「こんなことちゃんに頼んだら三好さんに殺される可能性しかないのは重々承知だし、ちゃんも三好さんに申し訳ないと思うに決まってるから非常に気が引けるんだけど」

 私のあからさまにこれからヤバイこと言うよ? って感じのフリにも、うちのキューティーエンジェルちゃんは「うん? 何、どうしたの?」と優しく問いかけてくれる……超絶天使最高あんたが私のナンバーワン……。
でもだからこそ、やっぱりこんなことは頼めないよな〜と思うわけである。

 「……やっぱりなんでもない」

 私ってばなんて愚かな真似をしようとしたんだ……と首を振ると、は慌てたように私の両手をぎゅっと握りしめた。

 「待って待って! ねえ、いつでもわたしのこと助けてくれるんだから、わたしができることならなんでも協力するよ。言って」

 純度1000パーセントの真摯な瞳が、じっと私を真っ直ぐに見つめてくる。……ウウッ、ちゃん……あんたって子はいい子すぎる……。
 私は意を決して……それからたっぷりと沈黙した後、なんとか口を開いた。

 「…………私と合コン行ってくれない?」




 私の言葉を聞いたは、なんだそんなことなの? と言ってすぐに頷いてくれた。マジ何度でも言うけどいい子すぎない?? 天使? 天使なの? 天使だった知ってた!
 でもさ、がいいよって言ってくれても、絶対いいよなんて言わない人がバックについてるでしょ……?

 「――頼んだのは私なんだけど。私なんだけど大丈夫? 三好さん怒ってなかった? 怒ってたに決まってるよね??」

 大好きマンでやっとの思いでお付き合いすることになった三好さんが、そのを合コンなんてものに送り出すとは思えない。どんな手を使ってでも行かせないし、もしそれが無理だったら自力で場所を突き止めて、参加してるヤローたちを全員ブチのめすくらいのことはやっちゃうに決まってる……。
 でも、こうしては私の隣でにこにこしているわけだ。……三好さんどうしちゃったの……? と思わずにはいられない。いや、事件起こされても困るけど。

 「ううん、怒ってなかったよ。合コン行く代わりに、解散したら三好さんちにお泊まりするって約束したら笑顔で送り出された」

 なんてことないようには言っているし、普通に聞けばすっごい懐の深い彼氏だね〜〜ってなるとこだが、“あの”三好さんである。なんてことないわけがない。笑顔で送り出したとか余計に怖い(震え声)。

 「……三好さんのことだからそこからむちゃくちゃな要求してくるに決まってる……! ごっ、ごめんね〜!」

 思わずぎゅうっとを抱きしめると、私の腕をぽんぽん叩いて可憐な笑顔を浮かべた。ジャスティス(真顔)。

 「あはは、気にしなくていいったら。それより、珍しいね、合コン行くなんて。誰かいいなって思う人が来るの?」

 …………いつも誘われても合コンと聞けば断る私。だから、どうして? と聞かれるだろうとは思ったけど……ンン……。

 「……いや、そういうわけじゃないんだけど」
 「……ほんとに?」
 「マジマジ。……ちょーっとね、取り引きをね、しまして……」

 はきょとんとして、「取り引き?」と首を傾げた。
 ……い、言えないッ! 誰かに頼まれて仕方なしに参加するのかな〜? って感じの顔してるには……にだけは言えない……。
 ――幹事がこの私だなんてことは絶対に……。
 しかもその原因が喫煙ルームでの三好さんの惚気話の詳細を知るためだなんて……その代わりに神永さんに頼まれたからだなんて口が裂けても言えない……ッ!
 いやでも知りたかったの!!!! いっつもいっつもにはゲロ甘な三好さんが、がいない時にはどんな惚気話してどんな顔してんだか知りたかったの……!
 というわけで、完全に自業自得だからに頼ることだけはしちゃダメだったんだけど……こういう時に限って人が捕まらねえ……。しかも最後の一人……そして合コンはもうすぐ始まってしまう……。……すぐ欲望に流されるからこうなるんだ……クソ……せめて神永さんの条件聞いてからにするんだった……。
 まぁ後悔してももう遅いのだ。なぜなら、もうお店に着いてしまっている(絶望)。
 ずんと落ち込む私を見て、が顔を覗き込んでくる。

