「はじめまして。妹さんと―――さんとお付き合いさせていただいてます、南野秀一です」





「……ちゃん、ごめん、もう一回言ってくれるかな?」


ツナにぃにはにーっこり笑って、そう言った。ぴしり、とわたしの隣で何かにひびが入ったような音。もう恐ろしくって目で確認なんかしたくもない。
……だから言ったのよ、お兄ちゃんに付き合いを認めてもらう必要なんかないって。


「……だから、わたしの彼氏。南野秀一」


自分で言うのはおかしいのかもしれないけど、うちのお兄ちゃん――ツナにぃにがおかしいんだからしょうがない。


妹や弟はいないけど、まだ小さかったランボやイーピンと一緒に暮らしてた頃を思い出してみれば、やっぱりわたしも年下だから守ってあげなくちゃ、とか感じてたし、
わたしのあとをちょこちょこ追っかけてくる姿がかわいくってめろめろだった。たぶん、ツナにぃにもわたしに対してそういう感情を持っていたんだと思う。今までずっと。

というか、今でも。

もうそれは年下で女の子だからかわいい、みたいなもんじゃなく、過保護っていうのも通り過ぎて……一言で表すと、“異常”なわけで…。
門限を1分でも過ぎたらファミリー総出で大捜索始まっちゃったり、…小学生の時のバレンタインなんて最悪だった。


片想いしてた男の子にチョコレートを渡して告白しようとしてたのに、それを知ったツナにぃにはわたしの作ったチョコレートをビアンキちゃんのポイズンクッキングとすり替えたのだ。
渡す前にリボーンくんが教えてくれて、その男の子にはなんの被害もなかったんだけど…。この時わたしが小学校5年生、ツナにぃにが高校2年生。
……フツーの高校生はこんなことできない。というかそもそも、できてもしない。わたしはその後も結局告白できず、その恋は終わった。

告白してフラれたのなら諦めもつくけど、勝負する前に終わってしまった恋は、わたしの恋愛に対する考えを一変させてしまった。




フツーの男の子に恋してもムダだ。





にぃによりも特殊なひとじゃなくちゃ、結局告白もできずに終わっちゃう。
にぃにに負けないくらい、すごい人じゃなくちゃ。


フツーじゃない人を見つけるのは簡単だ。
何せ知り合いのほとんどがフツーじゃない。

でも、わたしのフツーじゃない知り合いはみんな“ツナにぃにの知り合い”だからフツーじゃないのだ。
となると、フツーじゃない人と出会うのは難しいことだ。“フツーは”、大体その辺の人みんなフツーの人なんだから。

そうしてわたしは、次第に恋をすること自体を諦めていった。



そして出会ったのが、隣に座っている南野秀一。
―――もう一つの名を、蔵馬という。



そう、わたしは見つけたのだ。にぃによりもずっと、特殊なひとを。ひとくちにサラっと言うと、秀ちゃんは妖怪なのだ。千年よりもっと生きてる、狐の妖怪。
妖怪の世界では結構名の知れた盗賊で、伝説の妖孤、なんて呼ばれたりもしてるらしい。
わたしは、秀ちゃんがその妖怪の姿になったのをまだ二、三度しか見たことがないけれど、銀色のきれいな髪をした超絶美人さんで、
いや、人間の時の秀ちゃんも紳士だしかっこいいし、もうほんとわたしにはもったいなさすぎる素敵な人なんだけど!

とにかく、人とは―――フツーの人とは、違う。

出会ってまだ間もない頃、秀ちゃんは自分が妖怪だってことで色々悩んだこともあったみたいだけど、秀ちゃんがフツーの人だということで悩んでいたわたしは、
それを打ち明けられてますます秀ちゃんのことが好きになった。秀ちゃんも、わたしのことを…というより、マフィアのボスであるツナにぃに―――の、
異常なシスコンが〜という話も受け入れてくれて…私たちはこの上なくハッピーなのだ。もう超絶幸せなのだ。おしまい。

わたしはそれがよかったのに!

