『――え? ……ごめんねちゃん……お兄ちゃん耳が一瞬聞こえなくなっちゃったみたい…………もう一回言ってくれるかな??』

 ……またこれか……。
 わたしに甘すぎるお兄ちゃんだけれど、時に譲ってくれないこともある。いや、そもそもお兄ちゃんに口出しされるようなことじゃないし、百歩譲って口出しするところまではいいとしても、聞こえないふりまでしてわたしの行動を制限しようとするのはなんでなのかなっていう。いや、もうほんと……ひとえに病(シスコン)のせいだとは分かってるけども……。
 まぁでも、わたしも譲る気はない。修学旅行の時もそうだったけど、わたしにはわたしの(お兄ちゃんが関わらない)楽しみというのがある。
 つまりわたしは、会社の新年会――というか、年越しからみんなでどんちゃん騒ぎしようというこの飲み会、欠席する気はさらさらない。
 お兄ちゃんの聞こえないふり攻撃(?)なんて慣れたものだし、怯むことなんてちっともないので。

  「いやだから、今日このまま年越しするからそっちには――」

  『うんうん分かったよ、お迎えに行けばいいんだね、大丈夫、こんなこともあろうかともうお迎え部隊決定してるからね。それでどこのお店かな????』

 ……ここでいや聞こえてるじゃん、と言わずに冷静に対処できるので、ほんとに慣れたものである。こんなの慣れたって何も得することはないというのに……。
 わたしは溜め息を一つ吐いて、こんな理不尽な要求をしてきている相手にはもったいないほどの優しい声をつくった。お兄ちゃんは当然ヤバイけど、わたしも遠くへきたもんだ……と目を細めるしかない。こんな何の役にも立たないスキルを磨きに磨いてしまったなんて、ほんとにヤバイ。

 「……あのね、お兄ちゃん。確かに年越しは本丸でって言ったけど、ほんと仕事忙しくて忘年会すらできなかったの。だからこのまま年越しして、そのまま新年会ってことでみんな集まったの。慰労会みたいなものだし、付き合いも大事だからわたしだってちゃんと参加したいの」

 わたしの言葉に、お兄ちゃんは絶望した……という顔が想像できる落ち込んだ声で、『じゃあ年賀の挨拶はどうするのちゃん……』と……。
 うーん、確かに年越しは実家で過ごせる――つまり本丸だろうな、と思っていたので、そう伝えてあったのもまずかったと思うけれど……わたしだって社会人なんだから、付き合いもある。それにここのところずっと鬼のように仕事してたわけだし、その苦しみを一緒に乗り越えた仲間でパーッとやりたい気持ちもある。いや、本丸での年越しなんてものすごそうだから、そういう支度をしてるなら申し訳ないのは申し訳ないのだけれど……強制ではないけど参加したほうが絶対にいい会ってあるでしょ……? そういう都合もあるんだというのは分かってもらいたい。
 まぁそれはともかく、わたしも何も最後まで――独身者しか参加していないので、いつまでどんちゃんするか分からない――参加しようというわけではないので、キリのいいところで帰るつもりだ。自分の部屋に。いや、さすがに飲んだそのままで本丸には行けない。
 そういうわけで。

 「行かないとは言ってないでしょ? 2日か3日にはちゃんと行くから」

 すると何やらごそごそと音がして、 『――ちょっと石切丸に代わるねちゃん』と……ん? 石切丸さん……? ……なぜ……? と思いながら、わたしが「え? あぁ、うん……?」と応えてすぐ、『姫、代わったよ』と石切丸さんが出る。わたしがそれに言葉を返す前に、すぐ話を切り出されてしまった。

 『主に大体の話は聞いているけれど……その予定だと、年が明けたら初詣にも行くのかな?』

 お兄ちゃんが騒いでるのかと思うと、自然と溜め息がこぼれた。いい歳した大の男が毎度迷惑をかけて、妹としては本当に情けない限りである。……いや、不本意ながらその原因っていうのはわたしなんだけど……。

 「あぁ、どうも石切丸さん……兄がご迷惑をおかけして……。はい、とりあえずこのまま年越しして、それで初詣にも――」

 『分かったよ』

 あれ、なんだか今日の石切丸さん、ちょっと様子がおかしいというか……機嫌が悪そうな? いつもゆったりとした話し方をして、余裕のあるのんびりとした人のはずなんだけど……。
 そう違和感を覚えつつも、わたしは特に気にすることなく「あ、じゃあ兄にもそう伝えてもら――」えますか、と言おうとしたのだが。

