「……三好くん……あの子っ、あの子、誰なの……?」

 ウワァ……これも月曜9時枠…………いや、木曜深夜? 金曜?? いや、なんだっていいけど観たことある……。
 震える私に追い打ちをかけるように、三好さんの声はあまりにも冷たかった。
 ゆらゆら浮かぶ煙草の煙は、夜空には白い。

 「今のあなたには関係ないでしょう。僕はもうあなたとは会わないと言いましたよ」

 三好さんのセリフに、取り乱した「ちゃんと説明して! 約束が違うわよ!!」という金切り声が響いて、ウッと胸が痛くなる。
 ヤバイついつい追いかけてきちゃったけど……なんという修羅場……。
 とりあえず(これ以上)大きな問題にならないよう、三好さんは油を注ぐような真似だけは絶対に「あなたと僕の関係はもう過去の話です。別れたその後のことは、僕には関係ありません」……そういうのを油と人は言うッ!!

 「……あの子と付き合ってるの……?」

 震えているその声は、悲しみからなのか怒りからなのか判断しがたいが、どっちであってもこれは三好さんのほうに問題があるとしか思えないし、いくら三好×を推しているといえども、だからといって三好さんのカノジョ個人に問題があるのかというとまったくないわけなので……そういう、恋愛に付きものである複雑な感情――それも同性のものとあれば心が疼くものがある……と居心地悪くなっていると、三好さんがさらに余計な油を注いだ。この人は“婉曲”とか“オブラート”とかいうものとはご縁がない??

 「いいですか。僕がわざわざ嘘を吐いたのは、あなたのためじゃない。……言っておくが、余計な真似をしてみろ。僕はあなたを許さない。絶対にだ。……話は終わりです。駅にはまだタクシーも多いでしょう。お気をつけて」

 「まっ、待って! 三好くんっ!」

 「やめてもらえますか。終わった女の面倒なんて僕はごめんだ」

 …………。


 「……さすがに今の言い方はないんじゃないですか? アンタ最低男ってやつですよ」

 私の言葉に溜め息を吐きながら、三好さんはジャケットの内ポケットから携帯灰皿を取り出すと、その中へ煙草を落とした。そしてなんてことないように「このくらい言わないと分からないでしょう。別れたものを、まだ続いていると思い込んでるような女なんですから」と言ってまたポケットにしまう。
 この人っていうのは本当になんも分かっちゃいないというか、自分の興味から外れているものに対してはちっとも情け容赦ないな――っていうか、違う、この人の興味っていうのは私が見たところ以外にはない……そう考えるとこの人の愛情ってこええな……と思いつつ、私はじっと三好さんの様子を窺いながら口を開いた。

 「それにしたってね……。っていうかそんなことじゃなく。……まさかとは思いますけど、あの女の代わりがとか言わないですよね」

 背筋が凍るような低い声で、三好さんはそれに答えた。

 「……彼女が……さんが、あの女の代替……? ……ふざけるな。次にそんな口を利いてみろ。二度と口が開けないようにしてやる」

 私を射貫く目は恐ろしく冷たくて、思わず自然と90度に腰が折れたヤバイ地雷踏んだ。

 「すんませんポンコツに成り下がるほどのバカである三好さんにバカ言いましたすんません!」

 けれどそうなると、「……でも、そこまで言うくせになんで……」という話になるわけである。
 エリートエリートした顔だけのポンコツというのは、他の人には信じられない嘘のような話であるが我々(三好×同盟)の中では大昔から浸透しているマジな話なわけで――それに、これだけ強く、いや、恐ろしい圧でもって否定するならどうしてあんな女がここへきて登場して、あんな修羅場……っていう。
 すると三好さんは急にしゅんとして、「……さんが、悪いんです。僕を、好きになってはくれないから。……僕の心はあの日からずっと、彼女が放してくれないのに。……僕はずっと、彼女だけを愛しているのに……」なんて言うので、私は思わず泣いてしまいそうになった。

