「、なんか今日めっちゃご機嫌だね? どうしたの? そんなに三好さんとのデー……ん゛んん! お、お出かけ楽しかった〜? 今週もまたどっか連れてってもらう〜?? 三好さん喜ぶ――じゃなくてどこでも連れてってもらえるなら得じゃ〜ん!」 私の言葉には目を吊り上げた。 オゥ……普段のんびり屋さんでほわほわしてるだけに、こういう顔されるのはやっぱり心臓痛くなる……。 まぁ、何度も同じことを言う私に怒るの分かるんだけどこっちも必死なんだ(小声)。かわいいちゃんを怒らせてしまうのは本当に心臓痛くなるんだけど、あそこまでの進展あったんだからこっちも必死なんだ(震え声)。 それでもの反応はいくら聞いたところで変わらないけどね! 「はっ?! 三好さん怒らせないかなって心配するばっかで楽しかったわけないじゃん!! こないだからずーっと言ってるでしょ! 緊張して楽しいも何もなかったよ〜っ! それに――っとにかく! 嫌だったの〜っ! もうぜっっっったい断る! 次なんかないよっ!」 三好さんとのお出かけという名のデートについて、は私に事細かに話し、そして愚痴ると思っていたのだけど……実際のところ真逆で何も語ろうとしない。そういうわけだから、私のほうから積極的にアレコレ聞いて次に繋げようとしているのですが……まぁ……こういうわけだから……。 前なら、三好さんのこととなるとどこまででも何時間でも(愚痴だけど)話してたし、今でも(愚痴なら)どこまででも何時間でも話して聞かせてくるのになぜ……なぜ肝心な情報だけ与えてくれないのちゃん……。 目頭をぐっと押さえつつ、「そ、そうだよ、ね……。え、じゃあ何? どうしたの?」と言って、さて三好×同盟の仕事は大事だけど、会社に貢献するほうの仕事もそれなりに進めないとな……(遠い目)……とパソコン画面をしゃんとして見る。 ……あー、めんどくさい。酒飲みてえ。 ――ともうやる気のない私を、次の瞬間とんでもない衝撃が打ちのめした。 「あのね! 明日こっちに帰ってくるんだって! 空港まできてほしいって連絡くれたの」 「ごめん帰ってくるって誰が?」 ……の天使の微笑みプライスレス……なんだけど違う。違う。そうなんだけど、天使の微笑みはそうなんだけどイエス嫌な予感ッ!! 「え? 誰がって決まってるじゃん。波多野くん」 「ハァ?! あのクソガ――波多野と連絡取ってたの?! 配属違うし、インターンでちょっと関わっただけじゃんなんで?!」 思わず立ち上がってしまったなんだと……? ようやく三好×が今ちょうどいい感じに進展を見せ、何か芽生えそうな、そして実るかもしれない兆しが……という場面でなんですと?? は???? 波多野???? 私の知ってる“あの”波多野???? 拳を握ってぶるぶる震える私に、は困惑の表情である。 不安そうに「え、な、なんでも何も……ほら、インターンの最終日に飲んだじゃん、みんなで。その時に『連絡先教えて』って言われたから……」と答えるので私は眩暈がした。 「なんっでそう簡単に教えちゃったの?!?!」 なんなのちゃん素直かよどうしてあんなクソガキなんかに……っていうか私の知らないところであのガキ波多野……。 歯ぎしり止まらない私に、はますます不安そうな顔をしつつも、「だ、だってわたし波多野くんにはお世話になってたじゃんずっと! ……わたし、三好さんとは全然関わりなかったのに、あの頃から目を付けられてたっていうか……とにかくなんかモヤモヤしてたとき、波多野くんいつも気にかけてくれてたでしょ? 知ってるじゃん」としゅんとする。 でもまぁ、インターン時代からのことを何かと気にかけて――いや、あからさまに親切ぶってフォローしてたのは知ってる。ていうか目の前で散々にやられた。確かに波多野はにうざったく絡んでたけど私ことごとくジャマしてきた!! ……酒の席でにこにこしてるのそばを離れたりするんじゃなかったわ人脈なんてと比べたらクソみたいなもんのために……。 