「さん、そんなに酔った状態で走ると転びますよ」

 「じゃ、じゃあ追いかけてこないでくださいっ」

 「あの場にいた人間にあなたを送ると宣言してきた以上、そうせずに帰ることはできません」

 「送ったってことにすればいいじゃないですかっ」

 「僕は嘘は嫌いです」

 「……わたし寄りたいところあるんですっ! だから三好さんはお帰りになってくださいっ!」

 「余計に帰りが遅くなりますね。それこそ送っていかなくてはいけません」

 「〜っなんだったら帰ってくれるんですか?!」


 「……あの男が、あなたが先日言っていた男なんですね。あれのどこが良かったんです?」


 「は?」

 「あぁ、今は田崎でしたね。まぁどちらでも構いませんが、どこが良いんです? ぱっと見、二人に共通点があるとすれば、切れ長の目をしているな、というくらいですが。まさかあなたの男の基準というのは“顔”ですか」

 「……それ、どういう意味ですか」

 「どういう意味に聞こえるんです?」

 「……わたしのタイプなんか知ってどうしたいんですか?」

 「今後の参考のためです」

 「三好さんならわたしの意見なんて参考にしなくても、どんな女性とだってお付き合いできると思いますけど」

 「それはそうですが、色々なパターンがある以上、参考意見は多いに越したことはありませんからね」


 「……じゃあハッキリわたしの意見を言います。あくまでもわたし個人の意見なので、どんな女性からもおモテになる三好さんにはまっっっったく参考にならないと思いますけど、わたしのタイプは“三好さん以外”の男性です!! それじゃあお疲れさまでしたタクシーいるみたいなので帰ります三好さんもお気をつけて!!!!」





 「控えめに言って三好さんバカかよ!!!!」

 あの“せんせい事件”の後、慌ててお店を飛び出したを追った三好さん。
 前科者の三好さんのことなので、一応翌日に『〜? ちゃんとおうち帰れた〜? 三好さんちゃんと送ってくれた〜? ちゃんと、の、おうちに、送って、くれた〜??』とラインしたところ電話がかかってきて、三好さんと前述の会話をしたとのことだった……。

 は大層ご立腹で、「もうほんと三好嫌いっ!! 大体あの人さぁ!!」と延々と電話口で愚痴を吐き出した。ホント、三好さん控えめに言ってバカとしか……ッ!! あのシチュなら色んな展開に持っていけたでしょうがッ!!
 ギリギリとジュースのパックを握りつぶす私を横目に、神永さんが「ホントにな。エリートエリートした顔しといてアイツただのバカだよ」と煙草の煙を吐き出した。
 ホント、ホントそれな! という話である。

 「何が『それはそうですが』だよと付き合えてないじゃねえかよッ!! 『僕は嘘は嫌いです』って思いっきりウソついてんじゃん!!!! しかも必要ないウソ!! 損するだけのウソ!! バカかよ!!!!」

 屋上の爽やかな風が似合う田崎さんが、ちょっと憂い気な顔で「『男の基準というのは“顔”ですか』、か。さんがそういう子じゃないのはもちろん分かってるけど、仮にそういう女の子が相手だとしても、口に出すことはルール違反だな」と呟いた。
 あぁ、そうだった。三好×同盟を結成してから、昼休みに屋上でこうして情報交換及び作戦会議を行うようになったというのを記録し忘れていた。
 立ち入り禁止のはずのココの鍵を、神永さんはなぜ持っているのか……しかもご丁寧に灰皿まである……。一度聞いてみたところ、ナンパなウィンクと一緒に「ヒミツ」と返ってきたのでもう聞かないことにしている。

 ……さて、そんなことより……。

 「もうこれは無理です。の“三好嫌い”の改善は無理です。三好さんそのものが終わってるんで無理です。方法があるとすれば三好さんが一回死んで生まれ変わる、これくらいです」

 三好さんの応援をしようと心に決めてから、色々なことを考えてここまでやってきた。社内でもプライベートでも、三好さんの遠回りすぎるアプローチにが気づくよう、頑張ってきた。けど、肝心の三好さんがそういう私(たち)の努力ブチ壊すんだからもうどうにもならないとしか言いようがないアイツ本気で使いモンにならねえ。
 神永さんの「性格変わんなきゃ死ぬ意味ないけどな」という言葉に、私は頭を抱えた。

 「俺、思ったんだけど」

 田崎さんはスーツの内ポケットから煙草を取り出すと、さらっと自然な動作で火を付けた。

 この間も思ったんだけど、この人って喫煙者なのね? 全然そういうイメージなかったんだけど。そばにいても臭いとか気になったことはないし、スーツや髪にもそれらしい痕跡はない。

 爽やかを体現してる好みの色男な田崎さんだけど、そういう一面もあるのね〜。デキる! って男が、こう、たまーに煙草吸っちゃう〜みたいなの、すごい萌えるよね。と思いつつ、「はい?」と特に何も込めていない返事をすると、田崎さんが爆弾ブチ込んできたので指先が震えた。パックジュース落とした。

 「俺とさんが付き合ったらだめなの?」

 「は」
 「た、田崎さん? な、何を? 一体何を??」

 神永さんの反応も私の反応も、至極当然のことだ。
 え? この人は? 何を? 言ってらっしゃる??

 「いや、だってさんは三好に気がないどころか嫌ってるし、俺のこと好きなんだよね。で、その俺もさんを好きだなって思ってるんだから、そうしたら丸く収まるだろう?」

 え、あ、いや、ちょっと納得。…………いやいやいやいや!!!!

