「あっ、そうだ! ねえ清光くん、ちょっとお願いしてもいい?」 本丸オリジナルのご祈祷を受けて、その翌日。元日らしくのんびりしながら、居間の炬燵でみかんを食べていたところ、わたしはハッとした。いつものお正月とはまるっきり違うのに、うっかり忘れてしまうところだった……危ない……。いや、予想外の方向にまるっきり違うから、それを処理するのに精一杯だったというか……。とりあえず思い出せてよかった……。というか手元に用意しておいて忘れるって、わたしは三日月さんのことを言えないのでは……? ヒヤッとした。 わたしの言葉に、清光くんはぱっと笑顔を浮かべて「え、なになに〜? なんでも言って〜!」と顔を近づけてくる。今年も大変小悪魔ちゃんである。 「ちびっ子たち呼んできてくれないかな? 人数多いし、大したことないんだけど……ほら、お年玉」 わたしの言葉に、清光くんは眉間に皺を寄せた。 「は? え、いや、から受け取りたいやつなんかいないよ。いつも頑張ってるんだから、お金は自分のために使いなよ」 気づけば、本丸でお世話になることがすっかり定着してしまい、ちびっ子たちにも大変お世話になっているわたしである。本当に本当にほんの気持ち程度だけれど、年一度のお正月だし、こういう時でもなくちゃお礼らしいお礼ができない以上、わたしも引くわけにはいかない。 「いやいや、そういうわけには――」 「お嬢様、お茶をお持ちしました」 ぺこりと一礼してから、お盆を持った前田くんが中に入ってきた。大変お行儀が良い。 わたしは立ち上がって、前田くんからお盆を受け取る。 「あっ、前田くん。ありがとう〜。お正月からお手伝いなんてえらいねえ」 いつもいつもだけれど、前田くんは進んでお手伝いをするしっかり者である。というか、ものすごくよく気がつく子なのだ。わたしがぼんやり考えていたことを、ぽんと叶えてしまう。つまり、わたしはお茶飲みたいな〜お台所行ってこようかなぁ〜と思っていたのだ。偶然と言うには神懸り的すぎる。すごい。 そんなことを考えながらへらっと笑うわたしに、前田くんはキリッと表情を引き締めた。 「いえ、お嬢様のお役に立つのは当然のことです!」 ……お、お手伝いっていうソフトな表現してほしいな〜〜! と思いながら、わたしはなんとか笑顔を浮かべて、「う、うん……。あ、ええとね、これ、大したことないんだけど……」と用意しておいたぽち袋を取り出した。 「ちょっと」 咎めるような視線を送ってくる清光くんに苦く笑っていると、前田くんが不思議そうに首を傾げた。 「これは……?」 手を伸ばしもせずにいるあたり、育ちの良さが窺える……。本丸のちびっ子はみんなしっかりしてるけど、粟田口家ってロイヤルファミリーだしなぁ〜……とか思いつつ、わたしは「お年玉。他の子たちにもあるから、伝えてくれると助か――」るんだけど、と言おうとしたのだが。 「おとしだま……? あぁ! お嬢様、ご心配なさらずとも大丈夫です。御歳魂でしたら順調に集めておりますので!」 …………。 「……うん?」 えーと、もうお年玉は十分にもらってるってことかな……ロイヤルファミリーだし……。 ――とかなんとか考えるわたしの隣で、清光くんが「違う前田、そっちじゃない」と……そっちじゃない……? そっちじゃないとは……。 前田くんはきょとんとしつつ、困ったように眉を下げた。 「? ですが、お嬢様をお守りするために必要だとこんのすけから聞いて、主君が張り切っておられますし……御歳魂についてお嬢様がご心配されることは何もないかと……」 ううん……何かしらの誤解が生じているらしいのは分かるんだけど、何がどう間違ってるのかが分からないので、解決のしようがない……と唸っているところに、廊下から鯰尾くんがひょこっと顔を出してきた。 「あ、お嬢さん。これから人生ゲームするんですけど、一緒にどうですか?」 