 『すぐに迎えに行かせるからね。お店はどこだと言ったかな?』

 ……大変だ、石切丸さんの柔らかい調子の話し方が余計に怖い。

 「…………あ、あぁ……えっと、そうですね、えーと……」

 答えあぐねていると、また話し手が変わった。

 『ちょっとちゃん! いくら会社のお付き合いでも度が過ぎることは僕許さないよ!』
 「えっ、み、光忠さ――」
 『いいから早く帰ってくるの!!!! お店はどこ?!?!』

 ど、どこって言われても……迎えになんてこられてしまったら困る。前に遅く帰ってから、夜十時以降の帰宅は必ず連絡して迎えにきてもらう、なんて決まりができてしまったのでこれが初めてではないけれど――。

 「さーん? どうしたの? もうお料理きちゃったよ〜〜」

 もう今まさに飲んでいて、それなりに盛り上がってるところに迎えなんて、どう考えてもいい酒のつまみにされてしま『ちゃん、早く言いなさい』……。

 …………ママ(過保護)はともかく、その後ろに普段は優しいお父さんまで控えているとなると、素直にお店の場所を伝える以外にわたしが選べる道はなかった……。


 「さん〜? 飲んでる〜?」

 先輩は大層ご機嫌だが、ネクタイを頭に巻いているあたりヤバイ。
 わたしは「飲んでます飲んでます」と言ってさりげなくグラスを引き寄せた。この人はちょっと隙を見せるとすぐにビールを注いでくる。

 「っていうか残念だな〜。せっかくゆっくり話せるなって思ってたのに、途中で帰っちゃうんでしょ?」

 それに答える前に、後ろからひょこっと同僚が顔を出してきて、「あっ、なんかお迎えくるみたいですよ! ねねっ、やっぱり彼氏?」と目をきらきらさせながら言った。

 「えっ! さん彼氏いるの?」

 ……そこでびっくりされるとなんか……。どういう意味かな? と思ってしまう……。いや、わたしだって浮ついた話の一つくらいしたいんですけどね……。
 まぁとりあえずへらっと笑って、「いやぁ、そうならいいんですけど違いますよ〜。親戚です」と言って先輩のグラスにビールを注いだ。

 「なんだ親戚か〜。年越し一緒なんだ」

 意外そうに目を丸くする先輩に、同僚も「えっ、そうなの?」と驚いた顔をした。

 「なんかさっき雰囲気ピリピリしてたから、もしかして彼氏が怒ってるのかなって思ったんだけど……」

 ……いや、怒られてはいたけど、それはママ(過保護だが実母ではない)で……と思いながら、そんなややこしすぎることを説明する必要はない。というか説明したところで伝わりはしない。
 わたしはやっぱり曖昧に笑って、「あ〜……ちょっとうちって過保護っていうか、この年齢にもなって過剰に心配するんで……」と言葉を濁した。別の話しようよ……と言いたいのは飲み込んだ。

 「そうなの? なんか大変そう〜。それじゃあおちおち彼氏も作れないっしょ」

 わたしのグラスを気にする先輩には気づいていないふりをする。いやまぁ、飲めないわけじゃないけど……目に見えてお酒飲みましたなんて顔をしていたらママ(過保護)になんて言われるんだろう……と思うとここまでにしておいたほうがいいに決まっているので。