 「た、たたた田崎さん、落ち着きましょう! 確かに三好さんは使いモンにならないですけど我々は三好×一本でいくとあの日あの居酒屋で盃交わしたじゃないですか!!」

 「俺はそのつもりないけどやっぱり頭数に入れられてるんだな」

 ふぅ、と神永さんは溜息のように煙を吐き出すと、水の張ってある灰皿にぽいと煙草を投げ入れた。

 手のひらで口元を覆うように煙草を唇に寄せて、田崎さんはおかしそうに体を揺らす。

 「俺もそのつもりだったけど……気が変わっちゃったんだ。ふふ、かわいいよね、さん。彼女の前では、煙草も控えたくなっちゃうくらいには」

 風にさらさらと流れる黒髪は、田崎さんのいい男感をめっちゃ演出してるけども!! けども!!

 神永さんの「……やっぱりそのつもりだったんだな。おかしいと思ったよ、いつも煙草切れたら外まで買いに行くくせに。……だからあの場限りとはいえ田崎を彼氏役になんか……」という言葉を聞いたらもう指先震えるどころか呼吸困難起こしそうになった。

 「えええっ! だっ、だって三好さん使いモンにならないしあの場は田崎さんが適役かと……! ……ん? 田崎さん煙草常用?!」

 アレッ? アレッ?! と田崎さんの指先を見る。た、確かに、確かに煙草が……ッ!! ……マルボロか……。なるほど…………『Man always remember〜』っていうアレか?! 『人は本当の愛を見つけるために〜』っていうアレなのか?!?!
 えええウソでしょ〜?! 田崎さんとのVSもそそられるけど、勝敗目に見えちゃってるからァ〜!!!! とせっかくお仕事用にキレイにまとめてある髪をぐっしゃぐしゃにかきまぜたい衝動に耐え忍ぶ。……が、田崎さんは私のそんな精神状態など知ったこっちゃないと言葉を続けた。

 「俺は役得で嬉しかったよ、ありがとう。あ、煙草は吸うよ。でもさんって、煙草嫌いだろう? だから彼女の前では吸わないことにしてる。ほら、初めのたまたま顔を合わせた時、俺たちの席に移ったさんの灰皿を見る目を見たら、そうかなって思って。違ったかな?」

 アッやばいこの人めっちゃデキる人だったわ……。“せんせい事件”でそのポテンシャルの高さ目にしたばっかりだったわ……。

 くそぉ……三好さんが田崎さんに対抗できる策とか今のところ何も思いつかないどころか、田崎さんの言う通り、の気持ちといったら田崎さんのほうに向いてるしな……いや、が幸せならいいよ? いいんだけど……と真剣に唸る私を、田崎さんは徹底的に潰すスタイル。

 「おかげでさっきデートの約束できたんだ」

 「お、おまえマジに本気かよ……。さんはあの三好が狙ってる子だぞ……? 死ぬ覚悟できてんのか?」

 「いやその前にどうやって?! どうやってデートの約束なんか?!?!」

 混乱する私と神永さんを見て、田崎さんは思い出し笑いだろうに、ひどく甘い笑顔を浮かべている。……ちょっと待って? 待とう??

 田崎さんに文句があるわけじゃない。だっての理想の王子様だから。でもね? あなたが参加しちゃったら…………私の楽しみなくなっちゃうんですよ?!?! 分かってますか?!?!

 「ここに来る前にちょうどさんに会って、お礼を言われてね。お詫びに何かって言うから、デートしてって頼んだんだ」

 「……またあの顔で……ッ! またあの甘い声で誘ったんですか……ッ! うちの、うちのかわいいを誑かしたんですかッ!!」

 おのれ田崎……ッ!!!!

 でも、この爽やかな顔と真面目そうで真摯な姿勢……素晴らしい……。あとのタイプの“切れ長の目”ね、うん、涼やかで確かに素敵。仕事もできるし、優しいのも分かる。そしてが一言も口にせずともなんとなく察することのできる観察眼も、控えめなをリードするにふさわしいと私は思う。

 「誑かすつもりなんてないよ。俺は真面目にさんと付き合いたいと思ってる。あんなにかわいい顔されて、その気にならない男なんていないよ。きみも言ってたろう?」

 加えてコレッ!! コレだもんッ!!!!
 『ダメです! だって田崎さんて〜』ってディスれるとこ何一つない……ッ!!

 「そっ……それはそうなんですけど! そうなんですけど! ……確かに、三好さんじゃを任せられません。を好きなのは分かります、すっごく分かるんですけど、アレじゃは三好さんを好きにならないし、三好さんが押し切ったとしてが幸せになれるとも思えません。田崎さんのほうがいいに決まってます。……なんですけど!! なんですけど!!!!」

 でも……でも私は三好×の幸せな未来――ラブラブいちゃいちゃ展開を見たいんですよおおお!!!!

 「……きみはホントに自分の欲望に忠実だな」

 呆れかえってる神永さんの声なんか聞こえない。

 あー、もう、どうしよう……ぐすん、とかわいくもなんともなく鼻をすする私の肩を、田崎さんはぽんと優しく叩いた。思わず見上げると、「まぁとりあえずは見守っててくれるかな? あぁ、それでデートなんだけど、早速明日なんだ。駅前に十三時、予定ではランチの後に水族館。一通り回ったら適当にぶらぶらして……あとは、さん次第かな。それじゃ、俺はそろそろ戻るね」なんて言いたいこと全部、押しつけるだけ押しつけて去っていった……。

 沈黙。そして絶望――。

 頭を抱えるしかないこの状況下、(いつ火を付けたんだか)風にさらわれる神永さんの吐き出すニコチンまみれの煙。……絶望。

 「……ヤバイ。の危機を救ったつもりが私はとんでもないトラブルを呼び寄せてしまった感……」

 神永さんはどうってことないという顔で「だな。……まぁトラブルと言えばトラブルだが、騒ぐことでもないだろ。もうお互いいい大人なんだし、何があれ自分でどうとでもできる。きみはさんに対してちょっと過保護が過ぎるぞ」なんて無責任なことを言う。

 このニコチン野郎ッ! 事の重大さがまったく分かっちゃいないなオイッ!!!!

