「おかえり、姫」

 いつものようにお兄ちゃんの部屋の扉を開けたら、すぐ目の前に笑顔の石切丸さんが立っていてこれは確実にヤバイと表情筋が強ばった。
 なんでだか分かんないけど、帰りが遅いってことじゃなくて初詣がどうのって怒ってらっしゃると聞いているが……一体全体どういうこと。
 とりあえずわたしは、なんとか笑顔を作って「た、ただいま帰りました〜……」と応える。迎えにきてくれた光忠さんたちもぞろぞろと中へ入ると、最後に小夜ちゃんがドアを閉めた。……これで逃げ道はなくなった。
 すると、ぴょこぴょこ跳ねながらいまつるちゃんがやってきて、わたしの手を握ってにこにこ笑う。いつものことながら大変かわいい。

 「おかえりなさい、ひめ! さぁさぁ、まえだにおてつだいさせますから、いちどおへやにどうぞ!」

 「えっ、あっ、うん……?」

 素直に手を引かれながら、なんだか急かされている感じがするなと思うと、どうしたんだろう? という疑問が浮かんでくる。というか小夜ちゃんがお迎えにきてくれた時点でもしかして……と思っていたけれど、ちびっ子たちみんな起きてるのか……。大人組は寝かしつけてあげようよ……。
 溜め息を吐きながら廊下を歩いていると、前田くんが前方から駆け寄ってきた。

 「お嬢様、湯殿の支度が調っておりますから、まずはゆっくりお体を癒してくださいね」

 ……あれ? なんだか前田くんもいつもと様子が違う……? (なんでだか)怒ってるらしい石切丸さんはともかく、いまつるちゃんと前田くんはどうしたんだろう……?
 首を傾げつつ、「うっ、うん……ありがとう……?」とちょっとぼやっとしたお礼を言うと、静かに後ろからついてきていた石切丸さんが、「姫」と……。

 「は、はい……?」
 「しっかり湯に浸かって、湯冷めしないようにするんだよ」
 「は、はい」

 あまりにも優しい声なので、あれ? と思う。怒ってるって聞いてたから先入観でそう見えてしまっただけで、石切丸さんは怒ってなんかいない「――それから」……ことはないらしい。

 「……はい」

 石切丸さんは目を細めて、「大切な話があるから、身支度を整えたら大広間に来るように。分かったね?」と確認するように言ったけれど、疑問符はあってないようなものというか、ないというのは明白だった。要するに、わたしに許されているお返事はたった一つ。

 「…………はい……」


 お風呂から上がって大広間を目指しているところで、見慣れた後ろ姿があったので慌てて駆け寄った。

 「ねっ、ねえどうなってるのお兄ちゃん……! なんか石切丸さんの様子おかしいんだけど!」

 お兄ちゃんはわたしを見るとぱあっと表情を明るくしたけれど、石切丸さんの話と分かるとなんでだかより笑顔を深めた。

 「お兄ちゃんは、ちゃんが年越しを本丸で過ごしてくれるならそれでよかったんだけど……御神刀組は、ちゃんが初詣に行くっていうのが許せないらしくてね〜? 心狭いよね〜〜? お兄ちゃんがなんでも叶えてあげるんだし神頼みなんてする必要ないけど、でもそういうイベント楽しむちゃんがかわいいから、お兄ちゃんは全然気にしないのになぁ……」

 ……この人は一体何と競い合ってるの……? というか。

 「言ってること全部意味が分からない……」

 お兄ちゃんは「お兄ちゃん年明けてからの準備が色々あるから、お部屋戻るね〜。寂しくなったらいつでもおいで〜!」と去っていった。
 意味が分からなすぎて呆然としていると、後ろから声をかけられて体が飛び上がる。

 「姫、身支度を整えたら大広間に来るよう言ったね? 皆、待っているよ」
 「い゛……しきりまる、さん……。わ、分かりました〜……」

 ……い、行きたくないな〜〜っていうか“皆”とは……。
 先に行くよと背を向けた石切丸さんの背中を見つめながら、あまりの気の重さに肩を落とすと――三日月さんがにこにこしながらやってきた。……今この人の相手まではできない……。

 「おお! や、湯はどうだった? ん?」

 しかしあまりにもご機嫌な様子なので、そっけなくするのも……なんというか後々面倒そうだなという。
 そこでわたしは、そういえば三日月さんは“さんじょう”の縁? とかで石切丸さんとはそれなりに仲良くしていたことを思い出した。もしかして、三日月さんなら石切丸さんから何か話を聞いているのでは?

