三好さんが月9みたいな登場をブチかましたあの夜のことを思うと、私は居ても立ってもいられなかった。いやだってあの流れはもう三好さんキメちゃったでしょ……感動のハッピーエンド三好×のお付き合い成立ドンドンパフーでしょ……?!?! ――と思ってワクワクしながら迎えた本日月曜日、にこにこと可憐な笑顔を浮かべながら佐久間さんと日曜に動物園デートしたとかいう話をちゃんから聞いて思わず「So……ソレハ……一体ドウイウ????」と震えた声を出すしかなかった。 もちろん緊急会議行うしかないよね。さぁみんな、屋上だ(真顔)。 「ッア〜〜なんていうかこのタイミングでこの人が出てきちゃうかそうかなるほど〜〜なるほどね〜〜〜〜なんていうかこうなるともう確実に幸せになれる分岐点ココ〜〜ッ!! ってめっちゃ分かりやすい案内板出てるからココで曲がっとこうか〜?? って感じしかしないけどやっぱり私はどうにか夢を叶えたいんですどうすればいいんです?!?!」 メンバー入りしてから初めての同盟会議――前回の飲みはもいたのでカウントしない――参加である甘利さんだが、「わあ、まさかのダークホースだねえ。資料から見た感じちゃんにその気はないし、そもそも佐久間さんとはもうすっかり縁が切れたのかと思ってたよ」とかのんびり笑っている。というかこないだ私が渡した資料もしかしてもう暗記とかしたんです? 制作者である私が言うのもなんだけどあれ結構大分厚みあるぞすげえな仕事してますか???? 「っていうか、波多野はいないの? あいつも三好×ちゃん同盟の――」 悪気なくきょとんとしている甘利さんには悪いけど今の私にあのクソガキの名前は(いつも以上に)NGワードだ(迫真)。 「ハァ???? あのクソガキは…………から直接この話を聞いたくせに笑顔で楽しんでこいと送り出したらしいのでおまえは正気か???? と一応聞いてやったらアイツなんて言ったと思います???? 『にその気はないんだから好きにさせときゃいいだろ。おまえこそ正気かよ、コソコソくだらねえことやってバカらしい。大体、やましいことがあったらが俺に言うかよ。アイツが一番にしてるのはこの俺なんだからな』とかふざけたこと抜かすんでとりあえずしばらくはの予定を明け渡さないことにしましたけど???? まぁ今この瞬間はしょうがねえから波多野にちゃんを任せてますけどッ!!!!」 煙草の煙を吐き出して、神永さんが笑う。 「なるほど、きみの波多野への憎しみがますます深まったのは分かった」とか何を今更なことをというお話である。私はいつでも波多野が憎らしいし、日毎その憎しみを深めている今に始まったことじゃない(真顔)。 神永さんが田崎さんにライターを放ると、田崎さんはぱしりと簡単に受け取って……薄っすらと微笑んでいるなんだろうなんでだろうすごく寒いです(震え声)……。 「……にしても、さすがに余裕だなぁ、波多野のやつ。――どう思う?」 神永さんの流し目を受け止めて、田崎さんはふぅっと煙草の煙を吐き出した。 「どう思うも何も……波多野には目に見える信頼の実績があるからな。誰かとどこかへ出かける程度の話では、別段焦る気にもなれないんだろう」 ……そのクソみたいな事実何回聞いても殺意湧くな?? 「ホントそれなんでアイツ合鍵なんてとんでもねえアイテムどうやって…………じゃなくて!」 確かにいつかはこの問題についてヤツを追及してやらねばならないこれは聖戦……だけど今はそれよりもっと話し合うべきことあるじゃないですか……! と私は思いの丈をブチ込めてコンクリを踏み鳴らしたが、話を引き継いだ甘利さんが相変わらずのんびりとした声音で「三好の様子はどうなの? 変わったところは?」と言うので、今朝から先程までの三好さんの姿を思い返す。 「……朝からずっと能面みたいな顔して鬼のように仕事してますよ超こええ!!!! それでおかしいと思ってに話聞いたら、佐久間さんとって……」 お花の妖精さんかな? と思うような可憐な笑顔で、嬉しそうに佐久間さんとのデートについてお話しするちゃん――の肩ごしに、ホント感情という感情すべてを削ぎ落としたような無表情でこっちを見る三好さんが見えてしまって、胃に穴が開くどころか臓器という臓器が握りつぶされてしまうと思うほどの恐怖を味わったよね。