男の連絡先くらいでそんな過保護な……って思われるかもしれないけど私はアイツの本性知ってるから許せないのッ!!!! っていうかッ!!!! 「しっ……知ってるけど! っていうかアイツなんでもう帰ってくんの?! 波多野のとこの子が言ってたけど、あと一、二年はフランスじゃなかったの?! なんでもう帰ってくんの?!」 興味ないからいつ行ったんだか知らないけどヤツは今フランスにいる。そう、フランスにいる。いなきゃいけない。 アイツのフランス行きが決まった時、は随分とさみしがって、波多野の前では泣けないし、本音なんて言えない……とかいじらしいこと言ってヤケ酒しまくり、それでも健気に空港まで行って笑顔で見送ったとかいう過去があり……もう会えないんだよね……私もさみしい……とかには言いつつも私は心の中で『これでもう二度と顔見ないで済むんだよね最高あばよッ!!!!』……と高笑いしてたのになぜ……ッ!!!! よりにもよってなぜこのタイミングで……ッ!!!! 崩れ落ちそうな私ですが、は可憐な笑顔を見せる……。私半泣き半笑い……。が尊いのと今この瞬間の頭の中にあのクソガキがいるのかと思うとヤツに対する憎しみ湧いてきて感情が迷子……。 「大体はまだそのくらいかかるらしいね。だけど、任されてた向こうでの仕事、もう全部終わらせちゃったんだって。波多野くんてやっぱりすごいよねえ。フランス行き抜擢されたって思ったら、じゃあ長い間会えないし、もしかしたらずっとフランスなのかなーって思ってたけど……。戻ってくるんだよ? うれしいっ! それに昇進だって! 同期ではいちばんの出世だよね〜。ほんとすごい」 「波多野の昇進とかめっちゃくちゃどうでもいいよそれよりなんっっっっでがわざわざ空港まで波多野なんかを迎えにいかなきゃなんないの? 何回でも言うけどインターンで関わっただけじゃん! 昔の話でもうなんも関係ないじゃん!!」 鼻息荒く迫る私にもはフェアリー……。 このきょとん顔の画像が欲しいんだと私は何度でも繰り返す……(拝み)。 「なんで? だってわたし、波多野くんとはずっと連絡取り合ってたし、行っちゃうときだって空港行ったもん。帰ってくるなら空港で『おかえりなさい』って言いたいよ」 まぁのきょとん顔画像は(今は)ともかく。 「……、今日もいつものとこでいい? 今日も飲むよね? ねっ?!」 「え、う、うん、いいけど……でも今日は早く帰るよ?」 「うんうん、分かってる!」 ……帰すわけなかろうが……(迫真)……ッ!!!! 「――というわけでと私の同期で一番の出世頭であるクソ生意気な波多野が帰国してくるそうです私アイツ本気で大ッ嫌いなので二人とも全力で邪魔してください今夜もいつものとこで飲みますから」 三好×同盟ご用達、屋上。全員揃うまでにはまったくと言っていいほど時間かからなかったのがすごい。ちゃん大好きかよ私も大好き。 神永さんが今日も真っ黒であろう肺にぐいぐい毒物(という名のニコチン)ブチ込んでいる。 ふぅ、と煙を吐き出しながら「……波多野?」と眉を寄せたが、瞬時に納得という顔で「あぁ、そういえばフランス行ってたな。そのまま向こうにいるかと思ってたけど、まぁ本社のほうがいいよなぁ。海外行きならこっち戻れば昇進決まってるようなもんだし」と続けたので、今度は私が眉を寄せることとなった。 「へっ? 神永さんあのクソガキのこと知ってるんですか?」 「波多野は俺たちの後輩だよ、D機関の」 田崎さんの爽やかな笑顔が眩しいさすが真のエリート……。 しかしそれと同時にクソほどムカつく波多野……あいつD機関卒かよふざけんな……。 「余計にムカつくな波多野……アイツ私にはめっちゃ出してたエリートです〜感をにはちっとも出さずに親切のフリして……」 歯ぎしりと体の震え、更には瞳孔開きまくってるの分かる。 ちらりとそんな私を見たが、神永さんはのんびりとした調子で「ちゃんと波多野、そんなに仲良いのか?」とか言うから血管ブチ切れた。この人って私の血管ブチ切るの得意すぎ。殺す気かよ(真顔)。 