 「三日月さん……はい、お風呂は、はい……いつも通りほんと、すごく快適で……」

 そう答えながら、うーん、どうしよう……聞いてみてもいいかな……と迷っていると、三日月さんは顔を青くしてわたしの両肩を掴んだ。

 「……どうしたのだ……! 何か嫌なことでもあったか? うん? じじいに言ってみろ。どうとでもしてやるぞ」

 三日月さんの気迫からして、やっぱりなんでもないです〜っていうのは通用しなさそうだ……。
 一応ちょっと声をひそめて、「いえあの……石切丸さんが、なんかこう……怒ってるみたいで……」と言うと、三日月さんはきょとんと首を傾げた。そして何か彼の中で繋がったらしく、「……あぁ、そうか、ふむ」と一つ頷く。

 「初詣に行くと言っていたな? 
 「え? あぁ、そうですね。会社の人たちと行くつもり――」
 「なぜその必要がある?」

 ほんとわたしに関する情報って何もかも本丸で出回ってるんだな……と遠い目を――。

 「……はい?」

 心底不思議というか、むしろワガママを言う子どもを宥めつつ諭すかのような口調の三日月さんは、優しく目を細めた。

 「かわいいおまえが、わざわざ詣でる必要があるか?」

 …………。

 「……何を言ってるんですか三日月さん……」

 「末席とは言え、ここには神がいるだろう? これほど集まっておるのだ、おまえの願いなどなんでも叶えてみせるぞ。それでも詣では必要か?」

 どうしよう。これは手に負えない。

 「……どうしよう……ちょいちょい似てるとは思ってたけど、三日月さんお兄ちゃんと同じこと言ってる……っていうか本丸に神様いるの……? ……いやこんな不思議空間だし、神様いてもおかしくない……!」

 すっかり慣れきってしまって忘れていたけど、ここってどう考えても普通じゃないんだった……。言い出したら限りがないからそれは省くとして、そうだ……なぜわたしはこんな不思議しかない謎空間を当たり前みたいに受け入れてしまっていたんだ……多分ものすごく貴重な体験してる……しかも毎週……。
 三日月さんはのほほんと微笑んでいるが、まるでその名の通りに三日月が浮かんでいるように見える瞳は、どこか真剣味を帯びている。いつも思うけど、この瞳は自前……? ……なわけないか、えっ三日月さんカラコンなんてするの? そういうタイプには見えないというか、コンタクトを入れるっていう作業ができなさそうというか……。
 なんてことを考えて現実逃避に走るも、三日月さんがすうっと意味ありげに目を細めたのでギクッとする。

 「特に、御神刀として扱われていたものは気に入らぬようでなぁ。中でも石切丸と太郎太刀は――ぷらいど、と言ったか。それが許さないのだそうだ」

 しかし言われてることは何がなんだか分からないので、わたしは「……は、はぁ……」という生返事しかできない。でもこのままでいても解決することはないわけだから、意味が分からないなりに頭を働かせようと頑張ってはみる。
 ……どうしよう、分かってたけど考えてみようしたところでヒントが何もない……ほんとに全然分かんない……けど、そういえば石切丸さん、神主さんみたいな格好をしてる時が――あっ! カジキトウって加持祈祷か!! 長らくなんなのかよく分かってなかったけど、なるほど…………え? 神職の方がなぜうちに??
 ――となると、同じくそれっぽい格好をしてる時がある太郎さんも神職の方ということに……。
 えーとつまり……。

 「初詣は石切丸さんと太郎さんのところにしなさいってことですか?」

 すると、三日月さんは機嫌良さそうに頷いた。

 「うむ、そうしてやったら喜ぶ。じじいと言えどこの俺も、おまえのためならいくらでも頑張ってやるからな。はっはっは」

 「……はぁ……」

 ……やっぱりこの人のことは群を抜いて分からない……と返事とも溜め息ともつかない声を漏らすと、「三日月、姫に構うのはまた後でにしてくれないかな? これから話し合うことがあるんだ」と石切丸さんが……。なんだろう、笑ってるはずなのになんか怖いっていう表情する人多くないかな……?
 心臓をドキドキさせていると、三日月さんがぽんとわたしの肩に手を置いた。