「あぁ、それはいいけど……」 はっきりしない返事をするわたしに、鯰尾くんは「? どうしました?」と言いながら近づいてきた。前田くんのお兄ちゃんだし、鯰尾くんなら一期さんに何か言いつけられているかもしれない。 「ちびっ子たちにお年玉用意したんだけど、前田くんが受け取れないって……。一期さんに何か言われてたりするの? 前田くんが受け取ってくれないと、他の子たちも受け取れないと思うし、そもそも渡すわけにはいかなくなるし……」 ぱちぱちと数回まばたきをして、「おとしだま」と鯰尾くんは呟いた。それから、「……あ〜、なるほど! 大丈夫ですよ、気にしなくて! まさかお嬢さんからお金もらおうなんて、誰も思ってませんし」と言う。ええ……いつもお世話になりっぱなしな上に、そのお礼らしいお礼もさせてもらえないのに遠慮される理由ってどんな……? このくらいさせてくれないとわたしも困る……。 「えっ、でも……」 「ちゃん!!!! ちゃんにお年玉という名目でお小遣いあげれる最高のイベントがやってきたね! というわけでお兄ちゃんからのお年玉だよ〜! なんでも好きなもの買って、ちゃんがハッピーライフ送れることをお兄ちゃんは願ってるよ! はい!」 ……毎年のことだけど、お兄ちゃんは何を言ってるのかな? 「お兄ちゃん、わたしもうお年玉もらう歳じゃないよって毎年言ってるよね??」 この言葉に、お兄ちゃんはあからさまにショックを受けたような顔をした。いや、なんで?? というお話だけれど、お兄ちゃんには一般的な感覚が備わっていないので言っても分かってもらえない。その証拠にこれ。 「年齢なんて関係ないよ?! ちゃんはお兄ちゃんのかわいい妹なんだから、お年玉をもらう権利があるの!」 仮にわたしにもらう権利があるとするなら、ちびっ子たちには断然受け取る権利があるよ……と思いつつ、わたしは溜め息を吐いた。 「全然納得できる理由じゃない……。わたしじゃなくてちびっ子たちにあげてよ……っていうかちょっと待って? それ一体いくら入って――?!?!」 ファンシーな封筒だからすぐに反応できなかったけど、封筒という時点で既におかしいし厚みもおかしい!!!! お兄ちゃんが顔を青くして、「えっ百万じゃ足りなかった?!」とか言うので、どうしてそうなるのか分かるように説明してほしい。わたしはそもそもお年玉なんてもらう年齢じゃないし、額もおかしい。おかしいところしかないのに、お兄ちゃんはどうしてなんとも思わないのかな???? 「逆だよお兄ちゃん何考えてるの?!?!」 お兄ちゃんはぐすぐすしながら出ていった。わたしのほうが泣きたい。 するとそこへ、「おお、ここにいたか。や、じじいがお年玉をやろうな〜」と三日月さんが……。 「こうなると三日月さんも予想できるのでいりません! っていうかちびっ子たちにあげてください」 三日月さんは顔を青ざめさせた。……ほんと、これも予想できたけどお兄ちゃんとまるっきり同じ反応である……。 「な、なぜだ……! おまえにやりたくて用意したのだぞ……? 本当に本当にいらないのか……?」 「……待ってくださいそれなんですか……?」 三日月さんの手にあるベルトのような紐を視線で辿っていくと、滑車があって……え、ほんとに何……? 時代劇とかで見たことあるけど何……? 三日月さんはこてんと首を傾げて、「うん? 千両箱だ」と言うけれど、極々普通に、平凡に生きている人は、博物館にでも行かなければ千両箱なんてものを見る機会はない。 絶句するわたしを余所に、鯰尾くんが千両箱の中を覗いて「わ〜、さすが三日月さん。ぎっしりですね!」と言うから自然と視線が向いてしまったけど、ほんと……その通りぎっしりで気が遠くなっていく……。札束……なんか、小判的なものが……。 「へのご褒美だからな、当然だ」 困ったわたしは叫んだ。 