いや、そんなことよりね、何が厄介ってみなさんもうお察しのことと思いますが……「インターンで一緒になっただけです!! 仲良くなんかありませんッ!!!!」とここで終わりたいものの、「…………仲良いっていうか、波多野が何かとに構ってて、それもすごい親切なんです〜優しいんです〜みたいな顔するから、がすっごい懐いちゃって……」というわけでヤバイのだ。 三好×が(たぶん)いい感じに進展していきそうなところに波多野はいらない……。 つまり我々の次なるミッションは波多野とかいうクソガキの排除……!! どう料理してやろうか……と考えを巡らせているところで、田崎さんが「へえ。珍しいこともあるな。波多野って小生意気な性格してるし、他人に親切するようなタイプじゃないんだけど。方向性は違うけど、なんだか三好みたいだ。まぁ多少なりとも愛嬌がある分、さんが懐くのも分からないでもないな」とか言うからもはや憎しみが沸騰ッ!! 「そこッ! そこがムカつくんですよッ!!」 ……でもまぁ、ある程度の情報を二人には持っておいてもらわないと話は進まない。 鼻の頭に皺が寄るのが分かった。ヤツの顔が思い浮かぶだけで私の怒りゲージぶっ壊れる。最大値が低すぎんだよッ!! 神永さんが呆れたような溜め息を吐いた。 「きみの好き嫌いはともかく、ちゃんは波多野を気に入ってるんだろ? わざわざ空港まで見送ったっていうんだからさ。出迎えるのだって仕方ないだろ。ずっと連絡まで取ってたんなら」 「……神永さんね、アンタ余裕かましてる場合じゃないですよ彼氏力ダントツのトップを誇るといえども」 私のほうが溜め息吐きたいんですよこの状況。 「恋人でもないのにわざわざ連絡を取り合って、しかも出迎えてほしいとまで言うんだから……波多野も波多野で気に入ってるんだね、さんのこと」 「田崎さんもいよいよ顔色変えるターンですよ神といえども……。……あの二人、付き合ってるって噂になったことあるんですからね。それも一度や二度の話じゃありません」 だってそんなアホな……クソみたいな話がまるで現実に起こってるかのようにッ!! 噂になんぞなって……!! 「で? それはマジか?」 「あるわけないでしょそんなことッ!!」 「なら心配する必要ないじゃないか」 またのんびり煙草の煙を吸い込む神永さんの声はとてもリラックスしている。 彼氏力ダントツのトップですもんね、ちょっとやそっとのことなんて歯牙にもかけないですよね。 「まぁ、さんが懐いてるっていうのは正直困ったなとは思うけど、噂は噂だろう? 波多野のほうがどういうつもりなのかはともかく、さん本人にその気があるようには思えない。佐久間さん同様、彼女が言う“お友達”なんじゃないかな」 田崎さんなんかもっとそうですよね、なんたっての“理想の王子様”なんだからその余裕も納得。 でもね……アンタら二人もさすがにコレ聞いたら私のこの慌てぶり、分かるから。絶対呑気かましてらんないから(真顔)。 「……にしつっこく絡んでた波多野はもちろんそうですけど、も特に否定しなかったから問題なんですッ!!」 「は、」 「……それはさすがに驚いたな……」 ほらね……さすがにびっくりでしょ……? 神永さんは思わずといった感じで咥えていた煙草をぽとりと落とし、田崎さんは目を丸くした。そう、これは神でさえ動揺する大問題なんですよッ!! 理由? 今説明しますッ!!!! 「そういう噂あるんだけどホントなの? って聞いた子たちがいて、その時あの子なんて答えたと思います? 『みんなそういう話、好きだね〜』……コレだけ! の反応コレだけッ!! ……だからもう同期の中じゃ完ッ全に浸透してる話なんで、『三好さん? えっ、さんて波多野くんと付き合ってるじゃん。なんで三好さん??』みたいな子もいるんです!! ついでにこの話、すぐ回るでしょうから三好さんファンが騒ぐに決まってるじゃないですか『これで私にもチャンスが〜』みたいな!! そしたら三好さんの耳にも入りますよね?! インターン時代みたいに波多野にの周りうろつかれたら困るなんて話じゃないんですよッ!!!!」 