 「おお、それなら解決したぞ。はおまえと太郎太刀に祈願してほしいそうだ。そうだな、や」

 視線が合った三日月さんはにこにこと優しく笑って、わたしの返事を促している。慌てて「あっ、はい、そうです! すみません、わたし事情知らなくて……。神職の方なら、石切丸さんと太郎さんにお願いすべきでしたよね!」と頭を下げると、石切丸さんがあからさまに戸惑ったのが分かったのでそうっと顔を上げる。

 「……あぁ、そうか、そうだった……。私としたことが、つい忘れてしまっていたよ。きみは私たちの来歴は知らないんだったね」

 「来歴……はい、そうですね」

 そう言って片手で顔を覆う石切丸さんを見て、はたと気づく。そういえばわたし、本丸の皆さんのことって全然知らない……。いや、話さないってことは話す必要がないとか言いたくないとか、何かしら理由があるんだろうから無理に聞こうとは思わないけれど……わたしのことは現在だけでなく過去までも余すことなく知られているだけに、なんとも……。
 とりあえず、怒っていたらしいのに今度はひどく落ち込んだ様子の石切丸さんに、「ええと、それでどこの神社に伺えば――」最後まで言い切るのを待つことなく、石切丸さんは「その必要はないよ」と応える。えっと思った次の瞬間、続いた言葉にその倍は戸惑った。

 「すべてこの本丸で済ませる用意があるからね。それじゃあ、皆を集めてこよう。姫はそのまま、三日月と一緒に拝殿へおいで」

 どういうこっちゃ……と思いつつ返事をしようとしたところ、背後から衝撃が――。

 「は、は――い゛っ?! え、わ、蛍丸くんか〜。ただいま。どうしたの?」

 ぎゅうっとわたしに抱きつく蛍丸くんは、拗ねたように唇をちょっと尖らせている。わたしを見上げるマスカットの瞳が責めるように歪んでいるので、とりあえずよしよしと背中を摩ると、やっぱりいじけているように蛍丸くんは口を開いた。

 「……俺だって迎えに行きたかったのに、じゃんけん負けちゃったから」
 「え゛っ?!」

 ぎょっとしたのは言うまでもない。
 ちびっ子を出歩かせられる時間じゃないからね?! わたしを迎えにきたメンバーって光忠さん以外みんなアウトだからね?!
 でも、蛍丸くんにそう言っても納得しないだろから、わたしは笑顔を作って蛍丸くんと目を合わせる。

 「い、いやいや、いいんだよ〜! 気持ちだけで十分だからね!」

 すると、蛍丸くんは「俺も一応は阿蘇神社にいたことあるし、ご利益あるよ」と言ってわたしを見つめる。

 「え? 蛍丸くん、熊本の出身なの?」

 うちの親戚で熊本にいるって人いたかな〜? いや、ここにいる親戚って遠すぎる親戚だし、わたしは知らないか……。
 ちらっとだけど明らかになった蛍丸くんの話についつい気を取られていると、ますますぎゅっと力が込められた。

 「なのに、よく分かんないやつにお願いするつもりだったんでしょ?」

 ……うん?

 「え? えーと……つまり蛍丸くんも一緒に初詣行きたかったってことかな?」

 わたしの言葉に蛍丸くんはムスッとして、「違うよ。わざわざどっか行かなくても、本丸で十分でしょって言ってるの」と……え?
 すると、わっと後ろから誰かに抱きしめられた。うっ、すごいお酒のにおいが……つまりこの人は――。

 「まぁまぁいいじゃないのさ〜。ここの拝殿で祈祷受けるって言うんだから。ね? 。アタシもあんたのためなら頑張っちゃうよ〜!」

 「わっ、次郎さん……あ、その『頑張る』ってなんですか? なんか三日月さんも同じようなことを――」

 (大体いつもだけど)もう大分デキ上がってる様子の次郎さんに聞いても分からないだろうとは思いつつ、さっきから誰の言うことも理解できないので聞くだけ聞いてみようとしたところ、今度は前から鶴丸さんがやってきた。次郎さんは「先に行ってるね〜!」とご機嫌に行ってしまうので……えええ……。

