それはまるで映画のワンシーンのようだった……。

 「……っ波多野くん!」

 その姿を見つけてすぐ、はたたたっと走り出した。
 ヤツは憎たらしくも笑顔を浮かべて、駆け寄ってくるに向けて両腕を広げる。

 「……ただいま、。……俺に言うことは? 泣いてたらダメだ」
 「う、うんっ、お、おかえりなさぁい……っ」


 「……見ました? アレなんですよ……アレがデフォ……アレがデフォなのあのクソガキの前でだけッ!!!! でもちゃんは天使だから広げられた腕に素直に飛び込んでっちゃうなんでなのでもかわいい混乱する波多野のクソがふざけんな……ッ!!!!」

 抱きしめ合い……頬を寄せ合う二人を微笑ましそうに一瞥して通り過ぎてゆく人々すらもが憎い……憎い……ッ!!!!
 心が汚濁していく……憎しみで汚濁していく……。
 クソガキ波多野への様々なマイナス感情で体の機能おかしくなりそうな私の肩を、ぽん、と神永さんが叩いて「きみが波多野を嫌う理由はよく分かった。……なるほどな。思ってたよりも面倒そうだ」と苦い顔をする。
 続けて田崎さんが「まぁ、波多野も三好とは馬が合うとは言い難いしな」とか不穏なこと言うので「え゛」と漏らすと…………ああああ゛ァアァ……(頭抱え)。
 「ややこしいことになるぞ。……ほら、ご登場だ」と神永さんが顎で指した先には――。


 「貴様、よくもぬけぬけと戻ってこれたものだな。まずは彼女のことを放せ」

 三好さんは二人の姿を見て、もちろん眉を吊り上げて冷たく吐き捨てた。
 ……分かる。今回ばかりは三好さんの“それ”もいい仕事としてカウントするからもっと言ってやって……ッ!!
 それに対して、波多野は小馬鹿にするように鼻を鳴らすと、「誰かと思えば……お久しぶりですね、三好センパイ」と“先輩”の部分をそれはそれは嫌味ったらしく発音したので、当たり前だけど三好さんが眉をきつく寄せた。
 大好きマンの三好さん……波多野への殺意が隠しきれてない……。

 「気色悪い、やめろ。……さん、帰りますよ。車ですから、ご自宅までお送りします」

 そう言っての腕を引こうとすると、波多野がを後ろへと押しやって、それから三好さんのことを見つめたまま、「……だぁから言っただろ、ついてこいって。こういう心配があるから、おまえ残していくの嫌だったんだ」と唇を歪めた。
 ……なんだと……?

 「……何?」

 私と同じ反応を見せた三好さんだが、詳しく問い詰めようにも「またそれ? ふふ、ついていけるなら、それもよかったかな。でもわたしフランス語は無理だし、仕事できなくなっちゃうのは困るもん」とかにこにこしてるが天使だから……ッ!!!!
 しかし波多野の次のセリフに血の気引いた。

 「俺が全部面倒みるって言った」
 「そうだけど、そうじゃないもん」

 すっごい意味深なセリフなのにのこの反応もどう受け取ればいいの?!?!
 “全部”ってなんだよ“仕事”の面倒か?! “生活”の面倒かッ?!?! ……クソガキがッ!!!!
 ますます殺意が高まっていく中、(全部分かっといて)のんびりしてる波多野と(色々と何も知らないで)にこにこしてる…………とオーラも顔面も立ち姿もすべてが殺意に満ち溢れてる三好さんであそこだけカオス……。
 しかしあのクソガキの余裕はなんなんだよ私もありとあらゆるところから殺意が溢れる……。

 「まぁいいや、戻ってきたし。……そういうことなんで、帰ってくださいよ。感動の再会なんで」

 三好さんの登場に難しい顔をしているに、三好さんが静かな声で「……さん」と呼びかけると――う、うん、不機嫌そうな「……なんですか」……これしかないですよね……(遠い目)。
 すると最近めっちゃ“まとも”な仕事してる三好さん……心底傷ついている……つらい……というような表情で苦し気に「……まだ、怒っていますか? 僕が波多野とのことを、許さないと言ったこと……」と呟くようにして言った……。
 情に訴える作戦ッ!! 対するッ?!

 「そんなの当たり前で――っ! ……も、もう、怒って、ないです、けど……」

 こういうのすぐ信じちゃうの疑うことを知らないの穢れない天使なの……。
 しっかしまぁホント“まとも”に仕事する三好さんは、なんだかんだしっかりのこと分かってるなぁ……。いや、そうじゃないと今までのことすべて証明できないけど。この人、の食の好みすら把握してたんだよ挨拶シカトかましてたくせに……。
 まぁそれはともかく、三好さんは自然と「なら、帰りましょう。波多野も疲れているでしょうし。ね?」とうまく波多野からを奪い返すよう自分のペースへと誘い込んでいくが――。

 次の波多野のセリフに、私は、人目も気にせず、膝を、ついた……。

 「余計な世話だ。おい、さっさと帰れって言ってんだろ。、久しぶりだからの料理食べたいんだ。行っていいか? 部屋。今日がダメでも、いつでも行けるからいいんだけど。……鍵だってあるし」


 なん……なんてことだ……なんてことだよあのクソガキなんでだよ何がどうしてんだよッ(錯乱)!!!!

