はいつも通り、待ち合わせの時間よりも早くにやってきた。着いてすぐに鏡で身だしなみチェックとかデート前〜って感じすんごいする初々しいかよ最高だな……?? さて、今日の神永さんとのデートは、大きな総合型ショッピングモールでのお買い物……というわけなんだけど……。 都心から気軽に行ける距離ではあるものの、今回のデートで行くには若干遠い気もするような場所である。待ち合わせはどうするんだかな〜と思っていたら――。 このショッピングモールというのは友達と、カップルと、ファミリーと、どんな層にでも楽しんでもらえる空間……というのが売りなので、建物のすぐ隣に大きな公園広場がある。神永さんは待ち合わせはそこでどうか? とちゃんに指定したらしい。……いや、なんで? っていう。神永さんのことだから、待ち合わせなんてせずにのおうちまで迎えにいってもおかしくないと思っていただけに意外である。……あのクソガキ波多野を除けば、のおうちを神永さんはたった一人知っているわけなので……なのになぜ現地集合?? っていう。 まぁそれはともかく、神永さんはがこういう時早めに行動する子だって知ってるのに……待ち合わせ時間もそろそろだが、まだ姿を現さない……何を狙っているのやら……とうんうん唸っていると――。 「ちゃん」 神永さんはの後ろからやってくると、ぽんと肩を叩いてそう声をかけた。もちろんちゃんはびっくりである。 「!? ……っび、びっくりした……。なんで後ろから声かけるんですか!」 ムッとした顔も非常にキュートなのでうちの子いちばん……と思いつつ、「あはは、ごめんごめん。すごい難しい顔して鏡ずっと見てるから、かわいいなぁって思って」とにこにこしている神永さんをじぃっと見る。 ……なるほど、素直に言える、かっこいい。 白のパーカーにGジャン、黒のスキニーというシンプルコーデに一点、ビビッドなグリーンのハイカットスニーカーとかショッピングデートで連れていきたいカレシ代表コーデって感じフッツーにかっこいい……。 だから「……あんなに一生懸命、鏡でチェックしてた理由が俺とデートだからって話なら、すごく嬉しいんだけど?」とかいうチャラついたナンパなセリフすら許せるカンストの本気がすでにヤバイ(迫真)。 は緊張した顔でちらちら視線を動かしていたが、ぴたりと神永さんを上目遣いに見つめると、困ったように言った。 「っち、ちが、だっ……だって、神永さんの隣歩くのって、緊張するから……」 神永さんはそれを受けてきょとんとした顔で「なんで? 一緒に帰ってたことだってあるのに、そんなに緊張することある?」と首を傾げる。 そうだ。ガチにを狙うって決めてからソッコー、極めに極められたカンストの技巧で、いとも簡単にと一緒に帰る――しかもご飯行ったり買い物に付き合ったり――権利をゲットして、しばらくの間は独走状態だったんだよなこの人……。確かに、それを思うとなんで今更そんなに緊張することあるの?? と私も思う。 神永さんはカンストで彼氏力最強の恋愛においてはきっと今まで負け知らずというスーパーマン……。そして、甘やかしの天才なのだ……。なんでもなるべく一人で解決しようという生真面目な性格のが、ついつい無自覚に甘えてしまう唯一の存在……。それなのに何を遠慮することが?? 神永さんなんてチョロいんだから、せっかくなんだしガンガン甘えちゃえば「……神永さんと歩いてると……女の子がみんな見るし、」いいの……に…………ン゛んッ! なんだって?!?! ……つ、つまりだよ……? つまりちゃんは自分が神永さんの隣を歩くにふさわしいか? って気になっちゃってるってことよね……? …………カノジョかよっていう!!!! かわいいなのかよって知ってるかわいいわッ!!!! と私はうちの秘蔵っ子のかわいさに萌えて萌えて前後不覚に陥りそうだったのだが、私がそうなるということは神永さんもガッチリ萌えに萌えていた。