「――どうだ、驚いたか?」

 何もない真っ白な空間に溶け込みそうなのに、目の前で無邪気に笑う鶴丸さんの姿を見て、わたしは思わずぽかんとしてしまった。
 大広間での大宴会で酒豪たちにしこたま飲まされたわたしは、眠気に負けてちょっとだけ……と長机に突っ伏した。――それからの記憶はない。

 「…………え、え? あれ? な、なんで鶴丸さん……あら? わたし寝ちゃったと思ったんですけど……」

 鶴丸さんは機嫌良さそうに「あぁ、それで間違いないぜ。俺がきみの夢に忍んできたんだ」と言って、その場に腰を下ろした。

 「……な、なるほど……?」

 何も納得いっていないのだけれど、まぁこれは夢だし、なんでもありだろう。そういうわけで、つい分かったようにこぼしたわたしを、鶴丸さんがじっと見つめる。

 「驚かないのか?」
 「え? いや、だって夢ですよね?」

 鶴丸さんは「そうだなぁ」とのんびり答える。

 「なら驚くも何も――」

 「俺がきみをあまりにも恋い慕っているから、こうして夢に現れたのさ。ここなら、誰にも邪魔をされずに済むだろう?」

 色っぽく唇をしならせて、じっと上目遣いに見つめられる。どう反応したらいいのか分からず、わたしが「……は、はあ…………え?」と間抜けな声を出すと、鶴丸さんはわたしの腕をぐいっと引いて、その胸へと飛び込ませた。あっと言う前に、そのままわたしの耳元で囁く。

 「それとも、きみが会いたいと願って呼んでくれたのか?」

 かあっと全身が熱を帯びていくようで、咄嗟にその体を押し返した。相変わらず心臓に悪い人だ……。
 鶴丸さんからじりじりと距離を取りながら、空気を変えようと頭を必死に回転させる。これは夢。夢だ。ただの夢。…………うん? 夢……?

 「――あ! あ〜! なるほど!」

 首を傾げる鶴丸さんに、わたしはちょっと興奮気味に言った。

 「あれですね! ほら、古典で習ったじゃないですか。昔は思われているからその人が夢に出るとか、思っているから夢に出るって考え方があったっていうやつ。あ〜〜! 鶴丸さん、夢でも気の利いたこと言うんですねえ〜……」

 鶴丸さんほどの美形であれば、たとえ取って付けたようなセリフだって様になるだろうに、この人は本当に気の利いたことばかり言うから心臓に悪いのだ。
 鶴丸さんはおかしそうに肩を揺らして笑う。
 「ははっ、そうくるか!」と心底楽しそうに言って、すると今度は目を細めた。唇は意地悪く吊り上がっている。
 え、と思う前に、鶴丸さんが口を開いた。

 「まぁいい。ともかく、ここでは誰に気を使うこともせずに済むんだ。――お相手願おうか、おひいさん」

 …………。

 「……え?」


 鶴丸さんは意地悪く笑っている。

 「さて、どうする?」
 「……鶴丸さん、器用ですね……」

 儚げな容姿に反して、結構豪快なタイプというイメージが(ビックリとかいたずらのせいで)強いのに、こんなに器用とは聞いてないぞ……。
 うんうん唸りながら、鶴丸さんの手をじっと見つめる。

 「……ええっと、こう、」

 悩みに悩んで、やっと糸を摘んで手を潜らせると、今度はわたしの手に糸が網を張る。
 鶴丸さんは愉快そうな表情を浮かべて、「はは、きみも器用だ。……そうさなぁ……うん、ここだな」とすぐに糸を摘んだ。また網が鶴丸さんの手に戻る。

 「えっ、え〜……いや、もうギブです、分かんない……降参で」

 元々あんまり器用なほうじゃないから、そもそもこういう神経を使う遊びは向いていないのだ。
 「なんだ、もう諦めるのか?」と言う割に、鶴丸さんはあっさりと糸を解いた。

 「あはは……っていうかなんで綾取り……?」

 そう、綾取りだ。鶴丸さんは手品みたいにパッと糸を取り出したかと思うと、綾取りをしようと言い出した。
 安請け合いしてしまったが最後、鶴丸さんが器用すぎるからとんでもなく難しい、とてもじゃないけど遊びというレベルではないかなり高度な綾取りだった……つまり疲れた……。
 ほんと、鶴丸さんってギャップの激しい人だな……。儚そうなのに儚くなくて男前。だけど繊細で器用で――とかなんとか考えていると、鶴丸さんの顔がずいっと近づいた。

