とりあえず、にこにこと楽しそうなうちの子のこの表情、ただの天使だな????
前に行ったオムライス専門店で仲良くランチを摂りながら、私は最高の幸せに浸っている……(感涙)。

 「三好さんね、日頃のお礼にって誘ったのに、観る映画もその後の遅めのランチも、全部わたしが気になってたものに合わせてくれてね? お礼だからって何度も言ったのに、お会計まで……逆に気を使わせちゃったかなぁ……」

 が三好さんを映画に誘いたいと言い出したあの日、私の言った通り、はオフィスに戻ってすぐに三好さんに声をかけた。……あの時の三好さんの顔ったら……ホント、この世の幸福という幸福すべてを手に入れた……みたいな感じで、真面目に私泣きそうだった……。
 が声をかけてきたってだけで嬉しそうな顔して“大好きオーラ”輝いてたのに、映画の話をされてソッコー頷いてからの輝きはそれの比ではなかった……。つまり何が言いたいのかというと三好×最高だな?!?! ってことなんだけど、まぁそれだけじゃ満足しないわけなの……。今回は神永さんも田崎さんも予定があるとかで追跡できなかったので、ちゃんの口からお話ししてもらうしかないわけである。
 それに、三好さんと二人のことをずーっと観察し続け、時にはフォローなんかもしながらここまでやってきたわけだけど、の口から三好さんの話を(愚痴以外で)詳しく聞いたことはないわけである。それも含めてどこまで話を引き出せるかっていうのが重要なところなわけだがその前に一つ言いたい……。妄想してたまんまだ完全なる三好×最高。
 実を言うと週末このことで頭いっぱいで素晴らしい時間を過ごせたけど、でもだからこそ真実をありのままに――つまりお願いどうぞ続けてください……。

 「ン゛んッ、よかったね〜? 三好さん優しいじゃん〜! やっぱりのこと大事に想ってるんだよ! それで? は自分の気持ち、三好さんに伝えられた? いっぱい伝えられた?? ん????」

 ワクワクと浮かれた感情を抑えきれぬまま、若干上擦った声で早口に言う私に、はそっと俯いて――。

 「……う、」
 「…………“う”……?」

 ……ちょっと待ってちょっと待って“ううん”?! “ううん”?! ノー?! 否定?!
 あああこんなことなら私一人ででも追跡して、どうにかこうにか「……うん。ちゃんと、三好さんのこと、すごく尊敬してて、憧れてて、だから頑張りますって、ちゃんと言えた!」……?!?!

 「っよ、よ、よかったねえ〜?!?! それで? 三好さんなんだって? 喜んでたでしょ?? めっちゃくちゃ喜んでたでしょ?!」

 思わずテーブルの下でガッツポーズをキメてしまったのはしょうがないというか、これまでの流れからして当然と言わせていただきたい……。どうしよう、ただの最高、すごい、最高……。
 いつも大好き大好き〜っ! かわいい〜っ! って思ってるちゃんからそんなこと言われたんだから、三好さん嬉しかったに決まってるもんね?! ……はああ、しんどい、何この急展開、最高……とハンカチで目元を押さえる。……最高……。
 さて、それで? 三好さんはどういう反応したのかな?? との言葉を待つ。

 「う、うーん……なんていうか、」
 「なんていうか??」

 うん、うん、と先を促す私に、は困った顔をしてみせた。そして、「困らせちゃったかなって、思って、」とか言い出すので椅子から勢いよく立ち上がってしまった。

 「っな、なんで?! なんで?!?! なんでそう思ったの?! えっ三好さんとデー……んン゛! お、お出かけしてきたんでしょ?! 三好さんとだよね?!?!」

 なんで?! としか言いようがないなんで?! だってが、三好さんに、ものすごく好意的なアプローチしてきたんだよ?! 三好さんが喜ばないわけないし、は仕事において尊敬してますって言ったわけだけど、それなら三好さんの斜め上思考が働いてそのままそれじゃあお付き合い……ってなったっていい場面じゃない?! それなのになんで?!
 思ってもみなかった事態に混乱しつつ、なんとかに先を促すと、はより一層困った顔をした。それから眉間にきゅっと皺をよせて……だんだんと視線が下がっていくのでかわいそうで仕方ない。なんでなの。三好さんなんでなの。胸ぐら引っ掴んでガクガク揺さぶってやりたい。
 がゆっくりと口を開く。