 「あはは……。ま、まぁとりあえず、年越しは無理ですけど、一次会はしっかり参加するので!」

 さて、ウーロン茶ならウーロンハイですよ! と誤魔化しが利くので、先輩に気づかれないようにさっと頼んでさっと受け取ろう――と思っていたのだが。

 「――ねえねえ! 外にすっごいイケメンいるって!!!!」

 めちゃくちゃにハイテンションなその声に、同僚がすぐに反応した。

 「えっ、なにそれ! 見たい見たいっ!!」

 「芸能人かも! とりあえず女の子がめっちゃ見に行ってるからいこっ! ほらさんも!!」

 ……というか、このタイミングで都合よく芸能人レベルのイケメンがやってくるとなると……わたしとしては嫌な予感しかしないので、こっそり連絡してす〜っと外に出たい。

 「い、いや、わたしは――」

 いいです、と言う前に「あっ、ちゃん!」という声が聞こえてしまったので……あ、あ〜〜! という……。しかも――。

 「み、光忠さん……」

 よりにもよって光忠さん(過保護なママ)かそうか〜〜〜〜!!!! となると、す〜っとは帰れないにしてもささっと帰らないとどうなることやら……。
 光忠さんは「もう、探したよ?」と言って眉間に皺を寄せたが、続いた「あぁ、そんな揚げ物ばっかり……」というセリフでさらに皺を深めたのでほんとよりにもよって〜〜! という気持ちである。いや、本丸で出てくるお料理のことを思えば――というか光忠さんのこだわりからすれば、色々と言いたいことがあるのかもしれない。この人のお料理はなんというか、おいしいのは当たり前で、栄養価やバランスを考えた上でヘルシーなものっていう理想的で、でも実際それをこなすのは難しいというのをあっさり叶えてしまっているので……。……光忠さんはどうしてプロの料理人にならなかったのかな?

 「唐揚げおいしそうだな〜。お嬢さん、食べてもいいですか?」
 「……えっ、あっ? 鯰尾くん?!」

 いつの間にかわたしの隣に座っていた鯰尾くんは、無邪気な笑顔で「あはは、そんな驚きます?」と……いや驚かないわけないよね?! なんでいるの?!?!
 ヤバイぞ〜〜? 一期さんはこのことご存知なのかな〜?! と冷や汗をかくが、わたしはもう眼中にないようで、結局ぽいっと口に唐揚げを放り込んだ。いや、それはいいんだけどこの状況は良くないんだよ〜〜!

 「俺は夜目が利きますから、ちゃんとお役目は果たせますよ! っていうか、燭台切さんじゃ心配なので。強くても太刀ですし」

 そもそもお役目ってなんなの……。少なくとも今ここにいることではないよね……?

 「いやいや、中学生が出歩くのは危ないよ……。いくら大人が一緒でも、この時期は酔っ払いとか多いんだから……」

 ううう、一期さんになんて説明したらいいんだ……と頭を抱えているわたしに、鯰尾くんはなおも無邪気に「ならお嬢さんのほうがよっぽど危ないじゃないですか〜。ね、小夜くん」と――……?!?!
 勢いよく振り返ると、ちょこんと小夜ちゃんが座っていた。…………うそでしょ?!

 「……は、戦えないから。一人じゃ、危険だ……」
 「?! っ小夜ちゃんまで来ちゃったの?!?! なんで?!」

 思わず悲鳴交じりの声を出すと、小夜ちゃんはきょとんと首を傾げて「……僕は、連絡係だから」とわたしの目をじっと見つめた。待って理解が追いつかない……。なんだろう、急に酔いがきたのかな……。
 口をもぐもぐさせながら、鯰尾くんが「燭台切さんがお荷物係、俺が護衛で――」と全部言い切らないうちに、優しく肩を掴まれた。視線を向けると――。

 「おい、さっさと帰るぞ」

 「?!?! 伽羅くんも?! 待って待って高校生でもダメだよっていうか高校生は高校生のヤバさがあるよ〜!! なんで来ちゃったの?!」

 光忠さんの登場でヤバイと思ったのは早かった。どう考えても今が最高潮にヤバイ。なんでなんでどうなってんの〜?! お兄ちゃんはどういうつもりなのかな?!?! 問い質したいけど肝心のその相手がいない……。いや、もうどうせならお兄ちゃんが迎えにきてよ……。
 はぁ、と溜め息を吐くと、ひょこっと廊下から……清光くんなんで〜〜?!?!

 「大倶利伽羅は彼氏係だよ。あーあ、俺やりたかったのに、最後の最後でじゃんけん負けちゃってさ〜〜。でも護衛係2は確保っ! まっ、とりあえず帰ろ?」

 屈んでじっと上目遣いに見つめてくるのがとってもJKだけど〜! とてもかわいいけど〜!! でもだからこそ余計に危ない〜〜!!!!

