「――というわけなんですが」 事のすべてを伝えた私に、三好さんはなんてことのない顔でたった一言。 「そうですか」 「…………」 「ま、そんなことだろうと思っていました」 私だけじゃないはず……こう言いたいのは私だけじゃない絶対十人いたら十人が絶対こう言うに決まってる……。 「あ゛ァ?! ならなんッでそれを言わないのアンタ?!?!」 ダンッ! と思いっきり床を鳴らした私に、三好さんは眉間にくっきりと皺を寄せて、何を今更そんなこと……みたいな顔して「……は? 僕はもうあなたにお話ししているじゃありませんか。当時は父がうるさいので、形だけでも恋人が必要だった。それはあちらも承知の上だったと」とか言うのでホンット使いモンにならねえわポンコツだわこの人はマジでエリートエリートした顔だけのただのバカだなッ?!?! 「…………アレで事の全貌が分かるかよッ!!!! 貴様エリートと凡人一緒にすんなやボケがッ!!!!」 ……まぁ、こうしてブチ切れたところでこの人に伝わるわけもないので、私は努めて冷静に……と心の中で繰り返し唱えつつ言った。私がここでブチ切れてしまったら話は進まない……我慢、我慢よ……。 「……一応、常人じゃないエリートたちが導き出した正解なんでハズレはないと思いますし、元凶に吐かせた内容からもまぁ大体のことは分かりました。……けど、三好さんの口から、“すべて”をちゃんと説明してもらいたいんでどうぞ」 言いながらサッと手を差し出すようにして、詳しい話をするよう促す私に「……面倒だな……まぁいいでしょう」とか言うので頭痛くなるけどコイツはホントどうしょもねえから私が大人になってあげようここはひたすら我慢よ私……広い心……大海原の心……と菩薩モードになった。 三好さんはまず、「僕があの女とドイツへ行ったのは知っていますね。まぁそう長い間ではないですが」と言った後、疲れたような溜息を吐いた。溜息吐きてえのはこっちだけどな! と思いつつ、あぁそうだ、大人……私は大人よ……と心を宥める……。 三好さんはもちろんそんな気遣いとかをありがたく思うタイプではない――むしろ気づかない、気づこうとすらしない――人なので、ただただ面倒そうな顔をしてるもんだから腹立てんなってのは無理な話だけどホンットこの人はつくづく以外の人間には興味のかけらすら持たねえな何その徹底ぶりっていう。 心の中で、それはそれは深い溜息とこれ以上はないというほどの恨み言を吐きながらも、私は大人でしかも今は菩薩モードなので広い広い壮大で美しい大海原の心で受け止めてやろう……。 「今はもう父も諦めているようですが、あなたにお話ししたように、当時は結婚しろとうるさかったんです。僕にその気はなかったので、何度もそれを伝えましたが……まったく聞きやしないので困りましてね。そこへちょうど僕はあの女のしようとしていたことに気づいたので、もちろん利用する他ありません」 ……利用する他ありません……? 普通はそんなこと思いつきもしねえよ何言ってんだコイツ……ホントこっちの予想を遥かに超えたその斜め上思考どうにかならないの……? それ以外にも思うことはたくさんあるけれども、いちいちツッコんでたらキリないので黙って話を聞く態勢を貫くしかない……。 三好さんは言葉通り当然というような顔で続ける。 ……やっぱりクソほど腹立つな私は今菩薩モードの大人だけど。自己暗示自己暗示。 「誰にも知られてはならない事実を知っている僕が持ちかけたんですから、あの女も頷くしかありませんからね。――僕があの女のしようとしていること、その事実をうまく処理してやる代わりに、僕と仮初の恋人関係になることに。……言っておきますが、僕とあの女の間には何もありませんよ。何度でも言いますが、仮初です。僕はさん一筋ですし、あの女も僕に恋愛感情なんて持ってやしません」 堪えきれなかった感情がほんの少しばかり顔を出して、ついつい「そういうのいいですから。そういうちゃん大好きアピールはいいですから」と言ってしまった私は大人でさらには菩薩……と、さらに強力な自己暗示……。 