「……ねえ三好くん、わたしたちって本当によく似てると思わない? なんでも一番じゃなくちゃ気が済まない」

 「僕とあなたが? まさか。……こそ泥風情が。虫唾が走る」

 「こそ泥? 利己主義的な嘘つきの方がタチが悪いわ。何をしでかすか分かったもんじゃない。……今まで勝敗が決まったことはないけど、これで決まりね。――わたしの勝ちよ」

 「今まで勝敗が決まったことはない? 僕は負けた覚えがありません」

 「やっぱり、それがあなたの本性よ。いつでも自分のことだけ。自分が一番可愛くて、目的のためなら人を利用することなんてちっとも躊躇わない。とても血の通った同じ人間とは思えないわ」

 「己の能力で上に立つことができなかったのは、あなた自身の問題だ。自分が一番可愛い? そうでしょうね、あなたにはお似合いの言葉だ。よく人を扱う立場に身を置いていられるな。厚かましいにも程がある。……最後の警告だ。彼女に手を出すな」

 「それはこっちのセリフだわ。あなたが余計なことをすれば、わたしはいつだってあなたから彼女を取り上げる。……最後の警告よ」





 またラインで緊急招集をかけ、私は屋上で力の限り叫んだ。そうでもしないと気が狂いそう――いや、これはもう既に狂っていると言っていいだろう何あのクソ女。

 「あンの女〜ッ! 死んでも許さんッ!!!! 『今までありがとう』? 『ご苦労様』?? ハァ?!?!」

 せっかく不器用ながらにも毎日毎日一生懸命頑張ってキレイにまとめているお仕事用の髪だけど、それが崩れようとも構わないと抱え込んだ頭を思いっきり左右に振る。こうして少しでも発散させないと私はこの湧き上がる感情のままに事件を起こしてしまうかもしれない……。
 そんな私を見て、神永さんはおもしろそうに笑っているから事件は一件では済まなさそうだな……。
 鋭く睨みつける私に肩を竦めつつ、やっぱり堪え切れないとばかりに神永さんは笑う。……声を噛み殺そうとしているあたりが余計に腹立つ……。

 「くくっ、きみ、何も言い返せなかったのか? 珍しいこともあるもんだ。いつも何かと一言多いってのに」

 「笑い事じゃないですよケンカ売ってんですか神永さんッ!!!! ……だって……」

 ――だって。
 その言葉の続きがどうしても出てこなくて、私は口をつぐんだ。何を言おうとしていたのかも、分かるようでいて分からない。私は今、なんて言おうと思ったんだろうか。
 俯く私の頭上に、優しい声が降ってきた。

 「不安なの? さんが、きみじゃなく、あの女を選ぶんじゃないかって」

 田崎さんの声はとても柔らかくて、私はどきりとしてしまった。心の中を覗かれてしまった。そう、思ってしまったからだ。
 田崎さんは続ける。

 「きみはさんを誰より知っていて、さんはきみを誰より信頼しているのに――きみは、さんを信じられないのかな?」

 「っそんなこと……!」

 反射的にそうは返したが、やっぱり言葉が出てこない。これじゃあ、私が本当にのことを信じてないみたいだ。そんなわけないのに。
 目が合った神永さんは、さっきまでおちゃらけて笑ってたくせに真面目な顔をしていて、どこか慰めるような口調で言った。

 「なら、どうしてちゃんのところへ行かないんだ? いつもならこの時間、ちゃんを飲みに誘ってるはずだろ」

 「……それ、は……」と何か言いかけて、私はやっぱり言葉を見つけられずに困った。私はどうしちゃったっていうんだ。
 田崎さんの言う通り、私は誰よりを知ってるって自信があるし、それだけの自信を持たせてくれるくらい、は私を大事にしてくれている。なのに、言葉が出てこないってどういうことだ。
 ……私は――。

さんは誰も疑わない子だよね。だからあの女のことも、もちろん信じてる。でも、それっていけないことかな?」

「……は、」

 田崎さんはにこりと笑って、それは優しくそう言った。けれど私は質問の意図が分からず、ただ呆けた声を出すだけだった。
 人を疑わない。の長所だ。そのことはやっぱり、私が誰より知っている。でも、それが良いか悪いかなんてことは考えたことがなかった。
 まぁ、優しすぎて疑うってことを知らないおかげで、今まで困った状況に陥ったことはたくさんあるわけだけど。
 けど私はそれがだって思ってるし、そういうところが放っておけなくてかわいくて、だから――。

