……昨日はまったく眠れませんでした田崎さんのせいで……。と思いつつ、私は横目で――の仕事を指南してるんだか手伝ってんだか邪魔しやがってんのか分からんけども、とにかく三好さんがに絡んでいるのを見る……。 じっくり観察したいのにどこか気が散ってしまうのはやはりあの“ジョーカー”をどう捉えるべきなのかっていう……。 まぁ田崎さん――気まぐれに人間のフリしてるだけの神様のお考えなぞ平民も平民な私に分かるわけないので、やっぱり三好×のネタを集めるという私が自らに課している責務に従事しよう……。 「さん、今晩は何かご予定でも?」 の横にぴったり寄り添って、三好さんが言った。 は知らないけど、実は三好さんちってのおうち(パパが「ここでなければ一人暮らしは許さんッ!!!!」って言ったセキュリティー鉄壁のマンション)とはまったくの逆方向。 まず会社から駅までは五分。そしてそこからのおうち最寄りの駅までは約三十分。 本来なら三好さんはとはまったく逆方向の電車に乗って、家まで十分。いいか、家まで十分だ。会社の最寄り駅から電車に乗り、三好さんの家――もう駅すぐそこの高層タワーマンション最上階の一室らしいクソエリートかよ――まで十分だ。 三好さんは会社の最寄りから自分の部屋まで十分で帰れるというのに、愛しのちゃんと五分でも二人っきりでいたいがために毎日約一時間と十分を使ってるわけである……。月曜から金曜までで合計したら八時間と二十分…………ありとあらゆる方面で斜め上なくせにこういうところ健気……。 三好さんて何事においても(ホントは)完璧だし、与えられた時間に対して出した結果が凡人には到底真似できないものであったとしても、こんなの当然って人なのにどうしてかな……それだけの時間を使っておいて二人の関係にはまったく結果が出ていない……。 田崎さんは部署違うし、と一緒にいる時間なんて圧倒的に三好さんに劣るのに好感度の違い……。ていうか好感度だけなら元々がマイナスの三好さんよりも神永さんのほうがマシだと思うの……。いや、最近少しはそのマイナスもゼロに近づいていってる感じはするんだけどさ……。でもそれってスタート地点だから好感度どうのってお話じゃないのよね……(遠い目)。 まぁそれはそれとして、上司として“仕事”っていう名目でをそばに置いておける三好さん、今日も元気いっぱい“大好きオーラ”放ってる。 それに対してはじりっじりっと地味に『三好さんとの距離を……』という感じでミリ単位かな?? ってくらいにすこーしずつ離れようとしてる(笑)。ある程度の距離でまた三好さんが詰めるけど(真顔)。 はぁ、平和だなぁ……。見事に何も変わってない。田崎さんが昨日あんな意味深なこと――そのせいで私は寝不足ツラァと思いながら、のんびりいつもの(だけど毎回ちゃんと見届ける。数少ない三好×要素)場面を見つめる。 「えっ、いえ、何もないですけど……」 「そうですか。それなら今日も僕がお送りできますね」 「あ、はい、えっ? あっ、いいですもう何度も送っていただいてますし! それに三好さんにわざわざ送っていただかなくてもわたし――」 ちゃんと一人で帰れますっていうか一人がいいんですって言いたいんだよね、今日“も”。分かってるよ。 でもね? 私がお願いしたようにギリギリで繋がってる細い糸ブチ切らないで……三好さんが毎日一時間と十分を使ってやっと手に入れることができるたった五分間を……どうか……(土下座)。 まぁそんなことしなくても、いつも三好さんがなんだかんだと言ってを送ってるわけだが。はあぁ、眠いなぁ……。 「今日はこの調子だといい頃合いに退社できますね」 「え?」 「食事に行きましょう。何が食べたいですか? だし巻き、食べに行きますか? いつものところの。それともイタリアンにします? あぁ、和食もいいですね、それなら花菱がいいな。フレンチなら――」 「えっ……」 「え?!」 思わずよりも大きいリアクション。だけど大丈夫「……んん゛ッ、ウヴッ! 喉が痛い……ッ!」と咳き込むフリだ。どうせ三好さんはが近くにいる時は以外のものをすべてシャットアウトしてるし。 それにほら、“大好きオーラ”はさ、この部署ではもう当たり前にみなさんご存知お察しだから。