「……完璧な恋人をやっていましたからね、僕は。もちろん、誰もが信じました」 三好さんはなんだか納得いかない、というような顔をしたが関係ない。どう考えてもおかしいのアンタだっつーのにどういう感情でその顔するの?? できるの???? ……まぁ、完璧主義の三好さんだし、誰にも疑われないよう、本当に完璧な恋人を演じていたんだろうと思う。それがどういう付き合い方だったのかは分からないけど、一途にを想ってきている三好さんのことだから、完全に、徹底的にビジネスライクなものであっただろうとは想像できる。 だってもしかしなくとも、結婚の催促について一番引っかかったのは、たった一度きり、それもほんの小さな子どもの頃に出会っただけの女の子を思い出にはできなかった――したくなかったからだろう。 それにしたってね……という話ではあるけれど、三好さんの中のかけがえのない思い出と、それと一緒に生きてきた――生き続けている感情を知っている今、当時はどんな気持ちでいたんだろうかと想像してしまうところもある。だからといって、三好さんが正しいかってそんなことあるわけないけど。 三好さんはやっぱりちっとも表情を変えず、サラッと話を進めていく。 「ですが、いつまでもそんなことは続けていられない。しつこくはあっても、一時的な結婚の催促? 僕にはまったく関係のない女の秘密? それっぽっちのことで、自分の人生を棒に振る。そんな馬鹿げたことがありますか? 僕はこちらに戻ることにちっとも躊躇いはありませんでした。当然のことですがね。周囲も……もちろん父も、仕事ならば仕方ないと納得しましたし、それを理由に別れました。まぁ、何も関係がないのに別れた、という表現もおかしいですが。とにかく、そうやって穏便に事は済んだんです。……これでいいですか?」 さて、結局終始面倒だという感情をちっとも隠すことなく語った三好さんに、私はとりあえず「オッケー了解」と言ったわけだが、ホントの意味でオッケーということは何一つ存在していないお話である。つまり私のセリフは続く。 「……けど! あの日、三好さんがあの女の怒り煽るようなことしなけりゃ、こんなややこしいことになってないんですけど分かってます?!?! っていうかアンタ何やってんだよッ!!!! そんなの会社にバレたら…………ま、まぁいいや、そういうヘマはしないですよねアンタ……向こうも三好さんの口ふん縛るつもりで帰国してきたわけだし、どっちも都合が悪くなんだから……。まぁとりあえず、アンタは穏便に終わったって言いますけど、あっちからしたらそうじゃないんですよアフターケアって知ってます?! そういうとこサボるから波多野みたいなクソガキに――」 一気に捲くし立てる私に、三好さんはきょとんとしてみせた頭が痛い。なんなのこの人……マジで未知の生命体……私の言いたいことって噛み砕いて説明しなくちゃいけないことじゃないよね?? まぁ問題が問題だから常識うんぬんとか言えないけど、その中でも最善策を述べたはずなんですけど通じないのはなんなの?? 素で分かんないの? 嘘でしょ???? ――と口元がワナワナしてきたところで、三好さんはやっぱりこういう時裏切らない。 「……アフターケア? どうしてそんなものを僕が? あの女が波多野に踊らされたのは僕の責任だと言いたいんですか?」 何言ってんだコイツ……と何度思えばいいの私…………大海原のような広い心とか菩薩モードとかンな情けは無用と判断しますね。 「現に問題になってんだからアンタがなんと言おうとアンタの責任だよ事の起こりまで遡ればッ!!!! あんな女ほっときゃよかったでしょうが!!」 エリートエリートした顔だけのバカ……この人はホンットにブレねえな……ブレろ……そうすりゃ多少はまともに――いや、ならないか……と遠い目をしていると、三好さんは不機嫌そうに「……終わった後の面倒まで見るなんて約束はしていません。あの女が帰国する前、連絡がありましたが――」…………。 「アァ゛?! 