「……それで? その後、どうしたの?」

 今日も今日とて、いつものお店でいつもの話。いや、“いつも”なんては思ってないと思うけど、毎週金曜はここで三好さんの話をしている。まぁ主に愚痴なわけだけど、三好さんは悪感情(笑)でもに気にかけてもらえるならそれでいいらしいから、毎週毎週、が終電まで延々と三好さんの話してるって知ったらあの人どうなるんだろ(笑)。萌え死ぬの? いつもの大好きオーラを見れば一目瞭然だけど、こないだのトークから考えてみるとね〜。……うん、無様に倒れ込む三好さんしか想像できないわ(真顔)。

 まぁそんなことはともかく。

 「あぁ、田崎さんに緊急の連絡入っちゃってね、残念だったけどそこでお別れしちゃった。で、さっさと帰ったよ」

 「それは(先に帰ったと見せかけて追跡してた田崎さんから聞いて知ってるから)いいの、そうじゃなくて」

 三好さんがとの恋愛のスタート地点にはまだまったく全然一ミリも近づいてないのは分かってる。それはいい。今に始まったことじゃない。ただ、の“三好嫌い”は改善したのか? 問題はここだから。

 こないだ見た感じだと、三好さんはに対して(が思ってるのとは違うけど!)好意があるっていうのをやっと理解してくれたように見えた。

 でも!! だから!! のことだから!! ちゃんと確認しないと気が済まないッ!!!! ホントに分かってるんだってこと私は確認したいんだよちゃんッ!!!!

 「え? なに?? ……ていうか、三好さんなんで急に態度変えてきたんだろう。帰りさ、三好さんすっごいご機嫌でね? 『わたしに対するこないだの失礼な発言、覚えてます?』ってめっちゃ言いたかった! けど、蒸し返すことでもないしさぁ……我慢した。……そう考えるとますます気持ち悪いよね。わたしなんかまずいことやっちゃったかなぁ……」

 「ん゛なっ……なるほどぉ〜……!!!!」

 なるほどそうくるわけか分かってるけど分かってないね〜ッ?!?!

 三好さんは言うまでもないけど、だからなぁ〜。と頭を抱えたい気持ちになりつつ、枝豆を歯で挟んで豪快にぶちっと食べる。んん〜、なんだかんだ言って枝豆ってのは素晴らしいよ。ビール飲むならこいつがいないと話にならん。

 「……あっ、そうだ。あのね、相談したいこと、あって……」

 「ん? なぁに〜? こないだラインで送ってきた画像のワンピ、買うの? わたしはピンクベージュがいいと思うけど」

 先週? だったろうか。急にクソかわいい(が着たらもっとかわいいっていう妄想は画像見た瞬間に終えたクソかわいい)ワンピースの画像が何枚か送られてきた。

 中でも妄想がはかどったのが、シンプルで着回しのバリエ増えそうなネイビーのワンピースと、品の良い大人の女性らしいピンクベージュのワンピース(が着たら完全にいいトコのお嬢さん感出まくっててやばかった妄想の話)、あんまりお店で見ないような――珍しいという意味だ――淡い色合いのグリーンのワンピースだった。

 完全にどれ着たってきみは最高だから何も気にせず好きなものを選びたまへ……と私は思ったわけだが、デザイン的にピンクベージュのワンピが(私的に)めっちゃグッときた。のお嬢さんスタイルはマジでたまらん。

 今度それ着て(私と)デートしようね、うふふ! とか思いつつ、また枝豆を豪快に食べようとしたところ、ちゃんがまさかの爆弾落としてきたので唖然とした。ってばかわいい顔しといて――いや、かわいい顔してるからこそ爆撃の威力半端ないから……いや、それを抜きにしたって大事件である。

 「あれでいいと思う? 格式張ったものじゃないけど、一応はお見合いだからって気にしてたんだけど――」

 「別にお見合いでも大丈夫で…………お見合い?」

 「うん」

 …………。

 「なにそれ聞いてないよッ!!!!」

 ダァンッ! とテーブルをブン殴って立ち上がった。

 な、なんてことだ……なんて……ことだ……言葉が見つからない……。三好さんがとの恋愛のスタート地点にすらまだまったく全然一ミリも立っていないこの状況で……田崎さんが自己プロデュースの天才での理想の王子様で……三好さんが圧倒的不利なこの状況で…………見合い……だと……?

 「えっ、ラインで言わなかったっけ?」

 しかし当のはきょとんとした顔で首をかしげて、今日も大変かわいい……。
 でもね? いくらちゃんが私の秘蔵っ子で天使であったとしてもね?? 私には絶対譲れない夢(三好×の幸せな未来を見守ること)というのがあってね????