 「そ、そんな落ち込まなくても大丈夫だから! ね?」
 「うちの子ウルトラ超絶フェアリー」

 はくすくす笑って、「ほら、もう行かなくちゃ。それで、他に誰が来るんだったっけ?」と言ってお店の扉を押し開けた。

 「あ、も知ってる子だから大丈夫! 受付嬢のミサコと――」

 とりあえず、ちゃんのことは私が絶対に守らなければ……ッ!


 お店の予約は神永さんに任せていたので、入口で名前を言ってテーブルまで案内してもらった。居酒屋と名前が付いてるくせに、めっちゃくちゃオシャレなんなのここすごい……。すげえな神永さん……場数踏んでます経験値高めホント言うと実はカンストしてるけど暇つぶし程度にはログインしてるチャラいを極めに極めた男……このチョイスは女子が喜ばないわけがないわな……。
 そんなことを考えていると、神永さんと目が合った。

 「あれ、案外早かったな――っていうか、ちゃん合コンなんか参加して大丈夫? 三好に怒られたりしない?」

 これはマズイことになるんじゃないか? いや、なるに決まってる……と思ってるに違いないが、神永さんは心配そうな顔でを見つめる。その実、の反応を観察しているようだけど。
 けれど肝心のはケロッとしていて、「え、あ、大丈夫です。神永さん、男性側の幹事なんですか?」なんて言うもんだから、神永さんが一瞬だけ目を見開いたのが分かった。でも、さすがである。
 「そうだよ。まあ、とりあえず座って」と言って奥のソファにを座らせて、さも今から合流する人たちと連絡取り合ってます〜〜ってな感じでスマホをいじりながら、神永さんが小さく声をかけてくる。……分かる、言いたいことは分かってます……。

 「……おい、きみは何を考えてるんだ? なんでちゃんを連れてきた。三好に殺されるぞ」

 ちらっとを確認すると、困ったような表情でスマホを見つめている。……多分っていうか絶対三好さんだな……。そうだよね、送り出しはしても邪魔しないとは言ってないもんね、分かる。連絡しまくって間違ってもどこの馬の骨とも知れない男に意識が向かないようにしてんのよね、分かってる分かってる……。……ホンットごめんね……。
 の注意がこちらに向いていないことをしっかり確認して、私は小声で神永さんに答えた。

 「私だって連れてきたくなんかなかったですよ! でも苦肉の策だったんです! っていうか神永さんが合コンとか言い出さなきゃこんなことになってないんですけど!」

 神永さんはやれやれってな具合に溜め息を吐くと、「はあ……まぁ仕方ないか。俺も気をつけるが、きみもちゃんから目を離すなよ。命は惜しいだろ」と言って肩を竦めた。私はそれに強く頷いて、もう一度の様子を窺い見る。
 ……笑ってる……嬉しそうに笑ってる……なんだか分かんないけど三好さんがいい仕事したんだなこれは……。最高じゃんって気持ちと本当に申し訳ありませんという気持ちがぶつかり合ってるけど結果的に最高じゃんが押し勝っちゃう……ごめん……。
 でも、これで私は一層決意を固くした。ちゃんと三好さんカップルの幸せを守れるのはやはり私だけ……いやこの状況の原因おまえだろってツッコミはあるだろうけど、まぁそれはともかくね?