 「言い切れないでしょう!! 田崎さんはあんな爽やかな顔しといて手練れ! テクニシャン!! しかものタイプ! ドンピシャ!! ……コロッといっちゃいますよこないだのトキメキMAX天使顔見たでしょ神永さん……」

 力なくうなだれる私に、咥え煙草で神永さんは肩をすくめた。

 「だったら自分の目で確認すればいいだろ」

 「……え?」




 「……まぁこうなりますよね! いやぁ〜、まさか神永さんが『後をつけよう』なんて言うと思いませんでしたよ!」

 麗らかな陽気の土曜日、午後一時。絶好のデート日和である。まるで神がの憧れの王子様とのデートを祝福しているかのようだ……。なんだか胸に染み入るものがあるな……と思いつつ、私服が無駄にかっこいい神永さんが「俺は田崎が来てくれとばかりに話したのに、きみがそう言い出さなかったのが不思議だったけどな」とか失礼なことを言い出す。まったく無神経な人である。思わず「さすがにデートまで付き添わないですよ!! 後で根掘り葉掘り聞くことはしますけど!!」と言い返しつつ、待ち合わせ場所である駅前の“なんとかかんとか”というよく分からない芸術的なオブジェの前に立つ田崎さんを、上から下までよく観察する。

 ……クソッ、非の打ちどころのないファッションだなッ?! 爽やかで清潔感があって、なんて言うの……? スタイリッシュ的な……? とにかくオシャレなんだけど嫌味がなくて……いかにも“かっこいい〜”みたいな神永さんのファッションとは一味も二味も違う……。いや、神永さんは神永さんでかっこいいし、似合ってるんだけどね。田崎さんは自己プロデュースの天才かな??

 だがしかし、今はそういうお話をしてる場合じゃない。

 「……なんでいるんですか三好さんどこで聞いてきたんです?!?!」

 そう、三好さん!! 三好さんなんでいるの?!?! という話であるッ!!!!

 余裕ぶっこいて煙草吹かしてる神永さんはどうかしてるっていうかココ喫煙禁止地区ですよあなたみたいな人がいるから喫煙者は非常に肩身の狭い思いを――だからそうじゃないんだこの状況をどうするのかアンタも考えろよアホか〜ッ罰金取られろ〜ッ!! と怒りに打ち震える私に首を傾げながら、三好さんは「? 見知った顔があったので声をかけようとしただけですが、何か問題でも?」と本当に心の底から“きょとん”という具合である。

 ――というかある程度は想像のつくタイプの人だよなぁと思ってたけど、ホント色々と裏切らないですよね三好さんって。

 パリッと皺一つ見当たらない、言われてみれば……ってほどの薄いピンクのシャツに、ライトグレーのチノパン。そして薄手のネイビーのジャケット……。ちらっと見た足元は、あからさまに質の良いキャメル色の革靴だ。……うん、想像通りだよ……。こう、金持ちのお坊ちゃま的な?? お上品〜的な?? もう想像通り過ぎて特にコメントない。まぁでも、キレイめなお嬢さんスタイルのの隣に並ぶと――わ、悪くはないね! 写真撮りたいくらいには悪くはないね!! ……いや、田崎さんの爽やか好青年スタイルのほうが、年上にリードされてる感がなんとなく漂って初々しいちゃん天使……って感じだしなぁ……と、それは後々じっくり考えるとして!

 そろそろが現れるだろう。あの子、待ち合わせには余裕をもって来るから。
 しかも今日の相手は田崎さんである。間違いない、今日のはいつにも増してかわいいだろう。っていうか三好さんの私服とか初めて見るんじゃない??
 ……そこで問題。そんなを見て、三好さんはどうする? っていうかの待ち合わせの相手が田崎さんと知ったら――でも考えてる時間がないッ!! 問題? 大アリですよ!!!! と言ってやりたいが……え〜っ、ホントに偶然パターンでしょ? え〜っ、あーッ! も〜!! 考えてもしょうがないッ!! 女は度胸ッ!! 人生は博打ッ!! つまりもうコレは仕方ないッ!!

 「……いいですか三好さん。これから何を見ても、何を聞いても、絶対何もしないでくださいよ」

 「は? いえ、もう用は済みましたし、あなたたちの邪魔をする気は――」

 眉をひそめる三好さんの言葉は、途中で止まってしまった。


 「たっ、田崎さん! すみませんっ、お待たせしましたか……っ?」
 「あぁ、さん。……うん、すごく待ったかな」

 んん゛ん純白の天使がいる……ッ!! 何あのバリバリ勝負服なコーデは!! あのを田崎さん今日一日連れ回せるっていうの?! どんなご褒美だよッ!! 完全にデート服〜ッ!! 私とお出かけのときとはちょっと違う〜ッ!! なんか悔しい〜ッ!!!!

 しかし……白のワンピか……清楚だ……イイッ! そこにちょっとのヒールの爽やかブルーのパンプス……カーディガンはパステルイエローですかそうですか……。バッグは白……と見せかけてよく見たらサイドがパンプス同様爽やかブルーのバイカラーだわ……。……うん……。

 ああああ゛あああ私のがかわいいよおおお!!!!