「……いまつるちゃん!」 「はーい! どうされましたか? ひめ!」 ほんと不思議なんだけども、こうやっていまつるちゃんを呼ぶと、いつも颯爽と現れてくれる。 いまつるちゃんはにこにこしながら、とととっとわたしのそばにやってくると、わくわくした瞳で見上げてくる。大変かわいい。屈んで目線を合わせると、わたしは慎重に口を開いた。 「……いまつるちゃん、これはね、いつもわたしのお世話してくれるみんなへのお礼なの。だから受け取ってくれないかな? お年玉」 いまつるちゃんはじっとわたしの目を見つめると、「……ひめ、いっしょにきてください」と言って手を引いてきた。 居間を出て、廊下をどんどん進んでいく。 「えっ、どこに行くの?」 いまつるちゃんはわたしの手を引きながら、振り向くこともせずに言い放った。 「ぼくたちは、とってもつよいかたなです。ひめのおきもちはうれしいですが、おとしだまはじゅうぶんにあつめてあります」 「……」 ……ものすごく誇らしげだから、きっといまつるちゃんはものすごく頑張ってるんだろう。何をかは分からないけれども。でも、どうも前田くんと同じことを言ってるし……やっぱり何かしらの誤解が――と考えているところで、いまつるちゃんがぴたりと足を止めた。 本丸はとっても広いので、わたしはその全部を知っているわけではないけれど、こんなところあったんだ……すごい……。そんな感想しか出てこないわたしを余所に、いまつるちゃんは頑丈そうな観音開きの扉を押し開けると、くるっとこちらを振り返って得意げに胸を張った。 「ふふん! どうですか? すごいでしょう!」 「……これは、一体……」 いくつもの箱が高く積まれている。近くにあった箱を覗いてみると……えっ、ビー玉???? とにかく丸い玉がぎっしり詰まっている。 唖然とするわたしを見上げて、いまつるちゃんは不思議そうに首を傾げた。 「? おとしだまです」 …………ま、まぁ、確かに玉ではあるけど……わたしが言ってるお年玉とは大分違う……とは思いつつ、わたしは何も分かっちゃいないのに「な、なるほど……」と頷いてしまった。 すると、「ありゃ、姫。こんなところでどうしたの?」と声をかけられたので振り返ると――。 「あっ、髭切さ――えっ、それなんですか……?」 ……いまつるちゃんが言う分には、わたしは知らないけど、ちびっ子たちの中で流行ってる遊びかもしれないとも思えたけど、髭切さんまでビー玉(仮)がぎっしり詰められた箱を持っている……。 髭切さんは箱を積んで片付けながら、「うん? 御歳魂だけど」と……何がどうなってるんだ……。 思わず頭を抱えたわたしにふんわり微笑みながら、髭切さんがそばに寄ってきた。そして「あぁ、姫にはちゃんと用意があるよ。これでなんでも好きなものを買ってね」と言いながら……ぽち袋を握らせてくる。……待って……? え……? 「……え? つまりどういう……」 頭を抱えながら俯くわたしの手を、いまつるちゃんがくいっと引く。すると、キリッとした表情で「ぼくたちにひつようなおとしだまは、このとおりじゅうぶんにあります。なので、ひめがきになさることはありません」と強く頷いた。 「ううん……?」 どうしよう、いつも頼りになるいまつるちゃんだけど、全然分からない……そして彼がお年玉を受け取ってくれないということは、他のちびっ子たちも受け取ってくれないだろうから……ど、どうすればいいんだ……! うんうん唸るわたしの肩を優しく叩いて、髭切さんが機嫌良さそうに笑う。 「まぁまぁ、細かいことはいいじゃない。そんなことより、みんな大広間で楽しそうにしてるよ。姫も行っておいで」 えっ、何も解決してないのに……? と思いながら、宴会には桁違いの酒豪が集まってると決まっているものだからヒヤッとした。