 「……聞いてない……部屋上げてるどころか合鍵とかとんでもねえモン渡してるなんて聞いてない……ッ!! アイツどういう手を使って……」

 頭を抱えながら呪詛のごとく――というか呪詛――を吐く私を、神永さんが引っ張り上げてくれたそういえば私崩れ落ちて膝ついてたんだった好奇の視線とか感じなかったわマイワールドで波多野をメタメタにすることに夢中になって……。
 しかしまぁ、これでやっと理解したらしい神永さんが囁き程度の音量だけれど、ゾゾッとするような声音で「……こりゃ“仲良し”なんてレベルじゃないな。さすがに俺もドアの前までしか行ってないぞ」と言ったので……う、うん……常識人の部類として考えてるあなたがそういう反応するとなると後々とても恐ろしい……。
 ――だがしかし、このお方はブレるということをご存知ない……? 神だから? 神だから????

 「さん、よっぽど波多野には気を許してるんだな」

 微笑ましそうな表情ってどういうこと?? この状況で何がどう微笑ましく見えます????
 ……私は凡人だからさ……そんな……田崎さんみたいにはさ……(遠い目)……。

 「……田崎さんの余裕ホント羨ましいなんで……? こんな、こんな……この世の終わりだ……」

 「だって焦る必要ないじゃないか。俺は彼女の“理想の王子様”なんだろう? それなら“らしい”働きをしないといけないから。……まぁ、望まれればいつでも応えるけどね」

 「……さすがそういうところがの“理想の王子様”……ッ!!」

 …………そうだこの人……このお方は神であった……(拝み)……。
 ……でもさ? ……でもさッ?!?!

 「でも神永さんにはもういっそ部屋上がっといてほしかったし合鍵もゲットしといてほしかった何してたんですか独走だったでしょアンタッ!!」

 「おい無理言うなよ。俺だって彼女には真摯に接したいし、紳士でいたいんだ」

 「うまいこと言ってるつもりかよ全ッ然うまくないわッ!!」

 クソッ、やっぱ口だけ達者なばっかりだな神永さんという人は……ッ!!
 もう誰でもいいからこの悪夢を終わらせてく「わたしはいつでもいいよ。波多野くんがいいほうがわたしもいいもんっ!」れ…………。

 なにあれ天使かよ……。

 そのエンジェルスマイル最高プライスレス……と思いつつ……ちゃんどうしてなの……子犬のように波多野にくっついて……なんでそんなクソガキに甘えんぼさんするの……と血涙流しながら波多野の次のセリフを聞いた私は、いよいよ正気を失うと思った。

 「そうだな……じゃあ俺の新しい部屋、先に行こう。とりあえずの簡単な整理、手伝って。鍵も渡すから。それで買い物して、の部屋に帰ろう。それでいい?」

 ……“帰ろう”……だと……? “行こう”じゃなくて……“帰ろう”……だと……?
 のおうちはもう自分の“帰る”場所だって言いてえのかッ!! ふざっけんなテメーはテメーのお部屋に帰りなクソガキッ!! と私は血管ブチ切れすぎて彼岸見える……と白目むきそうになったんだけども――。

 「……波多野くん疲れちゃわない? わたしは一緒にいられるの、嬉しいけど……でもっ――」

 「、俺がおまえと一緒にいたいんだ」

 「う、うん……っ! わたしもっ! 波多野くんと一緒がいいっ!」

 死ぬとするならあのクソガキも道連れじゃボケッ!!!! と眼光鋭くなったところで三好さんが仕事した。

 「……さん、あなたさえよければ、僕もご一緒させてもらえますか?」

 まぁ私も、ムカつくけど波多野の「はぁ?」というのは分かるし、それならちゃんの「え、」というのにはめっちゃくちゃ頷くところなんだけどね! ご一緒したところでアンタ何するの? 何ができるの??
 確かに“まとも”な仕事をする三好さんは今までのなんだったの?? 同一人物です?? と思うほどにはものすごくデキる男になるので、何か策があるというならガンガンやっちゃってくださいって感じなんだけど。
 三好さんは(上辺だけ)優しい微笑みを浮かべて、「実は波多野は僕の後輩なんです、予備校からの。あそこは上下関係なく密に接する機会がありましたから、随分と親しくしてきたんですよ。その後輩の帰国は僕も嬉しいんです。……フランスの話もぜひ聞きたい」と――最後のほう殺意隠せてない……波多野の帰国なんか嬉しくないしフランスの話なんかクソほど興味ないですよね分かる。っていうか田崎さん曰く“馬が合うとは言い難い”関係なわけだからそもそも……っていう。
 波多野は思いっきり表情を歪めた。

 「そんなのいつでも聞かせてやるからさっさと帰れって言ってるんですけどね、センパイ。つーか俺はアンタと過去に親しかった覚えもないし、それは現在進行形だ」

 いやそれはともかく、こんなに人目のあるところでバチバチされても困るッ!
 ――というわけで、頼れる田崎さんと三好さん係の神永さんを投入しようと「ちょっとちょっとここでやり合われちゃマズイ――ん゛?!」……思ったのにもう二人ともゴーしちゃってた……(頭抱え)……自由かよ……。


