「ねえほんと最悪なんなの三好きらい」 ぐいっと一口ビールを呷ると、は苦々しい顔をしてそう吐き捨てた。酔いが回ってきたという証拠だ。は呑むたびに、彼女の上司である“三好さん”のことを延々と愚痴って、これが始まるともうどうしようもない。相当気持ちがやられているようで、もうアルコールはやめてソフトドリンクにしようといくら止めても、わたしの話聞いてくれないの?! と泣き出して、こっちの話なんか聞きやしない。なので、もうべろんべろんになるまで好きにさせて、大人しくなったところでタクシーに突っ込んで帰らせる。止めるよりもこちらのほうがよっぽど楽だと気づいてからは、私は延々との愚痴に付き合うことにしている。私はそれを嫌だと思ったことは一度もない。私はが大嫌いな三好さんの正体というのを、よーく知っているからだ。それを彼女に言ってみても、やっぱり聞きやしないけれど。 「でも三好さんてのことあからさまにヒイキしてるっていうか……もう全身から大好きオーラ漂ってるけど」 私が言うと、はぐっと眉間に皺を寄せた。ほらね、と思う。 「ハァ? やめてよ三好だよ? 絶対ないっていうか無理。三好だけは無理」 事情――三好さんが本当に全身から大好きオーラを放っていることは、みぃーんなが知っている。知っているだけに、の話を聞くのは内心おもしろくって仕方ない。三好さん、全然伝わってないですよ(笑)。けれど本人は至極真面目(に三好さんが大っ嫌い)なので、笑ってやるのも可哀想だ。私も一応真面目な顔をする。ただ、三好さんも難儀だなぁと思うので、時々は彼のフォローもしている。……が、やっぱり何よりもおもしろいのだ。三好さんのフォローをすると、はますます三好さんをディスるので(笑)。他人のなんたらは蜜の味、である。いいぞ三好さん、もっとやれ。はその倍もっとやれ。 「なんで? 顔は良いし仕事もできるし、何よりアンタのことめっちゃ好きでしょ。ちょう優良物件じゃん」 「無理。わたし田崎さんがいい」 あっははは! ですって三好さん!! とテーブルをバンバンしながら笑いたいところだが、ちらっとの顔を見ると、結構マジな顔をしている。……おっと……? 「……あー、田崎さん。確かにのタイプだ」 田崎さんというのは三好さんの同僚だ。部署が違うのでとは直接関わりがあるわけではないが、三好さんと話をしているところをちょくちょく見る。とりあえずはこちらも上司に当たる人だ。田崎さんも顔良し、仕事できる。条件は揃っている。何より、確かにの好みピンポイントを突いている。そうかぁ、田崎さんかぁ……うん、イイネ! 三好さんどうします〜? ねえどうします〜?? と本人に聞いてみたい。いや、聞けないけど。 三好さんはのことはほんっとーに特別扱い(それが嫌われてる理由だけど(笑)マジでウケる(笑))している。つまり、他にはすべてテンプレ対応なのだ。いつも冷めた目をして、淡々と仕事を進めている。結果は充分すぎるほどに出しているし、デスクを離れれば途端に余所行きっぽい大変スマート(笑)な態度もあって、評判はそれにふさわしく“上の上”という感じだ。女性社員のウケもまぁまぁである。田崎さんと同じく三好さんの同僚である、神永さんや甘利さんには及ばないが。なんてったって大好きだしね報われてないけど(笑)。 が憂い顔で、ビールジョッキを人差し指で撫で上げる。ほんのり赤みの差している頬、潤んでいる瞳。んっん〜〜!! 写メって、コレどうです〜? 三好さんどうです〜?? って見せてやりたい衝動が沸き上がる。いや、できないんだけど。できないんだけど、いつも涼しい顔してる三好さんがどういう反応をするのか、とても気になる。あれだけ大好きオーラを放っているわけだから、相当おもしろい顔をしてくれるんじゃないかと思うのだ。……とかなんとか私が考えているのを知らないは、はぁと熱い吐息を漏らして、「だって田崎さんすっごい優しそうでしょ、それで仕事もできるでしょ、で、あの切れ長の目がほんと好き〜! 誰か田崎さんにツテないかなぁ……」……おっと? おっと……? おっと……? これは……?? 「え、本気?」 「え? なんで?」 