「〜! 明日プリ撮り行こっ!」 「えっ?」 大広間でのんびりお茶を頂いていたところ、弾んだ足取りでやってきた清光くんは、わたしを後ろからぎゅうっと抱きしめた。腕をとんとん叩くと、嬉しそうに頬を寄せてくる。今日もとってもかわいい小悪魔ちゃんだけれど、ええと、なんだって? 首を傾げるわたしに、清光くんは一度離れてからわたしの手を取ると、上目遣いに見つめてくる。 「前に言ってたじゃん、一緒にプリ撮ろーって! 俺、先月の誉獲得数トップでさ。乱が二位だったから、二人で主にお願いしたの! とお出かけしたいな〜って。で、許可出たから行こ?」 「……なるほど」 ……ホマレ。えーと、この場合は……テストとか部活とかで良い成績だったとか、そういうことかな? 今までにホマレというのは何度となく聞いてきている単語だけれど、これの正解が未だに分からない……。まぁとにかく、本丸ではこのホマレに応じてご褒美がもらえるという決まりらしい。スタンプカードとかあるのかな? わたしがあげられるものなら、何かとお世話してくれるちびっ子たちに押してあげたいものである。 それはそれとして、清光くんと乱ちゃんがそのホマレのご褒美として希望したのが、わたしとのお出かけということだ。答えは決まっている。 「とにかく二人とお出かけできるってことなんだね。もちろんいいよ」 わたしの返事を聞くと、清光くんはぱあっと表情を輝かせ「だからヤダってば! なんでいち兄連れてかなきゃいけないの?! 絶対ヤダ!!!! ――あっ、ちゃん〜! ちゃんもいち兄に言って! せっかく一緒にお出かけできるのに、いち兄なんか連れていきたくないよ! ジャマだもん!!」乱ちゃんが飛び込んできたと思ったら、なんだかご機嫌斜めにぎゅううっとしがみついてくるので何事かな???? 「えっ、」 すると乱ちゃんの後を追ってきたらしい一期さんが、厳しい顔つきで「乱! お嬢様の安全が優先だ。監督者として私が同行するのは当然のことだよ」と……うん? 一期さんのセリフにますます機嫌を損ねてしまったらしい乱ちゃんは、キッと一期さんを睨み上げた。……ええと、これは……兄弟喧嘩……? 乱ちゃんは一期さんに許可がもらえてないのかな……? と思ったのだけれど、一期さんのセリフ的にどうも……違う……。 「だからヤダってば!! それにちゃんのことはボクだってちゃんと守れるもん!! ねっ加州さん!!」 清光くんは呆れたような溜め息を吐いて、「当たり前じゃん。その辺のヤローに負けるような舐めたやついるわけないでしょ、うちの本丸に。っていうかまだその話してんの? 一期も諦めなよ〜。っていうかマジでついてこられてもジャマなんだけど」と言うと、めんどくさそうにスマホを取り出した。えええ、一期さんめちゃくちゃ怒ってるみたいだけど……すごいな、現代っ子って感じ……わたしのほうがドキドキしてる……。 とりあえず(解決できるかは別として)仲裁に入ろうと思って、「ふ、二人とも〜?」と声をかけたところで、また人がやってきた。宗三さんだ。ふせんがたくさん付いた雑誌を何冊も抱えている。 「あなたも往生際が悪いですねえ」と完全に余計な一言を呟いてから、般若を背負った一期さんのことはちらっと見ただけで通り過ぎると、「雑誌、持ってきましたよ。僕はまずこの店に行きたいです。に着せたいものがあるんですよ、ほら、これ」と続けて、開いた雑誌を清光くんに渡して座った。雑誌を受け取った清光くんは大はしゃぎで、「えっ、めっちゃかわいい! さっすが宗三〜! センスいい!」とぺらぺらページをめくりはじめる。視界の端で一期さんの眉がぴくりと動いたのが分かってしまったわたしは、ヒヤッと背筋を震わせた。宗三さんも気づいていいはずなのだが、なんでもない顔で「当然ですね。それから、乱が言っていたスイーツビュッフェも予約しておきました」とか言うので……これは……大変まずいのでは……。 乱ちゃんはお花が咲いたような笑顔を浮かべて、ずいっと宗三さんに近寄る。 「えっ、ホント?! 宗三さんすごい〜! あれ競争率高くって、電話で問い合わせようとしても繋がらない時だってあるんだよ?」 