一瞬笑顔がぴたっと固まって、それからきゅっと唇を引き結ぶと、気を取り直したようににこりと笑って「そういうことなら俺だって緊張するよ。だって、男はみんなちゃんのこと見てる。ここ来るまでにナンパとかされなかった?」との頭をそっと撫でた。は素直に撫でられながら、「ナンパなんて今まで経験したことないですよ、あはは」とにこにこ笑顔を返す。 フフフ……ナンパ? ッハ! まぁこの私がついている限り、そんな不埒な真似しようって命知らずはいないでしょうね(誇らしげ)。 神永さんはちょっと真面目な顔をして、じっとを見つめた。 「……それもそうか。ちゃんみたいな女の子に声かけられるような男、その辺にはいないだろうな」 「それどういう意味ですかっ? わたしじゃダメって言いたいんですかっ!」 ……ちゃんは不本意ですとばかりにぷりぷり怒っているが分かる……私には分かるぞ……神永さんの言いたいことが痛いほどよく分かる……。 「もちろん。ちゃんはその辺のナンパ男にゃもったいないだろ」 あああぁ〜! さすがカンストぉ〜! そうなのちゃんは低俗なナンパ師なんぞが声をかけられるような存在じゃないのこの世に残された最後のミラクル、そしてその存在だけでみんなにハピネス届けられる天使なの〜〜〜〜ッ!!!! つまり神永さんの発言まるごと同意〜〜〜〜ッ!!!! にしてみれば思わぬ返しだったので、「え、あ、」と言葉に詰まるのも仕方ないのだけれど、それを見越してだな?? 「あはは、顔真っ赤。はい、これ」 「あ、ありがとうございま――……ん? ……これ、」 「買いに行ってたらもう来てるからビックリした。待たせてごめんね」 神永さんがに差し出したのは、ちゃん最近お気に入りの150mlペットボトルジュースであった……どこでその情報を……? っていうか……? っていうか?!?! 「い、いえっ! ……あれ、じゃあ……っ?! ず、ずっと見てたんですかっ?! いたのに?!」 それな〜〜!! っていう。あたふた色んな感情に忙しなさそうなに、神永さんがいたずらっぽい笑顔を向ける。 「あはは、だから最初に謝ったんだよ」 「〜っひどい!」 「じゃあどうしたら許してくれる? ちゃんが許してくれるなら、なんでもするよ」 にこりと笑う神永さんだが、「っえ?」と声をあげたに容赦なく「ほら、早く」と急かすあたり甘やかしの天才、ただそれだけではない隠し球があるんだと思わずにいられない。意地悪? 意地悪なの?? ちょっとSっ気見せちゃう???? 「えっ、えっ、」 困りきった顔で情けない声を出すに、神永さんはサラッとこう言った。 「決められない? じゃあ俺が決める。今日一日、どんなことでも俺に任せる――つまり、なんでもお願いするってことで」 「な、なんでもって、」 の戸惑いは私も充分すぎるほどに分かるわけだが、相手が相手である。機関生イコール自尊心のかたまりイコールなんであれど“どうにでもする”。できちゃう。それも易々と。なので神永さんの「“なんでも”だから、思いついたら“なんでも”言わなきゃダメ。分かった?」というセリフに、私は頼もしさ以外に何を感じろと……? と思うしかなかった……。これは甘えんぼちゃんを拝み放題になるのでは……ッ?!?! ほんのちょっぴり躊躇うような素振りを見せつつも、「は、はい」とお返事したちゃんを、「よし、じゃあ行こう」と神永さんがエスコート。……さて、いよいよスタートとなりますが、まず、まず最初にここまでをまとめさせてください……。 「…………さすがカンスト上手いことを……。のお願いを聞いてあげる、そのままに聞こえるけど、のことだもん、そう“お願い”なんてできやしない……自分の都合の良いように事を動かしてくって権利を早速モノにしやがって何するつもりだよ超期待最高……。