連絡?!?! あったの?!?! ……なんッッッッでそういうことを言わない?!?! なんでッ?!?!」 ブチッと血管がまた一本お亡くなりに……。 しかし三好さんは何言ってんだか……みたいな顔して続ける。その内容に眩暈起こすなとか無理だからホント……。 「波多野に僕たちの関係――というより、自分の隠していることについて、僕が口を滑らせたんじゃないかと確認してきたんですよ。ですが、どういうことだか説明しろと言われても――波多野が自分で勘づいたことに対して、僕が責任を取る必要がありますか? もちろんありませんから、『終わったことについて、僕には何の関係もない』。そうはっきりお伝えしてそれっきりです。……それをあの女、さんの前で好き勝手――」 「説明しろって言われたんなら波多野のこと教えてやりゃあよかっただろうがッ!!!! バカなのッ?! バカなのッ?!?!」 救いようねえなッ?! どんだけ中心の頭してんの?! ……いや、そうだよねこの人は……そんなこととっくの昔に知ってた……。 なので三好さんのこのきょとん顔はもうしょうがない……。だってこの人マジでにしか興味ないから他のことなんてちっとも考えちゃいないんだよ……。 だから私は目頭を押さえつつ、「? どうして僕がそんなことをしてやらなくちゃあならないんです?」とかいう三好さんのセリフにも、もうコイツほんと……と溜息を吐くしかないわけだ……。 「……ダメだコイツ絶望的にダメだ……」 こんな事態になったのは元を正せば三好さんの意味分からん斜め上思考が招いたことだっていうのに、なんも分かってないとか頭抱えるしかないし呆れるなとか無理だから……。 まったくこの人は一途なんだかバカすぎんだかどっちなの?? っていうね……。……一途が行き過ぎて、そしてコントロール不能になったからこうなってんのか……ヤバイとしか言いようがないしそこまで好きだっていうのにまともなアタックできずにいるとかお話にならないわまったく……っていうか三好さんはそもそも「もういいですか? 僕も暇ではないんです」…………。 どうしたらそういうセリフ出てくんだよコイツ面倒な問題持ってきたのもそれがこんな問題になってるのも全部アンタが原因だってのに……ッ!! 「こっちもだよッ!! もう〜っ! サッサと仕事でもちゃんのところでも行っとけッ!!!!」 一途もいいけど、どんだけ時間かけてんだかって前に神永さんが言ってたけど、まったくの同意見ですとしか言いようがないフォローできる要素なんもナシ……。 まぁそれはともかく……一応はこれで事の全貌がはっきりと明らかになったので、これを神永さんたちに伝えて、それからA子さん対策をね……考えないと……。 「…………はぁ、まったく……あの人はホンッッッットにポンコツ中のポンコツだよベストオブポンコツだよバカが……」 溜息を吐きながら、私はスマホを取り出してラインを開い「分かるわ。三好くんてほんとうにお馬鹿さんよね」…………。 「?!?! えっ、A子……さん……」 勢いよく振り返ると、にこにこと微笑みながらA子さんがこちらをまっすぐ見ていた……。三好さん戻ってこいクソ……ッ! と思いつつ、体は恐怖に正直に反応して震える……。 「うふふ、わたしもちょっとお話、いいかしら?」 「ハッ、ハイ、ドウゾ……」 こう答える以外に何かあるっていうなら教えてほしいよね……。 ……この沈黙知ってる三好さんに前呼び出された時とおんなじやつだ知ってる……。 「ねえ」 「アッ、ハイ……!」 相手は社外秘の資料の持ち出しとか考える三好さんに負けず劣らずな凡人とはかけ離れた斜め上思考の未知の生命体なわけだから、この女何言い出すの……? と不安(と恐怖)でガタガタ震え出しそうな体をなんとか押さえつけながら……心臓の異常な早鐘にも気づかぬふりをして返事した私はもしかしなくともめちゃくそ頑張ってる……声を震わすなってのは無理だけど! 無理だけど?!?! 自分の感情だけどうまく把握できずにひたすら冷や汗をかく私に、A子さんはにこりと笑って言った。 