そんなの経験したことある人っています?? 私はそうはいないと思うんだけど???? 三好さんのヤバさを再確認したな……とあの恐怖を思い出しバイブレーション機能オンになった私だが、甘利さんが顎に手をやって「うーん……ちょっと気をつけておいたほうがいいかもねえ」…………。 「え゛?」 待って待って怖いこと言うのやめよう?? と言いたいが、これまで苦楽を共にしてきた神永さんがさらに怖いこと言ってくる。 「ま、俺たちが何を話してたか――というか、例の秘書課の美人の件がちゃんに伝わったこと、どうせもう三好は分かってる。弱腰になってる割に、一応ちゃんにはバレないように立ち回っていたようだが……」 そして極めつけにこの人(神)がにこりと微笑んだらもうどうにもならねえ(震え声)。 「知られてしまったものは仕方ない。……こういう場面、三好ならどうすると思う?」 「……アッ、ア゛ァア……ッ」 頭を抱えながら呻く私を、甘利さんがおもしろそうな目で見てくるのホンット勘弁しろよこの状況分かんないかな地獄だよッ! マイペース貫きすぎだろアンタッ! 機関生ってみんなマイペースだけどアンタはガチ中のガチだわッ!!!! けどいい仕事するからそうディスることもできないのが悔しいわッ!!!! ――と言いたいのを我慢しながら唇をムズムズさせていると、甘利さんはいよいよマイペースを極めた……。 「過去の行動から推測してみると――ちゃんに詰め寄るっていうのがパターンだよねえ。秘書課の美人ちゃんのことを説明するんじゃなくて、『佐久間さんと二人で出かけるなんて、どういうつもりです?』なんてね」 ……なんつー爆弾を投下するんですアンタって人は……と冷や汗をかきつつ、私はなんとか愛想笑いを浮かべることに成功した。 「…………は、ははは……。そ、そんな……い、いくら三好さんだからって……あの人がエリートエリートした顔だけのバカだからってそんな地雷原に地雷持って突撃かますなんて愚かな自爆するわけ――」 ――するわけあったんだ……。 ……そうだよ、そうだよね……三好さんて常に斜め上がデフォで、やるなよ? 絶対やるなよ?? ってことをフリとしてやってみせるならまだともかく、真面目にやらかす人種だもんね……。凡人とはかけ離れた思考回路の持ち主なんだから、するわけあったんだよ地雷原に地雷持って突撃とかホント愚かを極めたわガチで顔だけのバカだよバカが………………どうやってもフォローできねえよバカかッ?! 舐めてんのかッ?! つーか甘利さんの予想まんま、一言一句違わぬセリフとか三好さんが分かりやすすぎるアホだと罵ればいいのか甘利さんやっぱデキる! と感心すればいいのか大いに迷うわどっちでもいいわそんなんッ!!!! 現在の状況を端的に説明すると、まぁ週始まったばっかだけどいいじゃんたまには〜! とをいつものお店に誘い出し、同盟メンバー(神永さん、田崎さん、そして甘利さん)と楽しく飲みながら、佐久間さんとのデートについて根掘り葉掘り聞き出そうとしていたところ、あれ〜? どっかで見たことあるような気がする人がこちらへ近づいてくるというかどう見たってあれはうちのポンコツ上司三好さんだぞ〜? ホンット使いモンにならねえ顔だけエリートのポンコツなのに何する気かな余計なことだけはしないでね〜〜? まだに何も聞けてないんだからマジで余計なことすんなよ〜〜〜〜???? と念を送っていたにも関わらず、三好さんは私たちのテーブルまでずんずんやってきて開口一番、に向かって『佐久間さんと二人で出かけるなんて、どういうつもりです?』と冷たい目で言い放った。 「……ど、どういうつもりって、」 「もう一度だけ言います。どういうつもりですか」 私ももう一度どころか何度目だって話ですけど言いますねおまえがどういうつもりだよバカか〜〜? 知ってるけどバカか〜〜〜〜?!?! もう一度だけ言いますキリッ! じゃねえよバカがッ!!!! もうこの世のバカを集めた完全無欠のバカの集大成がおまえだわバカがッ! 意味分からんこと言わせんじゃねえよなんだよこの世のバカを集めた完全無欠のバカの集大成ってよッ!!!! …………。 ま、まぁ落ち着いて話しましょうよ、と口を開こうとしたのだが、がバンッとテーブルぶん殴ったのでこわくて黙った……。