 「……三好さん、最初はにこにこしてくれてたけど、なんか、『好きです』って言ったら、すごく困った顔されちゃって……。それまでは普通だったんだけど……余計だったかな……。ただの部下に急に、いつも精確でテキパキした仕事ぶり、すっごく『好きなんです』とか、ビックリするよね……。……うん、そうだよね……あー……やっちゃったぁ……」

 ……なるほど。

 「…………オッケー、は悪くない。むしろよくやったよ。今までのことを思えばものすごい進歩。つまりそれは三好さんが悪い」

 ホンッッッット三好さんて人はどこまでポンコツなの? エリートエリートした顔だけのバカ。バカすぎ。なんなの? ……はあ、呆れて溜め息しか出てこないわ。
 ……何ひよってんだよバカが片想いこじらせやがって……。そこで素直に自分の気持ち伝えないでいつ伝えんだよアンタ今までどんなシチュも台無しにしてきたんだからチャンスもチャンス、そこで“アクション”だろうがバカが人に『結果に繋がるアクションをお願いします』とか偉そうなこと言ってんなよバカが……。ホンット……必要ない無駄スキルは天上知らずに高いくせして必修スキルはもはや未習得とかね、コレは不器用とかいう表現しちゃダメ。真の不器用男子に失礼だわ。真の不器用男子は文字通り不器用なだけで磨けば光るから。同じ天秤に乗せちゃいけないやつ三好さんはマジで顔だけ。
 ……まぁ、どうせまた三好さんにしか理解できねえチンプンカンプンな思考回路がアレしてるんだよね、どうせ…………いや、考えてみようとしたところで考え方が分かんねえんだから考えが分かるわけねえ(迫真)。だからつまりは最大のチャンスを自ら手放した、これだけが真実。バカだから。ポンコツだから。
 ……せっかく、せっかくが多少なりとも三好さんへの感情をプラス方面へと変化させたっていうのにね?? もうこうなったら三好さんはどうやったってと付き合うとか無理じゃない?? これ以上は「えっ?! 違う違うっ、三好さんは悪いことなんか一つもしてないよ! ……そうだよ、今までのこと考えれば、わたし三好さんのことあんまり、っていうか……ほら、苦手っていうか……しっ、仕事についてはね、すごいなって思ってて尊敬してるしかっこいいって思って――」…………。

 「……っか、かっこいい……三好さんが“かっこいい”……んん゛ンッ、それで?」

 無理じゃなかった!!!! 無理じゃなかった!!!!
 の口から、まさか三好さんが“かっこいい”なんてそんな、そんな……(感涙)。……愚痴しか……愚痴しか言ってこなかったのに、“かっこいい”なんて……ッ!!!! ダメだ、これはとんでもない変化だ、ヤバイ、すごい喜んでいい変化だ……ッ!!!! ……っていうか、これはもしかしたら――。
 うるさい鼓動を落ち着かせるため、きつく拳を握りしめていると、が言った。

 「……だから、困らせちゃったなら、もうヘタに関わらないほうがいいよね……。面倒な部下って思われたくないし、わたしも三好さんのことばっか考えちゃうのどうにかしないと、仕事だって――」

 「ちょっと待って

 心臓痛い……心臓痛い……と思いながら、落ち込んだ声で「なに?」と返事するに、私は震えた声でこう言った。

 「…………好きなの?」

 私のこの言葉を聞くと、は勢いよく顔を上げて首を振った。それから、さっきまでのしゅんとした雰囲気はどこへやら、一生懸命になって「?!?! ちっ、違うよ!! 三好さんだよ?! 絶対ないっ!!!!」と否定するわけだが、続けて難しい顔をしながら「……えい子さんみたいな人と付き合ってたんだよ? 美人で優しくて、仕事もできて……何もかも完璧な人」とまたしゅんとしてみせるではないか。
 まぁ、また「っていうか三好さんだよ?! ないない! 絶対ない!!」と思い直したように否定し始めたわけだけど…………おや?