 「ありゃかわいいなぁ……」とかひゅうっと唇を鳴らす神永さんを一睨みすると、の「ごっ、ごめんなさい……!」という慌てた声が耳に入った。
 いや、謝らなくていいよ……天使は謝らなくていいんだ……私が今そう決めた……。正直ひたすら田崎さんが羨ましい……。

 「あはは、意地悪したね。まだ約束の時間より十分も早い。本当は俺もついさっき来たばっかり。……ただ早く会いたくて、体感時間がおかしくなっちゃったんだろうね。すごく待った気分だ。……そのワンピース、かわいいね。俺のため?」

 「っあ、いえ、あの……!」

 ……田崎さん……アンタって人は……ッ! と震えるしかない。
 が気にしないようにという気遣いはもちろん、うまい口説き文句を挟んでくるあたりが……ッ!! しかも何その『俺のため?』って……。アンタ自分がの王子様って自覚あるからって――「ふふ、よく似合ってるよ。恋人がこんなに素敵だと、心配だな」……。

 「え、」

 「誰かに連れていかれちゃうかもしれないじゃないか」

 「はっ、あ、え? こ、こいびとって、あの、」

 「“デート”なんだから、今は俺のかわいい恋人だよ。さ、行こうか。……、手を出して」

 「?! た、た、田崎さ、あのっ、えっ?! あのっ!」

 「連れてかれちゃ、困るから」

 「っ……!」

 …………。


 「おいマジかよ田崎さん最初っからクライマックス〜ッ!!!! ただでさえ! からしたら完璧な理想の王子様なのに!! 自分の武器を熟知してるうえに使用法も的確とか非の打ちどころないじゃんかよ〜ッ!!!! ッアー!!!! トキメキMAX天使顔〜ッ!!!!」

 あああ……さすがとしか言いようがない……ッ!!

 そうだ、コレだ……。田崎さんのすごいところはコレなんだよ……ッ!! サラッと名前呼びしちゃってさぁ〜! サラッと手なんか繋いじゃってさぁ〜!! 三好さんみたいな使いモンにならない男には決して真似できない芸当だよホント……。すごい、ホントもう、すごい、他に言い方ないのって話だけど、もう言葉にならないくらいすごいの察して……。

 「お、おい三好……」

 私が田崎×の初々しい少女マンガなシーンに感涙していると、神永さんの気遣わし気な声が耳に入ったので、仕方なしにそちらへ目を向ける。あ、そういえば三好さんいたんだった忘れてた。

 「……なんです、アレは」

 すごい(笑)鬼の形相(笑)。

 「田崎さんとの初デートです!! 見れば分かるじゃないですかッ!! あっヤバイ移動しちゃう神永さん早く!!」

 「お、おう、」

 でも今そんなのに構ってるヒマないので神永さんに押しつけるとして、私はダッと二人の後を追いかけた。




 「……なんで三好さんまでついてきたんですか」

 私の言葉に、三好さんはちらっと視線を寄こすと、「……こちらのほうへ用があることを思い出しただけです」と言ってツンとした顔を見せた。うふふ、三好さん(笑)のくせに生意気な。

 ……私はね、三好さん……あなたのすべてというすべて、知ってるんですよ……?

 「じゃあその用事とやらを済ませてさっさと帰ってくださいよ。何パスタ食べてんですか。しかもと同じやつ。あの子パスタなら絶対トマトソースってよく知ってますね」

 「さんは本当はクリームパスタを食べようと毎回思うんですけどね、注文する直前になって思い出したようにトマトソースのパスタにするんです。大体アマトリチャーナかペスカトーレですね。どちらかと言うとペスカトーレを選ぶ確率のほうが高いですが」

 「よくご存知ですね〜。そうなんですよね〜、って“いつも”そうなんですよね〜。……よくご存知ですね〜??」

 「……たまたまです。うちの女性社員は、みんな交差点を渡った先のカフェでランチを摂るでしょう。そういう話を他の方から聞いたんです。それだけです」

 フッ……バカめッ!!!! だがしかしイイこと聞いちゃったぞぉ〜? コレをイジらずにいられようか〜? 答えはもちろん否である〜(爽やかな笑顔)。

 「へぇ〜?? ……で? “さん”? ……“さん”?? いつも心の中ではそうやって呼んでるんですかぁ〜。私てっきり三好さんてフェミニストっぽい顔に似合わず亭主関白タイプって思ってたので呼び捨てだと思ってましたぁ〜」

 三好さんはムッと眉間に皺を寄せると、芝居がかった大げさな動作で首を横に振った。

 「まさか。さんのような可憐な女性には、威圧感など与えてしまっては事です。そんな旧式なステレオタイプの男ではいけません。彼女は繊細ですから、きっと怯えさせてしまいますし、傷つけてしまうことでしょう。なので僕はいつでも物腰柔らかく、それでいて頼れる男でいるつもりで――」

 「そんなこと思ってるんですね〜。実際は全然まったくかすりもせずに斜め上ですけど〜。じゃあ三好さんは逆にになんて呼んでほしいんです?? やっぱり名前ですか? そんな夢見ちゃいますか??」

 今の三好さん(笑)から考えると、から名前で呼んでもらうとかホント夢のまた夢すぎて(笑)。と私は高笑いしたかったが、対する三好さんのマジレス。

 「名前ならばお付き合いした以降はいつでも呼んでもらえますから、今はあえて“三好さん”と呼ばれていたいですね。かわいいでしょう、僕の後ろをついてきて三好さん三好さんと呼ぶとこ……ろ……」

 フハハッ!! 気づいたところでもう遅いッ!!