普段にこにこしている天使なだけあって、怒るとめちゃくちゃコワイ。 「っどういうつもりも何も、わたしが佐久間さんと出かけることが三好さんに何か関係ありますか? ないですよね。お話しすることなんて何もありません」 そのめちゃくちゃにコワイちゃんに睨まれてるというのに、しれ〜っと「いいえ、僕には関係あります」とか言える三好さんのメンタル強靭すぎでしょどうなってんの……って思ったけどバカは怖いもの知らずってやつだな、オッケー理解した。そうじゃなきゃこんなこと真顔で抜かせるわけがない(確信)。 「大体あの夜、僕がお送りすると言ったのにどうして佐久間さんと? そうやって無防備に隙ばかり見せて、ふらふらして……一体何がしたいんです?」 無理もう黙ってらんない無理〜! と無理にでも割って入ろうと思ったが、冷ややかな「どういう意味ですか、それ」というの言葉に、私はやっぱり黙るしかなかった怖いよう……っていうか神永さんたち存在感消すのうますぎかよもはや空気と一体化してるじゃねえか……ッ! とか私が若干の現実逃避を交えて同盟メンバー三名にヘルプの視線を送るも、誰とも目が合わないのはなんでかな???? そんなことしてる間に三好さんとかいう名前のバカが鼻を鳴らしたのでいよいよ止めないとヤバイと思っ「どういう意味? 説明されなければ分かりませんか? 自分の胸の内に聞いてごらんなさい。あなたが一番よく分かるでしょう、あなた自身のことなんですから」…………この救いようのねえ大バカがッ!!!! 「ちょっと待ってちょっと待って待て待て待て。三好さん、アンタ何をカリカリしてんです? アンタがどうこう言えることじゃないでしょっていうかその口の利き方なんなんですか? もしかしなくともケンカ売ってますよね????」 続いてに、三好さんはバカなんだから相手にすることないからね〜! さてだし巻き今日はどっちにする〜? とかなんとか言って、とりあえず話を逸らしてうやむやにしようとか思ったけどそんなんどう考えても無理だよね。私はどうしてこういうピンチの時に食べ物しか出てこないの。いくらがここのだし巻き大好きでもお助けアイテムにはなりえないって分かるでしょうが……ッ!!!! はゆっくり立ち上がって、三好さんから視線をそっと外した。その目が、今にも泣き出しそうに見えて、声を出すのを躊躇ってしまった。 そうして私が喉を詰まらせたもんだから、が口を開くのを止められなかった。 「……三好さんが、本当はわたしのことをどう思ってるのか、よく分かりました。三好さんにわたしがそういうふうに見えてたなら……嫌われていることにも納得できます」 「?! 何言うのアンタって子は!! 三好さんは――」 思わず私も立ち上がったけれど、遅いにも程があるっていう。 「熱心に仕事に打ち込んでる三好さんからすれば、わたしは浮ついていて、仕事に対して不真面目に思えて当然ですよね。……よく、分かりました……っ。――すみません、失礼します、」 「ちょっと?! ま、待って――」 慌てて引き止めようと手を伸ばした私を制して、神永さんが立ち上がった。 「……俺が行く」 オイちょっと待ってアンタ今の今まで空気と化してたのに何を言い出す?!?! 「えっ?! ちょっと待ってストップ神永さん!! ……って――行っちゃったよ私の声なんて聞こえてねえな……」 まったくしょうがないな……と私が吐いた溜め息にかぶせるように、田崎さんが口を開いたわけだが。 「……おまえが何をどう思っているのかは興味がないし、俺には関係ないことだ。ただ――おまえの都合は、さんを泣かせる理由にはならない」 こええにも限度があるだろ……(震え声)。田崎さんの冷たい目ホント無理ッスなんなのここを爆心地として地球は消滅するのかな……。もう疑問符をつけることができない……。きっとそうなっちゃうに決まってるってもう一人の私がめっちゃ叫んでるの聞こえる――が、だからといって地球滅亡をこのまま見過ごすわけにもいかない……。なぜなら私はまだ三好×を諦めてはいないんだ……ッ! その気は今後も一切ないんだ……ッ!! 田崎さんのことは死ぬほどこええけどなッ!!!! 