 「当たり前でしょ、今絶好調の三好×に波風立てるようなことは死んでもしません」

 神永さんはニヤッと笑って、「よし、ならいい」と私の肩を叩いた。
 すると、キャッキャと弾んだ声が近づいてくる。この声は――。

 「あ〜! ウソ! ほんとに神永さんいる〜っ! えー、うれしい〜〜!」
 「わ、ほんとだ。えっすごくない??」

 私が声をかけた受付嬢のミサコと、営業のナミだった。
 ミサコはイマドキ女子〜ってなタイプの子で、性格も明るくてハッピーな感じなので呼んだわけだが、そうでなくとも彼女は合コンという合コンを制覇してきたという猛者。これは呼ぶしかないなと。
 ナミは営業でも人気がある美人で、男はこういう彼女が理想なんじゃないかな? っていうパーフェクトウーマンである。
 私自身は言うまでもなくモブ中のモブだけど、この二人に加えてうちのフェアリーちゃんまでいるんだから、もうこれ最高の布陣じゃない?? いや、ミサコたちはともかくには絶対手ェ出させんけどなッ!!!! 私? 私は彼氏とかいう枷はいらない。当然でしょ? 三好×が成立した今、そんなつまんねえ存在に割く時間なんか秒もねえから(迫真)。
 神永さんはミサコとナミのことを知ってるらしく――さすが社内で一、二を争うプレイボーイ――にこっと明るい笑顔を浮かべた。

 「ミサコちゃん、来てくれたんだ。嬉しいな。ミサコちゃんみたいなかわいい子がいてくれたら、めちゃくちゃ盛り上がるよ。ありがとね。ナミちゃんもありがと、美人がいると華やぐ。はい、二人とも座って」

 するとミサコが神永さんの腕にぴとっと体を寄せて、「ミサコ、神永さんの隣がいいな〜?」と上目遣いに見つめる。
 ……ミ、ミサコ……ッ! 神永さんをオトす気でこの場へやってきたな……! さすがイマドキ女子……まだメンバーが揃ってもいないのにすでに臨戦態勢ッ!
 神永さんはミサコの目をじっと見つめると、ニッと唇を吊り上げた。

 「それはまた後で。全員揃って自己紹介して、その後は好きにしていいよ、もちろん」

 きゃあ〜! と嬉しそうな声を上げるミサコを見て、がにこにこしながら「わあ、さすが神永さんだね〜っていうか、ミサコちゃんて神永さんのファンだったっけ?」と私の腕を引く。私は大真面目な顔ですぐに答えた。

 「いや、イケメン博愛主義だからそんなことはない」

 がにこにこしながら「そっかあ〜。でもミサコちゃんかわいいから、今日もモテモテだろうね! ねえねえ、そういえば――」と言ったところで、明るい茶髪の男がテーブルに近づいてきた。
 「お待たせ〜! あれっ、早くない?」と笑顔を浮かべる顔は、そこそこ整っている。まあ比較対象が神永さんになってしまうため“そこそこ”というだけで、一般的にはイケメンと言っていい部類である。

 「おまえこそ早いな、仕事は?」

 「かわいい子ばっかって聞いてたから秒で終わらせてきた。はじめまして〜、モリタです〜。みんなかわいいね〜、名前教えて?」

 ――まあイケメンだとは思うけど…………さすが神永さんの友達……チャッッッッラ……っていうね……。
 ミサコとナミと愛想良く自己紹介をした後、モリタはうちのちゃんに「で? きみの名前は?」と馴れ馴れしく声をかけてきた。ったく、これだからチャラ男は……。
 しかしちゃんは女神のような清らかな心の持ち主なので、そんなチャラ男にも優しく微笑んで「あっ、です。はじめまして」と……うちの子ほんとかわいい最高……(拝み)。

 「ちゃんか〜。かわいいね、超タイプ。口説いてい?」
 「ハイすんませんうちのはダメです!!!!」

 ズザッと二人の間に割り込んだ私に、モリタが「なんで?」と…………。

 「……なんで?」
 「なんで口説いちゃダメなの?」
 「え゛っ、いや……それはほら……」

 ヤバイな、さすがにこのタイミングでこの子彼氏いるんで! とは言えない……と困っていると、神永さんが「俺が狙ってるからダメ」と言ってモリタを牽制してくれた。よし、神永さんが狙ってるとくればそうそう手は出せまい……。神永さんナイス! とこっそりグッジョブサインを送っておいた。

