「……、今日の夜さぁ〜?」

 金曜。つまりいつも通り、と私の毎週の“お約束”の日であるわけだが。

 「あっ、ごめん! 明日約束あるから、今日は呑み行けない! ごめん……」

 この言葉を聞いて、私は口元が引きつるのが分かったが、なんとか笑顔を作る。

 「い、いいよ〜たまにはゆっくり……きゅ、休肝日って必要だよねえ〜。……明日、何あるの?」

 はぱぁっと表情を輝かせて、「あ、あのね! 三好さんの彼女さん、ええと、えい子さんと、二人でお買い物!」と言うと、ご機嫌に帰り支度を進める。
 ……ま、マズイ……と思いつつ、私はめっちゃくちゃ頑張って笑顔をキープしながら「ふ、ふぅん〜? えぇ、なぁんでそんなことになったの〜??」と言った声が震えてるのは許してほんと……。

 「ほら、三好さんとえい子さん、わたしと波多野くんでお食事しようって約束したって言ったでしょ? せっかくだから、そのまえにお買い物しようって約束、明日になったの! えい子さん、すっごくいい人なんだよ〜! 仕事の相談とかにも乗ってくれるし、三好さんの部下だからってすっごく気を使ってくれて――」




 「……というわけで明日、は三好さんの元カノAさん……いや、“えい子”さんとお買い物だそうです……」

 ヤバイから屋上!! すぐ!!!! という私のラインで集まった三好×同盟。私はもちろん真面目にお話ししてるわけだが、神永さんは体を揺らしながら笑って「っくっくっ、しかし“Aさん”って、きみなぁ、他になかったのか? 壊滅的なネーミングセンスだな、くくっ」と言ったかと思うと、どうにも掴めない表情で「しかしまぁ、それにノッてくる相手も相手だ」と煙草を灰皿に投げ入れた。
 すると田崎さんも吸っていた煙草を灰皿に落とすと、「いいじゃないか、“Aさん”……いや、“A子さん”か。わざわざ名前を覚えるよりずっといい」となんとも思ってない顔で言うので私は頭痛がすると思った。

 「アンタらも三好さんと目クソ鼻クソだな……とにかく! はそのA子さんと明日買い物です明日!! つーかマジあの波多野のクソガキ何してたんだよ何A子さんに呼び出させてんだよ使えねえなッ!!」

 今すぐにでもあのクソガキとっ捕まえてメッタメタにしてやりてえなオイッ!! と激怒している私に、神永さんは「まぁ落ち着けよ」と言うと、ふと口元を緩めた。

 「ちゃんのほうは三好をなんとも思ってないどころか恐怖の対象だ。――が、仕事ぶりに限定すれば三好を尊敬してるわけだし……その三好と対等に仕事をしてたA子さんに話を聞けるとなると、まぁ嬉しいよな。素直でかわいいよ、ホント」

 言いながら肩を竦めて、神永さんはちらりと田崎さんを見た。
 田崎さんは「それに大好きな波多野との食事なわけだから、気合いも入るわけだな。……妬ける話だ」と爽やかに笑った。
 ――つまりだ。

 「……そういうわけですからね?」
 「分かってるよ、今回も“追跡”だろ?」

 さすがにもう四の五の言わずとも話が分かるな。

 「そうッ!! それッ!!!! あの女毎日のようにと連絡取り合って、その上わざわざ休日に二人っきりになろうってんだから、絶対何か仕掛けてくるに決まってますッ!! 三好さんはこういう場面まったく頼りになんかできませんからね、我々でかわいいちゃんを守るしかありません」

 奮起する私を見て神永さんは溜め息を吐いたが、それは呆れたようなものでも困ったようなものでもなく、なんだか考えているような、つい漏れてしまったというようなものだった。それから「ま、それもそうだな。……どういうつもりでちゃんと買い物なんて思ったんだか、その目的は知っておいたほうがいい」と言うと、すっと目を細めた。
 田崎さんが「ふふ」と意味あり気に笑って「厄介なことにならないといいけど」と言うので全私戦慄。

 「だから田崎さんがそういうこと言うと完全にフラグなんでやめてもらえます?!?!」





 「――ちゃん」

 いつも通り、約束よりも早くに待ち合わせ場所へとやってきていたらしいに、ゆったりと声をかけながら悠々、A子さんは現れた。
 まぁ確かに遅刻してるわけじゃないけど、それでも相手は待ってんだからそこはササッと近づいてくところじゃないの? ああだこうだ言う場面でもないけど、私ならそうするもんだからちょっと違和感があるっていうか、マイペースな人だなぁという感想。

