「あ、やばい。もうこんな時間?」 今日はやけにケータイの液晶を見るものだから、浮気相手からの連絡待ちではないかと疑っていた僕はすぐさま口を開いた。 「こんな時間って、門限間近でもあるまいし。そもそもまだ昼間ですよ。14時です」 少しばかり棘をもった口調に、彼女は何の反応も示さない。僕の機嫌はますます悪くなる。7日で形成されている一週間というまとまりのうち、義務教育中の(といっても彼女はともかく、僕はそれほど真面目に義務を遂行していないが)僕たちは5日間も学校に支配されていて、残り2日のみが休日なのだ。その非常に貴重極まりないこの休日(しかも明日にはもう義務教育!)に僕以外に何を優先させるというのか。 「ごめんね、ママと約束あるの」 「はい?」 彼女のお母様とはよく知っている間柄であるから、どういう人間であるかも把握している。彼女は娘と僕の関係をとても快く思っているし、若い男女の仲を不用意に邪魔立てするような女性でもない。むしろ思春期の男女の恋愛に対する母親としては、少々奔放すぎると言っていいほど…聞こえよく言えば寛容だ。つまり、時間が自由に使える休日デートの日に、わざわざ娘と出かける用事を入れてくるわけがない。仮にもしも外せない用事があったとして、彼女は邪魔をしてごめんなさいね、なんて僕に詫びを入れるに決まっている。そういうことであるから、僕はそんな雑な嘘に騙されたりはしませんよ。愚鈍なマフィア共じゃああるまいし。まぁ、彼らのような人間を引き合いに出すまでもありませんが。 「、本当はどういう理由なんです。嘘はいけませんよ。今正直に話すと言うのなら、いくら僕といえど手ひどいことはしません」 「はあ?ママと出かけるってゆってるじゃん。っていうか嘘ってなに!ママと出かけるのになんで骸に嘘つく必要あんの?」 「わざわざ僕とのデートの日に、お母様が君を連れ出すはずありません」 「…ああ、ママ骸のことちょう気に入ってるしね。でも、今日は前から決まってる予定だから無理!てか先に言ったでしょ、今日は後に予定あるから3時前には帰るよって」 「そんなの君の都合でしょう。僕には関係ありません」 「…あんたホント頭おかしいんじゃないの?骸のことは大事だけど、あたしにだっていろいろ事情とか他に予定ある日だってあるに決まってんじゃん!」 「ならその用事とやらを僕が納得するように話してごらんなさい!」 「めんどくせー……今日は脱毛サロンの日なの。ママと一緒に。予約3時半からだから、もう帰る。じゃ」 「ちょ、ちょっと待ってください今なんて?!」 「あ゛?!しつけーな脱毛つってんだろ!!」 「………あ、お母様の付き添いで、はしないんですか。脱毛って痛いって聞きました。お母様なら怖がってしまいそうですもんね」 「なんでママの付き添いする必要あんの?ねーよ。親子割引あるから、ママと一緒にあたしもしてるよ、脱毛」 「?!なななっ、なんですかそれ聞いてません!!!!!」 「なんでいちいち言わなきゃいけないの」 「なんでですと?!あああ当たり前です!だいたい君は脱毛がなんだか分かってるんですか!?」 ものすごい剣幕で捲くし立てるものの、は全く動じない。…いや、そういう所も好きなんですよ…天使のような顔をしておきながら実はとんでもないはねっかえりで、そんな意外な一面は極限られた親しい人間しか知らないとか二次元的萌え要素をピンポイントで押さえにきてるあたりなんかもう僕イチコロです。だからのお願いにはほとんど笑顔でOKサインを出してきましたが、今回は事が事ですから別です。それとこれとはお話が違います、です。 「はぁ?字のままだけど。わたしの受けてるのは光だから全然痛くないし、そもそもいちいちムダ毛そるのも面倒くさいし…ま、オトコのあんたには分かんないだろうけどね、わたしの苦労なんて」 この一言に、僕はついにキレた。 「“男の僕には分からない”…?……、君は大きな勘違いをしている…。この問題は、男である僕だからこそ言いたい!!脱毛は悪であると!!」 「…骸、もう時間ないから行くね」 「お待ちなさい!!」 面倒なことになる前にさっさと帰ろうという魂胆があからさまですよ、。僕は去りゆこうとする細い肩をがしりと掴んだ。そしてくるっとこちらに半回転させる。色素の少し薄いブラウンの瞳が、僕を捉える。…ああ!……ではなく! 「いいですか、本来、人間には“無駄”と言われる毛など一切存在しないのです。何故なら、毛というのは様々な外的刺激に対する防衛策の一つであるからです。鼻毛や陰mぶぐふぁ!!(※に殴られました)…大事なところにも、繁々と生い茂っているのが何よりの証拠です…。そして僕が声を大にして言いたいのはここからです!!…毛―――――これはフェロモンと強い関係にあると聞きます…つまり、脱毛をしてしまっては君からする甘い香りのフェロモンも毛と共に消滅してしまうのです!!それをこの僕が黙って見過ごすとお思いですか?!否!!フェロモンとは男を誘惑する何よりの媚薬!!生まれながらにして持っている才能を、どうして意図的に排除しようと言うのでしょう!僕はの全てを愛しています。が、やはりその君が発するフェロモンというのも、僕を惹きつけてやまない一つの要因と思うのです。ヒトが発する匂いの嫌悪すら愛情に関わっていると言うのですから、目には見えぬ、または香りもせぬけれども確かに存在するフェロモンの偉大さというのはとてつもなく強大なものだと思いませんか?ですから、脱毛というのは―――――……、?」 「…なら…もう、出ていきました…骸さま…」 「な、なんですって…?!くっ、クローム!千種たちと共に今すぐを追いなさい!!」 「………追ってもいいですけど…、骸さま、これ以上に嫌われたら…、もう、別れるしかないと思います…。けど、いいんですよね…?じゃあ、いってきます…」 「えっ、ちょっ、ま、待ちなさい!今の命令は撤回します!ちょ、クローム?!きみ素直なのはいいですけどもうちょっと主人の利益不利益を考えて行動しなさいよっあっしてくださいだからちょっとお待ちなさいぃいいぃぃ!!!!!!!!!!」 |