「ちゃんてほんとうにかわいい子ね」 「うちのはどこに出しても恥ずかしくない究極の至宝です」 状況が状況だというのに即レスする私は第一主義者の鑑だな……フッ……。うちの子に敵うような人間――いや、フェアリーだから人間と比較するとかできないんだけど。うちのは最高無敵の神が遣わしたこの世の奇跡だから……とこの場の雰囲気には似合わないことを真面目に考える私に、A子さんはますます笑みを深めた。 それから「……ね、あなた、ちゃんの“親友”なんですってね」と言って一歩、私に近づく。 「そ、そうですけど……」 眉間に皺を寄せつつ私が答えると、A子さんは敵意なんてちっともないし、むしろあなたの味方なのよとでも言いたげな顔で「わたしはやましいことなんて一つもないの」とか言うから困惑。 いや、話聞いちゃった以上それでこの人の裏の顔というか……一般常識通じる人間じゃない未知の生命体ということが明らかになったわけなので、それで、へえ〜! そうなんですか! とかいう反応はできない。……が、だからといって何を言うべきかというのも思いつかないわけなので、私は「は、はぁ、」と溜め息のような生返事しかできなかった。 するとA子さんは何を思ったのか、大げさなくらいに肩を竦めてみせた。……芝居がかった動作は誰かさんを思い起こさせて、なんだかイラッとしてくる。……クソッ、マジで三好さん戻ってこねえかな…………戻ってこねえか……(遠い目)。私を気にかけてくれるような感性あったらこんな問題起きてないし、私に使う時間あったらに引っついて回ることに費やすわあの人……ったく、肝心な時に使いモンにならねえっていう悪癖、どうにかならねえのかな……とは思っても、今のこの私とA子さん二人っきりの状況がどうなるでもないので、私は大人しくA子さんの話を(一応)聞く態勢を取るしかない。 A子さんはさも困った、というような顔をしながら、なんとも悲壮感のある声で言った。 「でも、三好くんてああでしょ? わたしにもやむにやまれぬ理由があったのよ。なのに彼、人の気持ちなんて関係ナシ、自分さえよければそれでいいの」 「まぁそれが三好さんですよね、よく知ってます」 結局どういう話をしたいんだかは分からないけど即レス。今まさにそれ私も考えてましたっていう。 A子さんは憂げな表情を浮かべながら、どこか色っぽく溜息を吐いた。 「確かに三好くんの言う通り、わたしは資料の持ち出しを計画してたわ。これは否定しない。でも、わたしにだって言い分があるのよ」 ……ほう? と私が眉を持ち上げると、A子さんはくすりと口元に笑みを乗せ、目をすっと細めた。アンバランスなその表情は歪で、なんだか気味が悪いなと思ったわけだが、次の言葉を聞いて心の底からコイツはガチにやべえ人種分かりあえることなど一生かかってもねえわ、と私も目を細めた。 「今の地位に身を置くためには、上を蹴落とす必要があったんだもの」 呆れた溜息を一つ吐いてから、私はA子さんの目をまっすぐに捉えて睨みつけた。 「未然にあなたの計画を阻止したんだとしても、三好さんがやったことは問題です。大問題ですあの人何やってんだよバカかよ知ってるけど結婚回避ってたったそれだけの目的のための手段斜め上すぎんだろ……。――けど、アンタのその言い分が正しいとは思えませんね。出世したかったんならそれだけの結果を真っ当な方法で出せばよかっただけの話じゃないですか?」 当たり前の話だが、資料の持ち出しなんぞを計画したA子さんは言わずもがなだけど、三好さんがやったことだって当然良いことではない。もっと他に方法あったろって話だし、結果的に共犯者になるっていうのになんでそんな危ない橋渡ったの? アンタの目的って結婚の催促をかわすだけのことで、やりようもっとあったっていうかそれこそ真っ当な方法で解決できる問題であってそれを何故自らややこしくしたの?? やっぱバカです???? としか言いようがない。これだからエリートさまの考えることは……と続けたいところだし、普段ならそれで大体のことは片付けてきてやったわけだけど、今回ばかりはそうもいかない大問題だ。 