私の心配というのは、すべてここにある。 今まさに進展してきてる三好×に波多野が茶々入れてきたら困るんだよッ!! っていうココ一点。 インターンなんかもう大昔のことなのに、今までずーっと(波多野が何かしら言ったに決まってるけど)私には秘密で連絡先交換して? 連絡取り合ってて?? …………ハァ???? 「……波多野がねぇ」 神永さんは言いながら、新しく煙草に火をつけた。 まぁ実際のところ、波多野とが二人でいるところを見たわけじゃないし、そういう反応しかできないでしょうけどコレほんとマジちょう一大事だから。私の脳内今錯乱状態だから。 「それで明日なんだよね、波多野が戻ってくるの」とかこちらも動じた様子のない田崎さんにも、今回ばかりはさすが神ッ!! みたいな反応できないから。 ――というわけで。 「そうですッ! だから今夜はを帰さない方向にもってきますッ!!!!」 拳を握って決意を固くする私に対して、二人はのんびりしてるからホントやばいんだってこと早くその目で確認してもらって、それぞれの仕事してもらわないと困る三好さん使いモンにならねえからこういう時。 「へー。じゃあちゃんのこと、俺がお持ち帰りしちゃってもいいわけだ」 「さすがにさんだって頷くわけないだろ。ちゃんと送っていかないと。……ちゃんと、部屋までね」 「二人して何言ってんです?! 朝まで飲み屋に決まってんでしょッ!! とにかくっ! には悪いですけど! かわいそうですけど!! 二日酔い確実不可避ってくらい飲ませて空港になんてぜっっっったい行かせませんいいですよねッ?!」 こンの二人はまったく油断も隙もないな……と額を押さえたが、まぁ二人ともに色々と事情があるわけなので、まぁとりあえず〜って感じではあるけど、一応私の必死さに応えてくれるらしい。 神永さんはまだ充分に吸える長さのある煙草を、ためらいなく灰皿へと投げ込んだ。 「……まぁ、仕方ないな。俺は波多野とちゃん二人の様子を見たことがないし、少なくともちゃんから波多野の話を聞き出す必要はある」 ……ダントツの彼氏力……! 「そう! そうッ!! 神永さん、あの彼氏力お願いしますッ!!!!」 カンストの神永さんの本気はホンット超絶イケメンなので、その能力を存分に発揮してほしい。 しかもこの人、今現在トップでゴールに近づいてってる……。は神永さんには懐いてる――というか、三好さんの嫌味に対して立ち向かうほどには心を開いてるし信頼してるわけだから、対抗策としての期待値高め……ッ! ……そしてさらには、このお方がいる……。 「波多野がさんをどう思ってるかも、彼女の話からいくらかは推測できるだろうし……早めに手を打っておいたほうが吉か」 何においても万能感凄まじく、おまけにの“理想の王子様”という初めっから最強の装備デフォルトな田崎さん……ッ!! 期待値高めどころの話じゃない。この人に任せておけばなんとでもなる……と思わせるエリート中のエリート――というかもはや唯一の……疑いようのない真のエリートだからっていうかもはや神だから……ッ!! 「それ! それッ!! 田崎さんいつものやつお願いしますッ!! 本領発揮のアレ! アレお願いしますッ!!!!」 つまりこの二人がいればどうとでもなる波多野なんてクソガキなんぞなッ!!!! めっちゃ高笑いしたい。 そんな私を余所に、神永さんは両腕を組んでコンクリートの壁へと背中を預けた。 それから軽い調子で「ま、とりあえずちゃんの反応次第かな、どうするかっていうのは」と言うと、ちらりと田崎さんを見る。 「三好はどうする? 連れていくか? いずれ知ることになるなら、今のうちにちゃんの考え、知らせておいたほうが面倒はなくなると思うが」 「でもあの人は余計なことしか言わないでしょ……嫌味しか言わない近い未来見えるでしょ……」 この話を――というか、波多野との色々を聞いたら何するか分かんないわあの人のことになると暴走機関車だから。