いつもの展開と全然違うから私以外にも聞き耳立ててる人がいっぱい――とか言ってる場合じゃないよどういうこと?!?! 三好さん今なんて?! ていうかまずの好きなものから押さえにいくのは分かるんですけど今アンタ“花菱”っつっただろ?! 昨日いくら積んだか知らんがバカ広い座敷押さえたよね?! “花菱”って高級料亭なんだよ分かってる?! 田崎さんとのデートの時、確かに『さんをお連れするなら〜』とか言ってたけど“花菱”て!! “花菱”て!!!! いやそうじゃないそうじゃない私は今すぐにメモらなければならないんだこのシーンッ!! 眠気飛んだ(覚醒)。 「それで? どうします? あなたが食べたいものを食べに行きましょう。行ってみたい店でもいいですよ」 「え、っえ、い、いえ、あの……えっ?」 「? どうしました?」 どう考えてもどうかしてるの三好さんでしょ震える……でもこれは歓喜の感情からくるやつもっと震えたい……。 三好さん、もうそこまで言えるんなら今日こそは五分以上を確実に押さえましょう……ッ!! “花菱”の座敷を押さえられた人だッ! なおかつ初デートで“花菱”にでもお連れするなんて簡単に言えるんだッ! 今の三好さんならデキる……ッ!!!! ヤバイな怒涛の展開すぎてメモ――用紙が足りない。私の手? あぁ、大丈夫大丈夫、こういう時のために普段から鍛えてるから(真顔)。 すると、スッと向かいのデスクから分厚いコピー紙の束を差し出された。 ……クソッなんでこのタイミング……ッ!! と思いつつ受け取ったら、“詳細によろしく”とデカデカと書かれていて――おお、同志よ……ありがたく受け取る……。 「……あ、田崎さんたちと一緒ですか? なら――」 大丈夫だよ、私のことは気にしないで。私は田崎さんと神永さんと一緒に行くから。たちにバレないところでちゃんと見守ってるから心配無用だよ三好さんと二人で行ってきてお願い。 「いいえ? 僕とさん、二人きりです。ふふ、どうして僕が他の人間を連れて――田崎を連れて、食事になんて行くと思うんです?」 イエスッ! ヤバイどうしたの三好さんめっちゃデキる人になってるけど?!?! メモ取る手が止まらない。今までにない、ホントにちゃんとした三好×のターンに全私感涙。 「え、あれっ? えっ、じゃあなんで……? わたしと三好さん、一緒に食事に行く理由ないですよね……」 んん゛んそうだよねからしたらそうなるよねどうしよう……とピタッとメモする手が止まってしまった。 三好さんのことだから、ここは嫌味っぽいこと言うか、よく分からん斜め上の「ありますよ。これはデートのお誘いです、さん」……。 「んんん゛んんん!!!! ……ッア、ごめんなさい今日ホント喉の調子悪くて……(続けてください)」 どうしようどうしよう、これだよこれ……私がずっと待ってたやつ……ッ!! 私にコピー紙提供してくれたお向かいの同志がハンカチ握りしめてる……分かる……。 あとはが返事をするだけだ……。 ……、分かってるよね……? “あの”、三好さんがを食事に誘ってるんだよ? 挨拶シカトしたりしてた三好さんが段々とレベルアップして、今では(の意思はともかく)最寄りの駅まで送るっていうところまでなんとか辿り着いたの。 も最初のマイナスからは少し前進したよね? なんだかんだで三好さんのこと尊敬してるんだから、こういうまともな優しい三好さん相手ならだって――と思いながら、その返事を聞き漏らすまい、一言一句間違えずにメモろうと構える。 「……三好さん」 「はい?」 「えっと……」 「なんです? なんでも好きなものを――」 「行きません」 …………ァアあああ゛ァア……ほぼほぼ予想していたこととはいえ……だよね! という反応できちゃうとはいえ……三好さんがめっちゃ進歩したから、もうっかり流されてオッケーしちゃうとかそういうアレを期待してたのにどこまでも裏切らないねあんたって子は……そういうブレないところ大好きだけど今回はブレていいところだったのよ……? お向かいの同志と一緒に溜め息。……つらい……。 「……どうしてです」 しかし三好さんは諦めなかった……ッ!! メモ! メモ!! 巻き返しありえるッ!!!! 「い、いえ……あの、り、理由がないですし……」 あるんだよッ!! 