「さぁ」 メニューをぱらぱらと捲りながら、はのんびりと「んー?」と応える。やっぱりどう考えても妖精とかどっかのファンシーな国のお姫様とか、そういう生き物だよね普通の人間じゃないよね最高……と思いつつ、いや本題本題と咳払いした。 「ンん゛……あ、あのね……田崎さんのこと、どう思ってるの?」 はメニューから視線を持ち上げると、私の目をじっと見て、首を傾げた。フェアリー(真顔)。 「どうって……?」 「いや、好きだなぁとか、そういう」 はきょとんとして、「え? うん、好きだよ?」と答えた。 ……うん、だよね、“理想の王子様”だもん、そりゃ好きに決まってるよね。あんなトキメキMAX天使顔するんだから、嫌いなわけないしむしろ大好きの部類に入るよねオッケーそれは分かってる。 はまたメニューに視線を落として、「ん〜」と唸っている。ああ、これはだし巻きに迷ってるな……。いやだから本題本題。 私は「……佐久間さんは?」となるべく平静を装って言った。声は震えずに済んだと思うが、テーブルの下で握っている拳はぶるぶるしている。 「佐久間さんはお友達だもん、好き」 ……だよね、パパ、私、結城のおじさま、みんなオッケー出してる。生きる真面目。しかも武士。も真面目で何事にも一生懸命打ち込むタイプなので好感ナシとかありえないよね。出会った日に三好さんのこと相談するくらいだから、心開いてるとしか言いようがない。 ……聞くの怖いなぁっていうかなんて返してくるか分かってるから、聞くのもどうかと思うな……とは思うものの、やっぱり少なくともゼロに近づいてる、またはもうほぼほぼゼロだとすればいい感じに話が進んでくれるかもしれない……と、私はあえてビールジョッキを持ち上げ口元に近づけながら、どうってことない、ただ純粋に疑問に思ってるだけです感を出して「じゃ、三好さん」と言った。 がザァッと顔色を変えたので、やっぱり……(頭抱え)と思いつつ、の返答をしっかりと聞く。 は気まずそうに俯いた。 「みっ……三好さんは…………っていうかそもそも、わたしのほうが三好さんに嫌われてるじゃん。……仕事できるし、わたしはそういうところ……尊敬、してるけど……じゃあ好きかって聞かれると……困るっていうか…………苦手っていうか……」 メニューをテーブルに置いて、は疲れたような溜め息を吐いた。 「……なら神永さん」 はまた顔色を変えた。 「っ、か、神永さんはっ、え、っと、」 「…………だし巻き、普通のと明太子の、どっちにする?」 「め、明太子! 明太子がいい!」 「分かった」 ……まずい。非ッ常にまずい確かに本気で狙えと言ったけどめっちゃ神永さん意識してるじゃんよもう……ッ!! 恐れていた事態だ……との目の前といえど頭を抱えたい気持ちでいっぱいになったが、三好さんの好感度を上げる、そこまでいかなくとも意識はさせる。……完ッ全に無理だなって感じしかしないけど、何事もチャレンジするのが人生。チャレンジ精神大事。 ――というわけで、「ねえ、最近三好さんとは一緒に帰ってる?」と聞く。 ここでなんとか三好さんの話(それも好感度あげるやつ)をガンガンしていくしかない。三好さんに何もするなと言った以上は私が代わりに仕事をしなければ。じゃないと三好×は永遠に叶わな「う、ううん、帰ってない」……。 「ついにたったの五分ですら……んん゛……っ! ……。三好さんはほら、のことが心配なんだよ。なんでって三好さんはのこと大事に思ってるんだよ今までちょいちょいそういう発言あったでしょ? つまりね? 三好さんは――」 次の瞬間、私は思わず立ち上がってしまった。 いや、椅子から転げ落ちなかっただけ合格点でしょびっくりすんなってほうが無理じゃんどう考えたって……!! 「か、みながさんと、かえってる……」 「……ん゛?! 神永さん?! なんで?! どうやって?!?!」 三好さん何してんだよッ!! いや、何もするなって言ったけど!! 言ったけど違うじゃんそういうのはササッと邪魔していいんだよアンタ仕事できるようになったじゃんよそれくらい分かんだろ何してんだよ〜ッ!! い、いや、ここでそんなこと言ってたってしょうがない……と私はゆっくりと座った。 ……それにしたって神永さん仕事速すぎ、エリートこええ……。