 「もちろん、こうしてきみとの縁を手繰り寄せるためさ」

 …………わあ。

 「……鶴丸さんて、好きになった女性みんなを恋人にできちゃった人ですね……。気の利いたことばっかり言うんだから。口説かれてる気分になっちゃいますよ、あはは」

 さすが美形は違う……と内心ものすごく感心しつつ言ったわたしに、鶴丸さんも笑った。……笑ったのだけれども。

 「はは、真実口説いてるんだ、そういう気分になってもらえなけりゃ困るぜ」
 「……やめてくださいよ心臓に悪い……」

 この人、ほんとどういうつもりなんだろう……。わたしなんかからかっても面白くないだろうに……とちょっと呆れながらも、ドキッとしてしまったわたしは苦い顔をする。鶴丸さんははちみつ色の瞳を細めて、じっとわたしの目を覗いた。

 「なんだ、かわし上手だな。やはり俺はお気に召さないかい?」

 ふ、と頼りなげな雰囲気で薄く微笑むので、マズい、これはなんとかフォローしなければ……とわたしは、「え゛っ、いや、そういうつもりじゃ! 鶴丸さんはほんと、充分すぎるほど素敵ですよ! 彼女が羨ましいくらいです!!」と力説した。鶴丸さんのはちみつ色は、甘やかな光を含んでいる。

 「そうか、そいつは良いことを聞いた。それじゃあおひいさん、俺に口説かれてくれるな?」

 …………あら????

 「ちょっと待ってくださいちょっと待って! なんでそうなるんですか?! 鶴丸さん、そういうこと軽々しく言ったら――」

 「ひどい女だなぁ、きみは。俺がそんな節操なしに見えるのか」

 頬に優しく触れる手は、少し冷たい。夢なのにそれがすごくリアルで、わたしは思わず鶴丸さんから目を逸らした。

 「え゛、あっ、いや、そういうことでは、」

 挙動不審に距離を取るわたしに気づいているくせに、「ほう? それじゃあなんだって言うんだ、なあ、」と鶴丸さんがますます顔を近づけてくる。ビックリするほど整ったご尊顔は、あんまり近くにあると美の迫力がすごすぎて怖い。

 「ひっ、えっ、待って待って近いです近い!」

 必死に鶴丸さんの体を押し返すわたしを、彼はくすりと笑った。

 「近づいてるんだ、遠くなっちまったら困る。なあ――」

 鶴丸さんが頭を抱えて蹲った。
 …………うん?

 「へっ、」

 ぽかんとするわたしを余所に、鶴丸さんは後頭部を擦りながら後ろを振り返る。

 「なんだ、もうバレちまったか」

 「つるまる!!!! おまえはなんどぼくにおなじことをいわせるんです!!!! ぬけがけはきんしですよ!!!!」

 腕組みをしてはちゃめちゃに怒ってるいまつるちゃんが――いまつるちゃん……?

 「い、いまつるちゃん! えっ、あれっ?」
 「お嬢様、大事ありませんか?」

 いつの間にかわたしの隣に現れた前田くんが、困ったような顔でわたしの目を覗き込む。

 「ま、前田くんも――っわ!」
 「も〜っ、ボクもいるよ?」

 後ろから飛びついてきたのは乱ちゃんだ。……よく分からないけど、なんだこの夢は……出演者がすごいことになってるぞ……。

 「わあ〜……なんか、すごい豪華な夢だなあ〜……」

 思わず呟くと、彼もまたどこからやってきたのか、気づいたらわたしに背を向けて立っていた。薬研くんである。わたしと鶴丸さんの間に壁のように立ち塞がりながら、「ったく、困るぜ? 鶴丸国永。お嬢さんには、俺っちに嫁いでもらうつもりなんだ。俺の了承なしに勝手してくれるなや。なぁ? お嬢さん」と…………はい?