「のためですからね、このくらいは」 さらりと答える宗三さんだが、お話的に彼も一緒に行くってことなんだろうか。すごく準備がいいっていうか、そんなすごいスイーツビュッフェなんてどう予約したんだろう……なんてことに考えが向かっていたのだけれど、一期さんの「……宗三殿」という低い声に一瞬でヤバイというところに意識が戻った。ヤバイ。そして呼びかけられた宗三さんがしれっとした顔してるのもヤバイ。 「なんです?」 「まさか、あなたも現世に――」 「当たり前じゃないですか、何を馬鹿なことを。の服を本人を連れて選べる機会なんですから、行かないわけがないでしょう。主にもその旨を伝えたら、二つ返事で許可が下りましたよ」 「なんと……!」 ……宗三さんも宗三さんだし、お兄ちゃんもお兄ちゃんなんだけど……一期さんもその手があったか! みたいな顔をするのはなんでかな……? 「――どこに行くかは決まったかい?」 そこへ廊下から声をかけてきたのは鶴丸さんで、わたしが軽く会釈をするとゆるく手を上げて、そのまま中へと入ってくる。 雑誌をめくりながらご機嫌な清光くんが、「あっ、鶴丸はなんか希望あるー? とりあえずスイーツビュッフェとショッピングは決定なんだけど。あと記念のプリ撮影ね」と言って鶴丸さんを見上げた。なるほど、鶴丸さんも一緒なのか。 清光くんも乱ちゃんもしっかりしてるけど、かわいいから目立つだろうし……本丸の大人組も心配になるよね……。まぁでも、わたしも宗三さんもいるんだから、ちょっと仰々しいのでは? とも思うけれど。 ――なんて考えていると、鶴丸さんと目が合った。彼はぱちりと片目をつぶって、「俺はナンパ避けだ」と言うと、わたしのそばに腰を下ろして「なんでもおまえたちの好きにしろ」と清光くんたちに笑いかける。……ついドキッとしてしまった……恥ずかしい……と思わず俯く。 「おや、よく分かっていますね。どこかの誰かとは大違いだ」 宗三さんのこのセリフに慌てて顔を上げることになったけれど。 「そっ、宗三さん〜?!」 恐る恐る一期さんへ視線を向けると、大変硬い表情である。ヤバイ。 「……鶴丸殿、今、ナンパ避けと仰いましたな。それは主の許可を得てのことで?」 一期さんの低い声に、鶴丸さんは「あぁ、もちろんだ」とさらっと答え「何故!!!! 私ではないのですか!!!!」……じょ、情緒不安定なのかな一期さん……。 そんな一期さんに詰め寄られている鶴丸さんはといえば、まったく調子を崩すことなく答えた。 「候補には上がっていたが、きみでは都合の悪いこともある」 「都合の悪いこととはなんですかな?!」 「の下着を選んでやれるか?」 「え゛っ?!」 まさか鶴丸さんがそんなことを言うとは当然予想していなかったので思わず声を上げると、一期さんは首まで真っ赤に染めて口元を押さえながら、もごもごと呟いた。 「選べ――っそ、そういった物は、私が口出しすべきでは……」 っていうか待ってわたしは鶴丸さんだけでなく清光くんや乱ちゃんであっても、さすがに下着を選んでもらうなんてことはしないんですが何を言ってるのかな鶴丸さんは?!?! 「それじゃあきみには任せられんな」 「そ、それとこれとは話が違うではありませんか!」 鶴丸さんが至って真面目な顔をしているせいで、わたしはもう今の状況がどうなっちゃってるんだか分からなくなってしまって唖然とするしかない。……いや待って待って、え? おかしいよね? おかしいよね?!?! こうして忙しなく頭を回転させるのに精一杯だったわたしは、この後の二人のやり取りはまったく耳に入っていなかった。 「現代の女の買い物なんてそういうものだ。俺たちの頃とは感覚が違う。びっくりするような服を持ってきて似合うかと聞かれた時、おまえはきちんと答えてやれるのか?」 「……人が悪いですぞ、鶴丸殿……」 「ま、最終的に許可を出すのは主殿だ。――さて、それで? 予定はどうするって?」 そして翌日、わたしは椿家の玄関先で清光くんにこれでもかというほどに褒めちぎられている。 「やっばい、めっちゃかわいい! これ誰が選んだやつ?」 「僕に決まっているでしょう。