こっちの話まるで聞かないから。 思わず溜め息を吐くと、「と、いうか」と神永さんが言うので、首を傾げつつ視線をやる。 「三好のやつ、ちゃんがインターンの時から狙ってたんだな。あいつ人事に圧力でもかけたんじゃないのか? ま、一途もいいが、それからどれだけ時間かけてんだか……ホント、今までにない例だな」 神永さんのどこか呆れたような声に、田崎さんが肩を揺らしながら笑って応える。 「あはは、それも自分の部署に配属しろって? ありえない話ではないかもしれないな。ふふ、そういうところが極端なんだよ、三好は。でも、あの三好がこれだけ長い時間をかけてもクリアできてない。ありがたい話じゃないか」 …………。 「のんびりしてる場合かッ!! ……まぁでも……いずれ知ることになるし、周りがややこしいこと言う前に知っておいたほうがいいんですかね……」 顎に手をやって唸る私に、神永さんはなんてことないように言った。 「もう遅いと思うから、三好は連れてく。ちゃんの話なら、あいつが断る理由ないしな」 私が慌てて「え、そ、そんな簡単に決めていいことじゃな――」いですよ! と言うのを遮って、田崎さんがにこりと笑った。 「きみ、言ったじゃないか。この話はすぐに回るって。三好、もうさんに詰め寄ったりしてるかもよ」 「ゥアア゛アア!!!! ちょっ、ちょっと私もう戻りますね?! ヤバイ三好さんのひん曲がった斜め上発言ブチかまされたらマジヤバイ!!!! と、とりあえず後のことはラインで! ラインで!!」 さすがにオリンピック走りは無理だが、私は自分の出せる最速スピードで屋上を飛び出した。 その後、こんな会話を二人がしているとは知らず。 「あいつ、どうすると思う?」 「どうもこうも、相手はさんだからな。強引な手に出るだろう。今夜の件は早めに伝えたほうがいいな」 「だろうな。にしても、ちゃんの男運てやつは……あの子が言うように、変動ってのがすごいなぁ」 「まぁ俺たちが言えたことじゃないけどな。あはは」 ……私がやっとの思いで戻った時には、既に事は終わっていた……。 これはお向かいの同志より頂いた詳細な記録である……。 「……さん、どういうことです?」 まず、眉間に皺を寄せて険しい目つきをしながら、三好さんはの元へやってきたという。 その尋常じゃない様子に、はびくっと体を跳ね上げた後、震えた声で「は、え、どういうことです……? ……ええと、書類に不備、ありましたか?」と恐る恐る三好さんを見上げた。 ……この時点でめちゃくそ怖い。 「そんなどうだっていいことではありません」 「……それどうだっていいことじゃないですよ……。あ、いえ……えっと、じゃあ何が……?」 三好さんの次の言葉に、オフィスに衝撃が走った……。 感情の読めない表情、声音でたった一言。 「波多野が戻ってくると聞きました」 三好さんの様子が明らかにヤバイのに、この時のちゃんは天使の微笑みを浮かべていたらしい……。 『天使の微笑みプライスレス……』と書いてあった……。 はとても嬉しそうに「え? あぁ、はい、そうですね。三好さんもご存知なんですか、波多野くんのこと。他部署なのに……ふふ、彼、優秀ですもんね」とヤバすぎる三好さん相手ににこにこ応じ、それがさらに三好さんの感情を煽ったらしく「僕にはまったく及びません。それで、その波多野ですが」と早口に言った。 「はい?」 「あなたとは随分と懇意にしているそうですね」 「あぁ、そうですね。インターンで一緒になってから、よくお世話になってます」 「……一体どういう関係です?」 「……どういう? ……どういう……」 『さん……分かってるよね……? この時、みんなの心が一つになった……』 三好さんは静かな声で「僕は波多野とあなたが交際関係にあると聞きましたが」と言うと、腕を組んでを憤然と見下ろし、その様子を注意深く窺っているようだった。 『……さん……分かってるよね……?』 ……同じことが二度書いてあるということはそういうことですね……と私はこの記述を読んだ時、もう指先が震えてページをうまくめくれなかった……。 