あ〜〜まだ午後があるけど、もう仕事したくないな〜〜。今日金曜だし、夜が楽しみすぎて仕事なんてしてらんないよねホント――と思いながら化粧直しをしていたのだが。 「ねえ、神永さんの話聞いた?」 ――なんて声が隣のブースから聞こえてしまっては、聞き耳立てずにはいられない(使命感)。っていうかホントうちの会社金持ってるよな〜各トイレに化粧直し用のブースあるとか他にもっと金かけてほしいわたとえば私の給料とかさ。 ……いや今はそんなことより。 「え、知らない、何の話?」 「うそ、彼女できたって話だよ! みんなその話してるじゃん!」 思いっきり心当たりがある私は、あ〜〜〜〜ッはいはいハイハイ〜〜〜〜!!!! と若干……いやかなりテンション爆上げとなった。うわ私もその話めっちゃ参加したい、すごい話したい……ッ!!!! っていうコレ。まぁ話の内容は知ってるので聞くことはないけど、私の場合は話したいネタ――じゃなくて、エピソードいっぱいあるから!!!! もう耳だけに意識を集中させることに忙しい私にとって、初めの目的だった化粧直しとかめちゃくちゃどうでもいいことに成り下がった。ほんと私も仲間に入れてほしい(真顔)。 すると、噂を知らないらしい女子(女子Aとしておこう)が鼻で笑う声が聞こえた。 「なんだ、それだけ? 神永さんの彼女の噂なんて、前からずっとあるじゃん。付き合った別れた付き合った別れたってさ。で? 今度はどこの女? 受付嬢? スッチー?」 …………。 ウッ、ウン……いやまぁそうなんだけど……社内で一、二を争うプレイボーイ、そしてゴシップ王(笑うとこ)である神永さんの女関係の話なんて、それこそ腐るほどあって……それも更新率が驚異のスピードで旬のネタが分からなくなるのがデフォだけど……。いや、“だった”のよ……今はもうそのプレイボーイもゴシップ王も肩書き返上したのよ……と思いながら、あの人ホンットすげえな知ってたけどヤバイ……と私は目を閉じた。これは呆れというよりも、それが今となっては……という深い感慨によるものである……。 「……ホントに知らないんだ……」とこの話を始めた子(女子Bでいこう)がちょっとビックリしたように言うと、不思議な沈黙が生まれた……。 待つこと数秒。すぅっと大きく息を吸うような音の後――神妙な口調で「……今度の彼女は、神永さんの本命なんだって」と……。そしてまた沈黙……。 ごくり、と喉を鳴らしそうになったが、そこまで?! とツッコミたくなるほどの笑い声に緊張は引っ込んだ。いや分かるけど。分かるけどそこまで笑う?? 神永さんもフッツーの男と変わんな――くはないから笑えるか……ヤバイなフォローしようと思ったけどどう考えても無理だった……(震え声)。 「あっははは! あ〜、めっちゃ笑うなにそれ! あるわけないでしょ神永さんだよ? 本命なんて作ったこと一回もないじゃん。それどこから聞いた話?」 あ〜おもしろ! と笑うこの女子Aが神永さんのファンなら……ごめんなさいね、ここで非常に残念なお知らせです……。 心の中でお悔やみ申し上げながら無言で合掌していると、「神永さん本人が言ったんだって」という女子Bの言葉に、「……ウソでしょ……?」とかわいそうなくらいのか細い声が……。 まぁそんなにかわいそうとは思ってないというか、ごめんなさいねホント〜! という軽いノリで、ついでに私のとっておきエピソードを披露したいとしか思ってないんだけど(真顔)。 はぁ、という溜め息が、静かなブースに重く落ちた。 「……遊びのオンナ全部切ったどころか、手元にあった女の連絡先全部消したって」 食い気味に「いやいやいやないでしょ、神永さんだよ? あの人がそんなことするわけないじゃん! ガセだよガセ」と焦った声が反論するも、その答えは更に重い溜め息である。 私? 私はもちろん軽いノリで突撃してってそのままエピソード披露したいな〜〜としか思ってないです(笑顔)。 「アタシもそう思ったけどさ、部署の女の子が神永さんに直接聞いたんだって」 「はっ?! めっちゃ勇気あるなその子!!」 