 「えっ?! えっ、あ、」

 咄嗟に答えるには頭の回転力が足りなかったわたしは、どうしようと思わずきょろきょろ周りを見回してしまった。いや、ここは薬研くんってほんとに年上キラーだね〜! みたいなことを言って笑っておくのが正解だった。けれど、「の了承は得られていないようだが、そこはどうなんだ?」とか、まるでこれが本気の結婚話みたいな反応を鶴丸さんがしてしまったので……だめだ、わたしは本当に頭の回転力を鍛えなければならない。どうやってこれを笑い話に変えればいいんだ……。

 「将来が楽しみらしいからな。お嬢さんの言う“将来”がくるまで、俺は休みなく口説くつもりだ」

 そう言ってわたしをくるりと振り返った薬研くんの唇は、楽しそうに三日月を描いている。
 ま、待って待って薬研くん……と口を開こうとしたところ、乱ちゃんがぎゅうっとわたしを抱きしめた。

 「まぁ薬研がダメだったとしても、うちにはいち兄がいるから! ちゃんには粟田口のお嫁さんになってもらうの。ね、いいでしょ? ちゃん」

 …………。

 「え゛」

 乱ちゃんがわたしを慕ってくれているのは、もちろんよく分かっている。粟田口家は男の子兄弟だから、“お姉ちゃん”というのに憧れて、わたしに一期さんのことを勧めたり、遂には薬研くんまで勧めてくるんだとも。でもそれはほら、だったらいいな〜! っていう夢みたいな話であって、まさか本気で粟田口家に嫁いでほしいとかそんな話じゃないでしょ……? いや、ロイヤルファミリー(しかも長男)のお嫁さんとかわたしには荷が重すぎるし、そもそも王子様である一期さんが、わたしみたいなド凡人と結婚するなんてあるわけないじゃん……。そんなシンデレラストーリーが現実にあるとしても、シンデレラになれるのはやっぱり選ばれた人である。ド凡人のわたしでは務まらない。ちなみに薬研くんは言うまでもない。
 鶴丸さんは、「なるほど、そりゃいいな」と言って口端を持ち上げると、「おひいさん、俺に嫁げば今剣がついてくるぞ。俺とは縁がある」と続けた。…………え?
 すると、いまつるちゃんがめいっぱい眉間に皺を寄せて一喝。

 「おまえたち、かってをいうのはよしなさい!」

 ……さすが本丸カースト上位者……本当に頼りになるちびっ子である……。

 「い、いまつるちゃ――」

 「ひめは、たっときひめさまなんです。ふくんとなるものは、りっぱなおいえがらの、りりしいわかむしゃでなければいけません」

 ……どんな感じなのか知らないけれど、お気に入りのヒーロー(カタナという名前らしい)の影響で、いまつるちゃんはビックリするような難しい言葉を使って話す時がある。これは初めて会った時からずっとなので、今になってどうこうというわけではないのだけれど……わたしのことを姫扱いするのはいい加減やめてくれないかな……というのが正直なところである。ちびっ子ではあっても、いまつるちゃんは本丸カーストでも上位に座している賢いちびっ子なのだ。彼がわたしをお姫様扱いしていると、みんながそれに従ってしまう……。
 多分、“カタナ”にはヒロインとしてお姫様が出てくるんだろうから、本丸に唯一の女性(週末しかいないけど)であるわたしを、そのヒロインに見立てているんだと思う。でも、実際にはわたしは姫ではないから、そんな立派な人と結婚なんてできないんだよと説明してあげたいというか、説明しなければいけない……。そういえばお見合い騒ぎの時も、いまつるちゃんはおんなじこと言ってた気が……。
 この機会だから、今説明しよう。わたしは普通の人間だから、いまつるちゃんが言うような人とは結婚できないんだよ〜〜と。……ちびっ子の夢(?)を壊してしまうのは心苦しいけれど、まぁ本当のことなので……変に期待させるより、早めに無理なんだよ〜というのを教えてあげるのも大人の役目である。
 ごめんねいまつるちゃん……と思いつつ、わたしは口を開こうとしたのだが。

 「そういうことなら、僕が妥当だねえ」

 ……?!?!

 「えっ?!?! ひげっ、髭切さん! なんで?!」

 突然わたしの顔を覗き込んできた髭切さんに驚きすぎて、思わず仰け反った。そのままひっくり返りそうだったところを薬研くんと前田くんが支えてくれたので、無様な姿を晒さずに済んで本当にありがたい――っていうか髭切さんもいつどうやって現れたの?! 気配なんてなかった! いや、夢だから気配なんてないのか……? でも、鶴丸さんの手に触れた時に冷たいって感じたし……とかなんとか考えるわたしの隣で、いまつるちゃんも何か考え込む顔をしている。すると、答えが出たのか一つ頷いて言った。

 「げんじのそうりょうのかたなですから、らいれきとしてはじゅうぶんですね」

 言ってることの意味は分からないけど、「うんうん、そうだよね。ふふ、姫、僕はきみに苦労なんてさせないよ。弟もいるしね」という髭切さんのセリフからして、これは髭切さんならいいですよ! ということなんじゃないだろうか……。……え……? 本丸カースト上位者のいまつるちゃんがそんなことを言ってしまったら――。