色は可愛らしくまとめて、素材で勝負です」 確かに宗三さんのセンスはピカイチなので、平々凡々なわたしでもすごくオシャレに仕上げてくれた。 膝が隠れるくらいのパステルイエローのスカートに、白地に華やかな刺繍が入ったシャツ。ちょっと可愛すぎるんじゃないかと思ったけれど、着てみたらびっくりするほど自分の肌色に馴染んだ。ちなみに総額いくらかは聞かない。怖くて聞けない、というのが正しい。 「うんっ、すーっごく素敵だよ! ……で、なんっでいち兄がいるの」 ……やっぱり乱ちゃんはそうなるよね……と思いながら、優しい笑顔を浮かべている一期さんをちらっと見る。 どうしても心配だから、何としてでも同行すると言って聞かない一期さんの気持ちは分かる――と言いたいところだが、彼が心配しているのは乱ちゃんではなくわたしだと言うから頭が痛い。正直その理由ならわたしもついてきてほしくない……。 はあ、とひっそり溜め息を吐くと「みだれ、このぼくがきょかしたんです」?!?! 「わ、いまつるちゃん!」 ま、まったく気配がしなかった……とドキドキしているわたしを余所に、乱ちゃんがむうっと頬を膨らませる。 「なんでっ?! だっていち兄がいたら、絶対あれこれ口うるさいこと言うもん!」 いまつるちゃんはちらりと鶴丸さんを見た。 「つるまるがいるとはいえ、これははめをはずときもありますからね。いちごひとふりがいてちょうどいいくらいです」 肩を竦める鶴丸さんだが、まぁこの人は何かと人を驚かせるのが好きなので……分からないでもない、と思ってしまったすみません……。 いまつるちゃんに視線を戻すと、キリッとした顔つきで口を開いた。 「ですが、さいゆうせんは、なにをおいてもひめです。もちろん、ひめのおのぞみをいちばんにしてください。ぼくがいいたいことはわかりますね?」 いつもいつも思うけれど、いまつるちゃんはやっぱり本丸カーストの上位者なのかな? 乱ちゃんも渋々ながら「……分かった。いち兄! ホント、ついてくるのはいいけどジャマしないでね」と……うう、ほんとに渋々だなぁ〜! 「仮に、おまえがお嬢様を危ない場所に連れて――」 「行くわけないでしょ?! も〜っ!」 ……ごめんなさい、やっぱりわたしもできれば同行してほしくないです……。乱ちゃんが心配だって話ならそれはもちろん分かるんだけど、なぜわたし。成人して結構経ってる大人が真っ昼間に出かけることの何を心配するの???? ……やっぱりこれはさすがに苦言を……とわたしは口を開いた。 「あの、一期さん、乱ちゃんも清光くんもしっかりしてますし、そもそもわたしだっていい大人なので――」 「お嬢様の自立心というのは大変立派で、この一期一振も実に誇らしく思っております。ですが嘆かわしいことに、いたいけなお嬢様を狙う汚らわしい野犬は掃いて捨てるほど存在しているのです。私の使命はお嬢様をお守りすることですから、そのような危険に近寄らせぬこともまたお役目。お分かりいただけますかな?」 …………。 「……どうしよう乱ちゃん、言葉が出てこない……」 かろうじて絞り出したわたしの声に強く頷くと、乱ちゃんは腕にひしと抱きついてきた。 「もういいよっ、行こっ! ねえ宗三さん、スイーツビュッフェは三時からだよね?」 「ええ、そのように手配しました。さ、さっさと行きましょう」 ――っていうか宗三さんも少しくらいフォローしてくれてもいいのでは? 大人はもう一人、鶴丸さんがいるけれど……いまつるちゃんが直々に注意したのであまり頼らないでおこうと思っている。 「、俺と乱とおそろいでなんか買お? シュシュとか!」 清光くんもひっついてきて、乱ちゃんと二人に手を引かれながら歩き出したわたしは、慌てて後ろを振り返る。 「いまつるちゃん、お土産買ってくるからね!」 「はーい! ひめ、たのしんできてくださいね!」 目的のショッピングモールに着いてすぐ、宗三さんが言っていたセレクトショップへやってくるとすぐさま三人が動いた。もちろん宗三さん、そして清光くんと乱ちゃんである。 「あっ、これじゃない? 宗三さんが雑誌で見たワンピース! あ、色違いもある。うーん、ネイビーのほうがよくない?」 