 「……三好さん…………何それちょっとっていうか大分詳しくお願いします急に出てきた少女マンガ感ッ!!!!」

 ただただときめくことのできる月9展開ッ!! 泣きそう?? ここへきて急に三好さんの過去が――過去の恋愛が明らかになるとかそんな……月9じゃん……三好さんのくせに月9展開じゃんこれは嬉し涙だよ最高かッ?!?!
 波多野の帰国、そして三好さんの元カノ登場とか最ッ悪な展開で泥沼もありえると思っていただけに、テンション上げんなってほうがどう考えたって無理……と色んな感情(主に萌え)で打ち震える私に、三好さんは神妙な顔をして言った。

 「……あなたは、僕を応援していると言いましたね。その戦力を失うのは本意ではありません」

 そしてふと私の目を見たかと思えば、そのままじっと見つめて「……ただし、この話はさんにだけはしないでください。いいですか」と言った。真剣というか、どこか緊張しているような声だ。(一応は)いつも物腰柔らかで、所作が一つ一つ丁寧な三好さんには珍しく、パンツのポケットに片手を突っ込み、それから今度は睨みつけるようにじっと地面を見つめる。
 なんだか調子狂うな……と思いつつ――。

 「え、あぁ、はい、分かりました……じゃ、早速お願いします」

 私の言葉に三好さんは本当に呆れたというように「馬鹿な人だな、ここで長話するわけにはいかないでしょう。また後日お話しします」と言うと、どこか寂しそうに「……僕は、今日はこれで」と背を向けて、さっさと歩き出した。私の「……はい、じゃあ、また」という挨拶は、聞こえていたんだかどうかも分からなかった。




 ――で。
 月曜がやってきた。
 前に三好さんに呼び出されたところで、前と同じく向かい合っているわけだがその時とはワケが違うので怖くないむしろ高鳴る鼓動が止められない……。

 「じゃ、お願いします三好さん」

 サッと話を促すように片手を差し出すと、三好さんは強張った顔で「……さんは、」と言うので、「まったく遺憾ですが波多野のクソガキがお昼誘いにきたので今回は譲ってやりました。あ、には“急務”って言ってありますから大丈夫です」と答える。
 ……ホンットあのクソガキちょっと目を離すとすぐってどこからともなく現れては……クソッ腹立つ……と私が拳を握ってぶるぶるさせていると、三好さんは波多野のことなんてちっとも気にした様子なく、ただただのことだけが――この場にがいること、話を聞かれることだけが心配なようだ。だっておかしい。

 「そうですか」

 ……反応これだけとか……。

 普段が普段だからホントおかしい、なんなの……と思って首を傾げる私に、三好さんはまた「……もう一度言いますが、この話、さんにだけは――」と念押しするのでいい加減話聞かせてください頼むから……。

 「分かったから早くしてください気になってあれからまともに眠れなかったんで」

 ってわけだから頼むよ……。
 三好さんは緊張したような、困ったような様子で口を開いた。

 「……さんとはインターンで顔を合わせて今に至る――と、彼女は思っているようですが……出会ったのはそれよりずっと前です」

 私は眉をひそめて「え……いや、でも三好さんみたいな濃い人の話だったら私絶対聞いてますけど……そんな覚えは……」と呟いた。
 記憶を探ってみるも、やっぱりそんな覚えはないし、三好さんのこれまでの振る舞いを考えてみれば、やっぱりが私に泣きついてこないのはどう考えたっておかしい。
 すると三好さんはなんてことないように「きっとあなたがさんと出会うより前ですよ。僕が彼女と出会ったのは、十年は前の話ですから」と言うと、視線をそっと床へ落とした。

 「……僕は母の葬式で、彼女と出会いました」
 「……お母さんの、お葬式……」

 思わず呟いた私の言葉は、三好さんに聞こえているのかいないのか、分からなかった。
 三好さんは続ける。

 「幼いながらに、母の死を理解していましたが、実感はありませんでした。死化粧をされた姿は、ただ眠っているだけのようにも見えたので。父があちこちに挨拶をして、家の者が慌ただしく仕事をしている中、僕はなんだか……自分だけが壁の外へいるような気がして……それならどこへ行ったって誰も構いやしないだろうと、裏手の庭へ行きました」