 「あぁ、ちゃん。やっぱり」

 にこにこしながら片手を上げて挨拶する神永さんに目を丸くすると、その後ろに田崎さんも見つけたは素直に「え、あれっ? 神永さん! 田崎さんも……」と驚いているが、状況が状況なのでどう反応すればいいのか分からない、というのがはっきり分かる複雑な顔をしている。

 「久しぶりだな、波多野。フランスはどうだった? ちゃんから今日帰国って聞いたから、顔見たくなってさ」

 波多野がぴくっと眉を動かした。

 「……“ちゃん”……?」

 「さん、波多野の帰国楽しみにしてたからね、俺も彼女から聞いてるうちに会いたくなって。……、よかったね」

 神永さんも田崎さんも煽り方がえげつねえなスルーできないそんなあからさまなケンカの押し売り……。
 まぁこうなったもんはしょうがない。

 「……おい、おまえらどういうつも――」

 「おかえり〜波多野クン〜〜なんで帰ってきたの?? って感じだけどおかえり〜〜」

 ハッ! 最後まで言わせるかボケがッ!!!!
 波多野は私の顔を見るなり、吐きそうとでもいうような顔しやがったので上等だコラかかってきな……とガン飛ばすと、クソ腹立つ呆れたような溜め息を吐いて「……おまえ、まだの周りうろちょろしてんのか。いい加減うざったいからやめろよ。つーか、そばにいるんならいるで役に立てっつーの。なんでこんなの近くに寄らせたんだよ」とか言い出すのでマジ笑わせる。

 「私とはずーーっと昔からの親友だけどもはや記憶の彼方のインターンで一瞬のみ関わっただけの波多野クンのほうがうざったいよいつまでに絡む気〜? つーかふざけてんのはテメーだろクソガキこっちはアンタがいない間に色んなVSあって毎日楽しんでんだよジャマすんなボケが」

 そうなんだよおまえがいない間に色んなことがあって今最高潮に楽しいんだから黙ってすっこんどけ〜??
 にこにこしつつも溜めに溜めたモン全部吐き出す私に、波多野は苦い顔をしたザマァ。

 「……、行くぞ」
 「えっ、でも……」
 「帰国してすぐなんだ。……おまえと二人がいい」
 「んん、でも……」

 そして私はコイツに関しては何一つ許さないから(笑顔)。

 「〜? 波多野クンも先輩方とお話ししたいだろうし〜私もフランスの話すっっっっごく興味あるからさ〜? みーーーーんなでご飯行こうよ〜〜。ほら、だし巻きは? 食べたいよね〜? ――神永さん、奢りですよね」

 この瞬間、私と神永さんとの間で何かが生まれた。言葉はいらない……。

 「――もちろんそのつもりだ。ちゃん、俺たちにも波多野の帰国、祝わせてくれないかな?」

 「え、えっと、」

 神永さんの言葉にどう答えようかと戸惑っている様子のに、「波多野はきみの部屋の鍵、持ってるんだろう? いつでも会えるじゃないか。……だめかな? さんが嫌なら、もちろん無理にとは言わないけど」と、さすがは田崎さん、たたみかける。こういうところが神だって何度私は言えばいい??

 「ん、えっと、」

 しかしそれでも躊躇うに、黙っていた三好さんが静かに口を開いた。

 「波多野。貴様の言う“先輩”がここまで言っているんだ。さんは今、僕の、部下で、そのかわいい部下が貴様と懇意にしているというなら、祝ってやるのも“先輩”として当然だ。……さん、どう思われますか?」

 他の誰でもない三好さんのセリフなので、こうなるとの答えは一択。
 ……いいのか悪いのか微妙なところですが、まぁこの場ではこれがベストでしょう……。

 「……せ、先輩は、う、敬うべき、ですよ、ね……」

 怯えてるけど(頭抱え)。

 すると波多野がの頭にこつんと拳をぶつけて、「……バカ。部屋の整理、ちゃんと手伝えよ。それなら許す」とか偉そうなこと言うのですかさず「一人に任せるわけないよね〜? 波多野クンってば優しいからぁ〜〜。っていうことでこの場は田崎さん、お願いします。いつものアレでお願いします」と90度の礼をした。この人に任せておけば問題ないなぜなら神だから……。

 「あはは、うん、大丈夫だよ。……、行こうか」
 「あっ、は、はいっ!」

 そう優しく声をかけると、の歩幅に合わせて歩き出した田崎さんがホント“理想の王子様”すぎて涙出そうになった最高……。

 ゆっくりと遠くなっていく二人の後ろ姿をじっと見つめたまま、波多野が「……余計な真似しやがって……ッチ」と吐き捨てるので、もう高笑いしてやりたくてたまらなかった――というかした。

 「アッハハハ! ザマァッ!! せいぜい田崎さんに遊ばれてこいよクソガキ!!」
 「ふざけんな性悪女。田崎と俺とを比べんなよ、築いてきたモンが違うっつーの」

 フッ…………バカめッ!!!!
 もうザマァすぎてお腹痛いわ〜(笑顔)。

 「思い上がんなよクソガキ。田崎さんはの“理想の王子様”なの。あの人は戯れに人間やってるだけの神様なの。……アンタはなーーーーんにも知らないだろうけど? 田崎さんは何から何までのドストライクなんだよッ!! おまえいない間にだいっっっっぶラブラブに過ごしてきてるんだよ!! だから指くわえてギリィッしてろ!!!! ついでに言うと神永さんの彼氏力に圧倒されとけ!!!! そんでもって三好――……三好さんは……とにかく! もうアンタ入る隙なんてないからッ!!!!」

