今日は久しぶりに、交差点を渡ったところのカフェでランチしようということになり、出る前にちょっとトイレ行かせて〜とをオフィスに残しトイレへ行き、待たせちゃ悪いとササッと戻ってきたわけだけど…………いや、何アレ。いや何アレ?!?!

 「きみが三好のお姫様?」

 「……はい?」

 「あれ、違った? ちゃんってきみじゃないの?」

 「あ、いえ、はわたしですけど……?」

 「……なるほど、それじゃあやっぱり三好の片想いなわけか。珍しいなあ。ね、ちゃんは三好みたいな男はタイプじゃないの?」

 「へっ?! いえ、あの、」

 「ンん゛?!?!」

 ものすごい時間差でやっと反応した私を振り返って、その人は朗らかな笑顔を浮かべながら「あ、いいところに。きみ、三好のところの子かな? 三好のお姫様を見に来たんだけど……」…………ンん゛?!?!

 「?!?! あっ、あ、甘利さ……!? ちゃんどうしたのなんかやっちゃったの?!」

 「え?! えっ、え、」とどんどん顔色を悪くさせていくには申し訳ないが、なんだってあまっ、あああ甘利さんがこんなトコにいんの?!?! どういう状況なの?!?! なんで、なんで――。

 「あぁ、違う違う。三好のお姫様だっていうちゃんに会いたくてね。彼女、そうじゃないの?」

 「三好さんのお姫様というとこのしかいません。……いませんけど……な、なんで甘利さんが……」

 三好さんに用事ならともかく、うちのを名指しして会いにきたなんてちょっとどころかものすっごく怪しいので、思わずジロジロと不躾な視線を向けてしまうが、甘利さんはやっぱり朗らかに「いやぁ、噂は色々と聞いてたんだけど……三好がっていうのが意外でね。一度見てみたいと思って。かわいいね、ちゃん」……朗らかなのは結構だけどやっぱりものすごく怪しいッ!!!!
 その満点の怪しさに口を開きかけたところで甘利さんの背後に人影が現れ、私は一瞬でとんでもない安心感を覚えた。

 「……甘利、うちになんの用だ」

 冷たい視線で甘利さんを射抜きながら、三好さんは淡々とした声音でそう言った。
 思わず相変わらずに関することとなるとハチャメチャにこええな?! と悲鳴を上げそうになったが、それだけの迫力で声をかけられといて朗らかな調子崩さない甘利さんの心臓は何製なのかな????

 「あぁ、三好。はは、そう怒るなよ。おまえのお姫様をちょっと見に来ただけさ」

 意味ありげにに視線を向けた甘利さんを見て、三好さんの眉がぴくりと動いた。

 「……さん、今日はカフェで昼食の予定では?」
 「えっ、あ、はい、え?」
 「行ってください」
 「……、い、行こう、とりあえず行こう……」

 三好さんがなんで今日のランチはカフェって知ってるのかっていうのはとりあえず触れないでおこうめっちゃ気になるけど。


 廊下をズンズンと進んでいくの後を追いながら、「……、甘利さんと面識あるの……?」と恐る恐る聞いてみると、は悲鳴のように声を張り上げて「あるわけないじゃん甘利さんだよ?! こっちが聞きたいよ! なんでわたしのこと知ってるの?!」と答えた。

 「そ、そうだよね、すれ違ったことくらいはあるけど、そうだよね、話したことなんかないよね……」





 「――と、いうわけでどうなってんですかね神永さん……あなた甘利さんとはD機関でも会社でも同期な上に忘れがちですけど一、二を競うイケメンと社内で人気を二分してる仲なわけですから色々と詳しいでしょ何かご存知……?」

 とんでもねえ非常事態なので、いつもの居酒屋に緊急招集をかけて集まった三好×同盟の我々三名(もちろん私、神永さん、田崎さんのことである)ですが、のんびり煙草の煙を吐きながら「きみが今言った通りの仲で、これも知ってるだろうが俺たちは“お友達”だとか“お仲間”とかって関係じゃない」とか言うので神永さんは使い物にならない感じです????