わたしの好み的にはネイビーのほうなのだけれど、宗三さんの「落ち着きすぎですよ。ピンクのほうがに似合います」というセリフにその言葉は飲み込んだ。わたしの服装には人一倍うるさい人なので、彼の美意識とは外れた意見を言おうものならどうなるかはお察しである。……わたしは動く着せ替え人形とでも思われているのかな? 「えー、それなら白のほうがいいと思うよ? 鶴丸どう思うー?」 清光くんまで参加して、さらに新たな選択肢とは……と思ったら、話を振られた鶴丸さんが意外にも真剣な顔つきで、三色をじぃっと見比べる。そして、「そうだな……まぁ無難なのは紺か白だろうが、ピンクがいいんじゃないか? 派手すぎでも狙いすぎでもなく、ちょうどいい色味だと思うぞ。ま、全部着てみたらどうだ?」と言うから、男の人って女性の買い物に付き合うのは得意でない人のほうが多いし、鶴丸さんも興味がないのではと思ったら違うらしい――ん? 全部着るの?? 「それもそっか! ちゃん、着てみて!」 ……乱ちゃんに言われたら……と思って、「え、う、うん」と差し出された三着とも受け取る。試着は面倒だなぁと思うタイプなので、いつもはしないけれど今日は特別だ。 「それではお嬢様、こちらもどうぞ」 「えっ?」 振り返ると、洋服の山を抱えた一期さんが微笑んでいた……。 反応に困って、というかマンガとかドラマ以外でこんなの初めて見た……と唖然としていると、清光くんが「ちょっと待った。まさかそれ全部試着しろとか言わないよね?」と言って眉間に皺を寄せる。一期さんはきょとんとした表情で「いけませんか?」と答えるので……なるほど、さすが王子様だ……。いや、何がなるほどなのか自分で分かんないけど、とにかく庶民のわたしには理解できないことだというのだけははっきり分かる。 「そんな疲れることさせないでよ! っていうかいち兄のシュミ出しすぎ。ダメダメ、戻してきて!」 乱ちゃんが一期さんの背中を押し出そうとすると、一期さんは難しい顔で「しかし、宗三殿の意見は聞いているじゃないか。私の意見も聞いてくれたっていいだろう? ほら、これはどうかな」と山の一番上から、フレアスカートのハンガーを持ち上げた。 「……宗三さんどう思う?」 「フレアスカートはシルエットが命です。それはの年齢には合いません、却下です。、あなたは早く着替えてきなさい」 乱ちゃんの言葉に用意してたのかな? と思うほどの即答を返しながら、彼は試着室を指差した。…………。 「えっ、あ、はい……」 そそくさと歩き出そうとしたわたしに、困った表情の一期さんが「……なるほど、なかなか難しいものですな。ではこちらはいかがですか?」とシンプルなクリーム色のカットソーを見せてくる。 「あ、かわいい」 咄嗟に本音をこぼしてしまったのが悪かった。 「! ぜひご試着を!」 「はっ、はい、着ます!」 ……まいったな、これは結構試着しなければならない予感しかしないぞ……と思いつつ、まずはワンピースの試着だと個室に入った。 ネイビー、そして次は白と試着した後、(宗三さんの)本命のピンクを着て出ると、乱ちゃんがぱぁっと笑顔を浮かべる。 「着てみたらピンクだね〜。一番よく似合ってる!」 「じゃ、これ買いね。ねえ、これも着てみて〜」 そう言って鶴丸さんにピンクのワンピースを渡すと、清光くんはわたしに黒のタイトスカートを差し出してくる。 「う、うん、分かっ――」 「お嬢様、順番はきちんと守らなくてはいけません」 …………。 「……一期さんが選んでくれたの着てからね……」 あれからわたしは試着室にこもったまま、次々と渡されるものをひたすらに試着した。どれだけ着替えたか分からないし、店員さんもいい加減お怒りでは……? と思ったものの、正直どれもこれも素敵でどうしよう……という。にこにこと機嫌良さそうに「ちゃんはどれが気に入った?」と聞いてくる乱ちゃんにも、これがいいな、と答えるのが難しい……。 「うーん、乱ちゃんも清光くんも、もちろん宗三さんもセンスいいから、全部かわいくって……。どうしよう、選ぶに選べないなぁ……」 着たものを順番に思い返し「選ぶ必要ないでしょう、全部買うんですから」……うん? 