 「あっ、えい子さん! おはようございます!」

 は何も気にした様子なく、元気よく挨拶して頭を下げた。何あの子かわいい。うちの秘蔵っ子なんですけどみなさんどう思います最強じゃない? 相手が会社の上司と考えるとお仕事のことばっかりが頭に浮かんでプライベートであることなんてちっとも頭になくてついつい『おはようございます』って挨拶しちゃう午後一時うちの子かわいくない??
 それはそれとして、私(たち)からすると“A子さん”という存在には思うところがあるし、私なんかは特にが“呼び出し”くらってる場面に遭遇しちゃってるわけだから、色々と勘繰るなというほうが無理な話なわけで、もう何もかもに引っかかりを覚えてしま「うふふ、“こんにちは”。今日はプライベートなんだから、そんなにかしこまらないで」……ほら……こういうね……?

 「っすみません、つい……!」
 「あら、そんなつもりで言ったんじゃないわ」

 慌ててぺこぺこ頭を下げるちゃんはかわいいだろって話なんだけど……やっぱりなんていうかこう、A子さんという存在に対してだな……――とか思ってるところへ、A子さんはのキュートな姿を上から下までじっくり見たかと思うと、すぅっと目を細めて「――それより……随分と女の子らしいファッションね。三好くんが好きそう」と言った。
 うわぁ……と思ったわたしは別に悪くないと思うんだけど。悪くないと思うんだけど。
 しかしうちのという子は天使であるからして、そういう煽りなんか全スルーするから大丈夫。好感度爆上げだよマジでホント。

 「えっ? まさか! えい子さんのお洋服のほうが、ずっとずっと素敵です。わたしじゃどう頑張っても着れないです。……やっぱり三好さんの隣に並ぶとなると、えい子さんみたいな素敵なひとじゃないとだめですね、羨ましいくらいお似合いで……。お二人が並んでるところ、早く見てみたいですっ!」

 ほらね……?

 まぁ確かにの言う通り、A子さんのファッションというと――三好さん同様に予想まんまっていうか、ホント思ってた通りなんで特にコメントないッスって感じである。
 ボルドーの膝より下のタイトスカートに入った控えめなスリットは、大人の女感、セクシーな印象を与えてきてる。エロじゃない、あくまでセクシー。そしてトップスは真っ白なとろみシャツ……少し気だるげな感じが隙を見せているけれど、こちらもエロではなく上品なセクシー感、大人の女感っていうか三好さんと並んでそう……っていう。つまり三好さんがAさんと付き合ってたの、コレじゃみんな納得するよなっていうファッション。
 ――となると、「あら、本当? 嬉しいこと言ってくれるのね。でも、ちゃんのほうがずぅっと素敵よ。三好くんが可愛がってるのも分かるわ、うふふ」っていうセリフにますます思うところが出てきて。
 ……ここまでを総合して何が言いたいのかというとだな。

 「すげえ……嫌味っぽいところが三好さんの元カノ感……。ちょいちょい色々ブチ込んできますね……でもがあまりにも天使でその嫌味がまったく効果ないさすがうちの秘蔵っ子……ッ!! まぁ三好さんにはものすんごい同情しますけど相変わらずあの人の眼中に全ッ然ねえな……」

 っていう。
 神永さんも田崎さんもそう思いますよね? という意味よりも、アンタらああいう女のほうが好みとか言わないよね?? 私は三好×推しだし絶対成就させて二人のいちゃいちゃしてラブラブしてるところを拝みたいわけだけど、二人が軽い気持ちでを好きだっていうんじゃないと知っているので……そう簡単に心変わりして、それでもにちょっかいかけようっていうなら同盟から除籍することだって私は「今日もちゃんかわいいな。膝丈の赤のフレアスカート、トップスはライトグレーのブラウスか。襟が白ってのがいい。あ、足元はデニム生地のパンプスだ。うん、買い物だしな、ヒールは控えめ。……あどけなさがあって、ああいうのもかわいいな。田崎、どうだ?」とにこにこを見つめながら言う神永さんに、田崎さんも微笑ましそうな笑顔を浮かべながら「確かに、ちょっと幼さが見えていい。年下の醍醐味って感じだ」とか言うので無用な心配であった。
 まぁ二人に“その気”がないのなら万事オッケーというわけで、私はゆっくりと遠ざかっていくとA子さんを横目に確認しながら、「私の代わりに解説ありがとうございますでも二人行っちゃいますから早くッ!! のキュートな少女スタイルについては後ほどじっくり!!」と二人を急かして走り出した。