確かにそれはめっちゃ勇気あるな?! と思ったが、女子Bの「若いからね、怖いものなし」というセリフに目頭を押さえながらぐっと顔を上げた。……若さゆえの情熱とは怖いもの知らずというか……そんなことはもう我々にはできませんね……という……。 まぁそれはいいや過ぎ去りし時(若さとも言う)はもう取り戻せない――と私はまた耳をそばだてる。 「まぁその子も神永さん狙ってたんだろうね。『連絡先全部消させるって、すごい束縛激しい彼女なんですね』って言ったんだって」 ウッ、ウワァ〜〜! それはもう“若さ”という一言では片付けられないんじゃないかな女ってこええ〜!!!! 身震いしながらも、あのプレイボーイ(笑)はなんて答えたのかな? 場合によってはこっちも色々「神永さんが『違うよ。俺が彼女にきみだけだって言いたいから、自分で消したんだ』って」…………これだからカンストはッ!!!!(歓喜) 「……何それガチの本命じゃん……」 ね……ホントにね……これで本命じゃなくて遊びとかいう話になるんだったら逆に何が本気になるのかな?? って真面目に思う溺愛ぶりだよ……。しかもそれが“あの”神永さんだっていうんだから、そりゃ驚きっていうかもう納得するしかないよね、そこまできたらもう本命で間違いないですわって。 「それでさ、もうすっごい部署の女の子に色々聞いてくるんだって。最近行ってよかったお店とか、流行ってるものとか。それで昼休みはさっさとオフィス出てって、戻ってきたらずーっとご機嫌」 ……どっからあんな女子ウケする情報持ってくんのかな引き出し多すぎない?? って思ってたら……すみませんね神永さんのとこの女性社員の皆さま…………それ全部本命彼女のためなんです……。まぁ私もその情報もらえるから、最近休日充実しまくっててありがたいんだけど。というわけで今後もお世話になります……(合掌)。あ、昼休み後にご機嫌なのは本命とのランチをエンジョイしてるからです……(笑顔)。 「……え〜……。え、なに、相手の女どこの女? どういう系?」 げんなりしたような、もう諦めが深い調子のその声に、「いや、それが分かんない」と即レスだった女子Bだが、続けて「けど、よっぽどレベル高い女だよね。神永さんだし、モデルとか……もはや女優とかじゃない?」と超絶真剣なド真面目トーンで言うので女子Aのテンションがますます――というかついに地に落ちた。 「……うわ〜それならさすがに諦めるわ〜〜」 まだ午後があるというのにご愁傷様……と思ったが、「……アンタ甘利さんファンじゃなかった?」……オイ甘利さんのファンかよッ!!!! ……まぁ本命になれるかどうかは知らんけど、神永さん(彼女溺愛レベルカンスト)よりは可能性あるので……。 でもまぁ純粋な(?)ファンではないにしろ、この落ち込みぶりはちょっと同情しちゃう「そうだけど、貴重な独身イケメンだよ? あ〜〜もう今日仕事したくなくなった早退したい〜〜〜〜」ことはないなコレは!!!! せんでいいなコレは! 大丈夫だわこの女! めちゃくちゃ図太いわ! ……なるほど。まぁまぁ面白い話ではあったな。どこがどう面白いって、コレで神永さんを鬼のようにイジれるからである。 けどやっぱり私の持ってるネタ――じゃない、エピソードが最強だなっていう。 いや、そもそもね? 神永さんの本命のレベルがどうって話だけどさ? 私から言わせりゃそりゃあレベル高いですよっていうかその辺の人間と同じ土俵に上がるような存在だって思わないで???? っていうね(真顔)。 だって神永さんの彼女――うちのってフェアリーだから(迫真)。人間とはそもそも種族からして違う最高にキュートな妖精さんだから(迫真)。 「――ってことで大分派手に噂されてますけど、ホントすげえなアンタ。彼女できてもみんなに『本命なわけない』って思われるってどんだけ“信用できない”ということに関して信用されてんの? っていうかマジにガチでチャラい極めちゃってるんスね笑えますわ」 金曜のいつものお約束、“ちゃんとの飲みウィズ神永さん”を開催中のいつものお店。 