「……はい?」 ショッピングモールのガイドに視線を滑らせながら、なんてことないように答えた宗三さんに聞き返そうとしたところ、大きなショップバッグを肩に下げた鶴丸さんがやってきた。……嫌な予感しかしない……。 「待たせたな、会計を済ませてきたぞ。配送を頼んだが、選んだもの一着ずつは持ち帰るようにした」 「気が利きますね。さ、次の店に行きましょうか」 わたしが着替えている間にとんでもない決定が下されているぞ?! あれっ?!?! 「え゛?! 待って待って全部?! えっ?! っていうか請求はどこに?!?!」 「あなたが気にすることではありません。次は履物を見ましょう。加州の気に入っていたブランドが近くにありますよ」 ま、待って……待って……。 「あ、それも行きたいけど、昨日ネットで見つけた靴屋さん行きたい。――ほら、これめっちゃっぽくない? 宗三の選んだワンピと合わせたら超オシャレ」 清光くん待っ「わー! ホントだ! 行こ行こっ! で、その後はアクセ選ぼうよ〜。歩いてくる時に見たお店で、良さそうなところあったじゃん!」乱ちゃんも待って……? 「あ〜、どこか分かった。うん、そうしよ」 軽い足取りで歩き出したオシャレ番長三人の後ろ姿を、わたしは呆然と見つめるしかなかった……。 「……なんか……よく考えたら買い物には絶対一緒に来てはいけないメンバーが揃ってしまったのでは……」 もう買い物は……もう……もう十分でしょ……少なくともわたしのは買いすぎだから、清光くんと乱ちゃんのお買い物しようよ……と言ってはみたけど、二人してわたしに似合うものを選びたいんだからこれでいいんだと聞かないし、宗三さんは言うまでもない……。 そんなこんなで清光くんがネットで見つけたという靴屋さんにやってきたのだけれど、いざ見てみればこれもかわいい! あれも素敵! と……これも長くなりそうだ……。 清光くんが飾られている赤いプレーンパンプスを手に取って、乱ちゃんに見せる。 「ねえ、これもかわいくない? 飾りがクリップになってるから取り外しできるし、別売りもあるから色々遊べるよ」 そう言ってキラキラのビジューを外して、横に並んでいる飾りを指差す。なるほど、パールもあればファーもあるし、チェーンまである。さすがオシャレ番長、目が肥えている。 乱ちゃんもぱあっと表情を明るくして、「かわいい〜! 色は黒かベージュだよね。普段使いしやすいし、そのほうが飾りも選べるし」と、同じ型の黒とベージュのパンプスを手に取った。 「それならベージュじゃない? 黒だとフォーマルすぎる感じ」 「、両方履いてみてください」 うーんと清光くんが唸る横で、宗三さんがにこにこ立っている店員さんを指差した。いつお願いしたのか分からないけれど、店員さんは箱を二つ持っている。…………。 「はい……」 どこに請求されるのか分かんない――というか会計済ませちゃってるんだから、それなら誰にお金返せばいいんだか……それも分かんないとかどうすれば……と思いながらも頷くと、一期さんが「お嬢様、どうぞお掛けになってください」とわたしの手を引いて、試着用のソファーへと座らせてくれた。……さすが王子様……こんなことしてくれる男性なんてそういない……というか、シラフでできるようなことじゃないよね……と苦笑いを浮かべつつ、わたしは「あっ、すみません、ありがとうございま――?!?!」?!?! 「私は黒かと思いますが、いかがですか?」 一期さんはなんとも自然に跪いて、わたしの足から靴を脱がせた。それだけで頭の中が真っ白になったというのに、そのまま黒いパンプスをそっと履かせてくるのでいっそ気を失いたい。ここは日本だしわたしは平民なので、王子様にそんなことをされる立場ではないし理由もない。 思わず顔を覆って俯くわたしの頭上から、「いーじゃんいーじゃん! かわいい〜。履いてみると黒もいい感じ。ベージュはベージュで肌なじみ良さそうだし、脚長効果はありそうだけど」という清光くんの声がするけれど、もうなんでもいいからお店出たい……恥ずかしい……。 すると今度は耳元で、「履き心地はどうなんだ? あまりヒールのある靴は履かないだろう」と――び、ビックリした、つ、鶴丸さんはほんとに心臓に悪い……。