 「まずはゆっくりランチにしましょう。どんなお洋服がいいか相談しながら。ちゃん、何が食べたい?」

 ――とA子さんはの少し先を歩いて、ゆっくりした口調でそう言った。
 するとが「えい子さんにお任せします。長いことドイツだったんですよね? えい子さんの食べたいものにしましょう!」とか百点満点の天使回答するからA子さんはぴたりと足を止めて、を振り返った。

 「優しいのね、ありがとう。それじゃあ……色気はないけど、定食屋さんでもいい?」

 女二人でランチするのに色気とか必要ですかね食い気だろっていうかアンタのそのファッションで定食屋とかマジかよイメージ的にはシャレオツなイタリアンとか行きそうなんだけど……と思っていると、はにこにこしながら「もちろんです!」と答えた完全なる天使最高。
 それにA子さんは「ふふ」とどこか妖しい微笑みを浮かべたかと思うと、「この近くにね、美味しいところがあるの」と言って髪を耳にかけた。
 それから「……三好くんとよく行ってたのよ、二人で」とか言うから、なんて嫌味なことを露骨にッ!! と眉間に皺を寄せつつ、の反応は……? とそちらに目を向けた。
 すると意外なことにが難しい顔をして俯くので、おや……? おやおやおや……? とドキドキしてきた心臓を押さえつけるように、鎖骨の下の辺りをぐっとする。

 「三好さんと……」というの言葉にいよいよテンションが上がっ「三好さんが定食屋さんってすっごく意外です! やっぱり、三好さんにも彼女さんにしか見せない一面ってあるんですね! わあ、なんだかすごいお話聞いちゃったような……」……う、うん……そうだよね……知ってた……。
 色んな意味で頭痛しそう……と思う私に追い打ちをかけるように、A子さんが色っぽい仕草で人差し指を唇に添えて「ふふふ、三好くんとわたしだけの秘密だから、内緒よ?」とか言うので頭痛が痛い……。

 「ふふ、はい、もちろん」

 ――と微笑むがフェアリーすぎて心臓も痛い……。




 「ちゃんと波多野くんて、どういう経緯なの?」

 知ってるよ……田崎さんとのデートの時に言われてた“家庭的な”っていうの、あながち間違いでもないんだよね……パスタならトマトソースっていうのがお決まりなんだけど、和食なら肉じゃが好きなんだよね知ってる……おばあちゃんの味するやつ好きなの知ってる……そしての作る肉じゃがも最高って知ってる……。
 もぐもぐと小さなお口で、よく染みていてほろほろしてそうな、なんとも美味でございます的なじゃがいもを咀嚼してる姿がネズミーに出てそうなリスちゃんのようでかわいすぎかようちの子最強とふるふる震えているところへ、ほっけの開きをお上品に食べていたA子さんが、ふと思い出したように言った。
 はちょっと考えるように上目遣いした後、「どういう……んん、」と唸って、それからふにゃっと気の抜けた顔をするのであれ?? 私は妖精さんの国に迷い込んだのかな?? ファンシー?? ファンシーなの???? と思ったが「知り合ったのはインターンでなんですけど、わたし、その時から三好さ――ええと、どうにもうまくやれてなくて、そんな時にいつも気にかけてくれてたのが波多野くんなんです」という波多野推しのセリフをちゃんの口から聞くのはめっちゃ胃が痛くなりますそうじゃないのよ私の推しはそれじゃない……。

 「へえ。それで?」

 A子さんは面白そうな顔で両手を組むと、にこりと笑った。
 ……何考えてんだか知らんけどやっぱりこう……腹にヤバイもん抱えてるんでしょ……? っていう疑念に駆られる……。
 美人だから意味ありげな顔されると余計にこええんだよ……。
 ――と私の顔が青くなってそうなのに、ちゃんが「それで、インターンの最終日にみんなで飲みに行って、その時、連絡先を交換したんですけど……ふふ、波多野くん、ずぅっとわたしのこと心配してくれてて、お互い採用が決まって……配属は違っても、毎日のように連絡くれて」とか言い出すから私はどうやって波多野を“どうするか”っていう計画練る方向に頭がいってしまう…………あのクソガキ本気でマジで絶対許さんからな覚えとけよ……。
 もう血が流れたっておかしくはない……というほどに拳を握りしめていると、A子さんがくすりと笑った。