楽しく(うちのと神永さんがラブラブに)飲んで(私が)盛り上がりに盛り上がって少し落ち着いたので、私は早速お昼に入手したネタを披露したわけだが。 「〜っだからきみは! ちゃんの前でそういうことを――ちゃん、飲めないなら飲まなくていいよ、俺が飲む」 やぁ〜っぱ思った通りの反応でやんの〜〜(笑)と内心バカウケしてやるつもりだったのに、いつの間にか酔ってきていたにいち早く気づいた神永さん……さすがである……私の口を塞ぐことよりちゃんのお世話を優先……。 お兄ちゃん属性というのはこれだけで加点対象だけど、それに加えてこの人は恋愛において無敵のカンスト……その経験から彼氏力もカンストしているという恐るべきプレイボーイ“だった”わけですが、うちの秘蔵っ子・最強無敵のエンジェルちゃんと真剣交際をスタートしてからは一途系ピュアという新たな扉を開き、その向こうにあった溺愛する喜びというのを見つけた神永さんはもはや現実に存在する生身の人間とは思えない最強の彼氏へとランクアップを果たしたのである……。前置き長くなったけど、つまりどこまでもちゃんだけを見てるの丸わかりっていう、こういうところが神永×の超絶萌えるとこなわけ……。これ絶対テストに出るから要暗記な……(拝み)。 神永×というカップリングを冷静に分析しながらも、萌えの発生源の間近に存在しているという幸福に喜びを隠せない私は頭の中で平身低頭しつつ、溢れ出そうなパッションをなんとか押さえつけながら素知らぬ顔でビールジョッキを持ち上げるのであった……。あぁ……今日も私は生きてるんだな……今、生の喜び全身で感じてる……(感涙)。 のグラスに手を伸ばす神永さんから、サッとグラスを遠ざける。慌てた様子で「えっ、大丈夫です、飲めます!」と首を振ったかと思うと――。 「……それに神永さん、甘いの苦手でしょ?」 「いや、いつもは周りに合わせるから、飲む機会ないだけだよ。だからたまには飲みたい。いい?」 「で、でも、」 ……なんだよこれ最高かよラブラブじゃんありがとう神永×……(血涙)……。 ビールジョッキを持ち上げる手を不自然なほど震わせながら、私はなんとか「、あげちゃいな。そんでもうアルコールはやめときなさい」と言ってメニューを渡しつつ、まぁこういう時にが頼むのは決まっているので。 「何飲む〜? ウーロン茶? ジュースがいい?」 「うっ…………りんごジュースにする……」 …………。 私は思わずジョッキをテーブルに叩きつけてしまったすまんでも我慢できんかったんや許せ……ッ!!!! 「ンん゛んッ聞きましたか神永さん“りんごジュース”ですよヤバイうちの子めっちゃかわいいりんごジュース……」 天使の唇が放つ“りんごジュース”って単語めっちゃヤバイかわいい……りんごジュースをこの世に生み出してくれた人、あなたは天才です……(拝み)……。もうほんと、りんごジュースでこんなに胸が詰まるほど苦しい思いする日がくるとか思ってなかった最高……。 押し寄せる萌えという熱波に焼き尽くされそうな私になど興味ない神永さんは、“りんごジュース”という萌えワードにも一切反応することなく、“オススメ!”というカードが挟まったシャレオツメモスタンドを指差した。 「アイスティーじゃなくていいの? りんごのクレープ・シュゼットあるけど、食べたいんじゃないの?」 ッハ! とすかさずの表情を確認すると――。 「……なんで分かるの〜!」 …………なにこの妖精さんかわいいムスッとしてもキュートさが全然まったく損なわれないどころか逆にそれがプリティーっていうかとりあえずさ???? 「……ちゃん、アイスティーにしよう。私ちゃんがりんごのクレープなんちゃらとかいうシャレオツデザート食べてるとこ見たいからお願い……」 ハンカチを取り出した私に不思議そうに首を傾げつつ、はしょんぼりと「だって食べきれるか分かんない……」と呟く。 ……おばかさん……そんな心配する必要ないでしょ……? 隣にいる神永さん見てみなよにこにこしながら見つめてるよ……? 