 三好さんの表情には特別な感情は見受けられず、私はどう反応したものかと困った。
 声は静かで、調子も淡々としているのだ。何を思うでも、何を感じているでもないというように。
 けれど、その声にほんの少しだけ、色が見えた気がしたのは次の言葉だった。

 「そこでさんと――さんと、出会ったんです」

 言った三好さんは、なんだかつまらなそうな顔をしながらも、優しく穏やかな声で言葉を紡いでいった。初めて感情が見えた気がする。
 これはきっと、拗ねているのだ。

 「彼女のお母様が母の同級生で、それもとても親しくしていたそうでした。それまで僕とさんが顔を合わすことがなかったのが、不思議だったくらいには。まぁ、僕と彼女とでは年齢も違いますし、僕たちの性別の違い、性格の違いも含めて引き合わせようとしなかったようですが」

 ……確かに三好さんととじゃ、性格は合わない……その証拠が現在……と思いつつ、三好さんのこんな子供みたいな顔は初めて見たと思うと、どこかむずがゆい気持ちになる。
 三好さんは懐かしそうに目を細めて、「さんは彼女のお母様に連れられて、葬式へ来ていたんです。母は彼女が生まれた時には、随分と世話を焼いていたと後から聞きましたから」と言うと、それから――今にも泣き出しそうに、声を震わせた。
 本当はどんな感情でいるんだか、もちろん私には分からない。……分からないけれど、一瞬でも三好さんの気持ちを疑った私はとんでもなく馬鹿だと思った。
 俯く三好さんは小さな子供のようで、何か言葉をと探してみようと思ったが、すぐにやめた。
 ふと顔を上げたその表情は、こんなにも優しい。眼差しは、遠い過去を慈しんでいる。
 私がかける言葉なんて、必要じゃない。

 「さんも母を随分と慕ってくれていたようで、その証拠に、さんは庭で泣いていました。一人っきりで。僕はその涙を見て、初めて母の死の実感を得たような気がしました」

 三好さんは苦笑しながらも、やっぱり優しい顔で、愛しさが滲み出ている声で続けた。

 「……僕は母が死んで、彼女の涙を見て、その時……生まれて初めて泣きました。僕に気づいた彼女は、こちらに走り寄ってきたかと思うと……僕に言ったんです。『いつも優しくて、にこにこしてたから、絶対に天使さんが天国に連れてってくれるから、なんにも悲しくなんかない』と」

 小さな男の子と、女の子。見たことのない風景。
 私の知らない二人の話なのに、私は思わず泣いてしまいそうになって、唇をきつく噛んだ。
 これは、ただの過去なんかじゃない。
 三好さんの中で、今もずっと生きている“今”なのだ。

 「彼女、ぼろぼろ泣いているくせに、おかしいでしょう。でも、そう言ったんです。――僕は、彼女がその天使だと思いました。天使である彼女がそう言うのだから、母は天国に行ける。だから、悲しむ必要はない。……僕は、自分が悲しんでいたことも、この時にやっと実感した。……それから、彼女は僕に、これをくれました」

 三好さんはそう言って、ジャケットの内ポケットからそうっと小さなキーホルダーを取り出すと、私に見せた。

 「……四つ葉のクローバー、」

 「だめになってしまう前に押し花にして、レジン加工したんです。ずっと、持ち歩いています。庭で彼女が探していたものです。きっと母にやるつもりだったんでしょうが……僕が、泣いていたからでしょうね。……僕に、くれました」

 それから三好さんはそっと目を伏せて、ゆっくりと、何かを味わうように言った。

 「これは、さんが僕にくれた、心そのものなんです」

 じっとそれを見つめる私に、まるで宝物を隠してしまうみたいに、けれど壊さないように――壊れないように、とても大事そうにそうっと内ポケットへ納めた。
 三好さんは、そっと胸に手を当てた。

 「僕は庭で出会った天使のことを知りたくて、父に母の話をせがみましたが、父は母のことを思い出したくないようで、何度頼んでも母の話をしようとはしませんでした」

 どうして、なんて聞かなくとも、分かってしまう。
 三好さんの話を聞いていて、その表情が、眼差しが、声が、すべてを物語っている。

 「……今なら分かります。愛していたから――愛しているからこそ、話したくないこともあるのだと。それがたとえ、血の繋がった息子が相手だとしても。……それでも僕がしつこく聞くものだから、父も根負けしましてね。それでさんのお母様のことを知りました。あの天使は彼女の娘さん――さんだとも」