けどもう過ぎ去ってしまった昔のことなので、今更ここでああすればよかったのに、こうすればよかったのに、なんてアドバイスできるわけでもないし、たとえそうしようとしたところで相手は三好さん……私が気づいた時にはもう遅かった……っていうのが容易に想像できるので、こうしてたらああしてればなんていう“たられば”の話をしたって仕方ない。 しかしA子さんはこんな話を私に聞かせて、一体どうしようっていうんだか。 波多野が言うようにもう昔の話であって、しかも当時三好さんが処理してしまったっていうんだから真相は闇の中である。当事者である三好さんから私が直接その件について聞いてしまっても、末端も末端のただのOLである私が何か言ったところで問題にはならないだろうし、逆にこっちの立場がおかしなことになるかもしれないのだから、もちろん他に話すことなんてない。そんなことはA子さんだって分かっているはずなのに、それをどうしてわざわざ私に……という。 A子さんの余裕たっぷりという様子に、私はますます気味が悪いと思わずにはいられない。 何を考えてんだかなぞ分からないが、A子さんは唐突に言った。 「初めてちゃんを見た時、思ったわ。なんてかわいい子かしらって。まるで天使みたいって」 そんなことアンタに言われなくても私が一番知ってるわッ! と思いつつ、私が腕を組むとA子さんはおもしろそうに笑った。 ……キレたってしょうがない、キレたってしょうがない落ち着くんだ深呼吸しろ私……大海原のような心をだな……と渦巻く感情をひたすら大人しくさせようと拳を握ったが、その拳の震えが治まらないあたり時既に遅し私はブチ切れている……。 しかしそれに気づいているんだかいないんだか、はたまた気づいていて煽ってんだか、A子さんはゆったりとした口調で続ける。 私はいよいよヒールのつま先を鳴らし始めた。 「現に彼女、波多野くんみたいな悪賢い男に素直に身を委ねて……三好くんみたいな自己愛の塊の、他人を愛することなんてちっとも知らない男すら尊敬してるのよ。かわいそうで、とてもじゃないけど見ていられないわ」 まぁいくつかは頷ける内容だったので、私は思わず「確かには天使で波多野は悪賢いクソガキで三好さんはエベレスト級(笑)のプライド(笑)の持ち主なんで否定はしません」と応えたわけだが、絶対に訂正しなくてはならない点もある。 「……でも、三好さんは他人を愛することを知らないってわけじゃないです」 アンタなんかにゃ分からないだろうし、そもそも言っておくけど三好さんはなぁッ!! と教えてやる気など微塵もないが、三好さんのへの気持ちを否定することは誰にもできやしないことだ。 確かに愛情表現は歪んでるし斜め上すぎて一般常識の範囲内で生きている人間からすると意味不明な生命体であることは否定できないけど。三好さんの人格に問題あること――ちょっと……いや、大分……? 色々と欠けてる――そんなのなんか今に始まったことでもないし、なんだかんだで三好さんのことを観察していくうちに私もその人柄っていうのは多少なりとも知っているわけだから、その全部を否定しろっていうのは……少なくとも、のことを想ってる三好さんのその気持ちを否定することは、私にはできない。もちろん、私だけではなく、誰にだってそんな権利はない。 まぁそれはそれで、私が一番許せないところはこっから。 「……ていうか、その言い方だとうちの子がなんにも分かんないようなお馬鹿さんって思ってるように聞こえますけど、違いますからね」 は天使だけど、たったの一言に“天使”と表して、それだけの子だと思われちゃ困る。知ったかぶって、さもすべて分かってるっていうような顔して、言うことそれなの? っていう。 うちのは、うちのは――。 「……ムカつきますけど波多野のクソガキを信頼してるのは、アイツが自分にしてくれることに嘘はないって分かってるからです。三好さんを尊敬してるのも、三好さんの仕事に対する姿勢を知ってるからです」 いつでもにこにこしてて、誰にでも優しく接することができて。