 「え〜! 神永さん、ちゃん狙いなの〜? ミサコは〜?」

 ハンター・ミサコが神永さんの腕を引くと、慣れた様子で「ミサコちゃんは俺のこと狙ってくれる?」と口端を持ち上げる神永さん。
 ミサコは答えた。

 「う〜ん、他にイケメン来る?」

 ……さすがイケメン博愛主義を掲げるだけある……。
 神永さんは「浮気者だなあ」と笑った。

 「イケメンかは知らないけど、モリタのツテで――」
 「すみません、遅れました」

 やってきたのは男二人。ということは、これで参加者は全員揃ったわけだ。
 声をかけてきた男を見て、ミサコが「えっ好き……」と呟くと、もう一人が「え? 俺?」と嬉しそうに反応した。しかし、ミサコはイケメンは皆平等に愛するがフツメンには非常にクールな女……。
 「あはは、違います隣の人〜」と笑顔で答える。アンタのそういうとこ、私結構好き……。そして目がハンター……。
 獲物が微笑みながら「どうも、蒲生と申します」と言うと、ミサコは「きゃ〜ミサコ蒲生さん超タイプ〜〜!」ときゃっきゃとはしゃいだ。これは狩る気だな……。

 「はは、それは嬉しいですね」
 「……とりあえずこれで全員だから、まずは自己紹介、ってことでいい?」

 神永さん面白くなさそう〜〜(笑)。
 それはそうと、「は〜い!」と明るく返事するミサコの目がいよいよガチ(歴戦の猛者)。
 ……よし、これなら大丈夫だ。
 私とはひたすら食べて飲んでで乗り切れる!
 ミサコ、やっぱアンタってサイコーッ!




 「ここいい?」

 にこにこしながら尋ねてきたモリタに、はにこやかに「あ、どうぞ」と答えて席を詰めた。
 馴れ馴れしいモリタが「あ〜、近くで見るともっとかわいいね、ちゃん。ね、連絡先交換しよ? で、近々デートしようよ」とかほざくので、私はすかさず二人の間にメニューを挟み込み、「ちゃん何飲む〜〜?」との注意を引く。大丈夫ですよ三好さん……うちのは私が何がなんでも守りますからね……!

 「あっはは、なんできみがガード? っていうかさっきも言ってたけど、なんでちゃん口説いちゃダメなの? 俺めっちゃタイプだし、ちゃんが彼女になってくれたら超大事にするけど」

 ……さすが神永さんの友達……チャッッッッラ……(二回目)。

 「ハイそういうの間に合ってます〜〜。アンタみたいなチャラチャラしたのは、うちのにはふさわしくないから」

 するとモリタは分かった! みたいな顔して、「あ、何? もしかして俺のこと気になっちゃってる?」……。

 「おい神永さん、なんでこんなの呼んだんだよ」

 チッと舌打ちすると、神永さんがモリタの背中を叩いた。

 「モリタ、おまえもう酔ってんだろ。ほどほどにしとけ。っていうかちゃんは俺が狙ってるって言っただろ、手を出すな」

 モリタはヘラヘラしながら「おまえにはミサコちゃんがいるだろ、ねえミサコちゃん〜」とミサコに手を振る。

 「そうそう〜! 神永さん、こっちきて〜!」

 神永さんは「はいはい」と言って立ち上がると、私にしか聞こえない音量で「悪いな、頼んだぞ」と残してミサコのところへ向かった。
 言われなくてもそうします〜と思いながら、ビールジョッキを持ち上げる。