 言い訳不可能なボロ出しまくりましたね〜(笑)。私は大変満足です〜。
 神永さんがドン引いてる顔してるけど、三好さんの“大好きオーラ”っていうのは言語化したらこんな感じですよ。部署が違うから仕方ないですけど、と一緒に作業してるときの顔の緩みったらすごいですよ。私それ毎日見てるんだから別に驚きません。

 それにしても――。

 「へぇ〜? そうなんだぁ〜。萌えという萌えすべてを回収するその心意気感服です〜」

 「僕はそんな邪な目でさんを見ちゃいませ――」

 今更何を言ってるんだコイツ……と思ったのもつかの間……。

 「――?!?! ……あ、あ、アァ……ッ!」

 「おい。きみ、女の子が今にも血涙でも流すんじゃないかって顔するなよ。……三好、深呼吸しろ。深呼吸だ」

 なっ、な、な……なぜ……田崎さんは……の手を握って……いる……?


 「
 「は、はいっ!」

 緊張してますっていうのが丸分かりなんだけど、耳まで真っ赤になってるところを見ると、この子って純だなぁ、かわいいなぁ、という感想しかない……。……あぁ……私の秘蔵っ子が……ッ!! かわいいッ!!!!

 「味の好みで人柄が分かるっていうの、信じる?」
 「? ええと、具体的にはどういう……?」

 どういうことか分かります? という視線を神永さんに向けると、神永さんも『さぁ?』という顔である。え? 三好さん? ギリギリしながら二人の様子を睨んでるだけで使いモンにならないのは明らかなので放っておく。

 「たとえばパスタ。の場合だと、トマトソースが好きだろう? トマトソースが好きな女性は、女の子らしくて素直なのが特徴。それから面倒見が良くて家庭的。……結婚するなら、俺はみたいな女の子がいいな」

 「えっ?! い、いや、わ、わたしそんなんじゃ……!」

 私は、顔を、両手で、覆った……。

 何アレ……何アレ……もう付き合ってんじゃん……カップルの会話じゃん……そろそろプロポーズしよう、そろそろプロポーズされるかも……っていう結婚秒読みのカップルの会話じゃん……。

 「ちなみに、トマトソースが好きな女性と相性が良いのは、ユーモアでいて男らしい爽やかな男だって。……俺じゃ当てはまらないかな? あはは」

 「そっ、そんなことないです!! ……あ、」

 のおばかさん……ッ! 見事に罠にハマっちゃって……ッ!!

 「へえ。じゃあ俺たちお似合いだね」
 「も、もう……! ……たざきさんて、ほんと……」
 「……『ほんと』……何?」


 思わずテーブルをバンバン――しそうになったのを堪えた私を表彰してくれ。

 「っああああん田崎さんの口説き方シャレオツかよッ!! あの人がやると安っぽい感じもウソくさい感じもしないただただシャレオツ感ッ!!」

 女慣れしてるんだなぁというのはもうしょうがない。それは明らか。じゃなきゃあんなのできない。だけどそんなことどうだっていい。女慣れしてようがなんだろうが田崎さんはイイ男、これは覆しようのない事実。いや、女慣れしてるからこそのスマート感だろう。過去の女性たちよ、すまん。逆に感謝の念。
 あぁ〜……これは本格的に田崎×のパターンも考えられる〜ッ!!!!

 「み、三好、深呼吸、深呼吸だ。俺の目を見ろ、あっちのテーブルは見るな。いや、見たいなら見てもいいが、その代わりその目はやめろ」

 人を――というか田崎さんを射殺す気でいる三好さんを必死に止める神永さんを余所に、私はそんなことを考えていたわけだが。

 「……あんなくだらない口からでまかせ……さんが騙されるわけがありませ――」

 ふん、とシャレオツな田崎さんの口説きテクを嗤う三好さんにダメージ100000。


 「〜っな、なんでもっ、ない、ですっ」

 トキメキMAX天使顔である。間近で――真正面から見ている田崎さん……今、どんな気持ちですか……? と思いつつ、私は三好さんに「は純粋で無垢なお姫様ですからね、信じますよ」と冷静に返す。三好さんはぐっと何かを堪えるように喉を詰まらせつつ、「……くそ……彼女の純心を見誤っていた……」と額に手をやった。そうそう、は純なのよ……と頷きながら「あの穢れなさ天使ですよね」とまた応える私に、神永さんだけが白けた感じで「おまえたち噛み合ってないようでがっちりハマってんな……」と溜息をついた。


 「さ、そろそろ出ようか」

 そう言ってスッと伝票を手に取って立ち上がった田崎さんに、が「あっ、お会計! わたしがっ」と慌ててバッグの口を開いた。けれど田崎さんは爽やかに笑って、ゆっくりとの手を握った。ぴたっとの動きが止まる。

 「いやだな、“デート”だって言っただろう? 俺にかっこつけさせてもらえないと困るな」

 「で、でも今日はこの間のお礼で……!」

 「お礼はきみとのこの“時間”だよ。これはそのお礼。黙って受け取って」

 さっさと歩きだす田崎さんの背中を、が慌てて追っていくのを見ながら、私は――。


 「は? 奢り方スマート?? シャレオツ?? 神永さんアレできます????」

 ありがちなんだけど! なんかこういうのどっかで見たぁ〜って感じすっごいするんだけど田崎さんがやるとなると違うッ!! 爽やかだから……嫌味がないから……なんかもうドラマ(月9)観てる気分なんですけど?!?! 完全にヒロインッ! 圧倒的ヒロインッ!! 田崎さんなら相手として不足ナシッ!!!! とテーブルバンバンしたいの我慢するために、とりあえず身近なイケメン代表・神永さんに聞いた。
 
 「やれって言われりゃやるけど……俺がやってもゴテゴテになるなぁ。田崎だからサマになる奢り方だよ、アレは。さんのツボもしっかり押さえてるみたいだな。うまい口説き方だ。……あ、いや、三好、落ち着け、」

 ……ッチ、使いモンにならねえどころか三好さんてばジャマだなもう!!!! なんでこの場面で――というかが田崎さんとデートすることについて三好さんが怒る理由ドコ? 田崎さんに嫉妬するのは勝手だけど、アンタって人は何をしたの?? 田崎さんは完璧な王子様だけど、そうであろうと思って田崎さんもしてるわけでしょ? それで? アンタなんかしたの?? してないよね?? ん????