ちょこっとだけど、わるいコトも親友の幽助くんとかと一緒になってしてるくせにヘンなとこで真面目な秀ちゃんが急に、
お兄さんに会ってちゃんと認めてもらいたい、なんて言い出すから…。だからこんなことに…。

だって、いつものように玄関でわたしを出迎えてくれたツナにぃにの顔!秀ちゃんに気づいた瞬間、いつだって優しく微笑んでるにぃにが般若に見えた。
そして黙ったまま、だだっ広い和式の応接間までわたし達を通して…まだお茶も何もないまま、秀ちゃんが冒頭のセリフを言い放った。

ツナにぃにの妹、秀ちゃんの彼女の立場からして考えてみると…たぶん、もう玄関で目が合った時からお互い、“合わない”って思っちゃったんじゃないかな、と思う。
異常なシスコンにぃにの失礼な態度は予想済みだったのでともかく。紳士で真面目な秀ちゃんが。誰に対しても優しい秀ちゃんが。こんなケンカ売るようなことするなんて。
だって、挨拶したいって言い出したのはそもそも秀ちゃんの方なのだ。わたしはいやだって言ったのに!


…だって、どんなにわたしが秀ちゃんを好きで、秀ちゃんもわたしを好きだって言ってくれても、ツナにぃには絶対許してくれない。
……考えたくないけど、もしかしたら秀ちゃんを危ない目に遭わせようとするかもしれない。




分かってる。




ほんとは、マフィアのボスであるにぃにの妹だということが、にぃにを過保護にする原因だって。そしてそのことを、ツナにぃにがものすごく気にしてることも。
にぃには、自分のせいでわたしが傷つくことを、こわがっている。だからわたしは、いつも本気でにぃにを拒むことができない。
そういうツナにぃにに守られて生きてきて、わたしは、優しいにぃにのことが大好きだから。


…でも。隣に座ってる人のことも、とても好きなのだ。


他人に、ここまで強く惹かれて、ここまで愛されたことはない。それに、秀ちゃんの優しさは―――

「……そう、」

重たい空気の中、神妙な面持ちでツナにぃにが、ぽつりと呟いた。それはあまりにも静かで、だから、にぃにが冷静なのがよく分かった。
……もっと怒ると思ったのに…、なんか…意外。いや、でもにぃにももう24だもん、いい加減シスコンも卒業だよね。
絶対だめ!って大反対すると思ってたから、許してくれるんならまぁ、いいんだけど……反応薄いのはさみしいって思っちゃうのって、ずるいのかな?

「……お兄さんのお話は、さんからよく伺っています。だからこそ、お兄さんにきちんと認めていただきたいと思って、今日こうしてご挨拶に」

にぃにの表情とわたしの様子を全て分かっている態度で、秀ちゃんははっきりそう言った。

「……ちゃん、」

切なげに瞳を細めて、にぃにがわたしの名前を呼ぶ。

「っ、うん、」

別に、お嫁に行きます、なんていうようなあいさつじゃないのに。…なんでかな、涙が、でてきちゃいそ「で、この人とはいつ別れるつもりなの?」……う?



…ぅええええええええ?!



「はっ?!いやっ、別れないよ!え?っていうか、え?!」

「ああ、分かった!別れるに別れられないんだね、この男がしつこくて!大丈夫だよ、
お兄ちゃんに任せて!もう今後一切ちゃんに関われないようにしてあげるからね!」

「そんなこと頼んでないよ!え、っていうかなにこれ?!あれっ、なんか今の感じだとツナにぃにに無事認められてハッピーエンドじゃないフツー!?え、なんなの?!なんなのこれ!!」


ほんと、なんなのこれ?!今までのシリアスはどこへ?!