ここまでの流れはすべて伏線とかガチのカンストじゃんカンストの本気やばい……」 やっぱり場数踏んでます経験値高め実はカンストしてるけど暇つぶし程度にはログインしてるよ感パねえ……。 多分、(計画的に)より先に来て、実際どんな感じかある程度見て回ったんだろうな……。で、が着くタイミングに合わせて飲み物買って、シミュレーション通りに話を運び…………なんて見事な伏線、そしてその回収も完璧。目的であろう神永さんの用意した台本通りに事を進めていくっていうコレ、もうほぼ達成確約だな……カンストの本気ヤバイ、ガチのヤバイやつ……。 すげえな……と素直に感心する私の隣で、田崎さんが肩を揺らして笑った。 「あはは、女の子の扱いに関しては、やっぱり神永が一番かな?」 ……いつも通り、爽やかな笑顔を浮かべているけれども。 「……いや、田崎さんも相当――って今はそうじゃない、神永さんの彼氏力の真髄をこの目で確認しなくちゃならないんです……よ?!?!」 何が起きてたの?! 私と田崎さんが二言、三言の会話してたほんの僅かなこの間に何があったの?!?! ……顔を真っ赤に染めた大天使ちゃんが、かっ、神永さんに手を引かれて……いる……ッ!!!! 「かっ、神永さん! あの! 手! 手!」 神永さんはの必死の主張などどこ吹く風、のんびりと「んー? あ、ちゃん、あのブランドかわいいよ。ああいうの好きじゃない? 似合うと思うんだけど」などと言いながら、通りかかるお店のディスプレイをチェックして、あれやこれやとウィンドウショッピングを一人楽しんでいる……。いや、見るものすべて女性ものっていうところに、神永さんの彼氏力の一端伺えるなぁと思うんだけどさ!! だからついうっかりも「え、あ、かわいい……」とか反応しちゃう素直でかわいい……。――が、ハッとしたらしく、ぐいっと神永さんの手を引いてその場に足を止めた。 「〜っじゃなくて! 手! なんで繋ぐの〜!」 「……離してほしい?」 「離してほしいっ!」 すると神永さんは意地悪な顔をして一言。 「じゃあ“お願い”してくれないと」 「え?」 「今日一日、なんでも俺にお願いするって約束だから。思いついたらなんでも“言わなきゃダメ”って言ったでしょ。ちゃんが“お願い”してくれるなら、もちろん離すよ」 お、おっと……? これは……? 甘やかしの天才である神永さんの隠し球、甘やかしが余計に光るいわゆる飴と鞭戦法の“Sっ気”チラリズム……???? はまったく意味が分からない! という混乱した様子で、「え、だから離してほしいって言ったじゃないですか!」と神永さんの手をぎゅうぎゅう握りながら、上下にぶんぶん振っている……うちの秘蔵っ子のキュートさが青天井ヤバイ……。 くぅッ……! と目頭を押さえる私の耳に、「んー……やだ」とかいう神永さんの声が届いたので、えっ、この全力キュートになんの問題が???? とガン飛ばしてしまった。 「?! なんで?!」 今にも泣き出してしまうんじゃないかというほどにふるふるしているの声に、神永さんはにこりと笑って「ちゃんの“お願い”が足りないから。ちゃんと“お願い”して」などとのたまう…………ハァ???? 舐めてんのか???? かわいそうに、ちゃんは戸惑いMAXの表情である。 「ちゃ、ちゃんとってなに……わかんない……。え、え、……かっ、かみながさん、」 「ん?」 神永さんは上機嫌といった雰囲気で、にこにこにこにこを見つめている。 「あの、あの、」 「うん」 困りに困っているの潤んだ瞳をじっと見つめながら、神永さんはあからさまにその様子を楽しんでいる。数秒ののち、が折れた。 「……っいじわる〜! もういいっ!」 「あはは、うん、そうかも。だって俺はこのままがいい。……どうしても嫌?」 きゅっと優しく、繋がれている手に力が込められたのが分かった。