更にはあちこちの部署に基本的スペック高い人が集まってる我が社でも一、二を争うイケメンなわけだから、そりゃ本気出したらそうなるか……と思いつつ、の話を聞こうとドキドキうるさい心臓を落ち着かせるべく深呼吸した。 「ど、どうやってって……え、駅で待ち合わせ、して……」 「それで?」 「そ、それで……ご飯行ったり、買い物とか付き合ってくれて……そのまま、送ってくれてる……」 「〜なんッでもっと早く言わないのッ!!」 「だ、だって……」 なんてこったなんてこった〜ッ!! 神永さんがダントツでトップどころかこれはもう独走なんじゃないの感〜ッ!! 「な、なんで急に神永さんとそんなことするようになったの?」 顔が痙攣する〜ッ動悸する〜ッ声裏返る〜ッ喉つっかえる〜ッ!! と思いつつ、笑顔をなんとか作ってそう聞くと、は大袈裟なくらいに体をビクッとさせて「え?!」と――顔を……真っ赤に……して…………(頭抱え)。 これは……私が危惧していたように、が神永さんを選んでしまうというそういう……。 「……も、もしかしてさ、……」 「っちがう! ちがうもん! そういう――」 「――こんばんは、さん」 顔の目の前で両手を振りながら、が声を震わせているところへ――。 「!」 「っげ! ……三好さん……何してんですかここで……」 ……何もすんなってことはアンタの場合はに構うな、イコール近づくな、職場であろうとも関わんなってことなのになんでここにいんの? 私の話ちゃんと聞いてました?? っていう。 三好さんは(外側だけは)人好きのするような微笑みを浮かべて、「酒を飲む他、ここですることがありますか?」と私に(だけ)向かって言うと、その後はとっても(ムカつくことに)しおらしく「さん、最近は僕に送らせてくれませんね。どうしたんです? 突然。寂しいな、あなたがいない夜道は」と言った。 は俯くと、戸惑いを隠せていない震えた声で、なんとか絞り出しましたと言わんばかりにその質問に答えた。 「え、あ、いえ、そ、そもそも初めから三好さんに送っていただく理由ないというか、あの、」 「理由? 必要ですか? 僕があなたと二人きりでいたいだけです。それが理由ですが、もっと分かりやすくご説明します?」 ……すっごい分かりやすいし、“あの”三好さんから考えるとホンット成長したな……と思うんだけど、タイミングがタイミングなんだよ……ッ!! と私も俯いた。じゃないと怒りに任せて何しでかすか自分でも分からない。 ――と思って一生懸命に自分の中の激情を抑え込んでいたわけですが。 「えっ……いや、三好さん……なんでそうわたしに、構うんですか……? わ、わたし、そんなにいつも三好さんにご迷惑おかけしてますか……?」 ……この流れはやばい。 これ私知ってるすれ違いパターンだよやばい。 三好さんはどっからどう見ても甘い微笑みを浮かべているが、今それやっても意味ないのお願い気づいて。 「どうしてそう思うんです。僕はあなたに迷惑をかけられた覚えなんてありませんよ。もし仮に、あなたが何かしたってそんなこと、微塵も思いやしません」 三好さんの甘い声音にも、はただただ困惑している様子で「で、でも、」と何か言いたげに視線を彷徨わせている。 お願いだから三好さんもう黙ってセリフもその表情も声の調子も完璧なんだけど今は! 今はダメなの!! 「もう一度言いますが、僕があなたをお誘いするのは、あなたと二人きりでいたいからです。あなたを一人にはできないんです、僕は。……さんを、一人にはしておきたくない。ですから僕は……少しでも、あなたのそばにいたい」 はきゅっと眉間に皺を寄せて、三好さんをじっと見つめた。 …………ねえホントこれはやばい。 「……わたし、そんなに信用ないんですか……」 「ストップ。ストップ。お願いストップ」 「信用ならないですね。田崎を選んで……神永に信頼を寄せているようじゃあ、安心しろというほうが無理に決まっているでしょう」 「ちょっと待って三好さん黙って黙って黙って黙れ頼む」 ほら見たことかよだから何もすんなとあれほど……ッ!! けど、もうこうなったら仕方ない、なんとかフォローをと思ったのだが――。 「っわたしのことは……! ……嫌いでもいいですし、信用も……してもらえなくて、いいです。