 「――すみません、隣、いいでしょうか」
 「あ゛? あっ、えーと、蒲生さん、でしたっけ? どうぞどうぞ」

 この蒲生さん、うちのライバル会社の風機関社のエリート社員らしい。うちのエリート層は「風機関? ああ、興味ありませんね。あちらは息巻いているようですが、元より同じ土俵に上がってすらいない相手です」って相手にしてないみたいだけど。ちなみにこのセリフは三好さんが言ってたやつ。
 まぁ私はそういうエリートたちとは関係ないので……愛想良く笑う蒲生さんを見ると、少なくとも人間が出来てそうなのはこっちっぽいけど〜〜って思いますがね(笑)。うちのエリートはみんなどっかしらおかしいから……。

 「ありがとうございます。先程から思っていましたが、いい飲みっぷりですね。お好きなんですか」

 ……この人は一体何を言ってるんだか……。酒が好きかどうか? ンなもん決まってる……。
 あたぼうよッ!!!! 酒は命の水だろうがッ!!!!

 「めちゃくちゃ好きッス!!!!」

 蒲生さんは「そうですか。僕も酒は好きですよ。あなたのようなとびきりの美人と飲む酒は、尚更」なんて言って、ウィスキーグラスを傾けた。ははあ、この人も大分飲めるとみた……。

 「あっはは、お上手ですね〜。――っておいモリタッ! ちゃんに飲まそうとすんなッ! 下心見え見えなんだよッ!! 、無理して飲まなくていいから」

 ったく油断も隙もねえッ!
 の目の前に置かれたグラスをサッとズラすと、は「うん、大丈夫、分かってるよ」と一つ頷いた。めっちゃ飲んできました〜って顔で三好さんと会ったら絶体絶命に決まってるからね……。
 するとモリタが、「あれ? もしかしてちゃん、彼氏いるの?」と……。

 「え゛、」

 思わず私が声を漏らすと、モリタは落ち込んだように肩を落とした。

 「なんだそっか〜。え、神永がそうだったりすんの?」
 「い、いえ、違います」

 しかしちゃんのこの言葉を聞くと、ぱあっと表情を明るくした。

 「ふーん。じゃあ俺にもチャンスあるってことじゃん〜〜」

 気づいてたけどコイツ頭悪いな????

 「ねえっつーの! もうめんどくせえなおまえッ! 潰してやっからなんでも好きなモン頼めよオラッ!!」

 メニューをモリタに放り投げると、ヘラヘラと「えー、女の子と勝負なんてしたくないよ〜〜」とかほざくから鼻で笑ってやる。

 「負けるわきゃねえからかかってきな」
 「ちょ、ちょっと、」

 心配そうなに、「大丈夫。っていうかもう潰さないと気が済まない」と言うと、困ったように眉を下げた。

 「え、え〜!」

 ちゃんを守るためなら、私なんでもするっていうかただただモリタが癇に触るんだ……。


 ――というわけでモリタと飲み比べしたわけだが。

 「ふっ、あっけねえなモリタ……! 女だからって舐めたのがオメーの敗因だッ! 寝んねしときなッ!!」

 何が女の子と勝負なんてしたくないよ〜〜だよッ! 弱すぎてお話にならねえわッ!!!!
 ハンッと鼻を鳴らす私に、蒲生さんが「なるほど、本当にお強いんですね」と感心したように呟いた。

 「ざっとこんなモンですよ。飲み比べなら絶対負けません」
 「――なら、僕と勝負してみませんか」

 ……確かにこの人は飲めるタイプのようだけどね?