 すると波多野はハンと小馬鹿にしたように(コイツは実際そうだからクソ腹立つ)私を笑うと、「負け犬の遠吠えってこういうことだよな。まぁすぐに分かるだろ、が誰を選ぶかなんて簡単な話」と言って、スーツケースの持ち手に手をかけた。それからさっさと通り過ぎたかと思えば、ゆっくり振り返って口端を吊り上げた。

 「……そもそもアイツには――俺以外に選択肢なんてないね。じゃ、また後で」

 …………。


 「〜あンのクソガキ許さんッ!!!! 田崎さんについては心配してませんけど、神永さん分かってますよねッ?! 彼氏力ッ!!!!」

 私の言葉に神永さんは目を細めた後、ニッと笑った。
 とても重要なことを言います……いいですか……? ……D機関卒のエリートってみんな“自尊心のかたまり”なんですって……いつぞや聞きましたよね……? 三好さんはお察しだけどつまりは田崎さんすらそういうことなんです……けどあの人はちっともそんなふうに見えやしない……それはこの人も同様、というか爽やかな田崎さんとは違った意味でそんなふうに見えやしない――はずが……ッ!

 「言われなくても分かってるよ。……田崎を相手にしても、ちゃんの反応があれじゃあな……手を抜いたりなんかしない」

 ……ヤバイめっちゃ頼りになる感が仕事しすぎて現段階でもう神永さんの彼氏力見せつけられてる気すらする……。
 ――となるとやはり問題はたった一つそしてそれこそが最凶の不安……。

 「……三好さん、あなたが一番っていうか唯一の不安なんですけどね、いいですか、安易にキレたりしないでくださいよ。見た通りまんま、は……あのクソガキのこと大好きなんで。まぁ私には断然敵わないけど」

 三好さんは不愉快そうに唇を歪めて「波多野を相手に、僕が負けると思うんです? 馬鹿馬鹿しい」と言った後、背筋が凍りつきそうな鋭い目をしているくせして、ゆったりと微笑んだ。

 「――徹底的に潰します」

 すげえな色んな意味の“やる気”に満ち満ちているぞ……。
 まぁそれはもちろんオッケーなんだけど、三好さんてほら……斜め上だからさ……(遠い目)。

 「それはいいんですけど物理とかの神経に障るようなのはダメですよ分かってますよね?!」

 声を張って言い聞かせる私に、三好さんは嫌味っぽく溜め息を吐くと、ちらりと神永さんに視線を送った。
 神永さんのほうは面白そうに笑っている。
 三好さんの顔には不本意ですとデカデカ書かれているが――。

 「今回ばかりは仕方ありません。確実に奴をどうにかしたいですからね。……いいか、今回に限った話だぞ」

 腕を組んで苛立たし気に革靴を鳴らす三好さんに、神永さんは「ハイハイ、分かってるよ」とゆるく返事をした。
 すると次の瞬間、二人はさっと視線を交わらせると口端を持ち上げた。

 「「共同戦線だ」」

 やばいエリート×エリート×エリートとかいう世紀の最強連合成立ビッグバン起こるわ超期待トゥンク……。




 私、三好さん、神永さんはいつものお店でたちがやってくるのを、だらだらとしながら待っていた。
 ……このメンツで話しろってどう考えたって無理なのでね……それぞれ好きなことしてます……私はと次どこ遊びに行こうかとあちこちの口コミを片っ端からチェックしています……。
 ――と、そこへ私のスマホに連絡が入ったので、思わず立ち上がった。
 誰から? もちろん決まっておろうが。

 「――でっ、電話! たっ、田崎さんですッ!! もっ、もしもし田崎さんッ?!」
 『――もしもし?』

 声聞くだけで安心するわ田崎さんならなんでもやってくれるって知ってるから……。

 「田崎さんッ! 待ってました……! あの波多野のクソガキ、弄んでやりましたッ?!」

 鼻息荒く早口に言う私に、田崎さんが『……いや、それがね……ちょっと、というか……結構厄介なことになってるんだ』と溜め息交じりに言うので戦慄。

 「……え゛……? そ、それはあのクソガキが……? うちのかわいいを……ッ?!」

 私のスマホを持つ手がぶるぶる震えているのは当たり前なのだけど、三好さんが「ちっ」と舌打ちして煙草に火をつけるのと神永さんが煙草に火をつけるのタイミング一緒で……この人たち分ッかりやすいにも程がある……。いや、神永さんはさすがになんともないような顔してるけど……でも一瞬眉がピクッとしたのを私は見逃しませんでしたよ……。
 とりあえずは今何がどうなってんだかを確認せねばと……何を言われても意識は飛ばすまいと気合いを入れる私に、田崎さんは困ったような声で『いや、問題は波多野じゃないんだ。……なんて言えばいいかな……。――さんのほうなんだよね』とか言うから私も困惑。