でも……神永さんのこと、悪く言うのはやめてください」 三好さんがぴくりと眉を動かして目を細めたが、は視線を逸らすことはしなかった。 冷や汗止まんない誰でもいいから助けて頼む。 「……悪く言った覚えはありませんが。そう聞こえましたか?」 ま、またアンタは嫌味なことを言う〜ッ!! バカなのッ?! バカなのッ?!?! とりあえずもう私がこのまま黙っていたら、二人に――というか、三好さんが埋められない溝を作ってしまう……ッ!! と口を開こうとしたのだが、が「三好さんが神永さんをどう思ってるのか、わたしは知らないですし、」といつになく真剣な、それでいて何かを堪えるような声でそう言うので、私の口はぴたっと動かなくなってしまった。 やばいんだってこれ以上はやばいんだってホントこうなるとは――。 「その気持ちをどうにかしてほしいって言ってるんじゃないです。ただ、神永さんはわたしには信頼できる人なんです。だから、少なくともわたしの前では、神永さんを悪く言うの、やめてください」 ……信頼してる人を他人にどうこう言われると、さすがにブチ切れんだよ普段温厚な分だけこうなると手がつけらんないんだよ……。 とりあえずもう三好さんが余計なことを言わないように今度こそ、と思ったわけだが、こちらも黙っていなかった。 のこととなると、何事にも冷静でいられない人だ三好さんは……。 「……困ったな。奴に何を言われてるんです? ここまで懐柔されてしまうと、僕も――」 「っ!」 は勢いよく立ち上がって、その手を振り上げた。 慌てて止めようとしたところ、それより前に、ぱしっとの細い腕が掴まれた。 「おっと、危ないな。どうしたの、ちゃん」 「……ただでさえややこしい場面で登場すんなッ!! でもタイミングだけを取れば完璧ですの手が傷つく前に止めてくれてありがとうございます神永さん」 驚いたというよりも、意外だ、というような顔をしている神永さんに対して、は今にも泣き出しそうな顔をした。 「か、みながさ……」 「どうしたの、そんな顔して」 「……神永、貴様は引っ込んでいろ。邪魔だ」 ……これは……泥沼不可避……と私はもう頭を抱えた……。無理……無理……。 三好さんの神永さん見る目がやばい……と思ってちらっと神永さんの様子を窺うと、けろっとした顔をしている。 それどころか「なんで三好はキレてんだよ。ま、とりあえず座れよ。あ、お姉さーん、あったかいお茶ちょーだい。ね、ちゃんも落ち着こう」なんてのんびりしているのでこいつマジかと震えた。エリートとやり合えるのはやはりエリートのみか……。 「……ご、めん、なさい……」 震えた声で言うを見て、神永さんは「なんで謝るの?」となんともない調子でそれに応えた。それから、そっとの手を放すと――私が聞いたことのない柔らかい声で「……ありがとう」と、やっぱり柔らかく笑った。 「だ、だって、」 いよいよ目に涙を浮かばせたを私の隣へ座らせると、神永さんはの向かいへなんとも自然に座った。……隙がない……。 しかも、まったく感情のないような目で神永さんを射貫く三好さんの視線なんてちっとも気にした素振りを見せず、「三好も座れよ。俺はとりあえず生かなー、三好も生でいい? ……それとも、俺と日本酒にしとくか?」とか言い出すので全私震撼。 「……生でいい。貴様どういうつもりか知らないが、余計なことを――」 「ハイハイもう三好さんは口開かないでくださいチーズ揚げ食べる?」 「う、うん……」 これ以上の問題はホント、ホント勘弁してくれ頼むマジで……。 ――ともはや祈ってる私を余所に、神永さんは両手を組んだところに顎を乗せて、にこにこ笑っている。……マジかこいつ勇気ありすぎだろ相手三好さんだぞ……。 煽ることだけはしないで分かってますよねあなた常識人の部類でしょ……? と、固い笑顔であることは重々承知なんだけど、一生懸命神永さんの脳内に直接囁くつもりで呪文のごとく何度も心の中で繰り返した……。 まぁ無慈悲にも受け取ってもらえなかったけどね! ……ああああ゛あああ察してよ……ッ!! 察してよアンタずっと三好さん係だったんだから分かるでしょ三好さんが今どんな顔してるかッ!! 