どちらか一つ選べと言われて、選べるものと選べないものがある。


選べないものの究極の選択といえば、あれが有名だ。


恋人と親友、二人が川で溺れています。助けられるのはどちらか一人だけ。
あなたはどちらを選びますか。
どちらも大切だし、そもそも命の重さは一人一人みんな平等なのだ。
どちらか一方を選ぶなんてとんでもない。

でも、ある人達は言うのだ。

選べずに二人とも死んでしまう、またはどちらも選べないから自分も一緒に死ぬ、
それでは誰も何も救われない。二人のうちの一人でも助けられるのなら、
どちらかを選ぶべきだ。本当に命の重さを考えるなら、と。


デッドオアアライブ。


そんな状況であったなら、ない知恵絞って感情をコントロールして、
“どちらかを選ぶ”ということも考えるかもしれない。
そう、そんな状況であったならばだ。



「つまり私が何を言いたいか、あなた方お分かりになりますか」



それはもう酷い頭痛でズキズキ痛む米神を押さえながら、私はもはや怒りを通り越して穏やかにすらなりかけた心でもって冷静に言い放った。すると、お互いにいい歳して阿呆で無意味な争いを続けている男二人は、さもあのデッドオアアライブな究極の選択なのだと言わんばかりの真剣な顔で、


「「つまり俺の料理のがうまいってことだよな?」」


とこんな時ばかりは仲良しな息ぴったり一言一句相違ないセリフをドドン。




ちげえよバカ共。




つまり私が言いたいのは、二十云歳の大の男が二人も揃って何を言い争っているんだと。さも命に関わるような場面なんですよみたいな顔して、何つまんないことに他人巻き込んでんだよと。お前ら阿呆だろうと。そういうことが言いたいのだ。が、全ッ然伝わっていない。悲しいというか、腹の立つことに。その、つまらないことでもう随分長いことバチバチと火花を散らし合ってるバカ二人というのが、一人は遡ればご先祖様は戦国の時代で有名な武将だったとかなんとかという、由緒ある血統の極道一家の幹部だという男で、もう一人もソッチの人なのだけど、こちらはイタリアのなんだかスパゲッティーみたいな感じのふざけた名前しといてすごいらしいマフィアの幹部だという男で。この二人が揉めているのは、私という一輪のバラ……とかいう展開では決してない。自分を巡って男二人が争っていたら、それはくだらないことじゃない、すばらしいことだ。私を苛立たせる理由はもちろん、“くだらない争いに巻き込まれている”ということなのだが、そういう阿呆なことしてる二人が無駄に美形であるということもまた腹立たしく感じる要素となっている。どうせ争うというのなら、私を巡って争えよ。それならまだ…ってそうじゃなくてだ。この二人が私を巻き込み争っている理由というのが、


「おい聞いてんのか?俺のこの味噌汁のがうめえだろって聞いてんだろうが」

「だからうまくねーから反応に困ってんだって。は俺の味噌汁のが好きなんだもんなー?」


これだ。正直に言おうか?私が言いたいことなんてね、初めっからひとつなのよ。


「ハア?」


もうこれ以外言うことないからほんと。頭痛いし!あんたたちのせいで!!と文句を言おうにも、もうしんどくて…無駄な体力使いたくないっていうか。第一、なんだってこのバカ達は“どっちの料理のがうまい?”だなんて理由で長きに渡って壮絶なるバトル繰り広げてんだか、サッパリ理解出来ない。この二人が料理人であったならばそれはまた限度を越していなければ、納得していたかもしれない。しかし、コイツらは料理人どころか一般人ですらないのだ。ヤクザもんとマフィアだ。そっれがねえ、え?なに?料理の腕?ナワバリとかじゃなくて?って感じだろう私じゃなくたってそう思うだろう。理由はともかくも、こうなってしまった原因とはなんなんだろうか。…もう引退してお互い店やるとかそういう話なのこれ?とガンガン痛む頭でぼんやり考えていると、おい、と低い声が私の意識をクリアにする。


「お前が言ったんだろうがよ。俺の作る飯はうまいって」


いつの間にか私の目の前にあった、明らかにその筋の人な強面系のイケメン、名を片倉小十郎。彼は料理が好きだ。というより人の世話するのが好きなタイプらしく、料理をしてそれを人に食べさせるのが好きなのだ。が、そのこだわりといったらもう半端なもんじゃない。なんたって広い土地をつかった自家栽培場(あれはもう家庭菜園とか畑とかいう次元じゃない)で、大体の野菜を一から作っている…もう原材料から“つくる”という徹底ぶり。ついには開発まで初めて、最近片倉印の野菜第一号・長ネギが完成した。小十郎さん本人を除いてはあたしが一番最初にそれを食べたということなのですが。お前、葱が好きだもんな。あの時の小十郎さんの笑顔には、正直きゅんときてしまった。別に小十郎さんの考えを否定するわけはないですけど、いくら好きだからってそこまでされたら引きますよ誰だって。大体あんな艶っぽい微笑み浮かべてお前、葱が好きだもんなって。なにそれ。


