スポンサーであるボンゴレが、クラブで大きな力を持っている事は確かだった。だが、レディナイトダンスを実際に取り仕切っていたのは、随分年老いた男だった。偽名である事は明らかだったが、そういう社会であったし、追及する者などいなかったので、本名は誰も知らない。もしかしたら、プリマドンナのは知っていたかもしれないが、私は彼女からそんな話を聞いた覚えがないので、分からない。さて、其の男の名から、話を始めようと思う。男は、セーネ(老人)と名乗っていた。私達も彼をセーネと呼んでいた。




をレディナイトダンスへ引き込んだのは、セーネだった。




と、から聞いた事があったし、セーネもそう言っていた。は、其の事を感謝していると言っていた。セーネは、其の事を申し訳ないと言っていた。私としては、が其れで良いと思うのなら良いと思ったので、セーネの涙の理由は分からなかった。確かに、プリマドンナになって、彼女が苦労した事は確かだ。だが、其の苦労を彼女は楽しんでいたし、何かトラブルが起きる度、彼女はとても嬉しそうにしていた。




彼女は少し、変わっていたのだ。




普通の人間の持つ価値観、とは違う価値観を持っていた。

普通とは違う様に物事を見る眼を持っていたのだから、それは至極当然なのだが。

其の事は彼女自身自覚があったし、彼女を本気で求める男達もまた、同じだった。




其の事をは喜んだが、セーネは其れを、深く、深く悲しんでいた。




みゆく線と、




「フランシス、今日のお相手はどうしようかしらね」




赤い唇で、緩やかなカーブを描く。
女はそう言って、真っ黒な猫を優しく撫でる。
テーブルの上には、カードが三枚。




「あの人達の世界では、優先順位があるけれど、ここでは別でしょう?
誰を選ぶかは、私が決めることなの。ねぇフランシス、どう思う?」




三枚のカードを見つめて、フランシスが鳴いた。
浮かべた笑みをより一層深くすると、フランシスは彼女の膝から降りて、部屋を出て行った。




「私がこうすることで、あとどのくらいのものが壊れるのかしら」




美しい身体のラインが浮き出た、真っ赤なドレス。
其の裾を翻(ひるがえ)して、彼女も其の部屋を出て行った。




***




「今晩は俺を選んでくれたんだな、




シャンデリアの光を受けて、輝く金の髪。
其れを愛しげに見つめて、は微笑んだ。




「意地悪な仰りようね、ドン・キャバッローネ」
「意地悪なのはお前だろ、プリマドンナ。……いつも期待ばっかさせる」




ワイングラスを傾けて、男は笑った。




其の仕草に眉根を寄せると、は彼からワイングラスを奪う様にして取った。
そして其れから、ぱっと手を放す。
弾ける様にして、其れは破片となって散らばった。




「………なんだよ、怒ったのか?」




口元の笑みを悟られまいとしながら、男は黒い革張りのソファに腰掛けた。其の右足を跨ぐ様にして、がソファに膝を置く。真っ赤なヒールが小さな音を立てて、大理石の床に落とされた。がソファの背凭(もた)れに力を込めると、其れに気付いた彼が、笑った。




「……酷い人、」
「聞こえねぇ」




彼女の腰を引き寄せると、深く口付ける。
舌が絡んで吐息が漏れる度、ソファがぎしりと軋んだ。




「んん、っ、は、んぅ、」
「ん、、」




ドレスストラップを、彼の長い指が、するりと肩から外した。
其れに気付いたが口端を持ち上げたが、彼は、気付かない。




「あ、っん、ディ、ノ、」
「そうやって名前呼んで、何人の男を落としてきた?」




耳元で囁く様にして言うと、其の侭ねっとりと舐め上げた。
息を詰めたに気を良くして、彼女の身体をゆっくりとソファに沈めていく。




「そうやって意地悪ばかりするなら、いらない」
「拗ねんなよ。だってお前、俺がいくら口説いても靡(なび)いてくんねぇんだもん」
「んぁ、っ、ん、もう、話の途中っ、ん、」




ゆらゆら揺らめく様な動きに、は不機嫌そうな顔を作った。しかしディーノは、そんな彼女に素知らぬ振りをし、喘ぎが漏れぬ様にと口元を覆うの手の甲を、簡単に取り去った。




「声、聞かせろよ」
「んっ、今日は、どうなさったの?いつもの貴方じゃ、ないみたっ、んっ、あ、んん、」




彼女の白い身体を這っていた手は、ぴたりと、止まった。
難しい顔をしたディーノが、を真っ直ぐに捉える。






「………なぁ、今日は俺の他に誰がいた?」






其の言葉に、今度はが難しい顔をした。
そして真っ直ぐにディーノを見つめ、微笑みを浮かべる。




「それをお聞きになってどうなさるの?私はこうして貴方を選んだのだから、関係ないわ」
「関係あるんだよ。………もし、ボンゴレより俺を選んでくれたんなら、」




続きを遮るかの様に、猫の鳴き声が部屋に響いた。
眉根を寄せるディーノと、妖しい魅力を放つ唇を、ゆっくりと持ち上げる






「どうやら、我慢出来ないガットがいるみたい」






覆い被さっていたディーノの肩を、はやんわりと押し上げた。
小さく舌打ちをしたものの、ディーノは素直に彼女から離れる。




「なぁ紫苑、お前からもツナに言ってくれよ。……レディナイトダンスを俺に買わせてくれって」
「ドンは、私の意見なんて聞いて下さらないわ。それより、名残り惜しいけれど、もうお別れ」




はそう言って乱れたドレスを直すと、ディーノにそっと口付けた。
何とも形容し難(がた)い表情を浮かべ、彼はの指先に口付けを返すと、ぽつりと呟いた。




「資金援助するだけでお前を独占出来んなら、俺はこの店買い取るっつってんのになぁ、」
「ボンゴレが買い取ってるも同じでしょう?取り仕切ってるのはセーネでも、店の権利はボンゴレにあるんですから」




口紅を引き直した唇は、くすりと笑みを漏らして言った。
ディーノは苦笑して、扉へと言葉を掛けた。








「ツナ、俺にを譲ってくれよ」








重い音を立てて、扉が開かれた。若いカメリエーレ(ウェイター)は、男に礼を一つ、ディーノとに礼を一つすると、其の侭去って行った。其の様子を最後まで見届けてから、沢田綱吉はたっぷりと余裕を含ませた笑みで、答えた。




「いくらディーノさんでも、無理な話ですね」




ディーノはへらりと笑ってから、ゆっくりと、目を細めた。沢田綱吉も、すっと目を細め、浮かべた笑みを濃くする。
其の様子を見て、音も無く駆け寄ってきた猫を抱き上げると、は笑った。男達は其れに、気付かない。




其の頃、レディナイトダンスのボスであるセーネは、
の自室に置いてあった三枚のカードに、頭を抱えていた。