 「ちょっと! それならうちのいち兄だって資格あるでしょ?! 太閤殿下の刀なんだから!」

 や、やっぱりそうなるよね〜〜!
 ぷりぷり怒る乱ちゃんに冷や汗たらりである。それにしてもタイコウデンカノカタナって何……? え? カタナ? ……一期さんもカタナのファンなの?
 すると、いまつるちゃんが得意げな顔でぐんと胸を張った。

 「それならば、さんじょうにはみかづきがいます。あれも、たいこうのおくがたのところにありましたよ。それに、てんがごけんで、もっともうつくしいひとふりです」

 んんん? 確かに三日月さんってビックリするほど……っていうか、もはや怖いほどの美形だけど、なんか……うん……? いまつるちゃんの使う言葉が独特すぎてイマイチ分からない……。
 けれど、乱ちゃんにはどういう意味なのか分かるらしく、ますます怒って「いち兄だって御物の一振りだし、平野だっているんだからね!」と眉間に深い皺を刻んで声を張り上げた。いまつるちゃんのほうも難しい顔つきになって、ムッとした口調で独自の主張を繰り出す。

 「ぼくにえんのあるものであれば、のうりょくもたかいです。たちがおおいですし、なぎなただってあります! そして、たんとうはこのぼくがいるんです。ひめをおまもりするにふさわしいものがそろっていますよ!」

 「太刀? 粟田口に極が何振りいると思ってるの? 一撃で沈めるけど?」

 睨み合う二人の仲裁に入りたいものの、言っている言葉の意味がほとんど分からないので、なんと声をかけたらいいのかも分からない……。とにかく、わたしは一期さんとも三日月さんとも、恋愛的な意味で仲を深めるつもりはないんだけれど……今これを言ったら火に油なのでは?? という。
 どうしたものか……と頭を悩ませるわたしの隣にいつの間にか並んでいた髭切さんが、「うーん、そうだなぁ……確かに、極短刀って厄介なんだよねえ……」と顎に指を添えて微笑んでいる。……意味が分かるならぜひとも仲裁に入ってもらいたいのだけれど、この人にそういうことは望めないよな〜〜!
 すると、鶴丸さんが呆れたような溜め息を吐いた。

 「おいおい、きみたちが熱くなってどうするんだ? 俺と薬研の話のはずだが」

 そ、それも違うんだよな〜! とうなだれるわたしを余所に、髭切さんが「ええ? 仲間はずれなんてひどいなあ。僕だって十二分に条件を満たしてるのに」と、またトンチンカンなことを言うのでほんとややこしくするなら黙っててくれないかなこの人……。
 そう思ったところで、いまつるちゃんと乱ちゃんが揃ってこちらに鋭い視線を飛ばしてきた。

 「外野は黙っててよ!」
 「やじうまはちりなさい!」

 …………ふ、二人ともヒートアップしすぎじゃないかな……? いつでもかわいい二人の鬼の形相……心が震える……。
 「やれやれ、参ったな」という鶴丸さんの言葉に思わず頷いた次の瞬間、血の気が引くほどの恐ろしい声がした。

 「おい……貴様ら何をしている……」

 振り返ったわたしは戦慄した。
 ……なんてことだ……長谷部さんほんと社畜を極めすぎでは……。夢の中にまで出張してこなくていいというか……そろそろ本気で強制的にでも休んでもらわないと確実にヤバイことになってしまうぞ……。

 「やあ。えーと……へし折り長谷川くん。どうしたの?」

 そういうボケは膝丸さんにしかしちゃダメなやつです!!!!
 長谷部さんの表情は言うまでもない、鬼である。

 「へし切長谷部だッ! ――様! ご無事ですかッ?! すぐにお助けしなければならなかったものを……俺はなんて鈍なんだ……! 様、申し訳ございませんッ!!!!」

 長谷部さんは目にも留まらぬ速さで土下座すると、何度も額を床に打ちつけるので本当に血の気が引いた。というかこの人はなんですぐ土下座なんてしちゃうのかな?!