「いや、だって三好さんは?」 こういうことを言えばがますますヒートアップするのはもちろん分かっているが、割とマジな感じじゃないのコレ……と思うと、(私の楽しみがなくなるので)少し不安になってくる。 「だから三好だけは絶対やなの! なんであんな上から目線なの? いや、上司だからわたしより上なんだけど! でもさ〜っ! なんであんな嫌味ったらしいの? なんであんな性格悪いの? わたし田崎さんと仕事したい。三好にこき使われるのもうやだ。田崎さんにならこき使われていい。むしろ進んでお手伝いする。雑用最高」 いつものことだけどほんと三好さんのこと大っ嫌いすぎて(笑)。三好さん三好さん、あなたのしてることぜんぶ逆効果ですよ(笑)。でもが本当の本当に田崎さんにアタック、そしてお付き合いへ――とかなったら、まぁが幸せになるのはすごく嬉しいけど、澄ました顔してる三好さんのザマァな感じまだ楽しみたいっていうか……。 「好きな子には意地悪したいタイプなんじゃないの、三好さんは」 まぁとりあえず、ここはの話を引き出したいのでフォローしておく。好きな子に意地悪、というのは間違っちゃいないことだし。に全然その気がないから、ちょっとでも構ってほしいんですよね? 分かってますよ、三好さん。……まっ、にはぜんぶ逆効果なんですけどねー!! ほんと笑いが止まらないの我慢して神妙な顔するの大変。 はおしぼりをテーブルに叩きつけると、もうかつてないほどの怒りの形相を見せた。あ、そういえばこの子、先々週の合コンで知り合った人とどうのって話が――「やめてってば! ていうかなんで三好がわたしのこと好きって前提で話進んでんの? ないよ。あっても困るけどまずない。……仮に、仮にわたしのこと好きだとして、なんでわたし『おはようございます』って挨拶したの毎回シカトされんの? なんで『もう帰れる〜!』ってとこで雑用押し付けられんの? ほんとやだ、こないだそれでデート遅刻した、フラれた、三好最悪大ッ嫌いほんとやだ。この際だから責任取って田崎さん紹介しろよっていう」 の三好さんへの憎しみが止まらない(笑)。 「くくっ、おい、三好、どうすんだよ。おまえこれ以上ないってくらい嫌われてるけど。まぁ話聞いてたら、完全におまえが悪い」 三好は神永の言葉を受けて、少し眉間に皺が寄ったことに気づいているだろうか。 「……別に、どうもしませんけど」 そう言ってシガレットケースから煙草を一本抜き取ると、オイルライターを切った。 三好が、直属の部下である“さん”という女の子を好きだというのは、表立って話題にする人間はいないが多くが知っているだろう。何事も淡々とこなしてみせる男だが、そんな男がまぁ分かりやすい態度をしているものだから仕方ない。あんなにはっきりと他と区別されては、気づかないというのも無理な話だ。あからさますぎる。 「なぁ田崎、おまえさんどう?」 機嫌悪そうな三好の様子を窺っていると、神永がそう声をかけてきたので、内心ニヤリと笑った。 「まぁ、美人っていうか、かわいいっていうタイプの子だよな。嫌いではない。感じ良いしな、あの子。いつもにこにこしてて」 嫌いではない、と俺が言ったところで、三好が眉をぴくりと動かした。神永も気づいている。目がにやにやと笑っていて、どうからかってやろうかという考えがはっきりと見てとれる。酒が入っているにしても、いつもの三好ならすぐに気づくだろうに、ゆるゆると燃えていく煙草の先をじっと見つめて、すっかりぼうっとしている。 ビールジョッキを口元へ運びながら、神永が「ふーん。え、じゃあさんに付き合ってほしいって言われたら付き合う?」と言うので、もちろん俺はこう答えた。 「付き合う」 「即答かよ。……おい三好、そんな落ち込むなって」 神永が三好の背中を叩くと、三好は煙草の火種を灰皿に押しつけた。必要以上の力でぐりぐりと押しつぶすので、これは相当イライラしている。おもしろいもんだ、とついつい笑ってしまいそうになる。 「落ち込んでなんかいません。たださんは見る目がないんだなと思っているだけです」 そう言うと、三好は今消したばかりだというのに、また煙草に火を付けた。