 「……そうだった青春時代という貴重な時間をドブに捨ててんだったわアンタら……」

 思わず頭を抱え込んだ私に、田崎さんが「あまり深い意味はないと思うよ」と言うのでバッと顔を勢いよく上げたのだが、続いた言葉には若干ヒヤッとしたものを感じた。いや、わざわざ集まった議題からは逸れる話なんだけど。

 「ただ、三好が、というより――本人たちの意向はどうか知らないけど、張り合ってる構図だからね、甘利と神永は。甘利はそっちの理由でさんの存在が気になるんじゃないかな? ……部署の女の子たちがうるさいんだろう? 付き合いが悪くなったって。甘利派の女の子たちが、それを聞きつけていてもおかしくないと思うけど」

 ちらりと隣を窺うと田崎さんが薄く笑っているのでヒエーッと思いつつ、「えっ……そんなガチな感じにテッペン争ってんスか……?」とへらっとした調子で聞いてみたところ…………神永さんのアンサー、こちらです。

 「俺は別にそんなつもりはない。ただ女の子たちが放っておかないだけだ」
 「なるほどつまりガチ」

 ウワァ……という心情そのまんまの顔をしながら、私は社内の女の子たちをなんとなく思い出してみる。……うーん……そうだな……うん、私はまったく同調できないけど、うん、そうだな……。

 「……いや、確かにね、あなたたちの人気争いって周りが盛り上がってるんですよ……。あっちで甘利さんの話をしてる女の子たちがいると思えば、その向こうでは神永さん、そんですぐそこでは甘利さんの話してる、けど今ここで話題になってるのは神永さん……みたいな感じで…………モテ男とその取り巻きコワッ」

 頭の中で再生された神永さん派と甘利さん派、それぞれの女の子たちのキャッキャしたはしゃぎっぷりに背筋がヒヤッ。いや、いくら我々が崇高なる目的(三好×の成就)のためにこうして集まっているのだとしても、彼女たちにこういう現場を押さえられたらとんでもねえ修羅場を味わうことになるだろうなって思うとさ……。ヒヤッとすんなってほうが無理でしょ????

 「ふふ、そうだね」

 爽やかな笑顔を浮かべながら煙草に火をつける田崎さんを見て、神永さんが不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

 「おい、自分は背景まっさら清いみたいな顔すんな」

 田崎さんが口を開く前に私が即レスしたわ。

 「いや田崎さんも人気は充分すぎるほどにありますけど……この人のはワケが違うでしょ……。神永さんと甘利さんがツートップ、これは誰もが肯定するところでしょうし間違っちゃいない。……それはね? アンタら二人がバカみたいにド派手にモテてるからってだけであって、それの理由の一つとしてはアンタらがキャーキャー言う女の子たちの相手を進んでしてるから。……その点田崎さんは違うでしょただただ爽やかに好青年。浮ついてない。つまりね、田崎さんの人気は憧れは憧れでもミーハー気分じゃないガチの憧れ、リアルにお付き合いするならこの人がいいっていう種類の人気なのッ!! 真面目だし仕事はできるし優しいしッ!! だからも田崎さんに憧れてんのッ!!!! リアル王子ッ!!!! ムダにキラキラ笑顔振りまいてハーレム作ってるアンタとは違うんだよ背景まっさらに清いわボケッ!!!!」

 神永さんは苦い顔をして舌打ちを一つすると、「……コイツがいかに上手くやってるか、今ハッキリ分かった」と吐き捨てるようにして言った。まぁ田崎さんのほうはまったく効いた様子はなく、「あはは、なんだか人聞きの悪い言い様だな。影では散々だって聞こえる」なんてのんびり返しながら煙草の煙を吐き出す。
 でも実際田崎さんって人は月曜9時枠の登場人物みたいな画面の向こう側にしか存在してないでしょ?? って言いたくなる完璧さの持ち主で、悪い話も浮ついた話も一切聞かない人なわけだから――。