 「そりゃあ新しい年もきみが健やかに、そして何より幸福に過ごせるようにしてやりたいからな。まぁ一応は“神”と名が付いている以上、やるだけやるって話さ」

 「えっ、あ、はぁ……」

 ほんとに誰もわたしが欲しい答えを持ってない――というか、この人の場合は分かっていてもそう簡単には教えてくれなさそうなんだよなぁ……とぼんやり見つめていると、びっくりするほど整った顔がずいっと近づく。
 鶴丸さんは色っぽく唇をしならせて、「俺もそれなりにご利益はあると思うぞ。どうだ、拝んでみるか?」と笑った。

 「……鶴丸さんって時々、冗談に聞こえない冗談言いますよねえ〜」

 わたしの返答にからからと笑って、「冗談ではないからなぁ」と言う鶴丸さんと一緒になって、今まで静かに事の成り行きを見守っていた三日月さんも笑う。

 「はっはっは、俺たちはおまえには嘘なぞ吐かんぞ。なんでも叶えてやろうな」
 「いえ、そんな、あの、大丈夫です……」
 「なぁに、遠慮などするな。じじいはおまえがかわいいからな、任せておけ」
 「いや、遠慮っていうか……」

 ……こういうやりとりは本丸では珍しいことじゃないけど、三日月さんとは特に噛み合わない会話をすることが多い印象なので、ほんと、もうどうしたらよいものか……と頭を抱えると、「さん」と――。

 「っえ、あ、太郎さん、」

 太郎さんはじっとわたしを見つめたまま、「なかなかいらっしゃらないので、どうされたのかと」と言ってわたしの返事を待つように口を閉じた。

 「あっ、そうですよね、すみません、つい話し込んじゃって……。えーと、初詣……ご祈祷? よろしくお願いします」

 頭を下げたわたしに、頼もしく落ち着いた声が返ってくる。

 「もちろんです。さんが健やかに、多くの幸に恵まれるよう励むのが私の役目ですから」

 …………。

 「……は、はぁ……」

 やっぱりなんかこう……噛み合わないんだよな〜〜!




 ヤバイぞ……普段正座なんてしないもんだから足が痺れて……!
 ビリビリする足の裏を擦り合わせつつ、大変失礼ながら早く終わらないかな〜なんて罰当たりなことを思ってしまう。
 ……こういうのやってもらったことないから、分からないけど――。

 「はいはいはーい! 石切丸さん、次はボク!」

 明るい声を上げながら挙手する乱ちゃんに、石切丸さんが優しく微笑む。

 「では、お願いしようか」
 「まっかせて!」

 指名された乱ちゃんはぴょんっとかわいく跳ね上がって、「ちゃんが一年ずっとかわいくいられるように、ボクがずーっとお世話するよ!」と……。
 すると清光くんもゆるく手を挙げて、「はーい、それ俺も担当する〜〜」と言うと乱ちゃんときゃっきゃと話し始める。

 「うん、いいね。しかし、これ以上愛らしくなってしまっては心配事も増えてしまうかな?」

 そんな二人を微笑ましげに見つめる石切丸さんとは打って変わって、非常に険しい顔つきで長谷部さんが素早く挙手をした。

 「それについてはこの俺に任せろ」

 この言葉を聞くと、長谷部さんの隣に座っている巴さんが首を傾げた。……多分これヤバイやつ……っていうかどうしてこの二人を隣に座らせたのかな????
 心配した通り、巴さんはとても落ち着いた様子で「いや、俺に任せるといい。姫は俺は役に立つと言った。ならば俺が相応しいだろう」と長谷部さんを煽った。いや、ご本人にはその気はないんだけど……。
 「貴様ァ……」と低く唸ってゆらりと立ち上がる長谷部さんを視界に映しているのに、目に入っていないとしか思えないテンションで太郎さんが「ではこの二振りにお願いしましょう。守るものが多くて困ることはありませんから」と言う。悪い人じゃ全然まったくないんだけれど、どうも抜けてるんだよなこの人も〜!
 すると薬研くんが静かに手を挙げたのが見えた。ふと視線が合うと、彼はぱちりと片目をつぶって「なら俺っちも加えてもらおうか。悪い虫につかれちゃ困るからな」と……あ、相変わらずのカッコよさ……。