 「……会いに、いこうとは思わなかったんですか?」

 思わず呟いた私に、三好さんは困ったように眉を寄せた。

 「……そうですね、なかったと言えば嘘になります。……僕はいつも、どこかで彼女を探していた。誰かに、彼女の面影を重ねてみようとしたことすらありました。……あの頃の僕は、とても愚かだった。……そんなことをしているうちに、僕は彼女との、あのほんの少しの思い出を大事にすればいいんだと気づいたんです。それだけでいいとも。――ですが、幼かった女の子は大人の女性になって、また僕の目の前に現れた」

 きっと“あの頃”というのは、機関生時代の話だろう。もしかしたら、その後も一人で続けていたのかもしれない。三好さんの目には、後悔とか哀れみとか、そういうものが宿っているように見える。“誰”に対してのものかは、私には分からないけれど。
 ただ、三好さんに心を与えた女の子はずっと三好さんの中で生き続けていて、そうして“今”があるというのは分かる。
 私はわんわん泣いている女の子と、静かに涙を流しながらおろおろする男の子を想像してみたけれど、それはと三好さんとを当てはめるには足りないな、と思った。
 呟いた「……インターンの時、見つけたんですね」という言葉に、三好さんはいつもの調子で大げさに肩を竦めた。

 「ええ。残念ながら、僕のところへは来てくれませんでしたがね」

 「……神永さんと田崎さんが言ってましたよ。の配属は、三好さんが何か細工したんじゃないかって」

 私が言うと、三好さんは嬉しそうに笑って「ふふ、多少なりとも苦労はしましたよ。彼女、優秀でしょう」と答える。
 ふと、沈黙が訪れた。
 私はどうしても我慢できなかった。

 「……言ったらダメだって分かってますけど、ホントににしないんですか、この話。すれば――」

 「しません。絶対に」

 私に最後まで言わせることなく、三好さんはきっぱりと言い切った。

 三好さんていう人は、本当に不器用な人だ。
 いくら女の子をサラッと落とせるようなことができたって、そんなことでは何も埋められないと分かっていたはずだ。そうすることは、与えられた心を自分で削り取っていくことだとも。
 小さな体をしておきながら、心は大人になりすぎていた。そしてそのまま、大人になってしまった。
 それでも追い求めていたもの――その“天使”を目の前にしてみれば、泣くことすら知らなかったずぅっと昔の幼い男の子に戻って、与えられた感情に戸惑うことしかできないのだから。
 私は溜め息を吐きつつも、思わず笑った。

 「……そうですよね、三好さんですもんね。……過去の自分にまで嫉妬するって相当ヤバイですよ」

 「そうですか? ちっとも振り向いてくれないさんがいけないと思いますよ。今の僕にはまったく心を砕いてくれない」

 …………。

 「――っていうか、それなら尚更なんっっっっでこんなことになってんです?!」

 それでなんで(あちらはまだ別れてないって主張のようだけど)元カノが出てくる?!?! っていうコレッ!!!!
 そんだけ一途に想ってきててなんで?! いや、カノジョがいたことに関してはいいよ、そういうもんだから。っていうかいなかったですって言われたほうが怖いから三好さんの場合! 度が越してそうで!! だからそれはいいのよ。だけどそうじゃないでしょ?! なんであんなことになるようなことになってんのッ?!?! ってことが言いたいわけ私はッ!!!!

 「当時は父がうるさいので、形だけでも恋人が必要だっただけです。あちらもそれは承知の上ですよ」

 何を言うんです? みたいな顔をして言うからコイツとんでもねえ。

 「ホンットに以外の人間に興味ないどころかその辺の小石扱いだなッ?!?! あの人に同情しちゃうだろどう考えても!! 悪はテメーだッ!!!! そりゃ三好さんの中ではそうやって完結するかもしれないですけどね?? 相手の……あー……なんとかさんにしたら違うでしょ?? 私の言ってる意味分かりますよね???? っていうか神永さんも田崎さんも名前忘れたって言ってるんで不便なんですけどあの人お名前は??」

 「…………確か……」

 ……だめだ……に関しては分かった、この人はのこと、ほんとにほんとに――とにかく分かったけど!! それはそれであってだからと言ってその他をどうでもいいっていうふうにしたらいけないんですよっていうね? 分かるよね?? 分かりますよね????