食べさせたいのよ……ちゃんに食べさせてあげたいのよだってホントは食べたいんでしょ……? でもここでに頼みなよって言わないのが神永さんなんだよ、がどうしようって迷いながらも神永さんに甘えて『食べたい』って意思表示をしてからが本番なの私知ってる……。 けど――何より私がちゃんには食べたいものを食べさせたいという思いを常に抱いているモンペなので……ここは私が……ッ!(使命感) ちゃんがりんごのクレープ食べてるところ早く見たい(迫真)。この思いだけが私のすべてを支配し、そして行動を起こさせた……。 早口に「神永さんが食べてくれるから大丈夫」と言いながら店員さんの姿を探し――。 「あっ、おねえさん! アイスティーとりんごのクレープ、あと生一つください」 「はーい!」 「えっ……!」 困り顔で店員さんの背中を見つめるに、神永さんが「なんにも気にすることないでしょ。いつもしてることじゃん、半分こ」と言って甘い笑顔を浮かべる。 そうそうこの人は甘えんぼちゃん大好きだからいいの。お世話したいんだからしてもらえばいいの。そんでちゃんは素直ににこにこ甘えんぼさんしてればいいの。私がそれを見たいの(真顔)。 「そうそう、いつものことだから(毎回どうもありがとうネタに困ることがなくて私はいつでも超絶ハッピー)」 あ〜〜ホンット神永×って沼が深い……。もうラブラブすぎてホント尊いずっと見てられる……っていうかずっと見てたいし同じ空間に存在して呼吸することを許されてるっていうのがさ……? イコール、この二人を見守ることが使命……私がこの世に生を受けた意味なのか……って思うよね……。めっちゃハッピー……。 ホント生きててよかったっていうか生まれてきてよかった〜〜! とハンカチで目頭を押さえる私に、「……ねえ、」とが妙に慎重な口調で声をかけてきた。 それから、「……さっきの話、続きないの?」と――。 「……え? え、なんの話してたっけ? あっ、新大久保のチーズタッカルビ? あれはね〜」 別部署の同期から仕入れた情報なんだけども、絶対が好き……! とチェックしていたので、興味を持ってくれたなら大成功ッ! いつ行ける? とか具体的な話をしたいのかと思ったのだが……。 「そ、それじゃなくて! ……か、かみながさんの、はなし……」 …………。 神永さんの派手な過去を知らない人はいないイコールも知ってるけど、でも神永さんのへの愛情はどこをどう取っても疑う余地ナシなので……興味持つことないとまでは言わないけど、でもが気にするようなことは何もないというか……と思いつつ、ちらっと神永さんを見る。 神永さんは苦い顔で、「……おい、どうしてくれるんだ? きみ」と私をじろっと睨んだ。けれど、その後すぐに優しく、そして甘い声を出せるあたりがカンストだなっていう。 「ちゃん、別にやましいことは――」 「やっ、やましいとか、そういうのを疑ってるんじゃなくて、」 まぁが歯切れ悪くなるのも分からなくはないけど、でもなーんにも心配することはないわけである。だって神永さんだよ? あの女子Aではないけど、“あの”神永さんがここまで変わっちゃうような大恋愛なんだよちゃんとのこの恋はッ!!!! 「……なるほど分かった。あのね、アンタが不安っていうか、心配になるのも分からなくはないよ。でも大丈夫。確かに神永さんはアホみたいにモテるけど、どの女も遊びだったわけだからが心配することなんかなんもない。ですよね神永さん」 「だからそういう言い方は誤解を――」 「いやだってホントの話じゃないですか。ちゃんがピュアッピュアの初恋でしょ?」 神永さんは重い溜め息を吐くと、居心地悪そうに髪をかき上げた。 「……遊びとかそうじゃないとか、そんなことを考えて恋愛してきたことはない」 ……何を言ってんだこの人(真顔)。 「そりゃそうでしょアンタのは全部遊びなんだから」 何をバカなこと言ってんだか、と私も溜め息を吐く。 神永さんが「おいもうきみは口を開くなッ!!」と言うので、「ハイハイ〜」とテキトーに返事する。 「……ちゃん、何を心配してるのか分かんないけど、俺はちゃんのことが好きだ。