「……たっ、田崎さん、気持ちは分かります、ホントこのポンコツ顔だけ野郎は使いモンにならねえわ空気読めねえわ口の利き方知らねえわで何重苦だよって感じですが抑えましょうねここは……。お願いだから抑えましょうね、ね?」 とりあえずここは三好さんをディスれるだけディスっとくシーンであることだけは確かなので、それだけはちゃんとしておきますね……。 私の言葉にあからさまに顔をしかめた三好さんは何を考えてるのかな? アンタ不服そうな顔できる立場だと思ってんの? ん?? しかしこんな殺伐とした雰囲気の中でよくそんなニコニコしながら「まぁまぁ」とか言えますね甘利さん。マイペースっていうか空気読めないだけなのかな???? と若干青筋浮かんでそうだな私……と思いながら歯ぎしりで色んな感情を抑え込んでいると、空気読めない甘利さんがゆったりとした動きで煙草を取り出し、火をつけた。 「神永がちゃんを送っていくんだから、危ない目には遭わないよ」 ……ン〜! こうやって仕事すべきところでは仕事してくれるからディスれない件〜〜ッ!! さすがすべての技をマスターせし恋愛マスターッ!!!! 「そ、そうそう! あんなベビーフェイスでも成人した男だから! いざとなればの盾くらいにはなれますから!!!!」 多分ものすごい必死な顔(鬼)をしている私に向けて、朗らかに笑ってみせる甘利さんは仕事はデキるけど空気は読めないとココで断定ッ! 「あはは、あんなベビーフェイスだけど、神永って喧嘩っ早くて結構武闘派だから大丈夫だよ」 「え゛ッ、あの顔で?」 思わず濁った声を出してしまったが、そういえば神永さんって案外しっかりしてるんだよな肩とか……なんかスポーツやってたとか? ――と思ったが、スポーツとか公正な精神を求められる崇高なもので鍛えられたわけじゃなかったアンサーこちらです……。 「うん、あの顔で。波多野ほどじゃないけど、浮ついたナンパはいくらでも追い払えるよ。――っていうか、結構頭に血が上ってるみたいだし……今の神永に喧嘩売ろうってやつがいたら、俺はそっちに同情しちゃうよね、あはは」 ……地元の悪いヤツらといえば大体友達だわ〜っていうレベルではなく、地元の悪いヤツらは大体俺見たら逃げるわ〜〜っていうレベルなわけだな……ッ! 神永さんあの顔でヤンキー上がり(仮)かよふざけんなッ!!!! 「ベビーフェイスヤンキーとか新たな一面……しかもアリっちゃアリ……! ……じゃなくて! とりあえず田崎さんも三好さんも落ち着いて――」 「悪いけど、先に帰らせてもらうね。それじゃあ、また」 ……どいつもこいつも人の話は聞かねえわ空気読めないわ…………どうすればいいの(真顔)。 「ちょおっと田崎さん待ってぇえ! ……あぁああぁ……行っちゃった……」 テーブルに両手をついて項垂れる私の肩を優しく叩いて、甘利さんは「お店で乱闘騒ぎ起こすよりマシだし、いいんじゃない?」と笑った。……まぁそうかもしれないですね!!!! 「――それより三好、おまえはもうちょっと賢く立ち回れるやつだと思ってたんだけど」 甘利さんはじっと三好さんの目を見つめたけれど、三好さんがそれを返すことはなかった。 「……貴様には関係ないことだ、放っておいてくれ。……僕は、」 何アンタが傷ついたような顔してんのかな???? 「ったくアンタねえ! なんだか知らんけどジメジメひよってたくせに急にやる気出したと思ったらなんっつー余計なことしてくれたんです?!?! 知ってるけどバカだろ!!!! 何遍言わせんじゃこンのポンコツがッ!!!!」 キッと三好さんを睨みあげる私を、甘利さんは宥めようとはしなかった。賢い判断である。 煙草の煙をゆったり吐き出して、「まぁ、それを一番分かってるのは本人だよねえ」と三好さんに笑顔を見せた。隙のない笑顔なのがまったく笑えない。 ……甘利さんてすごく協力的だけどなんで? って話になると、この人の場合は穢れない純粋な心を守ってあげたいとかいう見た目(と女性関係)の派手さからは考えも及ばないピュアな理由だからな……。エマちゃんのような天使と過ごしてると浄化されんのかな……。