 ――って思ったけどそうだよね、オッケー、この人以外は“その他”って括りだったわオッケー……。

 「アッ、もう大丈夫です“Aさん”、Aさんにしましょう!!!! ……現にAさん、三好さんとはまだ終わってないって思ってたんだし、このまま引き下がるとは到底思えません」

 真剣に切り出した私に、三好さんも神妙な顔をした。

 「それはともかく」
 「おいおかしいだろ」

 今までの流れなんだったの……と私は額に手を当てたが、三好さんは大真面目に「さんはどうして僕の贈り物を身に付けずに、波多野からの贈り物は大事にしているんです?」と言うと、不愉快だと言わんばかりに唇を歪めた。

 「ハァ? そんなこと今関係な――……ん? 贈り物……? ――え?! なっ、何あげたんですっていうかいつ?!」

 私がずいっと近づくと、「おや、聞いていませんか? さんと休日をご一緒した時……最後にお渡ししたんですが」と首を傾げて、三好さんは何か考えるように顎へ手をやった。

 「……ほう?」

 私にがその話をしていないということは…………い、良い傾向かと言われると……な、何とも言えない――が、あのデートの時の話なら別である。なんたってあの時の三好さんはめっちゃデキる男だったから。今までのなんだったの?? っていうほどにデキる男だったから。
 その証拠とでもいうように三好さんは「タイミングは外していないはずです。観覧車から降りる少し前に、僕が直接彼女に付けました」と月9でそれはもう充分やったからと言いたいシチュエーションで――。

 「……ん? “付けた”……? …………ということは何をプレゼントしました?」

 言いながら、私は背中がヒヤッとしたのを感じたおっと嫌な予感が……。
 そしてこういう時三好さんは裏切らない。

 「ネックレスですが」
 「……ネックレスて……独占欲丸出しかよッ!!!!」

 “贈り物の意味”について神永さんたちとあれこれ話しましたけど、ネックレスっていうのはね?? そう簡単にあげていいもんじゃないのよ……?? 指輪もそうだけど、輪になってるってところがポイントでね?? 要するには『縛っておきたい』っていう意味で、つまりは独り占めしたいっていう束縛の意味があるわけよだから結婚の誓約の証も指輪でしょ言いたいこと分かるよね??
 脳みそシェイクされた気分だ……こっちもアンタの言いたいことは分かるんだけど、そういうことじゃないんだよ……。
 まぁそれはともかく、と私は三好さんのキューにアンサー。

 「……あー……のことだからネックレスをプレゼントされた意味までは考えてないとして、三好さんのは付けない、波多野のは付ける……単純に好感度の差だと思います。……にしても観覧車でか……だからあの時ってば青い顔してたんだな……」

 言いながらも、ったく三好さんはどうしてそう斜め上なのか……? 今に始まったことじゃないけど、もうちょっと段階ってあるでしょ……?
 ――って思うとますます波多野のネックレスの存在感が光る感じしてめっちゃ腹立つなんなのアイツ。
 ちっ、と舌打ちした私に三好さんは眉間に皺を寄せたが、「……波多野のネックレスは受け入れて、僕のは受け入れないだなんて、こんな話があっていいはずがありません。……あんなふうに、まるで見せつけるようにして……僕だって贈ったものをああやって扱ってほしいです」と言うのでそこは同意。
 ――けどね??