 「……ちゃん、波多野くんのこと大好きなのね」

 それに対してちゃんはフェアリーだから「はいっ!」とかお返事しちゃうあんなクソガキ全ッ然にふさわしくないよもっと高望みしてお願いだから……ほら、近くにいるでしょ……? ちゃんのこと大好き大好き〜っ! ってオーラ毎日元気よく放ってるうちの上司とかさ……? ……っま! あの人もポンコツなうちはうちの子をお嫁になんて出さねえけどなッ!!!!
 最近まともな仕事するようになったと思ったらこんな厄介事持ってきたんだから、いくら推しだとしても私は贔屓はしないぞ……。
 はしょんぼりした様子で「……だからフランス行きが決まった時は、すっごくさみしくて……」と小さな声で呟くようにして言ったが、すぐに眩しい笑顔で「でも帰ってきてくれて、すっごくすっごくうれしくて! ……波多野くんて甘やかし上手で、わたし、ついつい甘えちゃってたんですけど……離れてた間、ちょっとでも成長したんだよってところ、見てほしいから……」とか健気なことを波多野ギリィ……ッ!!!!
 A子さんはの言葉にいたずらっぽい顔をして「……そう。じゃあ、とびっきりオシャレしなくちゃね。波多野くんが惚れ直しちゃうくらいに」と言った。それにが「あはは、そうだといいんですけど」とか応えるからツラすぎ涙出そう……ホント……違うでしょ……??
 が箸を置いたのを見て、A子さんはさっと立ち上がると「さ、それじゃあそろそろ行きましょうか。そうとなれば、まずはちゃんのお買い物からね」とにこりとする。
 は「えっ、」と言うと、一拍遅れて両手を顔の前で左右に振った。

 「そんな、えい子さんの見たいお店から回りましょうよ!」

 するとA子さんはますます笑みを深めて、「かわいい後輩のためだもの、協力させて。ね、先輩の顔を立ててちょうだい」とか言うので、そうなるとが断る理由――というか逃げ道がなくなるわけで、遠慮がちに「う、じゃ、じゃあ、おねがいします……」と応えるのであった……。


 二人は定食屋さんを出て、何やら女子トークしながら近くのショッピングモールへと向かっていく。
 もちろん、私たちもその後をこうして追跡しているわけだが……私は怒りが治まらんよッ?!?!

 「だからあのクソガキとちゃんは付き合ってねえんだよッ!! どういう経緯もクソもねえんだよちゃんの口からあのクソガキの名前出さすな……ッ!!!! しかも波多野を話題にすることで上手いこと三好さんがの視界に入らないようにしてる…………三好さんと一緒にドイツ行っただけあるなあの女もエリートかよッ!!!!」

 ドスドス地面を踏みつける私だが、もういい加減こういうのには慣れているのであろう田崎さんはのんびりと、「さんの急な変化の理由、分かったね。ふふ、さんが波多野に甘やかされてたって感じてたなら、あの態度も道理だな」と言って肩を揺らした。
 ……言われてみれば、波多野が帰国した日ののあの態度については納得なんだけど、だからこそ余計にあのクソガキほんとクソガキだなっていうこの止めようのない負の感情。っていうかホント田崎さんは何を聞こうともまったく動じることないなさすが神なのに戯れに人間やってるだけあるわ……。
 すると神永さんもくすくすと笑って、「健気だねえ。そういうところが余計に甘やかしたくなるっていうの、分かんないのかなぁ。かーわいい」と言うと、目を甘くさせた。ぐぬぬ、こっちもこっちで彼氏力という名の安定力あるからな……余裕があってもいいところだ……。
 ――っていうか、のあの態度については納得と言いましたけどそれはがああしたことについて納得というだけで、それ自体に納得したわけじゃない。つまり。

 「つまり波多野がにサラダ取り分けたり『唐揚げ食べるか?』とかやってたわけですよね気色悪ッ」

 にだけ本性隠して優しいんです〜〜アピールして邪な思いで近づくアイツが、その優しいんです〜〜〜〜アピールのために無垢なちゃんをそんな汚い手を使って騙くらかしてたとかマジ許せないなんなのあのクソガキ。