 「んんん清光くんなんで来ちゃったのもう〜! ……っていうかさっきから色んな係あるけど、それなんなの……?」

 なんだか急に力が抜けたわたしは、まぁこうなったらさっさと帰り支度をして、さ〜っと挨拶して帰らなければと思ったのだが。

 「えっ、みんなさんの親戚なの?!」

 「えっそうなの?! やだぁ、うらやましい〜! それなら早く帰りたいよね〜。あっ、コートもってきてあげる〜」

 「え゛っ?! あっ?! …………」

 ……だめだ、さっさと支度はできてもさ〜っと挨拶して帰る……というのは叶いそうもない……。
 黄色い声を上げてきゃあきゃあ喜ぶ女性社員たちに、光忠さんはとろけるような笑顔を浮かべる。……そうなんだよね、この人芸能人顔負けのイケメンなんだよね……。
 パーッとやるつもりが、わたしは何度溜め息を吐いてるんだろう……と思いつつ――。

 「うちのがいつもいつもお世話になっているようで。これ、つまらない物ですが、よかったら皆さんで」

 「えっ、これ……二日酔い止めのドリンク……?」

 「このまま年越しだと聞いていたものですから。いつもお忙しいようですし、お体には気をつけて」

 「は、はい〜っ!」

 ……ママ(過保護)の気遣いがわたしの株をあげてくれそうで絶句。

 「さんっ、コート!」
 「あ、ありが――え゛っ?!」

 な、なんで伽羅くんが受け取るのかな〜? しかも「悪いな、世話をかけた。ほら、」なんて言ってわたしに着せようとするので、黄色い悲鳴が上がった。

 「え゛っ! じ、自分で着れるよ?! なんで?!」

 伽羅くんはじっとわたしの目を見つめながら言った。

 「自分の女に着せてやるのに、いちいち理由が必要なのか?」

 …………待ってうそでしょ……。

 「やださん彼氏いないって言ってたじゃん〜! こんなかっこいい彼氏なら隠すことないのに〜!」

 「……照れ屋なんだ、こいつは」

 「待って待って何を言うのかな伽羅くん!!」

 正気に戻って否定してももう遅い。あぁ……迎えにきてもらうだけでいい酒のつまみに――と思っていたのに、これはかなり上質なネタとして扱われてしまうぞ……。

 「え〜っ、うらやましい〜〜っ!」

 きゃっきゃする女性社員たちにバレないように、なるべく小さい声で「清光くんっなにこれどうなってるの?!」と清光くんを呼び寄せると、清光くんはなんてことないように答える。

 「言ったじゃん、大倶利伽羅は彼氏係なの。酔っ払い多いから、男除けに今回だけ特別に設けた係」

 ……頭痛い……。
 男除けってなに……。わたしは除けてくれと頼んだ覚えはないし、なんなら寄ってくるようにしてもらいたいよ……。別にどうしてもというわけじゃないけど、縁があれば彼氏だってほしい。なのにこうしてわたしの知らないところで、繋がっているのかもしれない糸をぶちっと切るなんて残酷すぎるでしょ……。

 「……とりあえずまたお兄ちゃんがなんか余計なことしたっていうのは分かった……。もう〜、なんで若い子たちをこんな時間に……」

 まぁわたしの彼氏事情よりも、高校生どころか中学生に小学生までも派遣してくるなんて、お兄ちゃんはほんと何を考えてるんだっていうおはなしである。光忠さんもなんで連れてきちゃうの……。わたしより子どもたちを守ってくださいってわたし何度も言ってますよね……?

 「……
 「あっごめんね小夜ちゃん! ――あれっ、鯰尾くんは?!」

 あっちこっちに顔ごと視線を動かしていると、遠く離れた席から鯰尾くんが駆け寄ってきた。……よかった……。子どもたちに何かあったらわたしは……わたしは……。

 「お嬢さん! なんかお土産いっぱいもらっちゃいました!」

 ……行方不明になってしまわなかったのには心底安心してるけどお土産をもらうとは?!

 「えっえっ、えっ、誰に?!」

 鯰尾くんはへへへっと笑うと、「いやぁ、皆さん色々くれたんで、もう覚えてないです!」とめちゃくちゃ無邪気に答えた。……「え〜っ!」と頭を抱えるしかない……。わたしは誰にお礼をすればいいの……?
 すると、奥から先輩(いわゆるお局様)がにこにこしながら手を振って――めっちゃくちゃにご機嫌。

