「あなた、いい加減にして下さい」
重い溜息を吐いて、はそう言った。
それにむっとしながら、オレは口を開く。
「なんでそんなに怒るんだよ。今日は記念日だ。構わねーだろ」
「だからどうしてそういう考えになるんですか?あなたボスでしょ」
「それとなんの関係があるって言うんだよ。ボスだったら結婚記念日祝っちゃいけねーのか?」
「そんな風に言ってないでしょう? ただ、それを理由に仕事を休むのはやめてって言ってるの」
「同じじゃねーか! ……なんだよ、オレはお前の喜ぶ顔が見てーだけなのに……、」
今日の為に、何日か徹夜もした。ただただ、お前に喜んでほしくて。
今日の為に、ディナーも予約した。特別な日だから、二人っきりの貸し切りにだって。
じっとオレを見つめたかと思うと、は黙って部屋を出て行った。
テーブルを思いっきり殴ってみたが、拳は痛みを感じない。
ただ、胸が詰まったような感覚だけが、これが現実なんだとオレに言っているようだった
Love
Sick!Medicine?:熱愛メモリーズ!
「ボス! どうしたんですか? 今日は休まれるってロマーリオさんから聞いてたんですけど」
最近ウチに入ったばかりの日本人、瀬田皐月(セタ・サツキ)はそう言った。
一拍置いてから、オレは口を開く。
「いや、今日も出ることにしたんだ」
オレの答えに、サツキは困ったような顔をした。
そして遠慮がちに、でもはっきりと言った。
「……自分は、先日ロマーリオさんから、今日がボスと奥様の結婚記念日だと聞きました。
今日はお二人でお祝いをするんだと思ってたんですけど、自分の思い違いですか?」
返答に困ったオレは、ただ、ついて来い、とだけ言った。
***
「――――なんか話を聞いてると、主導権はいつも奥様にあるんですね」
オレのプライベートルームで、つい1時間程前の話をするとサツキはそう言った。
傷心なボスを励ますとか、なんかアドバイスするとか、コイツにはそういう選択肢ないのかよ……。
まぁ……年下の男から励まされたり、アドバイスされんのも、なんかな……。
そりゃあオレにだって、プライドとかはそれなりに備わってるし!
「……、まぁ、そうかもな、」
「! や、その、変な意味はなくてですね……!」
慌てて何か言葉を探すサツキに、ホントにいいんだと言うと、サツキは渋々黙った。
「……ホントにそうなんだ。主導権は、いつだってアイツのものだ」
「、どうして、ですか?」
「そりゃあ、アイツがオレの嫁さんになってくれたのは――――」
2年前の今日のことは、今でも鮮明に憶えてる。
これから先、死ぬまで……死んでも、きっと忘れられない、大事な思い出だ。
なぁ、オレにとって、お前と出会えた今日はホントにホントに、かけがえのない奇跡なんだ。
***
「ふーっ、こんだけ久し振りの休みだと、逆に何すりゃいーか分かんねーな、ロマーリオ」
「そうだなぁ……。ま、それくらいヒマな方がいいじゃねぇか。平和ってことだ」
長期でかかっていた大きな仕事を終え、久し振りの休み。
どうやら今日は祭りらしい。
誰もが浮かれていて、賑やかだ。
オレが思う、皆が笑っていて楽しい平和そのもので、自然に笑みが零れる。
「なぁボス、そろそろ嫁さんでももらったらどうなんだ?」
「、はぁっ? な、何言ってんだよお前! 結婚なんかまだ早いに決まってんだろ!」
「いい人、いねぇのか?」
「いるかよ! それにオレは……っ、なんでもねー!」
結婚、というものにはいくらか理想がある。
まぁ誰だってそうだと思うが、オレは、オレが一番愛した女と結婚したい。
この世の何よりも大事だと思えて、何よりも、誰よりも守りたいと思った女と。
近頃、勢力拡大の為の結婚が多々あるようだし、そのうちそういう話題を振られるとは思ってた。……けど!