 「彼女は自分の周りにいる人間、みんなを信じてる。この優男のことも、チャラチャラしてる俺のことも、きみが心底嫌ってる波多野のことも。ついでに言うと、なんだかんだで三好のこともな。けど、全員が善人か?」

 神永さんは煙草に火をつけながらそう言った。
 これについては私が言えることなんて決まってる。

 「いえ、ちっとも」
 「それはどういう基準で?」

 思わず「え、き、基準て、」と呟いた私に、神永さんはちらりと田崎さんを見た。
 その視線を受けて、田崎さんがゆっくりと口を開く。

 「俺も神永も、きみが知っている面だけがすべてじゃない。機関生時代の話も知っていることだし、言いたいことは分かるだろう? でも、きみは俺たちをさんから遠ざけようとはしないよね。それは、きみが俺たちの中のどこかしらに、善を見出しているからだ。それは無意識のうちに、誰もがしている区別だよ」

 そりゃあ、神永さんも田崎さんも曲者ではあるけど、悪い人だって思ったことなんてない。……ないけど、それは別に何かを意識してそう思っているわけじゃないし、区別って言われてもピンとくることはない。私には私が知っている神永さん、田崎さんがいて――しかしよく分からない話なので、眉間に皺を寄せる。田崎さんがそれにくすりと笑うと、今度は神永さんが話を進めた。

 「その基準てやつは人によってそれぞれだから、善し悪しを決めることはできない。そもそも、ある人物を見た時、全員が同じ面を見るとは限らないしな。……きみがあの女に言ったんだろ? ちゃんは知ってるし、分かってる。というか、そんな弱音を吐いてる場合か? きみ。ちゃんの“親友”なんだから“まとも”な仕事をしてくれないと困るぞ。波多野はもちろんだが、ここでぽっと出のヤツにちゃんを取られそうなんだぞ、俺たちは。ダントツのトップを誇る彼氏力、まだ披露する場を与えられてないんだがどうしてくれるんだ?」

 神永さんがいたずらっ子みたいにニッと笑う。

 「舞台を用意してもらわなくちゃ、さすがに俺も“理想の王子様”にはなりきれないかな」

 田崎さんも、唇で緩いカーブを描きながらそう言った。
 ……私には難しい話でよく分かんないけど。分かんないけど。
 私はの親友で、誰よりものことを知っていて、その分だけも私のことを信じてくれているってことを疑う必要なんてない。
 A子さんにあんだけ言っておいて情けない……と思いつつ、私が今すべきことは見えた。
 私は私の知ってるを信じなくちゃ。だって私はの親友で、誰よりもを知ってるんだから。

 「……いつもの店で飲みましょう。誘ってきます。……二人とも、いつも通りのお仕事お願いしますね」

 私の言葉を聞いて神永さんはくっと唇を吊り上げて笑うと、「当たり前だろ。きみもいつも通りの仕事を頼むぞ」と言って灰皿に煙草を投げ入れた。さすがの余裕、頼りになるったらないね。ブレることのない安定力、総合評価のイケメンの本気は文句のつけようがない。

 「ふふ、大丈夫だよ。……きみも思う存分見せてやったらいいよ。さんの“親友”の実力」

 田崎さんなんて人に擬態してるだけの神だから、今更不安に思えと言うほうが無理。絶対的安心感。真のエリートの本気ってガチにヤバイからなんにも心配いらない。

 で、私だけど。
 何度でも繰り返すけど私ってばの親友だから。
 こんな最強ポジが他にあるかって話で、つまりは私が最強という話になるわけだから。

 「私はモブ中のモブですがについてのみ完全無敵の超人であるということ、これを機会に証明します。……完璧なザマァ展開にするつもりですからアンタらも覚悟しといてくださいそれじゃあいつものとこでッ!!!!」

 パンッと両頬をぶっ叩き気合いを入れ、私は屋上を飛び出した。


 「しっかしまぁ、あの女もやらかしたなぁ。あの子を敵に回しちゃ、どうにもなりゃしないってのに。女ってのは怖いねぇ。……目先の、取るに足らないもののために、肝心なものを逃すんだからさ」