今までちょいちょい三好さん言ってるよね?!?! この人は好きなの!! のこと大好きなの!! かわいい〜! 大好き〜!! って思ってるの毎日毎日ちゃんのために生きてるようなもんなのッ!!!! あぁ〜ッ!! 誰かこの現状をどうにか――と思ってみても、この場にはいつでも頼れる田崎さん、三好さん係の神永さんはいないわけだし、私もヘタに手を出すわけにはいかない立場……。つまり三好さんが一人で頑張るしかないわけで――いや、いつものお決まりパターンなら何がどうなるか知れたもんだけど、やっぱり今の三好さんになら期待できるッ!! だってはっきり“デート”って言って堂々とのこと誘ってるんだよ?! やれないわけがない!! そうですよねッ?! と、きっと爛々に光ってる目で二人に視線を注ぐ。 私はもちろんだけど、もうこの部署みんな仕事進まないな。 この話のオチ確認しないと仕事しようにもできないな。 なのでみんなが残業しないで済むように三好さん……ッ! と祈っていると、三好さんは首を傾げて「僕は今きちんと理由をお伝えしましたが、今もう一度はっきり聞き取れるように大きな声で繰り返す必要がありますか? 僕は構いませんが。さん、今晩――」と言うので、が慌ててそれを「いいですしなくて!!!! じゃなくてっ、あの、ほんとに、すみません、あの……行きたくな――じゃなくて、行けないです、すみません……!」と遮った……。んん……行きたくないって言いかけたね……やっぱり長年の恨みつらみによる悪感情はどうにもならないし、こんなに頭下げられちゃ、三好さんもショックで追撃なんて――。 「では、いつなら行けますか。あなたのご都合に合わせます」 ……おいおいおいおいマジ?! 三好さん?! アンタそんなにデキる人だったの?! やればできるじゃんならもっと早くにやってろよって話だけどもうそんなのいい許す!! 許すからなんとか、なんとかデートを……!! 押し切れ三好さん!! とりあえず約束を取り付けることができれば、私もいくらでもフォローできますから頑張って……ッ!!!! 私だけじゃない、この部署所属の誰もが祈る中……はやはり無情にも「ひっ……!」と小さく悲鳴まで上げて、「いっ、いえ、そんな三好さんに予定を合わせていただくなんて……っていうか行けないって言ったじゃないですか!!」と…………も、もはやこれまで……か……と遠い目をしたところ、「……それもそうですね」と三好さんが言うので、ハイ完全に終了、これにて完全に終了です、みなさんお仕事に戻りましょう……とボールペンをデスクにそっと置いたわけだが……。 「今晩だなんて突然のお誘い、女性に無理を言いました。すみません。……ですから、さんに合わせようと言っているんです。それに僕が誘っているんですから、僕があなたに合わせるのは当然でしょう」 「え……あ、いえ、そういうことじゃなくて……」 「あぁ、休日をご一緒させてもらうのもいいですね。もちろん二人きり――」 「すみません今夜どこへでもお付き合いします!!!!」 ……三好さんて頭の回転速い人だったわそういえば……こんなにも頑なに断ってる今のに“二人っきりで一回の食事”と”休日まるまる二人っきり”とを選ばせたら、そりゃ食事取るに決まってるもんな……すげえ……エリートすげえ……。エリートエリートした顔だけのポンコツじゃなかったわすみません、あなたホントにちゃんとしたエリートですごめんなさい考え改めますね……。 「ふふ、そうですか、嬉しいな。……ですが、さん」 ご機嫌に微笑む三好さんが、ふと真剣な顔をしたので「ひっ! は、はいっ!」とがビクッとした。 ……ここにきて全部台無しにするようなこと言わないでくださいよ三好さ「……男に対して、そう簡単に“どこへでも”、なんて言ってはいけませんよ。――本当に“どこへでも”、連れて行ってしまうかもしれません」……ん……。 ッアー!!!! なんだその田崎さんと張り合うような意地悪っぽいくせに甘さの隠せていない表情と絶妙な吐息感そしてセリフとセリフとの間のタメが神がかり的な効果を発揮してがッ! が……ッ?!?! 「っ、あ、は……っ、はい……っ! す、すみませ……っ!!」 「……、み、三好さんと何話してたの?」 