分かりやすいにも程があるので、ますますおもしろい。神永も同じように思っているようで、「そんなこと言ってマジでさんが田崎と付き合ったらおまえどうすんの」と言いながら、三好のシガレットケースから一本頂戴した。そのことにすら気づかない様子なので、恋煩いというのは難儀なものだな、と思った。どうやら本当に人を変えてしまうらしい。 三好は先程よりもくっきり眉間に皺を寄せて、どこか自分に言い聞かせるような調子で言った。 「そんなことありえないでしょう」 「なんで? 田崎は付き合うって言ってるし、さんはキッカケさえあれば田崎一直線だろ」 すぐさま神永が尋ねると、三好は一度口をむっつり閉じた後、不機嫌あらわに答えた。もういい歳した大人――しかも男――だが、その様は思い通りにならなくてぐずっている子どものように見える。 「……さんが僕を選ばないわけがありません」 「……これだけボロクソ言われててなんでそんな自信あんの?」 呆れた声の神永に、それは俺も同意だと心の中で呟いた。まさか口に出すわけにもいかない。ここでそう言ってしまえば、三好は帰るだろう。ちょうど酔っているのだ。聞き出せることはすべて聞き出してやろう、ということである。さんの友人もそうだろうが、三好とさんの構図は黙って見守っているにはもったいない。 「だって、僕は可愛がっているでしょう、彼女のこと」 「さんには伝わってないんじゃないか? 俺がいいらしいからな」 三好は敵意いっぱいという目で、俺を真っ直ぐに射抜く。こんな顔は初めて見た。澄ました顔をして、人で遊んでいる節のある三好が、素直に揺さぶられている。さんと話したことがないので、俺は彼女のことを詳しくは知らないが、なかなかの大物らしい。 煙草を口にくわえたまま煙を吐き出すと、神永は「伝わるわけないだろ。どう考えてもイジメとしか思えないし、実際さんはそう捉えてんだからさ」と言って頬杖をつき、三好の反応を見ている。 「何も知らない人間のことを本気で好きになりますか? 気の迷いでしょう。さんは僕のことをよく知っています。いくら田崎田崎と言っていても、それは外側だけの話ですよ」 三好の言葉に、神永の煙草が灰を落とした。 「……おまえさぁ、それ自分で言っててなんも思わないの? 確かに田崎のことは今のところ外側とイメージだろうけど、おまえのことはよく知った上でボロクソに言ってんだよ。つまり、おまえは内面でアウトって言われてんの」 三好が、静かに席から立った。 「……なら、彼女に今ここで選んでもらいます」 「は?」と唖然としている神永、そしてどうにかこうにか笑いを堪える俺を残して、三好はさっさとさんたちのテーブルへ、迷いなく近づいていった。 「だからね?! ほんっとに三好性格悪いの!! 悪魔のほうがまだ優しいよ!!」 やべっ!! と思ったときには遅かった。 うんうん、との話を聞いていると、なんだか知っているような人がの向こうに見えた。その“なんだか知っているような人”は、まっすぐこちらへ近づいてくる。 アッ“知っているような人”じゃない、知ってる人だ。今まさにが絶好調にディスってる(笑)三好さんだ。笑い事じゃないけど笑っちゃいそう(笑)。だって顔からしてショック受けてますよね?? 三好さんショック受けてますよね?? ファーッ(笑)。 まぁでも、私も大人なのでのお口にチャックしようと、「ちょ、ちょっと……!」と声をかけたが遅かった。 の背後まで来ると、三好さんは私をちらっと確認したあと、腕を組んで静かに口を開いた。 「……さん」 話しているうちに三好さんへの憎しみが最高点に達していたが、バッと勢いよく振り返った。 「何?! 今すごい大事なとこ……ろ……?! みっ、みよ……っ! み、三好……さん……な、なんでここに……!?」 「ここがどこか分かっていますか? 居酒屋です。飲みに来ているんです。分かりませんか?」 「……そ、そうですよね……」 小さくなるを見て、あー……と思ったが、それより三好さんである。顔! 顔!! いつものお澄まし顔どこいっちゃったんですか?! っていう(笑)。