私の彼氏の話を聞いてほしい。


あの人は女の私なんかより、ずうっとずうっとかわいい。肝心なのはどこがどうかわいいのかということだけれど、まぁ全部かわいいので一部紹介しようと思う。

それに全部言っちゃったら、きっと全女子が彼のことを好きになっちゃうに決まっているのだから。

 「ちゃん」

 一つ目。私のことを“ちゃん”付けで呼ぶところ。
 孝支くんは人懐っこい性格で、とても優しい人だ。
だから片想いしている女の子だって少なくはない。でも、私はなんにも心配することなんかない。彼の特別は私一人だという確信があるからだ。

 孝支くんは私のことだけを名前で呼ぶ。
去年初めて同じクラスになって、初めての席替えで隣の席に座ることになったその時からずっと。
 孝支くんはいつもにこにこしているし、それに男女分け隔てなく接するからみんなと仲が良い。それでも、どんな女の子であっても苗字で呼んでいる。それが私だけは名前で呼ぶのだ。


 お互い席に着いたあと、孝支くんが「よろしくね、ちゃん」と呼び慣れた風にさらっと私の名前を口にした時は、それはもう驚いた。その時初めて同じクラスになったのだし、私は孝支くんのことをまったく知らなかった……とまでは言わない――彼のことを好きだという女の子、または好きなんだろうなという女の子を私は何人か知っていたので――けれど、名前で呼ばれるような間柄でないことは明白だった。でも、孝支くんがあんまりにこにこしているもんだから、私は「うん、よろしくね」とそれに応えて、名前で呼んだことを指摘したりはしなかった。そしていつからか、私も彼を“菅原くん”ではなく“孝支くん”と呼ぶようになった。その頃にはもう、お互いがお互いのとても近いところにいたと思う。

 「……ぼんやりしてどうしたの? 具合悪い? 保健室、連れてったろーか?」

 「あ、ごめんね、なんでもないよ」

 孝支くんは私の目をじーっとしばらく見つめて、それからにこっとした。

 「うん、うそじゃないな。じゃあ考え事してたんだ」

 二つ目。こうやって私のこと全部を知ってるところ。これも隣の席になった時からずっとだ。
 たとえば私が生理の日になんか、私の体調不良を誰より早く察知して「ちゃん、顔色あんまり良くないよ。俺、下の階行く用あるから一緒に行くべ」と保健室まで付き添ってくれた。今でもそうだ。もうそんなウソなんてつかずに 「ちゃん、保健室行こ。ついてく」とはっきり言う。ついでに生理だってことも知っている。まぁ付き合ってれば自ずと知れることだけれども。

 孝支くんは優しい。男の子にも女の子にも、誰にでも。
でも、私には特別優しい。
私は孝支くんにいちばん優しくしてもらっている自信がある。
私のことしか見えてない。かわいい。

 「ねえ、何考えてんの?」

 三つ目。私もそうじゃないと――孝支くんのことだけを見ていないと、こうしてすぐに構って! とばかりに私の注意を引こうとするところ。この人は本当に本当に、私のことが好きだ。

 「孝支くんのこと」
 「え、ほんとかなあ」

 私が構ってあげる様子をちょっとでもみせると、こうやってすぐに機嫌を良くしていつもよりももっとにこにこする。いつも笑顔を絶やさないけれど、その質が少し変わるのだ。私の前でだけ、ちょっと照れたように唇をむずむずさせながら笑う。

 私のことが本当に大好きな孝支くんだけれど、その愛情の一途さと言ったら舌を巻く。彼はなんと、私のことを中学生の時からずぅっと好きなのだ。

 私が孝支くんの存在を知った――顔と名前がしっかり一致したという意味である――のは高校に入ってからだ。高校に入って「菅原くんっていう隣のクラスの男の子がね……」という話を聞いて初めて、菅原くんっていう優しくてかっこいい男の子がいるんだ。ああ、あの人ね。といった風に彼の存在をやっと認識した。その人となりを知ったのなんか、同じクラスになって隣の席に座ることになってからの話である。けれど彼は、それよりずっと前から私のことを知っていたのだ。だから容易く私の名前を呼んだ。