 また煙草を取り出しながら言った神永に、俺は思わず笑ってしまった。随分と冷たい目だ。人に釘を刺しておいて、自分だって相当腹を立てているじゃないかと指摘しようとして、この場で言うことでもないかと思い直し、俺も煙草を取り出す。
 しかし、あの子があんなふうに自信を失くすだなんて思いもしなかった。そう考えると、あの女もかわいそうにと思わずにはいられない。

 「そうか? そういうところがいいんじゃないか」

 吸い込んだ煙をゆっくり吐き出しながら言った俺に、神永は皮肉げに笑った後、「……ならあの女に乗り換えるか?」と目を細めた。

 「まさか。俺が言いたいのは、そういう愚かさは都合がいいってことだ」

 俺の言葉に今度は苦い顔をして、「やっぱりおまえは顔だけの優男だよ」と言うので、「あはは、これでもさんの“理想の王子様”なんだけどな、公式の」となんともなく返す。
 言葉通り、俺は今のところはさんの“理想の王子様”なので、あの子の厳しい目を通しても悪くはないんだろう。三好と一緒になってほしいと繰り返し言っているけれど、“理想の王子様”という立場はそもそも有利なところだ。その分、さんの前ではイメージというのを崩さずに振る舞う必要があるが、一番の難関というのは――。

 「“彼氏力ダントツのトップ”は俺だと言ってるがな、公式が」

 神永の言葉に思考を止めて、俺は笑ってみせる。

 「まぁ、とにかく今回ばかりは仕方ない。今後も公式で活動していくには……共同戦線」

 「それしかないな、やれやれだ」

 お互いに肩を竦めたが、内心それほど困っているわけでもない。ただ、この場では“そういう”ポーズを取っておいたほうがいい、というだけだ。
 それはともかく、今回の件についてはもう大体の結末は見えているとはいえ――。

「……三好も人が悪いな。あいつ、決め手のジョーカーは手元に残してあるだろう。……あの女、どうなるかな」

 ゆるゆると燃えていく煙草の先をなんとなく観察しながら言うと、神永は低い笑い声をこぼしながら、「さあ? まぁ、俺たちは俺たちで楽しむだけだ。悪女の最後ってやつを。……あの子の独擅場じゃ、つまらないからな」と言って目を細めた。その目には何か火が灯っているように見える。

 「あはは、一番人が悪いのは一体誰かな?」

 俺の言葉に、神永は言った。

 「そりゃあ決まってる。自覚はなくたってあの子が一番の難関だ。一番の悪人を決めるなら、俺は彼女以外にふさわしい人間は思いつかないね」

 思うことは誰も一緒だ。
 だからこそ波多野はあの女を利用しようと考えついたわけだし、三好も彼女が自分についていると分かっているから多少強引な手にも出ることができるのだ。
 そう思うとやっぱり、俺は匙加減には慎重にならなければいけないが、悪い立場ではない。

 「そんなこと言ってると、公式認定はこの先更新されないんじゃないか?」

 「まさか。俺はそんなヘマはしない。おまえこそ、いつまで“理想の王子様”をやってるつもりだ?」

 俺はもちろん笑って、「さんがかわいいお姫様なら、俺はずっと“王子様”でいるつもりだよ」と答える。
 神永は、ふんと鼻を鳴らすと、「ま、今夜はお互い勝負の時だな」と好戦的な舌舐めずりをしてみせた。

 「……そうだな。楽しくなりそうだ」




 さぁ、散々に人を翻弄して引っかき回してくれたわけなので、私も容赦しない……。と思いつつ、「今日はお誘いありがとう。とっても嬉しいわ。まさかこんなに楽しい場だとは思ってなかったから」と余裕たっぷりに笑うA子さんに同じく笑ってみせる。