「まぁ、無理にすぐ結婚しろとは言わねぇが、早いとこ身を固めて損するこたぁねぇ」
「……ま、そりゃそうだな。……だけどな、ロマーリオ。オレは――――」
今まで見たきた女の中で、一番いい女だと思った。
優しく細められた瞳が、きれいで。
「っ、悪いロマーリオ、用事が出来た!!」
「おっ、おいボス! どこ行くんだ!!」
身体が勝手に動いた。
オレにはこの女しかいねぇ!って。
顔立ちからして、彼女はジャッポネーゼだ。
でも、ジャッポネーゼにしては色素の薄い髪だと思う。染めてるのかもしれない。
それにしても、なんなんだ。
なんでこんなに。
「っ、はぁ、観光か、何か、か?」
「……ナンパ?」
「なっ、ナンパじゃねぇ!」
「……じゃあなんなんですか?」
「お前に、一目惚れした」
彼女がびっくりしてる間に、その細い腕を引いて人波の中を走った。
隙間を縫うようにしながら、速く、速く。
右手からの温度だけを感じて。
***
「っ、一体どういうつもりですか?!」
「別に、やましいことなんか考えてねーよ。ただ、さっきも言ったろ? オレはお前に一目惚れしたんだ」
「、それとこれとは違う!」
彼女の隣にいて、彼女の声を聞いてる。
会って間もないどころの話じゃないが、オレはその声が好きだな、と思った。
「なぁ、観光なんだろ?」
「……だったらなんだって言うんですか」
「オレ地元人だし、案内してやるよ! この辺のイイとこ」
「、はぁ?」
「雑誌なんかに乗ってねー穴場スポット、連れてくよ」
疑いの眼差しを向けながら、彼女は重い重い、そして深い溜息を吐いた。
「つまらない場所へ連れて行ったら、警察に突き出しますからね」
「! 構わねーよ! 絶対に退屈させねーから。さっ、行こうぜ!!」
そしてまた走り出した。彼女の手を引いて。
***
「……今日はどうもありがとうございました。どこも素晴らしかったわ」
「そっか。ならよかったぜ! オレも、お前の笑った顔が見れて楽しかったし」
食事をしたり買い物をしたり、彼女の手を引いて色んな場所へ行った。
オレにとっては慣れ親しんだものばかりだったのに、今日はなんでか全部が特別だった。
「何かお礼をしたいけど、ごめんなさい。今日はもうホテルに戻らなくちゃ」
「……なぁ、いつまでイタリアにいるんだ?」
曖昧に笑って、彼女は短く言った。
「、あまり長居は出来ないの。大事なことを先延ばしにして、こっちへ来てしまったから」
「そう、か」
夕陽が、一番綺麗に見えるこの場所。
鮮やかなオレンジ色の夕陽は、彼女を同じ色に染め上げている。
ここら辺で一番綺麗な夕陽をバックにして、彼女は薄く笑った。
優しく細められた瞳には、オレが確かに映っている。
「それじゃあ、「なぁ」
困ったような顔をする彼女に、オレは言った。
ほんの少しの期待を込めて。
「晩メシ、一緒に食おうぜ」
***
「……、い、ま、なんて、」
夕陽をバックにした後は、夜景をバックだ。
夜景の見えるロマンチックなホテル。こういう場所でじゃないと、カッコつかない。
なんたって、一生にたった一回の特別な告白だ。
彼女は驚きを隠すことなく、呟くように言った。
それにオレはもう一度同じ言葉を繰り返す。
彼女の瞳を、まっすぐ見つめて。
「オレと、結婚してくれ」
困ったような、戸惑った表情だ。
それでいて柔らかく、照れるようにも見える。
「……、普通、ここで頷く人はいないわ」
「世間一般の答えなんて聞いてねーよ。オレは、お前の気持ちに聞いてる」
視線が、かち合った。
「……、ここで頷かないと追いかけるって顔に見えるわ。……追いかけられるより、一緒にいた方がマシね」
「! そうだな、お前が頷かなきゃ日本まで追いかけてやる! オレは、お前じゃなきゃダメなんだ! 一緒にいてくれ!!」
「っ、わ、分かりましたから! 静かにして下さいっ」
勢いよく立ち上がって、テーブル越しにキスをした。
拍手と指笛が、近くのテーブルから店全体に響いた。
「、っ、な、何考えてっ、」
「好きだ好きだ好きだ! オレはお前を愛してる!」
「分かりましたから黙って下さい!! ……、それと、です。……あたしの、名前」
愛してる愛してる。
オレにはしかいない。
コイツのこと、一生愛し続ける。
***
「――――へ、へぇ……。な、なんかすっごい、めっちゃくちゃな話っスね!」
「めっちゃくちゃぁ?! こんなイイ話他にねーよ!」
出会ってからプロポーズまで。
オレと、二人の話を一通り聞いたサツキは、引きつった笑顔でそう言った。
「っや、だって普通、「あ、あの人美人だなぁ……」とか思っても声かけないじゃないですか!
ってかそのままどっか連れてくとかありえないですよ……さすがボスですね! 尊敬します!!