 「……まだ“誰”とは聞いてないけど?」

 いや、話の流れからして三好さんの他いないんだけど、ちょっとしたパニック状態の今なら本音を引き出せると踏んだ私は、ごめんねごめんねちゃん……と思いながらそう言ったのですが、ちゃんは素直なので見事に――。

 「っえ?! あっ! えっ、ちがっ! ちがう!! 三好さん? ないよ! 尊敬してるし憧れの上司だよ? かっこいいとは思ってるけど、でもそれは恋愛とは関係なくて仕事での話っ!! ねえ聞いてるっ?! 違うからね?! ねえっ!」

 ……そうか……なるほど……そうか…………。

 「うんうん、分かった分かった、分かったよちゃん……」




 こんなにめでたいことが他にあろうか……? 私はもちろん、緊急招集をかけた。

 「――というわけで……三好×が破竹の勢いで進展……ついに……ついに……ッ!!」

 その幸福を噛み締めながら、途切れ途切れではあるもののなんとか事を二人に――ここまで苦楽を共にしてきた三好×同盟のメンバーである神永さん、田崎さんに伝えたわけだが、次の瞬間には鈍器でブン殴られ更には電気ショックでも食らわされたんではないかという衝撃に見舞われた。

 「あぁそうだ、明日ちゃんとデートの約束があるんだが、いつも通り追跡してくれて構わないぞ」

 神永さんはサラッと、なんてことないようにそう言って煙草の煙を吐き出した。
 私は呆けて「……は?」としか言えず――というか、え? どういう……? 今この人なんて??
 しかし、私への攻撃はこれ一回きりではなかった。
 今日も今日とて王子様、完璧な立ち姿でその黒髪を風に遊ばせていた田崎さんが肩を揺らして笑うので、この時点でもうヤバイなって思ったのは残念なことに的中してしまった。

 「あはは、こうなってくると、さすがに笑って見ていられないからな。……悪いけど、俺は今晩食事の約束だ。もちろん、見に来てくれていいよ」

 ……いや、ワケ分からんからね????
 私は額を押さえながら、体を震わせて、震えた声で、なんとか言葉を絞り出した。

 「ちょっと待ってちょっと待って待とう?? 今三好×の話してんですけど????」

 神永さんは当然だとでも言いたげな顔をして肩を竦めた。

 「だからこそ今言ったんじゃないか。……このまま易々と三好に譲ってやる気はないんでね。それにちゃんがあれだけ懐いてるとなると、波多野のほうもどうにかしなくちゃいけないし、のんびりはしていられない」

 続けて田崎さんも、にこにこしながら「さん、今だって波多野と一緒なんだろう? 三好の反応から考えられる言動にはもちろん注意しなくちゃいけないけど、波多野については合鍵まで持ってる。……となると、さすがにね。……そろそろ俺も、月9の王道に乗っていかないと」とか言うのでいよいよ冷や汗が止まらなくなってきたわけだがそうかなるほど、だから今回の追跡は二人共が断ってきたわけねオッケー納得……。

 「二人して自由かよッ!! ……いや……そうですよね……ですよね…………っあ〜! いつかはこうなる日がくるとは思ってたけど〜! けど〜〜ッ!!!!」

 煙草を灰皿に投げ入れて、神永さんはニッと笑った。

 「きみには悪いが、そういうことだ。言っておくが手は抜かないぞ。……まぁ、三好がその様子じゃ――いや、なんでもない。とにかく、きみが俺たちを呼ぶようなら応えはするが……あとは察してくれ」

 もう頭を抱えた私の頭上で、おもしろげな田崎さんの声が「ふふ、それで、今晩はどうするのかな?」と降ってくる。
 私はゆっくりと顔を上げて、田崎さん、それから神永さんの顔を見る。……機関生らしい顔しやがって……。

