「どうしよう!!!! 気づいてなかったけど俺お姫様だったみたい!!!!!!!!」

 我が青葉城西高校といえば、バレーボール強豪校として有名である。そんでもって、そのバレーボール部を率いる主将・及川徹の顔面が大変よろしい……というわけで、その及川目当てに体育館に女子が集まることも少なくはないし、近隣のJKたちにもチヤホヤされている男だ。試合の時なんか、強豪校だからこそ観客も多く集まるが、そこにも及川ファンを名乗るJKたちがキャーキャー黄色い声を上げている。まぁ、強豪校の主将というブランドに加え顔面がいいという理由で、地元のテレビ局ではあるものの出演経験だってあるし、スポーツ雑誌から取材を持ちかけられることも少なくはない我が校のアイドルってやつである。
 が、校内――というより、コイツと一度でも同クラになったことのある女子ならば、誰でも知っている。この及川徹という男、強豪バレー部の主将だろうが顔が大変よろしかろうが、頭のほうが非常に残念であることを。
 そういうわけなので、アタシはすぐさまスマホを取り出した。

 「えっ頭おかしい。写メってい? SNSで爆散してい??」

 しかし、及川は頭が残念な男のため、その返答は「分かる。俺は王子様だって思うじゃん? 俺も思ってた。でも違ったの! お姫様だったの!!!!」とかいうやっぱり頭おかしいものだったので、コイツほんとガチにやべえ……と思うと同時に、話しかけられたから仕方なしに反応してやったのに人の話聞かねえこの態度。だからウチの三年女子からは「及川くん? 目の保養にはなるけどそれだけでしょ(笑)」とか言われているわけである。
 アタシの隣の席に座るギャル友が、ポッキィを咥えながら「ついに狂ったんじゃないの。やば、こわ、近寄らんとこ」と言って、若干体を退いた。及川の残念さ、アホさ加減はもう十分に理解しているアタシらにとって、及川の話を聞くのはめんどいこと間違いナシなので、聞こえるけど聞こえてません的なあえてのシカトをしようと思ったが、恵まれた容姿と裏腹に頭がアレな及川は、興奮気味に「違うから!!!! いや聞いて? とりあえず語るから」とか言い出して、アタシの前の席の椅子を引き寄せ、背もたれを抱えるように後ろ向きに座った。思わず「めんどくせえ……」と呟いたアタシの感覚はめちゃくちゃに正しい。
 ――と、そこへ別クラのマッキーこと花巻がやってきたので、コイツ引き取ってくれよという意味で「ねえいつものことだけど及川クソやばい〜〜」と声をかけると、同じ部活に所属している仲間であるはずが、そのマッキーすら「あ? なにソレいつものことじゃん」と言うので、もう及川は手遅れなんだな……っていう。
 マッキーはササッとアタシらのとこへ近づいてきながら、「っていうかは? いないの?」と首を傾げた。それに答える前に、及川がめんどくせえ自分語りを続ける。

 「あのね、俺ってばうっかりハンカチ落としちゃったみたいなのね。それでそのハンカチを拾ってくれた人がいるんだけど――」

もちろん聞く気は一切ないので、アタシはマッキーを見上げながら「え、マッキーのとこ行くって言ってたけど会わなかった? なんとかの会の報告するって言ってたけど」と言いながら、ギャル友からポッキィをヒョイっともらう。
 ちゃんとは、高校最後のクラス替えで初めて同クラになったのだが、一、二年とクラスが同じだったマッキーがよくちゃんに会いにくるし、席も隣の列の斜め前ということで、比較的よくおしゃべりする仲だ。ほわほわした雰囲気の優しい顔つきの子で、アタシやその友達とは系統がまったく違うタイプだけども、いい子なのでアタシは気に入ってる。
 ――で、そのほわほわ女子・ちゃんとマッキーの関係はと言うと……シュミ仲間ってやつである。
 マッキーがウチの教室に現れる時は、大体なんとかの会について用事があるのだが、アタシは興味がないので覚えてらんないんだけども、そのシュミに熱心なマッキーは毎度丁寧に教えてくれる。