見たくないけどどうしたって視界に入っちゃって私どうしようもないんだからさッ!!!! と叫びまくってるのに、神永さんはにこにこしたままである……。 「ちゃん、チーズ好き? 恵比寿にあるチーズの専門店、すごくいいらしいよ。雰囲気もいいし、静かだしって。彼女と二人で行ってきたら? うちの部署の子たちが行ったらしくてさぁ、延々とその話するから、きっと女子会にいいんじゃないかな。後で詳細ラインしたげる」 さっきのドが付くめっちゃシリアスなシーンなどなかったかのような神永さんに、は戸惑った様子で「え、あ、はい、」と思わず、といった感じで返事をした。 ……が何も気にしないで済むようにという気遣いなんだろうと思うと、踏んできた場数違うっていう感じめっちゃする……。というかもう神永さんの独走感すごいんですけど私どうすべきこれ……。 「さん、チーズなら東麻布の店がいいですよ。僕と行きましょう。二人で食事がしたいとお願いしましたよね? 叶えてください」 「……」 いや三好さんはさっきのシリアスシーン思い出そう? 時間巻き戻します?? 客観的に見たほうがいいからアンタは。それが応えようないって分かってます? バカなの?? と、呆れの頂点だわもう……と思ったその次の瞬間、さっとお兄さんがだし巻きをテーブルに置いて、サッと立ち去っていったのでなんなのあの人プロすぎ……。お礼言いたくてしょうがない。……プロ……プロの仕事だよお兄さんグッジョブ……。でも確認したいもしかしてこういう修羅場よくあります……? って確認したいそしてどうやって収束させるのかアドバイスくれ……。 ……ま、まぁひとまず! この空気をなんとかするのは私しかいないことは変わらないッ!! 「あっ!! だし巻ききたよ〜? ほら、お茶飲んで今日はもうアルコールはやめにして、ソフトドリンクにしよう? ね?」 私がそう言っての顔を覗き込むと、は難しい顔をしていて、うんともすんとも言わないので困った。 ……あのシリアスシーンを経ていつも通りでいるほうがどう考えたって無理だわな……ごめん……。でも放っておけない。……でもなんて言ったらいいのか分かんない……。 ――もう連れて帰るしかないな、と私がもう一度声をかけようとしたところ、神永さんが口を開いた。 「……ちゃん、飲みたいなら飲んでいいよ。俺、ちゃんと送ってくから」 「え、」 「その代わり、今日は少し早く帰ろう。いい?」 ……ごめん一つだけ言っていい? 一つだけ言っていい?? 悔しいから言いたくないけどここ突っ込まないとかどう考えたって無理だから言っていい???? ……神永さんの彼氏力がやばい……。 何どうすんのこれマジで独走じゃん神永さん完全に余裕ありまくりでトップを維持したままゴールの可能性しか見えないほどに独走じゃん……。……さすがに流した浮き名の数だけのことはあるな……この顔でエリートで――この人、社内で一、二を争うイケメンだけど、これは顔だけじゃなく総合評価でのイケメンだわ……言うことやることが何歩も先――でもこっちが追いつけるレベルで待ってるこの感じ……さすが、さすがカンスト……。カンストの神永さんの本気とかこええよ……これマジで神永×とかありえる……。が神永さんを選ぶ可能性充分ありえる……。 三好さんがどうにも表現しづらい顔で、「さん」とに呼びかけると、の体がビクッと揺れたのでちょっと待って三好さんややこしいこと言わないでよ? 私がここでアンタのフォローするとか不自然すぎて無理なんだからやめてよ……?? 「ここ最近体調が芳しくないと言っていましたね。……何か心配事でも? そういう時のアルコールはあまり良くないですよ。僕はあなたの体が心配です。帰りは僕がお送りします。あなたがいない中で仕事をすることになったら、進むものも進みません。……あなたのことばかりが、気にかかって」 はどちらに言うでもない感じで、「……一人で、帰れますから。わたし、いつも飲んだ帰りはタクシーって前に――」言いましたよね、と言い切らないうちに、神永さんが口を開いた。だからアンタの隣にいるの三好さんって分かってます? 大好きマンの三好さんって分かってます?? いくら早死にしそうなタイプでも進んで墓場に向かう必要ないんですよ分かってます???? 「知ってるけど心配なんだよ。