ちょっと恨めしげな視線を送ったけれど、鶴丸さんはちっとも悪びれた様子はない。 はぁ、と溜め息を吐きながら足元を見ると……うう、素敵だなこのパンプス……とちょっぴり悔しくなりながら……か、買っちゃおうかな……なんて考えつつ鶴丸さんに応える。 「ちびっ子たちと遊ぶには向かないですからね。でも、ヒール履くと背筋伸びるっていうか……オシャレしようって日はやっぱりこういう形を選んじゃいますよ。乱ちゃんも清光くんも、わたしの好みがよく分かってますね」 「なら、これも履けるな」 わたしがそれに返事をする前に、乱ちゃんが声を上げた。 「わぁっ、素敵! ちゃんちゃんっ、これ絶対買いだよ! 今日のお洋服にもピッタリだし、ねえ、これ履いてっちゃおう?」 ……確かに鶴丸さんが持っている白のオープントゥのパンプスはとっても素敵だし、今日のコーディネートに合わせたら、それこそ雑誌で見るような完璧な装いになるだろうとは思うけれど……わたし今日どれだけ服飾費で散財するのかな……? けれど、清光くんまで「鶴丸センスいーじゃん。俺もこれは買いだと思う」なんて言うので、これは買わないほうがずっと後悔するんじゃ……? と女の子同士でのショッピングにありがちな考えがちらっと浮かんでくる。いや、二人とも性別は男の子なんだけども。 ううん、と唸るわたしを見て、鶴丸さんが笑った。 「そうか? それじゃ、これは俺がおひいさんに贈ろうか」 ……え? 「え゛っ?! いやいやいや、いいですいいです! 自分で――」 「おいおい、俺に恥をかかせるつもりか? きみに贈りたくて選んだんだ。受け取ってくれ」 「いや、そう言われても、」 そんなやり取りをしている間に、鶴丸さんはわたしの足にさっさとパンプスを履かせてしまった。極めつけに「それに、実はもう会計済みだ。きみが不要と言うなら、これは処分するしかないわけだが」と意地悪く唇をしならせる。 「……必ずお礼します」 「ははっ、それを履いてる姿を見せてくれれば十分さ」 ……それはお礼は何も受け取らないとか、そういう意味ではないですよね……? あちこち連れ回されているうちに、気づけばスイーツビュッフェの予約時間になってしまっていた。 わたしはやっとか……と思ったのだけれど、オシャレ番長三人組はまだ物足りなさそうな顔をしてたので恐ろしい……。まぁ、清光くんと乱ちゃんとわたし、三人で色違いのお揃いでシュシュを買って、少なくとも二人は満足してくれたようだけれど。宗三さんについては触れないでおく。 ――さて、そんなこんなでやってきたスイーツビュッフェ。色取り取りのかわいいスイーツがあちこちに並んでいるのを見て、乱ちゃんがキラキラの瞳をますますキラキラさせている。うーん、美少女。 「わぁ〜っ! 見て見てちゃんっ! かわいい〜! 宝石みたい!」 「ふふ、そうだねえ〜。何食べるか迷っちゃうなあ」 はしゃぐ乱ちゃんを微笑ましい気持ちで見つめていると、清光くんがキリッと「分かる。ま、とりあえず気になるやつは全部食べてみようよ」と言うので……いやあ、わたしは全部は食べれないなぁ〜……とスイーツを吟味しに向かう二人の背中を見送る。 「若いなぁ〜……」 とりあえず、わたしも気になるものを探しに行こう。あれもこれもって選んでも食べきれないし、よく見て決めないとなぁ……なんて考えながらふらふらしていると、ひょこっと顔を覗かれたので肩が跳ね上がった。大学生くらいの男の子が、にこにこしながらわたしをじっと見つめている。 「お姉さんかわいいね〜。女子会? オレも一緒していい?」 ……女の子が多いから……なるほど。道行く人を観察しながら声をかけるより、効率は良いのかな……しつこいと追い出されると思うけど……。 何にせよ、今のわたしには関係ないことである。というか、みんなに気づかれたら困る予感しかしないので、「あ〜……ごめんね、そういうのはちょっと」と苦笑いしながら離れようとしたところ、わたしと男の子の間に乱ちゃんが割って入ってきた。 「ちゃん? どうしたの?」 