 「花蝶風月の会な! なんとかの会じゃなくて花蝶風月の会な! っていうかソレいつ?! タイミング悪かったなクソ〜ッ! え、なんか言ってた?!」

 ああ、そうだわ、カチョウフウゲツノカイだ。結局どういうシュミなんだかよく分からんけども、ついさっきちゃんとちょこっと話をした時に聞いた情報は渡しとくか、と思って「今日のフユミ様は赤いスカーフで、出待ちがなんたらかんたら」と、アタシには何がなんだかまったく意味不明な内容だけども、覚えている範囲で伝える。
 すると、マッキーがガァンッ! とアタシの机に拳を叩きつけた。マッキーは普段はスイーツ男子だったり、基本ゆる〜〜い感じなのに、このカチョウフウゲツノカイが絡むと人が変わる。

 「肝心な情報が不十分……ッ! だがしかし今日の推しが最高にカッコイイのは分かったやっぱ冬美様には赤スカーフッ!!!! いやいつもカッコイイけど赤は……! 赤は……ッ! ……赤が……至上……ッ!」

 机に叩きつけた拳をぶるぶる震わせるマッキーに、「何言ってんのか全然分かんないけど今日も楽しそ〜〜」と言ってポッキィをかじると、及川がマッキーの両肩をガシッと掴んだ。

 「ちょっと待ってマッキー」

 けど、カチョウフウゲツノカイという名のシュミに猛烈にハマっているマッキーは「推しが自分の一番好きな衣装を身に付けて生活する今日という日に感謝する時間だから黙って」と、なぜか天井を見上げながらお祈りポーズをするのに忙しそうである。
 でもまぁ、顔面以外は残念すぎる空気読めねえ及川は、「マッキーまさかフユミちゃんのこと知ってるの……? トウノフユミちゃん」とマッキーに声をかけると、いつもは眠たげな目をしているマッキーが、目尻を吊り上げてバチくそにブチ切れた。及川の両手を振り払って、「月組プリンスを馴れ馴れしい上に俗な敬称付けて呼ぶとかおまえ新参だなサヨウナラ」と切り捨てる。声のボリュームとかの問題ではなく、冷たすぎて鋭くなっている眼光で静かにそう言うから、マッキーのガチ度が余計に際立つという。
 すると、マッキーの両肩をもう一度引っ掴んだ及川が、懲りろよって話だけどそのままガクガク前後にシェイクした。絶対零度のオーラを身に纏っているマッキーを。うわ……オイ知らねえぞ及川マッキーに何されても……。

 「知ってるんじゃん!!!! ねえねえ、あの子ミネジョだよね? 高嶺女子!」

 キャンキャンうるせえ及川にいよいよ青筋ビキビキにさせたマッキーが、中指を立てながら「あ゛? だから俗な呼び方すんなっつってんだろブチ転がすぞッ!!!! 私立高嶺女子学院高等部三年月組プリンス凍野冬美様だっつーのッ!!!! 敬えよッ!!!! 敬えよ平民ッ!!!!!!!!」と叫んで、ガシッと及川の頭を掴んでギリギリさせ始めた。普通に痛そうなんだけど。でも余計なことを言うとコッチに飛び火するだろうし、アタシもギャル友もスマホをいじり始めて我関せずである。
 しかし、そこで救世主現る。ちゃんだ。