いや今そんなことはどうでもいいんだけどこういう現実逃避でもしないとなんでこういう展開にしちゃった当人である三好さんまでしれ〜っと帰ってんだよふざけんなっていうこの気持ちどうしたらいいのか分かんないでしょ……? あのポンコツどういうつもりだよいっつも問題ばっか起こしやがって……ッ! しかも事後処理は毎ッ回こっちの仕事ッ! 自分でどうにかできねえことをすんなッ!!!! 大人しくしてろッ!!!! 「あーあ、三好が帰っちゃったらどうしようもないのになあ……。まぁいっか」 なんもよくねえけどな……と思いながら、私はズルズルと椅子に座った。 ああああああこんなはずじゃなかったでしょいよいよ三好×カップル爆誕ドンドンパフー! のはずだったでしょ……。 甘利さんがメニューに手を伸ばしたので、もうこうなりゃ朝まで帰さねえ今日月曜? 明日も仕事? いやそんなの関係ないから……と私は決意を固めた。 「とりあえずさ、もう三好が言っちゃったことは取り返しつかないんだし、これからどうするかを考えるほうが得策だよね。さて、どうしよっか」 注文するものはすぐ決まったらしく、メニューを差し出されたがこういう時には焼酎って決めてるんで大丈夫です。銘柄とか関係ないんで見なくて大丈夫です。店員さんを呼んでこの店で一番度数高い焼酎ください、こう言えばいいだけです。 とりあえず、もう気の抜けたビールを一口飲んで…………だめだ、なんも出てこねえ……。でもそれは私の脳みその問題ではなく、解決策なんて皆無と思うほどのドデカイ事件を三好さんは起こしてしまったんだと、そういうことである。 「……どうもこうもないでしょうよ……。は一応、一応三好さんのこと尊敬してて、認められたいってずっと思って仕事頑張ってきてたわけで……それをあンのポンコツ顔だけエリートは……ッ!!!! ……けど!」 そう。は今まで三好さんに挨拶シカトされても、上がる直前に雑用押しつけられても、口を開けば嫌味しか言われてこなくても、それでも三好さんのことを本当は尊敬してて、だからこそ三好さんにいつかは認められたいとその一心で頑張ってきたわけだ。私は情けないことに田崎さんに聞くまで知らなかったけど、誰も来ない場所を選んで一人で泣くほど三好さんのイジメ(本人にはその認識がないからどうしょもねえ)に苦しんでも、は――。 「……けど?」 「……今までのを思い出してみれば、三好さんにいじめられるたびに“次こそは”って這い上がってきたんです。だけどその根性の芯だった“認められたい”って気持ちをブチ折られたんですから、今回ばっかりはどうなんだか分からないです。……ただ、はそういう苦難を乗り越えられる強い子ですから、私はそれに賭けたいですっていうかもうそれしかないでしょこんな最悪な展開になっちゃったら……」 ……ダメだ……私の目の前に広がるのは真っ黒な絶望だけだ……酒をくれ……今夜はもう酒に溺れるしかない……。 黙ってまっすぐに手を上げ店員さんを呼び寄せる私に、甘利さんがぽつりと言った。 「神永がうまく慰めてくれるといいけどね」 とりあえずが無事に帰ることが大事だけど、神永さんならの怒りを鎮めるくらいの仕事はしてくれ――ますように(お祈り)。 「……カンストの彼氏力が今こそ試されますね……。頼んだぞ神永さん……すべてはアンタのその技量にかかってる……」 この時はもう、とにかく三好さんと、二人の(三好さんが愚かゆえにできた)溝さえどうにかすれば、今まで通りなんとかなる。というか絶対なんとでもしてみせる――と思っていただけに、まさかあんなことが起きるだなんて思ってもみなかった。 嫌なタイミングで降ってくれるよなぁと思いながら走っていると、いつの間にか見慣れた小さな背中が見えた。 「――ちゃん!」 振り返った彼女は大きな瞳を丸くして、掠れた声で俺の名前を呟いた。 頬に手を伸ばして、雨で張りついた髪を耳へかけてやる。 「……なんだ、泣いてるかと思ったのに」 俺の言葉にきゅっと唇を噛んだと思ったが、気丈にもすぐに笑顔を浮かべてみせた。 きっと、これが彼女の強さで、あるいは優しさで、他人を助けてきた力に間違いないだろう。 「あはは、そんな、三好さんに嫌われてるのなんてずっと前から知ってますし……今更です」 ――だが、他人を助けてやれる力が万能かというと、そんなことはありえない。 たとえば今、彼女が俺に、迷惑をかけないように、心配をかけないようにとその力を使うほど、彼女は摩耗していくのだ。 