 なのに一丁前に語りやがって……ッ!! こっちの気も努力も知らずによォッ!!!!

 「……こんな安い店の支払いを田崎がしたところで、別にどうってことありませんよ。あの『奢ってやった』という態度が気に食わないですがね。さんにバッグを開けさせた時点で話になりません。大体、僕はさんをお連れするならもっと良い店にしますよ。もちろんご馳走しますが、田崎のように“いかにも”な顔をしたりなんかしません。そもそも――」

 「心掛けは大変素晴らしいですけどまぁ三好さんにはとデートするチャンスなんかこないですから深く考えることないですよ」

 「……お誘いする機会がないだけです」

 「三好、分かったから。分かったからあからさまに落ち込むのやめろ」

 ふん、と鼻を鳴らす私に『余計なこと言うな』って顔で三好さんを慰める神永さんだったが、すぐにキリッとした顔で「……出るぞ、移動する」と言って立ち上がると、伝票をさりげなく三好さんに握らせていたので……あぁ……(察し)。この人もこの人でそれなりにキレてる(笑)。苦労してるから(笑)。

 会計を三好さんに託した(笑)私たちは先に外に出ると、神永さんが仲良く笑い合っている(手を繋いでいます。ココ重要!)と田崎さんの後ろ姿を見つめながら、「あー、次は水族館だったか。……デートの定番だよな。さん好きそうだし、あの絶妙な明度の照明って色々と完璧なんだよなぁ……。……田崎のヤツ、本気で落としにかかってるな」と呟くように言った。えっなにそれ??

 「えっ、水族館って……?」

 じりっと後ろに後退したい気持ちになりつつ、急に神妙な顔つきで口を開いた神永さんの話を黙って聞いた。

 「あの独特の暗がりのおかげで、“そういう”雰囲気に持っていきやすいからな。こっちが何をせずとも、水槽が勝手に“そういう”味を出してくれる。女の子のほうも構えることなく、自然と“女の子”になれるってわけだ。それから、何よりも体と体との距離が極端に縮まる。水槽によく近づかないと、魚も何も見れないだろ?」

 ……ほう……。

 「……ヤバイ急に神永さんがデキる男に見えてきた……今思い出したけどさすが社内で一、二を争うプレイボーイ……場数踏んでます経験値高めホント言うと実はカンストしてるけど暇つぶし程度にはログインしてるよ感パない……」

 「嫌な言い方すんなよ!」

 と、そこへザァッと何かが背筋を冷たく駆けたので、バッと反射的に振り返った。

 「……さんのことは、僕が、僕が守って差し上げなくては……」

 闇堕ち(笑)した三好さんがいた。怖すぎかよ(笑)。

 あまりにも暗くおどろおどろしい声なので、ここは多分ヒィッ! ってなるところなんだろうけど、なんかすごい笑える(笑)。B級どころか、C級どころか、もうランク外ナンバーワンのクソホラーかよっていう(笑)。笑えるの通り越して白けるんだけど、だんだんそれがおもしろくなってくるっていう(笑)。

 あっははは! 三好さん今にも死にそうな顔してる(笑)。男の人にしては透き通った肌は、もう美白通り越して真っ白。紙。コピー紙。ブフッ、コピー紙とか我ながらいい例えだな(笑)。私やばい(笑)。

 神永さんはチャラいけどお兄ちゃん気質なのか、「余計なこと言わなきゃよかった三好の呼吸が危うい」とか言って、大丈夫かしっかりしろ俺がついてる的な感じで三好さんを励ましている。あーハイハイ、茶番茶番。三好さんのザマァ(笑)な感じは大変愉快だけど、これから更に盛り上がってくるんだからさ……。三好さん(笑)なんかほっときゃいいものを……どうせ使いモンにならねえんだから……。

 「もう! たち行っちゃいますよ!! 三好さん! お荷物になるなら帰ってくださいジャマ!!」




「……わぁ……すごい! ここ、こんなに素敵なところだったんですね! 水槽のトンネルなんて初めてですっ。……ほんとに海の中にいるみたい」

 水族館で少女のようにはしゃぐのかわいらしさはどう表現したらいい? 妖精?? 純粋な心の持ち主じゃないと姿は見えない……みたいな妖精? ファンシー?? ファンシーなの???? との愛くるしさに若干混乱しているのに、と田崎さんの二人は待ったをかけさせてくれない。

 「水族館なんてありきたりかなと思ったんだけど……喜んでもらえてよかった」

 ……すごい今更でごめんなんだけど水族館デートとか田崎さん似合い過ぎだな????

 そして隣に並ぶも(神永さんいわく)この絶妙な明度の照明の中――うん、きみは人魚姫だ。だがしかし泡にはならない大丈夫。みたいな人魚姫は私(オフィシャルライター)がさせないからね。みんな、安心してくれッ!!

 「そんなことないですっ! すっごく素敵ですよ。こういうところ、女の子はみんな気に入ると思います。カップルで来たら……あっ、え? …………いやっ、ちがくて! あのっ、」

 …………ッ! あんたって天使はッ!!!!

 「……『カップルで来たら』、どうなるの? 教えてよ」

 体を屈めての顔を覗き込む田崎さんのイケメン度が超ド級すぎて写メりたいの我慢するのクソ大変。というかフツーに美男美女カップルカッコ仮(まぁはどっちかっていうとかわいいタイプだけど)だからか、自然と周りの視線が集まってる……。
 んん゛ん……みなさん……あの天使、うちの秘蔵っ子なんです……(自慢)。
 迫る田崎さんの胸を弱々しく押して、が真っ赤な顔で「た、たっ、たた田崎さんとわたしはそういう、あの! ちがうじゃないですか!!」と首を振る。
 もうほんとこれ要映像化じゃない?? 本が売れたらそういう計画進めようか??