 「上手くやってるも何もないでしょ、田崎さんの女の子についてのウワサなんて聞いたことないですよ。神永さんのは恐らく過去全部流れてますけどねこのスキャンダルスターがッ! アンタには秘密のオフィスラブは無理!!」

 ホンット神永さんといえばゴシップってくらい、入社当時から色んな話が聞こえてきてたわ……。なんとか課の女の子をどうした〜とか、取引先のどこどこの女の子がうんたら〜とか、打ち上げで行ったお店の店員さんとどうの〜とか。……とりあえず言えるのは、火のないところに煙は立たない(迫真)。
 まぁ、「ふん、それで結構だ。俺は秘密にする気はない」とか生意気なこと言ってるけど、この人そんな調子でチャラいを極めに極めた生粋の遊び人のくせにうちのピュアなちゃんを前にするとおまえがピュアかッ!!!! って言いたくなるようなウブい反応するので、なんていうか根は真面目っていうか、本命にはとことん尽くしてのめり込むタイプっていうか……というところまで考えたが今はそんなことどうだっていいということに気づいたので話を戻そうと、「あっ、そう。まぁそんなこっちゃどうでもいいんで話戻しましょ」と言ってグイッとビールを呷る。
 話を簡単に整理してみると多分こんな感じだろうと、頭を回転させつつ口を開いた。

 「……とにかく! 甘利さんがどういうつもりでに接触してきたんだか、これが分かんないとちょっとコワイでしょっていう。と甘利さんには直接接点なんてないし……となると、田崎さんが言うように、ライバル関係にある神永さんがハーレムの女の子たち放ったらかしにしてることが気になって、色々と話を聞いてみたらに繋がったんで顔出してきた……っていうのが有力なんですかね? 少なくとも三好さんの名前出してきたってことは、やっぱりアンタら特有の厄介な性質にピンときたんでしょうけど…………迷惑だなッ?!?! 余計なちょっかい入れる人間はもういらないんだよ波多野っていう最上級にウザったいクソガキが毎日毎日――」

 言いながら、そういや今に始まったことじゃないけどホンット波多野ムカつくにほんのちょーっと気に入られてるからって調子乗ってるとことかホンッッッット腹立つッ!!!! と思わずテーブルをぶん殴っ「うーん、余計なちょっかい入れようとは思ってないんだけど……そう見えた?」…………。

 「?!?!」

 勢いよく振り返ると――お昼の時のように朗らかな様子で、甘利さんが立っていた。

 「……女の子はどうしたんだ? 珍しい。席に残してるなんてかわいそうだぞ」

 なんともないような顔をして神永さんは言ったけれど、いや、おかしいでしょ、おかしいでしょ……! と口をパクパクさせながら混乱するしかない私ですが、甘利さんはにこにこしながら神永さんの隣へ座ったので嘘でしょ勘弁してよっていう。なんで神永さんも席詰めちゃうのバカなのッ?! っていうッ!!!!
 耳元で音量マックスの心臓の音が聞こえるので、静まりたまえ〜ッ! 鎮まりたまえ〜ッ!! と目を閉じて無心になろうとしたけれど、めちゃくちゃ視線を感じるので諦めた。

 「あはは、女の子が一緒だったら声をかけたりなんかしないよ。今日は一人なんだ、問題ない。おまえこそ珍しいじゃないか、神永。時間の都合さえつけば、いつでも女の子を連れてたはずなのにさ」

 そこまで言ったかと思うと、甘利さんは私の目をじっと見て甘い笑顔を浮かべたさすが社内で一、二を争うイケメンついドキッとしてしまったわ……と心臓を押さえると、くすっと笑い声を一つこぼして、「まぁまぁ、そんなことはいいんだ。やあ、昼間ぶりだね。ちゃんはいないの?」と続けたので…………?!?!