人に気を使われないでも大丈夫な自分、どんな時でも笑っていられる自分、泣いたりしない自分を演じられることは、強いことだと思う。それで救われる人間もいるだろうと思う。けど、そうしてすり減ってしまった彼女の心は、誰が支えて、許して、休ませてやるんだ? 彼女の本当の気持ちはいつも、強くなんかないんじゃないのか。 「俺はやっぱり、女の子は笑ってる顔が一番だって思うんだけどさ。――でも、泣くの我慢してるくらいなら、泣き顔のほうがよっぽど見たいよ」 ちゃんは苦笑いを浮かべて、「……それじゃあ、わたしが、泣きたいみたい、」と言う。泣いててくれたらよかったのにな、と俺は思うのに。そうしたら、慰めることはもっと簡単だった。こういう場面で泣けるほうが、かわいい女の子だよ、なんて言って。 「……人間てさぁ、結構丈夫にできてるように思うけど……でも、折れないからって傷ついてないわけじゃないし、傷ついてるのに気づかない振りなんてしちゃうと――泣きたい時に、泣けなくなっちゃうんだよな」 「そ、そんなの、」 俯いて声を震わせる様子はひどく頼りなくて、誰がこの子を強いだなんて思えるだろう。うまく泣けもしないで、ただ肩を震わせるこの女の子を。 「泣いたって愚痴ったって、この雨じゃバレっこないよ。誰にも」 「……誰にも?」 俺を見上げる瞳のあどけなさに笑って頷いてやる。 「うん。……ちゃんが望むなら、俺も今だけ、なんにも気づけない男でいてあげる」 くしゃっと歪んだ顔は一瞬で、ちゃんはすぐに俯いた。 「――っ、わたし、三好さんに、認めてもらいたくて、がんばってきたのに……っ、ずっと、でも、」 三好は確かに仕事には忠実で、必ず結果を出す男だと俺も認めてはいる。 ただ、こんなに真っ直ぐで真面目な女の子が慕うほど、あいつをいい男だとは思わない。なのに、あれがいいらしいんだもんなぁ。 「佐久間さんに、け、結婚を前提に、付き合ってほしいって、佐久間さん、すっごくやさしくて、真面目で、でも、わたし、まだ一人前になれてなくてっ、三好さんに、認めてもらえて、なくて――っか、みなが、さん……?」 思わず抱き寄せてしまってから、タイミングよく雨が上がっていたことに気づいて、俺は「……雨、止んじゃったみたい」と耳元でそっと教える。ちゃんの体に、力が入った。 ……なるほど、どういうことだか大体分かった。これは後であの子に連絡してやったほうがいいかな。 「か、神永さん、わたし、今言ったこと――」 「ちゃん」 「……は、い、」 「帰ろっか。送るよ」 体をそっと離すと、すぐに小さな手を握った。ちゃんの目は何か言いたげだが、何を言えばいいのか迷っているようだ。 こんな時にまで他人のことなんか考えなくたって、もっと自分勝手でいたって、誰もきみを怒ったりしないのに。 だが、こういう女の子だからきっと、俺も彼女には紳士でいようだなんて思って、ただ優しいだけのような笑顔だって浮かべられるのだ。 「途中でさ、DVD借りていこう。オススメの映画があるんだ。すっごい泣けるやつ」 俺の言葉に、ちゃんは「え……」と弱々しいくらいの声音で呟いた。 「それでいっぱい泣いて、全部忘れよう。泣いて、全部流しちゃおう。大丈夫、絶対泣けるから」 「神永、さん、」 相手が、自分のために泣けもしない真面目ちゃんじゃなかったら、俺だってもっと他にやりようはある。そっちのほうがずっとお手軽で、俺も好き勝手にできて、良いことずくめだ。それでも――。 「もしそれで泣けなかったり、流せなかったりしたら――呼んで。絶対行くからさ。……ちゃんが頼ってくれるなら、絶対助けてみせる。どんなことからも、どんなものからも」 プレイボーイの名を欲しいままにしてきたはずのこの俺が、こうして笑える安っぽい恋愛ドラマみたいなセリフを大真面目な顔で言えてしまうくらいには、この恋を大事にしたいと思っているのだ。 「……っ、ありがとう、ございますっ、」 「よし、じゃあ行こう。俺もなんか借りてこうかなぁ……あ、ちゃん、あれ観たことあるかな? 古いフランス映画なんだけど――」 きみが泣くほどの恋ならやめておけと言うべきか、それとも――と俺は思ったが、今は考えなくてもいいことだ。 |