 「……はい?」

 『そろそろそっちに向かうから、直接彼女の様子を見れば分かるよ。俺もなんて説明したらいいか、ちょっと難しい。なんせ波多野まで戸惑ってる様子だしね。……きみのほうも、覚悟しておいたほうがいいんじゃないかな。――あ、ごめんね、タクシー来ちゃったみたいだ。それじゃ、また店で』

 ……ど、どういうこっちゃねん……。

 「……とても悪い……というか、不吉な連絡が田崎さんから入りました……」

 神永さんはなんでもない(ような)顔をして、「田崎からっていうのが真実味があって嫌な話だな。なんだって?」と煙草の煙を吐き出した。
 ……心の中の声を聞きたい。今何をどう思ってますか……。
 しかしどうしたものか……のほうに問題とは……。
 首を捻りつつ、私は「いや、『説明が難しい』って言ってました。“あの”、“あの”田崎さんが。……これガチでヤバイやつじゃないですか……?」と声を震わせた。

 「そうは言ってもな。“説明が難しい”なんて状況なら、実際に様子を見てみるしかないだろ。ちゃんたちがこっちに来るまではどうにもできない」

 「そっ……そうですけど!」

 ふぅ、と静かに煙を吐き出すと、三好さんは煙草の灰を落としながら「……何にせよ、波多野の好きにはさせない。これだけでいいでしょう。こちらにうまく話を誘導していけばいいだけの話です。すぐにボロを出しますよ。そうすればさんだってすぐに気がつくでしょう。波多野のような男は、自分にふさわしくはないと」と、こちらもなんでもなさそうな顔をして言った。

 「波多野はに釣り合わないという点においては大いに賛同するところなんですけど、そんなうまく事が運びます? アイツ今までずーーーーっとのこと騙くらかしてきたんですよ? どうやったんだかに合鍵まで渡させてんですよ? いくらエリート×エリート×エリートのパーティー組めたって……しかも田崎さんが戸惑うような状況でそんなことできます?」

 「できます。他の誰ができなくとも、僕になら」

 その即答は全私にショックを与えた――。

 「……三好さんのくせになんかかっこいい……。……ならちゃんと、“まとも”な仕事お願いしますよ。口だけで終わらせないでくださいね。……神永さんは分かってますよね? ダントツの彼氏力。……あれ結構イイ線いってるんですよね……昨日ひしひしと感じました……さすがカンストの本気は違う甘えんぼちゃん引き出す技が巧みすぎ……」

 まぁ三好さんのほうは……何かしらの拍子で何かしら(意味深)をアレしちゃう可能性が充分すぎるほどにあるのでそっちはともかく、神永さんに関してはだいっっっっぶ安心できる。
 にこにこしながらを優しく甘やかしてる様子はマジで彼氏なので。神永さんにだけはやらないとか言ってたこともありましたが神永×もお兄ちゃん属性×甘えんぼさんとかいう女子が一度は憧れるカップルであるからして…………まぁつまり最高……。
 ――と親指立てていると、三好さんがちらりと神永さんを見て、すぐに鼻先で笑った。

 「ふん、ちゃらちゃらしているだけの不誠実な男です、この男は。さんは素直ですからね、波多野についてもそうですが、裏を読もうとはしないだけです。そのうち気がつきます」

 それに対して、神永さんは呆れた溜め息を吐く。

 「いくら今回だけといっても、手を組むと決めた相手に、おまえよくそんなこと言えるな。……まぁいい。ちゃんたちが着き次第、すぐに始めるぞ。いいな」

 「言われなくとも分かっている」

 「ハイハイ、共同戦線共同戦線!! あ、私ちょっとお手洗い行ってきますね、すみません。……ケンカしないでくださいよ」


 三好のことは一切見ずに口を開く。

 「……散々にちゃんに振り回されてるが――腕は鈍っちゃいないだろうな、三好。貴様に頼るつもりはまったくないが、ここへきて波多野みたいな男に張り付かれちゃ厄介だ。“まとも”な仕事をしろよ」

 波多野がどういうつもりなのかは知らないが、とにかくあんな様子を見せられたら焦るなというのも無理な話だ。
 あの子は俺とちゃんが付き合うことも、まぁなくはないと考えているようだし、一番の壁であるそこをクリアできているなら話は早い。後はちゃんの気持ち次第だ。そして俺は彼女を諦める気はない。
 ――となると、次にクリアすべきはちゃんの波多野への親しみ、これをどう片付けるかだ。
 見たところちゃんのほうに波多野への恋愛感情はないし、あれはあくまで“信頼”だ。まぁどう考えても行きすぎているわけだが、それは波多野がうまいことやって彼女の意識を操作しているにすぎない。
 この問題、俺一人でやれないことはないが――余計なことに気を取られないよう、早々に解決するには“共同戦線”が一番楽だ。
 三好も同じように思っているだろう。冷たい視線を感じる。