、あら汁好きだって言ってたよな?オレ、今朝市場まで行って魚仕入れてきたんだぜ?な」


私の両肩にぽんと手を置き、後ろから顔を覗き込むようにして話しかけてくる爽やか系のイケメン、名を山本武。彼は実家がお寿司屋さんだそうで、私からすれば何故あなたマフィアなんてもんになったの?という話なのだが、ともかくその包丁捌きというのは素人目にみてもものすごいもんだと思う。彼の場合は料理が特別好きだとか世話焼きとかいうわけでもないので、何がこうまで彼を駆り立てているのか分からない。が、まぁ、心当たりというか、私は過去に確かに彼が気まぐれに作ったあら汁をいただく機会があって、その時大絶賛したという記憶はあります。……え?それでこうなんの?それはもう何度も聞いて何度もそれらしい回答はもらえなかったので諦めてはいるけど、これさえ除けば武くんが素直でいい人だっていうのは私も知っているので…なんか…ほんとすごく残念よ…。


、正直に言え。何度も言ってるが大事なことだぞ」

「いや、だからどっちの料理も本当においしいですって」

「それじゃダメなんだって毎回言ってるだろ。
オレも小十郎さんももう待てねーからさ、
いい加減選んでくれって」

「えええ、なんでー…?っていうかなんでどっちか選ばなくちゃいけないの?
これも毎回聞いてるけど、結局ふたりとも教えてくんないじゃないですか」


私がぴしゃりと言い放つと、しんと室内が静まった。目の前の小十郎さんはなんだか動揺してるようだし、私の後ろに立っていて表情の伺えない武くんも、おそらくは同じような顔をしているんだろう。そういえば私今までこの人達の勢いに負けて、どうしてどちらかを選ばなくちゃいけないのかって理由をちゃんと聞けずじまいだった。…この反応を見る限り、今なら聞けたりして?


「私をこんなに困らせて理由なくどっちか選べなんてひどいですよね?
小十郎さんの大事にしてる仁義に反しません?」


ぴくりと小十郎さんの眉が持ち上がる。…こえええええ!!!!
でもここでめげたらいつもと同じ!私は言葉を続ける。


「ね、こういうずるいやり方は武くんがいちばん嫌いな方法じゃないの?」


私の肩の上の手のひらが、ぴくっと動く。


「「……分かった」」


ふたりが呟いたのは同時だった。


「で?理由って?」
「聞いたら選ぶんだな?」


小十郎さんの剣幕に、私はぐっと後ずさろうとしたけれど、後ろには武くんが。


「逃げんのはなしだぜ?オレ達も、逃げない」

「……理由に納得したら、選びます」

「言ったな?」

「はい」

「取り返しはきかねーよ?」

「うん」


はあ、と小十郎さんがため息をひとつ、そしてふと目を伏せたかと思うと
すっと私を真っ直ぐに見つめてきた。




「一緒ンなるのに、必要だろ」




は?と私が聞き返す前に武くんが、「ほら、まずは胃袋からって言うだろ?」と被せるように言う。

「……い、意味がわからない…」

ち、と小十郎さんが小さく舌打ちをする。なんで?!

「……毎日同じ味でも食える奴と一緒になるって、昔から決まってンだろ」


なんとも面倒くさそうにそう言う小十郎さんだけど、
…… 結 構 重 要 な こ と 言 っ て ま せ ん ?


「……ええとそれは、「僕のために毎日味噌汁作って下さい」、
「はい喜んで」の逆バージョンと考えればよいんでしょうかね……?」

「そうそう!毎日同じ味でも飽きねーって思う方、選べよ。
それが一生一緒にいれるって証拠だろ?」


私から離れて、小十郎さんの隣に立って爽やかに笑う武くん。
…いやいやいや!!そんなの証拠になるわけないでしょ?!


「なんない!なんないよ証拠に!!」


首を大きく左右に振って否定する私に、武くんはきょとんとする。

「なんで?だって飯って日に三度食うんだぜ?で、それを365日毎日ずっと続けんだぞ。
それでも飽きないって、よっぽどそれ好きじゃなきゃ無理じゃん。証拠になるだろ、十分」


にかっと白い歯を見せて笑う顔は子どもみたいで、その無邪気さが逆に本気なんだとありありと見せつけてくる。その隣で不機嫌そうな顔をしているけど、目が泳いでいるのが分かりにくい照れを教えている。小十郎さんが言う。


「お前が1095回食えると思った料理出せンのは俺か?コイツか?」


私の答え?




「……そんなの、今さら私が選べると思う?」




今までどんだけふたりの料理を食べてきたと思ってるんだか。
というかそんな大事なこといちばん最初になんで私に言わないの?!

私これ知らなかったらどっちがおいしいって選んだだけで嫁ぎ先までついでに決まっちゃってたってことじゃない!どう考えても嫁ぎ先のがメインだから!!っていうかこれでさあ選べって言われて選べるか!!…でもどっちにしろ、この決め方で嫁ぎ先を決めるっていうならどうせ二択だ。




だってふたりのせいで舌が肥えちゃって…その辺の料理は食べれなくなってしまった。



イタリアンマフィア
VS
純和極道

結果⇒和様折衷??