事件が起こるのはいつだって唐突である。 いつもは自作(冷食詰めただけ)のお弁当なんだけれども、たまにはサボっちゃえ! と購買でテキトーに買って済まそうと思っていた。 教室を出る。それから本当にほんの少し進んだところで、なんだかおもしろい髪型――ワックスで立てている髪の一部が、額に垂れている。しかもそこだけキンパツ――をした男の子が私の顔を見てなぜだか驚いた。背丈からして一年生だろうか。なんにせよ知らない子だからこそ失礼にも程があるってものだ。なんなの? と眉間に皺を寄せながら脇を通り過ぎようとすると、彼は私の前に立ちはだかって言った。 「先輩、好きッス!!!!」 「え……。は、はあ、そうなの……え? きみ誰?」 「二年の西谷夕ッス!!」 二年生?! と声を上げてしまいそうだったのはもちろん堪えた。 私が失礼してたら世話ない。 さて、このニシノヤくん。聞いたことないし見覚えもない。 「……な、なるほど名前は分かった。で、なんだっけ?」 「先輩のことが好きなんです! 付き合ってください!」 「なるほど分からん。えーと、私たち初対面だよね? なんだって…………罰ゲーム? かわいそうに……」 よく見たらかわいい顔をしている。なおさらかわいそうに……。なんだってわざわざ三年の階まで来て、名指しされた相手に告白なんぞを……。というかそうなると、この子にその罰ゲーム下した罪深い子は私のこと知ってるってことになるわけだ。覚えはない。じゃあどういうわけかなぁと、空腹でうまく回らぬ頭を使ってやろうかとしていると、「は? 違います。俺、本気です」と……えーと、なんだっけ。 「……はあ、そうですか……。じゃあえーと、……あ、ニシノヤくん」 「はい!!」 あんまり元気のいい返事だし、そもそもお昼休みの廊下である。私以外にもびくっと肩を揺らした人が何人かいた。そしてその人らの視線が私に突き刺さる。いや、私じゃないです。 なんにせよ、こんなことはさっさと終わらせよう。私の(お昼の)ためにも、ニシノヤくんのためにも。あぁ、ほんとこの子かわいそうに……。なんだってこんな罰ゲームくらうハメになったんだか知らないけど、次からは気をつけないとダメだよ……という気持ちを込めて、私は簡潔に「ごめんなさい。付き合えないです」と言った。 するとニシノヤくんは目をクワッと見開いて、ずんと私に近寄ると激しく興奮した様子で「なんでッスか! 先輩、彼氏いるんですか?! それとも好きな男ッスか?! いるんなら俺そいつと勝負して――」とかなんとか言い出してますます人の目が刺さるので、「いや、そういうことじゃなくてね」とまず一言投げかけると、ニシノヤくんはぴたっと私の話を聞く態勢をとった。……この子ほんとにいいこなのね……。やっぱりかわいそう……。 せめて私は(全然知らない子だけど)彼にやさしくしてあげよう。 そう思ったので目線をぴったり同じところで合わして言った。 「私たち、お互いのこと知らないでしょ、なんにも。それで付き合うとかいうのは違うでしょ? だからごめんなさ――」 い。と言い切る前に、ニシノヤくんは言った。 ものすごく真剣な顔をして静かに、「分かりました」と。 そうか、こういう風にフラれるまでが罰ゲームだったのね。 うんうん、今度はもうこういうややこしい罰ゲームには当たらないように気をつ「まずは先輩のことを知ることから始めればいいんですね!」……。 「え?!」 「あ、昼休み終わっちまうんで、また来ます!!」 「……あ、あぁ、う、うん……」 ……つまりどういうことなの……。 「あー、さん」 「え、あぁ、澤村くん……なに?」 「昼休みのことなんだけど」 「え?! やめてええそのこと思い出したくないからやめてえええ」 「うわっ、ご、ごめん! いやあ、あのとき俺が止めるべきだったんだけど……西谷の勢いに、つい呆気に取られちゃったっていうか……。すまん」 「……澤村くん、ニシノヤくんのこと知ってるの?」 「知ってるっていうか……バレー部の、後輩」 「…………」 「すまん」 「西谷ってこう、猪突猛進なとこあるからなァ……。