ちゃん、大好きだよ。
 俺がそういうことを言うと、彼女は決まって嫌な顔をした。

俺のことなんてまったく興味ありません。っていうか嫌いです。そういう顔だ。
だからって、彼女を諦めるとか嫌いになるとか、俺の心にはそんな気配ちっともない。

 こんなにあからさまに、不快ですって顔をされたって。


 「ちゃん、好き。大好き」
 「あっそ」
 「そういうとこも好き」
 「いっつも思うけど、あんたってホント頭おかしいね」

 そうだ。俺の頭はおかしいのだ。

 そうでなきゃ、こんなにもちゃんのことばっかり考えて、俺のこと、どうしたら邪険にしないでくれるかなとか、どうやったら好きになってもらえるのかなとか考えるはずないのだ。だって、こんなにも嫌われてるのに。俺がどんなにちゃんのことを好きでも、こんな顔されるのだ。報われることなんてない。

 「でも、好きなんだもん。ちゃんのこと、大好きなんだもん」

 すると、ちゃんは何か言いかけて、口をつぐんだ。
いつもならここで、「気持ち悪い。わたしはあんたのこと大っ嫌い」って返ってくるのに。
 悪態つかれてるのにおかしいかもしれないけど、俺は本気で心配になった。
どっか具合でも悪いんじゃないかって。

 ちゃん、どうしたの? 俯いた彼女の顔をそうっと覗き込むと、見たことない表情を浮かべたちゃんと目が合った。その目が潤んでいる。どきっとしてしまった。だってまるで、俺のことを好きみたいな顔だ。

 「……どうもしてないからどっか行って」
 「え、やだよ」
 「はぁ? どっか行ってって言ってるでしょ」
 「だから、やだってば」

 だからあんたのことなんてきらいなの。

そう言ったちゃんは、今にも泣き出してしまいそうだ。
期待、しちゃうなぁ。

 だって、俺のこと、絶対に好きだもん。

 「ねぇちゃん、こっち見て」
 「やだ。ねぇ、もうどっか行ってよホント」
 「ちゃんがこっち見てくれたら、いいよ」
 「……だったらずっとそこにいれば」

 じゃあそうするね、ちゃんがいいって言ったんだからね。俺はそう言うと、ちゃんの椅子の脇に体育座りした。こちらの様子を見守っていた女の子たちが、きゃあ! と小さく悲鳴を上げる。彼女は素早く顔をそらすと、机に載っていた教科書で俺の頭をスパンと殴った。すごい、こっち全く見ずにクリーンヒット! 岩ちゃんみたい。言ったら彼女が怒ってしまうのは目に見えているので、俺は大人しくしていた。

 すると予鈴がなってしまって、どうしようかなと考えていると(クラスが違う)、鬼も裸足で逃げ出す形相で、岩ちゃんがずかずかこちらにやってきた。やっぱり俺の頭を――こちらはきつく握りしめられた拳だ――で殴って、 「クソ及川! てめぇ何してやがる!」と怒鳴った。

 「だってちゃんがここにいてって言ったんだもん!」
 俺がちょっとボリュームあげて言うと、ちゃんも声を張り上げる。
 「そんなこと言ってない!!」
 「言ったじゃん!!」
 更にボリュームを上げる。
 「ちょっと岩泉! どういうつもり!? あんたがこのバカの世話役でしょ!」

 岩ちゃんは難しそうな顔をした後、ちらっと俺を見た。 「……すまん」なんて人に謝る岩ちゃんなんてそうそう見られない――そもそも謝らないといけないようなことをするヤツじゃない――ので、へらっと笑ってみせるともう一度げんこつされた。やっぱり、岩ちゃんのほうが痛いな。

 「おいグズ川、行くぞ」

 ちゃんを見ると、もうすっかりいつもの顔をしていた。
 あぁ、残念。
 
 もしかしたら、俺のこと好きって言ってくれたかもしれないのに。



 「……あんたホント、わたしのこと好きなの?」

 ちゃんが珍しく――いや、今までのことを思うと絶対にありえないことだ――そんなこと言い出すもんだから、俺はまぬけな声で「っへ?!」と素直に驚きを表現した。ちゃんの顔はいつも通りだ。

あんたのこと大っ嫌い。

 「な、なんでそんなこと聞くの?」
 「別に。言いたくないなら聞かないけど」

 チャンス! そう思う以外、他には何もなかった。

 「好きだよ。大好き! ホントに本当に、ほんっとうに、ちゃんのこと、大好き!」

 けれど、ちゃんはいつも通りだった。
興味ないですってのをちっとも隠さないで、「あっそ」と言うと、また文庫本に目をやった。

え、なに、どういうこと?

 「え、それだけ……?」
 「……は?」
 「いや、『は?』じゃなくて!」
 「別にいいでしょ。いっつもあんたがうるさくしてるの、我慢してあげてるんだから」

 それは……そうかも。と納得しかけて、「よくないよ!」とちゃんの手から文庫本を取りあげる。

 「ちょっと! どういうつもり?!」

 それは俺のほうが聞きたいよ! ……どういうつもり?
 ちゃんの手が届かないように、文庫本を持った手を上げてしまう。
ムッとした顔もやっぱりかわいい。

 「ちゃんがそんなこと聞いた理由、教えてくれたらいいよ」

 昨日とおんなじことを言うと、ちゃんは黙ってしまった。
もしかして……俺はまた、期待してしまう。いや、今日も嫌い、大っ嫌いって顔なんだけど。

 「わたし、あんたのこと嫌いって言ってるよね」
 「うん。毎日言われてるよ」
 「……それなのに、なんで毎日毎日わたしのとこへ来るの」
 「なんでって、好きだから」

 するとちゃんは、あんた馬鹿じゃないの? というお約束の……あれ、ちがう。
 顔を真っ赤にして、俺の顔を睨みつけている。あ、今日こそ?

 「……わたしは、嫌いよ。ずっと嫌い。昨日も今日も明後日も、ずっと嫌い」
 「それでもいいよ。その分、俺がちゃんのこと大好きだから。昨日も今日も明後日も」
 「……あたま、おかしいんじゃないの」

 どんな告白より熱烈で、ひどくって、でも、こんなに嬉しいのってない。

 「うん! そうだよ! ちゃんのこと大好きだもん! 頭おかしくてもいい!」

 あんたホント、ばかじゃないの。


 俺はずぅっとずぅっと、いつまでも馬鹿のまんまでいい。
開口一番、
だいっきらい




(wallpaper:十八回目の夏)