 「言ってない!!!! 誰と!!!! どこで!!!!」

 私の気迫に圧されて、がびくっと体を後ろに引いた。
 ごめんね怖がらせる気なんてまったく微塵もないけどでもこれ一大事なんだよは内情知らないから私の切羽詰まったこの感情分からないだろうけど……ッ!!

 「え、えっと、相手はお父さんのお友達――ほら、おじさまの……えっと……部下? みたいな感じの人だって――」

 ……お見合い相手の情報だよ……? なんでちゃんと把握しとかないの! めっ!! でもかわいいから許す!! といつもなら続けるところだけど、今回は事が事だ……そういうわけにはいかないんだよ……。

 「“みたいな感じ”って?! 曖昧すぎ!!」

 「え、いや、最初はおじさまの教え子さんってお話だったんだけど、その人には断られちゃったみたいで、色々と話が――」

 だがしかし、私には譲れない夢――三好×の幸せな未来を見守ること――と、さらには譲れない信念もある。……私の秘蔵っ子――“は何事においても最高”。これだ。つまり何が言いたいかと言うと――。

 「断る?!?! を?!?! ……舐めてんのかッ!!!! こちとら貴様にやる気はねえわコラッ!!!!」

 何事においても最高としか言いようのないちゃんとの見合いを断るとは大変いい度胸である。私は絶対に(顔も名前もなんにも知らないけど)おまえを許しはしないぞ……。三好さんなんかもっと許さないぞ……。いや、を断るってこと自体にはブチ切れるだろうけど、そもそも“お見合い”っていう前提がアウトだから断ったほうが逆に身のためか――と私が若干真剣に考え始めてしまったところ、の「えっ、いやっ、わ、わたしだってお父さんのために一度会うだけだし、そんな大事じゃないよ! あっちだってまさかそんな気ないし!」という言葉が沼りそうになった思考をストップさせた。

 「……、田崎さんとはどうなってるの?」

 お見合いそのものがなくなっちゃえば万事オッケーじゃん……!!

 となると、やはりここはプロにお任せするしかない……そうッ、田崎さんッ!!!!

 あの人に任せておけば大抵のことはどうとでもなる……。きっと前世で徳を積みすぎて今生でありとあらゆる才を与えられ――もはや人間に擬態してるだけの神様なんだよあのお方は……三好さんとかいう使いモンにならねえヤツとはデキが違うんだよ言わせんな恥ずかしい……。

 というわけで、の理想の王子様――田崎さんでこの問題をどうにかこうにかしよう!! 田崎さんならうまいこと話を運んでくれるだろうし、何より先週のデートの件があるわけですから……。だって意識しちゃってるよね? そうだよね??

 「どうって……? あ、近いうちにこないだの続きしようって連絡くれたよ。律儀だよね、ふふ」

 「……じゃあ田崎さんにしなさいお見合い断りなさいッ!!!!」

 ……なんか私の言いたいこととの解釈完全にすれ違ってるけどもとりあえず田崎さんの存在を思い出してくれたならそれでいい。だって田崎さんはの理想の王子様なんだから、いい感じになってる田崎さんとよく知りもしない男とどっち? って話になったらそりゃあ――「?! 田崎さんがわたしなんか相手にするわけないでしょ失礼だよ?!?!」……。

 「〜バカッ!! のバカッ!!!! 田崎さんにこのこと言ったのッ?!」

 「なんで? 言うわけないじゃん! 必要ないでしょっていうか誰にも言ってないし言う気もないよ」

 「〜ッ!!!!」

 そういうことじゃないんだけど〜ッ! ないんだけど〜ッ!! でも今はそんなこと(と言える出来事じゃないけど)どうだっていい私にはなんでも話しちゃうSUKI!!!!