 「いいえ〜。いつもがお世話になってますし、毎日のようにA子さんの話してますからね〜。私もぜひA子さんとは仲良くなりたいって思ってたんですずっと〜〜」

 を誘ったところ、やっぱりA子さんに誘われているとのことだったので、『ならせっかくだからA子さんにも来てもらおうよ〜!!』というわけで、こうしてA子さんという名の標的を誘い出すことに成功したわけであるこうなったら逃がしゃしねえからな……。
 で、ここもせっかくなので仕事をするかっていうのは期待できないが、とりあえず牽制にはなるだろうということでクソガキ波多野と三好さんも引っ張り出してきて、一応この場では数においては完全にこちらのものっていう。こんな問題引き起こしてくれた波多野なんぞに頼るつもりはないけど、牽制し合ってる仲ならとりあえず置き物でいい。
 ……三好さんについては頼る気がないとかそういうお話ではなく、ただただ余計なことすんなよ〜???? という不安しかないわけだが、コイツもそもそも問題アリなわけなので、アンタのせいでこういうことになってんですよという自覚を持たせるためにね???? それに、神永さんのカンストの技巧と田崎さんの神の究極奥義を見たら何かしら良い方向に……ということは若干期待してる。……あんまりしすぎるととんでもないダメージくらうから程々にだけど。
 さて、こちらのメンバーは以上となるわけだが、単身この場へやってきたA子さんの余裕綽々な感じホントなんなの?? っていう。それにしても嫌味っぷりがハンパねえ。

 「ふふ、そう。あなたからそんなこと言われるとは思わなかったわ。ずっとちゃんと仲良くしてるから、もしかしたら悪く思われてるんじゃないかと心配してたの」

 「まさかぁ〜。そんなことはちっとも〜。A子さんのほうこそ、私のこと邪魔に思ってるんじゃないかって……心配でお誘いしていいか迷ってたんですよ〜〜。、よかったね! A子さんが来てくれて〜。“いつも”の、“恒例”の! 飲みも華々しくなるよね〜」

 「うん! えい子さんのお話、すっごく参考になるよ! 仕事頑張ろうって思えるの」

 ……何も知らないからとはいえ……やっぱりうちの子はフェアリーね……とこの世の奇跡に涙せずにいられない……と目頭を押さえつつ、私はいやいやそういうのは後でたっぷりやるとして、今はやるべきこと――の親友としてのお仕事を全力でしなくてはならない。
 私はにこやかに「三好さんと仕事できるってすごいもんね〜」と言った後、続けて「あ、、もうビールはやめよう?」とソフトドリンクのメニューを手に取った。
 するとすかさずA子さんが「あら、いいじゃない。明日は休みなんだし、わたしもせっかく仲間に入れてもらえたんだから……今日くらいちょっと飲んだって平気よ」と私からさりげなくメニューを取り上げて元の位置へと戻した。さらには「わたしが責任もって送るわ。うちに泊まってくれたっていいもの」とか言い出すのでまぁカチンとくるもんはくる。
 そして私は容赦はしないと決めているわけだ……。

 「うふふ、A子さんが来てくれたんですから尚更飲ませちゃダメですよ〜。ご迷惑おかけしたらも気にしちゃいますから。おうちにお邪魔するなんてとんでもないです〜……ね? 

 は私の言葉に迷うことなく、「うん、もうソフトドリンクにしとく。さすがにおうちに押しかけるなんて、申し訳ないですから」とにこにこA子さんに言う。
 フッ……の真面目な性格からして、飲んで潰れて先輩の家にお邪魔するなんて選択肢が存在するわけがないんだよ……。

 「気にしなくっていいのに。わたしとあなたの仲じゃない」

 「ってきちんとしてますから、友達でもない人のところになんて泊まれませんよ〜。A子さん、会社の先輩じゃないですか〜〜」

 「……会社を出ればわたしとちゃんはお友達よ。あなたは知らないかもしれないけど、ちゃん、わたしを随分と頼ってくれてるから」

 ……“頼る”? が??
 ……かかったなッ! そうやってうぬぼれてると思ってたよッ!!!!
 真面目で何事にも頑張れる、自立を何より心に誓っているが頼れる相手なぞこの世に幾人も存在するわけなかろうがッ!!!!
 そしてその数少ないが頼れる人のうちの一人がな、今この場にいるんだよ……。

 「……ですって神永さん〜〜。どうします? 、今日は結構飲んでるし……私心配です。が酔っちゃうとどうなるか、よーく知ってますよね〜?」

 私の言葉を受けて、神永さんは優しく、そして甘く目を溶かせてみせた。

 「ちゃん、デザートは? 期間限定のフルーツシャーベットだって。でも、いつものゼリーのほうがいいかな? どうしよっか」

 「んんっ、フルーツシャーベット……ん、でも……」

 「よし、じゃあ俺と半分こしよ。飲み物はアイスティーがいいかな」

 見よッ! この安定した彼氏力ッ!! 甘やかしの天才の技巧ッ!!!!
 さすがのちゃんもこれにはついつい甘えちゃうんだよッ!!!! 極めに極められているカンストの前では付け焼き刃のなんちゃってな優しさなんぞ痛くもかゆくもないわッ!!!!
 一瞬笑顔を凍らせたA子さんを視界に収めつつ、私は「さっすが神永さん〜〜。いつもすみません〜。と半分こ、いつも、いつも、してくれて……、デザートは特に迷っちゃうから〜。よかったね〜」との頭をよしよし〜! と撫でる。
 すると目元をほんのりと色づかせて、「うう……すみません神永さん……」と困った顔をするので超絶天使だな最強うちの子一番……。
 そしてカンストはカンストだから、その巧みな技もそんじょそこらのヤツとは比べられない質の良さも誇っている……(拝み)。