あのご祈祷後、次郎さんたちは早速お酒を取りに台所へ向かっていた。その時、「めでたい正月だし、いつもよりパーッとやんないとね〜!」と鼻歌交じりに言っていたので、いつにも増して飲んでいるだろう。 ……あの酒豪たちの言う「パーッとやる」がまったく想像できないのに、そこに交じろうなんて恐ろしいことは思えない……。普段からほんとによく飲む人たちなのに、何がどうなっちゃうんだか……。そういうわけで渋い顔をするしかない。 「え、いやぁ……あの人たちの宴会には、ちょっとついていけな――」 「さぁ行こう」 有無を言わさぬ微笑みを浮かべる髭切さんを目の前にすれば、わたしの返事は一つしかなかった。 「あ、は、はい……」 飲み会の状況を見て、髭切さんはにこやかに「僕はまだ出陣しなくちゃいけないから」と言い残して去っていった。……え? なんでわたしを連れてきたの……? すると、わたしに気づいた日本号さんが、「おうお嬢ちゃん、来たか! 一杯やろうやァ」と手招きするので諦めてお邪魔することにした。 「……日本号さん、そう言って一杯で許してくれたことありませんよね? ……いただきます……」 日本号さんの隣に腰を下ろすと、「そうこなくっちゃあなァ!」と言って肩を抱かれた。ううっ、ほんとにどこまで付き合わされるか心配になるな……お酒のにおいがすごい……どれだけ飲んでるの……。 すると、大広間の長机にたくさん並んでいるお酒を吟味していたらしい次郎さんが、一升瓶を抱えて立ち上がった。 「ほぅら長谷部! も呑むってよ〜! ケチケチしないでパーッとやろうよ〜!」 ねー、! とご機嫌な次郎さんに苦笑いを返すと、次郎さんの前に仁王立ちしている長谷部さんが瓶を取り上げた。 「おまえといい日本号といい呑みすぎだッ!」 そして、すぐにわたしのそばまで駆け寄ってきた。……この顔は……。 「様! 日本酒でしょうか、ビールでしょうか? ご随意にどうぞ!」 や、やっぱり……。長谷部さんって究極の社畜だから、社長の妹という立場のわたしには常に何かしら頼まれることを求めている……。 「あ、あ〜、じゃ、じゃあビールで」と答えると、「承知いたしました。――どうぞ、お納めください」……長谷部さんって“仕事が速い”というか、実際に行動するスピードが桁違いでどうなってるのかな? と思う時が多々ある。 「あ、ありがとうございます……。あ! 長谷部さんもどうぞ、わたし注ぎま――え゛?!」 ……どうしよう……今の流れではよくある言葉だと思うんだけど、長谷部さんはなんで泣くの……? しかも滝の涙である。疲れの蓄積によって涙腺壊れちゃってるのかな……? 「あっ、ありがたき幸せ……ッ! い、いやしかしッ、様にそのようなことは……ッ!」 「いやいやいいですよいつもお世話になってますし! こういう時でもなくちゃ長谷部さん、わたしに何もさせてくれませんよね?!」 お酒を注ぐくらいのことでどうなるとも思わないけれど、仕事中毒の長谷部さんにわたしができることなんてこのくらいである。いや、ぶっちゃけ本来の仕事ではない雑用も進んでしているし、わたしにも命令という名の頼み事を求めるくらいのヤバさなので、してあげられることがあるなら、わたしのほうこそ進んでやらせていただきたい。 「で、ですが――」 「それならば俺が頂こうか! 姫、酌をしてくれ」 渋る長谷部さんの隣にドンッと座って、岩融さんが笑う。いたずらな笑顔でわたしを見るので、「もちろんです」と差し出された徳利を受け取ると、長谷部さんが顔色を変えた。 「きっ、貴様ァ……岩融ッ! 様ッぜひこの長谷部にッ!! お願いいたします!!!!」 岩融さんのお猪口を奪い取って頭を下げる長谷部さん。頭を下げる必要はまったくないんだけれど、言ったところでさらに頭を下げそうだから言わないでおこう。初めはとっつきにくそうな人だなぁと思ったけれど、とても分かりやすい人である。 