のアンサー……こちらです……。 「あぁ! 三好さんでもそういう話、興味あるんですね。みんなしてすぐ噂するから困ります」 『ああああ゛あああ!!!! 三好さんの纏うオーラがいつものやつじゃない、ヤバイ、』という走り書きに戦慄した。 だと思ったけど三好さんに……三好さんにの口からそれはヤバイにも程があるっていう話……ッ!! 「それはどういう意味ですか」 凍てついている三好さんの声音に不思議そうな顔で、うちのかわいいは「……どういう? え、そのままの意味ですけど……」と答えたそうです……。 すると三好さんは妙に落ち着いた声で、「そうですか、分かりました。……さん」と言って、微笑んでみせた。 ……私それ知ってるヤバイやつだって……。 「? はい」 「波多野の連絡先、今ここで削除してもらえますか」 「……はいっ?! え、な、なんでですか?」 「そのままの意味ですが」 「え、ど、どうしてそんなことしなくちゃ――」 三好さんはあくまでも笑顔で、しかし早口に、絶対に反論は許さないというような勢いでもって「波多野は確かにこちらへ戻ってきますが……今までずっとあなたのそばを離れていたわけですから、戻ったからといってわざわざどうするつもりです? 仕事に関して用件があれば僕が間に入りますし、今になってプライベートで奴があなたに関わる理由がありますか?」とか意味不明なお得意の自論を披露した……。 もちろんはこれにかちんときて、すかさず(『でも怯えてた』との記載アリ)「み、三好さんに間に入っていただく理由もなければ、プライベートに口出しされる覚えはもっとありません。彼が向こうにいる間も、ずっと連絡は取り合ってましたし……戻ってきてくれるからこそ、会いたいときに会えるようになるんです。ずっと一緒にいられるんです。三好さんにとやかく言われることじゃありません」とはっきり言った。 それに対して三好さんは笑顔のまま、こう言った。 「……そうですか。あなたのお考えはよく分かりました。――ただし、僕はそれを許さないということだけ、よく覚えておいてくださいね」 私がちょっと席を外していた間に……三好さんはホンッッッット使えねえ……。 「――ハァ? って話でしょ?! なんっでとやかく言われなくちゃなんないの三好ホンット嫌い大っ嫌い!! 波多野くんがわたしのこと嫌いとか、もう連絡取り合うのやめようって言うなら分かるよ? それならわたしだって――つ、つらいけどそうするもんっ! だけどまっっっったくの他人でただの上司になんでそんなこと言われなくちゃなんないの?! 許さないってなんでそんな指図されなきゃなんないの何様なのっ?! なんでわたしからなんでもかんでも取り上げようとすんの〜っ!! 意味分かんないほんとにやだほんとに嫌い……」 ……まぁこうなるわな……と思いつつ、私はなんとか宥めようと「わ、分かった、、分かったから落ち着こう、ね? ね??」と言いながらそっとビールとソフトドリンクとを入れ替えようと頑張るも、はジョッキを放す気配すら見せないヤバイ……。 確かに、かわいそうだけど酔い潰して空港へは行かせない。コレが今回のミッションなわけだけどこういうことじゃないんだよ〜ッ! っていうか三好さんはバカかよ知ってるけど〜ッ!!!! ――と髪を振り乱したくなっていたところへ、ようやく待ち人現る……(拝み)。 「偶然も重なれば運命と言ってもいいな。で? ちゃん、どうしたの? 泣いちゃうほどの悩みがあるなら、俺が聞くけど」 サラッと登場して、神永さんはの顔を覗き込むように屈むと、にこりと笑顔を見せた。 それをうるうるした目で見つめながら、が「か、かみながさ、」とぐずぐずし始める。 「目が真っ赤だ。女の子を――それもきみをこんなに泣かせるなんてひどいな。……どう思う? 三好」 田崎さんがそう言って後ろを振り返ると、不機嫌あらわな三好さんが革靴をトントンと鳴らしながら「……そうですね。