 「なんで? いいじゃん、半分こ。それに俺、ちゃんの悩んで困ってる顔、結構好きなんだ」

 「か、神永さんはいつもそういうこと言いますね……はずかしいからやめてください……」

 「あはは、そうやって照れてる顔も好き」

 ……一時は神永さんだけは絶対ないとか思ってたりしたけど最高と認めざるをえない最高……甘えんぼちゃんを引き出すその才能、恐ろしい。最高。

 「ううっ……」

 そしてな、王道中の王道、あるあるこういうの〜〜とさえ思ってしまいがちだが、だからこそ万人がこの人を“王子様”と認めずにはいられない神の称号を欲しいままにしているこのお方……(平身低頭)……。

 「ふふ、意地悪されると参るね。……どうせなら、俺に意地悪されてほしいんだけどな」

 最初っからエンジンフルスロットルじゃないですか……甘くて低い腰にクるその声! 意地悪なのに甘いその表情ッ!! あ゛ぁアアアァ……!
 血涙……萌えの質が良すぎて逆にダメージとなるとかいう経験あります?!?! 今私は体験していますッ!!!!
 がトキメキMAX天使顔で「たっ、田崎さんはだめです!」と慌てて首を左右に振った。体がふるふる震えててネコちゃんかな? リスちゃんかな?? という感じである……。
 俯きがちなの顔をゆっくりと覗き込んだかと思うと、田崎さんはそのままの赤い耳元で「どうして? あぁ、前みたいに二人っきりじゃないと嫌?」と甘く囁いた……(血涙)……。

 「そっ、そういう意味じゃなくって……!」

 「じゃあどういう意味かな?」

 「〜っど、どういう意味でもないですっ! だから、だから……あ、あんまりこっち見ないでください〜っ!」

 神の究極奥義をもってすれば、ちゃんのトキメキMAX天使顔も拝み放題……最高だな?? と思いながら、私は笑顔を崩さず「そうですよ田崎さん〜。は田崎さんに意地悪されるのダメなんですよなんたってまさに王子様ですもん〜〜」と言いながらちらりとを見る。
 すると、ぷんぷん怒って「やっ、やめてよそういうこと言うの〜!」とむくれてみせるので私のパシャりたさもMAX……と思うのであった……。
 しかし田崎さんが「“王子様”か。嬉しいな。……でも、だからこそ意地悪したいんだ。お姫様はもちろん大事にしたいけど……だからこそ、きみの全部を見せてほしいから」とか言ってじっとの目を見つめるので、耐えきれなくなったが震えた声で「か、神永さんも田崎さんも、今日どうしちゃったんですか……?」と顔を覆った。

 「……

 っち、テメーは置き物なんだよ黙ってろ……と思ったが、誤魔化すようにさっそくやってきたアイスティーをゴクゴクしてたが、びっくりしたように「んっ、何?」と慌てて返事をしたのがキュートすぎて私は「帰国してまだそう経ってないのに、あんまり放っておくなよ。……今まで離れてたんだ。寂しい」…………。
 するとはぶわっと目に涙を浮かべて、「〜っわ、わたしもさみしかったぁ〜! 連絡くれてもね、波多野くんがそばにいないって思うとね、」とかかわいいこと言い出すのでホンットただの置き物のクセにテメーはな?? と波多野を睨みつけるが、そんなんお構いなしに「分かってる。おまえ、すぐ強がって『大丈夫』って言うから……ずっと心配だった。センパイたちに構われて大変だっただろ? やっぱりおまえを連れていけばよかった」とか言い出すのでマジ殺ッ!! が構われて迷惑すんのはテメーじゃッ!!!!
 だがしかし、ちゃんは……こ、この、は、波多野のクソガキなんぞに心を開いてしまっているから……くそッ!!