 「?」

 最高。頭の中に一番デカいフォルト(ちなみに明朝体)でその二文字が浮かんできたが、咳ばらいをしてなんとか気を取り直しつつ、「そ、それで? 写真とか、なんか話とか情報ないの? その人について」と真面目な顔でテーブルから身を乗り出し、ずいっと近づいての目を見つめる。……やっぱ最高……。

 「ええと、うちの会社とも繋がりあるところに勤めてるって聞いたかな……。うーん……見た目は――」




 「――っていう情報を手に入れました」

 がお見合いをすると聞いて、次の金曜日がやってきた。今日も今日とて、こちらも恒例の屋上会議である。メンバーもいつも通り、今更紹介するまでもなく私、田崎さん、神永さんの三人だ。

 「さん、ひどいな。俺に相談してくれれば、また彼氏になったのに」

 眉を下げて苦笑いを浮かべているが、田崎さんの雰囲気には余裕を感じられる……こういうところが神。

 しかしそれを聞いて、神永さんが「うげっ」と煙草を灰皿に投げ入れた。それから「三好がうまく自己完結して平和だったのに……」と言って、また新しく煙草に火を付けた。

 「まぁ、三好が知らなきゃ問題にならない話だろ」

 煙を吐き出す神永さんを見て、私は心底頭を抱えたいと思った。
 私があれだけ取り乱して、これほど困っているのには理由がある。

 「いや、それがそうでもないんです。……はただ、相手方にお願いしたお父さんの立場があるからって受けたみたいですけど……うーん……」

 唸る私に、神永さんが眉をひそめる。

 「形だけの見合いだろ? 何も問題ないじゃん」

 田崎さんが私に向かってスーツのジャケットをひらりとめくったので頷くと、内ポケットから煙草を取り出した。

 この間から気を使ってくれていて、これは『吸っていい?』という合図である。もちろん頷いた。田崎さんは基本的になんでもオッケー。

 ちなみにこの合図が決まったとき、『はともかく、私のことは気にしなくていいのに……神永さんも見習ったらどうです?』と言ってみたら、神永さんがしれっと『女の子落とす時には煙草は吸わない』とか言うのでイラッとして殴っておいた。

 そんな余談はいいとして、私は田崎さんのその動作をぼんやり視界に収めながら、重い口を動かすことだけをする。目が死んでる自信ある。

 「……いや、はそのつもりでいますけどね、もちろん。……ただ、のお父さんてワンマンなところあるから……お父さんがその人を気に入ったら、ガンガン話進めそうだなぁって……」

 元気ハツラツで第一主義の第一人者であるパパが、あっはっはっ! とか豪快に笑ってる画が頭に浮かんできて、私は深い溜め息を吐く。

 私の様子に神永さんはめんどくさそうに「いくらなんでも結婚相手くらい娘の好きにさせるだろ、よっぽどおかしいのじゃない限り」と言って煙を吐き出す。いや、パパのこと知らないからそういうこと言えるんですよアンタ……。

 まぁ、それでも“が良ければそれでいい”っていうのがパパの信条だから――。

 「――そりゃあの気持ち丸っきり無視なんてしないでしょうけど……」

 アッいやダメだ、“が良ければそれでいい”の前に、“が幸せになるためならどんな犠牲をも厭わない”っていうのが付いてる……。なんか三好さんが思い浮かんでくるな……。でも三好さんはのためならなんでもするけど、『犠牲? 彼女が幸せになるために必要なら仕方ありませんね』とか言いつつ、自分はその犠牲の山に加わるつもり微塵もないタイプだからな……そのくせ使いモンにならないからクソ腹立つんだけどさ……。まぁ三好さんのことはどうだっていい。パパのことである。

 「黙って成り行き見守るってタイプの人じゃないんですよ。が高校生のときに連れてきた彼氏に向かって『は俺の認めた男でなければ嫁には出さん!!』って言って追い返した人ですからね」

 田崎さんがのんびりとした口調で「それはすごいな」とさらりと言うので、私も思わずさらりと「もう泣いて泣いてしょうがなかったです」と返したけれど、あの時のの姿を思い出すと涙が出そうである……。青春時代の恋愛には色んなものが詰まっていてね……?

 「……そりゃあ泣くだろ……すごい親父さんだな……」

 神永さんもさすがにヤバイという顔をしたので、私たちのミッションは決まった。

 「――というわけなので、私たちがしっかりしないと三好×は夢のまた夢です。というか下手したらは人妻になってしまいます。だから今まで以上に注意深く二人を観察して、徹底的に三好さんをフォロー!! ……ってことなので、今日の夜、飲みましょう。私と、いつものところで飲むので、三好さん連れて三人で来てください。もうこの際です、三好さん酔い潰してこないだの大好き〜!! っていうの丸分かりなトークさせましょう、本人に!!」

 「……いよいよ力技かよ……。そう上手くいくかねぇ……」

 「何ぬるいこと言ってんですか神永さん。力技なんです。上手くいくかどうか? ……そんなん上手くいく方向に押し倒すんですッ!!」





 「んー、今週も疲れたー!」

 ビールを一口煽って、はぁーっ! とぐんと伸びをしたを、いつもならめちゃくそに称えるところだが、今夜はそういうわけにはいかない。
 私は生返事に「そうだねえ」とビールをちびっと口に含んで、にこにこしているの顔をじぃっと見つめた。……決意が揺らぐよ、最高、かわいい。