 中学二年のとき、職員室まで運ぶように先生に任されたプリントの束から一枚、風にさらわれたのを拾ってくれてからずっと気になってた。それからいつの間にか好きになってたんだ。……と去年私に告白したとき、孝支くんは言った。私はもちろんそんなこと覚えてやしなかった。

 彼の告白にイエスと返事をしたのは、単純にその時彼氏がいなかっただけのことである。今はもちろん、孝支くんのことが好きだ。でも始まりはそんなものだった。孝支くんのほうも、それに気づいていたと思う。そしてそれが、彼がかわいい理由だ。単純に、私のことが大好きだから、ちょっとでも自分に意識を向けてもらいたい。ただそれだけだ。だから今だって、かわいくカーディガンなんか着てるのだ。これが四つ目。

 「孝支くん、やっぱりカーディガン似合うね。かわいい」
 「ほんと? 普段あんまり着ないから、変な感じ」
 「これからもっと着てきて。東峰くんみたいに」
 「……それってどういう意味?」

 カーディガンからちょっぴり見えている指先が、その裾をきゅっと握りしめる。やだなあ、かわいい。
 少し大きめのほうが楽だよね、と言ったのは正解だったな。いわゆる萌え袖だ。かわいい。そして私の言うこと全部素直に聞き入れてしまうところは、もっとかわいい。孝支くんて本当、私のことが大好きだ。今だって私のことが大好きすぎて、たった一回、東峰くんの名前を出しただけでこれだ。東峰くんとはとっても仲良しなのに、私が関わるとすぐに妬く。五つ目はやっぱりこれだ。だってこんな小さなことで妬いちゃうなんて、かわいいと言う他にない。

 「孝支くん優しい顔立ちだから、カーディガン似合うんだもん。東峰くんみたいに、いつでも着ててほしいってことだよ」

 「ふぅん」

 唇を尖らせて、つまらなそうだ。

 「深い意味なんてないよ。こんなことで拗ねないで」

 優しく言ったつもりだったけれど、言い方なんてまったく関係なかったみたいだ。

 「だってちゃん、旭と仲悪くないじゃん」

 「仲悪くないって……仲悪いほうがいいの? 孝支くんのチームメイトだし、友達じゃない」

 んんん。そう唸ったあと、でもね、でもね、と孝支くんは何かないかと理由を探すようにそう言った。そしてほら見つけた! と言わんばかりに、こうのたまった。

 「だってちゃんが旭のこと好きになるかもしんないじゃん! 俺より旭のがいいとか、言いだすかもしんないじゃん」

 孝支くんは私のことが大好きだ。私は始まりこそ“ちょうどよかったから”なんていう理由だった。今考えるととても失礼な話だけれど、もちろん今は孝支くんのことが大好きだ。孝支くんが心配することなんて何一つない。私が心配することなんて、なんにもないように。

 孝支くんの一途な気持ちに心が動かないはずがなかった。ずぅっと私のことだけを見ていた。今だってびっくりするほど、それが毎日毎日よく伝わってくる。それを中学二年のころからずぅっと続けてきたのだ。それで孝支くんを好きにならずにいるなんて、到底無理な話だったのだ。

 「孝支くんのことしか好きじゃない。今までもこれからも、ずうっとそうだよ」

 それを聞いて何を思ったのか、孝支くんは耳までも赤く染めた。まぁ予想はつく。

 「……うん。ちゃん、好き」
 「うん。私も好き」

 そろそろ孝支くんのかわいいところの話はおしまい。
じゃないとみんな、好きになっちゃうでしょ?


 そしたら私まで、妬かずにはいられないもの。



Photo:はだし