「お嬢様、お目覚めの時間でございます」 僕の一日は、まず麗しの姫君に朝の到来をお知らせすることから始まる。 もちろん、程よい温度に蒸したタオルと、とびっきり濃い目に入れたコーヒーをしっかりご用意して。 「ん、せりざわ……、おはよう、」 「はい、おはようございます。お目覚めはいかがですか?」 「わるくないわ、ん、ありがとう」 「いいえ、勿体ないお言葉にございます」 蒸したタオルをそっと瞼に乗せて差し上げて21秒きっかり、お嬢様のお手からタオルをお預かりする。 次はとびっきり濃いコーヒーを、お嬢様お気に入りのカップへ注ぎお渡しし、ご感想を頂く。 「美味しいし目も覚めた。ありがとう、芹澤」 「お褒めに預かり光栄にございます、お嬢様。それでは、お着替えのご用意を」 「ええ、お願い」 15の時より、旦那様から直(じか)にお嬢様の執事を仰せつかり、早11年。 初めてお顔を拝見したあの日より、僕の心はお嬢様ただお一人のもの。 しかし、どんなにお嬢様を恋しく想っても、僕はお嬢様の執事。 この想いを打ち明けることなど出来はしない。 けれど、お嬢様の為に持てる力全てを使いご奉仕させていただき、畏れ多くも感謝の言葉を頂くことの素晴らしさ! 僕は、お嬢様に朝をお知らせし、お嬢様に「ありがとう」とお声をかけていただける、ただそれだけでもう胸がいっぱいで、このお方の為ならばどんな命(めい)であれども聞き入れて差し上げよう、どんな望みであれ叶えて差し上げようと思うし、僕はこの胸にそう誓っている。僕の、唯一無二のお方、僕がお仕えする、僕だけのお嬢様。遥か昔より、家にお仕えすることが使命である芹澤の家に生まれ、そして初めてお仕えすることになったお方があなたであったことはきっと運命!神がお定めになった運命に、誰が抗えようか!あぁッ、お嬢様……!僕は、僕は……っ、僕は!生涯お嬢様だけに誠心誠意お仕えし、そしてお嬢様を必ずや「芹澤」 「っは、はい!な、何か不備でも?」 「……いいえ。あなたこそ、何か考え事でも?」 「(ぎっくーん!)い、いえっ、何も。お嬢様の御前で失礼を……、お許し下さい」 「構わないわ、あなたも悩み事も一つや二つあるでしょう。気にしないで続けて」 「……、」 昨夜、お嬢様自らお選びになった本日のお召し物をご用意し、畏れ多くもそのお召し替えをお手伝いさせていただく。もちろん、僕のような男の目に、お嬢様の珠のごとく透き通った肌を映すなどもっての外であるから、僕がお手伝いさせていただくのは、その美しいお御足に靴を履かさせていただくこと、ジャケットに袖を通すのに手をお貸しすることくらいだ。それ以外は、お嬢様のご命令に従い、後ろを向いてその場に待機している。……お仕えし始めた当初から、手伝いが必要になるまでは、僕のことはお部屋の外へ置くようにと何度もお願い申し上げているのだけれど、聞き届けて下さらない。僕としては、信頼して下さっているのだろうかと嬉しくも思うが、男としては微妙な心境だ。お嬢様にとって、僕はただの執事でしかないと分かっていても。……それに、こう、微かに聞こえる衣擦れの音がなんとも……! 「芹澤、終わったわ、」 「、はい、お嬢様」 「靴を履かせてちょうだい」 「仰せのままに、」 僕だけがお守りする、僕のお嬢様。 僕だけの大事な、僕のお嬢様。 朝も昼も夜も、ずっとずっとお傍に。 切なく、時に苦しくもあるけれど、恋のときめきがそこかしこに溢れる甘い日々。 僕とお嬢様、二人だけの日々が、僕だけがお嬢様をお守りする日々が、ずっとずっと続くと思っていた。 そんな僕の甘酸っぱい夢を壊したのは他でもない、僕がお慕いする、お嬢様の一言だった。 |