 けれど、かわいい子だからこそ、乗り越えさせなければならない“壁”というのがある。それが今回のお見合いである。いや、正直私(と三好さん)の私欲のためでしかないけど、そういうこと言っちゃダメ。

 「……ねえ
 「んー? あ、チーズ揚げ食べたい!」

 意を決して話を切り出そうとした私に、はのんびりそんなことを言う。
 私は「頼んでいいよ。……今週は三好さんの話ないの?」と率直に切り出した。

 そう、三好さん。すべては三好さんから始まっているのだ。まぁ圧倒的に田崎さん優勢だけど。三好さんといえば温和ながひたすら真面目にディスるという点でしか田崎さんに圧倒的勝利してないんだけど。

 でもだからこそ、その感情が逆転するチャンスが訪れれば文字通り――それも“一発”逆転なわけだ。やだ……あんなに嫌なやつだと思ってたのに……っていう王道のアレ。

 そわそわっと期待する私に、世界は無情だった――。

 「へ? んー……こないだも言ったけど、三好さんの態度が急変したの、なぁんか気持ち悪いなぁってくらいしかない。送りますとかなんとかも相変わらずなんだけど……なんか変に優しいっていうか……でも、親切でやってるんですって感じだから……断るのも大変でさぁ」

 ……ダメだ……取り付く島どころかその島の浜辺の砂粒すら掴めない……。

 「い、一緒に歩いてる時さ、何話すの?」

 表情筋に力を入れまくって、なんとかまとも(だと信じたい)な顔をする。
 あああ……『アッハハハ! 三好さん撃沈ザマァ(笑)』とかやってる場合じゃなかったよ……もっと早くに手を打っておくべきだったんだ……。

 頭抱え……となりつつ、「うーん……」と思い出すように首をかしげるの顔色をじっと探ってみるが、特にこれといった感情は見受けられない。

 ……悪感情は多少なりともマシになったのか……! と若干の進歩に安心するべきなのか、水族館での出来事に関しては何もないの……? とより一層不安を募らせればいいのか反応に困る。

 ……随分と考え込むなぁ……そんなにちゃんとした――三好さん(笑)だから世の“普通”っていうのと彼の“普通”にはだいぶ違いがある――話してんの? マジ? 三好さんそんな進化したの?? とドキドキしていると、は「ん〜……そうだなぁ……まぁ、別にふっつーのこと。仕事の話だよ。……うわ、それ考えるとすっごいしんどいことしてない? わたし。なんでやっと帰れるって時にまで仕事のこと考えなきゃなんないの? いや、別に仕事の話そのものが嫌ってわけでもないんだけど、上司とするっていうのがさぁ〜。息詰まるじゃん」とやっと言った。

 ……だよね! 三好さんだもんね! 毎日一緒に帰ってるだけでテンション上がっちゃって、これをチャンスに口説こうとかレベル高すぎてチャレンジしようとすら思ってないよねオッケー予想はできてたからあんまり……お、驚いてないから……!!

 「ならからもっと気楽な話題ふればいいじゃん!」

 こうなったらのほうの意識をなんとか……! と思って私は言ったわけだが、これも撃沈した。

 「え、別に三好さんと話すことないよ。っていうかそもそもなんでわたし三好さんと帰るのが当たり前になってるの? 一緒に帰らなきゃいいんじゃん! 月曜からテキトーな理由でさっさと帰ろう」

 「んん゛んん!!!! お願いギリギリ繋がってる細い糸ブチ切らないで……ッ!」

 い、いや、わ、分かってたし!! ……分かってたし……。
 うん、はそういう子って私知ってたわ……。

 もう一筋の光さえ見えないってどういうことなの……絶望という二文字が最大フォントの明朝体で浮かんでくる……。

 崩れ落ちそうな私なんて知ったこっちゃないは、「え? なにそれ。っていうか、いよいよお見合い明後日だよ……どうしよう」とお見合いのことで頭がいっぱいな様子で――――え?!

 「えっどうしようも何も会うだけでしょ?! 話そのものは断るんでしょ?!」

 メニューに視線を向けているから、それをバッと奪ってしまう。
 えっえっえっ、が“その気”になっちゃうと困るも何もお話ここで終了なのですが……ッ?!?!
 