……くそッ、捨てられた子犬みたいな顔しやがって……それは王道のギャップ萌えだからやめろと私は以前言ったはずだぞ……ッ?!?! ――と思ったが、神永さんは今、を本気で落としにかかってるわけなので、使えるモンは全部使うか……と遠い目……。 「……もういいですっこのままで!」 何かを振り切るかのようにそう言ったを、神永さんは微笑ましそうに笑うと「顔真っ赤」とその頬をつんと指先でつついた。はますます顔を真っ赤に染め上げて、「〜っ神永さん! あんまりからかうと怒りますよ?!」とぷんぷんしているけれどももうただの天使だからなんのダメージでもないどころかむしろご褒美なんです……。まぁそれでも引き際はきちんと心得ているようで、神永さんはそれ以上突っ込むことはせず、いつも通りの優しい安定の彼氏力を見せた。 「分かった分かった、ごめん、俺が悪かったって。じゃあランチはちゃんが好きなもの、選んでいいよ。許してくれる?」 「ゆっ……許す……」 「よかった。じゃあとりあえず目的地をレストランのフロアにして、何があるか見ながらぶらぶら行こっか。ちなみに、これが食べたいとか、何系がいいとかある?」 「んー……」 視線を上向けて小さく唸るに、神永さんがそっと囁いた。 「今度こそ“なんでも”聞くよ」 ……なんなのそれ……。 「あっ、掘り返すとまた怒りますよっ?」 「あはは」 なるほど……なるほどね……。私は襲いくるめまいに耐え忍びつつ、田崎さんの背中を軽く叩いてしまった……いや、じゃないと無理……。つまりですね……? 「……カップルじゃん……紛うことなきカップルじゃん……しかしさすがカンスト……いつの間にか手を繋いでると思ったら何アレ……さもに自分で選ばせたかのように丸め込んで……これで今日一日ずっと手を繋いでても、は自分で選んだんだからって思って違和感とかないよね…………カンストなんなのヤバくないですか田崎さん?!?!」 こういうこと!! こういうことが言いたいのッ!!!! なんなの場数踏んでるだけあって臨機応変な対応に強いからああいう凡人じゃ到底できない、チャレンジすらも無理っていう技をあんなにも容易く……ッ!!!! ああ゛ァあア……と、もう地面近いわ……と膝を震わせる私だったが、田崎さんの「ふふ、随分と巧妙なやり口だね。俺はあんまり好ましくは思えないけど」というセリフを聞いたら一瞬で冷静になれた。 「……アンタら二人しておんなじようなことを…………機関生のアレね、うん、オッケー。ああ、ちょっと取り乱しちゃったけど、大丈夫、ちゃんと見届けないとね! ……さて……。まず最初に言っておきたいのは…………ホントすっごくスムーズにサラッと“カップルの”デートに持ち込みましたね神永さん?!?! ……ええと、とりあえずランチか……」 色々なお店のウィンドウディスプレイをチラチラ確認しつつ、二人はのんびりとレストランフロアへとやってきたわけだが。 「……ん、んん……」 「どことどこで迷ってるの?」 おいしいもの大好きなちゃん、こんなに広いフロアいっぱいに多種多様なお店あったら迷っちゃうよね……? んン゛んッ、かわいいかよ……。大きな案内ボードをじぃっと見つめながら、なんとかお店を絞れたらしいが、スッとボードを指差す。 「あ、えっと……んん、このイタリアンのお店か、えっと、」 そこで言い淀んだところ、神永さんがすかさず「ここのカフェじゃないの?」と優しい声で尋ねるのでビックリした(私が)。もちろんも「えっ?!」と目を丸くしているが、神永さんはさも当たり前というように「あはは、当たり? カフェご飯って女の子好きだよなぁ。じゃ、見に行ってみよっか」と言っての手を引いて歩き出した。慌ててついていきながら、が焦った声を出す。 「えっ、でも、」 「ん?」 