 「でもあの時のは新妻感あってめちゃくそかわいかったですよね……」

 しかもこういうわけだから余計に許せない新妻ちゃんとか最高だけど波多野相手っていうのが果てしなく腹立ってもう煮えくり返るとかいうレベル越して吹きこぼれる。

 「ま、それはともかくだ。二人がこうして仲良くなったとすれば、三好がどうやったって四人での食事もすぐに日取りが決まるだろう」

 神永さんがふと真剣な顔をしてそう言った。
 それから「波多野は断る理由がないし、ちゃんが喜んでる――しかもA子さんが何をするか分からないんじゃ、三好も参加するしかない」と続けた。
 確かにその通りだ……。A子さんの“呼び出し”で約束されたことを三好さんは自分の耳で聞いてるわけだし、そうなるとから目を離すわけにはいかない。あの場に私たちがいることをA子さんは分かっていて“えい子さん”なんてに呼ばせてんだから、何度でも言うけど何かしら企んでるに決まってる。しかも波多野のクソガキまでいるとなれば断る方がどうかしてる私だって許せないのに“あの”大好きマン三好さんだもんよ……。でもあの人こういう場面ではホント使いモンにならねえから……と頭を抱えるしかないわけだが、更に追い討ちをかけるように神永さんの言葉が不安を煽ってくる。

 「彼女のここまでの様子じゃ、白とも黒とも言えないが……ちゃんが彼女を信じ切ってるのが不安だ。あのA子さんが何を考えてるのか、まずはその思惑を確実に押さえるべきだな」

 そうなんだよそこなんだよどうしたらいいんだ……。何かしら企んでいるというのまでは分かっていても、その“何かしら”の正体が分からない以上は手の打ちようがない。
 唸る私に、田崎さんがにこりと笑った。
 
 「白だとすれば、さんがA子さんと仲良くすることに関しては問題ない――それどころかありがたい話だ。そのまま三好を退場させてくれれば尚更」

 「ちょっと待ってそれは困りますッ!!!!」

 私の言葉に田崎さんは「ふふ」と微笑んでみせたが、次の瞬間には目をそっと細めた。

 「……けど黒だった場合、傷つくのはさんだからね。今の段階で俺たちが直接手出しするわけにはいかないけど――防げることに対して、見て見ぬふりをする理由はない」

 ……こう言う以外に何がある????

 「……エリート万歳デキる男は違う最高……」




 「おまえがわざわざのまえで声かけるから断れねえと思ってきてみれば……なんだよこのメンツ」

 うんざりだとでも言いたげな波多野の表情に血管ブチッといったのはしょうがないコイツはホンット腹立つことしか言わねえなッ?!?!

 「私だってわざわざアンタなんかと話したかねえわッ!! ……だからさっさと用件済ますッ。…………テメーこのボケナス波多野ッ!! おまえ何あの女に好き勝手させてんだよッ!! テメーがシャキッとしてねえからうちのが――」

 「あ?」

 〜こンのクソガキは……とビキビキ青筋立てながら中指立てると、神永さんが煙草に火をつけながら「三好の元カノだよ。おまえが易々と彼女にちゃんを預けたから、ややこしいことになってるんだ。先週彼女と買い物に出掛けてから、ちゃんがすっかり懐いてるだろ」と言って、ちらりと田崎さんを見た。
 波多野はなんてことなさそうに、あぁそういえば〜みたいな顔して「あぁ。……それで?」とかクソふざけたこと言うので、マジでコイツには拳じゃねえと何も伝わらないのカナ?? と関節鳴らし始めそうなところで、田崎さんが静かに口を開いた。

 「端的に言うと、おまえが何を企んでるのか知りたいって話さ」

 ……その通りなんだけど、な、なんだろう……田崎さんの口からそういう、企むとか聞いちゃうと背筋がブルッとする……。加えてこの表情といったら…………なに? いよいよ人類は破滅の時を迎えるの?? っていうほど恐ろしい……。
 にこやかだし、声のトーンも普段と変わりなく感じるのが薄ら寒くて、田崎さんこそ何考えてるのか知りたいっていう……。怖いから教えてくれるって言われても首横に振るけど(真顔)。
 波多野がぴくっと眉を動かした。不愉快だというのを隠す気がちっとも見られない。
 コイツのことは心の底から憎いと思っているが、田崎さん相手にそんなクソ生意気な態度取るとか正気かよ……死ぬぞ……という視線を送ってしまう……。ザマァとかする心を削ぐ田崎さんの恐ろしさよ……神の逆鱗に触れるとどうなるの……?

