眠らない街なのだ、ここは。だからわたしも彼も眠らない。飽きずに何度も口付けを繰り返して、満足しないと何度も体を重ね合わせて。 夜もいい頃合い、お酒を煽って気分を盛り上げて、でも言葉数は増えたりしない。それがわたし達だった。 わたしのこと好き? 愛してる? あなたのことが好きよ。あなたのこと、愛してる。 そんな言葉などわたし達の間にはいらない。 どうせ見えやしない愛など、言葉で語ってみたところで何も変わらない。 そういう無駄なことは、わたしも彼も好かなかった。 「夜景でも見てみるか?」 彼はそう言いながらベッドから降りると、煙草に火を付けた。 そんなの興味ないとわたしが答えると、気を悪くした風でもなく彼も興味なさげにふぅんと呟いた。 ホテルは眠らないのだ、特にここは。 彼の仕事先で経営してるらしく、待遇も特別いい。いつでもどんな時でも、彼の要望に応えるべく全てが調っている。 彼をぼうっと眺めていたら、わたしもなんとなく口寂しくなって、一本ちょうだいと煙草に手を伸ばす。 彼は何もいわなかったけれど、それも答えなどいらないからであってわたしは遠慮なく一本頂戴した。 彼の吸う煙草から火をもらって、ふうっと一息吐く。 こうしている間に、時間はゆったりと過ぎていく。でも、そんなことわたしも彼も意識したりしない。 だってここは眠らないんだもの。 わたしがもしもかわいい女だったりしたら、ここで煙草なんて吸わずに彼の腰にでも甘え縋ってみせるのだろうけど、 わたしは生憎とかわいい女ではないから煙草を選ぶ。彼だって、わたしにそんなことは期待しない。 彼は、わたしのこういう何か吹っ切れたようなさっぱり感が好きなのだ。もちろん、そんなこと言いはしないけれど。 わたしがいつかそういうことをしてみせたら、きっと面倒そうにするに違いない。 そういえば、とわたしは口を開く。 「ねえ、今日仕事はいいの」 すると彼は思い出したように、 「あ、そういえば一件だけど面倒そうなのがあったっけなぁ……いいわ、獄寺に代わってもらう」 彼が時折口にするゴクデラという人をわたしは知らないから、可哀相に、と思いはすれどだからといってなんでもなかった。 「じゃあ明日はどうするの」 今度は驚いたように、「どうするって、別に、お前といるけど」と言って煙草の火を灰皿に押し付けた。 まだ役割を果たせたはずの火は、まだ長さのあった煙草にぐしゃりと消されてしまった。 歪な形になった煙草を見て、なんだか申し訳なくなったわたしは自分のを大きく吸って、ゆったり紫煙を吐いた。 「なんだよ、お前明日なんかあんのか」 彼はどことなく面白くなさそうに言うと、わたしに迫った。 特に予定があるわけでもなかったけれど、赤いネイルが若干褪せてしまっていたのでサロンに行くのもいい。 わたしはただ、危ないよ、と煙草を持つ手をひらひらさせる。 彼は眉間に皺をよせて、わたしから煙草を奪うと灰皿に押し付けてしまった。 ああ、と思う間もなく、彼の唇がわたしの首筋を捕らえる。 「何考えてる」 「爪のこと」 「は?」 言葉にはしないけれど、彼はなかなか嫉妬深い男だった。よく、こういう子供染みたことをする。 わたしは間髪入れずにそう答えてやって、やっぱり爪のことを考えた。 暗い赤はこうしてぼんやり明るいオレンジの照明の下で見てみると、味があるように思う。 でも、カレンダーではもう春だし、冬並みにとっても寒い日もあるけれど、お天気だってこれから春になろうとしている。 ふんわりとしたかわいいピンクだってかわいいし、薄い黄色でフレンチとか、淡いブルーにちょっとワンポイントを加えてもらったっていいかもしれない。 「なあ、聞いてんのかよ。お前、明日も俺といるだろ? なあって」 でも、この男と逢うのには、そういう可愛らしいものは必要ないのかもしれない。 彼はどちらかといえば、可愛らしいと言うより妖しい色っぽさの方が好みだし、わたしの赤いネイルをいつも褒める。 「聞いてる。ねえ、それよりもう日付変わっちゃったし、“明日”じゃなくて“今日”よ」 ちらっと盗み見た置き時計は、そろそろ1時になろうとしていた。 「そんなのどっちだっていい。俺達が眠らなきゃ、いつまで経っても“今日”は“今日”だ」 自分勝手ね、と言ったもののわたしも同じ考えだった。だってここは、わたし達のいるところはいつだって眠らないのだから。 「武、もう眠たい」 思ってもいないことを言うと、彼は不機嫌をあからさまに表情に出して、その後悪戯っ子みたいににやりと笑った。 「じゃ、眠くならないようにすればいいな。が眠くなったら、俺が何回でも起こしてやるよ」 別にそういう意味で言ったんじゃないのにと思いつつ、わたしの胸元に口付ける仕草に小さく笑った。 |