「……神永さん、足りなくありませんか?」 その言葉に神永さんはピタリと足を止めて振り返ると、変に真面目な顔をして神妙そうに言った。 「大食いに見える?」 がしまった! という顔をするので、素直だなぁと微笑ましい(私と田崎さんが)。 「あっ、いえ、そういうわけじゃないんですけど、男の人からすれば、あんまり食べごたえないんじゃないかなって、」 ちらちらと神永さんの反応を伺いながら言うに、神永さんはやっぱり神妙な調子で「ちょっと足りないかなぁってくらいがちょうどいいんだよ。そしたら、後でおやつも食べれるでしょ? あ、これって大食いってことになるか……?」なんて言うので――。 「ふふ、じゃあここがいいです」 が素直に神永さんに甘えるかたちになって全私の魂が最高ッ! 最高ッ!! と雄叫びを上げている……ッ!!!! 「うん。どんなメニューあるかなぁ。ちゃんが気に入るの、あるといいけど」 神永さんがそう言ったと同時に、も「神永さんが気に入るの、あるといいんですけど」とか笑顔を見せるので、顔を見合わせて二人がご機嫌にお店を目指す後ろ姿に私は思わず呟いてしまった……。 「……最高……」 カフェご飯ということで、お店の外観はもちろん内装もすっごく小洒落てるし……周りを見てみると見事に女子、女子、女子である。そんな中で(忘れがちだけど)なかなかお目にかかれないだろうイケメンと、超絶かわいいエンジェルという二人組がご来店となれば注目の的にもなろう……(拝み)。しかしそんな視線などもろともせず、神永さんは慣れた様子でオーダー……さすが……踏んできた場数……。 「ハーブチキンと彩りマッシュポテトのパンケーキと、アボカドとサーモンのパンケーキ。んー、あとフルーツサラダ。ちゃん、飲み物は?」 「アイスティーをストレートで」 「じゃあ俺はアイスコーヒーにしようかな。ん、以上で」 ウェイターさんがメニューを下げたあと、神永さんは楽しそうな笑顔を浮かべて切り出した。 「――さて、食べたらどこ見よっか。ちゃん、なんか欲しいものあるんじゃないの?」 「え、な、なんで分かるんですかっ?」 「だって誘ったら、迷いはしたけどココがいいって言ったじゃん。買い物が目当てでしょ」 小さく笑う神永さんに恥ずかしそうに眉を下げつつ、は言葉を選んでいますという感じに少しずつ続けていく。 「う、それもそうですよね……うう、どこか遊べるところがいいなって思ったんですけど……神永さんセンス良いから、お洋服とか、一緒に見てほしくて……」 「それは嬉しい。だからその靴、履いてきてくれたんだ?」 ……いつぞや聞いたけど、一緒に帰ってた頃に神永さんが選んであげたというパンプスね……。あえて触れないようにしてたけど……そうよね……神永さんにしたら攻めるポイントになるものねオッケー……。が表情を変えたのが何よりの証拠、効果は絶大……。 「えっ?! あっ、いえっ、」 「違うの?」 「……ちっ、がく、ない、です……」 「あはは、だよね。じゃあその靴に合う服、探そっか」 ご機嫌な神永さんに、ムッとした表情でが「神永さん、今日意地悪ですよ!」と詰め寄る。すると神永さんが、なんとも甘い色の目をしながら、とびっきり優しい声で「……優しくしてほしい?」との顔を覗き込んだ。 「優しくしてほしいです! ……いつも優しいのに、」 …………。 「……じゃあ、優しく、する、」 ……神永さんは口元を手で覆って、すぐさまから距離を取った……。 「ッアー! 自分から仕掛けといて何萌えてんの神永さんでも分かる〜ッ!! なんなのあの意地悪に拗ねちゃってる顔!! 甘えんぼさんかよ〜ッ!! 甘えんぼさんなのかよ〜ッ!!!!」 控えめに、しかし確実にテーブルをバンバンする私には一切触れず、田崎さんは困ったように眉を寄せると、小さく溜め息を吐いた。 「よわったな、あんなかわいい顔されると。