 「断るけど、お父さんの顔に泥塗るわけにいかないし、先方にも失礼があったらダメでしょ。お互いその気なくても、うちはお父さん、相手は会社の上司がバックにいるんだよ? なんか問題あったらヤバイじゃん」

 のその言葉を聞いて、私は心底安心した。よしオッケーまだまだ勇者・ミヨシの戦いは終わらないねオッケーッ!!!!

 でも安心はできないのが現状――というか、である。

 いつもにこにこしていて、かわいくてかわいい最高無敵のこの世の宝だとしても、この子のほわほわ加減はどうにもこうにもならない。それで今まで何度危ない目に遭いそうになったことか……(頭抱え)。あの“せんせい事件”だってそうである。だからこそ私はちゃんをこの世の穢れという穢れから守ってきたわけだが、(私の考えた)三好×の幸せな未来を見守るっていう夢ができた以上は(三好さんは基本的に頼れないので)になんとか……なんとか望みを託したいわけです……ッ!!!! これホント切実……ッ!!!!

 「……た、確かに、パパにしても相手方の上司にしても、何かあったら色々と問題なのは分かるけど……。……でも、気はしっかり持たなくちゃダメだからね? 流されないように!!」

 「流されて結婚なんてバカしないよ〜。なんでそんなムキになるの?」

 「……いや……うん、そうだね……」

 いや、私の愛する秘蔵っ子・ちゃんのことだからだよ……?
 私の夢を叶えるには、の力が――というか、の存在が必要不可欠なのッ! あと三好さん!! この人はもうちょっと真面目に事に取り組んでくれないと困るほどに使いモンにならねえからちゃんの意識改革がね……?!

 ――と、やはりあなたが神か……というタイミングでご登場なされた……(拝み)。

 「二人とも本当に仲が良いよね。見かけるたび、いつも一緒だ」

 「?! んっ?!」
 「あっ! どうも〜! そちらもお揃いで〜!」

 目を見開くに、田崎さんは今日も爽やかな王子様スマイルで応える。
 んん゛、やっぱりの理想の王子様だ……。
 かぁっと顔を赤くして、あたふたするがこんなにもかわいい……。

 「さん、こんばんは。ふふ、これなら今日も、あなたをきちんとお送りできますね」

 そしてなんと言われて誘い出されたのか謎だが、ひどくご機嫌な様子の三好さんが、田崎さんの隣で大好きオーラを今日も元気に放ちまくっている。
 ゲロ甘いその微笑みは周りからすると『砂糖と生クリームとジャム吐きそう』というふうに見えるけれど、三好さんイコールやばい、こわい、そして嫌い(笑)。これがデフォなからすると、恐ろしいものとしか思えないらしい。ザァッと顔色が変わった。
 ここまで話を聞いていた限りでは、前よりはいくらか改善した様子だけど、やっぱり長い時間をかけて培われてきた悪感情(笑)はそう簡単に抜けきらないね……。

 「え゛! あ、いえ、そんな、い、いつもいつも申し訳ないですし、わたし呑んだ帰りはタクシーなので……」

 控えめに『お断りします』というのを、表情には全面的に出しているに、三好さんはやはりゲロ甘い微笑みで「ええ、分かっていますよ。けど、だからって一人で帰す理由にはならないじゃありませんか。ね?」と――。

 ……もうならなんでもいい人だから、そういうふうになるよね。

 きっと『僕相手に遠慮なんて……いじらしい人だな』とか思ってるんですよねもう大体あなたの頭ん中は想像できます。

 「は、はぁ……」

 戸惑いを隠せない様子で困った返事をするを視界に収めつつも、神永さんに合図を出す。すると手筈通り、自然な感じで「ね、せっかくだし俺たちも一緒していいかな? もちろん奢りだから」とテーブルに片手を置いて、にこにことに笑いかけた。

 ここからはもう怒涛の展開。絶対にノーとは言わせない。

 「さすが神永さん! お言葉に甘えようね〜!」
 「え゛?! あっ? えっ!」
 「座敷、空いてるって」
 「あっ田崎さんありがとうございます〜! うふふ、今日は楽しくなるよ〜!」


 私(たち)は……負けない……ッ!!!!