 「私の今の戦い見てましたよね? 正気です???? 手加減しませんけど」
 「はは、もちろん。僕が勝ったら、あなたの連絡先を頂いてよろしいですか」

 私はニヤリと笑った。
 実はケンカっ早くて勝負事が大好きな私。ここでえ〜〜無理ですぅ〜〜なんてことを言うわけがない。

 「じゃあ私が勝ったら連絡先はナシってことでいいですね」
 「いいでしょう」

 が私の腕を引いて、「ね、ねえ、もう相当飲んでるし、やめよう? 蒲生さん、彼女もう酔ってますから、」と言う。蒲生さんはただ笑顔を浮かべるだけで、何も言わない。……勝つに決まってるって顔しやがって上等だよオラァ……。

 「ちゃん、女には負けられない戦いってのがあるのよ……」

 「何それっ! ねえ、もうやめようってば!」

 「大丈夫大丈夫。私の勇姿、しっかり見届けてね! ……さ、蒲生さん……いざ尋常に――勝負ッ!!!!」

 飲み比べ最強の酒豪の実力、とくと味わいなッ!!!!

 「も、もう〜!」




 あの子はちゃんを連れてきたことを苦肉の策と言ったが、本当にそうなんだろう。誰よりちゃんを大事にしているし、彼女のその信条――俺には理解できないが、三好とちゃんカップルを個人的に応援すること――から想像に難くない。
 まあ、彼女の過保護さもヤバイと言えばヤバイが、その上を行くのが三好だ。三好に殺されちゃあ堪らないので、来てしまったものは仕方ない、俺が気にかけてやらなくちゃなと思う。
 ちらっとちゃんたちのほうに視線をやると……どうも様子がおかしい。
 ――風機関の蒲生か。
 グラスを持って近づくと、俺は思わず溜め息を吐いた。
 何をしてんだ一体……。きみ、ちゃんを守るって言ってなかったか? なのにベロベロになってどうする。

 「ふふ、もう降参しますか?」

 薄く笑う蒲生に、「まだ……いける……」と据わった目で応える様子を見て、ちゃんが「無理でしょ! もうほんと、これで終わりにしてください、」と蒲生を見つめるが、やつは笑うだけだ。

 「どうしたの? ちゃん――っておいおい、なんでこの子はこんなべろんべろんなんだ?」

 さも今気づいた、というような口振りで声をかけると、ちゃんが泣きそうに眉を寄せた。

 「か、神永さん〜! 蒲生さんと飲み比べするって言って……でも、もうこれ以上飲ませられません、」

 何かとうちの社員を目の敵にしていると噂なのが、風機関のいわゆるエリートたちで、この蒲生もその部類であることは知っている。まあ実際のところ、俺たちと張り合うだけの能力はないと思っているし、大して興味がある相手ではない。
 ただ、こうなると話は別だ。

 「ふぅん。――風機関の知り合い呼んだってモリタが言った時から、なんとなく嫌な予感はしてたんだよ。女の子相手に、これはないんじゃないか? 蒲生」

 蒲生は人当たりの良さそうな好青年といったふうで、「ですが、勝負は勝負ですよ」と言う。

 「か、神永さん、」

 心配そうに声をかけてくるちゃんに、俺は一つ頷く。

 「……ここからは俺が相手だ」

 「これは彼女と僕の勝負です」

 「彼女はその前にモリタとも勝負してただろ。そのハンデがあるんだ、ここからは俺が代わる。……それとも、自信がないか?」

 これを聞くと、蒲生は表情を歪めた。分かりやすい反応だ。それだから、俺たちに張り合ったところで同じ土俵に立ってすらいないと言われるんだ。

 「……徹底的に潰してやる」
 「やれるもんならやってみろ」

 「神永さん、」という不安げな声に、俺は笑ってみせた。

 「大丈夫だよ。……俺が守ってみせる」

 負けるわけにはいかない?
 いや――負けるはずがない。




 「……ん……ん゛ッ?! あ゛?! な、なんで?!?!」

 ゆらゆらと気持ちいい揺れから目覚めた瞬間、私は仰天した。いや、なんで私神永さんにおんぶされてんの? っていうかアンタもなんでおんぶなんかしてんの????