 「分かるけど話がAさんから大ッッッッ分離れてんだよ戻せ!!」
 「彼女とはもう終わりました。僕にはさんだけです」
 「それはもう何度も聞いたわおまえ針の調子おかしいレコード機かよッ!!」
 「ラジオではないんですか?」

 「ンなことどうだっていいだろうがッ!! どうすんですが逆恨みされたら!!!!」と私がいよいよ怒り心頭という具合いに怒鳴ると、三好さんは何をもってそう断言するのか「何もさせやしません。僕がそばにいる限り、何も」と言ってちっとも気にした様子じゃない。
 思わず溜め息を吐いて、私は米神を押さえた。

 「……あのね、女の嫉妬とかそういう類の怨念っていうのは、たぶん三好さんが思ってるより大分厄介だし、大分恐ろしいですよ。ムカつくことに今この瞬間は波多野が一緒ですから大丈夫でしょうけど、ちょっと目を離した隙にAさんが――」


 「あなた、三好くんの恋人なんですってね」

  ……ほらね言ってるそばから……。
 ぴくっと三好さんの眉が吊り上がった。
 だからね? 私言ったでしょ??

 「……へ? え、三好さん? え、え、わ、わたしただの部下です! 部下です!! 恋人なんてとんでもないです! 絶対ないです!」

 ……それにしてもうちの子はまったくブレないね……否定の仕方が全力すぎて……。さすがに同情するよ三好さんに……と思ってちらっと見てみると、しゅんとした顔をしている。
 しかしそちらに気を取られている場合ではなく、Aさんがどこか棘のある声で「……ふぅん? でも三好くんのほうは――」と言ったところで……やっぱりうちの子はどっかのファンシーな国のお姫様かフェアリーなのかな????

 「でも、偶然とは言えただの部下のわたしが、三好さんの彼女さんにお会いできるなんて思ってもみませんでした。やっぱりお綺麗ですね! 三好さんのことですから、お付き合いする方も完璧な人だろうなって思ってたんですけど、本当に美人だし……」

 ……百点の返しだわ……そんなこと言われたら何も返せない……分かる、今のすっごい純粋な目してきらきらしてるでしょ……?
 私の予想通りのようで、Aさんはそれに上擦った声で「え……、え? ……そ、そう……?」と応えている。
 ふふふ……うちの秘蔵っ子やばいでしょ? かわいいでしょ?? と思わず頬が緩んでしまいそうになったいや今はそういう場合じゃないの危ないの、場合によっては……って場面だから萌えてる場合じゃないの……。
 それでもはフェアリーだから「はい! 波多野くんからも聞きました! 仕事も速いし、すごく出来る人だって! 三好さんが羨ましいくらいです」とか褒め殺しヤバイAさんひたすら戸惑ってる感じで「そ、そんなことないわよ、」とかありきたりなこと言ってる……何度でも言うけどうちの秘蔵っ子やばいでしょ……?
 の声はとても嬉しそうに弾んでいるので、三好さんをもう一度ちらっと見てみると――お、鬼の形相……。いや、何もさせないキリッとかやってた次の瞬間にコレだからね……フォローもできねえよ(真顔)。
 けれどはどこまでも純粋なお姫様でフェアリーなので、Aさんの“呼び出し”の意味が分かっていない――というか、本当に何かしらの用事だなと思って素直に応じたんだろう……。

 「えっ、でも本当にそうですよ! あ、もう本社から離れないんですよね? ……好きなひとがそばにいてくれないと、やっぱりさみしいですよね……わたしも分かります……。でももう離れずに済むならよかったですね! わたしも嬉しいです!!」

 ……そんなかわいいこと言ってAさん喜ばせてる場合じゃないのよあなた……(頭抱え)。
 すると、Aさんが「……あなた、名前は?」とかちょっと緊張感ある声を出したので、思わずビクッとしてしまった。
 “呼び出し”されてるじゃなく私が震えるこの現象はなんて名前なんでしょうか……。

 「あっ、すみません! です、と申します。……他部署の先輩をお相手に……すみません……つい、」

 「ううん、いいの。……それでさん、あなた波多野くんのことが好きなの?」

 ちっげえよは波多野のクソガキなんか「え? もちろん好きです!」……う、うん……そうだよね……知ってるけど……そうだよね……(遠い目)。
 三好さんが革靴鳴らし始めたヤバイ。

 「わたし、波多野くんがフランスに行ってる間、すっごく寂しくて……ですから、多少なりともお気持ちは分かります。三好さんもきっと同じ気持ちですよ!」

 ……違うの……違う、それ違うから、もう分かったから波多野大好き大好き! ってしないで……三好×Aさん応援しないでお願い……。
 どうしてって三好さんの目がヤバイからって理由以外に何かあります??