でも、よくケーサツに突き出されませんでしたねー。イタリアってそんなモンなんですか?」
「……、だ、だってお前、そこで声かけなきゃ終わりだろ? ……それに、
オレは間違ってなかったと思うぜ。あの時、に声かけたこと」
あの時、思うままに行動してなかったら、今のオレはいない。
何よりも守りたいと思うものが出来て、無茶はしなくなった。
無茶をしなくなって、キャバッローネも安定した。
キャバッローネが安定して、同盟ファミリーの中でも第3勢力にまでなった。
「……あの時、他のどんなヤローにも譲れねーって思ったんだ」
の柔らかい照れたような表情が、ふっと浮かんだ。
憂鬱になって、重い溜息を吐き出す。
「……ボス、奥様の所へ行って差し上げて下さい。……もったいないですよ。もったいない!
だって今日は、ボスにとっても奥様にとっても、すっげぇ大事な日じゃないですか!!
オレの考えですけど、奥様もホントはボスと一緒にいたいんだと思います。
でも、最近ウチのシマで落ち着かないこともあるし、オレ達ファミリーのことを考えて下さったんですよ。
この忙しいのに、ボスが休んだりしたらオレ達の士気にも関わるんじゃないかって!
これは全部オレの考えですけどね? オレの考えですけど!! ……でも、いいんですか……?
もし、奥様がこう考えてるとしたら、こんないい嫁さんほっといていいんですか!?
しかも記念日ですよ? いいわけがないじゃないっスか!! や、これはオレの考えっスけど!
でも多分、噂で聞く奥様なら、きっと同じように考えてるんじゃないですかね。
つまり、結局ボスも奥様も二人一緒にいたんですよ! だって結婚記念日っスよ?!
……それなのに二人一緒にいないなんて、もったいなさすぎます!!」
言い終えた瞬間、サツキの顔はどんどん青ざめていった。
そして勢いよく席から立ち上がると、勢いよくテーブルに額を打ちつけた。
「、お、おい、サツ「もっ、申し訳ありませっ!! 〜っ、痛、ぅ、」
多分コイツは、オレに対して生意気言ったと思ったんだろうな。
そんで頭下げようとしたら、勢い余ってテーブルにデコぶっけた。
「……っく、お前、面白いヤツだな、ホント」
「っ、あ、ありがとう、ございま、す、」
席を立って、サツキの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
サツキは目を見開いたまま、硬直状態だ。
「サンキューな。お前のおかげで目ぇ覚めた」
そう言って部屋を出た。
扉の閉まる音を合図に、走り出す。
速く、速く。
1秒でも速く、お前の隣に行きたい。
それで、お前の優しい気持ちを分かってやれなくてごめんって謝って。
それで、ロマーリオ達に頭下げて、今日だけ休ましてくれって頼んで。
それで、明日からはまた、頑張るから。今まで以上に、頑張るから。
だから、抱き合って、キスして、愛してるって言い合って、今日を終えよう。
+@(結婚記念日 翌日)
「ったく、ホント手のかかるボスだぜ」
「わ、悪かったな、手ぇかかって!」
「ホントのことでしょ? ……今回も迷惑かけたんだから」
「、、」
「いや、いいんだよ姐さん。シマでのゴタゴタっつっても、チンピラが悪戯しただけのこと。
大げさな話じゃねぇんだ。逆に、手のかかるボスがいなくてスムーズに仕事が終わったぜ」
「、でもね、ロマーリオ、こういうことはちゃんとしておかないと、」
「いいんだよ。それより、今日は姐さんとボスの結婚記念パーティーだ。シケた顔すんなよ」
「……、そう、ね。……それより、どうしてあたしだけホールに出ちゃいけないの?」
「っや、べ、別にいけねーってわけじゃねーけど……)」
「なぁボス、いつかは会うことになんだぜ?それに、姐さんは興味ねぇよ(ボス以外の男なんか)」
「何が?」
「なな、なっ、なんでもねー!(余計なこと言うな!!)」
「サツキなんか、早く会わしてやりてぇなぁ……。アイツ、姐さんに会ってみてぇんだと」
「サツキって……、あぁ、この前入ったっていう日本人の男の子? あたしもぜひ会ってみたいわ」
「ホールの出入口ら辺にいるんじゃねぇかな?」
「本当に?あいさつに行こうかしら」
「いい!そんなことしなくていい!! お前はここでオレと一緒にいればいい!!」
(ロマーリオが指揮した結婚記念パーティーは、盛り上がって盛り上がって、結局朝まで続いたそうな)
***
相互夢として、伊吹さんへ贈ります。
伊吹さんのみお持ち帰り可能です。