…どっちを選ぶのが、正解なんだろうか…。 どこの世界にもいるだろう、なんのヘンテツもないフツーの女の子だった。フツーの家庭に生まれ育って、特別美人でもなく、特別頭がいいわけでもなく、特別スポーツができるわけでもない、ほんとうにフツーの女の子。 それなのに、わたしは一夜にして物語のお姫さまになってしまった。 事はある日、父親が真っ青な顔で帰宅してきたところから始まる。そもそもそこからおかしかった。いつも早くて23時、普通なら0時を回ってから帰ってくるお父さんが、夕飯時に帰ってきた。突然、なんの連絡もなしに。 おかえりなさい、今日は早かったのね。 そんなお母さんの声なんて、全然耳に入っていない様子だった。顔は真っ青で、もう今にも死んでしまうんじゃないかというくらい思いつめているようで、わたしとお母さんは顔を見合わせてどうしたのかと不安なまま、何も言わずただ息を切らして肩で呼吸するお父さんが何か言ってくれないかと、黙ったままその場に立ち尽くしていた。 それからどのくらい時間が経っただろう。 急にツカツカとわたしの目の前までやってくると、わたしの両肩をがしりと掴んだ。 「、ど、どうしたの、お父さん」 「、聞いてくれ…」 「聞くよ、だからちょっと落ち着いて、」 「落ち着いていられるか!っ、ううっ、父さんどうしたら…!」 急に怒鳴ったりそわそわしたり、普通じゃなかった。 「とりあえず一度座って、お茶でも飲んで落ち着きましょう、ね?」 お母さんの言葉にまた怒鳴り出しそうに大きく息を吸い込んだけれど、そうだな、とぽつり呟いて、お父さんはそれに大人しく従った。そしてお茶を飲んで、ようやく落ち着いたらしいお父さんは、重苦しそうに口をゆっくり押し開いた。 「…実はな…、…、お前に…会いたいって言ってる人がいるんだ…」 ぽかん。 隣に座るお母さんの方を見る。やはりぽかんとしていた。一度わたしを見てどうしようという顔をすると(これは完全に「お父さん、ついに忙しさで頭イっちゃったのかしら…」っていうどうしようだ)、それから不安そうにちらちらお父さんへ視線を送りはじめた。 「は?」 わたしがやっとのことでそう絞り出すと、お父さんは神妙な面持ちのまま、わたしの渾身の「は?」をスルーして話を続けた。…本当に忙しさで頭がおかしくなったんだろうか。今にも首でも吊ってみせそうな生気のない顔が、ぽつりぽつり言葉を紡ぐ。淡々としていて、まるで呪文みたいだった。 「お前と同い年の17歳と、一つ上の18歳。二人とも、男の子だ。お父さんの会社の取引先の社長の知り合いの息子さんと、父さんが勤めてる会社の、社長の息子さん」 お父さんの態度と、話の内容がまったく噛み合ってない。お父さんの様子がおかしい原因を知ろうと話を聞いているはずなのに、余計に謎が深まるってどういう?ちらりとお母さんを見ると、お母さんもわたしと同じようなことを考えていそうな顔をしていた。 「…う、うん。…え、なんで?」 「――――っちがいい」 「え?なに?」 「どっちがいい」 「…は?意味が分かんないよ」 「…結婚するならどっちだと聞いてるんだー!!」 ―――――はい?え、や、結婚んんんん?! ◎◎◎ 「っ、そ、某、真田幸村と申す!武田建築の信玄様の頼りで、こうして、っ殿の、御前に!」 顔を真っ赤にしながら彼―――真田幸村くんは、しどろもどろに言った。お父さんの会社の取引先である武田建築の社長、武田信玄さんは趣味で道場を開いているそうで、真田くんはそこのお弟子さんだという。なんでも実家も大層有名な道場らしいのだけど、修業の一環として真田くんのお父さんの恩師である武田さんの道場へ通っているんだそうだ。 