 「ではこの三振りに」

 ――と、こういう流れがずっと続いているのだけれど……これはなんなのかな????
 ご祈祷なんて受けたことないし、実際どういうものか正しい知識があるわけではないけれど……これは……違うのでは……? 神事なんて素人には分からないことだらけだろうけど、とりあえず今やってるこれには何の意味があって、それによって何がどうなるシステムなのかは知りたい。というか、なんかみんなの抱負発表会みたいになってる気が……いや抱負にしては全部わたしにまつわることばっかりでどう考えてもおかしいんだけど……え? やっぱりこれどう考えても変だよね……?
 この違和感を口にしていいものか迷っている間にも、抱負(?)の申告は続く。

 「それじゃあ俺とみっちゃんは、姫に今年もうまいもんたくさん食わせてやろうぜ! なっ!」

 「もちろんだよ! ちゃんが食について苦労しないよう、僕たちが責任持って管理していくよ! だから安心してね、ちゃん」

 眩しい笑顔を浮かべる貞ちゃん、光忠さんの二人に、わたしは「は、はぁ……」という生返事しか返せないわけだけれど、それを聞いた宗三さんが素早く口を開いた。

 「それなら、僕はに相応しいものしか着せません。なんだかんだ好みのうるさい人ですからね、納得するものを揃えます」

 ……わたしは好みがうるさいんじゃない。宗三さんを始め、わたしに着るものを用意してくれるメンバーの皆さんの金銭感覚がおかしいのだ。
 あまりにも高価なものばかりを用意されるので、当たり前だけど受け取れない、といういつものセリフがものすごく誤解を招いている……。というか、(多分)親戚――それもものすごく遠い――に毎週毎週プレゼントをされるだけでもものすごく気を使うのに、それが百円二百円の話じゃないって困らないほうがどうかしてるでしょ……? なんでそれが伝わらないの……? それに、わたしが少しでもと思って何か買ってきても(お決まりの姫だからうんぬんかんぬんで)受け取ってもらえないし、そこでまた何か渡されてしまう始末なんだからもう限りがない。
 これは止めていいかなと思ったけれど、宗三さんに続いて蜂須賀さんが「それには俺も同意だ。が真の価値というものを理解できるよう、力を尽くそう」と言い出したので黙っておくことにした。

 「姫の健全な生活のためだね、素晴らしい。ぜひ手を貸してあげてくれ。さあ、他にはどうだい?」

 にこにこしている石切丸さん(本職)の様子からして、きっとこれは正しいご祈祷……という可能性もなきにしもあらず!
 ま、まぁちびっ子たちも楽しそうにしてるし、これはこれでいいか……とは思いつつ、やっぱり「な、なんかイメージしてたご祈祷とすごい……違う……」と本音が漏れてしまったのは許してほしい。だっておかしいでしょどう考えても……。
 額を押さえて俯くわたしの肩を叩いて、次郎さんが「大丈夫大丈夫! ご利益はあるって〜。で? アタシは何叶えてあげようか?」といたずらっぽく笑った。

 「え、え〜……」
 「遠慮なんかするんじゃないよ〜? なんだっていいんだから!」

 正直特にこれというのはないので、ありがちに「あー……じゃあ、良いご縁があ――」りますように、と言いたかったのだけれど。

 「や。おまえにはこの三日月宗近がいれば十分だな?」
 「……ごめぇん……。それは“なんでも”の範疇外さね〜」
 「…………ですね」

 三日月さん(平安貴族)は流行りの遊びに飽きる気配がまったくなく、とにかくわたしを孫に見立ててねこっ可愛がりしているので、わたしの興味が自分の他に向くとすぐこれである。ほんとお兄ちゃんにそっくりで……類は友を呼ぶ……? いやだからって〜! というおはなし。
 まぁ、わたしの両手を握りながら「や、おまえはこの本丸にいる限り何も案ずることはないのだぞ。どんなことが起これども、おまえだけは必ず幸せにしてるからな。どこの馬の骨とも知れぬ下賤の男なぞ、おまえには不要だ。この俺がいる」なんて言う三日月さんには何を言っても(お兄ちゃん同様)無駄なので、わたしは薄ら笑いを浮かべるしかないのだけれど。
 すると、三日月さんの頭をぺしんと叩いて押しのけると、今度はいまつるちゃんがわたしの手を握った。

