は、オレが思うにまぁバカな女だ。オレみてェな男を全面的に信じている。オレをどこまでも肯定して、きっとオレが行けと言うのなら地獄にだって堕ちるだろう。いつだったか、お優しく蔵馬が「悪いことはいわない。幽助からは離れたほうがキミのためだよ」と忠告したのにも関わらず、オレから決して離れない。それならばキミのほうから突き放してやるべきだと言った蔵馬に、オレは思わず笑った。彼女はオレたちとは違う。彼女のことを思うのなら離れるべきだ。離れるべき? オレとが? そんなことは到底無理な話だ。オレはを手放す気はないし、もオレから離れるはずがない。ほんの子供のころから兄と慕ってきた蔵馬の忠告にだって耳を傾けることなく一蹴したのだ。はオレのモンだ。

 「幽助、オレは分かってる。キミは別にじゃなくたっていいんだろう。キミの心の空白を埋めるのに必要な“誰か”なら、他を当たってくれ。は、こちらに引き込んでいい存在じゃない」

 「へェ。じゃあおまえもさっさと“兄貴”を気取るの、やめんだな? なァ、蔵馬よォ。まさかオレにだけアイツと関わるななんて言わねェよなァ」

 「……キミとを引き離すのに必要なら、オレはなんだってする。でなくちゃいけない理由が、キミにあるか? 彼女を本当に愛してやれるのか? 幽助、そうならオレは何も言わないさ。でも、キミはそうじゃない。だから他を探せと言ってるんだ」

 ヒトじゃないテメーがずっとそばに置いてたくせに、どの口が言ってんだかな。そう思ったが、オレは言わなかった。蔵馬の言っていることは正しいからだ。クソつまらねェ毎日に彩りを加えてくれる存在でありさえすれば、それはじゃなくたっていい。現にオレには幾人も“女”がいるし、そのときそのときでインスタントに済ます夜だってある。じゃなくたっていい。代わりは他にいくらでもいる。だけど、と過ごす時間がいちばん心地いい。とのキスがいちばんイイ。とのセックスが、最高に興奮する。“かわいい妹”であるしか知らないから、蔵馬はつまらないことを言うのだ。

 「なんなら“一晩”貸してやろうか? を」

 「幽助! ふざけるのも大概にしろ……! はおまえのオモチャじゃない! 意思のある人間なんだぞ……それをおまえは……」


 「秀ちゃん? どうしてここに……それに大きな声出したりして、どうしたの?」


 蔵馬はハッとして声の持ち主のほうへと振り返った。その髪は濡れていて、頬はほんのり色付いている。そうだ。おまえのかわいいはもうオレのモンで、昨日の晩はそりゃあかわいかったぜ。もちろんあんな顔もあんな声も、おまえは知らないだろうが。オレはますます面白くなって、やっぱり笑った。癇に障ったらしい蔵馬が、の腕を引いた。

 「……、話はあとだ。帰るよ」
 「どうして?」
 「いいからここを出るんだ。いいね? 荷物を持っておいで」

 ちらっとがオレに視線を寄越したのは分かったが、オレは気づかないふりをした。がどうするのかなんて分かりきっていることだ。

 「……分かった。秀ちゃんが言うなら帰る。……幽助くん、ごめんね」

 利用されているのは――インスタントな関係をオレに求めているのは、のほうなのだから。オレが悪人みてェに蔵馬は思ってちっとも疑いやしないが、おまえの“かわいい妹”はとんでもねークソビッチで、それもこれもを“妹”と扱うおまえが悪いんだぜ、蔵馬。

そう言ってやりたいのは山々だが、オレもオレでそういう悪趣味なコトが大好きなモンでやめられない。だから言わない。これを終わりにするくらいなら、オレはどんな悪人にでもなってやる。