 「……二人がそのつもりならしょうがないもんはしょうがない…………ので今晩は神永さんと遠慮なく追跡させてもらいますね、田崎さん」

 緊張して強張っている私だが、田崎さんはゆったりとした口調で「もちろん、大歓迎だよ」と言いながら煙草に火をつけた。……この人やっぱすげえとしか言えないさすが神……。いや、神っていう自信じゃないよね、これは。

 「……さすがに“理想の王子様”は余裕がおありになりますね……というわけで、今晩は予定空けといてくださいよ神永さん」

 ちらりと見た神永さんの顔はなんともないように見えた。

 「分かってるよ」

 ただ、その目はまったく“なんともない”なんてことはなく、この先どうなるんだ……頭痛が痛い……と私は重苦しい溜め息を吐くしかなかった……。





 「――あ、田崎さん。お疲れさまです」

 田崎さんに気づくと、はどこか嬉しそうに笑った。
 ……んんっ、恋愛感情うんぬんは抜きにして、田崎さんっていうのはの“理想の王子様”なわけだから……そりゃ思わずあんなかわいい顔しちゃうわな……とキュートな笑顔にほっこり温かい気持ちになりながら、「さんもお疲れ様」とこちらも笑顔を浮かべている田崎さんを見る。さて、田崎さんはをどこに連れて「……ふふ、嬉しいな」……ん?

 「え?」

 私も思わず「え」と呟きながら、隣で白けた目をしている神永さんを見る。視線がかち合うと、溜め息と一緒に肩を竦めて、それから二人へ視線を戻せと言うように顎を動かした。それに素直に従うと、不思議そうな顔をしているを優しく見つめながら、田崎さんが甘い声で言った。

 「昨日突然誘ったりしたから、いい返事をもらえるか心配してたんだけど……これで二度目の――いや、やっと前のデートの続きができる」

 んっ?! とまた神永さんを見ると、やっぱり白けた目をしていて、その視線は二人に……というか田崎さんに一心に注がれている。
 う、ウン……なるほど……大体のことは予想できてきたぞ……。
 早速震える私の耳に、心底びっくりという感じのの声が届く。

 「っえ?! あれっ?! みんな一緒って……えっ?!」

 なんかもうここまでくると怖いな……田崎さんホントやばい……と思いつつ、しっかり二人の様子を観察しなければならないので、ゆっくりとキラキラ眩しい街の光を背に立っている田崎さんを見る。……この人は何しても絵になるって知ってるけど、こういう、いかにも〜っていう舞台が用意されていれば尚更“王子様”としか言いようがない……。
 そして立ち姿だけで完璧だっていうのに、加えてこのセリフ。

 「ごめんね。どうしても……どうしても、きみとのデートの続き、したかったんだ。あの時は悪いことしちゃったし……ずっと待ってたんだ。また、二人で会えるのを。でもなかなかそういう機会もなかったから」

 ッア、ッア〜! 月9〜ッ! 月曜9時枠〜ッ!!!!
 ありがち、知ってる、って思ってしまうんだけども……様になるから困るッ!!!! その辺の男がやったってなんとも思わない……それどころか『なんだよこの“こんなこと言える俺かっこいい〜〜”っていうナルシスト……』って思うし、ヘタすりゃ『キモい』の一言で終わらせるとこなんだけど、田崎さんとなるとッ! 田崎さんとなるとねッ?!
 がただただ戸惑って「あ、えっと、そうですね……んん、」と言葉を詰まらせるのも仕方ない……。
 田崎さんといえば“理想の王子様”……そんな相手に『二人で会えるのをずっと待ってた』なんて言われちゃ、こんなだまし討ちのような真似されたってね……ヒドイ! サイテー! うそつき! ……みたいな感情抱けないわ……。神って思いつくことが人間の予想を超越してるっていうか……凡人ではとてもじゃないけどできないことをサラッとやってのけるのね……絶対断れないでしょこんなのホントこわい……と震えているところへ、さらなる……いや、もうコレはだめ押しだ……。
 田崎さんは困ったような、寂しそうな表情を浮かべると、なんと言い表せばしっくりくるんだか分からない調子で静かに言葉を紡いでいった。