 「え゛っ?! いや、ご無事ですご無事です!! 大丈夫ですから土下座はやめてください!!!! えっ?!」

 すると、長谷部さんの顔を覗き込みながら、からかう気満々の表情で鶴丸さんが言った。

 「ははっ、なんだ、きみにしては大遅刻だな? 長谷部。やっとお出ましか」

 ……驚きを求めるのは結構ですけど、鬼と化した長谷部さん煽るとか死ぬ気かな????
 長谷部さんはゆらりと立ち上がりながら、底冷えする声で「……拝殿で祈祷をしている石切丸が、様の夢が騒がしいと俺に伝えにきた。様の健やかなお眠りを妨げるとはどういう了見だ、鶴丸国永」と言って、鶴丸さんをこれでもかというほどに睨みつける。
 しかし懲りた様子のない鶴丸さんは、肩を竦めて「おいおい、騒がしくしてるのはあっちだろう?」と指を差した。自然とわたしの視線も向く。

 「だからちゃんには粟田口のお嫁さんになってもらうんだったら! 何回言わせるの?!」

 「おまえこそ、いつまでだだをこねるんですか! ひめは、さんじょうかげんじにおこしになるんです!!」

 ……わ、わあ……二人とも全然クールダウンしないなあ〜!

 「――いい加減にしろッ!!!!」

 なぜか日本刀(?!)を持った長谷部さんが、それで床をドンッと力強く突いた。思わずビクッと体が震えてしまっ――いやいくら夢とは言え知ってる人が日本刀持ち出したら怖いに決まってるでしょ……。
 その場にいるみんなの視線を浴びながらも、長谷部さんはちっとも怯むことなくしっかりとした声で言い放った。

 「様の貴重な正月休みだぞ。ここで十分にお体を休められるよう務めるのが、主が俺たちにお任せくださっている役目のはずだ。これ以上騒ぎ立てるのであれば、この俺が一振り残らず叩き折る」

 …………た、たたきおる……とは……。

 「あ、あの、長谷部さ――」

 喉を震わせながらもなんとか呼びかけたわたしに、長谷部さんはキリッとした表情で「ご心配なく。この長谷部にすべてお任せください」なんて返してくるので思わず絶叫してしまった。

 「いやそれが一番心配なんですけど!!!!」

 すると、チャキンッという音が聞こえたので振り返ると、いまつるちゃんが拗ねた顔をしていた。うん? なんの音だったのかな? まぁそれはともかく、「……きょうのところは、ここでおえておきましょう」と言うから、ほっと胸を撫で下ろしたい気持ちになっ「ですが、ほんとうにおわったわけではないこと、きもにめいじておきなさい。このはなしはいずれ、かならずまとめます。さあ、みな、ひめのゆめからでるように!」…………い、いまつるちゃんがそういう感じだと、そのおはなしは絶対に終わらないのでは……なぜなら乱ちゃんも譲る気は微塵もなさそうだからである。

 「ぜぇーったいちゃんは粟田口のお嫁さんにするんだから! ちゃん、また明日ね」
 「えっ、あ、うん、」

 思わず返事をしてしまったが、わたしは粟田口家のお嫁さんにはならないよ……。
 苦笑いしながら手を振ると、すうっと乱ちゃんの姿が消えた。けれど、乱ちゃんの最後の言葉が気に入らなかったようで、いまつるちゃんの怒り(?)はまだまだ治まらない。
 「まだいいますか!」と言いながら、ダンッ! と床を踏みつけた。そして、くるっとわたしに向き直る。

 「ひめ! ひめのおしあわせは、この今剣がいっしょうけんめいおせわしますからね。それでは、ゆっくりおやすみになってください。またあした、たくさんあそびましょう!」

 「う、うん、遊ぼうね、」

 わたしの手を握ってぶんぶん上下に振った後、いまつるちゃんも消えていった。すると、続いて前田くんがぺこりとわたしに頭を下げて、「お嬢様、朝餉は少し遅めていただきますので、どうかごゆっくりとお休みくださいね。失礼いたします」と言い残してまた消えていく。

 「えっ? あ、ありがとう……? お、おやすみ、」
 「つまらないなぁ。僕、もっと姫とお話ししたいのに」

 唇をへの字に曲げる子どもっぽい表情も、なぜだろう、髭切さんがするとこう……ほわわんとした気持ちになってしまう……。毎日顔を合わせている人たちどころか、弟さんの名前まで忘れてしまうような人だけれど……髭切さんもものすごい美形なので……。イケメンってすごいなぁ……なんて思っていると、薬研くんが髭切さんの背中を叩いた。