「はい、喜んで」 思わず笑ってしまいながら、長谷部さんの震える手に気をつけてなんとか注ぐと、感極まった様子で長谷部さんは全身を震わせた。そして「……ぐっ……お、俺には無理だ……。様から頂戴した酒を、飲んでしまうなど……ッ!」とか言い出すのでわたしは目を剥いた。 「いや飲んでくださいね?! いくらでも注ぎますから!!」 すると、わたしたちのやり取りを笑って見ていた日本号さんが、ふいに「おっと、いけねえ、忘れるところだったぜ。ほら、嬢ちゃん」と言ってぽち袋を――。 「……これ、ま、まさかとは思いますけど……」 まさかと思いたかったけれど、次郎さんが「あっ、アタシもあるんだった! はい、。お年玉!」と言うのでもうこれは……。 「え゛っ」 飲みすぎる(そして飲ませすぎる)点を除けば常識人に振り分けられる人たちなのに嘘でしょなんで……? と唖然とするわたしの横で、長谷部さんが訝しげに表情を歪める。 「おとしだま……? おい、様に御歳魂とはどういうことだ。あれは――」 「小遣いのことったい!」 廊下からぴょこっと現れた博多くんが、にこにこしながらこっちを見ていた。 「わ、博多くんか。……あ、そうそう、あのね、わたしお年玉を用意して――」 ちびっ子にして本丸の会計係を長谷部さんと一緒にしているらしい博多くんなら、わたしからのお年玉を受け取ってくれるかも……と期待したのだが。 「、いち兄も用意しちょるけん、もらいに行かないかんばい」 …………。 「……な、何をかな?」 「? お年玉、ちゃんと用意しとるよ?」 待って皆さんどうなってるのかな?!?! 「いらないよ?! わたしはみんなにあげる立場だし、一期さんがあげるのもみんなだよ?!」 思わず立ち上がったところで、今度は歌仙さんが現れた。 「、ここにいたのか」と柔らかい微笑みを浮かべ――たのは一瞬で、宴会の状況を見て般若の形相に……。 「きみたち、にはあまり飲ませないでくれるかい? きちんと見極めてくれなければ困るよ」 すると次郎さんが不満げに、「もォ〜、カタブツばっかだなぁ〜」と言ったと思ったら、わたしを見て「たまにはいいじゃないのさ、だって呑みたいよねぇ〜? ほぅーらもう一杯!」と言って焼酎をラッパ飲みするから“一杯”とは。 「まったく……。、無理に付き合うことはないんだからね?」 「は、はい、」 いや、付き合おうと思えないですよねこれは……と思いながら苦笑いするわたしに、歌仙さんが……待って? それは……ぽち袋では???? 「さて。ほら、これは僕からだよ」 「待ってください受け取れません!」 歌仙さんは、まるでわたしがわがままを言っているかのように、宥めるような口調で「何を遠慮する必要があるんだい? これで姫たるきみにふさわしい物を、なんでも買うといい。あぁ、もちろん僕が共に選んでもいいよ」と言いながら、わたしの手にぽち袋を握らせた。唖然。 「……な、なんで皆さんわたしにお年玉を与えようとす――」 「俺はッ!!!!」 「?!?!」 ドンッ! と畳を殴りつける長谷部さんから思わず距離をとる。 「俺はなんて鈍らなんだ……ッ! お年玉だと……?」 「あ、あの、長谷部さん……?」 恐る恐る声をかけると、額を打ちつける勢いで土下座された。なぜ?! 「え゛っ?! えっえっ、」ときょろきょろするも、誰も何も言ってくれない。なんで……? おかしいよね……? この状況おかしいよね……? 「様に尽くすことのできるまたとない好機を見逃すなどなんたる不覚……ッ! 様、申し訳ございません……! 速やかに用意し献上いたしますッ!!!!」 …………?!?! 「え゛っ?! まっ、待ってください長谷部さんっ、いらない! お年玉なんていらないですから!!!!」 長谷部さんの姿は一瞬で消えた。もはやぽかんとするしかない。 