 「……さんが嫌だって言うなら、きみが誘いたかった人を呼んでもいいんだけど……もう、予約しちゃってるんだ。さんと二人で行きたかったところ。……ね、俺と二人じゃ嫌かな?」

 苦笑交じりに言って首を傾げる田崎さんに、は慌てて「えっ?! えっ、あ、いえ!」と否定すると……悩むような沈黙をたっぷりと取った後、恐る恐るといった調子で「……わたしと二人でいいんですか……?」と震えた声音で呟いた。
 それを受けて田崎さんはにこりと微笑んでみせると、「言っただろう? きみと二人で行きたかったところを予約したって」と言っての目を覗き込む。
 は真っ赤な顔をしてその視線から逃れると、なんとか絞り出したという感じに「……それじゃあ、よろしく、お願いします、」と頷いた。
 田崎さんは「ふふ」と柔らかい笑い声を零した後、「よかった。……はい、手を出して」と言いながら、自分の手をに差し出す。
 どういうことだか分かったらしいは、慌てて「?! えっ、あのっ、た、田崎さんっ!」と左右を、それから背後までも振り返ってソワソワとし始める。……ウン、その反応、間違ってないと思う……。
 田崎さんはにこやかに言った。

 「あの日の続きなんだから、きみは今から俺の恋人だよ、

 はまた、かぁっと顔を真っ赤にして「〜った、田崎さん! ここっ、会社、近いですし!」と言いながら、やっぱり左右、背後、何度も何度も振り返って確認を繰り返す。
 その様子をおかしそうに笑って見つめながら――うん、田崎さんには断られたらどうしようというような動揺とか、ここは譲るべきだとかっていう考えはちっともないんだな! の言いたいことなんてもちろん分かっているくせに「何か問題あるかな?」なんて言うのでホントこの人……と額を押さえるしかない。

 「ご、誤解されちゃいますよ!!」

 悲痛なの主張――つまり手なんて繋げません! という精一杯のお断りの言葉ですら、田崎さんは痛くも痒くも……というよりそれすら楽しんでいるようにくすくすと笑って、の頬に手の甲をするりと滑らせると、どこか悪戯な、それでいて色っぽい声音で赤い耳元にそっと囁くように言った。

 「誤解? ……あぁ、俺は構わないけど。きみが恋人だなんて、みんなに自慢して回れる。ふふ。……は、相手が俺じゃ不服かな?」

 はもう見えるところ全部を真っ赤に染め上げて、「いえっ、め、滅相もないです! ないですけど!!」と言いながら、ぎゅっと目を閉じてしまった……。
 その様子を見て田崎さんはやっぱり楽しげに笑うと、ゆったりとした動作であるくせに、の手をしっかりと絡め取ってしまった。

「それじゃあ構わないじゃないか。さ、行こうか」


 ……とりあえず、とりあえず……まだ本番である食事は始まってすらいないわけだが、待ち合わせの時点で私が感じたこと、思ったことをまずまとめようと思いますね……。

 「ヤバイ何アレ田崎さんヤバイ月9すぎる……っていうか食事の約束って言ってたけど、私たちも一緒っていうふうに誘ってたのね何それ巧妙ヤバイ……そしてちゃんはやっぱりトキメキMAX天使顔……ちょうヒロイン……超絶ヒロインどうしようカメラ……一眼が今手元にないのが非常に辛い……つまりめっちゃ最高ヤバイですね神永さん……田崎さんスマートすぎさすが手練れの色男だ……」

 隙がなさすぎる……そして相変わらずドラマみたい……というわけで目頭を押さえる私を横目に、神永さんはおもしろくないという顔で煙草に火をつけると、「……ああいうやり口、俺は気に入らないね。断るに断れないだろ、あれじゃ」と言って小さく舌打ちをした。
 ほう? と思った私は面白半分に「カンストは真正面からいくんですか」と若干ニヤニヤしながら言うと、神永さんは何をバカな、とでも言うように鼻で笑った後、自信満々に答えた。

 「当たり前だろ。それで断られたこともないんでね」

 …………。

 「ウワァさすがカンスト言うことが違う……ってアッ、行っちゃいますよッ! 月曜9時枠のデートが現実に存在するのか……こっからが本番ですッ!!!!」




 辿り着いたお店を前にして、私はぶるぶると震えながら口元を覆った……。この場に崩れ落ちずにいるのを褒めてほしいだってこんな……こんな……こんな最高の演出ある……?