 「あ、花巻くん〜。ごきげんよう」

 にこやかにやってきたちゃんを見て、マッキーのテンションがあからさまにブチ上がったの笑える。っていうか、ハデな頭してる見た目パーリーピーポー(中身スイーツ男子だけど)なマッキーと、癒し系女子代表! って感じのふんわりした雰囲気のちゃんという組み合わせがそもそも面白い。
 パッと見はちゃんにしろマッキーにしろ、アンタらなんで絡みあんの?? って思われてしょうがないほど、ビジュアルの方向性が違う。頭ピンクなパーリーピーポーと、バージンヘアの清純女子。いや普通に考えたら絶対絡みないでしょ。まぁアタシの場合は、ふたりはカチョウフウゲツノカイのシュミ友だって分かってるから、なんとも思わんけど。

 「あっ、〜! ごきげんよう〜! 今日の冬美様赤スカーフってマジ????」

 ……完全になんかキメてるだろ、っていうような目つきをしながら詰め寄るマッキーに、ちゃんはにこにこしながら「そうなの〜。金のスカーフリングしてらしたよ。すごく素敵だった」と、微笑みを絶やさず答えるので強靭な精神力の持ち主である。こええよマッキー……。
 しかし、ちゃんの返答を聞いたマッキーが、両手で顔を覆いながらその場に膝をついたことのほうが倍はこええ。

 「ンん゛金のスカーフリング〜〜! あ〜〜〜〜分かる〜〜もう高貴さがヤバイ。王子。プリンス。侍りたい。無理」

 そして言ってることもよく分からんけどもやべえ、こええ。ハベルってなに。
 すると、ちゃんが急に「『僕の高嶺の花は、今日はお留守番かい? 寂しいね』」とか言うから、まぁアタシには分かんないけど、ガバッと顔を持ち上げてマッキーが「…………待ってもう一回言って????」と声を震わせるのを見て、ちゃんが優しく繰り返した。

 「『僕の高嶺の花は、今日はお留守番かい? 寂しいね』って冬美様が気にしてらしたよ。だから花巻くん、今日は出待ち一緒に行けないかなって思って」

 マッキーがついにブッ壊れた。

 「は?!?! …………はあ〜〜〜〜……。……ちょっと。……ちょっと!!!! ……はあ……。出待ち行く……。推しが寂しがってる……。いや、俺なんか野草だよ? 分かってるから。ただの野草がお月様に憧れたところで遥か遠い宇宙から俺の存在なんか見えるわけねえから。分かってっから。でも推しが寂しい時に寄り添おうとすらせずに俺は推しを真に推せてると言えるかッ?!?! サン出待ち何時からですかッ!!!!!!!!」

 怒涛の語りすぎて、ただでさえ分からんのに分からんさがもうメーター振り切って逆になんか分かる、みたいな気持ちにさせられる。マッキーがちゃんに会いにくる時、マッキーはいつも途中でブッ壊れてるから慣れた。ていうか詩人かよマッキー。表現力高すぎか。
 ただし、アタシですらブッ壊れマッキーに慣れてしまっているので、実際に相手してるちゃんはもちろん慣れっこだから、のほほんとした感じで「今日は四時半からオッケーだって。今日のご登校はナツキ様がご一緒じゃなかったから、多分お帰りは一緒だと思うよ〜」とにこにこしている。マッキーはさらに挙動不審になった。

 「マジ???? え、お写真は????」

 「時間とってくれるはず」

 「はあ〜〜野草でも月明かりは優しく照らし出してくれるから〜〜! しんど〜〜〜〜!」

 うああああ!!!! と、今にも床に這いつくばってローリングしそうなマッキーに、「誰でもお姫様にしてくれるのが冬美様だからね〜」と嬉しそうに答えるちゃん。
 アタシはミネジョの追っかけでもないし、だからって(マッキーはやべえと思ってるけど)人のシュミにケチつけるようなこともしないから、ふたりの様子を見て言えることといえば――。