 「ふふ、そうできたら楽しかったかもね」
 「これからはずっとそばにいられる。前みたいに、なんでも俺に頼れよ」
 「波多野くんに甘えちゃったら、わたし仕事できなくなっちゃう」
 「それでもいい。俺が全部面倒見てやる」

 だっから全部ってなんだよ全部って内容言ってみろと思いながら「は仕事一生懸命頑張ってるから余計なお世話〜〜。波多野クンに面倒見てもらうとかありえないは真面目ないい子だし常に向上心を持って自立してるから〜〜……そうですよね三好さん」と……役に立たないのは分かってるけど、ずっと黙ったままでいられるのも怖いので三好さんに話をフッたわけだが。

 「……さんは実力のある素晴らしい人材です。うちになくてはならない存在ですよ。僕の一番の部下です」

 …………なぜ仕事の話であればそうも素直になれるのに肝心な恋愛面じゃそういうまともな言動できないのあなた?? と思いつつ、まぁ余計な真似しないだけ及第点、と私は思って、「ほらね〜〜?? よかったね〜! 三好さんはちゃんとのお仕事認めて――?」……あ、あれ……?

 「……う、」
 「えっ?! ?!」

 目に涙を浮かべていただが、三好さんの言葉を聞いてなんでだか決壊したようで……えっ?

 「う、うれしい……みよしさんに、みよしさんに……」

 「……泣くほど嬉しい?! ……よかったね〜!! 三好さん、もっと褒めてあげてくださいアンタやろうとすればデキる男だったわどんどんどうぞッ!!!!」

 そういえば食事会で三好さんに褒められた時も、すんごい嬉しそうだったもんねそうだねお仕事頑張ってるのを尊敬してる三好さんに褒めてもらえたら嬉しいに決まってるね?!?! 一発テーブルをぶん殴った後、すぐさま三好さんに先を促したがこの人は根がポンコツなんでしょうね……(遠い目)……。

 「……僕はいつも評価しているつもりですが」

 「散々にやらかしといてよく言いますね?! 挨拶シカトから始まってアンタ今まで何してきたんだか覚えてます?? んん゛っ、ま、まぁそれはともかく! やっぱり三好さんのこと尊敬してるんだよね、は。最高の上司だもんね! しかも一番の部下だってよ?! よかったね〜!!」

 「う、うんっ、わたしこれからも、がんばる……っ!」

 でもちゃんが喜んでいるのでそれでいい……(拝み)。
 思わず拝んでいると、神永さんがにこにこしながら両手を組んで、「俺もちゃんと一緒に仕事したいなぁ。三好が羨ましいよ、こんなにかわいい部下。でも今はプライベートだから。……ちゃんと俺のこと、見ててくれなくちゃ」とか言うのでさすが……さすが……あからさまではないタイミングを掴み、なおかつ効果が望めるテクニック……。
 感動している暇もなく、田崎さんも「あはは、俺もさんの“理想の王子様”でいたいからね。仕事もやりがいがあるよ、きみにそんなに思われるなら」とか爽やかな王子様スマイルをブチかますので何この空間幸せすぎだな?? といよいよ崩れ落ちそうである……(血涙)。
 「っち、」とかいう情けない波多野の舌打ちザマァ(高笑い)。
 すると突然、A子さんが意味ありげな微笑みを浮かべながら「……あなたたち、本当に仲良しなのね。うふふ、仲間に入れてもらえて、本当にとっても嬉しいわ。あ、ちゃん、来週の金曜日の予定は?」と言った。
 ちらっと、不自然ではないようにの様子を窺ってみると、非常に困った顔をしている。

 「あっ……来週、は……」
 「あら、何か予定があるの?」

 はなんて答えたらいいんだろうという感じで、視線を彷徨わせる。
 思わず「にもの都合ってありますから、あんまり強引に誘わないでくださいよ〜。A子さん、センパイじゃないですか〜。断るにも大変なんですから〜〜」と口を挟んでしまった。
 アッ、と思う間もなく、A子さんが「それってあなたが必要以上にちゃんを構うからじゃない? “親友”だからって束縛する権利なんてないのに」と言うので私も反射的に「えー? ずっとの予定一方的に埋めてるA子さんにだけは言われたくないですね〜〜」と言ってしまった。