 「生憎と彼女は今晩、他に取られた。残念だったな。それで? さんがこの場にいたとして、何の用があるんだ?」

 どこかよそよそしく感じる調子で、田崎さんが言った。怖くて隣見れない(震え声)。
 決して和やかな雰囲気ではないこの状況。だというのに甘い笑顔のまま煙草を取り出すと、甘利さんは「いやぁ、おもしろい話を聞いたもんだから、真相を確かめたいと――いや、違うな、俺も協力したいと思って」とウィンクをキメたマジかよ肝座ってるな?!?!
 今この場で一番……というか私だけだな心臓痛めてるの……と思いながら、はあ、と溜め息を吐いた。すごく震えてた(震え声)。
 でも私は言いたいことはきっちり言います(真顔)。

 「……あ、甘利さん、その、昼間のこととか、どういうつもりなんだか知りませんけど、先にお伝えしておきますね、あの、失礼ですけど、うちのにはもう三好さんという――」

 顔だけのポンコツのくせにエリートぶってて使いモンにならねえけどかわいい〜っ! 好き〜っ! 大好き〜っ!! ってちゃんに心臓捧げてるスーパー大好きマン三好さんという(私が選んだ)お相手がいるんですよ、ですから余計なことしないでくれますかたとえばウチの部署に顔出してうちの子名指しで呼び出すとかそういうの非常に迷惑なんです今ただでさえ大変な状況…………ん……????

 「……協力……? 甘利さん今、“協力”って仰いました……?」

 恐る恐るそう言った私に、甘利さんはにっこりと優しい笑顔を浮かべて首を傾げた。

 「うん? うん、言ったよ。俺も仲間に入れて」

 な、なんか話の向かってる先がおかしいというか、不思議な……予期せぬ矢印になってる……????

 「……ええと、甘利さんはなんの仲間に入って、何に協力したいのか伺っても??」

 思わずゲンドウポーズを取った私に、神永さんが呆れた視線を寄こしながら「面接かよ」と溜め息まじりに呟いた。
 私の質問に対して甘利さんは不思議そうな顔をして――いやなんでアンタが不思議そうな顔すんだよと言いた「え? ほら、三好とちゃんをくっつけたいっていうやつ」…………なるほど。

 「オッケー分かった。ただ三好×同盟の話どっから聞いてきたんです????」

 私がじっと甘利さんの目を見つめ返すと、甘利さんは面白そうに口端を持ち上げながら、煙草の煙を吐き出した。

 「あ、そういう名前で活動してるんだ。どこから聞いてきたかっていうのは……うーん、まぁ女の子たちの話を聞いてて、色々総合して考えてみたら、そういうのがあってもおかしくないなぁと思って。それで昼休み、きみを見たらピンときたよ。きみがリーダーでいいんだよね。ね、仲間に入れてくれる? 俺、役に立つと思うよ」

 ……役に立つ、なんてことを言われるとちょっと興味が出てきてしまうのは、やっぱりこの人もD機関卒のとんでもエリートだからなんでしょうね……(遠い目)。

 「……ほう。具体的に言うと?」

 甘利さんは私から目を逸らさず、淀みなく自己アピールをした。

 「恋愛において、相手に近しい人を頼りにできるってすごく心強いよね。だって相手の正確な情報が入ってくるだけじゃなくて、自分に有利な情報を流すこともできるんだからさ。きみはちゃんとはすごく仲良しみたいだけど、三好とは気心知れた仲とは言えないでしょ? 俺に任せてくれたら――どっちも叶うよ」

 ……なるほど、さすがD機関卒のとんでもエリート……。

 「それはつまり――三好さんにとっての私……のフォロー役になるって言うんですか? 甘利さんが?? の正確な情報を三好さんに流しつつ、三好さんに有利な情報をに流せるって????」