 「……誰にものを言っているつもりだ。貴様こそ、しくじるなよ」

 三好は「それに、」と続ける。

 「さんは人一倍、純粋で……愛らしい人です。――僕の最も得意とするところですよ」

 そういえば“ゲーム”で三好が勝った時は、そういう女の子が多かった気がする。女の子らしくて、笑った顔がかわいい、悪いことやずるいことなんて何も知らなさそうな。
 俺はそういうものに興味はないが、まぁ天国ってものが存在するとして、そこに清さの象徴として存在しているだろう天使のような、そういう女の子。
 まぁ、そんな女の子を相手にしてるっていうのに、三好はいつも上っ面だけがお優しく――もちろん“ゲーム”の勝敗にはこだわっていたが――女の子に対する情というのは一切感じられなかった。コイツも俺と同じくそういうものには微塵も興味はないし、それこそ鼻で笑って一蹴していたんだろう。けれど、昔のことを言っていても仕方ないが、確かにちゃんのようなタイプの女の子こそ、三好が一番に能力を発揮していたところだ。
 今となっては、その当時の面影などちっともないので、本当に“仕方ない”が。

 「……昔を振り返れば確かにそうだったな。――が、ちゃん相手には何も結果出せてないのは事実だろ。鈍っちゃいないなら、ぜひおまえの手練手管ってやつを拝ませてもらいたいね」

 ここで初めて三好へ視線をやったが、やっぱり冷たい視線で俺を射貫いていた。
 三好は薄らと笑うと、「存分にどうぞ。技は見て盗むものですからね」なんて言うので、ついつい――。

 「……ま、今回に限った話だし、今更ちゃんがおまえに靡くとは思わないけどな」




 「お帰り〜! 波多野なんかの手伝いさせられて疲れたでしょ〜? なんでも好きなもの食べて好きなもの飲んでいいからね〜。神永さんの奢りだから遠慮なんかまったくちっともしなくていいからね〜〜」

 ささっとを座らせる。するとさも当然というような顔をして隣に波多野が座るもんだから、三好さんがすでにどうにかなりそう……。まぁまぁ、という意味を込めてテーブルの下で思っくそ太ももつねっといた。……まだ早いから! ……そういうタイミングきたらやっちゃってください(意味深)。
 神永さんは呆れたように「それはきみが言うことか?」と白けた目をしてみせたが、ににこりと笑顔を見せると「まぁそういうわけだから。とりあえずちゃんは――」何が食べたい? とかそういう当たり障りないところから発揮されるカンストの彼氏力が……と思ったのですが。

 「ビールと、それから明太子のだし巻き、食べたいです」

 「……うん? うん、分かった。あー、じゃあ後はサラダと、揚げ物、海鮮も欲しいところだなぁ……」

 目を丸くした神永さんだったが、まぁ特に何を言うでもなくメニューに目を滑らせはじめると、がすかさず「サラダなら、アボカドサラダがおいしいですよ。ダメな方いらっしゃいますか? 揚げ物だったら、地鶏の唐揚げがおすすめです。海鮮だと、お願いすれば捌いたばっかりのもので御造りも出してもらえますよ」とか言い出すので震えが止まらない……。
 思わず「……ちゃんどうしたの……」と呟くと、当のはきょとんと――。

 「え? 何が?」
 「な、何がってあなたそんな幹事みたいな…………田崎さんちょっと」


 とりあえず田崎さんを連れ出し、ここへ来るまでの間に一体何が起きたのかというのを事細かに聞いて、戻り次第すぐにでも何か対策を立てないと、田崎さんの凄まじい万能感も神永さんの彼氏力もお呼びじゃないイコール……何が起こるか――つまりあのクソガキがをいいように……ックソ、考えただけで頭爆発しそう……。

 「……どういうことですなんですかアレは……」

 ずきずきと痛くなってきたこめかみを押さえつつ言う私に、田崎さんも困った顔をして肩をすくめた。

 「ずっとあの調子でね。てきぱきしすぎちゃってて、俺が何か手伝おうとしても『大丈夫です』、波多野が『無理しなくていい』って言っても聞かないんだよ。いつもなら、遠慮しながらも頼ってくれるのにね。人を立てるのが上手な子なのに、どうしちゃったのかな」

 「……全然分かんない……何……に何が起こってるの……」

 ……まさかが問題になると誰が予想していただろうか……?


 まぁとりあえずはもう少し様子を見ようということで席に戻ったわけだが、は私と田崎さんを見るなり「もうお料理きてるよ〜」と言ったかと思えば、「あ、三好さん、今日車だって仰ってましたよね。何飲まれます? これ、ソフトドリンクのメニューです」とかにこにこしているので、私はもう開いた口塞がらないガチでどうしたの……今がにこにこしてる相手は“あの”三好さんだよ……?
 三好さんもどうしたらいいのか分からない様子で戸惑いを見せつつ、「一度戻って置いてきましたから、アルコールで大丈夫ですよ」と答えれば天使の笑顔のままにがサッとアルコールメニューを差し出してくるので、三好さんもいよいよ何がどうおかしいのかと理解したらしく……「……ありがとうございます」と素直にそれを受け取った。
 はにこにこしながら三好さんを見つめていて、三好さんは嬉しいんだろうに……嬉しいんだろうに状況が状況なので複雑そうな顔をしている…………それもこれもこのクソ波多野のせいでなッ!!!!
 そのクソ波多野が「……」と声をかけると、はますますご機嫌に「? なぁに? あ、波多野くん、サラダ! これほんとにおいしいんだよ〜。お皿貸して」とか……この場にいる誰もがそこ代われよギリィッ! と思っているに違いない少なくとも私はそう(真顔)。

 「……なぁ、おまえ、今日どうした?」
 「どうもしてないもん。ねえ、はやく食べて! おいしいからっ!」

 波多野の腕を引いて、はやくはやくっ! とでも言いたそうにうずうずしているうちのは本当に天使ですね……(拝み)。
 ……相手が波多野というところ、これだけはどうしたって許せないけどなッ!! いくらちゃんのすることであれどもッ!!!!