三好さんがのことを好きでも、にその気がないことはみぃーんな知ってる(笑)ので、熱烈な三好さんファンはどうにかこうにか振り向いてもらえないかと頑張っているが、この顔見たらどうすんだろ(笑)ってめっちゃ思う(笑)。 「さん」 「は、はい……」 俯いて、か細い声でが返事をすると、三好さんがまさかな発言をいとも簡単に口にしたので、私はぽかんとしてしまった。その発言がこちら。 「田崎、僕が紹介しましょうか」 えっえっええ〜?! 紹介すんの?! 三好さんが田崎さんを?! に?!?! (私が)動揺を隠せないでいる中、は勢いよく顔を上げて、きらきらした笑顔で三好さんを見つめる。 「えっ……?! いっ、いいんですか?! ほんとに?! ほんとに?!」 「……ええ、もちろん。可愛い部下のためですから。ちょうど今一緒なんです、よかったらどうです?」 三好さんめっちゃショック受けてるでしょ(笑)。そうなんです〜(笑)。は三好さんのことは大っ嫌いですけど田崎さんのことは大好きみたいです〜(笑)。 は三好さんの気持ちなんて知らないので、まったく悪意はない。それは三好さんも分かっているだろう。……でもだからこそ余計にショックですよね〜(笑)。かわいそすぎて(笑)。泣けてきちゃいます(笑)。と言って三好さんを慰めて(笑)あげたい(笑)。もうお腹よじれそうめっちゃ声出して笑いたい。あまりにも笑うのを我慢しているせいで、口元がぶるぶるしてきた。 「ぜ、ぜひっ! ぜひご一緒させてくださいっ! いいよね?!」 なんともまぁうれしそうだ……。これは本当に本当に、田崎さんと……っていう可能性もあるのでは……? というか三好さんは一体どういうつもりなのか。と思いつつ…………そろそろこの話にも何かしらの展開が欲しいところなのでぜひとも(笑)。 でも私がにこにこするわけにもいかないので、「え、あぁ、私はいいけど……本当にお邪魔していいんですか?」とためらっているように口にする。演技力についてはその辺の人間に負ける気がしない。と三好さんの観察を続けていくうちに身につけたスキルだ。普段の三好さん相手ならすぐにバレてしまいそうなものだが、が視界に入っているときの三好さんなど恐れるに足らず。 「邪魔? ふふ、とんでもない。可憐な花が一輪あるだけで、酒もうまくなりますよ。さ、移動しましょうか」 三好さんは優しく微笑むと、先を歩いていく。 まぁ、この人は“上の上”なんだよね、実際は。背筋がピンと伸びていて、後ろ姿だけでも美しい。だからのことがあっても、熱烈なファンだっている。先に紹介したように、三好さんは超ハイスペックだし、男としては本当によくできた人だ。 一番好かれたいには嫌われてるけど(笑)。親の仇と言わんばかりに憎まれてるけど(笑)。 がこそっと私に耳打ちしてくる。 「ね、聞いたでしょ? わざわざ“一輪”とか言う必要ある? ないでしょ? ほんっと嫌味じゃない? マジでないよね??」 「こら、聞こえるよ。でもいいじゃん、田崎さん紹介してくれるなら」 三好さんの言う“一輪”というのは、もちろんのことだ。でも普段が普段なだけに(笑)。全然(笑)。伝わってないどころか嫌味だって思われてますけど〜(笑)。 いいぞその調子だ! もっと攻めていこう!! と思いながら、「そうだけどさ〜! なんか裏がありそうで怖い……」と言ってが難しい顔をするので、頼りない背中をそっとさすった。 「おー……マジで連れてきた……」 うわガチで田崎さんいる。というかすげえ神永さんいるじゃねえか。 田崎さんはのお気に入り、そして女性社員に事あるごとに囲まれている、あの神永さん。そしてが大っ嫌いな(笑)三好さん(笑)。どう考えても三好さんはここに連れてきちゃダメでしょ(笑)。どうしたのどういうつもりなの?? と思いながら、が悪気なくどうやって三好さんにダメージ与えてくのか楽しみで仕方ない。 「こんばんは。さん、でいいんだよね?」 田崎さんが実に爽やかな笑顔を浮かべて、を名指しして挨拶する。……おっと……? 思わず田崎さんの目をじっと見つめると、田崎さんはこちらへ視線を寄こすことはなかったが、口端を意味ありげに持ち上げた。