 「起きたか。気分は?」

 神永さんの落ち着きすぎている声音に、私はなんだか拍子抜けした。

 「え? あぁ、大丈夫です――っていうか私蒲生さんと飲み比べしてたんですけど……もしかしなくてもコレもう解散してますよね?? ……ッ!」

 そうだうちのちゃんはッ?! 私が守ってあげなくちゃいけなかったのに……! と咄嗟に体を跳ね上げたところで、神永さんが「おい暴れるな!」と言って私に視線を寄越した。

 「ちゃんは三好が迎えにきたから安心していい。――それよりきみ、なんであんな無茶したんだ。下手したらお持ち帰りコースだったぞ」

 呆れたような、それでいてどこか怒ってもいるような調子で言うが、私にそんな説教は不要である。なんでって私別に潰れてないし。

 「え? あ〜……。いや、イケると思ったんですけどね、なんかもう途中飽きてきたから眠くなっちゃいまして……」

 神永さんがぴたりと足を止めた。

 「……眠くなっただけか?」

 …………はあ????

 「は? 当たり前でしょ。あの程度で潰れたりしませんよ。っていうかモリタ酒弱すぎなんですけどあの人帰れました?」

 神永さんは興味なさそうに、「蒲生に任せた」と言う。

 「なるほど」

 っていうかいつまでおんぶしてんのアンタ? って話なんだけど……正直めっちゃ楽。いや〜、別に歩けるんだけど、じっとしてて移動できるんならそれに越したことはないと言いますか。
 私はなんとなく脚をぶらぶらさせて、それから「あ」と思い至った。

 「結果は聞かなくても分かってますけど、勝負ってどうなりました? まいったな〜、約束守れなかった……」

 勝負は勝負なので、もちろん負けたら条件は呑むつもりだった。いや、負ける気なかったけどね。眠くなっただけだけど、それでごねるようなちっちゃい女でもない。
 あ〜、だからこそ約束守れなかったのが引っかかる〜〜ッ! とモヤモヤしている私に、神永さんは言った。

 「きみの勝ちだ」
 「……はい?」
 「だから、きみの勝ちだ」

 ンなわけあるかよ(真顔)。

 「いやいや、潰れはしてないですけど、私眠すぎて途中から記憶ないしンなわけないでしょ」

 「俺が途中で代わったんだよ」

 「あ゛?」

 神永さんはなんてことないように「蒲生の前にモリタと勝負してた分、ハンデがあったからな」と当たり前だろって調子だが、そんなことが勝負の世界で許されるとお思いか???

 「はあ〜? 人の勝負に首突っ込んだんです? 余計なお世話なんですけど!!」
 「そんなこと言って、お持ち帰りされたらどうするつもりだったんだ?」
 「痴漢ですって叫んで警察呼んでもらった」

 神永さんは呆れた溜め息と一緒に、「……きみじゃなくて蒲生を助けてやったんだな俺は……」と呟いた。
 しっかし、あ〜〜、そんな結末聞いちゃうと拍子抜けっていうか……。

 「なんだ〜〜つまんな〜〜。……なんか一気に酔い醒めた……。ちょっと神永さん、まだ時間あります?」

 「……一応聞くが、なんでだ?」

 ンなの決まってんだろ。

 「飲み行きましょ!」
 「少しは懲りろきみは!」

 間髪入れずに怒鳴る神永さんの肩を、バッシンバッシン叩く。

 「いいじゃないですか別に奢れとは言いませんから! それに幹事やってやったでしょ!!」

 「きみの要求には応えてやったんだから当然だろ!」

 いちいち細けえな……と思いながら、「とりあえず飲み行きましょ!!!! 話はそこで聞く!!!!」と脚をジタバタさせる。

 「……ったく、言い出したら聞かないなきみは……。一杯だけだぞ」

 そうこなくっちゃねッ!!!! さっすが神永さんであるッ! ヨッ! さっすが我が社を代表するイケメンエリート〜〜!

 「よっしゃ〜! 飲むぞ〜〜!」

 一杯だけと神永さんは言うが、もちろん一杯で勘弁してやる気は皆無。
 ――とりあえずめちゃくちゃヨイショしよう(笑)。






画像:HELIUM