 確かにそれが叶えば三好さんにとってとても都合の良いように物語は進んでいく気がしないでもない。そもそも今の状況が状況で、あのポンコツそのポンコツ加減を惜しみなく披露してつまりどうにもならないどころかこのまま何もせずに終了という最悪の結末が目に見えている今、新たな協力者――というか純粋に三好さんの応援をしてくれる存在は死ぬほど欲しいし死ぬほどありがたい……。
 私は、力強く言い放った……。

 「…………無理ッ!!!! これまでなんの接点もナシにいた甘利さんがいきなりに近づけるわけないし、そもそも近づけたとしてがそんな簡単に心許すわけないじゃないですか」

 いやね? 確かにもう三好×同盟という名で活動しておきながらその名の通りに行動してるのって私だけなんで、ホンット味方になってくれるって言うんならぜひぜひッ!! って言いたいけど、だからって誰でもいいっていうわけじゃないでしょ……?
 複雑な心境を表したような苦い表情をしていると、甘利さんは楽しそうに笑った。

 「……うーん。じゃあ、とりあえず試してみようか?」

 ……え? な、何をです……?




 女子力高めのフォトジェニックなお弁当を前にして、ちゃんのはしゃぎっぷりが天使レベルMAXめっちゃフォトジェニック……(拝み)。
 ……しかし。だが、しかし……。

 「えっ、そのお弁当、甘利さんの手作りなんですか? えっ、すごい! かわいい!」

 「あはは、ありがとう。たまに親戚の女の子を預かることがあるんだけど、うちから保育園に行くなら俺がお弁当持たせなくちゃいけないでしょ? 女の子だからね、やっぱりかわいいお弁当がいいみたいで。練習になるから、自分のも作ってるんだ」

 …………何がどうなってんだっていうのはこれから説明しますけどとりあえずこの通りちゃんは甘利さんに心を開いています…………。
 いや、まずなんで私とのランチタイムに甘利さんがいるんだって話なんだけど、これがまずビックリ。
 朝、からお昼の話されたもんだから、どっか行きたいお店あるのかな〜? とかのんびり構えてたら、甘利さんとお昼一緒しようって約束しちゃったんだけど一緒に食べるよね? とか言われて……いや、なんでそうなったの?!?! って話になるでしょ……? そしたら、昨日銀座のデパート色々見て回ってたら偶然……偶然、甘利さんに声かけられたから、ちょっと立ち話してるうちに盛り上がってうんたら〜〜〜〜………………いや、意味分かんないでしょ……? 何? “偶然”って何……?? それは用意された“偶然”でつまり“必然”だよね?? …………怖いわッ!!!! どういうルートでの日曜のスケジュール手に入れたんだよッ?!?!
 ……まぁでもこうなると……ウチに顔出してまずに接触してきたのは、日曜にそうして声をかけて仲良くなるためで、我々(三好×同盟)……というか私に接触してきたのは現在この状況のためだったのねっていう……。……クソッ、試すも何もねえよ…………さすが機関生だなッ?!?!

 「あっ、そうだ。ちょっと休憩に喫煙室に顔出したら、三好とばったり会っちゃってさ。怒られちゃったよ」

 えっオイ唐突だな?! と思いつつ、三好さんの最近の様子を気にしてる――本人はそんな素振り見せまいとしてるけど――は、ちょっと表情を強ばらせたものの、すぐに話に乗って「え、甘利さんがですか?」と首を傾げた。
 いや甘利さん協力したいとか言ってたけど余計なこと言うのはやめてよ〜? 今の状況すっごい繊細なんだからヘタに突っついたらね〜? 分かるよね〜〜?? と私は一人冷や汗をだらだらしていたわけだが。