 「さん、両方頼んでいいんですよ」

 相変わらずにはゲロ甘い微笑みを浮かべている三好さんだが、田崎さんを見る時の目だけはヤバイ。

 何度も言ってる気がするけど、人を殺す目だ。視線で殺すかのように――というようなレベルじゃない。もうこれはほんとに殺せるんじゃないか? 田崎さん死ぬの? 死んじゃうの?? と若干心配したが、田崎さんに限ってそんなことはありえないので杞憂であった……。ほら、田崎さんって人間のフリしてるだけの神だから……。

 と、それはともかく、メニューをじぃっと見つめながら眉を下げているを、至極ご機嫌な様子で見つめていた三好さんが突然そんなことを言ったので、がばっと顔を上げた。

 ちなみに。今日という今日こそはなんとしてでも……ッ! という特別な日なので、三好さんは愛しのの隣に座らせてあげた。

 そらご機嫌だわ……。特に何をするでもないのが、やっぱ使いモンにならねえな……と正直思ったりしたけど、もう隣にいられるだけで幸せっていうそういうアレなんだな……納得……と思っていたのですがッ!!!!

 「えっ」
 「普通のだし巻きと、こっちの明太子のだし巻きで迷ってるんでしょう」

 なんと……!! み、三好さんが……正確にの思考を読んで……?! 気遣いを……?! と思ったが、この人はの好物なんてとうの昔に知ってるわけなので(第一昼参照)別に驚くところでもないか……。はこの居酒屋のだし巻き大好きとかそんなのとっくの昔に知ってますよね私はそれを知ってる。
 なんでこの人はすべてにおいて斜め上に向かっていくんだろうか。エリートエリートした顔しといてただのバカというのは神永さんの言葉である。納得。

 だとしてもこれはいいぞ。ナイスだぞ三好さん。

 きっと三好さんのファン(笑)が見たら卒倒でもするんじゃないかというほどに甘い微笑みを向けられているのに、はそんなことには気づきもしない様子で、「えっ、あっ、いえ! 二つもいらないですよ! 普通の! 普通のだし巻きにしましょう!」とだし巻きのことで頭がいっぱいのようだが。

 まぁせっかく三好さんが仕事しはじめたので、私はここぞとばかりに「私たちも食べるし、余ったら三好さんが! 三好さんが! 食べてくれるから頼んじゃいな!」とエールを送る。ついでに「しかも今日神永さんの奢りなんだから!! 遠慮することない!!!!」と付け足した。私はもちろん(私の考えた)三好×の明るい未来を誰より望んでいるが、それとは別にタダ酒タダ飯最高というわけである。

 すると私の努力を無駄にするような余計なことを神永さんがしたので、思わず舌打ちしそうになってしまった。

 「おいきみはもっと俺に遠慮しろ! さんはなんにも気にしないでいいからね。好きなもの食べて、好きなの飲んで? あ、そうだ。ずっと言おうと思ってたんだけど、“ちゃん”て呼んでいい?」

 「え、あ、は、はい……?」

 「よし、じゃあちゃんと俺のお近づき記念ってことで! あ、お姉さーん、普通のだし巻きと、明太子のだし巻きちょうだい」

 三好さんがまだ(本人の前では)名前で呼べてないっていうのに、なんでアンタが!! バカかよ貴様ッ!!

 言っておくが田崎さんは別枠。田崎さんはこういうじれったい恋愛には必要不可欠な“恋のライバル”なわけだから、むしろ積極的にに絡んでほしいところである。ついでに言うと田崎×っていうのも、ほら……ごにょごにょ……。

 「あっ、えっ、か、神永さん……!」
 「神永の言う通り、気にすることないから。他に食べたいものは?」
 「う、いえ、だ、大丈夫です、じゅうぶんです……!」

 に優しく微笑む田崎さんを見て、途端に機嫌を悪くした三好さんが不満げな声で「……生一つ」とお姉さんに告げる。

 まずいな、三好さん機嫌悪くなると余計なことしかしないから……と思って、「あっ、私も! すみません、生二つでお願いします!」とビシッと手を上げて言うと、さらに「は? カシオレ? ファジーネーブル?」と声をかける。

 ……ふふ……本当はも生だろうけど、今日は三好さんの“トーク”をたっぷり聞いてもらわないといけないので、いつものように酔ってもらっちゃ困るのだ。ビールだと(アルコールそんなに強くないのに)ガンガンいっちゃうので、甘いものでセーブさせる作戦である。我ながら素晴らしい。

 突然私が声をかけたので、は思わずといった感じで「えっ、あ、じゃあファジーネーブル!」と答えた。

 どうせならと「田崎さんと神永さんは?」と二人にも聞いてみると、田崎さんが「神永、日本酒は?」とメニューにざっと目を通しているところへ、神永さんがそれを覗き込んで「おっ、いいねぇ〜。んー、じゃあ――」と相談しているのを見て、この人たち“三好×同盟”組んでから時間の都合さえつけば、ほぼほぼ毎日屋上で顔を合わせてるからなんか仲良しじゃない? と私は思った。

 いや、仲良しにならなきゃいけないのはあなたたちじゃなくて三好さんとなんですけど?!?!