 「……っえ、こ、ここ……」

 目を丸くして、ぱしぱしとまばたきを繰り返すに、田崎さんが「……気に入らなかったかな?」と困り顔で笑ってみせる。

 「いっ、いえっ、そうじゃなくて……」
 「が好きかと思って。こういうところ。水族館、楽しそうにしてたから」
 「あ……」

 ……そうですよね?!?! ですよねそうだよねだからこんな……こんなお店を……ッ!!!! 田崎さんはどんなシャレオツなお店連れてくのかな〜? もちろん月曜9時枠だよね〜とか思ってたけど、思ってたけど……ッ!!!!
 静かな通りに入って、そのまま地下へ――着いた先はもう、シャレオツとかなんとかっていうレベルじゃなかった。
 田崎さんが恭しくスマートに扉を開けると、一面透き通ったブルー。
 光を受けてきらきらしている大理石の床は、青く幻想的に揺らめいていて――左右のずっと奥まで続いていそうな、まるで本当に海の中であるかのように思わせる大きな水槽には、ブルー一面のこの世界に色を加える珊瑚、ゆったりと泳ぐたくさんの魚たち。……そして絶妙な加減のこのライティング……。
 ……田崎さんヤバイ、こんな、こんな演出ない……こんなオシャンな演出ズルイ……。
 私がキュンキュンしてどうするって話だけど、少女マンガすぎてヤバイ。やっぱ田崎さんて王道中の王道……みんなが通ってきた道に必ずいた“王子様”……。
 それにこの人の場合、何もかも分かってるからホント、ホント隙がないんだ……。
 田崎さんはそっとの頬に触れると、囁くように言った。

 「本当は……せっかくあの日の続きなんだから、思い出してほしくて」
 「え?」
 「俺がきみを口説いてたこと」
 「?! はいっ?!」

 ッアー!!!! と神永さんの背中をバシバシしながら、なんとか色々なものを堪えるのに忙しい……。
 顔を真っ赤にしているに、田崎さんは肩を揺らして笑う。

 「あはは、やっぱり忘れちゃってたんだね。うん、それなら尚更、ここにしてよかったな」

 はじぃっと水槽を見つめながら、小さく溜め息を吐いた。
 ……もうこれ完璧すぎるもんね、思わず溜め息もこぼれるわこんな……ドラマの中でしか起こらない事態って思うもんね、分かる……。でもちゃんは超絶ヒロインなのでこれは現実なのよと言ってあげたい。だってもう引き込まれちゃってるもん…………分かる……。
 そんなの様子を見て、どういう心境でいるのか絶対分かってるくせに爽やか好青年の困り顔で「……やっぱり、気に入らなかった?」とか言うあたりホント田崎さん王子様なのに策士すぎて…………完璧。自分の武器、そしてその使用法を熟知している手練れはさすがに強いとしか言いようがない。
 は慌てて「いえっ! そうじゃなくて!」と言ったが、やっぱり雰囲気にあてられた表情で「……すごく、きれいで……」と言葉を詰まらせた。
 すると田崎さんが一歩、に近づいて――そっと顔を近づける。

 「……きみの目には、どう映ってるのかな。俺はそっちのほうが見てみたい」

 もう唇が触れてしまうんじゃないかというほどに近づいていく距離に、が顔を真っ赤にしながら「えっ?! あっ、た、たた、田崎さ……!」と声を震わせ、いよいよ目をきつく閉じた……。