他の女の子なんて誰も――」 さて〜? カンストはどう対処するかな?? とドキドキしていたのに水を差された。 「やっばいちょーイケメンいる! クソイケメンやばい〜!」 これは相当飲んでるな〜と見るからにヤバそうな若いお姉ちゃんが、フラフラしながらテーブルに近づいてきたと思うと、神永さんの肩に手を置いて絡んできた。 ……まぁいくら酔っ払いでも相手は女の子。振り払うっていうのも無理な話である。問題にされても困るし(本音)。 それならここは私の出番である。っていうかホントこれからって時に邪魔しないでくれる?? っていう……ッ!! 「うっわおねえさんクソ酔ってるね〜? 連れどうしたの? テーブル戻んなよ〜〜。このクソイケメン彼女いるからさ〜〜」 言いながらしっしっと手であしらっているところへ、これまた大分デキあがっちゃってる状態のお姉ちゃんがやってきて「えっやっばいマジじゃん! クソイケメンじゃん! おにーさん飲んでる〜?」……。 「やべえな連れもクソ酔っ払いじゃねえか」 思わずゲンドウポーズした私だったが、神永さんに絡んでいるお姉ちゃんAがベタベタ引っ付きながら「え、みんなで飲もうよ〜!」とか言い出すのでヤバイな、とのほうを見る。その表情は「お待たせしました〜、アイスティーと生です〜」…………。 「……はいどうも〜〜」 タイミングは死ぬほど悪いけどな〜〜!!!! の表情を確認しようにも、お姉ちゃんBが「ハイおねーさんかんぱ〜い! うぇ〜〜い!」と絡んでくるので……クソッこんなんなるまで飲むじゃねえッ! さっさとおうちに帰んなッ!!!! ……まぁそうとは言えないので、大人な私は(一応)笑顔(らしきもの)を浮かべる。 「ハイハイ言われんでも飲むけどアンタらはテーブル帰んな」 また手をしっしっと振ったが、お姉ちゃんBはまるで分かってない顔で首を傾げた。……いや分かれよなんで分かんねえんだよッ!!!! 「え? なんで?? みんなで飲めばよくない????? そのほうが楽しいじゃん! ねっ、おねーさんも思うよね?」 急に声をかけられたは、「え゛っ?!」と目を丸くして――。 「みんなで飲むと楽しいけど、俺たちに構ってると男が泣くよ。二人とも、かわいいんだからさ」 神永さんが営業スマイルを浮かべながら、まとわりつくお姉ちゃんAの腕をゆっくりと解いていく。 さすが女の子の扱いトップレベルのカンスト……。うまーく持ち上げイイ気分にさせて――あしらう気満々である(迫真)。 お姉ちゃんAは神永さんの表情を窺いながら、「え〜? でもイケメンと飲みたい〜!」と甘えた声を出す。 「あははっ、ありがとね。でも相手はできないよ。俺、かわいい彼女の世話で忙しいから」 神永さんのその言葉を聞くと、お姉ちゃんAの表情が固まった。 「……え〜、どっちがカノジョ? こっち?」 「おいクソガキ“こっち”っつー言い方はなんだコラしばくぞ……」 人を指差すなッ! と睨みつけたが、お姉ちゃんAの意識はすでにのほうに向けられていた。 「あ〜、こっちの人ね、分かる分かる。おにーさんこういう清純〜みたいなのちょう好きそうじゃんヤバイ」 ……ダメだ……酔っ払いだとて……女の子だとて許されるものではないぞこンの無礼者……ッ!!!! 「みたいなの、じゃねえよ清純なんだよお嬢ちゃんはさっさと戻れっつってんだろオメーの語彙力のほうがやべえわ……ッ」 思わず立ち上がりそうになった私を手で制した神永さんの表情は――わ、わらってる……(震え声)。 い、いや……神永さんって常識人のお兄ちゃん枠で、女の子にはとびっきり優しいのよ……。……でもね? には特別優しいの……。そしてにだけは……すっごく甘いの……この意味分かる……? そんでもってこの人――実はめっちゃ喧嘩っ早いのね……? こ、これはちょっとヤバイんじゃ、ないかナ〜〜???? 笑顔のままの神永さんに落ち着けって念を何度も送るも、受信されている気配がまったくない(迫真)。 「自慢の彼女だもん、好きだよ。ま、諦めてよ。俺、この子いないとうまい酒飲めないんだ。それに――もうこれ以上まずい酒、飲みたくないからさ」 …………。 