 「ちゃんもマッキーも好きだよね〜。ミネジョの追っかけってそんな楽しいの?」

 このくらいである。
 ちゃんはにこにこしながら「楽しいよ〜」と答えてくれたけど、マッキーは違った。鬼ヤバイ顔して「チョット待って? その“追っかけ”ってやめてくんない?? その場のノリで盛り上がってるだけのにわかと一緒の扱いすんのやめてくんない?? 俺はプリンスに忠誠誓ってる月組の紳士だから。浮ついた気持ちで冬美様を推してるわけじゃないから」とかどこで息継ぎしてんだよ……という勢いで“追っかけ”発言に噛みついてきた。アタシはもう一本ポッキィをかじる。

 「なんか分かんないけど意識がすごい高いのだけは分かった」

 てか、そういえばだけどそもそもの話、ミネジョの追っかけってなんなんだ……と今さらすぎる疑問が出てきたところで、無心でポッキィを食べていたギャル友が、「で、なんだっけ? カチョーなんたらの会? って何すんの? 未だに謎」と言うと、ちゃんが丁寧に説明してくれた。

 「花蝶風月の会ね。高嶺女子芸能科の花組、蝶組、風組、月組の生徒さんのファンクラブ。ミス高嶺のクラス代表の生徒さんたちのファンクラブだよ。最終的には、ミス高嶺になれるように応援するっていうのが活動かな?」

 ほぉ〜。なる〜〜。

 「じゃあマッキーの言ってるツキグミプリンスは月組の代表ってこと? で、なんかミスコンで優勝するために応援? するんだ」というアタシの言葉に、ちゃんは恋する乙女のごとくほっぺをピンク色に染めて、ふふ、と笑った。ほんとちゃんってこんないい子なのに、毎回荒ぶるマッキーの相手にこにこしながらできるのパねえすげえ。
 そして、マッキーが情熱を注ぎまくって若干引くほど荒ぶる理由も分かった。ちゃんがほわわんとした穏やかな口調で「そう。現月組プリンスの凍野冬美様は一年生からずっと代表を務めてるから、人気もものすごくって。今年ご卒業だから、ミス高嶺三連覇のために花巻くんも一生懸命なんだよね」とマッキーのほうを見る。
 それに対して、マッキーが無駄にキリッとした顔つきで「冬美様に堂々レッドカーペットを歩いていただくのが我々の使命」とか言うから、カチョウフウゲツノカイがどうとかいうより、マッキーの頭ん中がどうなっちゃってるんだという話。

 「へ〜〜。なんかすげえ」

 マッキーのカチョウフウゲツノノカイ――の、フユミサマ? に対するパッションが。
 ふんふん、とちゃんの解説を聞きながら、なんとなくだけどカチョウフウゲツノカイのことがやっと分かってきたな……いや、分からんことは分からんけども……と考えていると、「――ねえ」と及川が口を挟んできた。コイツがなんかしゃべる時って、大抵ウザいこととかめんどいことだから聞きたくないけど、ちゃんが親切に「? なぁに? えーと、及川くん」と――ちょっと待って?

 「“確証はないけど誰かがそう呼んでた気がする”感がすごい」

 中身は残念だけど、入学当初から(主に顔面で)話題になったし、今でも固定のファンがついている我が校代表のアイドルの名前すら知らないとは……ちゃんも表には出していないだけで、カチョウフウゲツノカイに対する思いはガチガチのガチで、その他のことは視界に入ってすらいないのかもしれない……。
 なんかホントすげえしか感想ないんだけど、思ってたすごさより実際のすごさのレベルが突き抜けすぎていて、マジで分からんしかない……いや、マッキーもちゃんも毎日楽しそうだからいいんだけどさ。
 ――なんてことを考えていたら、及川がうるせえ音量で叫んだ。

 「どうやったらそのファンクラブに入れるの?!?! 俺も入りたい!!!!!!!!」

 マジかよコイツ……とアタシが思わず口にするまえに、ちゃんが「会長にそのことをお話しすれば入れるよ」と親切にも答えてあげた。すると、及川のテンションがさらにブチ上がってま〜〜たうるせえ。