 「うん。くだらない理由でうちに押しかけるなって。特にちゃんは優秀だから、手を煩わされると仕事に支障が出るから迷惑だってさ」

 「え、」

 小さく呟いたと同様に私も困惑した。
 いや、甘利さんがウチに顔出してきた時、三好さんてば分かりやすく威嚇してたけど……D機関の人たちって同期だろうがなんだろうが“意味なく”つるんだりはしないという恐ろしいまでの個人主義の集団……つまり何が言いたいかというと彼らの間には損得勘定なしのかけがえのない友情というものは成り立っていないらしいのである。その中でもエベレスト級(笑)のプライド(笑)の持ち主である三好さんが、(めっちゃくちゃ大好きすんごい大好き愛してる)に接触してきた甘利さんに対してそう簡単にのことや、自分との関係についてペラペラ話すか? っていう。
 まぁ作り話にしろ、良い方向に向かわせられるってんならいいんだけど、上手くやらないと後々とても厄介なことになるわけで……と甘利さんをじとっと見つめるも、まったく気にした様子なくに笑顔を見せている。そしてサラッと「ちゃん、三好にすごく評価されてるんだね。あいつってば人を褒めるようなこと絶対しないからビックリしたよ」と言うと、がピシリと固まって、それからものすごく難しい顔をした。
 ……い、今はッ! 今は繊細な状況なんですッ!!!! と叫びだしたいのを堪えながら、隣に座るの様子を注意深く窺う。

 「あ、いえ、わたしは、褒められたりとか、そういうのは、」

 言葉を濁すに、甘利さんはきょとんとしてみせた。

 「え、ないの? やっぱりだめだなぁ三好は。ちゃんと言葉にしてくれなくちゃ分かんないよね」

 いやね? 三好さんにも三好さんなりの事情があるんですよどうせつまんねえことに決まってるけどッ!! だから今の状況なの。それにね? そもそもちゃんと言葉にとかっていうのはあのポンコツにはレベル高すぎて無理だか「俺にはすっごく熱心に話してたよ、ちゃんがどのくらい優秀で……自分にとって、どれだけ必要な存在かって」…………えっ?

 「え……え、っと、たっ、たとえば、どっ、どんなこと、言ってましたかっ?」

 頬をほんのりピンクに染めながらそわそわっとするににこりと笑った後、甘利さんが意味ありげにちらっと私を見た。
 ……なるほど。三好さんの好感度が上がるお話ですね。でもね、それを素直に信じられるかっていうとそれはお話違うじゃないですか(真顔)。
 ……さぁどうぞ。あのどうにもフォローしようがねえクソの役にも立たねえエベレスト級(笑)のプライド(笑)の持ち主でとんでもねえ斜め上思考の三好さんのここ最近の不自然すぎる態度を前提において、のことを“褒めてた”っていうのを本人に信じさせられるっていうんならやってみてくださいよ無理でしょうけどッ!!!!

 「なんかね、三好、最近悩んでることあるらしくて」

 甘利さんのその言葉に、が不安そうに「え、」とこぼす。
 ……心配なのね? 心配なのね?? 三好さんのこと心配なのね?!?!
 ……ンん゛ンッ……やっぱり気にしてないように見せてるけど気になってるのねぎゃわいいちゃん大天使……(拝み)。
 萌えてる場合ではないなと思いつつハンカチを取り出して目頭を押さえていると、甘利さんが神妙な調子で続けた。

 「それでちょっと仕事のことしか考えられなくなってるところがあるみたいでさ。器用そうに見えるけど、結構不器用なんだよね、三好って。でも、ちゃんが一生懸命仕事してるの見ると、上司として――ちゃんの“最高の上司”として恥ずかしくないようにって、頑張れるんだってさ」

 「それ……」

 「ちゃんが前に言ったんでしょ? 三好のこと、“最高の上司”って。それがすごく嬉しかったから、それだけはきちんとやり抜くんだって。その原動力になってるのが、ちゃんの頑張ってる姿だって言ってたよ。べた褒めだね。自分の原動力になってるなんて“あの”三好に言わせるんだから、ちゃんのこと、ほんとに認めてるんだと思うよ。俺なんか付き合い長いのに、褒めてもらったことなんか一度もないよ。あはは」