博多くんは不思議そうに首を傾げながらも、無邪気に笑って「もらえるもんはもらっとくほうがよかとよ、」とわたしの肩を叩いた。 「い、いや、わたしもらうような歳じゃないからね……」 畳に手をつきながら頭を垂れるわたしの頭上に、「あぁ、姫、ちょうど良かった」という声が降ってきたので顔を上げるも――。 「……い、石切丸さん……な、なんでしょう……?」 「ほら、お年玉だよ」 やっぱり!!!! 「だからわたしはいいんです! ちびっ子たちにあげてください!!」 石切丸さんは一瞬驚いたように目を見開いたと思ったら、すぐに笑い声を上げた。 「ははは、ここにお年玉をもらう子はきみくらいなものだよ。ほら、遠慮することはないんだ、受け取りなさい」と言いながらわたしの手にぽち袋を握らせると、そのままのんびりと出ていってしまった。……ほんとにわたしにお年玉を渡すためだけに……? だからなんで……? なんでわたし……? とその後ろ姿を見送っていると、三日月さんが飛び込むようにして中へ入ってきた。 「……なぜだ……ッ! じじいのお年玉は受け取らずにいて、石切丸のお年玉は受け取るのか……? それは贔屓というやつだぞ! 以前にそれはならぬと言ったであろう!」 またややこしいタイミングだな〜〜! と思いながら、三日月さんをなんとか宥めようと「い、いや、石切丸さんのももらえませんから、」と言ったところでお兄ちゃんがやってきた。こっちもすごくややこしいタイミングである。 「やっぱり足りないかなって思って出直してきたよ! ちゃん、ほら、お兄ちゃんからのお年玉だよ〜!」 「だからいらないんだってば! お兄ちゃんがそうだからこんなことになってるんだよ!」 しかもこれ。頭が痛い。 重い溜め息を吐くと、水差しとコップを持った堀川くんがやってきた。きっと酒豪たちのために用意したんだろうな……子どもたちはみんな賢いというのに大人たちときたら……とまた溜め息を吐く。 堀川くんはにこにこしながら「みんなちゃんがかわいいんだから、仕方ないよ。ここは黙って受け取ってあげてよ。ね?」と言いながらコップに水を注ぎ、それをわたしに(なぜ?)渡すと同時に、別のものも握らせてきた。 「ほ、堀川くん……お水はありがたいんだけど……こ、これは……何かな……?」 わたしの目にはぽち袋に見えているんだけど、いやそんな、そんなまさか「僕からのお年玉だよ」なんで?!?! なぜ中学生がとっくに成人したわたしにお年玉?!?! 「なんで?! ちょっとお兄ちゃん〜!」 どうにかしてよ! と言いたかったのだけれど、前田くんの「主君!」と言う声に飲み込んだ。 「おお、どうした前田」 前田くんはきらきらした目でお兄ちゃんを見つめながら、「御歳魂が本日の目標数に達しました! この分ですと、明日には新たな刀剣をお迎えできるかと!」と興奮気味に言った。……まぁよく分かんないというか全然分かんないけど、どうやらお手伝いでも任されていたらしい。 「マジでか?! おまえらすごいなぁ〜! よくやった!」 「これもお嬢様をお守りするには必要なことですので当然です!」 これを聞くと、お兄ちゃんはキリッとした表情で「よっしゃあッ! もうひと踏ん張りだな! ちゃん、お兄ちゃんちょっとお仕事してくるからね! お年玉はここに置いとくね!」と――。 「え゛?! お、お兄ちゃん待って! せめてこれは――」 持っていってほしかったのだ。なぜかというと、「主から受け取るならば、俺からも受け取るな? 」……三日月さんがこういうことを言い出すと予想がついていたからである。 「い、いや、後で返しますし、」 「そうかそうか。では、じじいはおまえが頷くまでずっとそばにいてやろうな」 「三日月さん、ほんと困りますから!」 「うんうん、じじいにそばにいてほしいのだな、もちろん叶えてやるぞ」 ……今年もお兄ちゃん並みに話が通じないなこの人……。 