簡単に聞こえるかもしれないけど、そんなことって誰にでもできるようなことじゃない。そうであろうと思ったって、どんな人間であれど苦手な人も嫌いな人もいるわけだ。その人たちを絶対に避けるなんて無理なんだから、何も意識しないで誰にでも優しく、なんてそうそうできるようなことじゃない。 でもはいつもにこにこしながら、どんなことにだってきちんと向き合って、ひたむきに頑張ってる。何においてもひたすら真面目に、人が気づかないようなことにでも。だからの周りには人が集まるし、そばにいる人間を、が大事にしてくれるから――三好さんだって、神永さんだって田崎さんだって、ムカつくけど波多野だってのこと大事にしたいって思ってるんだよ私だってそんなのおんなじ気持ちだ。 が何も考えずににこにこしてるだけの天使なわけあるかエリートのくせに観察能力も分析能力も備わってねえな?! 私がを天使だって思うのは、姿形だけじゃない、その心の美しさすらもが尊いモンだって言ってんだよッ!!!! ……それに、がなんで三好さんを尊敬してるかってな、そんなモンも決まってんだよ。 ギラッと目を光らせた私に、A子さんは一瞬のことだったけれど目を丸くした。 「……三好さんがアンタのしようとしてたことを秘密裏に処理したのは、自分のためだってのももちろんありますよ三好さんだから。……けど! ……庇うわけじゃないですけど、でも、あなたが持ち出そうとした資料って社外秘のものですよね。……会社のためでもあったはずです。――うちの上司は、そういう人ですから」 どれだけ怒って愚痴って散々に泣かされてきても、が頑張ってるのは……頑張っていられるのは、三好さんの背中を見ていて、それに追いつきたいっていつもいつも思ってるからだ。は誰より一番に三好さんを尊敬していて、だからこそ一番に認められたいから毎日めげずに頑張ってんだよ。 ……まぁけど、三好さんが空ぶってるのは否定できない。これだけは覆しようのない事実……。だから残念なことにこう言わざるをえないよ悔しいあのポンコツッ!!!! 「三好さんは結果がすべて主義の人ですからね、会社が負う不利益を考えれば…………そのくせ自分のことでは肝心なとこでプラスどころかマイナス点叩き出すことしかできないんだからこっちは苦労が絶えねえ日々だよ結果はアンタが出せって話だから……」 ったくカッコつけたい場面なのに日頃のポンコツ加減の影響で全然カッコつかないわあの人ホンット使いモンにならねえコレあと何回言わなくちゃいけないの?? 溜息を吐きながら額を押さえうなだれる私の耳が、毒々しささえ感じられる「うふふ」という笑い声を拾った。 思わず勢いよくA子さんに視線を向けると、意味ありげに、唇が三日月につり上がっている。 A子さんはゆったりとした口調で、しかし確信を持っていると言いたげな自信に満ちた声音で言い放った。 「そうよね、分かってるわ。……あなた、ちゃんの“親友”ってほんとなのね。彼女のこと、よく理解してる」 「は?」 A子さんの言葉の意図が掴めないながらにも、私は眉間に皺を寄せる。 その様を見て、A子さんはますます笑みを深めるものだからゾッとした。 A子さんはやっぱりゆったりとした口調で、そのセリフを簡単に口にした。 「……やっぱり一番邪魔なのってあなたよね。三好くんから彼女を取り上げるにしても、あなたみたいなのに纏わりつかれてたら困るもの。うふふ、波多野くんの気持ちがよく分かったわ。お話しできてよかった。――今までありがとう、ご苦労様。これからはわたしにちゃんの“親友”を任せてくれていいわ。ふふ、悪いようにはしないわよ、もちろん。……ちゃんてとってもいい子だもの」 「え、あの、はい?」 あまりにも簡単に、それも微笑みながら放たれたので、思わず戸惑う私にさっさと背を向けて、A子さんは「それじゃあ、わたしも暇じゃないから」とか言って…………いよいよ私のアレとかコレとか様々なものが爆発した。 よし、私決めた。もうこうする以外に道はない。今あの女自らが行く末を選んだんだから文句は言わせない。 ……判決、この世からの消滅、以上……。 |