長いこと彼女を放っておいて、今更なんでもない顔をしている男の顔なら笑ってやりたいものです。……まったく、本当にどういうつもりで戻ってくるんだか」と唇を歪めて立っている。 とりあえずは座ってもらって、そこから話を――と私はにこやかに笑って「皆さんお揃いで〜〜。ほらほら、泣いてないで一緒に――」とのほうを向くと……。 「……帰る」 「……え゛?! ちょ、ちょっと待った?! なんで?!」 「かえるって言ったの! かえる! かえりたいのっ!」 真っ赤な顔で勢いよく立ち上がったの体が傾くと、田崎さんがそれを支えた。 ……んンん゛これは月9なのかな?? そしてここで終わらないのが田崎さんという人に擬態してるだけの神……。 の体をそっと引き寄せると、耳元で「……どうして? 帰られちゃ困るな。きっときみがいると思ってきたのに。……顔を見ただけで帰りたくなるほど……俺のこと、嫌いかな? ……ね、どうしても帰るの?」と腰にクる“あの”声で囁いた最高なにこれ絵になりすぎ……。 「田崎さんのことはきらいなんかじゃありません! すきです! でも帰ります!」 しかももコレだからッ!!!!(歓喜) すると今度は、いつの間にやらの隣の席に座っていた神永さんが、「ちゃん、今日はだし巻きどっちにしよっか。あ、両方頼んで半分こがいいかな?」とメニューに目を通しつつ言った。 それにがますますぐずぐずしながら、「いらない〜っ! かえるんです! 神永さんのばかぁ! かえる〜っ!」と甘えんぼさんモードに……(歓喜パート2)。 「バカでいいよ、ちゃんが帰らないでくれるなら。ほら、おいで」 「っや、やです! かえるんです!」 さすがカンスト……彼氏力ダントツのトップ……さりげなく甘やかす感じ出しつつうまく自分のペースへと誘っている……。 「どうしてそんなに帰りたいの? ……俺を好きだって言ってくれるなら、帰らないで」 「だし巻きの他は何食べたい? チーズ揚げがいいかな。どうする?」 やっぱこの二人が揃って能力フルに発揮するとやばいえげつない……使いモンにならねえどっかの誰かさんとはレベルが違うというか次元が違う……。 感心していると、が「みよしさんがいやなんです!! だから帰りたいのに〜っ! っあ、明日波多野くんかえってきてくれるんです! だからもう帰るみよしさんやだぁ〜!!」と爆弾落としながらぶわっと泣き出したヤバイ何がって三好さんの顔面とオーラがヤバイ。 「……僕が嫌とはどういう意味です?」 「そのままです! ねえわたしほんとに帰りたい〜っ! かえる〜っ!!」 わんわん泣くの背中をあやすようにとんとんしながら「そんなに泣いてたら帰るに帰れないでしょ。ほら、あったかいお茶。はい、これ飲んで」とか神永さんってやっぱ彼氏力がメーター振り切ってる……。 続けて田崎さんが「波多野が帰ってくるの、そんなに嬉しいんだ。波多野のどこが好きなの? 教えてよ。……よそ見されちゃったら、困るから」とに優しい声で言う。ただの月曜9時ドラマ。 するとは嗚咽を漏らしながらも「どっ、どこって……全部好きです! 波多野くん、優しいし、わたしが困ってるときいつも助けてくれて……は、波多野くんにあいたい〜っ!」と決定的な言葉を口にした……。 「……さん」 三好さんの冷たい声を聞いて(私の体に)緊張が走るも、はお構いなしに「っなんですか!! わたしもう帰ります!!」と苛立ちを隠すことなくはっきりと言い切った。……やっぱりお酒の力っていうのはすごいですね……。 しかし相手は三好さんである。 「帰しません。座ってください」 「いやって言ってるじゃないですか聞いてます?!」 「そう大声を出すと迷惑ですよ。座ってください」 ブチッという音が聞こえた気がした。 「〜っだからなんで三好さんなんかにいちいち指図されなきゃなんないのなんでわたしからなんでも取り上げようとするのほんときらい帰る!!!!」 バンッとテーブルをぶん殴って今にもお店を飛び出しそうなをなんとか止めようと、「! ま、待とう? 