……おっと……? おっとおっとおっと……?! 私もにやっとする。この感じだとおそらくは神永さんも同じ調子だろう。……盛り上がってまいりました(笑)。 「っは、はい! ですっ」 もう完全に恋する乙女モードに入っているの表情は、んんんクソかわいいじゃねえか……。アルコールも入っている状態で、さらに恋する乙女モード……今のは無敵だな……なぜか私がドヤァしたい最高かよ……。田崎×で一冊書けそうです……。 「……田崎、席、詰めてもらえます?」 そして三好さんの麗しい(笑)顔面が(笑)大変なことになっております〜(笑)。 「あぁ、ならさん、隣どうぞ」 サラッと田崎さんがそう言うと、三好さんは更に表情を歪めた。 「えっ、いいんですか?」とものすごくうれしそうにしてるがかわいいのと、でもそれは田崎さんが理由だというのが腹立ってしょうがないっていうのとで、なんとも言い表せない複雑な表情だ。 そうですよねえ〜。普段からかわいいかわいい大好き〜って思ってるんだから、今日は一段とかわいいって思いますよね〜。……でもその理由って(主にはアルコールだけど)田崎さんですもんね〜? 悔しいですね〜(笑)。……すっごい言いたい(笑)。どういう感情を持ったらその顔になるんですか〜?? って聞きたい(笑)。 「もちろん。さんみたいなかわいい子、男ならみんな隣にいてほしいと思うよ。俺もそう」 「っじゃあ、おじゃまします……」 それを見て三好さんは一生懸命頑張ってこの顔作りましたって感じで、にこりと私に笑いかけると、「なら、どうぞ、あなたは僕の隣で」と言うので、「え……あ、はい……」と俯きがちに応えて席に着いた。俯いたのはもちろん笑ってるのがバレないようにです(笑)。 「さん、どういう男がタイプ? 俺たち三人なら、誰がいい?」 それなりに飲みつつ、しばらく――神永さんがいきなりツッコんできた。……やってまいりましたお待ちかねッ!!!! ナイスッ! 神永さんナイスッ!! と思っていると目が合って、意味深ににっこりされた。やっぱりみんな――と三好さんの近くにいる人ら――は黙って見てられないですよね。だっておもしろくてしょうがないもん。三好さんみたいな澄ました人が、みたいなかわい子ちゃんに振り回されてるとか(笑)。逆パターンなら想像もできるんだけど、三好さんが(笑)。これで笑うなってほうがどう考えてもムリ(笑)。 「えっ、う、うーん、そ、そうですね〜、うーん……」 答えにくそうにしているを見て、神永さんが私に話を持ってくる。 「きみは?」 ここで私がサラッと答えてしまえば、流れ的にも答えないといけない。分かってますよ私は。 「皆さん素敵ですから選べないですよ。というか雲の上の存在っていう感じで。私はもっと平々凡々な人がタイプですね」 テンプレ(笑)。と思いつつ、無難なところなのでオッケーだろう。 「あはは、俺たちだって平々凡々だよ。なぁ?」という神永さんの言葉に、田崎さんも笑って「雲の上の存在なんて大袈裟だよ」と応える。え? 三好さん? ……もうとにかくがどう答えるのか気になってしょうがないって感じッス(笑)。 「それで? さんは?」 「え゛?! ……う、あ、そ、そうですね〜、うーん……」 両手でカクテルグラスを持ち上げて、うーん……と唸る。 今度は田崎さんがツッコむ。の好みドンピシャの顔で爽やかに笑って、「……俺とかどうかな? 好きじゃない?」との顔を覗き込む。するとほんのりと赤くなっていたの頬が――いや、もう見えるところ全部が一気に真っ赤に染まった。んっん〜!! いいぞいいぞ〜! 神永さんも田崎さんもナイスッ!! うまいッ!! 「えっ、あ、た、田崎さんですか?! も、もちろん素敵だと思いますよ! 優しい感じがすごくするし、お仕事にも熱心ですよね。すごく尊敬できるなって思いますし、」 と、田崎さんに見つめられながら、は一生懸命に話している。 ちらっと隣に座る三好さんの表情を盗み見る。すごく機嫌悪そう(笑)。そんな顔したところで別にあなたのこと(恋愛的に)気にしたりしないです(笑)。あっなんかヤバイ仕事押しつけられたらどうしよう〜っ! とかいう方向にしか気にしないです(笑)。 