 「ふふ、冗談だよ。……本当にキスされると思った?」

 「〜っもう!」

 「ごめんね、つい。あんまりかわいい顔するから、ちょっと意地悪したくなっちゃって。怒らないで」

 …………アンタって人は田崎さん〜〜ッ!!(歓喜)
 ただの月9じゃんて何度言えばいいの……? ホントにキスするかと思った〜ッ! でもしない〜ッ! よくあるやつ〜ッ! でも現実ではカッコつかないやつ〜ッ! でも田崎さんがやるとフィクションのようなトキメキしか生まれないやつ〜ッ!!!!
 そういうわけなので、が「おっ、怒ってるんじゃなくて……っ!」と言いながらもその後の言葉を続けられないのは仕方のないお話です……ただでさえ“理想の王子様”だっていうのに……。
 田崎さんが優しい目をしながらも、「『じゃなくて』?」なんて意地悪を言うので、はますます顔を真っ赤にした最高。

 「〜っやっぱりいいです!」
 「あはは、うん、意地悪はもうやめるよ。さ、席につこうか」
 「あっ、は、はい!」


 ここまでの流れを総合してみて、私はぎゅっと目をつぶり、それからたっぷりと考えた…………結果。

 「…………何アレ……何あれアレ何?? なんなの???? 月9? 私月9の世界に迷い込んだの????」

 「現実だ、現実。ったく、マジに前のデートの続きだな。……これはちゃんのあの顔も仕方ない」

 神永さんはどういう心境でいるんだか、正直分からないが……まぁ呆れたような、つまらなそうな顔をしてそう言った。神永さんみたいな生粋の遊び人がこういう現実味のあるフッツーの反応すると、逆にこの月9デートが現実に存在してるんだっていう実感湧いてきてヤバイ……。つまり。

 「ですよね現実ですよね最高生きててよかった……っていうか田崎さんてホントやばい。ヤバイとしか言えない自分の語彙力のなさに絶望感じるけど他になんて言えばいいか分かんないほどにヤバイ……。からトキメキMAX天使顔を引き出す人ってなると、やっぱり田崎さんだな……ホントめっちゃときめいちゃってるあの顔……でも分かる、しょうがない、月9だもん、しょうがない……」

 ――と、私がこの画面の向こう側でしかありえないような現実に対してしみじみ萌えるのは仕方がないことと言えよう……王道中の王道ってホント……それが現実に起きるとは思ってないから“ありきたり”だなんて偉そうなこと言えるだけで、実際にそれが起こってしまえばただの最高なんだなって思います……(拝み)。


 さてさて、終始楽しげに……いや、トキメキMAX天使顔を披露しまくったと、それを引き出しまくった田崎さんの二人は、食事が落ち着いてからバーカウンターに移動した。
 あまり近づきすぎてもな……と思ったのだが、田崎さんは我々のことを承知しているわけだから、にだけバレないよう気をつければいいだけの話である。――というわけで、大胆にもが座っているところからほんの少しだけ空けたところへ腰を落ち着かせた。の肩越しに田崎さんと目が合うと、薄く微笑まれたのでドキッとしました……。

 「ここはカクテルの数が多いみたいだから、色々試してみるのもいいと思うよ」

 そう言って爽やかな笑顔を浮かべる田崎さんに、私は思わず「ほう」とか呟きそうになったがなんとか堪えた。バレたらアカン(迫真)。
 しかし、なるほどそうか、ふむふむ、と私は頷く。
 食事の最中には軽くワインだけ飲んでた二人だけど……なるほど、田崎さんはこういうわけでにあんまりアルコール勧めなかったのね……さすが真のエリート……デキる……。色んなカクテル試せるってなったら楽しいもんね……。いつも決まったものしか飲まないし。……現に見てよあののキラキラした瞳…………尊すぎか????