 ……なるほど……お仕事をしている三好さんが大好きなちゃん……お仕事に真摯に向き合い悩みながらも頑張る三好さんとか尊敬の眼差し向ける以外にないよね……ポンコツだけど仕事に関しては誰よりも信頼の厚い三好さん大勝利……。




 今日はに付き合ってもらって、私の好きな漫画家さんの原画展へ行き、その後ウィンドウショッピングやらカラオケやらを楽しみ、日も暮れてきたし……ヨッシャとりあえず飲もうぜッ!! といつもの居酒屋へと向かう道すがら通りかかった公園で…………なんと甘利さんに遭遇した。しかも子連れ。子連れ(迫真)。
 その女の子(エマちゃんというらしい)が、甘利さんが言ってた親戚のお子さんだそうで、立ち話をちょこっとしてるうちにがエマちゃんのお相手をしていてめちゃくちゃ和んだので、エマちゃんに手を引かれて二人がブランコへ向かっていく姿を見送り――私と甘利さんはエマちゃんとちゃんというダブル天使のいるエデンを見つめながらこうしてベンチに座っているわけですが。

 「甘利さん、なんでそう協力的なんです?」

 あれからちょいちょいお昼休みを一緒に過ごしてるわけだけど、その度に三好さんの情報をくれる。最近ハマってるものとか。ちなみに最近はフレーバーティーにハマってるらしい。銘柄聞いたらが好きなお店のやつでホントあの人大好きだなっていうかンなことしてるヒマあんならもっとやることあんだろと言いたい……。
 はぁ、と私が溜め息を吐いたのを聞いて笑いながら、甘利さんがゆっくりと口を開いた。

 「単純に興味だよ。あの三好が落とせない女の子がいるって聞いたと思ったら、今度は神永まで女の子そっちのけでその子に構ってるっていうからさ。……でも、実際に会ってみたら、ちょっと分かるかなって思ったよ。彼女みたいなタイプ、俺たちの周りにはあんまりいなかったから」

 言いながら、エマちゃんとの二人を見つめるその目は、とても優しい。

 「……余計なちょっかいかける気なら許しませんよ。三好さんも神永さんも、中途半端な気持ちで――」

 「分かってるよ。だからこそさ。彼女みたいな子には傷ついてほしくないと思うから、彼女のために協力したいんだよ、俺は。だから、そうだな、俺は三好の味方でも神永の味方でもないし、田崎にも協力はしない。波多野にも。俺はちゃんの味方でいたいんだ」

 にこにこ笑いながら私の返答を待つ甘利さんの邪気のなさがすごい(真顔)。

 「すげえな全部知ってる……ンん゛っ、なるほど。……じゃ、正式にメンバーとして認めますから、よろしくお願いしますね。甘利さんは非常に頼りになる人材だともう分かってるので、期待してます」

 まぁこれまでの感じからして、ホントに真面目に協力してくれそうでしかも実績を着実に積んでいるわけなので、断る理由も今のところはない。
 甘利さんは上機嫌に繰り返し頷いた。

 「うん、頑張ろうね。いやぁ、楽しくなりそうだなぁ。恋バナってやっぱりいつ聞いてもいいもんだし、相談に乗ったりとか、色々手伝ってあげたりとか……それで実ってくれたら最高だもんねえ」

 「甘利さんが女の子に人気な理由、ちょっと分かりましたなんて女子力……!」

 ……邪気などないはずだ……甘利さんは純粋に“女子力”を発揮しているだけでやましい気持ちなどどこにもない……。これはもしかしてとても心強い(本当の)味方が現れたのかもしれないぞ……。
 ごくりとしながら、あ、そういえば、と思いついた。甘利さんはガチの協力者(しかも女子力高い)。それならこれを聞いてもいいだろう。