いつもはそんな素振り見せないのに……きみが言うように、さんて神永には甘えてみせるから。その点においては俺は負けかな、あはは」 まぁそんな弱気な発言してきたところでこの人、神(真顔)。 「……そんなこと言って余裕アリアリって顔ですよそれ……」 「ふふ、そうかな? 自分では分からないね」 「コワイ……“理想の王子様”コワイ……」 まったく、田崎さんのデートの時の神永さんにしろ、この神永さんのデートでの田崎さんにしろ、お互いに何も譲るところ――いや、認めるところ……? 一切ないあたりが容赦ねえな……。 さてさて、楽しくランチを終えた二人は、相談していた通りにのお洋服を見て回っている。レストランフロアへ向かいがてら、いくつかお店をチェックしていたので、の好みに合ったお店をスムーズに回れているわけだったのですが……。なかなかコレ! とビビッとくるお洋服に出会えないようで、あっちへこっちへとぐるぐるしている。このお店で8軒目である。 しっかし、それに黙って付き合うどころか、に頼まれた通りにきちんとアドバイスしたり、適度に休憩を挟んだりと神永さんの彼氏力マジでパねえ(迫真)。世の中の男共は真面目に神永さんに弟子入りしたらいいんじゃないかと思ってきた……。 ――とかなんとか考えていたのですが……さっきからが試着室から出てこない。ついでに言うと、カーテンの隙間からちょこっとだけ顔を出して、「神永さんっ、やっぱりこれ、わたしじゃ似合わないと思うんですけど、あの、」とはらはらした顔をしているので何事……? の表情を間近でハッキリ見ているというのに、神永さんはまったく動じた様子はない。それどころか非常に堂々としていて、今があのカーテンの向こうで着ているお洋服のプレゼン始めるからビックリである。 「いつもの感じも好きだし似合ってるけど……たまにはこういうのもいいかなって。キレイめのセットアップだけど、どこかハズせばカジュアルにも使えるし、トップスとスカート別にも使えるから着回しも利くでしょ? ……それに何より色っぽい。というわけで俺のイチオシはそれ。ほら、見せて」 ……キレイめセットアップ〜ッ?!?! 何それ究極にヤバイ〜〜〜〜ッ!!!! 見たい見たい見たすぎッ!!!! お願いちゃん見せてお願い……と合掌しつつ祈っていると、カーテンが静かに引かれて――ンあ゛ァああァ……控えめに言っても大天使……控えめに言っても大天使……(血涙)。 神永さんはを見て、優しい笑顔を浮かべて――それからすぐ、いたずらっぽい表情で「似合ってるよ、ホント。――そのまま連れて帰ってもいい?」との腕を引いた。 「〜っだめ! もうっ、着替える!」 神永さんの手を振り払うと、はシャッと勢いよくカーテンを閉めて閉じこもってしまった。……あぁ……私の大天使……。 カーテンの外で腕を組みながら、神永さんが難しい顔をする。 「んー、じゃあもうちょっと他も見てみよっか。正直ちゃんなんでも似合うし、靴との相性見るだけだからなぁ……アレもコレもって、かえって選ぶの難しい」 すると、カーテンの向こう側から「……もういいのっ!」という声が。 「ん?」 「〜っこれに決めたから、もういいのっ!」 神永さんは小さく笑って、「……じゃ、着替えなくていいよ」と言いながら、黙って店員さんを手招きした。 「え?」 「せっかくだから、それ着たままデートしよ。……俺が選んだので、隣歩いてほしい」 「えっ、いやっ、えっ、あ、じゃあお店の人、誰か呼んでください!」 「うん、ちょっと待ってて」 ……と会話をしながら、店員さんとはジェスチャーだけで完璧に意思の疎通……そしてサラッとお会計……。 「……パンプスの時は気を使わせちゃうから会計はしなかったって言ってたのに……今日は買ってあげちゃうのねヤバイぞガチの……ガチの、カップルの! デートじゃん……っていうか会計まではみんなが想像できるところだけど……何アレ……」 ネイビーの薄手のニットアップは――神永さんが選んだだけある……。