いつも通りのアイドルみたいなかわいい笑顔だけれど……え、えーと……と思っていると、後ろから「すまん、俺が目を離した」と鶴丸さんが現れた。……見守られなくても迷子にはならないんですけど……とちょっと口元が引きつる。 「悪いな、彼女のテーブルはもういっぱいなんだ」 鶴丸さんがそう言ってわたしの肩に手を置くと、乱ちゃんが「もう〜、鶴丸さんしっかりしてよね〜。さっ、ちゃん、飲み物どうする? 行こ行こっ」と言って手を引いてくるので、慌てて返事をしながらついていくと、後ろから舌打ちが聞こえた。 「子連れかよ。ババアじゃん」 いや、仮に乱ちゃんのお母さんがわたしだったとして、それって十分すぎるほどに若いからね?! とちょっと見当違いなことを思っていると、乱ちゃんがぴたりと足を止めた。わたしが、どうしたの? と声をかけるより早く、「……いち兄!」と――。 「えっ、」 振り返ると、苦い顔をしている鶴丸さんと――ものすごく対照的な明るすぎる笑顔を浮かべた一期さんが立っていた。 「……こりゃ参ったな」とこぼす鶴丸さんに何がと聞く間もなく、一期さんが口を開いた。 「可憐な花を求めるのは結構ですが――手を伸ばすのは、ご自分の手が届く野草のほうがよろしいかと。申し訳ございません、お嬢様。物珍しいもので、つい夢中になっておりました。お許しいただけますか?」 優しい表情で首を傾げる一期さんはどう見ても王子様なんだけれど、あれっ、なんか、あれっ? 思わず「え゛っ」と口元を引きつらせると、一期さんはにこりと微笑んだ。 「お優しいお嬢様には、まだ判別することが難しいのは承知しております。ですが、私は先に、汚らわしい野犬の話をしたはずです。こういう輩に声をかけられた時には、すぐにこの一期一振をお呼びください」 んんんどうしよう全然分からないけど、とりあえず今の状況がヤバイのだけは分かってしまうな〜! 「いやあの、一期さん、あの――」となんとか穏便に済ませようと口を開いたところで、一期さんがすぅっと目を細めて男の子の肩に手を置いた。そして、隙のない完璧な笑顔をますます深めて一言。 「価値が分からぬ者には、慈悲など不要なのですから。さぁ、では参りましょうか」 そう言って連れ出そうとする一期さんに、もちろん男の子は「っお、おい何すんだよッ離せッ!!」と抵抗するも、一期さんはちっとも表情を変えることなく「まさかこの場で斬って捨てるわけにはいきませんので、場所を変えるのですが。あなたはここがよろしいと?」なんて言うから男の子と一緒にわたしも顔を青くする。 「いっ、一期さん、大丈夫です! なんともないんですから! とりあえずその手を放しましょう!」 「ですが、」 すると、鶴丸さんが「の食欲が失せちまうだろう。それに、原因と言えば俺が目を離したことだ。斬って捨てるなら、まずこの俺だぞ」とか言い出すのでほんと血の気が引く。 「こっ、怖いこと言わないでくださいよ!」 どうやってこの場を収めようかと考えようにも、一期さんも鶴丸さんも厳しい顔をしている――しかも美形ならではの迫力が備わっていて余計に怖い――ので、自分の頭をまず落ち着かせるのが先というような状況である。 どうしよう〜〜! と冷や汗をかきはじめたところで、「あなたたち、何を騒いでるんです?」と宗三さんがやってきた。わたしが口を開くよりも早く、乱ちゃんがぷんぷんしながら言う。 「ちゃんがナンパされたの。しかも礼儀がなってないナンパ!」 すると宗三さんはしれっとした顔で「を相手に選ぶこと自体、礼儀がなっていないでしょう」と言うと、「そんなつまらないことより、ほらご覧なさい、。このショートケーキがここのおすすめだそうですよ。あなた、生クリームよりもカスタードのほうが好きでしょう。これはカスタードが入っていますよ」とわたしにお皿を差し出してきた。反射的に受け取ってしまったけれど、今どう見てもそういう場合じゃないの分かりますよね……? 「は、はあ、いやあの宗三さん、」 なんとかアイコンタクトで意思の疎通を図ろうと思ったけれど、わたしが伝えたいことは伝わらなかったようで、宗三さんは言った。 