待とう?? ね?? せめてだし巻きくるまで待とう???? せっかくのために神永さんが頼んでくれたんだから! ねっ?!」とかなんでだし巻き……それで思いとどまってくれるとかそんなアホな……他になんかあったでしょ……と自分で思いつつ必死に声をかけているところで、神永さんが一言。 「……そんなに帰りたい?」 ッオイ目的忘れたのかよッ!!!! とギンッと神永さんを睨むも、ぱぁっと表情を明るくしたうちの子がフェアリーで心臓高鳴る……。 は「かっ、かえりたいっ!」と神永さんに向き直った。 それを見て神永さんはにこっと笑顔を浮かべると「じゃ、帰ろ。……その代わり、俺んちね。そんなかわいい顔してる子、帰せない」……。 「俺のところでもいいよ。誰も入れたことないんだけど、きみなら別だ。……、どうする?」 「アンタらッ!!」 田崎さんまでノッてる場合かッ!! とピキピキしていると、三好さんがふっと口元を歪めて嫌味ったらしい口調で「……波多野のどこがいいんです? 相変わらずあなたの男の趣味は悪いどころの話じゃありませんね」とかブチかますから頭抱えるとかいう話じゃない。三好さんブン殴りたい。 もちろんは一気に爆発である。 「三好さんに関係ないでしょ?! っていうか波多野くんのこと悪く言わないでください!! 〜っもうホンットにいや!! 三好さん、わたしのこともうほっといてください! 仕事は変わらずきちんとしますっていうかご迷惑をおかけしないように今まで以上に励みます!! それでも気に入らないなら異動願い出します!!!! だからもうほっといてください以上です帰りますっ!!!!」 そう吐き捨てると走っていってしまった…………だっからアンタはポンコツなんだよッ!!!! とホント三好さんブン殴りたい。 「、さ――」 一瞬で冷静になったらしい三好さんは顔色を変えたが、神永さんがお構いなしに「今おまえが行ったってだめだろ。おい、きみ。この場は俺がふさわしいと思うが、どうだ?」と言うので考える私。 「田崎さんはの理想の王子様……月9……いや、でもここはやっぱりダントツの彼氏力を誇る神永さん、よろしくお願いしますただ自分ち連れて帰ったら殺す」 私の言葉に神永さんは心底真面目な様子で「さすがにあそこまで酔ってる女の子に何かするわけないだろ」と言うと、田崎さんを見た。 「じゃ、そういうことで。……いいよな?」 「確かに、この場面に俺はふさわしくないな。――“理想の王子様”相手には、甘えるに甘えられないだろうし。任せるよ」 ……そう、それなの……田崎さんなら月9なんだけど、この場合にはが素直に甘えて感情を吐き出せる相手がふさわしいので、そうなるとこの場では彼氏力ダントツのトップを誇る神永さんが最適解……と頷く私に、三好さんとかいうポンコツが「……僕が送っていきます」とか空気読まずに言うから血管ブチ切れた。 「おンまえ毎ッ回人の話聞かねえな?! っていうか三好さんのせいですからねが出てっちゃったの!! なんであんな嫌味言うんです?! バカじゃないのって言おうとしたけどアンタ使いモンにならねえバカって知ってわとっくにッ!!!! ああ゛あ〜〜! 波多野のこと聞くついでに、なんとか空港行かせないようにするはずだったのに……!!」 一気に吐き出して頭を抱えると、三好さんがぴくりと眉を動かした。 「……彼女、空港まで行くと言ってるんですか」 「そうです!! だからここに足止めするつもりだったのに……」 三好さんがスーツの内ポケットからシガレットケースを取り出すと、田崎さんがライターを手渡した。 「……おい、田崎。波多野はいつの便で戻る?」 「聞いてどうするんだ?」 煙草に火をつけて、三好さんは薄く笑った。 「波多野だって久々に顔を見たいでしょう? ……先輩である、この僕の顔を。僕もそうですよ。……小生意気な後輩にはきちんと教えてやらないといけませんから。さんは僕のものだとね。それじゃあ、失礼します」 …………このスイッチ、どういう種類のスイッチなんですかね……。 |