私はのキレイめお嬢さんスタイル大好きだけど、その“お嬢さん”という部分を引いてみると、こんなに上品な艶やかさが出るだなんて……ッ! イイッ!! めっっっっちゃイイッ!!!! いや、お洋服についてはそう、それでいいんだけど、私が言いたいのはそこじゃない。 を上から下までじっくりと見つめて、神永さんは満足そうに頷きながら「ん、かわいい」と笑顔を浮かべた。はというと、なんでお会計済んじゃってたのか全然分かんないけど、とにかく神永さんに……! という感じだろう。必死に「神永さんっ、お会計! わたしっ――」と神永さんの腕を一生懸命引いているが――。 「……ちゃん、そこ、座って」 神永さんはそう言って、各フロアに休憩用として置かれているソファまでを誘導した。何がなんだか? という表情ではあるものの、「え? なんですか急に……?」と大人しく従ったの前に、神永さんが膝をついた。 「かかかっ神永さんっ?!」 慌てふためくに、神永さんは甘く掠れた声で「危ないから動かないで」と言いながら、そっと身を乗り出して近づいていく。その気配を感じて震え出したが「んんっ、だ、だって、」と小さく呟きながら、きつく目を閉じた……。 「――はい、終わり」 「え……。あ、あの、」 「せっかくだから、全部俺好みにしちゃおうと思って。……うん、やっぱりかわいい。あ、『お会計!』とか『いらない!』とか言うなら、ちゃんと“お願い”すること。そしたら聞いてあげるよ」 の耳には、中央にパールが揺れているフープピアスがきらきらと光っている……。いや、お洋服のお会計についてはね? 分かるところでしょ?? でもね? 全部俺好みにしちゃおうとか言ってアクセサリーもサラッと用意とかさ?? できる???? 「……ばかぁ……っ!」 「あはは、うん、そうかもね。こんなにかわいい子と一緒にいられるなら、男なんてみんな――俺は、バカにでもなれちゃうよ」 「……うぅ、こんなつもりじゃなかったのに……。……あ、ありがとう、ございます……」 顔を覆っているちゃんですが……隠せてないよ……かわいいお耳も真っ赤だよ……。……何コレもううわァ〜ッ! うわァ〜〜ッ!! と思う私には「じゃあまたデートしてよ。そしたら俺的にはプラマイゼロになるんだけど」とかいうセリフになんやかんやと言うことはない……アンタはガチのカンストだよ、神永さん……。 「でっ、デートではないですけど……それじゃあ、また、」 「うん、それでいいよ。……よし、じゃあ次は何しよっか」 「んん、次は神永さんが決めてください!」 「んー、じゃあ――」 しっかりと手を繋いでいる、楽しげな二つの背中が遠ざかっていくのを見送りながら――。 「……ダメだ、もう、彼氏力がガチすぎて、“仲の良い男女が二人で遊ぶ”っていう意味のデートが”カップルが遊ぶ”っていう意味のデートにしか見えない、最高すぎて逆に目が霞む、」 あまりのカレカノっぷりに胸が苦しい……と深い溜め息を吐く私に、田崎さんがミネラルウォーターのペットボトルを差し出してくれた。遠慮なくゴクゴク飲みながら、田崎さんの「ふふ。定番から外れず、女の子が喜ぶところを確実に押さえにいったね、神永のやつ。……まぁ、悪くはないんじゃないかな」という冷静な分析を聞く。……いや、しかしヤバイ、もう、ヤバイ。何がヤバイってさ?? 「もうホント付き合ってるとしか思えないデートしてる神永さんヤバイしアレを見せつけられても余裕の感じ保ってる田崎さんもヤバイ……」 「あはは、褒め言葉として受け取っておくよ」 ……ちょっと……これ私めちゃくそ頑張んないと…………三好さんのターンとか永遠にこなくない…………?(震え声) |