ちゃんのとこ、確かにセキュリティーしっかりしてるけど……ちゃんと部屋まで見送らないとさ」 ねえこれ以上はホント二人とも勘弁して――っていうかッ?! 神永さんッ?!?! 「ちょっと待った神永さん最寄りどころかんち知ってんですか?! まさか上がったことあるんです?!?!」 「……一番危ないものをこうも容易く通しているならザルですね。さん、僕がお送りします」 こればっかりは三好さんに賛同せざるをえない……。 どうしたの〜ッなんでそんな簡単におうち教えちゃうの〜ッやっぱ神永さんカンスト〜ッ仕事速すぎかよ〜ッ!!!! 「生二つ、チーズ揚げお待たせしました〜」 「……はいどうも〜」 ごめんお姉さんタイミングすっごい悪いホントごめん。 「……わ、わたし……っ!」 しばらく何も言わずにいたが、やっと口を開いたところで。 「――さん……?」 「え……」 「…………なんでここで……」 アンタもタイミング悪いななんで出てきちゃうんだよ佐久間さん……(頭抱え)。 「おや、お久しぶりですね、佐久間さん」 「珍しいですね、外で飲むのあんまり好きじゃないのに」 皮肉気に薄く笑う三好さんに対して、神永さんは特になんということのない顔で言った。 ウッワァ……三好さんそういうあからさまに嫌味っぽい顔、の前じゃアウトですよ佐久間さんただでさえ好感度高いのに……。 っていうか……ついさっきのさっき、やらかしたこと覚えてます? 神永さんとの件覚えてます?? 学習能力は???? 「おまえたち……あぁ、そうか。社名を聞いたとき、道理で聞き覚えがあると思った。……珍しいな、田崎たちとは一緒じゃないのか?」 ッアー!! 今それ禁止ワードだからやめてぇええええ!!!! 「相変わらずなお考えですね。僕たちはあなたが仰るような、なんの役にも立たない情で付き合ってるわけではないんです。……田崎にしろ、この神永にしろ他の連中にしろ、僕は誰とも“お友達”にも“お仲間”にもなった覚えはありません。余計な世話です」 ……神永さんの言ってた冷笑的な部分てコレね……。 三好さんは不愉快そうに唇を歪めながら佐久間さんを鼻で笑うと、ビールジョッキを持ち上げた。 「……おまえのその考え方も変わりないな。社会に揉まれていくらか素直になったかと思ったが」 佐久間さんは眉をしかめたが――大人の対応。 言ってることを嫌味っぽく捉える人も中にはいるだろうけども、説教かましてるようじゃないし、余裕のある感じだ。 ……まぁね、三好さんがそれになんて応じるかなんて知れてるよ……(遠い目)。 「社会に揉まれる? この僕が? 他人にとやかく言われるような立場になった覚えは、生まれてこの方、一瞬だってありませんね。その物言いだと、佐久間さんはいつまでもくだらない情で繋がった“お仲間”同士で、仲良くやってらっしゃるようですね。僕にはまったく理解できないし、たとえ死ぬと言われたって選ばない生き方だ」 ははは。もう予想まんまで笑えるわ。 三好さんのエベレスト級(笑)のプライド(笑)。なんの役にも立たないのはそれだからっていう。 「そうか。俺もおまえの考え方には賛同できないし、理解しようとは思わない。これは俺の人生だからな」 そこまで言うと、佐久間さんはちらりとを見た。 「……いや、そんな議論をしに、きたわけじゃない。…………さん、さ、昨晩のお話ですがっ……ら、来週の土曜で構いませんか?」 あぁ……お見合いの時にそういえば約束してたね、また会うっていう……んん゛ンん佐久間さん今ここでそれ言うのすっごいまずいんですよすみませんねホント……。 「え、あぁ、はい、大丈夫です。佐久間さん、お仕事のほうは一段落したんですね。よかった、ここ最近ずっと忙しそうで――」 「あー、俺も誘おうと思ってたのに、佐久間さんに先越されるなんてなぁ。ね、ちゃん、明日は? 俺ともデートしようよ」 にこにこしながら、神永さんがずいっとテーブルから身を乗り出して、に顔を近づけた。 がそれに応えようとしたところ、ドンッとビールジョッキがテーブルに叩きつけられた……。 ……オッケー三好さんステイ。もしくはシャラップ。 「……さん、来週の土曜は空けておいていただかないと困ります」 余計なこと言わないでよ〜? 