そしてもう一人。お父さんの勤めてる会社の社長の息子さんである、幸村精市さん。 「幸村精市です、はじめまして。話は聞いてると思うけど、 君のお父さんが勤めてる会社の社長の息子だよ、一応」 柔和な微笑みを浮かべながら、わたしに握手を求めてくる。 なんとなく断りがたい雰囲気で、わたしは苦笑いを浮かべつつその手を握った。 「なっ、ゆ、幸村殿!!初対面の女子のてててっ、手を握るなど無礼であるぞ!!!!」 「無礼?どうしてかな?握手はあいさつじゃないか」 ……なんで、こんなことになっちゃったんだろう。 信じられない話だけれどこの御曹司二人……なんの取り柄もないどこにでもいるフツーの女の子のわたしと――――結婚したいのだと言う。 「あ、あのぅ、」 「なっ、なんでござろう!!」 「なにかな?」 体中の血液ぜんぶが沸騰でもしてるみたいに真っ赤になってる真田くんと、それとは対照的に落ち着き払って柔らかな笑みを浮かべている幸村さん。お父さんの手前、よく分からないこのなんちゃってお見合いを引き受けてしまったけれど…わたしはこの二人のどちらかと結婚、なんてまったく考えちゃいないし、そもそもなんでこの人達がわたしみたいな一般人とその…け、結婚したいとか血迷ったこと考えちゃったのかが分からない。有名道場の若様と、大手企業の次期社長。その二人の求婚相手が一般人て意味不明だ。 「……、あの、真田さん、と、幸村さんはその、…ど、どこでわたしのことを?」 わたしの言葉を受けて、まず幸村さんが口を開いた。 「うちの会社の創立記念パーティーに、君も来ていただろう?…一目惚れだったんだ。 ちゃん、君は俺の運命の人だ。どうか、俺の手を取って欲しい…」 そう言いながらテーブルから身を乗り出して、わたしの両の手を包み込んだ。深い色の瞳に、わたしの姿が映っているのがみえる。その眼差しは真っ直ぐだ。幸村さんは女のわたしなんかよりずっと綺麗なひとだ。これだけ近くに寄ってみても、肌荒れ一つ見当たらない透明感のある白い肌に、ツヤのある緩やかなウェーブのかかった藍色の髪。たぶん、おとぎ話の王子さまが現実にいるとしたら、こんな感じ。そう思わせる、上品な顔立ちのイケメン。しかも次期社長、お金持ちだ。お父さんから聞いた話だと、幸村さんはあの立海大付属高校のテニス部で部長さんを務めるくらいスポーツ万能で、その上成績も優秀な絵に描いたような出来た人。そんな人がわたしに一目惚れ?……信じろって方が無理だ。けれど、わたしを見つめる瞳は真摯で、嘘をついているようには到底思えない。 気まずくなって目を逸らすと、真田くんと目が合った。ぼっと火がついたように顔を赤くすると、きょろきょろと視線を彷徨わせ、それから大きく息を吸い込んだかと思うと睨みつけるようにキッとわたしへ視線を送ってきた。びくりとわたしが体を震わすと、今度はしゅんと捨てられた子犬のような顔をしてみせる。あまりにもコロコロ表情を変えるのでおかしくて、堪えきれずわたしはふっと口元を緩めた。 「っ、あ、そ、某はっ!」 「ふふ、」 「〜っ、そ、それがしは!…そ、その、某もあのぱーてぃーに、お館様の… 武田信玄様の供として参加しておりっ、そのとき、貴殿のお姿を拝見し、その…っ、」 真っ赤な顔で言葉を詰まらせながらも、なんとか会話をしようとしている姿がかわいい。ゆるい束縛から抜け出した手のひらを、すっと真田くんに差し出す。きょとんと首を傾げてみせて数秒、意味が分かったのかやっぱり顔をかあっと赤く染めた。 「っ、は、はれんちでござるぅ…!!」 ばっと顔を両手で覆って俯いてしまった真田くんは、その辺のアイドルも顔負けなイケメンだ。