 「ひめ、こまりごとはこの今剣が、なーんでもちゃちゃっとかいけつしてみせますよ! そのへんのむのうなにんげんより、ぼくのほうがずっとおやくにたつはずです!」

 「いまつるちゃんはいつも助けてくれてるよ〜」

 まさに今とかタイミングばっちりだ。
 それにしても、いまつるちゃんは時々ビックリするほど冷たいことを言うちびっ子である。むのうなにんげんとは。……わたしはそうならないようにするね……。
 ちょっとヒヤヒヤしていると、甘い声が「では、俺はおひいさんの何を叶えてやるかな」と耳元で――鶴丸さんはいつもこういう方法で驚かせようとしてくるのでとっても心臓に悪い。

 「いや、別にないですよ、願い事なんて――あ」
 「ん? なんだ、言ってみろ」

 わたしの望みかと言われるとちょっと違うけど、みんながわたしのためになるようにと抱負(?)を発表しているのだから、それならわたしはみんなのことをお願いするのが筋である。

 「今年もみんなが健康でいられますように、ですかね」

 これを聞いて、鶴丸さんは心底驚いたという顔でまじまじわたしを見つめると、それから柔らかい微笑みを浮かべた。

 「……相変わらずきみは、甘え下手だし……欲を知らないなぁ……。まぁいいだろう、それがきみの願いならな」

 すると今度は鋭い視線で部屋中を見渡すと、不敵に唇を釣り上げた。

 「――皆、おひいさんの願いは聞いたな? 本年も本丸の記録を更新し続け、一振りも欠けることなくに尽くすことが彼女の望みだ。……叶えられない腑抜けはいるか?」

 ……え?

 「ふん、勝ち続けりゃいいなんざ簡単なことだぜ。俺たちは武器なんだから、やることやるだけだろ」

 「さっすが、うちのお姫さんは肝が据わってるぜ! そうこなくっちゃなぁ!」

 同田貫さんと兼定くんの言葉に、あちこちから声が上がる。どれもめちゃくちゃ張り切ってる調子で……え?

 「え゛、あ、あれっ?」

 鶴丸さんは甘い色の瞳を細めて、「どうだ? 気に入ったかい、おひいさん」と優しくわたしの頬を撫でた。

 「……い、いやぁ……な、何がなんだか……あ、あはは……」

 とりあえず笑って誤魔化すという逃げ道を走るわたしを余所に、石切丸さんが「では、私と太郎太刀からも、姫に加護を与えよう」と言って何やら呪文のようなものを唱え始めた。……え? どう考えてもこれがご祈祷っぽい……え? 今までのなんだったの……?
 間抜けにぽかんとするわたしのそばに、蛍丸くんがととっとやってきた。そして「やっぱり余所の知らないやつより、俺たちのほうがいいでしょ?」と言ってわたしにぎゅっと抱きついて――。

 「……そうだね! みんなが一番!!」

 大人組はともかく、子どもたちはみんなわたしを純粋に思ってくれているだけだと思えば、もう感覚もなくなっている足の痺れだってなんてことはない。
 健気にも「俺は何叶えればいい? のお願いだったら叶えてあげる」なんてにこにこする蛍丸くんを、わたしも思いっきり抱きしめ返す。

 「じゃあ、これからも蛍丸くんと一緒にいたいな」

 「……そんなの、お願いじゃなくても叶えてあげれるのに。でも、いいよ。ずっと一緒にいてあげる」

 すりっと頬をくっつけてくる蛍丸くんをますますぎゅうぎゅうすると、「ちょっと待ったそれズルくない?! っ、俺は?!」という清光くんの声が飛んでくる。

 「じじいも一緒にいてやるぞ! ずっとだぞ!!」

 ……まぁ大人組にはもうちょっとしっかりしてもらいたいけれど、子どもたちがこれからも健やかに、伸び伸びと大きくなってくれればそれでいいかな。






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