 「あっ! 〜、もう帰らないとダメじゃない〜? 明後日は大事な……大ッッ事なお見合いなんだから、明日は色々と準備で忙しいでしょ? タクシーお店の前まで呼んであげるから、支度しな〜?」

 いつものが帰る時間には早すぎるが、今日の作戦的に話を切り出すタイミングはココッ! と私はにこにこしながらの肩に優しく手を置いた。
 ウヴッ……やはりアルコールの入ったちゃん最高……。

 ――という私のこの感情はともかくとして、ふふ、三好さんがソッコー釣れた。

 「……お見合い……?」

 三好さんは持ち上げていたビールジョッキをストン――いや、ドンッ! とテーブルに置い……いや、打ちつけた。

 よしよしよしよしいいよいいよ〜!! こっから攻めていきましょう三好さ「……かえらなくちゃ、だめ……?」ん……。

 ……秘蔵っ子〜ッ!! 私の秘蔵っ子かわいすぎかよぉおお〜!!!!
 私が悶えてどうするという話であるが、これは仕方ない。
なぜならは私の秘蔵っ子。つまりベスト・オブ・カワイイ。

 けれどここできちんと仕事をせねば、今日こうして集まった意味がないッ!!!!
 この萌えを発散したいのを(つまりテーブルバンバン)一生懸命我慢しながら、私は浮かべた笑顔を崩さないように表情筋に力を入れる。

 「(んん゛んんん!!!!)だって疲れちゃうでしょ〜?? この場は気にしないでいいから! ね〜??」

 そう言って「ほら、」と帰り支度を手伝う(フリ)をすると、ちゃんは――。

 「……かえりたく、ない……」

 「(ん゛あああ!!!!!!!!)そ、そんなこと言ったってね〜? ……ねぇ田崎さん!」

 ……ムリ!! 私には無理ッ!!!! とやはりここは田崎さんにお任せするしかないと全力投球した。

 すると田崎さんは人の姿を借りているだけの神であらせられるから、「どうしてそんなに帰りたくないの? ……俺の知ってるは、とっても素直な女の子のはずだけどな」なんて言って、の口から話を引き出し、三好さんに聞かせてやろうと――してるんですよね? それだけですよね? ……口説いてます?? と思うほどの“あの”甘い声なので若干疑ってしまうのは私だけじゃないはず。だって神永さん苦い顔してるもん。

 とまぁそれはともかくである。
 の丸い瞳から、ぼろっと涙が零れた。

 「〜だっ、だってぇ……! わたしおみあいなんかしたくないもん〜っ……!」

 よしキタッ! ココだッ!!!! とさりげなく三人(もちろん私・田崎さん・神永さん)が頷く。

 「ちゃん、お見合いするの?」

 まず最初に、こういうことにはすぐに首を突っ込みそうなタイプ(実際そうだよね(笑))である神永さんが一言。

 「う、そう、です……っ、し、したくないのにぃ〜! お父さんがぁ〜っ!」

 アルコールも入っているし、そのおかげでうまく頭が回らなくなってきているのか、は泣いて泣いてしょうがない。

 それでもかわいいのでやっぱり至高……至宝……と拝みそうなところへ、今度は田崎さんが「ふふ、それなら俺がお父さんにご挨拶に行こうか。『さんとは結婚を前提にお付き合いしているので、見合いは困ります』って」とターゲットである三好さんを煽るように言った。……いややっぱコレ口説いてます?!?! 今日はそういうんじゃないんですよ!! そういうの今日はいらないんですよッ!!!! 
 私は制止するために「っ、た、田崎さ……っ!」と小声で咎めたが、そんなことには気づかないほどにお見合いで頭いっぱいな、そして三好さんも同様のため結構大胆なジェスチャーもしたけど全然平気だった(笑)。……笑い事ではないけどね!!