 「今日は俺の恋人だって最初に言ったじゃないか。……教えて、」

 ん゛あああああ出た出た田崎さんの本領発揮ターンですぅうううう!!!!
 あの! 意地悪なくせに甘い顔! あの! 腰にクる感じの低くて甘い声ッ!!

 のトキメキMAX天使顔不可避〜ッ!!!!

 「〜っい、いじわる、しないでください……」
 「ごめんね、つい。そのかわいい顔、もっと見たいんだ」


 「う……ウググ……ウググッ…ウヴッ」

 ウヴグ……ッ! な、ナンだ、アレハ……?!
 もうほんと、血涙……至高……至宝……。ずっと眺めてたいあのツーショ……絵になりすぎてなりすぎて、色んな創作意欲が止まることを知りません……(拝み)。

 はぁ、と呆れた溜息を吐いて「きみはいつモンスターになったんだよ。いつものアレでいいから、せめて人語で頼む」と神永さんは言ったが、その後すぐ思い直したように「……いや、でもそうだよな。田崎、完全にスイッチ入ってる。さんもあの反応だし、言葉があるかないかだけの問題で、もう付き合ってるのと同じだもんな……アレ」と若干うらやましげな顔をしている。……さては今あなたフリーですね?? いや、でも神永さんだから『俺は女の子みんなのものだから』とかクソみたいなセリフを「……田崎……貴様だけは絶対に許さない……」――――ん? あれ? ……あれれれれ〜〜????

 あれ〜?!?!

 「……僕にはさんをお守りするという大義があります」
 「……おい」

 あれほどまでに死んだ(笑)顔してた三好さんが、妙にキリッとした顔つきになっているので、神永さんの危険察知能力が仕事した。さすが三好さんの理解者(笑)。苦労してるだけありますね(笑)。


 でもこの展開を私は今この瞬間までずっと待ち続けていたッ!!!!


 「彼女は僕の――僕の、かわいい人です。間違っても田崎なんかのものじゃありません。そういうわけですから、失礼します」

 ザッ! と華麗に(笑)立ち去って――と田崎さんのところへ向かう三好さんの背中を、神永さんが「お、おいおいおいおい待てって三好!!」と引き止めようとするので、私はベビーフェイスのくせに意外としっかりしてる神永さんの両肩をガシッと遠慮なしに掴んだ。

 「みよっ――え、なに、なんで止めんの?」

 「ふ……ふふふ…………ッイエス!!!! 三好さんの……三好さんのスイッチがやっと入ったァアアアッ!!!! あああ゛ああ今日は赤飯ですね神永さんッ!!!! やっとまともな三好×ですよッ?!?!」

 ――そう、この展開のために、私は三好さんを散々に煽ってきたわけです……。

 まぁ初めはそんなつもり全然なかったけど、でも! 三好さんにだけは絶対バレるわけにはいかないと、一生懸命隠してきたと田崎さんのデート……その現場に“偶然”やってきてしまった三好さん……これはもう“運命”としか言いようがないつまりなんだかんだ私は三好×推しである……。

 「……きみは……きみはホントに欲望に忠実だな……。まぁいい。俺たちまで出ていったら事だから、今はとにかく絶対バレないようにしないと」

 眉間に皺を刻んでいるものの、口端がちょこっと持ち上がってますよ神永さん……。あなたも苦労してますからね、やっぱり三好×っていうコレは譲れないですよね……。

 ああしかしテンション上がってしょうがないねもうッ?!?!

 「そうですね! うふふ、神永さん、コレ終わったら祝杯ですよ! それで本の内容、打ち合わせしましょうね!」

 「……酒は飲みたいな、今すぐにでも……。でも酒の肴がコレじゃ、うまく酔えそうにもないな……」


 あくまでも自然な感じで二人に近づいていった三好さん。
 ……ほんと、そういうスキルだけは無駄に高いですよね。

 まぁいいそんなことは。……とりあえず、今日こそはいい仕事をよろしく頼みま「さ――さん、こんにちは。奇遇ですね、こんなところでお会いすると思いませんでした。水族館、お好きなんですか? それとも田崎がお好きなんですか?」すよって言いたかったのにあのバカ……ッ!! あのッ……バカがッ!!!!

 「みっ……! な、なんで……? ……いえ……。……こんにちは、三好さん。今日は田崎さんにお誘い頂いたんです。……三好さんはデートですか? さぞかし素敵な方とご一緒ですよね、お邪魔しては失礼ですからわたしたちはこれで――」

 三好マジ無理って顔が全然一ミリも隠せてないが大天使(真顔)。
そういうブレないところ大好き。

 三好さんが気取った感じで「いえ、僕一人ですよ。たまにはこういった静かなところで心を休めることも必要かと思いましてね。最近は特に気の休まる暇がありませんから」とか嫌味なことを言う。

 だからね? そういうトコをアンタはまずどうにかしろって話なんですよ。――と思いつつも、まぁ今日あれだけ田崎さんの究極奥義(のくせに何パターンあんだよっていう。やっぱりあの人は神かな??)を目にしてきたわけだから、三好さんもうまくやるに決まってる。だってどう考えたって今のままじゃ三好さんに勝ち目ないのなんて誰の目にも明らかだし、本人だってよーく分かっただろう。いや、今まで自覚ナシだったのもどれだけ鈍いの?? バカなの?? エリートエリートした顔しといて???? って話なんだけど。