「お待たせしました〜りんごのクレープ・シュゼットです〜〜」 ……ねえ……なんで……? 「……ハ、ハイどうも〜〜……」と一応は笑ってみせたものの、私の口元は絶対に引きつっていたに違いない……。ホンットにタイミング悪いね?!?! はぁ、と溜め息を吐いた瞬間、お姉ちゃんAが神永さんの隣に座るに向かって、「……てかさ、おねーさんさっきからなんも言わないね〜。なんも言えないの?」とかクソ生意気なことを――血管が何本かブチ切れてしまったので……この拍子に何か(意味深)やらかしてしまったとしてもしょうがない許される(確信)。 「……オイいい加減にしろさっさと口閉じておうち帰んなクソガキ」 ――このように怒りで脳みそ沸騰していても、私の耳はその声を聞き漏らしたりしない(誇らしげ)。 「――さい……」 「は? なに?」 嫌味っぽく唇を歪めるお姉ちゃんAだったが、バンッ! とテーブルをぶん殴って立ち上がったには口をぽかんと開けた。 「うるさいって言ってるの!! さっきから人が大人しくしてると思って、言いたい放題しないでくれる?!」 そう、普段温厚な分――ちゃんは一度キレると手がつけられない。 「……ワーオ神永さんヤバイちゃんのスイッチが……」 声を震わせる私に、神永さんは「分かってるよ」と苦笑いしたが……その後に甘い声で「……しょうがないなぁ」と呟いたのが聞こえてしまったすんませんこんな状況でなんですけどめっちゃ滾る最高かよ……(血涙)。 「大体、神永さんは――」 「ストップ。ほら、ちゃんも飲みすぎだよ」 は鋭い視線で神永さんを見つめながら、「……なんでとめるの」と低い声で……こ、こわいよぉ……(震え声)。 しかし神永さんはちっともダメージ食らった様子なく、あっけらかんとそれに応えた。 「なんでって、ちゃんが怒ることないでしょ? この子たちも酔ってるんだから――」 あああそれアカンやつ……ッ! 彼氏が他の女の味方とかどういう状況でも火をつけちゃうやつ……ッ!!!! ブチッという音が聞こえた気がした……何が切れたってそんな……決まってるでしょ……? 「……なんでその子たちかばうの! かわいいとかなんで言うの! それに……っもういい! わたし、神永さんに面倒見てもらわなくてもだいじょうぶだから、その子たちと飲めば?!」 神永さんに背を向けるように、体をひねって横向きに座るちゃんの表情が……もうこれはアカン(断言)。 神永さんバカかよカンストのくせにッ! こういう場面どうすればいいか分かってるでしょッ?! 少なくとも酔っ払いを庇うことをの前でしちゃダメなのくらいは分かるでしょッ?!?! と怒鳴ってやりたいが、その前にちゃんの怒りを鎮火せねばヤバイ(確信)。 「ちょ、ちょっとちゃん、あの……」 「ちゃんがそうやって気にするから、さっさと戻ってもらおうと思っただけだよ。本気で言うわけないでしょ」 「面倒みてくれてるだけなんでしょ? わたしひとりで平気です。神永さんなんかいなくても、ひとりで――っ」 その瞬間、ピタッとすべての動きが停止した。なんでって、神永さんがテーブルぶん殴ったから。 ……いや唖然としてる場合じゃない! 「オイやめろちゃんがびっくりしちゃうだろうが……ッ!」 そう言って私は神永さんの表情を確認し――「ちょっとストップ神永さんヤンキー出てる!! ヤンキー出ちゃってるから!!!!」と言いながら冷や汗止まんない。ヤバイ、これは、ヤバイ。 に甘々な甘やかしの天才、というかカンストが、そのの前で怒ってますって顔見せるのもそうだけど、テーブルぶん殴るとかそんなヤンキー丸出しの「……一人で、なに?」…………。 神永さんの低い声に、の丸い瞳がじわりと歪んでいく。 「っひ、とりで、できる、」 「何を?」 「な、何をって、」 ああああ〜ヤバイヤバイ〜〜ッ!!!! こうなってはさすがに、と私はついつい口を出してしまった。 「かっ、神永さ、あ、あの、お、落ち着きましょう? ね? も酔っちゃってるだけですから、何も本気で神永さんいらないとか言ってな――」 「きみは、少し黙っててくれるか?」 …………ごめん……。 「……で、ですよね! すんません続きをドウゾ!!!!」 はぁ、と溜め息を吐くと、神永さんは小さくなっているを横目でちらりと見て――すぐに視線を外した。……ヤバイめっちゃこわい。 「俺があれこれするのはさ、ちゃんが好きで、ちゃんにはいつもにこにこしててほしいからなんだよ」 を見てみると、一生懸命堪えてはいるけど――今にも涙がこぼれ落ちそうああ゛ァぁあこんなはずじゃなかったのにッ! 毎週金曜のこの飲みはッ! 神永×のラブラブいちゃいちゃエピソードを更新する楽しい時間なのに……ッ!!!! しかしさすがの私も空気を読んで、神永さんの言葉に耳を傾けるしかない。 ちなみにお姉ちゃんたちもびっくりしたようで、ただその場に突っ立っている。いや、もうどうでもいいわアンタらは……こうなっちゃったらもう何もかも手遅れだから……(絶望)。 神永さんは、のほうへは一切視線を動かさない。というか、難しい顔でテーブルの一点をじっと見つめている。…………もうこの場の空気と同化するしかない……。私も自然と視線をテーブルに落とした……。 「俺はちゃんにはなんでもしてあげたいと思ってるし、だからつい手が出ちゃうんだ。俺が好きでしてることなんだから、それでちゃんのことを面倒なんて思ったことないよ。……ちゃんのほうが思ってるんじゃないの? 俺があれこれするの、めんどくさいなって」 神永さんの言葉に、は声を張り上げた。 「お、思ってないっ! ……おもって、ないけど、でも、」 神永さんが「ちゃんが嫌なら、全部やめるよ」と言うと――。 「……こら、なんで泣くの。笑っててほしいって言ったでしょ」 「だ、だって、か、かみながさん、おこっ、おこってる、」 小さい子どもみたいにしゃくり上げて泣くを見て、神永さんはまるで自分が傷ついたように表情を歪めた。 「……、ごめん、俺が悪かった、怖かったよな、ごめん」 「わ、わたしがわるくて、」 「俺が悪かったんだ、言葉選びも間違った、ごめん……」 ……ごめん、待って? 待って待って今何が起きて「――、こっちみて」…………?!?! 「ンぐッ! ンん゛ッ?! 〜ンんん……ッ」 思わず叫び出しそうだったが、なんとか堪えた私を褒めてほしい。もちろんテーブルバンバンだって我慢した。めっちゃえらい……。だってさ? だってさ???? 見て?!?! 「……やだ、みない、」 「やだ、見たい」 「だって……っ、」 神永さんはちらりと私を見ると、たった一言。 「……おいきみ、何を考えてるのかは分かるが――見るなよ」 私は「オッケーどうぞ」と言うのと同時に目を閉じた。 その代わり聴神経めっちゃ研ぎ澄ます(真顔)。 「――んっ、ま、まって、かみながさ、」 「……好きだ、愛してる。きみしか見てない」 「……っご、ごめんなさい……っ」 「じゃあ正直に答えて。……俺のこと、好き?」 「……うん、すき」 アッもう無理もう無理でも堪えなくては……ッ! と私は口元を全力で覆って呼吸も止めた。 それから数秒……。 「――もういいぞ、きみ」 「ッはぁ〜〜!!!! 萌え死ぬかと思ったやっぱ神永×最高これが噂の痴話喧嘩か……生きてるうちにというかそもそも現場に存在できるとか思ってなかった最高……」 そうか……前に言ってたケンカって、こういうのなのね……。妄想だけでもものすんごい盛り上がれたけど……こうして現場に居合わせちゃったらさ、もう自分の能力の低さに気づいたわ……レベルが違う……。いやね、二人ともガチでケンカする気はあるんだよ……っていうか今回のコレは、お互いに結構マジでキレてたんじゃないかと思う……。でもそれ以上に愛情とそれゆえの感情の爆発が心底かわいいって気持ちが勝っちゃってこういうことに……(血涙)……。ダメだ、もうこんなのただの最高じゃん……(拝み)。 思わず合掌していると、「――それで、きみたちはいつまでそこに突っ立ってる気だ? もう充分だろ。悪いが、これ以上は見せてやれないんでな」と冷たい皮肉たっぷりの言葉を聞いたお姉ちゃん二人は、顔を真っ赤にしてバタバタと去っていった。