デスクに戻ってきたに若干震えた声でそう言うと、「えっ?! ……ん、んん……」とあからさまにビックリ、そして気まずそうな顔をするので、私ももうさすがに、さすがにここまできたら――と思って「……も、もしかしてさ? さ?」……で、デートに誘われたりした? 三好さんに。と言いたくなって仕方ない。 だってここまできたら三好×すぐそこじゃん!! ラブラブしてる二人が見れるんでしょ?! イチャイチャしてる二人が見れるんでしょッ?!?! ああああ早く田崎さんと神永さんに伝えたいヤバイ!!!! そわそわする私に、が眉間にしわを寄せて、至極真面目なトーンで言った。 「……あ、あんまり大きい声で言えないけど、いよいよ三好さん……わたしに……な、なんか、はっきり……あの、い、言いたいっぽい……。……逃げられなかった……」 「そ、それってつまり?」 ……あ、れ……? こ、このパターンはもしかして……?! ま、まさか……まさか……のほうも三好さんがどうして誘ってきたのか分かっ「……どうしよう、わたし明日にはこの部署……この会社にいないかも……」……。 「んんん゛んなんでそうなるッ?!」 「……どうしよう」 どうしようはこっちのセリフだよおバカさんッ!! でもかわいいからいいよ! っていうかこの感じで三好さんが告ったらちゃんどういう反応するの……? やだ……超期待……。 色んなパターンを妄想しながらも、そんなことしてるなんてのはもちろん表情には微塵も出さずに「大丈夫大丈夫、確かに何かものすごく大切な話をされるかもしれない(というか絶対そうに決まってる)けどが思ってるような話じゃないって!」と言える私はやはり女優。 「……そうだ……そうだよ!」 「うんうん、そうそう! だから二人で――」 「申し訳ないけど、佐久間さんに迎えにきてもらえばいいんだ……!」 「んんん゛ん……ッ!! ……ん?」 な、ナンダッテー?!?! 「さっ、佐久間さん?! (一方的に知ってるけど)佐久間さんて、き、昨日ラインで言ってたお見合いの……? れっ、連絡取ってるの……?」 めまい起こしそうになりつつも、ここで正気を失ってしまえば三好×の(私が考えた)明るい未来がすぐそこに待っているっていうのに、どうしようもなくなる。三好さんのフォローできなくなる。 三好さんがなんとか頑張ったんだから、私も(私の夢のために)頑張らねば……! とできるだけいつも通りの表情で聞くと……なんてことだ……ちゃんめっちゃかわいい笑顔だ……。 「うん、そう。連絡先交換して、夜とりあえず『ありがとうございました』ってラインしたら……ふふ、佐久間さんね、すっごく優しくて、わたしの話たくさん聞きたいからって電話くれたの。なんでも真面目に聞いてくれるから、つい長話しちゃった。それで、『困ったことがあれば、いつでも連絡して下さい』って言ってくれたから……んん、でも悪いよね、こんなの……」 「んん゛……」 のこの笑顔を見たら――うまくいきかけてるっていうのに佐久間さんを投入してうっかり泥沼VSも見たくなってくる……もちろんオチは三好×推しだし、何がなんでもそうしてみせるって決意でここまでやってきた……んだけど…………なんだけど神永さんいわく“仲が良くない”二人がうちのかわいいを……っていうコレも見たくなるじゃんそんなの……。 しかもさ? 佐久間さんは三好さんの今までうんともすんとも言わなかった、もはや幻とさえ思えていた“まとも”な恋愛スイッチ入れてくれたわけで、そこへ更にご対面となればますます三好さんが“まとも”な仕事を……って思うじゃん?? ただ、三好さんの佐久間さんに対する態度は分かってるけど…………三好さんと佐久間さんが“仲が良くない”理由として、神永さんは『佐久間さんのほうは価値観の相違ってやつ』って言ってたんだ……。……それって根本的な問題であって、根本なわけだからどうにもならないし、どうにもならない以上どうしようもないじゃないですか。つまりオブラートに包んだ言い方に聞こえるけど、佐久間さんのほうは三好さん見た瞬間に――みたいなことになってもややこしい……。ここでヘタを打ったらまずいんだ私……考えろ……萌えを感じるな……今はただ考えろ……。 「……でも佐久間さん、三好さんのことも相談に乗ってくれたし……」 「?! そっ?! ……そ、相談って……な、何を?」 