 …………。

 「うふふ」
 「あはは〜」


 まったく、彼女は何をそうわざわざ難しく考えたんだか、ちゃんの考えに不安を抱いたようだったが、俺からしてみればそんなものは杞憂もいいところで、あの屋上では本当に笑うしかなかった。
 ちゃんは、心の底からきみを信頼していて、今のところは誰もそれに敵いやしないっていうのに。
 だから俺は、ちゃんからこっそり送られてきたラインの内容に、もちろん二つ返事でオーケーを出した。まぁ、点数稼ぎと言われちゃおしまいだが、かわいい女の子の頼みを無下にしろなんてのは無理な話だし、こんなつまらないことはいつまでも引き伸ばすものじゃない。
 ちらりと俺を上目遣いに見つめてくるちゃんに笑って頷いてみせると、ぱぁっと表情を明るくさせたので、うっかり頬が緩んでしまいそうなのを堪えるのに一生懸命になってしまいそうだ。

 「あっ、あの!」

 ちゃんの声に、彼女はのんびりと「ん? なぁに〜〜」と返事したが、自分の目の前に座っている女への敵意というのはちっとも抑えきれちゃいないので、女ってのは本当に末恐ろしいもんだな、と俺は苦く思う。
 ちゃんはもちろんそんなことに気づいちゃいないので、にこにこしながら言葉を紡いでいった。

 「……えっとね、いつもみたいに二人でお祝いしようって思ってたけど、それはやっぱり来週の当日がいいって思って……でも特別な日だから、たくさんの人に祝ってほしいなって」

 「え? なんかあったっけ?? 特別な日ってそんな――」

 「もう、自分の誕生日なのに忘れちゃったの? 毎年二人でお祝いしてるじゃん!」

 彼女の誕生日を祝ってやりたい。
 そう聞いて、ぜひそうしてやったらいいと応えた俺は、もちろんこうなることを知っていたわけだが、サプライズにしたいと言ったちゃんの言葉通り、俺も今知ったというような顔をしてみせた。

 「へえ、毎年二人で。……よかったな。って俺のジャケットで顔を拭くなっ!」

 ったく、この子は三好のことをちゃんにしか興味がないうんぬんと言っているが、きみも大概だぞと言ってやりたい。気に入っているスーツだっていうのに、いい迷惑だ。
 田崎が、「ふふ、じゃあそれは彼女へのプレゼントかな?」とちゃんが手にしている、かわいいラッピングバッグを指差す。

 「はいっ! ……ちょっと早いけど……いつもありがとう。大好きだよ。当日、またお祝いしようね、二人で」

 本当に杞憂だったわけだが、分かっているんだか。
 ザマァ展開にすると言っていたが、これは本当にこの場の誰もがきみには勝てやしない。まぁ、今のところは。

 「……〜っ!! 私も大好きだよぉ〜!! ううっ、大好き……最高……私の親友最高……」

 その言葉にちゃんはむずがゆそうに笑って、「あはは、ありがとう。わたしだって最高の親友でいたいな、これからも」と頬をほんのり赤くさせた。

 「……さて、俺たちにも誕生日、祝わせてくれ。なんたってきみは、ちゃんの“親友”だからな」

 「……一番のプレゼントをもらったね」

 田崎の言葉に、彼女は「はいっ! 〜っはい……!」と感極まった様子で、何度も何度も頷いた。

 「……ごめんなさい、緊急の連絡みたい。途中で悪いけど、わたしはこれで失礼させてもらうわ」

 眉間にはっきりとした皺を寄せて、女が席を立つ。
 ちゃんがハッとして、「あっ、いえっ、大丈夫です! えい子さん、やっぱりお忙しいですよね。急にお誘いしちゃって、すみませんでした……」と申し訳なさそうに眉をハの字に下げると、不自然なほどの笑顔が返ってきた。

 「いいえ、ちゃんが声をかけてくれたら、いつだって予定を空けるわ。……それじゃ、またね。……あんまり調子に乗ったらだめよ」

 「……そっくりそのまんまお返ししますね。アンタが何したって……私は絶対“ここ”を譲ったりなんかしませんからね」

 俺たちに背を向けて歩き出して数歩、振り返ってまっすぐにちゃんを見た。

 「ちゃん、またね」
 「は、はい! また!」
 「お疲れ様でしたぁ〜。あ、ほら、シャーベットきたよー?」
 「えっ、あ、ほんとだ! おいしそうっ!」

 あーあ、女ってのは末恐ろしいね、ホントにさ。






画像:HELIUM