 「――ん、うまい。ありがとな」
 「ふふ、そうでしょ?」

 嬉しそうに唇をきゅっと優しく噛むと、の細い指先が首元に触れた。
 お休みの日――少なくとも私とお出かけの時には、いつもこのネックレスをしてくるわけだが、小さな石の入ったトップをそわそわといじっている。
 それを見て、波多野がくすりと笑った。

 「……その癖、変わってないんだな」
 「え?」
 「俺に褒められると、それ触るとこ」
 「あ、」

 …………。

 く、空気を……空気をね? この澱みをね?? まずどうにかしよっか!
 ――というわけで、変に話を逸らしすぎてもおかしいので、「そっ、そういえばお出かけの時っていつもそのネックレスしてるよね、。お気に入りなのかな〜??」とそっちに舵を――と思ったのが大間違いだった私は私を殺したい……。

 「うん、そう。……ふふ、波多野くんがね、出会って最初の私の誕生日にくれたの」
 「…………へっ、へえ〜〜」
 「今年は何が欲しい?」
 「なんにもいらない。……波多野くんがいてくれれば、それでいいもん……」

 ……殺ッ!! それしかないッ!!!!
 出会ったばっかの? しかもインターンで一瞬のみ関わった相手に?? 誕生日プレゼント?? しかもネックレス????
 …………無理、アウト、誰でもアウトだけどおまえは特にアウトだ波多野クソガキ地獄に堕ちろ……(呪詛)。

 ヤバイな……このままでは…………三好さんが何かしら(意味深)をアレしてしまう……と、なんとかその最悪の結末だけはどうにか避けようと私の脳みそがいつになくお仕事している中、波多野が「――つーかさ」と言って、ビールジョッキをテーブルに置くと、頬杖をついて剣呑な目つきをしてみせた。
 それから静かな声で、たった一言。思わず背筋が凍りついた。

 「おまえら、ホンット変わんねえな。まだあんなゲームしてんのかよ」

 おいおいおいおいの前でなんつーこと言いやがるやめろッ!!!! っていうかそれはもう解決してることだから蒸し返すんじゃねえよややこしくなるだろうがッ!!!!
 ちらっとを見ると、せっせと女子らしい――いや、幹事っぽいお仕事に夢中になっている……真面目ちゃんかよ知ってるかわいい……。
 いや、そういうことじゃないんだ今は……と、ごくっと喉を上下させると、田崎さんがにこりと笑った。

 「誰も“ゲーム”なんてしてる気はないんだけど……その言葉が出るってことは、おまえはそういうつもりなのかな?」

 波多野はあからさまに機嫌を損ねた――というか今にもブチ切れんの?? というほどに表情を歪めて「ハァ? コイツ相手にそんなことするか」と吐き捨てて、鋭く田崎さんを睨んだ。
 それでも笑顔を崩さない田崎さんはやはり人に擬態しているだけの神だとしか思えない……。
 今度は神永さんが「じゃ、どういうつもりなんだ?」とのんびり言ったかと思うと、すぅっと目を細めて「……弁解するなら今だぞ。そうしないなら、ネックレスを贈ったってこと、そのままの意味で捉える」と低い声で言った。
 ……う、うん……か、神永さんはほら、じょ、常識人の部類だから…………そうですよね……?(震え声)
 完全に色んな圧がやばい先輩たち(全然思ってないの丸分かりだけど)を相手にして、波多野はまったく怯んだ様子はない。短く「どう捉えられようがどうだっていい」と言ってビールジョッキを持ち上げた。すると、ちらりと三好さんに視線をやったのでギクッとした。
 ……大好きマンだぞ三好さんは……おまえがどうなろうがどうだっていいけど後処理は全部こっちに回ってくんだから発言内容には気をつけろよ……と震えだす正直な体……。

 「……とりあえず。――おい、三好」
 「なんです?」

 三好さんはなんともない調子で軽く返事をしながら、女子力発揮しまくっててもう光り輝いてるをじっと見つめているのでこの人はこの人でブレるということを知らないな……。
 ――と思って、やれやれ……とか悠長なことを思っていましたこれを聞くまでは。

 「おまえがどういうつもりだろうがいいけどな、コイツには手ぇ出すな」
 「貴様にどうこう言われることじゃない」
 「言っておくが、テメェの心配なんざしちゃいねえからな。……あの女も帰国してる」
 「何を昔のことを。彼女とはもう切れています、関係ありません」

 ……ん……?? 三好さんは淡々と波多野の言葉に答えて、視線はただただかわいいに向けられているが、なんだかお話の様子が? おかしくありませんか??