余計なこと言わないでよ〜?? と神永さんの時のように念じるが、神永さんがシカトかますのに三好さんが応えるとかありえない。 「え、」 「接待がありましてね。誰を連れていくか考えていたところです。あなたに来ていただきます。……佐久間さん、そういうわけですから、その約束は困りますね」 三好さんはジャケットの内ポケットからシガレットケースを取り出すと、中から一本取り出した。すぐに火を付ける。 ……あ、この人はが煙草苦手なこと知らないんだそういえば……。そして神永さんは私と顔を合わせる時には毎度吸ってる上に、どう考えてもヘビースモーカー……なのに今日は一本も吸ってないあたりが……。 この人『女の子を口説く時には吸わない』って言ってたわ……しかも本命ならそら気遣うわな……カンストは仕事が速い上に質もパーフェクトだよ……。 「どうしておまえにそんな――あぁ、なるほど。……さん、今日のお帰りはどのくらいになりますか」 ……三好さんは散々に佐久間さんをディスって下に下に見てるけど……この人って硬そうな見た目とは裏腹に案外頭の回転速い人なんじゃないの……? どう考えたってが相談した“上司”と三好さん、すぐにピンときてイコールしたでしょ……。 「え、えっと……」 返事に困っているの代わりに、「……は金曜の夜はいつも終電までここにいますよ。佐久間さん、“いつも”です」と私が答えた。 すると佐久間さんは「……さんのご友人ですか?」と言いながら、緊張した面持ちでピッと背筋を伸ばした。 ……ホントこの人生きる真面目だな……。 「そうです。あなたのことはから聞いて(るだけじゃないけど)知っています(一方的に)。そういうわけですから、金曜の夜にお時間がある時にはぜひ、いらしてください」 佐久間さんはきゅっと眉間に皺を寄せた後、「あ、あぁ、ありがとうございます!」と勢いよく腰を折って、次にはハッとしてみせた。そして「……あ、いや……その、いつも終電まで……? ……さん、お帰りの際、どうやって?」と厳しい顔をする。 ……さすが生きる真面目……心配してます感がすごい……。 「あ、た、タクシーで帰ってますけど……」 「今晩からは私がお送りします」 「……はい?」 は数秒ストップの後、慌てて首を振った。 「え! いえっ、そんな! 佐久間さんにそんなこと――」 いや、この人は生きる真面目なんだよ……。遠慮したってしょうがないよ……。 「私はさんのお父様より、あなたのことを任されている身です。お帰りが遅くなる日は、責任持ってお送りするのは当然です」 ほら出たよ現代に生きる武士思考……ッ!! ……しかしパパに任されたとここで言ってしまうとだな……。 「……さんはいつも、僕が、責任持ってお送りしていますから心配は無用です」 ……三好さんが釣れるんだよ……。 「おまえにさんを任せる理由は俺にはない。……“上司”に送られる彼女の身にもなれ」 「僕が任されている部下です。彼女の身に何かあればそれは僕の責任になりますから、僕が最後まで面倒を見るのは当然でしょう」 ……ここでバチバチするといつまでも続けそうだってこの二人“仲が良くない”……と額を押さえつつ、「あのぅ……」と私が声を出したところ――やっぱカンストはやること違うわ……。 「……どっちに送られたって気を使うだけだろ、ちゃんは」 のんびりビールを飲みつつ、神永さんはのんびりそう言った。 「……なんだと?」 「……神永、貴様……」 佐久間さん、三好さんの二人が揃って眉間に皺を寄せたのに、神永さんはちっとも怯んだ様子はない。 「だってそうだろ。佐久間さんはちゃんの親父さんに任されたって責任で送る、三好は上司の責任としてちゃんを送るんだろ? そんなの息が詰まる。二人とも親切のつもりだろうけど、一方的に押しつけられるほうの身にもなれよ。……ちゃん、ちょっと早いけど、今日はもう帰ろう。なぁきみ、いいよな? 俺が連れて帰って」 もっかい言うわカンストはやること違う。 「…………文句なし、優勝、任せた」 「よし、じゃあ帰ろう、ちゃん。あぁ、会計、これでいいか?」 しかもどう考えたって会計には充分すぎるっていう札を置いて、もうマジで……。 「ごちそうさまです神永さん毎度太っ腹すぎて頭上がんないッス」 「……きみにそういうこと言われると、なんだか気色悪い感じがするな……まぁいい、それじゃ」 「はい、お疲れさまでした」 神永さんホントすげえと何度私は言えばいいのっていう。 