「……僕はあなたの直接の上司ですが」 「んん゛……っも、もちろん三好さんのことも、す、すごく、すごく……そ、尊敬してます、」 「そうでしょうね。僕はあなたのことを誰より理解しています。尊敬に値する上司でしょう」 ほらね(笑)。すっごい戸惑ってるっていうか、あからさまにびくびくしてる(笑)。そしてものすごくイラッともしてる(笑)。 は「そ、そうですね〜」と口元を引きつらせながらもなんとか笑って、仕切り直しというように「あ、田崎さん、次何飲まれます?」と田崎さんに声をかけた。 「さん。まず直接の上司である僕を優先ですよね」 「し、失礼しました〜……。み、三好さん、何にしますか?」 「いえ、結構です」 「……そ、そうですか……」 の怒りゲージが(笑)。 めっちゃ三好さんディスりたいの我慢してるぞこれは(笑)。 三好さんも相手に駆け引きなんか(どうせ)できないんだから、もっと王道な攻め方すればいいのに……。いくら周りの人間に伝わったって、本人に伝わらなくちゃなんにも意味ないでしょ……。 にはストレートがいちばん効く。つまり田崎さん大正解。まぁおもしろいから言わないけど(笑)。と思ってグラスで口元を隠して、少し笑った。あー、ほんとはめっちゃ声出して笑いたいんだけど!!!! 「さんさ」 神永さんがちょっと真剣な声を出す。 「はい?」 が首をかしげると、神永さんはふと目を細めた。 「俺はアリ? ナシ?」 は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに笑った。 「神永さんですか? あはは、神永さん、すっごくモテモテじゃないですか。わたしがアリでも選んでくれないでしょ?」 ふふふ、と笑うに、神永さんも笑った。そして、「そんなことないけど。さんかわいいし、いつもにこにこしてて感じが良いよ。……って田崎が」と爆弾ブチ込んだ。 「え……」と呟くと、は唇をきゅっと引き結んだ。 神永さんが追い込んでいく。 「でさ?」 「あ、あっ、は、はい!」 「三好は?」 「絶対ないです!!!! ……あ、」 勢いよく立ち上がって声を張り上げたは、次の瞬間には顔を真っ青にして、ストンと座った。 「……どうして僕は“絶対”ないんです?」 ど、ど、ど、どうしてって(笑)。ほんとお腹よじれる(笑)。と思いながら、「え゛?! い、いや、だ、だってあの……」とこの場をなんとか乗り切ろうと頑張るを見る。 ここで私に助けを求めてこないのがだ。だからこそ助けてあげたいと思うのだけど、今回はごめんとしか言いようがない。そろそろ展開が欲しいんだよ。私は己の欲望に忠実だ。 「……僕はあなたに人一倍優しい男だと思いますが」 どこが(笑)。と私が思ったと同時に、ブチッと何かが切れた音が聞こえた。もちろんの堪忍袋の緒ですけどね(笑)。ザッマァアアァ(笑)。 三好さんてほんっとの地雷という地雷すべてを踏みますね(笑)。でも自分ではそういう認識まったくないんですもんね〜(笑)。あっははは! 愉快愉快(笑)。 また勢いよく立ち上がったが、いつも私に愚痴るときの勢いでぶわーっと吐き出していく。 「ハァ? どこがです? えっ三好さんいつわたしに優しくしてくれたんですか? 挨拶すらシカトしますよね? えっ基本的なコミュニケーションすらまともにとってくれないのに? 優しくしてる? うそでしょ?!」 三好さんが「……神永のようにチャラチャラしていません。女性にはいつでも誠実です」とか言い出したので、そういうことじゃないから(笑)。そういうんじゃなくて(笑)。もっと初歩的な問題があるでしょあなた(笑)。と心のなかでめちゃくそ笑う。 「誠実とか男女関係なくそんなの当たり前のことでしょ何言ってんですか?!」 「ちょ、ちょっと、落ち着こう? ね?」 まだ三好さんの迷言聞き足りないから(笑)。 「いやだっておかしいでしょこの人!! ほんっとなんでそんなわたしのこと目の敵にするんですか? わたし三好さんに何かしました?!」 「ええ、しました」 えっ。 「えっ、」 私、田崎さん、神永さん、たぶん三人とも同じ顔をしているはずだ。 