茶色のふわふわした髪と大きな丸い目がかわいい。エリート養成学校と名高いBSR学園で、剣道部のエースとして活躍しているんだそうだ。勉強が苦手というのは自他共に認めていて、中でも英語が一番苦手…というのは少し会話をしてみてなんとなく分かった。けれど、今時珍しいくらいに純情で素直ないい子。この子までわたしを好きだっていうの?……信じれるわけがない。差し出した行き場のない右手を下ろすと、はあ、と思わずため息をこぼした。 「…ちゃん、俺は本気だよ。今日初めて顔を合わせた人間の言うことなんか、そう簡単には信じられないだろう。でも、俺は本気だ。君が好きでしょうがない、君に――――あの日、運命を感じたんだ」 幸村さんがじっと、わたしの目を見つめてくる。 きらきら眩しいシャンデリアの光が、彼の周りをやけに照らしている気がする。 「あ、あの、」 途端に恥ずかしくなって、わたしはそわそわ落ち着かなくなる。 「っ殿!某とて、心の底からそなたを…っ、そ、そのっ、す、好いておるのです!!それがしは…、っ、俺は!あ、貴女と一生を共にしたいのです!不自由はさせぬ!苦労もさせぬ!だからっ、俺についてきて欲しい!!」 椅子から勢いよく立ち上がり高らかにそう宣言してみせると、真田くんは言ってやったぞとでもいうような満足気な顔で笑ってみせた。 「俺を選んでくれ、ちゃん」 幸村さんが、わたしの右手に手を伸ばし、白い指先がわたしの指に絡まる。 そしてそっとそのまま持ち上げられると、手の甲に唇が落とされた。 「好きだよ、君が」 「ゆ、きむらさ…、」 「精市と。そう、呼んでくれ」 うっとりと頷きかけたわたしの左手が、現実に連れ戻すかのようにぐいっと引っ張られた。 驚いてそちらへ視線をやると、真田くんが切なげにわたしを見つめていた。 「どの…おれを、俺を選んでほしい…そなたは、俺が初めて添いたいと思った唯一の女子なのだ、」 掴まれた左手は、そう熱っぽく呟いた真田くんの唇に押し当てられた。 「すきだ、」 「、あ、さ、さなだく、」 「俺のことは幸村とお呼び下され、」 「ゆ、きむらく、」 右手は、未だ精市さんが。 左手を、幸村くんが放す気配もない。 右手には王子さま、左手には若さま。 さて、どちらかを選べって? 「…そんなの、」 無理に決まってる―――――。 ◇◇◇ あのなんちゃってお見合いから1ヶ月。 「―――ごめんなさいっ、ずいぶん待ったでしょう?」 待ち合わせ時間に遅れること10分、ようやく到着したわたしを咎めることなく、柔らかく笑う。 「いや、そんなことないさ。ずっとのことを考えてたんだ。 ―――時間って速く流れてしまうものなんだな」 「や、やめてよ精市さんはずかしい!」 照れ隠しに怒ってみせるわたしの髪に、不器用に触れる指先。 「随分急いだのだな。…髪が、」 「あ、ありがとう、幸村くん、」 「いや、いい。…器用でないが、小さなことでもお前に何かしてやれるのが、俺は嬉しいのだ、」 あれから、1ヶ月。 だいぶ親しくはなったけれど、わたし達の関係は平行線のまま。 優柔不断なわたしが、未だにどちらとも決めかねているからだ。 でも、わたしと幸村くんはまだ17歳で、精市さんだって18歳だ。 どっちにしろまだ結婚っていうのは早すぎる。 けどどっちかと付き合うという話になるほどにはまだ親しくはないし、それに――――。 「、行こう。君が観たいって言ってた映画、もう席を取ってあるんだ」 「映画が終わったらけぇきばいきんぐだぞ、。美味いと評判の店を見つけたのだ」 王子さまと若様、どちらかなんて選べないもの! |
柔和な王子様
VS
照れ屋な若様
結果⇒ハッピー…エンド?