 「まぁまぁ、ここは男らしく引き下がろうや」

 髭切さんは何か考えるふうに「ふぅん」と呟いた後、ふわっと微笑みながら「それじゃあ姫、起きたら僕とみかんでも食べようね」と言ってさっさと消えてしまった。

 「は、はあ……。おやすみなさい……」

 ほんと信じられないくらいマイペースだな……と若干呆然と呟くと、薬研くんが「騒がしくして悪かったな、お嬢さん」と困ったように笑う。……は〜〜、毎度のことながら、薬研くんはほんとにカッコイイ男の子である。

 「いやぁ〜、でも夢だし。わたしの頭の中が忙しいだけだよ、あはは。ほら、宴会楽しかったから」

 そう言ってへらっと笑うわたしに爆弾を落として、薬研くんも消えた。

 「それじゃ、今度はあんたの目が覚めてる時に口説かせてくれ。しっかり休めよ、お嬢さん」

 …………。

 「……う、うわあ……やっぱり薬研くんてすごい……」と言いながら顔を覆ったのは当然の反応と言っていいはずだ……。うう、薬研くんはほんとに年上キラーなんじゃないかな……?
 感心しすぎて溜め息を吐いていると、長谷部さんが日本刀を抜いてその切っ先を鶴丸さんの喉元に――?!?!

 「鶴丸、さっさと出ろ」

 あまりのことに喉を詰まらせるわたしを余所に、刀を突きつけられている当の鶴丸さんといえばケロッとした顔をしている……い、いや、夢なんだけど……夢なんだけどその反応はおかしい……!

 「いや、元はと言えば騒ぎを起こしたのはこの俺だ。おひいさんにしっかりと謝罪したい。きみは先に戻ってくれ」

 長谷部さんはぴくりと眉を動かして、「そう言って居座るつもりじゃないだろうな」と――と、とりあえず刀を納めません?!?! どうして冷や冷やしているのがわたしだけなんだろう……絶対おかしい……。

 「まさか。石切丸にその分どやされるのはごめんだ。――なあ長谷部。男の情けない姿を見届けてやろうなんて酷なこと、きみはしないだろう?」

 「……様、いかがなさいますか」

 ……えっ。

 「へ? え、いや、そもそも謝ってもらうことなんて――」

 鶴丸さんが長谷部さんの肩をぐっと引き寄せて、「おいおい、おひいさんに聞けば、謝罪はいらないと言うに決まってるだろう? 彼女は心底優しい女なんだ。違うか?」と言うと、長谷部さんはその腕を乱暴に振り払った。

 「女とはなんだ女とはッ! 姫様とお呼びしろッ!!」

 ……なんともいえない気分になっていると、長谷部さんが刀をやっと鞘に納めた。そしてわたしの目をじっと見つめると、「様、この不届きものはどうぞお好きに処罰なさってください。お目覚めになりましたら、すぐにおそばに参ります。それでは」と言い残して消えていった。……。

 ほんとになんなんだこの夢は……と思いながら、ようやく一息つける、と肩の力を抜いたところで鶴丸さんが言った。

 「――さぁて、これで本当に二人っきりだな、おひいさん」

 …………はい? えっ、終わったんじゃなくて??

 「……え? えっ、いや、これわたしの夢ですけど、みんな帰る? ってことになったんですよね? えっ?」

 「まぁ夢だが、俺は先に言ったはずだぜ。――俺がきみを恋い慕っているから、こうして夢にまで忍んできたんだと」

 するりと頬を撫でる指先に、わたしはただ「え、」と声を漏らす。

 「ははっ、いい顔だ。驚いたかい?」

 いたずらっぽいのにどこか熱のこもった視線は、どことなく居心地が悪い。
 わたしは視線を逸らしながら、「……いい歳した大人が、いい歳した大人をからかわないでください……たちが悪いですよ……」と呟くように言った。
 「俺はいつだって本気だ。きみがそれを認めないだけだろう? まぁいいさ。さて、今日はこのくらいにしておこうか」と鶴丸さんは笑う。心臓に悪い人だ、本当に。

 「そうしてください……」

 そう言った瞬間、鶴丸さんの指がわたしの顎をそっと持ち上げた。頬に触れた唇は、ちゅ、と甘さを含んだ音を立てて離れていった。

 「――楽しい時間だったぜ、

 な、何をしてるんだあの人は……とその場にしゃがみ込んだのは言うまでもない。
 ……出演者的にはものすごく豪華な初夢だったけど……なんだろう、夢なのにとても疲れた……。
 まぁでも、初夢は吉兆を占えるとか言うし、これはこれでよかったのかもしれない。一富士二鷹三茄子は叶わなかったけれど――鶴が現れたなら、十分におめでたい。






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