「あなたたち、その不愉快な男をさっさと処分してくれます? の気が散ります」 ち、違うんだよな〜〜〜〜!!!! と慌てて訂正しようとしたが、一期さんが恭しく胸に手をあてて「もちろん、心得ております。鶴丸殿、ここは私にお任せいただけますかな?」とか言い出すし、それに鶴丸さんも「いや、これは俺の失態だ。俺に任せてくれ」と返して二人であれこれ相談を始めるのでこれはヤバイと思ったら、口が勝手に動いていた。 「えっ、あ、わっ、わたし一期さんと鶴丸さんも一緒じゃないとケーキなんて食べれません! 一緒に食べてくれないなら食べません!」 言ってしまってからわたしは思った。……わたしは何を言ってるんだ子どもじゃあるまいし……。 けれど、これを聞くと二人はぴたりと口を閉じた。そして「――そうですか」と呟いた一期さんは、男の子をさっさと視界から外してわたしの手を引くと、テーブルへ連れていって席に座らせる。わたしは何がなんだかサッパリ分からず、されるがままだ。一期さんもわたしの隣へ座ると、甘い微笑みを浮かべた。 「さぁお嬢様、まず何を召し上がりますか? この一期一振にお命じください。喜んでお世話させていただきます」 …………な、なるほど、そういうふうに聞こえ――いや、ちびっ子でもないしお姫様でもないのでそういうお世話は不要なんですけど……えっ???? 「え゛っ、あっ、」 反応に困っているうちに鶴丸さんも逆隣に座ったと思うと、いちごの刺さったフォークをわたしの口元に差し出してくる。そしてこちらも、これでもかというほどに甘い微笑みを浮かべながら、「きみの望みが最優先だからな。ほら、口を開けろ」と言い出すので……え? 「つ、鶴丸さん、人目もありますから、ね?」 目を逸らしつつ距離を取ろうとしていると、そこに「あっ、ちょっと! 抜け駆け禁止! 〜、見て見てっ!デモンストレーションでクレープ作ってもらった〜!」と清光くんが明るい笑顔で近づいてきた。それを見て、機嫌悪そうだった乱ちゃんが一気にご機嫌になって「えー! かわいい! ボクも行ってくる!」と駆け出していく。 わたしの目の前の席に腰を下ろした清光くんが、あそこに何があった、これおいしそうでしょ? と話しかけてくるのに返事をしていると、隣から低い笑い声が聞こえた。ちらりと視線だけ動かすと、鶴丸さんが流し目でわたしを捉えつつ、「残念だ」と囁く。その唇はそのまま、みずみずしい輝きを放ついちごにかじりついた。 「――ちゃん、ちゃん!」 びくっと肩を跳ね上がらせると、安定くんが困ったようにこちらを見つめていた。 「っへ、あ、ご、ごめんね、ちょっとぼーっとしちゃって」 ええと、どこまで話したかな? と思いながら、清光くんと乱ちゃん、三人で撮ったプリクラを見る。二人ともとってもかわいく撮れているし、すごく喜んでたからよかったなあと口元が緩む。 「やっぱり疲れちゃったんじゃない? 清光たち、すごい楽しみにしてたから連れ回されたでしょ」 そう言いながら湯呑みに新しいお茶を淹れてくれる安定くんに、「あはは、楽しかったよ。今度は安定くんも一緒にお出かけしよう」と返して、買ってきたフィナンシェを差し出す。受け取りながら、安定くんは強く頷いた。 「うん。来月の誉トップは絶対ブン獲るよ」 「うっ、うん……」 ……安定くんってかわいい顔してるのに、言葉はほんとに男の子っぽいんだよなあ……。いや、男の子だし、高校生ともなれば当たり前なんだろうけど……。JK力が振り切っている清光くんですら、時々ものすごく荒っぽい言葉を使うし。 ――とかなんとか思いながらお茶を啜ると、静かにフィナンシェを食べていたいまつるちゃんが、「それなら、こんどはぼくもつれていってください!」とわたしにずいっと顔を寄せてきた。ぎゅうっと抱きしめながら「もちろんだよ〜!」と言うと、いまつるちゃんはほんのり頬を染めて無邪気に笑う。 「ひめ、たのしいきゅうじつになりましたか?」 わたしはもちろん「うん、とっても楽しかったよ」と答えたし、それに嘘はないんだけれど――。 「……まぁ、次はもうちょっと……こう、メンバーはよく考えたほうがいいと思うけどね……あはは……」 こう続けてしまったのはしょうがないんじゃないかな〜〜? |