 「うう、だって、おじさま、ひどいんです……っ」

 目元を真っ赤にしながら、ひっくひっくと嗚咽を繰り返しつつ、はなんとかそう口にした。よし、なんとか話は進みそうだ。

 「……“おじさま”?」

 眉間に皺を寄せる三好さんの疑問に答えるべく、私が「のお父さんのお友達で、のことものすごく可愛がってるダンディーなおじさまです」と説明すると、三好さんはそっと目を伏せた。何か考えている様子だ。

 は泣き止む様子も落ち着く様子もない。私と話していた時にはそんなに気に病んでいるようには見えなかったけれど、やっぱり“お見合い”という予想外の事態に混乱していたのが、表層に一気に溢れ出てしまったらしい。

 「ふ、え、っく、わ、わたし、け、結婚なんか、まだ考えてないしっ、でもわたしに紹介するなら、絶対に妥協しないって、自分の教え子さんにお話っ、なんかして、ひっく、それで、断られてっ、それでもお父さん、っどうしてもお見合いさせたいからって、おじさまのツテを辿って、結局こんな……っい、いきたくない〜! ……いきたく、ない……っ」

 うあああん! といつかの日のように子供みたいに泣くを前にして、神永さんはおろおろしているし、田崎さんは困った様子で――これはフェイクである。実は二人とも冷静に三好さんの出方を窺っている。

 すると何か考えているようであった三好さんが突然、ゆっくりと口を開いた。

 「……さん、お見合いはそんなに嫌ですか」

 「や、やです……。でもお父さんの顔に、ど、泥塗る、わけにもっ、い、いかないし、あ、あちらだって、上司の奨めですし、うう……っ」

 きっと普段のなら、三好さん相手にこんな弱音を吐くことなんて(絶対)ないけど、今回は事が事だし、アルコールパワーってすごい……(ゴクリ)……。
 それにしたって非常に庇護欲をそそられるかわいい泣き顔である最高。

 ……さぁ三好さん、どう出ます? と私も神永さん同様におろおろした様子(今まで培ってきた演技力が火を噴いている)で「? 大丈夫?」と背中を擦る。

 こっそり三好さんを盗み見ると、何かを決心した様子ではっきりと言った。
の目を真っ直ぐに見つめて。

 「……僕は、あなたの味方です。あなたにどんな困難が訪れようとも、僕がすべてどうとでもしてみせます。……その見合い、受けたくないんですね? なら、僕に任せてください」

 「え……」

 は一気に酔いが醒めたような顔をしているし、私と神永さんなんか思わずぽかんとしてしまった。え? 田崎さん? あぁ、別枠、別枠だから。
 三好さんはこの場の誰をも置き去りに言葉を続けていく。

 「……僕のかわいい人。あなたの無垢な心を傷つけるものは、何をもってしても、僕が消し去ってみせます。他の誰を、何を置いても、僕はあなたには優しくすると言いました。あの時の言葉に嘘はありません。その見合い、明後日なんですね? 場所はどこで?」

 アッ三好さん酔ってるねコレ(笑)。“僕のかわいい人”(笑)。本音出ちゃった(笑)。
いや、今日の目的それだからいいんだけど(笑)。

 ……やっぱり『ザマァ(笑)』してたときの癖がどうにも抜けなくて困る。私は純粋に三好×を応援しています。二人には(私が考えた)幸せな未来を生きてほしいから…ッ!! 私欲ダダ漏れ? アッハハハ! 結局二人ともが幸せになるならコレは私欲での働きではないボランティアである(真顔)。

 は訳が分からないという顔で、「は、“花菱”っていう、料亭、ですけど……でも、」と、その続きはなんと言えばいいのか? と戸惑っている。助けて、とでも言うように私に視線を送ってくるが……助けてあげたいけどもッ!!!! でもッ!!!!
 私がのかわいい光線に打ち抜かれてしまう寸前で、三好さんのオンになってたスイッチがいよいよ壊れてオンの方向へと押し倒された。もう戻せない。

 オンオフ切り替えるバーがブチ折れたから。

 「僕にとって、さんはすべてです。何を捨てても構わないから、あなたが欲しい。あなたをどこの馬の骨とも知れない男のところへなど、僕はやりたくありません。断ってくれて結構ですが、初めに話を持ちかけられた男もとんだ愚か者だ。あなたほど素敵な女性なんて、この世にはいないのに。……けれど、そんな素敵な女性を囲ってしまえるのは、この僕だけだ。……あなたが望むことは、なんだって叶えてみせる。あなたが望む男に、僕はなってみせます。ですから、そんな意味のない見合いなど、止めにしておしまいなさい。僕が責任を取ります。僕の人生、すべてをかけて。……さん――いえ、さん。僕は、僕は……あなたを愛しているんです、心の底から」

 「……っ、え……?」

 いや、上手くいく方向に押し倒すって私言ったけども……ッ?!?!
 これは予想外としか言いようがありませんッ?!?!?

 しかしグッジョブ三好さん! いいぞ三好さん!!
 ……どうやってを“守る”んだから知らないけども!!!!






画像:HELIUM