 「……あの、この間の話、アレってマジですか? ほら、喫煙室で三好さんと話したってやつ」

 三好さんがフレーバーティーにハマってる(しかもが好きなお店のやつ)とかは、まぁ三好さんに最近ハマってるものある? なんて聞く人とかいないだろうからどうでもいい情報だけど、三好さんがを褒めてたっていうあの話。あんなのは聞こうと思っても聞ける話じゃないし、仮に聞けたとしても三好さんが素直に答えるわけがないので……つまりはどうやって聞き出しました? ってことになるんだけど、そもそも甘利さんは三好さんとD機関の同期。……ってことを考えると、この話そのものがウソとか、そうでなくともどこか誤魔化してるとかっていうのがあるだろうと私は思ってたわけだ……。結果的にあの場が同盟入りを認めるかどうかのテストみたくなってたので、となると甘利さんはいかに自分が有用かを示す必要があったってことになるから、ウソでもなんでも甘利さんに味方になってほしいとこちらに思わせることができれば目的は達成できるし、現にこうして同盟入りを果たしたわけだ。
 ――で。それなら、甘利さんのことは信用してもいいと判断した今、結局どうなの?? っていう確認したって構わないだろうっていう。だってこれからは同盟メンバーとして正式に、それも真面目に協力してくれるっていうなら信頼関係って大事じゃないですか(迫真)。いや、なんにせよ甘利さんのトークスキルすげえな?? って話になるけど。……味方になってくれるというなら非常に心強いけど、敵に回ることになったらそれ以上に厄介な人だな……。
 そんなことを考えながらこっちは若干緊張してたのに、甘利さんはなんてことないふうに「ほんとだよ。まぁ三好をつついて話をして、それを俺なりに解釈した話をしたんだけど、まず間違ってない」とか言うから……ッ!!

 「……なるほど。まぁ機関生の見立てなら私もそれで間違いないと思います。しかも甘利さんの実力からすると……ホント……ま、まぁそれは置いといて! ……三好さん、ホントは何に悩んでんです? は仕事で悩みがあるから仕事のことしか考えられない状態、って受け取りましたけど、そうじゃないですよね」

 なるべく落ち着いた様子を取り繕っているが、私は内心めちゃくそ大絶叫であるッ!!!! 待って待って待って?? もう三好さん甘利さんには全部話しちゃってるんじゃないの……?! つまり?! 急にと距離置いた理由が分かれば、今後の対策も非常に取りやす「あはは、勘がいいね、きみ。うん、ばっちりちゃんとのことで悩んでるみたいだよ。さすがに全部は話さなかったけど……あんなに分かりやすい三好、初めて見たなぁ……。ただ、仕事に集中したいのはほんとだね。ちゃんに失望はされたくないから、せめて“最高の上司”でいることには全力注ぎたいみたい」……。

 「…………健気かよッ!!!! ンな回りくどいことしてるヒマあんならガツンと決めにこいよバカが……ッ!!!!」

 だっからアンタはなんでそういつも斜め上に向かってくの〜ッ?! 知ってるけどバカとしか言いようがねえなポンコツ〜〜ッ!!!! なぜ問題の解決を先送りにすんだよバカが〜ッ! 知ってるけど〜〜ッ!! “最高の上司”でいたところでお話は進まねえんだよバカが〜ッ!! 知ってるけどな〜〜ッ!!!!
 頭を抱える私に、甘利さんが明るい声を上げる。

 「あはは、まぁそれはそうなんだけど。うーん、けど三好のほうは今の状態だとどうにもならないと思うよ。……だからまずは――ちゃんのほうをなんとかしようか」

 ……ん? ……甘利さんは……今……なんと??

 「……と、言いますと?」

 慎重にそう言った私に、甘利さんは頼もしさを感じるはっきりとした調子で言った。

 「ちゃんにきちんと三好を認識してもらおう。もちろん、恋愛対象として。それから自覚もしてもらわないと困るね。自分にとって、三好は“最高の上司”なんじゃなくて……好きな人なんだって。彼女、いつからかは分からないけど――好きでしょ、三好のこと」

 ……甘利さんにはこの称号を与えよう……“すべての技をマスターせし最強の恋愛アドバイザー”……。






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