 「会長さんにはどうしたら会えるの?!」

 だがしかし、ちゃんの次の言葉に、さすがにアタシはあんぐりした。

 「わたしだよ。及川くん、冬美様を応援したいの?」

 「え゛っちゃん会長なの?! マジ?」

 グッと前のめりの姿勢になると、ちゃんが「そうだよ〜。私設ファンクラブの会長は別にいるけど、学校公認の花蝶風月の会の会長はわたし〜」とか言うから、ちゃんもほわほわしつつもカチョウフウゲツノカイに全力のガチ勢なのが分かった。ちゃんのような女子までトリコになるカチョウフウゲツノカイとは……。
 しかし「他校生でもなれるんだ〜」という話。ほら、そういうのってフツー内部の人間がやるってなイメージあるじゃん?
 アタシの純粋な疑問に、ちゃんはにこっと笑った。

 「ううん、他校生じゃないとなれないんだよ〜。ほら、越権行為とかあったら大変だから」

 ……待ってカチョウフウゲツノカイそのものの体制がガチめにヤバくね????

 「へ、へえ〜。じゃあ及川もファンクラブ入れるんだ」

 住んでる世界が違いすぎる……と思いながらもなんとかそう言ったアタシに、ちゃんはさらに続けた。
 「もちろんだよ〜。ルール違反の際にはすぐ退会してもらうことになるけど」と。
 これを聞いてアタシが思ったこと。

 「……おい及川、おまえルールちゃんと覚えとけよ……秒で退会処分になりそう……」

 すると、お祈り(?)に満足したらしいマッキーが、眉間にシワを寄せて及川を威嚇するような目つきで睨みながら「つーかさァ……おまえなんで会に入りたいの?」と冷たく言い放った。いやマジ意識高すぎじゃね?? 一応アンタらチームメイトなのに大丈夫????
 そんな心配をしてあげているというのに、及川はやはりアホなので「だから! 俺お姫様だったの!!」と握り拳をつくった。

 「そういえば頭おかしいこと言ってたわ。なにそれ」

 ギャル友がめんどくさそうではあれど、この話題を引っ張り続けるよりマシと判断したのか、そう言った。すると、及川は待ってました! と言わんばかりに嬉々として語り出す。

 「俺が落としたハンカチをね、冬美ちゃんが拾ってくれたの! お礼言ったら、『僕のプリンセスのためなんだ、気にしないで』って……! 俺お姫様だったんだよ気づいてなかったけど!!!!」

 両手をピンクに染まったほっぺたに添えながら、切ない……みたいな溜め息を吐いたのを聞いて、マッキーがまたブチ切れた。今日のマッキー大丈夫?? いつもより情緒不安定すぎなんだけど。
 マッキーがどちゃクソやべえ形相で「っはあァ?! おまえが冬美様のプリンセスなわけあるかはっ倒すぞッ!!!! つーかその俗な呼び方ヤメロ!!!! おいッ! こんな礼儀のなってない紳士の風上にも置けんド低脳入会させるわけないよなッ?!?!」と、またアンタいつ息継ぎしてんだよ……みたいな早口で及川ににじり寄ると、今にも絞め殺しそうな顔で胸ぐら掴むからいよいよアウトじゃね??
 でも、ここまでずっとにこにこ見守っていたちゃんが「及川くん」と一言声をかけると、ものすごく神妙な調子で「花蝶風月の会には誰でも入れるけど、ルールが守れなかったら即退会、再入会はできないよ。中途半端な気持ちで入会しても、あんまり意味はないと思うけど」と言った。
 及川はアホのくせに、それに対して「ルール守るよ! 俺も冬美ちゃん応援したい!!」とか簡単に言うから、だっからおまえアホなんだからホイホイ無責任なこと言うなよアタシには秒で退会処分にされるおまえの未来見えてんぞ……という気持ちである。
 ちゃんはまたにこりと微笑んで、「じゃあまずはその“ちゃん”っていうのはやめようね。及川くんが応援したい月組プリンスは、凍野冬美さん。お呼びする時には“さん”か“様”だよ」と、カチョウフウゲツノカイのルールらしきものの説明を始めた。
 「分かった! 冬美様ね。それから?」と言う及川に、「会員同士の挨拶は、いつでも“ごきげんよう”。プリンスたちにも“ごきげんよう”って声かけてね」と――いや及川がごきげんよう〜〜とかアイサツしてんの見たらアタシ笑い死にしそうなんだけど似合わなすぎて。
 そう思ったところで早速、「じゃあマッキーとさんに会った時は、ごきげんよう〜って挨拶すればいいんだね! うん、オッケー!」とか言うから、なんとなく流れ的にアタシも真面目に聞かなきゃいけない雰囲気なのにヘタに笑わせようとすんじゃねえ!!
 しっかし……アタシはホントなんも知らなかったけど、マジでミネジョのファンクラブってガチ中のガチなんだな……。