 「そうですか。でしたら心ゆくまで、ゆっくり楽しんでくださいね。それでは失礼しま――」

 「田崎。貴様どういうつもりだ」

 ちゃんの言葉を遮るとはなんたる不敬。
だが今回ばかりは許す。いけ、勇者ミヨシ。

 「どうもこうも見たまんまだ。さんとデートしてる。彼女を口説くためにね」

 「……“デート”? これまでのあのお粗末な一連の流れを貴様は“デート”と呼ぶのか。それでさんを口説く? 馬鹿も休み休み言え。さん、帰りますよ」

 「えっ?! え、い、いやです!」

 (笑)。いや、分かるけど(笑)。素直かよかわいい(真顔)。

 「……何故です」

 なんで『何故です』って思うの逆に(笑)。

 「え? 逆になんで……? どうしてわたしが帰らなくちゃいけないんですか……?」

 の戸惑った表情に、三好さんがぴくりと眉を動かした。
 
 「水族館なら、僕がどこの水族館でも連れて行ってあげますよ。沖縄でも海外でも、どこへでも。ですから今日は帰りましょう」

 海外(笑)。ワールドワイド(笑)。すげえエリート(笑)。
発想が海の向こうの遥か彼方(笑)。

 「いえ、三好さんに連れて行っていただく必要ないですし、わたし今日は田崎さんと――」

 三好さんの機嫌損ねたらヤバイ……と思ったのか(たぶん絶対そう)、はだんだんと俯いていった。

 すると、その様子を見て、三好さんがぽつりと小さく呟いた。

 「……やっぱり、田崎がお好きなんですね、僕ではなくて」
 「え? そりゃあ田崎さんのことは好きですよ」

 きょとんと悪気ない無垢な顔で傷口に塩塗りたくるスタイルッ!!!!

 でも、悪いことなんて何もしてないを責めることなんかできるわけない。仮にが悪くても三好さんなら常識も秩序もねじ曲げる。だってのこと大好き。
 ……まぁだからこそえぐられるものがあるんだけどね! 三好さんめっちゃ凹んでる(笑)。いや、笑っちゃダメなんだけどちょっとこれまでのザマァ(笑)ってやってきた癖が抜けなくてですね……。

 「……そうですか。薄情、ですね。入社してきたときからずっと、僕があなたを育ててきたというのに。あぁ、僕は“絶対ナシ”で、あなたの好みは“僕以外”でしたね。なら、あなたが僕を嫌うのも道理だ」

 ……最終回を目前にした月9でこういう展開観たことある知ってる私……。

 「? わたし三好さんのこと嫌いなんかじゃありませんけど……」

 キタァーッ!!!! ほらね?! 言ったでしょ?! ほらね?!?!

 思わず隣の神永さんの背中をバンバンしたけれど、「い゛ッ?! ちょっ、き、きみ少しは加減ってものを……ッ」とか情けなく呻くので、その声で続き聞き逃したら死ぬまで――死んでも後悔するッ!! とバンバン衝動を抑え込む。
 なんだかんだほとんど毎回バンバン堪えてる私、もしかしなくてもえらい。

 「?! い、今なんて……?」

 ぱぁああって背景光ってるの見える(笑)。三好さんがヒロインかよ(笑)。なにそれウケる(笑)。……ちゃん以外のヒロインなぞこの私が認めるかボケがッ!!!!

 「え、ですから、」
 「僕を嫌っていないんですね? ……僕のこと、好きですか? さん」
 「? ええ、まぁ……三好さんは、憧れです……。わたし、三好さんのこと――」

 …………ッアー!!!! コレはアカンやつやー!!!!

 分かってる、分かってるよ、私はこの続き分かってるッ!! は『わたし、三好さんのことすごく尊敬してます(仕事すごいできるから)』って言いたいんだよね分かってるよ私はッ!!!! 私は分かってるよちゃんと!!!!

 でも三好さんには分からないと思うの……ッ!!!!

 「……さん……。……僕も、僕もさんのことが好きですよ。……今までずっとあなたを見守ってきた甲斐があります……!」

 「え……」

 ……ウン、分かるよその顔見たら。には『今までずっとあなたを(“先輩”として)見守ってきた甲斐があります……!』って聞こえてるんだよね、三好さんに(仕事ぶりを)認めてもらえて嬉しいね、そう思うよね、ウンウンそうだよね! はなーんにも悪くない! の話ちゃんと聞かない三好さんが全部悪いから!!!! …………話の流れ考えれば分かるでしょエリートエリートした顔しといてただのバカかよ三好さんはッ!!!! まったくのこととなると“後先関係ナシッ!”“今を生きるッ!!”スタイルなのかよ!! いっつも過去の統計がなんたら先々のプランだなんだって言ってるでしょアンタッ!!!! そういうことを瞬時に考えられる頭! それを! なぜ!! プライベートでの問題に活かさないッ?!?! ああああでもあの嬉しそうなの照れ顔ジャスティス“大好きオーラ”がダダ漏れだから三好さん両手で顔覆うとかいう乙女ポーズやめてもらえます??

 「……さん、僕はあなたを、これからも、大事にしていきますからね」
 「……ご、ご期待に添えるよう頑張ります……?」
 「ええ、お願いします……!」

 ……まぁいいや……の勝負服とトキメキMAX天使顔と照れ顔ジャスティス味わえたからいいやもう……。

 ……ただしッ! 私は『諦める』とは言っていないッ!!
 そして今後もその気は一切ないッ!!!!


 「よし神永さん今後の方針決めるんで飲み屋行きましょうか!」

 「はっ?! えっ、あ、アイツらは?!」

 「田崎さんならうまくやります!! ったく期待させといて三好さんほんっっっっとポンコツ!!!!」

 もうホント何がなんでも三好×を成立させてみせる……ッ!!!!






画像:十八回目の夏