 「ハァ? 確かに俺といる時にあの女がを呼び出したのは事実だが、が行くって言うのを止める理由はないだろ。その後もそうだ。の好きにさせて何が悪いんだよ」

 まぁでも(と三好さん)の今後に関わるとなると私の心は鋼と化すよね。何にでも立ち向かっていけるし、田崎さんは恐ろしいことこの上ないけど味方だから勢いに乗れるってもんだよ……。

 「だっからあの女三好さんの元カノなんだろっつってんだろ!! うちのになんかあったらどう責任取んだテメー!!」

 ――が、波多野はどこまでも腹立たしいクソ生意気野郎なので、私の神経に触るようなことしか言わないのは分かっていたけどこれは本当に許さない。たとえ泣き喚いて土下座されたとしても私はその様を高笑いしながら散々にイジリまくって、許してやる素振りを一瞬見せコイツが助かった……って顔した瞬間に笑顔で切り捨てる。

 「“なんか”ってなんだよ。……ま、責任の取り方って言ったら昔から決まってるよな。“結婚”。俺は構わないし、も喜ぶと思うぜ」

 …………。

 「そういうとこが昔っからムカつくんだよクソガキ……」
 「こっちもおまえのそのに対する粘着にはうんざりしてんだよクソ女……」

 一触即発という私たちに、神永さんがのんびりとした調子で「あーあー分かった分かった」と仲裁に入った。続けて、「とにかく、どうもおかしいって話なんだよ、あの三好の元カノ。ちゃんに対する構い方がさ」と言う。
 ……この人、常識人らしく落ち着いた様子で言っているけれど、実は何かの勢いでブチッといったらヤバイこと間違いナシっていう気配を空港で見せてきたので身構えてしまう……。ほ、ほら……いつもニコニコと愛想が良い明るいムードメーカーってタイプ、怒らせるととんでもなくやべえっていうの多いじゃん?? 神永さんってそれじゃないかなぁ……っていう…………それを実際に拝む事態にはなりませんように……(震え声)。
 そんなことを思いながら波多野の様子をじっと見ていると、ヤツはやっぱり不機嫌そうに「……具体的に?」と尖った声で言った。

 「波多野、おまえさんとは随分と仲が良いようだけど……日に何度連絡を取る?」

 田崎さんは相変わらずにこやかだが、気づかないフリしてたけど目の奥が笑ってないことはもう認めるしかない現実を受け止めよう…………めっちゃコワイ……動物としての本能が逃げろって囁いてる……。
 でも「最低でも三回」とかしれっとした顔で答える波多野に「おい内訳言ってみろクソガキ」と即レスした私はやはり三好×のためならばありとあらゆる問題に対峙できる鋼のメンタルの持ち主である……私はこの夢のためには何ものにも負けはしない……。
 波多野はなんてことない顔で答えた。

 「モーニングコールと昼メシの相談、あと寝る前」
 「〜ックソが!! カレカノみたいなことしてんじゃねえよッ!!」

 お昼についてはムカつきすぎてショートしそうだけど、帰国したばっかりだからって理由で、ちょいちょいが近場のお店とか紹介してあげてるの知ってるけど…………寝起きのかわいいちゃんボイスで“おはよう”してもらって? 夜はマイナスイオンという名の“おやすみなさい”電波で届けてもらってるとか?? は???? 死にたいの????
 だがしかし、今現在それよりも問題になっていることがあるから、こうして波多野を呼びつけたわけだ。
 田崎さんがすぅっと目を細めた。

 「……へえ、本当に仲が良いな。でも彼女――三好の元恋人。あの子は日に五回は連絡してる。朝、昼、退社前、帰宅後、就寝前」

 「……あ゛?」

 さすがにここまでは知らなかったようで――となると、田崎さんはどうやってこの情報を入手したのかと非常に気になるがまぁ触れないでおいて……私は思わず苦い顔をした。
 そうなのだ……我らの最強無敵のエンジェルちゃんは、A子さんとそこまで親密な関係になってしまっている。ヤバイとしか言いようがない。
 神永さんがにこりと笑顔を浮かべた。そしてゆっくりと口を開くと全力で煽っていくので背筋が震えたこれはもうしょうがない……(震え声)……。