二人を見送った後、佐久間さんが気まずげに「……すみません、自分も失礼します。……さんにはまた、後日連絡をします」と丁寧にお辞儀したので、私はこの人も特別文句つけるところはないんだよなぁと思いつつ、「はい、佐久間さんに関しては何も心配してないので大丈夫です。お気をつけて」と私もお辞儀した。 そしてお店には私――と三好さんが残ったわけですが。 「……あなた、一体どういうつもりです? 僕を応援している、あれは嘘ですか」 「ハァ? ふざっけんなよ私は永遠に三好×が最推しなんだよケンカ売ってんのか」 マジでアンタがまともな仕事してたらこんなことになってないんですよ分かってます?? とイラッとしながら明太子のだし巻きを口に放り込む。 三好さんは鋭い口調で「なら、どうして神永に彼女を任せたんです」と短く言った。 「いや、言ったじゃないですか。神永さんがどう考えたって優勝でしょ」 「田崎の件は、奴が何を考えているんだか未だ分かりませんから、下手なことはできません」 「……だからなんでアンタそういう仕事いつもできないの??」 ホンットこの人どうしょもねえな使いモンにならない……と溜め息を吐くと、「――ですが」と目を細めて、じっと私の目をまっすぐに見つめるので、少しばかりうろたえてしまった。 そんな私を知ってか知らずか、三好さんは煙草の煙をそっと吐いて、静かな口調で言った。 「僕は神永にまで勝手をさせるつもりはありませんよ。……何事にも首を突っ込む厄介な性分、世話焼き。ただそれだけのように見えますが――あれでも神永だってD機関を卒業してみせた機関生です。この意味が分かりますか?」 箸を置いて、三好さんの目を見つめ返す。 「……あの人も“自尊心のかたまり”イコール外側で判断するなって?」 三好さんはどうとも返してこなかったが、要するにそういうことだ。 「奴は、まぁチャラチャラしている男ではありますが――責任を負うことに関して、何の躊躇いもないから首を突っ込むんです。自分にならどうとでもできるという自信が、奴をつけ上がらせるんですよ。事がややこしくなる前に手を引く、その算段も初めから付けている。引き際を見る目があると言えば聞こえがいいですが――そういう抜け目ない性質上、僕は神永に勝手をさせる気はありません」 「……エリートの考えることってすげえな。でも三好さんがまともな仕事してるのもなんか段々と疑わしくなってきました」 この人たち何考えてんの……もはや誰を信用したらいいのか真面目に分かんない……。 神永さんは三好さんを疑う余地はないなんて言ってたけど……それもどうなの? って思わずにはいられない。 ごくっと喉が上下するのが分かった。 「何があるにしろ、最終的にはさん――さんが僕を選ぶのは分かっていることです」 「待ってその自信いっつもどこからくるのかだけ教えてもらえます??」 シリアス一気に吹っ飛んだわマジその自信の源について詳しく。 ――と思った次の瞬間、正直、三好さんが怖いと思った。 「さんは最終的には僕を選ぶ。それが分かっているとしても、僕は他の男――それもあんな連中に、一時であれ彼女をいいようにされるのは我慢ならない」 薄らと笑う三好さんの顔は、今まで見てきたどの顔でもなかった。どんな感情を表した時にも、見たことがない。 私はなんと応えたものかと思ったが、真面目に応じてしまったらどうなるのか分からない。本当に、本当に背筋が凍るような表情なのだ。 「……ならさっさと三好×のターンお願いしますよ私はあと何回枕を濡らせばこの夢叶うの??」 そっと三好さんの目から視線を逸らしてそう言うと、三好さんの白い指先が煙草の灰を落とすのが目に入った。 「田崎には田崎、神永には神永のやり方があります。そして、僕には僕のやり方がある。簡単な話です」 「……つまり?」 「――ただ、僕が奴らの上をいけばいい、それだけです。それじゃあ、失礼します」 灰皿に煙草を押しつけると、すぐに席を立った三好さんを、私は慌てて見上げた。 どこまでも自信に満ちているその表情にはホント――ホント……。 期待すんなってほうが無理ですよ、三好さん。 |