三好さんは眉間にくっきりと皺を刻んで、じっとの顔を見上げている。 「あなたが僕を選ばないのが悪いんです。あなたの周りにいる男の誰より、僕があなたにふさわしいでしょう。なのにどうして他のつまらない男を選ぶんです?」 「……は?」 「挙句、田崎? いつもそばにいる僕より、田崎? なぜです?」 「な、なんでキレてんですか……。いや、なぜって聞かれても、そんなのわたしが聞きたいです。三好さん、わたしのこと嫌いじゃないですか」 「そんなことは言っていませんが」 「だから! 態度!! どう考えたってわたしのこと嫌いでしょ!! 挨拶はもういいですしてくれなくて! わたしは立場上しますけど返してくれなくっていいです!! でも! 帰宅間際になって資料持ってこいとかコピーとか頼んでくるのやめてもらえますか?! なんっで毎回わたし?! 他にもいますよね!! わたし仕事で手を抜いたりなんかしてません! 嫌がらせで頼むにしても、他にいるでしょ頼むべきサボり魔とかッ!! そうじゃなくても三好さんと残りたい人なんか腐るほどいますよなんでわたしが……。こないだだってそうです!! あんなどうっでもいい書類のためにフラれたわたしの身にもなってくださいよ!! ちょっと聞いてます?!?!」 「さんが仕事で手を抜いたりするような人でないのは、僕が一番よく知っていますよ。いつだって、僕はあなたのことを見ていますからね」 なんかドえらいことになってきましたけど。 ……え? み、三好さんが分かりやすい……。 「……え、」 「それにしても振られたんですね、それは良かった」 残念その一言が余計ッ!!!! 私、田崎さん、神永さん、たぶん三人ともおんなじこと思った。 いい線いってたのになんで三好さんはそうなの? あ〜! バカかよあんたは〜ッ!! と思っていると、がぼろぼろ泣き始めた。あっそうだこの子アルコール入ると――「三好さんのせいで!!!! ……あ、あの人、すっごく良い人だったのに〜っ、あのデート成功してたらっ……うう、ほんと、三好さんひどいです、きらいです、ひどいです、きらい……っ!」と子どものようにわんわん泣き声をあげて、ずるずるとソファへ座り込んでしまった。 やばい、どうする? と田崎さん、神永さんの目が言っている。こういうときには、とにかく話を聞いてやるのが一番だ。けど、原因は三好さんである。その三好さんが目の前にいるんじゃ、よしよし〜! といくら慰めても余計に泣くのがオチだ。こ、ここはもう連れて帰ろう! と私が立ち上がろうとしたとき、三好さんが静かに口を開いた。 「……僕はさんのこと、好きですよ。誰より特別です。……ただ、僕が挨拶を無視したり、帰宅のギリギリに仕事を頼んだりしなければ、あなたは僕に関心を持たなかったでしょう。……向けられるものが悪感情であれ、無関心でいられるよりはマシです」 困ったような、それどころか縋るような顔をしている。それから三好さんは立ち上がると、のそばに膝をついた。えっ?! と思った私より、のほうが驚いている。そりゃそうだけど。 はものすごく複雑そうな――いや、今はとにかく関わりたくないという表情で、「……ちょっと、あの、帰ります……」と言って三好さんから距離をとろうとしているが、三好さんが簡単に退くはずがない。 「僕はデートに遅刻されようが構いません。いくらでも待ちます。優しくしてほしいと言うなら、もちろんいくらでもします。それなら、僕を好きになってくれますか」 三好さんの白い手が、の手を握った。 「いや、あの、帰るんで、」 「僕はさんが好きです。頭の軽い中身のない男なんかより、僕のほうがずっとあなたのことが好きです。それに僕は、あなたの望む男になれますよ。先程も言った通り、優しい男がいいなら、誰を、何を差し置いても、あなたにだけは優しくします。仕事ができる男がいいなら、もっと励みます。まぁ、顔に関しては僕の顔を好きになってもらいたいですね。……あなたのご友人が仰るように、僕は顔良し、仕事ができる、何よりあなたのことを愛しています。