き、昨日の今日でもうそんな話できるほど仲良くなってんの?! ……あぁ……もう初対面の昨日の時点で好感度高めだったもんね……第一主義で生きてるパパ、そして私、おまけに結城のおじさままで合格出してんだから当然ですよねオッケー……。 三好さんが急成長したところでほぼほぼマイナスに近いゼロ地点からのスタート……佐久間さんと比べちゃダメか……と思いながら、「何ってそのままだよ。上司にすごく嫌われてるみたいって。……三好さんはそんなことないようなこと言ってたけど、でも絶対そうじゃん……」というの言葉を聞いて、あぁ……ゼロに近づいてはいても、やっぱり信じらんないよね的には……と溜め息を吐きたくなった。……やっぱ『三好さんザマァ(笑)』しすぎだったわ……。 聞くの怖いけど話が進まないので、なんとか「さ、佐久間さん……なんて言ってた……?」と泣きたくなりながらも口にした。声震えてるのは許して……。 「『理不尽なこともあるかもしれないですが、それさえ乗り越えれば成長の糧になりますよ』って。それで、『それでも困ったことがあれば、いつでも連絡して下さい』って言ってくれたの」 …………理不尽に耐え忍び(会社に)忠義を尽くす現代の武士ッ! そしてに対する大正解ッ!! その上でちゃんと避難所として自分を指定しているがそれは無意識で電話切った後に赤面して震えてる佐久間さん見えたオッケー!!!! 「でも……こんなことで佐久間さん頼ってたら限りがないよね。……うん、ちゃんと自分でなんとかする!」 「……」 なんかもうどういう反応したらいいのか分からなくなってきた……いや、私の推しが三好×であることには変わりない。……変わりないんだけど、こう……前向きに三好さんに立ち向かっていく――もちろん恋愛的な意味じゃない――を見ると、なんて言えばいいのか……。いや、三好さんを応援、フォローしようって気持ちはもちろんあるし、成就させてやるって覚悟に揺らぎはない……はずなんだけど……。 三好さんのアプローチが斜め上すぎるのはずーっと前から分かってたことで、それをが正しく理解することのほうが難しいって思ってたわけだけど……三好さんが分かりやすくデートに誘ったところでこの反応となると、三好さんの好感度がマイナスとかゼロスタートとかって問題じゃなく、のほうにこう、“恋愛”そのものを意識させる必要があるんじゃないかっていう……。 三好さんのことはただの上司――しかも自分のこと嫌ってる――って思ってるし、あの田崎さんでさえ恋愛対象じゃない。あくまでも“理想の王子様”の枠に収まってて、ファンみたいな感覚だろうと思う。……ってなるとやっぱり――。 「あ、もうお昼だよ〜。ねえ、今日は一緒にご飯たべれる?」 のんびりとした口調で聞いてくるにハッとして、私は「……ごめんちょっと急務が……」と苦笑いで返した。 うん、これは私一人でどうにかできることじゃない。つまり早急に“三好×同盟”で緊急会議を行う必要がある。 「そっかぁ……なんか最近忙しそうだね、何か手伝えることある?」 は私の返事に眉を下げて、本当に残念そうに――そして心配そうに尋ねてくるので、うう……うちの子最強……と思いながら、「大丈夫、手伝ってくれてる人いるから。しかもめっちゃ心強い人が一人いる、大丈夫。だから、三好さんのことどうするかっていうのと、佐久間さんへの連絡については昼休み終わるまで何もしないでお願いします」と言って立ち上がった。 「? え、う、うん。……大変そうな時にごめんね……っていうかいつもわたしの話たくさん聞いてくれるのに、何もできなくって……」 「何言ってんの! 私は(私の考えた三好×の明るい未来さえ見守ることができれば)いいの! はただなーんにも心配しないで(私にその夢を叶えさせてくれれば)いいの! 分かった?」 私欲しかない感じダダ漏れだと思うけど私はが(三好さんと)幸せになるためならなんでもするし、そこにどんな困難が待ち構えていても、どんなに苦労するとしても絶対に諦めない――ッ!!!! 「……うん、ありがとう」 「じゃあそういうことだから、私行くね!」 「うんっ、いってらっしゃい!」 ……うちの子ジャスティス……。 