 「向こうはそう思ってない口振りだった。おまえがどういう女を引っかけて、どういう遊びしてようが俺には関係ない。ならにはもっと関係ない話だ。コイツに手ぇ出すな」

 三好さんがやっとから視線を外したかと思うと、くっきりと眉間に皺を寄せ、「……黙っていれば好き放題に勝手なことを。僕は――」と何事か言いかけたところで、「っ三好くん!」…………この声はどちら様かな? ん????
 三好さんはその声の人物をゆっくりと振り返ると、「……お久しぶりですね。ドイツはどうです? 僕がいた頃とは変わったかな」と微笑んでみせた。
 すると、その人――その女性は大きな瞳いっぱいに涙を溜めて、「三好くんひどいわ、わたし、あれからずっとあなたからの連絡、待ってたのよ、」と嗚咽交じりに言った。それから何かにピンときたらしく……「――ねえ、その子、だぁれ?」と、まっすぐにを見て言った。
 三好さんは静かに席を立って、「……すみません、少し外します」とその人と店を出て行った……。

 ………ちょっと待って……?

 「わー、きれいなひと! ねえ波多野くん、あの人誰?」

 にこにこしてるに、ビールを飲みつつ波多野が「三好のカノジョ」と短く答えたわけだが――「はっ?!?!」と、これ以外にどういう反応すればいいわけ?? は????

 「えー! そうなの? わぁ、三好さんの彼女さんかあ〜。そりゃあお付き合いするなら、三好さんだもん、すっごい美人とだろうなぁって思ってたけど、ほんとにきれいな人だねえ」

 「そうか? 俺はおまえのほうが好きだ」

 「えー? えへへ、わたしも波多野くん大好き!」

 …………ここへきておかしいだろこの展開は?!?!

 「ちょっと待ってちょっと待って三好さんの? なに?? 三好さんの何?!?!」

 頭を抱えつつも勢いよく立ち上がって悲鳴を上げる私に、神永さんが『今日いい天気だよね〜』とかいうようなテンションで「カノジョだよ、“カノジョ”。いやぁ、てっきりとっくに別れたもんだと思ってたんだけどな。おまえ知ってた? 田崎。まぁ別れてないのであれば万々歳だな。一人減った」とかクソどうでもいい世間話みたいに言ったかと思うと、田崎さんもそれに『でも明日は雨らしいよ〜』みたいなテンションで「いや、よくは知らない。ただ、三好の口振りからしてそうだとは思ってた。……違うらしいけど、俺もそれならそれで構わない」とか返すから…………思わずテーブルをぶん殴った。

 「ちょっとアンタら知ってたんですかッ?!」

 すると神永さんが目を丸くしてびっくりしたので、いやそれどう考えても私の反応でしょ?!?! と思いつつ、「え、あぁ……って言っても昔の話だぞ。きみたちがうちに入社する前の話だ」という情報はきちんと頭のメモ帳に記録する。

 「どこの馬の骨?!」

 鼻息荒くする私に呆れた顔をしつつ、神永さんは「おい、随分な言い様だな……ええと、なんだっけな、確か……」とか唸りはじめたので使いモンにならねえなッ?! とブチ切れそうになったところ、田崎さんが「三好が波多野と同じように海外行きに抜擢された時、一緒にドイツに行った子だよ。他は覚えてないな」と…………。

 「アァ゛?! 肝心なとこ二人して忘れてんなッ?!」

 ――この二人から何も引き出せないとなると、この場であの女のことを知っているのはコイツだけ……。

 「……ちょっと波多野、アンタあの人とどこで繋がってるわけ? 三好さんとあの女、まだ付き合ってんの?」

 波多野は素知らぬ顔で「別に。フランス行き決まった時、現地の前にドイツであの女の研修受けただけ。なんも知らねえよ」と言いつつ、うざったそうに溜め息を吐いた。

 「……で?」

 「ハァ? それ以外になんもねえって言ってんだろ。俺が好き好んで三好のカノジョなんざと仲良くしてたまるか」

 ……まぁ確かに……と思いつつ、ならどうするか? と私が考えはじめたところでうちの子は……ッ!!

 「波多野くん、唐揚げは? 食べる?」
 「ん」

 まったくもうアンタって子は天使なのッ?! 知ってるッ!!!!

 「〜っ!! 三好さんのカノジョ!! あの(大好きマン)三好さんのカノジョだよ?!」

 「えっ、う、うん? そうだね、きれいだった。うらやましいねえ」

 何をのんびりしてるの……! 違うでしょちゃん……! とますます頭を抱えそうなところへ「何言ってんの? ちゃんのほうがずっとかわいいよ。そうやって人を褒められるところとか――そうやって、照れて笑うところ」とか神永さんが言い出して、それに対してうちのはほんのり頬を赤くして「……神永さんってほんと女の子に優しいですよね。褒め上手なんだから……」なんていう百点対応したかと思えばすかさず田崎さんが「いや、神永の言う通りだよ。……でも、俺が一番きみをよく知ってるんじゃないかな。きみの、かわいい顔。ね、また見せてほしいな。――次はいつ会える? もちろん、二人だけで」とか――。

 「口説いてる場合かッ!! ……〜、私ちょっとトイレ行ってくるね〜〜」

 ったく何が『こちらにうまく話を誘導していく』だよ三好さん使えねえな誘導されたのアンタじゃねえかよッ!!!! と怒りを抑えきれぬままササッと店を出ると、煙草を吸いながらあの女性を見下ろす三好さんをすぐに見つけた。
 ……ギリギリ視界には収めてるけど興味は微塵もありません感やばいやっぱちゃん大好きかよ……。

 けれども、その後の会話を聞いてしまった私は――。






画像:HELIUM