これほど条件の揃った優良物件は、どこを探してもないと思いますが」 えっ三好さんそんなまともに口説くことできるのになんで今までしなかったんですか? 「〜っ、か、帰ります! お疲れさまでした!!!!」 は顔を真っ赤にして、三好さんの手を振り払うと走っていった。 「……なんでそうおまえは強引に事を運ぶんだよ」 神永さんの言葉に完全に同意である。え? っていうかまだ頭が追いつかない。なんで? なんで初めからああいう分かりやすい方法で攻めないの?? の泣き顔がふっと頭に浮かんで、私は眉間に皺を寄せた。毎度三好さんの愚痴を聞いていただけに、納得がいかない面がある。三好さんはザマァ(笑)でいいんだけど、が本気で辛い思いをして泣くというなら話は別だ。 ……まぁでもアレは――と考えているところで、三好さんが小さく溜息を吐いた。 「……あちらが鈍いからです。僕も帰ります」 「送り狼になるなよ」 田崎さんが笑って言うと、三好さんは思い切り顔を歪めた。 「さぁ? 彼女次第ですね」 「あいつ、だからダメなんだよなぁ。ね?」 ビールジョッキを空けたところで、神永さんが頬杖をつきながら言った。 「あはは、でもさっきのは分かりやすくていいじゃないですか。まぁそうでなくとも、が気づかないほうがおかしいんですよ。三好さんみたいな人が、あんなに露骨に態度を変えるなんて、よっぽどじゃないですか」 まぁそれが好意なんだというのはには分かりにくすぎて、はとにかく腹立つ一方だったわけだが。けれど、よくよく落ち着いて考えて、三好さんの言動を見ていれば気づいていい話である。それにしたって温厚なにあれだけ毒を吐かせるんだから、三好さんも加減ってものを知らないんで難儀だなぁと思うのだ。 「なんでもスマートにこなす男だからね、三好は。……意外と可愛いところがあるもんだな」 思い出したのか、田崎さんが肩を揺らして笑う。 「……もで、なんだかんだ三好さんのこと気にしてるんですよ」 私がそう言うと、神永さんはかわいそうに……という顔をして、「あんな意地の悪いことされれば、嫌でも気になっちゃうでしょ」と眉を下げた。まぁそうなんだけど。普通はそうなんだけど。は三好さんの(彼女にとってはまったく意味わからん上に理不尽な)あからさますぎる言動にも、その裏を読もうとはせず、まっすぐに捉えてしまう子なのだ。なので――。 「いつも散々愚痴を言ったあと、必ず言うんですよ。『三好には絶対、さんが必要です、ありがとうって言わせてやる!!』って」 つまり何が言いたいかというと、はかわいいという話だ。 なんだかんだと愚痴って怒って泣いても、最後にはそう言う。誰よりも三好さんに認めてもらいたいと思っているからこその言葉だ。 ……田崎×←三好は諦めるとして、それなら三好さんには、三好×で最低でも五冊書けるだけの成果を出してもらわないと困る。 ぐいっとビールを喉に流しながら、週明けからの観察はもっと頑張らねばならないな、と私は決意を新たにした。 「それなら、付き合うことになるのも案外早いのかもしれないな」 「いやぁ、あるかぁ……?」 田崎さんの言葉に、神永さんが苦い顔をする。どう思う? というような視線を受けたので、「あんな熱烈な告白されたら、もしれっとできないでしょう。あとは三好さんが、変化球じゃなく、もっとストレートに好意を示してくれたらいいんじゃないですか?」と、の友人として正直に答えた。 「……そういうもん?」 「そういうもんですよ。ね、田崎さん」 「そういうもんだね」 「でもさぁ……」 とかなんとか話していたら、時間はあっという間に過ぎ去っていった。 あんなにおいしい展開の目撃者になり、そして協力者を見事二人もゲットできたので、今回の呑みは特別素晴らしいものになった。 協力者二人はとても心強い。三好×の情報がより集まりやすくなるし、何より二人とも三好×をめっちゃ推してるのだ。こうなると一冊目の完成はすぐそこだろうし、今後の二人が非常に楽しみである。 それは私たちだけではないだろう。なんせ、あの三好さんの(大苦戦している)恋愛事情が明らかにされるわけなのだから。 もうコレ社内で売りだそうとかそんなこと――――思ってる(笑)。 |