 「……じゃなくてすみません、えっと、お話って……」

 しゅんとしたの声に続いて、「……いいえ、もう結構よ」とAさんがきっぱりと言った。それから何か考えるふうに、「……そう、あなた波多野くんのことが好きなのね。……恋人なの?」と急に柔らかい声を出したのでぐっと体に力が入った。
 ……こ、この人どういうつもり……?

 「あれ、もうどこからかお聞きになりましたか? ……もう、みんなしてすぐに噂するから……」

 だからちゃんはそれやめよう? お願いやめよう?? それっぽいこと言うのやめよう????
 なんでって……三好さんの目がヤバイから!!!!
 それを受けて、Aさんは鈴が転がるような声で「ふふ」と笑った後、「そう。仲が良くて羨ましいわ」と続けた。
 そして何を思ったのか突然――。

 「……そうだわ、さ――ううん、ちゃん。今度一緒にお食事でもどうかしら? わたしと三好くん、ちゃんと波多野くんで」

 …………?!?! なんですと?!?!
 驚愕というか恐怖で目を見開くと、の「え、で、でもお二人の邪魔に……」という小さな声がして、三好さんがきつく眉間に皺を寄せた。

 「まさか。……三好くんもとっても喜ぶわ、きっとね」

 Aさんの言葉に、は「お、お邪魔でなければ、ぜひ……! ドイツでのお話、お聞きしたいです!」と明るく応える。
 私と違ってちゃんは真面目でお仕事熱心だからね、そういうのめちゃくちゃ興味持っちゃうよねでも相手が相手なのよ……ッ!! やめなさい!! めっ!! と言い聞かせたいところだが、そういうわけにもいかないのでひたすら頭を抱えるしかない……。

 「うふふ、もちろん、いくらでも聞かせてあげるわ。……わたしが留守にしていた間の三好くんの話、聞かせてね」

 「はい、もちろんですっ!」

 ……どうしよう……なんかこれマズイんじゃないかなそういう気配がすごくしてる嫌な予感めっちゃしてる……。

 「急に呼び出したりしてごめんなさいね。あぁ、そうだわ、連絡先、教えてくれるかしら。予定が合う日を確認しましょう。それにせっかくだから、デートの前に二人でお買い物でもどうかしら? わたしたち二人とも、恋人と久しぶりのデートよ。いつもよりずぅっとオシャレしなくっちゃ。ね?」

 波多野×、三好×Aさんでダブルデート? はっ??
 ……付き合ってないから。付き合ってないから!!!! は波多野なんかと付き合ってないからッ!!!! 大体Aさんだって三好さんとはもう別れてんでしょ?! それがなんでダブル“デート”なんて――と私の頭が色んな意味で爆発しそうだったわけだが、三好さんの様子見たら一瞬で落ち着いた。
 ……鬼を越えたら何になるんですかね……修羅……? とにかくすごい顔してるっていうの伝わればそれでいいつまりヤバイ。

 「えっ、うれしいです! ぜひ!」
 「ふふふ、楽しみだわ」

 まぁちゃんもAさんもそんなこと知ったこっちゃないので、なんだか気が合った(ような)様子……。
 いや、でもおかしい。あんな修羅場やっといて、と三好さんの関係を勘ぐって、その上で“呼び出し”……っていうかそれを抜きにしたって元カノと(現時点ではまったくかすってもないけど)今カノが仲良くできるかっていうと……少なくとも三好さんはそんなの許さないだろうし、やっぱりAさんには何か思うところがあるとしか思えない。
 じっと考え始めたところで、が躊躇いがちに「……あ、ここにきてすみません、えっと、なんてお呼びしたらいいですか……?」と言うと、Aさんが静かに答えた。

 「……そうね。――“A子さん”。A子さんでいいわ、そう呼んでくれる?」

 …………戦慄(震え声)。

 「えい子さん……はい、じゃあそう呼ばせていただきます! ふふ、よろしくお願いします、えい子さん!」

 ……どう考えてもマズイしヤバイです嫌な予感は当たるって本当ですね(遠い目)……。






画像:十八回目の夏