「――っていう新たな案件が舞い込んできたんですがめっちゃ心強い田崎さん、どうしましょう……」 頭を抱える私を見て、煙草を吹かしながら「きみなぁ、勝手に俺を頭数に入れておいて『めっちゃ心強い人が一人いる』って発言はないだろ? 俺だって色々と協力してるじゃないか。昨日だってホントはデートの約束が――」とか全然関係ないこと言い出すので「黙って神永さんコレ急務」と黙らせる。 田崎さんは「あはは、やっぱり」と肩を揺らしながら笑った。 「三好も相手が佐久間さんとなれば、すぐに何かしらするって思ってたよ。あとは想像できるいくつかの――どの手に出るかってところだったんだけど……うん、いいんじゃないかな、さんと三好の初デート。俺は賛成。今の三好なら、さんに分かりやすくはもちろん、しっかり口説けるよ」 田崎さんがそう言うので、それなら――と思ったところ、神永さんが「いや、俺はちゃんに断らせるべきだと思うね。三好は女の子口説くってなると、サラーッと面白いくらいに落としてくぞ。それはそれできみにとってはいいかもしれないけどな、三好の女慣れしてる態度なんて見せてみろよ。何かしらあるって疑うだろ。ちゃんは三好に嫌われてるって思ってるわけだしさ。だからデートすること自体には反対しないけど、まずは二人の親密度を上げてくべきだ。当たり前だがまだ早すぎる」と言うので、むむっと眉間にしわが寄るのが分かった。 「……んん、田崎さんの指示通りにって思ってたけど…………場数踏んでます経験値高めホント言うと実はカンストしてるけど暇つぶし程度にはログインしてるよ感パないチャラいを極めた神永さんの言うことにも納得……」 「おいッきみは俺が何をどうしてもそういうことしか言わないなッ?!」 ……三好さんがせっかく“まとも”な仕事し始めたっていうのに、私たちが余計なことして全部おじゃんにしちゃったら意味ないし……と頭の中であれがいいかこれがいいかと、色々な選択肢を思い浮かべていると「あぁ、あと佐久間さんにはぜひさんを迎えにきてもらうべきだね」と田崎さんが言った。 「……その心は」 「二人が揉めてる間に、俺がさんを食事に連れていく。ほら、デートの“続き”だよ」 …………。 「なにそれ三角で二択あるのにそこへ新たに四角ルート加えちゃう……? ……見事においしいところだけをかっさらってく田崎さん最高……」 ……いやいや、私は仕事し始めた三好さんのフォローをいかにすべきかということでこうして緊急会議しようと言ったわけで、そんな……田崎×のデートの続き見たいとかそういうアレは――と思いつつも、いつも通り妄想スタートしそうになったのだが。 「ッ田崎! ……おまえ、引っかき回すのもいい加減にしろ。……もう機関生じゃないし、三好もちゃん一筋でそういうゲームはもうやらない。この辺りで手を引かないと、三好が何するか分かったもんじゃないぞ」 あからさまにイライラした調子の声で、神永さんが言った。 田崎さんを見据えるその目は、とても鋭く冷たい。 え、と私が思う間もなく、田崎さんがそれにのんびりとした口調で「特定の女の子を決めないで、ただ遊び回ってるだけのおまえには言われたくないな。俺はただ、さんに決めただけだよ。三好と同じで彼女一筋だ」と言いながら、私に向かってジャケットをひらりとめくって見せたが、私は頷くことも首を振ることもできなかった。 田崎さんは黙って煙草を取り出して、そのまま火を付けた。 「……田崎。俺たちは随分と長い付き合いだが、お互いのことは何も知らないんだ。あの三好がブチ切れたとこなんて見たくもないし、ましてや止めに入るなんて俺はごめんだぞ」 「何も知らないからいいんじゃないか。そんなことより、この問題は今のおまえには関係ないだろう? 俺はもうさんに決めた以上、絶対に手を引かないし負けるつもりもない。だからおまえは、余計なことさえしなければそれでいいよ」 「……勝手にしろ」 え、え、え、と混乱するばかりで、私はこの場でなんと言ったらいいのか分からないし、そもそも口を挟めるような雰囲気じゃない。どうしようかと思いつつだんまりしていると、神永さんがすたすたと屋上の扉へと歩いていくので、あっと思って声をかけようとしたところ、それよりも前に「……おい、きみ」と呼びかけられた。 「は、はい!」 