 「おまえより仲良しだよなぁ。ついこの間顔を合わせたばっかりで、お互いを知るきっかけになったのは――彼女に呼び出されたちゃんを、おまえが易々見送った日。ついでに言うと、それなりに人となりを知ったのは、その時に約束して出掛けた先週だ。……まぁ女の子同士だし、仲良くなればおしゃべりが盛り上がるのはよく分かる。ただ、俺にはよく分からないと思ってな。おまえが自信満々に言う、“築いてきたもの”っていうのがさ」

 「おい、何が言いたい」

 さすがに表情を厳しくさせた波多野に、田崎さんが低い声で言い放った。

 「さんがいつでもそばを離れないこの子すら、おまえは許さない。なのにどうしてあの女の存在は許す?」

 思わず私はゾクッとしたが、「に害はないと判断したからだ」とかいうクソ波多野のセリフにはコンマ何秒で「ちょっと待てコラ私は害だって言いたいんかクソガキ……ッ!!」と反応した身に染みついてる反射ってすげえ。っていうか。

 「いつも優しい田崎さんが“あの女”ってやばいめっちゃ滾る……」

 口元を手で覆ってとても素晴らしい感情(つまり萌え)によって打ち震える私を余所に、田崎さんは続ける。

 「自分を差し置いて彼女に寄る人間を取り除いて、おまえは今の関係を築いてきたんじゃないのか? 波多野。そのおまえが言うなら、何かしら根拠があるんだろう。それを聞いてるんだ」

 波多野は目を鋭くさせて、「そっちこそ何が根拠だ?」と唇を歪めた。
 すると、田崎さんが一瞬にして表情を変えた。冷たい顔だ。……震えるとかいうレベルじゃなく今すぐここからサヨウナラしたいです怖いとかいう表現で通じるような次元超越してもはや祈るしかない心地ヤバイ……。

 「“何”が? 決まってるじゃないか。……俺がおまえならそうしたからだよ。俺なら、そうして築いてきた関係を邪魔するものがあれば――必ず取り除く。そうとはしないなら、何かしらのメリットがある。おまえが俺でも、同じことを考えるだろう?」

 波多野がハッと笑って、神を相手取って好戦的な色を目に浮かべたもんだから私は何度ヤバイって単語使えばいいのヤバイっていう……。

 「……じゃあ仮にそうだったとして、俺が口を割ると思うか?」

 ……ちょっと待って田崎さんここでまた爽やかな笑顔とか勘弁してムリ……。
 もう私コッソリ抜け出していいかな胃が……胃が……と思いつつ、田崎さんのお言葉を聞くしかない臆病者と笑われたってここから離れられるなら構わないけどそれは許されないこの圧……。

 「いいや、思わないさ。ただ、今の俺の話を否定しなかったなら充分だよ。今は暴こうとは思わない。本当にさんに害が及ぶようなことにはならなさそうだから。……ただし、何もかもがおまえの予想の範囲で動くとは思わないことだな。じゃあ、俺はこれで」

 「あ、田崎さ――」

 田崎さんが振り返ることなく屋上を出て行く姿を見つめながら、神永さんが呆れたふうに「やれやれ、相当腹立ってるな、アイツ。セリフ全部取られた」と言って溜め息を吐いた。や、やっと生きた心地で呼吸できる……と思った瞬間がありました……(震え声)……。
 神永さんの目が冷徹に細まるのを見て、喉がヒュッとした。

 「ま、そういうわけで、おまえの天敵である彼女だけじゃなく、俺たちもおまえの動きにはよく注意してるから気をつけろ。下手を打てば――容赦なくそこを突く。食事、明日の夜だったな。うまく立ち回ることを期待してるぞ、“後輩”」

 神永さんはそう言ってゆったりとした歩調でドアへと歩き出した。私も後を追うが、ちらりと波多野を盗み見る。
 ……なんてこった悪い予感しかしない……。

 ……なんで薄ら笑いしてんだコイツ……。

 この後、一体何があるんだろうか……。
 考えてみてもサッパリ分からないし、いくつか想像してみてもどれも最悪のパターンしかないので大人しく思考停止する。

 ……さて、神とカンストがこちらにいるとしたって……どうなることやら頭痛が痛い……。






画像:十八回目の夏