 「んんっ、こういうところで頼むようなカクテルって、よく分からないです……。これがおいしいっていうの、ありますか?」

 田崎さんはの言葉を聞いて、とても微笑ましそうに笑った。

 「あはは、そればっかりは人の好みによると思うけど」

 それから少し考えるような素振りを見せた後、「……そうだな、じゃあせっかくだから――彼女にブルー・ラグーンをロングで。俺はウィスキーのロックを」とバーテンのお兄さんに注文する。
 は「わあ、名前が素敵ですね。ここにぴったり」と純粋な瞳をキラキラと…………大天使……尊すぎて清らかな涙が流れる……。
 田崎さんはどこか意味ありげな微笑みを浮かべながら、「ふふ、見たらびっくりするかもね」と言った。
 それから、しばし。バーテンのお兄さんがスッと、の目の前にグラスを置いた。……ったく田崎さんはデキる男だなッ?! と私は拳をきつく握りしめるしかなかったなんなのシャレオツ……ブルー・ラグーンただのシャレオツカクテル……。

 「……きれい、」

 の言う通り、ブルー・ラグーンはとてもきれいなカクテルだった。グラスを満たすそのブルーの鮮やかさと、飾りつけられたレモンにオレンジ、そしてチェリーが添える華やかさ……この場にふさわしすぎて……っていうか、コレを頼んだ田崎さんの演出力がね……??
 極めつけにこのセリフだから、私は百点としか言えない……。

 「どうかな? 度数もそう高くないし、飲みやすいと思うんだけど。……それに、きみの言う通りここにぴったりだろう? ふふ、ちょっとやりすぎかな」

 ……どう考えても百点、百点満点に月9、百点満点に王子様……。
 「そんなことないです! ほんとに素敵で、」と言って頬を染めるちゃんも百点満点にお姫様……。

 「それならよかった」

 そう言ってウィスキーを傾ける田崎さんが超ド級すぎて、これはホント月9で通じる……通じるわ……と思わずにはいられない私は、コソコソと「最早コワイ……田崎さんシャレオツすぎ……泣きそう……」と呟きながらハンカチで目元を覆った。
 それを見て神永さんは溜め息を吐いて、「ゴテゴテなことを……」と不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、続けて「だが、アイツがやるとなると……見れる形になるから厄介だな」と唇を歪めた。

 「神永さんがやったらゴテゴテすぎてチャラいだけですもんね」

 私の素直な言葉に、神永さんは思いっきり苦い顔で「ほっとけ」と吐き捨てた。


 田崎さんのリードで会話を楽しんでいた二人だったが、ちらりと腕時計を確認した田崎さんが「……そろそろいい時間だね」と呟いたところで、あぁ、もうそんな時間か、と私も腕時計を確認した。二十二時半、うん、そろそろいい時間と言っていい。

 「あ、はい、そうですね。……楽しくって、つい時計見るの忘れちゃってました……」

 恥ずかしそうに控えめな微笑みを浮かべつつ、の声はどこか名残惜しそうで…………んン゛月9……ッ! と私はめまいを覚えた……。
 そして田崎さんの次のセリフには、もうポカンとまでしたよね。そのセリフがこちら。

 「それは嬉しいな。……そうだ、最後に――シンデレラ」
 「え?」

 きょとんとしたの頬に、田崎さんがそっと触れた。

 「時間が過ぎていくのが辛いってことだよ。きみを、帰さなくちゃいけないから。……最後の一杯は“シンデレラ”。受け取ってくれる? ――

 「〜った、田崎さ、」

 そう言って声を震わせ、さっと顔を逸らしたの表情が見えてしまった私は――気づけばゲンドウポーズであった……。


 「何アレ……田崎さんガチの王子様じゃん……無理、しんどい、のあのトキメキMAX天使顔、今日イチかわいい最高……」

 もうなんか処理が追いつかない……と俯き震える私には、「……マジでゴテゴテなことしやがって……」と呟く神永さんの表情なんぞ分からなかった……。
 とりあえず今回のこのデートで分かったことは二つ……。
 月9のデートは現実に存在するということ、そして――田崎さんという人は、やはり王道中の王道、女子が一度は憧れる“王子様”であるということだ……。
 帰ったらすぐレポートにまとめよう……。

 ……で、明日は神永さんのデートなわけですが……こんなシャレオツ月9デート見せつけられて、どうすんだかなぁ……と様子を窺ってみると、なんともまぁ挑戦的な目で田崎さんを見つめているので、非常に楽しみだなとしか思えませんでした。






画像:HELIUM