 「いいよぉ、さん〜。こんなかわいい子がお迎えなら、ご褒美あげなくっちゃ〜」
 「えっ、いやでもっ、」

 そういうわけには〜! と引きつった笑顔を浮かべるわたしの肩を、鯰尾くんがぽんっと軽く叩いた。

 「まぁまぁ、くれるって言うならもらっときましょうよ。ありがとうございまーすっ! みんなでおいしくいただきますね!」

 「……まだなんか持って帰る? 好きなもの頼んでいいよ?」

 真顔で尋ねる先輩に、鯰尾くんが明るく「えっ、いいんですか?」なんて言うので慌てて口を塞いだ。

 「あーっ大丈夫! 大丈夫ですもう充分ですから! ねっ?」

 もごもご言いながらわたしの手を外すと、鯰尾くんは「お嬢さんがそう言うなら」と言ってあっさり引き下がった。待ってそんな言い方しないで会社で顔合わせた時何言われるか分かんないでしょ〜?! っていうかそもそも“お嬢さん”をまず注意するべきだった……! 先輩のほう見れない……! と思いながらも、わたしは“姫”という設定を思い出して身震いしそうになった。……お、お嬢さんはぎりぎり……ぎりぎり……せ、セーフにしとこう!
 とりあえず追及される前にさっさと退散!! わたしはちょっとオーバーなくらいに声を弾ませた。

 「あっ、じゃあそろそろ失礼しますね! すみませんバタバタさせちゃって……」

 へこへこ挨拶するわたしの腕にぴとっとくっついて――清光くん〜〜!!!!

 「〜、日付変わる前に帰んないと、石切丸たちが怒るよ〜? 初詣なんか行かせないってすでにキレてるから」

 は、初詣……? えっ、飲み会に怒ってるんじゃなかったっけ? っていうか初詣でキレるって――。

 「なんでっ?!?! と、とにかく分かった、帰ろ!!!! 伽羅くん、光忠さん回収してきて!!!! わたしたち先に出てるから!」

 「……分かった」と返事してくれたのと同時に、伽羅くんは光忠さんのところへ行ってくれた。
 もちろんわたしは清光くん、鯰尾くん、小夜ちゃんを連れて急いで店の外に出た。

 「じゃ、じゃあお疲れ様でした! 良いお年を〜!」


 店を出てしばらく歩いたところで、どっと疲れを感じてきた……。

 「――はあ……」

 思わず溜め息を吐くわたしに、小夜ちゃんが「……どうしたの?」とじっと見上げてくる。

 「いや、なんかもうしんどくて……」

 すると前を歩いていた清光くんが、これを聞いてぐりんっと振り返った。それからわたしの手をぎゅっと握って、「えっまさか今度はマジでセクハラされたのっ?! ドコ触られたのっ?! ちょっともう言ってよのバカ〜ッ!」と言いながら――表情がガチ切れのやつで、いつもあり余りすぎているはずのJK力がマイナスである。

 「されてないされてないよ!!!!」
 「……復讐、する?」
 「しなくていいしなくてい――復讐?! しなくていいよ?!」

 ぐいっと手を引かれたと思うと、わたしの肩を抱いて「……おい、はしゃぐな」と伽羅くんが耳元で――。

 「?! いや、はしゃいでな――あっ、すみませんっ、」

 はしゃいでないと言おうとしたそばから、人にぶつかりそうになったわたしを見て、呆れた溜め息を吐く。伽羅くんはじっとわたしの目を見つめながら、「……そばにいろ」とだけ言った。

 「……あっ、うん……ありがとう、」

 なんとかそう答えながら、うわ〜っ伽羅くんってぱっと見は不良っぽいし、一匹狼感がすごいけど……これじゃあ学校の女の子たちも放っておかないだろうな〜〜! 言葉がぶっきらぼうだから、ちょっと素っ気なく思う子もいるかもしれない。でも、すぐに気づくはずだ。伽羅くんはめちゃくちゃ優しい男の子である。
 ぴょこっとわたしの隣に並んだ鯰尾くんが、にやにやっと笑う。

 「なーんだ、お嬢さんのタイプが大倶利伽羅さんてホントなんですね〜。彼氏係じゃなくて、ホントの彼氏だったり?」

 「あるわけないでしょ?! 何を言うのかな鯰尾くんは!!」

 大きな声で否定するわたしを、光忠さん(過保護なママ)が「こら、騒いで歩かないの」と注意してくる。

 「ちゃん、ちゃんと伽羅ちゃんのそばにいてね。怪我してからじゃ遅いんだから」
 「いや、歩いてるだけで怪我はしな――はい、そうしますね……」

 ママ(過保護)はわたし(とっくに成人済み)のことをなんだと思ってるんだろう……。そうは思えど、ママにはどんなに正しい主張であれ通用することはないので、わたしは大人しくそれに従った。
 ……まぁでも、この場合かわいそうなのはわたしなんかより伽羅くんのほうである。
 ちらっと彼を見ると、まっすぐに前だけを見て歩いている。……この何も気にしてないっていうような態度が、余計にわたしの申し訳なさを膨らませる……。伽羅くんが優しい子だと知っているので尚更……。