……まぁなんていうか、手を出す相手を間違ったなとしか。 「……よかったんですか、ちゃんのかわいいキス顔とか見せちゃって」 神永さんは「いいわけない」と不機嫌そうに即レスしてきたが、続けて「……でも、ああでもしないとちゃんが泣き止まないだろ」とか言うのでホント……。 「……さっすが彼氏力カンストの溺愛はレベルが違う……――って?」 いつの間にか神永さんの肩にもたれて、甘えんぼさんモードになっているかわいい(真顔)。 すると神永さんは甘く目を溶かして、の髪を耳にそっとかけた。正直パシャりたい……。 「もう半分くらい眠かったんだよ、ちゃん。なのにああいうのが来るから、余計に機嫌悪かったんだ」 「……な、なるほど……」と応えながら、カンストっていうか神永さんってホンッッッットにハンパねえなヤバイ……という感想。 私だっての表情でいくらか分かることはあるけど……そんなに事細かに意識して見てない……。さすがお兄ちゃん枠。常に甘やかせるタイミングを今か今かと窺い、ここだという最高値のポイントを誰よりも早く押さえる……もっかい言うけどマジでハンパねえ……。 の頬をそっと一撫でして、神永さんは甘く、「ほら、ちゃん、もう帰るよ」とに声をかける。 「――ん、んー……」と寝ぼけまなこなキューティーエンジェルちゃんに、今度は耳元で「……今日は泊まるから」と…………ンん゛んん゛ッ!!!! 「ん、……ほんと……?」 「ほんと。ほら、立って」 「んん、」 ゆるゆると起き上がろうとするも、眠さが勝ってしまっている様子の。 これじゃあ帰るにしても……。 「あー、、一回トイレ行く? 神永さん、私連れていきま――」 「いい、このまま連れて帰る」 神永さんは荷物をテキトーに腕に引っかけると、を抱き上げた。私はとりあえずスマホを構えた。 「オッケー写真撮っていい?」 「いいわけあるか。……どうする、きみも一緒に乗ってくか? タクシー」 「……邪魔すんなって顔しといて何を……。まだ飲んでいきますよ」 すると、をぐっと抱え直してから、スーツの内ポケットに手を伸ばす。ちらっとマネークリップに挟まれたお札が見えてしまったので、「じゃあ――」と言い出す神永さんに首を振る。 「いいですいいです、最高だったからこれ以上の褒美はいらない」 「いや、迷惑をかけただろ、受け取ってくれ」 引っかかった。 私は思わずニヤァッとしてしまった。 「じゃあいつからのこと呼び捨てにするようになったのかだけ聞かせてもらえますか」 神永さんは呆れかえった表情で、「……あのなぁ、きみ……」と言って眉を寄せたが、私は譲る気などない。そして礼をさせろ、受け取れと言って借りを作りたくないのは神永さんの事情であるからして――。 「それしか受け取る気がありません私」 神永さんはこれでもかというほどに苦く、そして居心地悪そうに呟いた。 「…………付き合い始めてすぐだ」 「へえ、具体的に言うと?」 「っそんなことまで言うか!!」 …………ほ〜ん???? 「なるほど察した。でも、それなら普段から呼べばいいのに。……なんで?」 ニヤニヤする私に、神永さんは「……きみのこういう好奇心ってやつはマジで……」とか今更なことをぶつくさ言いながら、「……察したなら分かるだろ?」とか……そんなんでこの私が納得するとお思いか???? 「分かりますけどどうぞ」 すると、眠たげなが神永さんの首筋に甘えるように擦り寄って、「ねえ、――くん、」と、神永さんの、名前を…………アァアアああア゛ァ!!!! そして神永さんの止めの一言に、私は静かに合掌した……。 「……ベッドでしか呼ばないからだよ。――ちゃん、それはあとで聞くから、ほら、ばいばいは?」 神永さんに促されて、が「ん、ばいばい、」と私に手を振ってくれるが、神永さんが逃げるようにさっさと背を向けて歩き出すので――私はあえて明るく声をかけた。 「……うんちゃんばいばい〜!! 神永さんと永遠にお幸せにね〜!!!!」 ッはァ〜〜〜〜! とりあえず土日はこのネタをレポートにまとめることに費やそう(真顔)。 |