「そこの優男のことは信用するな」 とんでもない発言に、私はただ「え、」としか答えられなかったが、当の“優男”は「あはは、酷い言われようだ」なんて笑っている。……いや! 意味分からんし!! 「田崎さん笑ってる場合です?! なんなの急にアンタら!! 〜ッもう! ちょっと神永さーん!! 待ってくださいよちょっとってばーー!!」 ひとまずは神永さんだ、と私は慌てて後を追った。 私の背中を見送る田崎さんの呟きは、もちろん誰にも届かず、風に乗って消えてしまった。 「……さ、どうなるかな……」 「っちゃん!!」 ……や、やっと追いついた……めちゃくそ足速いなあの人……三好さん同様オリンピック目指せよ……と思ったところで、神永さんがそう声を張り上げたのでぎょっとしつつも、私はつい隠れてしまった。……これじゃ盗み聞きすることになってしまう――と思いつつも、切羽詰まった神永さんの声音に、どうしても体が動かなかった。 会社ではなかなか顔を合わすことがないので、話をする機会なんてもっとない神永さんが声をかけてきたのだ。それも切羽詰まった様子で。が驚くのも無理はない。さっきの神永さんには、私ですらなんとも言えなかったのだ。何も知らないは首を傾げている。 「! えっ、あ、神永さん? あれ、どうし――」 すると神永さんがの両肩をぐっと掴んだので、何する気?! と体が素早く反応したが、次の瞬間ぴたりと止まってしまった。 「今日の三好との約束は絶対に断るんだ。どんな方法を使ってもいい。それから、三好とのことを佐久間さんに相談しちゃダメ。田崎に何か言われても、全部に『はい』とも『いいえ』とも答えない。できれば顔を合わせないようにしたほうがいいけど、それはできるか分からないからな……とりあえず、何か向こうから連絡してきても応じないでいい、応じちゃダメだ」 な、何を言い出すかと思えば――ていうか色々とに知られちゃマズイこと言っちゃってるんですけど分かってます?! 「え、え? なんで三好さんに誘われたこと……あれ、今“佐久間”さんて……というかなんで田崎さ――」 「最後に、俺とここで会ったこと、俺がきみに今言ったこと、誰にも言うな。……いい?」 「え、ま、待ってください、意味が――」 ……ちょ、ちょっと待って……? …………な、なんで神永さんがに壁ドンなんてすんの意味分からん。 「――いいから、俺の言うこと、聞いて。……お願い」 私はどうしたらいいんだかまったく分からず――というか頭の全機能が停止してしまって、ただ二人の様子を見ていることしかできずにいた。 そのまましばらく経ったところ、一番初めに正気に戻ったのはだった。 震えた声が「か、みなが、さん……」と呟くのがギリギリ聞き取れた。 「……なに?」 「え、と……あの、は、なれてもらって……」 ……何じゃねえよなんでアンタに壁ドンなんてしてんだよッ!!!! と私もようやく正気に戻った。 神永さんは数秒後、やっと「っあ、あぁ、ごめん!」と慌てて飛び退くようにから距離を取って――それから落ち着いた低い声で、「……ちゃん。俺と約束して。全部」と言った。 「や、約束してって言われても――」 何を思って言い出したことなのか、私だって分からないのに、何も知らないが頷けるわけがな「俺がきみを好きだから」…………。 「……え、」 「俺がちゃんのことを好きだから、俺以外の誰のところにも行かせたくないって言ってるんだ」 「は、」 「返事はしなくていい。聞かなかったことにしたっていい。だから約束だけはして」 は訳が分からないという顔のまま、それでもなんとか「……わ、かり、ました……」と絞り出すように言った。 何の説明もナシで、守れるかも分からないようなことを、は軽々しく約束したりなんかしない。なのに頷いた。 私からは見えないけれど――神永さんは今、どんな顔をしているんだろうか。っていうかどうしたのホント……。 田崎さんと急に揉めだすわに壁ドンするわ説明ナシに勝手な約束させるわ……今日の神永さんおかしい……意味分からん……だってあなた常識人の部類でしょ……と私は思っていたわけですが。 「ん、それでいいよ。……絶対に守ってね、ちゃん」 神永さんがの前髪をそっと横に流して、顕になった額にキスをした。 …………いやだから意味分からんて!!!! |