 「……ごめんね伽羅くん……。お友達と集まったりとか、彼女と会うとか、何か予定あったんじゃないの?」

 すると伽羅くんの金色の瞳が、ちらりとわたしに視線を寄こしてきた。
 そして「……俺じゃ不服か」とぽつりと言うと、眉間に皺を寄せる。

 「えっ、そういう意味じゃないよ?! えっ?! いや、伽羅くんには伽羅くんの付き合いがあるんだから、何も本丸の一部の人たちに合わせることないんだよっていう」

 わたしの言葉に、伽羅くんははっきりとした声で答えた。

 「俺は、アンタを守るために喚ばれた。それだけだ」

 ……そういえば伽羅くんもどう考えてもおかしすぎるお姫様設定を受け入れてしまってるんだった……。
 素直なんだろうけど、大人の言うことをすべて真に受けなくていいというか、疑問を持ってくれていいしなんなら反抗してほしいんだけどな……。

 「……いや、それをしなくていいんだよ……? お兄ちゃんが何を言ってるのかわたしが知らないのも無責任なんだけど、とにかく、もっとこう……」

 なんて言えば伝わるのかな〜と思いながら言葉を選んでいると、清光くんがぱちんとわたしにウィンクを飛ばしてきた。うーん、とてもJK。

 「じゃあ今から俺が彼氏やったげよっか?」

 それに悪ノリした鯰尾くんまでもが「えー、立候補アリなら俺もアリじゃないですか?」なんて言うので、わたしはつい「みんなダメだよせめて光忠さんでしょ?!?! …………え゛っ……?」と…………。
 光忠さんはぴたりと足を止めると、甘い微笑みを浮かべた。

 「――ふふ、僕がいい? じゃあそうしようか。伽羅ちゃん、交代ね」

 「おい、」

 「本丸の鉄則その一、だよ。さぁ、ここからは僕がエスコートするからね。お手をどうぞ、お姫様」

 待って待ってどういうことかな? いや、普通に、一般的に、わたしと並んでて年齢的に浮かないのは光忠さんでしょって意味でわたしは……え゛っ?!

 「…………きっ、清光く……!」

 助けて! と目で訴えるわたしに、清光くんはむすっとした顔で「えー、俺はダメって言ったじゃん〜」と――。

 「え゛っ」
 「俺も助けませーん」
 「嘘でしょ?! さ、小夜ちゃん……!」

 とても情けないが小夜ちゃんに声をかけると、「……反対の手、僕が繋いでいようか?」と言ってくれたのでほんとに本丸のちびっ子ってみんな頼りになる……。

 「……つなごう……! お願い小夜ちゃんっ……!」

 すぐに小さな手をぎゅうっと握ると、清光くんが声を上げた。

 「えっ、なにそれアリなの?!」

 ずるいずるいと唇を尖らせる清光くんの肩を叩いて、光忠さんが笑った。

 「彼氏が僕、代わって荷物が伽羅ちゃん。護衛は変わらず鯰尾くんと加州くん。それで連絡係は小夜くんだよ。はい、もう決まったことなんだから文句言わずに帰る! いいね?」

 にこにこと機嫌良さそうな光忠さんに、清光くんは思いっきり表情を歪めた。

 「うーわ、ムカつく〜〜! ママのくせに! ねー、!」
 「ん゛ンッ清光くん何を言うのかな〜?!」

 光忠さんは確かにママ(しかも過保護)だけどご本人にそれは言っちゃダメでしょ〜?!?!
 ちらっと光忠さんの様子を窺うと――優しく目を細めている。

 「――残念。大晦日、それももうこんな時間だからね。今年はもうとっくに休業してるよ。……ちゃん、手は?」

 まぁ何にせよ、わたしは光忠さん(過保護なママ)には逆らえないので……。

 「………………はい、つなぎます、」






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