「……誰か……まともな、まともな誰か……」 「――あ、。もー、戻ってこないから来ちゃった……ってどうしたの?」 いまつるちゃんに連れ出されてからずっと戻らなかったので、どうやら探してくれていたらしい清光くんが、わたしのそばに寄ってくる。わたしはもう悪夢にでもうなされていたかのように、「……お年玉が……」と絞り出すことしかできない……。 すると清光くんは、ちょっとムッとした顔で腰に手を当てた。 「だからからもらおうって思うやつなんかいないって!」 「い、いや、なんかもうそれは諦めたんだけど、わたしお年玉もらう歳じゃないでしょ……? え、分かるよね……?」 もうあげることは諦める。諦めるからわたしにあげようとするのもどうかやめてほしい……。 清光くんは何か考えるように「あ〜……」と言って、それからこう続けた。 「まぁ、もらっとけば? あって困るもんじゃないんだし、いいじゃん」 「……え? いやおかしいでしょ? もらえないよ……っていうかなんでみんなわたしに……?」 「なんでって――まっ、いーじゃんいーじゃん細かいことは! あっ、それならさ、もらったお金でパーッとやるのはどう? 今剣たちとか安定とかと、パーティーすんの。それをお年玉ってことにすればいいじゃん! そっちのほうがみんな素直に受け取ると思うよ?」 「……ほんと?」 若干ぐったりした声で聞き返すわたしに、清光くんが「ほんとほんと!」と明るく笑う。……う、うーん……。 そしてわたしが出した答えは――。 「……まぁ、何もないよりかは気持ち的に……」 「ほら、受け取ってくれるってよ、じーさん」と、清光くんが三日月さんの肩を叩く。三日月さんはちらちらっとわたしの表情を確認しながら、小さな声で言った。 「……そのぱーちーには俺も呼ぶか?」 清光くんがあからさまに嫌そうな顔で、「ゲッ、めんどくさいから来ないでよ〜。アンタ絶対独り占めすんじゃん」と言うので、せっかくうまくまとまりそうなんだから〜! と慌ててフォローする。 「ま、まぁまぁ清光くん、この場合はね、三日月さんにもいてもらわないと、さすがにね?」 三日月さんはぱああっと眩しいくらいの笑顔を浮かべた。 「そうか! じじいにいてほしいか! うんうん、それでは早速支度にかかろうな。まずぴざでも頼むか? うん?」 「えっ、寿司にしようよ寿司!」 すると次郎さんが勢いよく挙手をして、「はいはーい! それなら酒も必要だよね! そうと決まれば日本号、買い出し行こっ! この際だから限界まで呑むよ〜!」と言って立ち上がる。 誘われた日本号さんも「はっはっ! よっしゃあ、いい酒全部買い占めてやろうや!」なんて応えて、二人は意気揚々と大広間を出ていった。……まだ飲むの……? 優しい笑顔で事の成り行きを見守っていた堀川くんも、楽しげに声を弾ませて「それじゃあ、僕も買い出しに行ってこようかな。燭台切さんにも言って、おいしい料理、たくさん出すからね!」と行ってしまった。…………。 「……ま、まぁ、皆さんのお金で皆さんと宴会するならいい――いややっぱりだめだよね?!」 ――とは言ったものの、結局パーッとパーティーをしてみたら、それでよかったのかもしれないな、と思った。ちびっ子たちみんな楽しそうにしてたし、わたしに(なぜか)お年玉をどうしても受け取らせたかった人たちも一応は納得してくれたようだし。 ……問題は、それでも余ってしまったお金だけど……これをどうすればいいのかさっぱり分からないことである。どうにかこうにか、せめて残りはお返ししようと頑張ってはみたものの、すべて失敗してしまったのだ。 そしてわたしは、もうこの際だ、明日も明後日も大宴会すればいい! とどう考えても正しくない選択肢を選んだ。本丸のお正月は大変である。 |