にぃにはニヤリ、と人の悪そーないや〜な笑みを浮かべて、こう言い放った。


「もう調べは全てついてるんだよ、南野秀一くん。……いや、伝説の妖孤、蔵馬くん――――って呼んだ方がいいかな?」


じっと考え込んでいるような顔して俯いていた秀ちゃんが、くっと喉を鳴らして笑ったかと思うと、ゆっくりと顔を上げて、にぃにの目をまっすぐ捉えた。


「それで?……オレの正体を知ったところで、あなたが何をできますか?…お兄さん」


背筋がぞくぞく震える秀ちゃんのこの眼は、見たことがある。
そう、ほんの、二、三度。

ぱしっ、ぱしっ。そんな音が聞こえてきそうなくらい、張り詰めた空気。秀ちゃんの周りだけ、異様な緊張感に包まれている。
……こうなった時の秀ちゃんは……、人の姿から――――妖孤の姿へと、代わる。

「……、だ、だめ…、秀ちゃん、だめだよ、そういうことじゃなくて、今日はフツーにあいさつに来ただけじゃない、ね?」
「……、外へ出ていなさい。後は俺と、……蔵馬くんで話をするよ」

いつの間にかグローブを嵌めていたにぃにの眼も、いつもの優しい光が激しく燃え上がる闘志に燃えていた。
二人とももう完全に戦闘態勢。…あなた達の力じゃ拳で語る前にこの部屋確実に壊滅だよ!!


……わたしには、この二人を止めることなんてできない……なんて言って黙って見てると思うなよバカ野郎!!!!!




「ふざけんなー!!!!」




テーブルにバァン!!と思いっきり拳を叩きつけて叫ぶと、二人はぴしりと固まってこちらに視線を寄こした。


「ツナにぃにはなんでそうやってわたしに関わる男の子みんなを初めから否定するの?!秀ちゃんもっ!
こうなるに決まってるってわたし言ったよね?!分かってるとか言っといて全ッ然分かってないじゃん!何好戦的になってんの?!
にぃにはわたし達のあいさつ黙って聞く!!秀ちゃんもいちいち にぃにに突っかからないで!!分かった?!」

一息にぶわーっと叫んで、息切れしながら肩を上下させるわたしをぽかんと見つめる二人。

「分かったかって聞いてんだけど?!」

「「……わ、わかりました…」」



兄VS彼氏 結果⇒引き分け(今のところは)


あれから1週間。


……あの一喝が効いて、ふたり仲良くしてくれるかな〜、なんて思ったりもしたんだけど……。



ちゃんが反抗期になったのは蔵馬くんの影響だ!!……俺が必ず、元の優しいちゃんに戻してあげるからね!
ちょっと獄寺くん何してるの?!ぼけっとしてないでさっさと蔵馬くんの張り込み早く行って!!早く!!!」

「はっ、はい!ただいまッ!!」

「あっ、骸!ちょうどいいところに!お前の能力でさ、なんかこう不審に思われずにナチュラルに人を抹消できないかな?」

「……は?え、何言ってるんですか君!ちょ、さんはどちらに行かれてるんです?!お兄さんが道を踏み外しそうですよ!!」





「よー、聞いたぜ蔵馬。ちゃんのお兄サンへのあいさつ、失敗したんだってなー?優等生の手本みてーなオメーでも、
やっぱお兄サンはかわいいかわいい妹はそう簡単にゃやれねーってこと……おい、オメー何作ってんだ?」

「ただの人間じゃないからね、あの人も。……確実な方法を取ろうとしてるんだよ」

「……はっ?!お、おいっ、なんかヘンなクスリ作ってんじゃねェだろうな…!!」

「失礼だなぁ幽助。オレと彼女が二人、幸せになれる薬ですよ」

「ちょ、誰か呼んでこい!兄貴暗殺されようとしてるぞ!!」




……ふたりが分かりあえるのは、だいぶ先の話になりそう。でも、わたしはふたりって案外似てるところがあると思うし…仲良くなれると思うんだけどなあ…。