 「プリンスたちのご登校、ご下校の時には校門前で待機することができるの。入り待ち、出待ちね。これは開始時間も終了時間も決まってるから、時間厳守。時間は学園とプリンスたちのご都合で決まって、その都度アナウンスがあるからそれに従って行動すること」

 ルールというかもう規律的な……鉄の約束(?)的な、なんかものすげえ重みを感じる……。
 「なるほど」とか頷いてるけど、及川おまえホント大丈夫かよ……。
 アタシは関係ないとはいえ、思わずそんな心配をしてしまったが、ちゃんが「とりあえず、今日の出待ちに及川くんも一緒に行ってみる?」と首を傾げたのを見て、つい及川の顔面を凝視してしまっただってコイツ即刻退会処分サヨナラ〜〜ってパターンありすぎて……。

 「えっ!! いいの?!」

 しかし、ミネジョ公認の正式なファンクラブ会長が許可しようとも、ガチ勢中のガチ勢であるマッキーは受け入れるのに抵抗がある……というか、もう同担拒否過激派って感じで、一体アタシは何度思えばええんやというほどにやべえ反応をした。

 「ッハァ?! おい! こんっっっっな礼儀知らずを冬美様のお見送りに加えるとか正気かッ?! 冬美様の品位が下がるぞ!!!!」

 品位……いやマジでマッキー意識高すぎない?? なんちゃってな意識高い系じゃなくて、ガチの意識高いファンじゃん……。
 うわ……やば……と思わず顔に出してしまったけど、ちゃんが子どもに言い聞かせるような優しすぎる口調で「花巻くん。冬美様はどんな人もお姫様にしてくれる王子様だよ。それに、及川くんだって少しずつ分かってくるから。そうだよね?」と及川に確認する。

 「うっ、うん! ルールはちゃんと守るし、一生懸命応援もする!!!!」

 それでもマッキーは「でもさァッ!」と納得いかんというか、絶対納得とかしねえから!!!! という態度全開でちゃんに詰め寄ったが、ちゃんの次の言葉で急に大人しくなった。

 「月組のプリンスは、誰にでも愛情を注いでくれるプリンスの鑑。そうでしょ?」

 マッキーはまた床に崩れ落ちて、両手で顔を覆った。

 「……推しが掲げている“誰をも姫にしてこそのプリンス”という志を紳士たる俺が否定するわけにはいかない……!」

 次の瞬間には及川を睨み上げて、「……オイ及川。冬美様の品位落とすようなマネすんじゃねーぞコラ」とガン飛ばしたけど。

 「わ、分かってるってば……マッキーこわい……」

 震える声でそう言いながら頷く及川と、やっぱガチでなんかキメてんの???? みたいな眼光鋭いマッキーに対して、ちゃんはマイペースに「じゃあ放課後、また迎えにくるね〜」と教室を出ていった。

 ……とりあえずカチョウフウゲツノカイやばいっていうか、そのファンがやべえことはめちゃくちゃによく理解できた。やべえ。






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