人しかまともな真のエリートいないじゃんかよふざけんなマジで何このラインナップ。ただでさえ無理ゲーで難易度もルナティックより他選択できないのにこのパーティーとか瞬殺じゃねえかよもっかい言うけどふざけんな。

 だけどどうにもならないんだよコレも悔しいことにッ!! あーッ!!

 「……だから、がアンタを選んだ場合、あちこちの女の子とフラフラ遊ぶのやめてと真面目に付き合えるんですかって聞いてんですよ」

 私の言葉を聞くと、神永さんはぱちぱちとまばたきした。
 ……まつげ長いなさすが(顔だけは)社内で一、二を争うイケメンだよそれは認める!!!!

 「……な、何を言ってるんだきみ、そんなことあるわけ――」
 「だから何回も同じこと言わせんなありえないことじゃないんだよッ!!!!」
 「あ、ありえないモンはありえないだろ! 何をバカなこと言ってんだ!!」

 弾かれたように立ち上がって、神永さんは首を振った。
 ……だからこれ以上ブチ切れさせんな私の血管をッ!! 死んだらどうしてくれんだよ三好×はまだ始まってすらないのにッ!!!!

 「バカはそっちだろうがバカがッ!! ならなんで田崎さんに食ってかかったんです?! ならいっそブチ切れて何するか分かんなくたって三好さんに言えばよかったでしょ田崎さんが良くないこと考えてるかもしれないって!! “ゲーム”がどういうモンか分かってんだから三好さんだって話を真面目に聞くくらいはできるでしょ?! なのになんで?! 中途半端な気持ちならにさっきしたことどうにかこうにか全部訂正してきてくださいよ自分で蒔いた種なんだから!! できるでしょ?! そうじゃないならアンタもただ事態をややこしく引っかき回しただけなんですけど?!?!」

 私がそう怒鳴り散らすと、神永さんはぴたっと停止して、黙ってスーツの内ポケットからスマホを取り出した。
 ……血管いくつブチ切ってくれたんだアンタって話だけど、溜め息も何度吐けば満足するの……。

 「……確認してくれ」

 神永さんが私にスマホを差し出した。黙って受け取って、画面を見る。

 「……真面目かよ。連絡先全消去とか、アンタ仕事関係どうすんです?」

 私の言葉に、神永さんは簡単に「大事なのは全部頭に入ってるから問題ない」と答えた。視線はまた、床に落とされている。
 それは特に指摘せず、私はいつも通りの調子で「エリートの記憶力パねえな」と言った。たぶん。呟き程度の音量だったので、自分でも上手く聞き取れなかった。

 「っていうか。これは――他の女の子とは全部縁を切る、って捉えていいんですか」

 神永さんはふと視線を持ち上げると、どっからどう見たって文句の言いようがない真摯な目をして、「それでいい」と静かに言った。

 ……ただのチャラい極めちゃってるだけのお兄ちゃん枠に収まってればいいものを……自分から苦労しにいってどうすんのこの人絶対早死にするタイプでしょ……。
 私はスマホを神永さんに返すと、目を細めてじっと視線を送る。

 「……こうなったら神永さん、本気で狙ってくださいよ。三好さんにもいい起爆剤になると思うんで」

 「……きみは俺を応援してるのか当て馬にしたいのかどっちだよ……」

 「当て馬に決まってんだろ私は三好×推しです」

 「ハイハイ、何回も聞いてる、聞いた俺がバカだった。……まぁでも、三好には悪いが――」

 ……どうしょもない、ホント。

 「――神永さん、前に言ってましたね」

 「何を?」

 「その気はないのに俺も頭数に入れられてるんだなって。……いつからのこと好きだったんですか」

 神永さんは呟くように「……そんなの、俺が一番知りたい」と言ったかと思うと、また顔中真っ赤にして「……〜っもう話は終わりでいいよな?! 俺は仕事に戻るっ!!」と言ってオリンピック目指せよのスピードで走り去っていった。

 ……ホント、面倒なことになっちゃったなぁ……っていうか三好さんとのデートも佐久間さんのことも、昼休み終わるまで保留って言ってたところでコレだし……になんて言おう……。






画像:十八回目の夏