がオレを信じているのは、この関係をオレが終わりにさせる気がないと知っているからだ。お互いに利害が一致している。蔵馬の“女”になりたいと、とにかく“気持ちイイこと”がしたいオレ。ある意味でオレたちは本当にお似合いだろう。そんなこと、鬼の形相でオレを睨みつけながらを急かす蔵馬は、知りもしない。もしかしたらこの先も知ることはないかもしれない。は蔵馬の“女”でありたいと思っているが、“純粋無垢”であることを望んでいるから。曰く、蔵馬にはそういう女でなくちゃ釣り合わないらしい。だから、“悪い男に利用されてる”自分を演じている。蔵馬のほうが、オレよりもずっとアブないぶっちぎったヤツだとオレは思うが。

 「秀ちゃん、幽助くんに用があったんじゃないの? それならわたし、一人で帰れるから」

 「いや、一人では帰せないよ。もう暗い。オレが責任もって送る」

 は内心飛び上がって喜んでいることだろう。蔵馬の前でこそ、女になりたいのだから。自分を妹のようにしか見ていない蔵馬が、唯一を女であると認識するのは、オレのこの部屋でだけだ。もしかしたらここを出たあとも、色々と考えているかもしれないが。そんなこと、オレにはどうだっていい。そんなことより、「幽助よりもオレを選べ」といつ蔵馬が言い出すか、そのことだけが重要だ。オレはこの関係をどこまでも続けていきたいのだから。蔵馬が「オレにしてくれ」とに言ったなら、もちろんアイツは迷うことなく蔵馬を選ぶ。オレとはお似合いのろくでなしだが、の場合は揺るぎない目的がある。蔵馬を振り向かせること、たった一つそれだけ。オレから見れば、もうその目的は達されているように見える。あとはもう今の状況を蔵馬がどう捉えるか、自分の気持ちに名付けるならどうするか、それだけですべてうまくいくことだろう。でもオレはとにかく“気持ちイイこと”がしたい。そしてそれを味わう相手は、がいい。だからどうともしない。に協力するようなふりをして、こちらに引き込んでいる。蔵馬に親切してやる気も毛頭ない。こんな気持ちイイこと、一体誰が好き好んで他にくれてやるっていうんだ。

 はいつかは――蔵馬が自分を“女”と認めた瞬間、あっさり俺から離れていくことだろう。「幽助くん、ほんとうにありがとう」なんて言って。可憐なふりしたクソビッチのくせして、去り際が綺麗なモンだと疑いもしていない。俺が「おまえを放す気はない」と言ったときのの反応が楽しみだ。

 でも、分かっちゃいる。好きな男を振り向かせるという目的一つのためだけに、易々と体を他の男にくれてやるだけの女なのだ。俺が何を言ったとして、何をしたとして、の意思は変わらないだろう。ほんの小さな子供の頃からずっと、蔵馬しか見ていない女なのだ。インスタントの俺に勝算なんてモンはない。

 さて、どうしたもんかなァとタバコを咥えると、支度を終えたらしいが現れた。笑える。純白のワンピースだ。蔵馬はの肩に自分のジャケットを羽織らせて、「話はまた今度にしよう。……幽助、キミとオレと二人でだ」と言いながら玄関へ向かっての手を引いた。

 「話し合いってのはしても構わねえけど、肝心のがいなくちゃ話にならねェと思うぜ」

 俺がそう言うと、先に靴でも履いていろと蔵馬はを場から遠ざけた。

 「それをキミに決める権利はない。オレにはを守ってやる使命があるんだ。キミのような男のそばへは、少しでも近づけたくないんだよ。……こんなこと、言いたくはなかったけれど」

 蔵馬は「傷つきました」と言わんばかりの悲愴な表情を見せたが、それはこっちのほうだ。好きな女にいいように使われて報われない、その女は自分の幸せを掴みかけている。地獄に行けと言うのはで、堕ちるのはこのオレだ。

 なァ蔵馬、おまえにオレの気持ちが分かるか?






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