さんには悪いけど、アイツそう簡単には諦めないと思うよ」 「あ、あぁ……菅原くんもバレー部だったっけ……」 「三年の階まで押しかけたりするなって言っとくから!」 「俺は西谷派だから、さんの援護はできないや。ごめんね」 「おい、スガ! あー、部活あるからもう行くけど……」 「うん……大丈夫……。とりあえず、ニシノヤくんのことはお願いします……」 「おう」 「くっついてくんないかなァ……。西谷に押し切ってほしいよなー。あはは、ワクワクすんねー」なんていう菅原くんのセリフがとてつもなく恐ろしかった。 「あのぉ、西谷くん」 「はい!」 「澤村くんに色々言われなかった?」 「言われたッス! だから三年の階には行ってないじゃないですか!!」 ホントは行きたいんです!! 先輩の動向気になるんで!! 腹の底から出てるなこの声、というボリュームだ。鼓膜がビリビリ振動する。 西谷くんは飽きもせず、この一ヶ月毎日毎日どこかしらで私を見つけ、必ず声を掛けてくる。 私の希望通り、あの初日の告白以来三年の階には一度だって現れたことはない。それなのに、必ず私を見つけ出す。昼休みにちょっと職員室に用事、移動教室、登校時間ギリギリの下駄箱。どこからともなく現れる。先輩! と眩しい笑顔と一緒に。 「……あのさ」 「はい!」 「西谷くん、私のどこが好きなの? いつから?」 「全部ッス。初めて見たときからッス」 「なるほど分からん。全部って言うほど……っていうか、私のことなんて何も知らないでしょ。しかも初めて見たときからってどういう……ちょっと、だいぶ意味が分からないです」 「俺が毎日声掛けんの、うざがってないことだけは分かってるんで大丈夫です! 後のことはこれから先輩に直接教えてもらうッス。だから毎日探してるんで! 初めて先輩を見たとき、運命の人だって直感したんで間違いないッス!!」 「何から何まで意味が分からない……」 「意味分かんなくていいです。俺がこれから先輩のこと知ってくように、先輩も俺のこと知ってって下さい」 親しく話をするくらいの関係になら、なってもいいかな。そんなことを考えてしまって、心底困った。だってこんな感情、西谷くんのことを認めてしまうってことだ。私のことを好きだという彼を、受け入れる態勢を整え始めてしまったということだ。 西谷に押し切ってほしいよなァ。 菅原くんの声が聞こえたような気がした。 「あはは。いやー、くっついてよかったよなァ。さんには西谷みたいなのがイイって! こう、情熱的に引っ張ってってくれるヤツ、似合ってるよ」 「どうしてそういう答え出したのか気になるけど、まぁ……うん、そうなのかもね」 結局押し切られて付き合うことになった現状を考えてみると、確かにと頷ける。すると調子に乗ったらしい菅原くんが、いたずらっ子みたいな顔して「そのうち部活も観にきてやったらどう? それだけで張り切ると思うけど」なんて言うもんだからヒヤッとした。 「えー……いいよ、そういうの。めんどくさい」 そう、めんどくさい。毎日あちこちで声をかけられて、あちこちで好きだ好きだと告白されてるっていうのに、これ以上張り切られたら困る。……そして、それを許してしまっている自分にも困っているのだ。これ以上引っ掻き回されたくない。 するとそこへタイミングよく(いや、悪く?)西谷くんの「さーん!!」という声が廊下から聞こえてきて、すぐさまひょこっとその顔を出した。 菅原くんはちらっとわたしを見ると、「おー、西谷ァ。さん、今日部活観にくるってよー」と余計なことを言うので、澤村くん! 部長なんだよね?! 助けてお願い! と視線で訴えるも……「……じゃあ、俺たち行くから」と菅原くんの腕をぐいぐい引っ張りながら何かコソコソ言い合いつつ、さっさと消えてしまった。 心細く残されてしまったわたしの両手をぎゅっと握りしめて、西谷くんは言った。 とびきりの笑顔で。 「さんマジですか!!」 「…………あー、うん、そう。観にいく」 まぁなんだ……それで――これで、いいや。 |