三成の正室である殿という女子は、あの稀代の名軍師――竹中半兵衛の実妹で、太閤殿にも甚く可愛がられておるユエ、豊臣の至宝などと呼ばれておる“あの”竹中殿である。教養があるのはもう察することが出来ようが、このオヒイサマは容姿もまた“宝”の名に相応しいもので、第五天と“戦国一の美女”という肩書きを競い合っている。というのは本人達の知るところではなく、それぞれを推す周囲のニンゲンが声を張り上げているだけに過ぎぬコト。モチロン、我ら豊臣勢は殿を推すほかあるまいが。ヒヒッ。さて、それは兎も角として。その戦国一のオヒイサマの夫である我が友、石田三成という男が血相変えて我の元へやってきたところから、この話を始めるとする。

「ぎょ、刑部!た、大変だ!がッ!!」
すっぱーん!!

「…やれ三成。オヌシ、三日前にもココの襖をだめにしよったのを忘れたカ」
「襖などどうでもいい!がッ!が私の部屋を――――!!」
「……奥が今度は何をしよった」
「も、」
「藻…?」


「も、模様替えをするなどと言い出したッ!!わ、私は一体どうすればいい?!」


……石田三成、夫妻は毎度、我を至極どうでもヨイことに巻き込む。




「……して、奥はナニユエ模様替えを?」




一先ず興奮する三成を引き連れ問題の三成の自室へ移動すると、奥が職人らしき男にああでもないこうでもないと言っているところであった。すると三成が余計に興奮(その男はなんだッ!!私を裏切るつもりかァッ!!)してどうにもならないユエ、一度職人衆には帰ってもらい、三成を叱る(もう少し大人しくしやれ三成、大人げないと奥に嫌われるぞ)とやっと落ち着いて話を出来るような具合になった。

奥は困ったような顔で、我を窺うように口をおずおずと開いた。

「…もう、夏にございましょう?今年も暑いと聞きますし、少しでも三成さまがお心安らかに過ごせますようにと、はお部屋を涼しげに…と思ったのです」

「ほう、それは仲良きコトよ。ほれ三成、今度も奥がヌシを気遣って下さったのではないか。喜ベ喜ベ」

「…そ、そうなのか…」

「そうよ、ソウ。…さて、では我も仕事があるユエ、ここで失礼つかま「では私もを手伝う!」

「まぁ、三成さま…」
「刑部、貴様もが怪我をしないよう見張っていろ。いいな」
「…い、イヤ、我は仕事があるユエな、」
「嬉しゅうございます、吉継どの!流石、三成さまのご友人ですね」
「当たり前だ!刑部は私を決して裏切らない!!」


「…………そうよな、我は三成も奥も裏切らぬよナ…」


この夫婦はとても仲がヨイことで有名であるが、それは我のこのような苦労があって成り立っているというコトも明らかにしてもらいたいものだ。毎度くだらぬコトで犬をも喰わぬ…いや、もう犬など関係あるまい。兎に角こやつらの阿呆のようなくだらぬやりとりにいちいち我を巻き込むコトによって、噛み合わぬ二人もそれらしく振舞えているのだ。我は太閤や半兵衛殿のようにオヒイサマの肩を持つようなコトはせぬからな。それに、三成は唯一の我が友であるがそれとこれとは全くの別問題ユエ三成の肩も持たぬ。我は我だけの味方ヨ。何せ、我を労わってくれるモノなどおりはせんからナ。ヒヒッ、不幸不幸。……はァ。

「……では、早う済ませよう。奥、仕上がりは既に職人衆と打ち合わせておろうな?」

「はい、もう一度ここへ来ていただいて内装をお願いして、細々したものはわたくしが先日城下で取り揃えた物がございますので、それを三成さまとご相談して配置する心積もりでおりました」

「そうかソウカ。イヤ、流石あの半兵衛殿の実妹というだけある。素晴らしいサイハイ。さて。ではそこな者、先程の職人衆を呼んでまいれ」

控えていた奥付きの女房に声をかける。

「はい、承知いたしました。奥方さま、行ってまいります」
「お願いします」

さて、さっさとこのくだらぬシゴトを終えて茶でも飲みたい。

「お、おい、私は何をすればいい!」
「…三成ヨ、ヌシは邪魔にならぬようにな」
「わ、分かった!」


……三成は素直な男よナ。


◎◎◎


「ああっ、だめですだめです、そこはこうして下さいと先ほど棟梁にお伝えしました」
「へ、へえ、すんません、お姫(ひい)さん、へへっ」
「きっ、貴様ァアアァ!!穢れた目で私の妻を見るなァッ!!」
「ヒッ、ひぃ!」

「三成さま、邪魔です。あちらで吉継どのにお茶でも淹れて差し上げて下さい。あぁ、それでですね、ここは―――」

……そのような目で我を見ても、何もせぬぞ三成。それとこっちへ来るな。
我はここで奥に出してもらった芋羊羹と茶を飲んでいたい。
ヌシらになるたけ関わらず、ひっそりとナ。

……だからこっちに来るなと言うに…三成…。

「何故だ!私はを手伝う為にここにいる…それが何故邪魔だと言われねばならんのだ…!!何故だ刑部ゥ!!」

「……何故であろうな。まァ、ヌシの力が必要な時には呼ばれるであろ。
さ、とりあえず我に茶を淹れてはくれまいか」

「…………そうだな」

「………素直な男ヨ…」


それから、部屋の改装に合わせてあちこち移動しながら、せせこましく指示を出す奥を見守る我と三成。最終的には縁側にまで追いやられ、我は何故ここにいるのかと遠い目をし始めた時…

「ありがとうございました!これで理想通りです!お疲れ様でした」

「こちらこそいい仕事をさしていただきやした!お姫(ひい)さんの指示は気持ちいいくらい狂いがなかったもんで。またお願いしやす。おう、野郎共、帰ェるぞ!」

「「「「へい!」」」」

やっと大掛かりな改装が終わったようである。そわそわとひたすら奥の様子を窺っていた三成が、すかさず勢いよく立ち上がり、あっという間に奥の傍に寄り添っていた。

!終わったか!」

「はい、三成さま。あとは細々としたものを整えるだけですよ。
手伝って下さいますか?」

「もっ、もちろんだ!刑部!私はを手伝うぞッ!、何をすればいい!」

やれ、やっと手伝えるとあってはしゃいでおるな三成。……マコト、ナニユエ我はここに呼ばれたのであろ。そんな我を余所目に、傍迷惑な奥が傍迷惑な夫にすっとある物を見せる。


「はい、ではこの掛け軸を」


薄く紫が色づくアジサイに、繊細な筆遣いで書き添えられた大一大万大吉の文字が美しい掛け軸。三成はお世辞にも美術品に詳しいとは言えヌが、目の前にある代物がどういう品であるかは感じ取ったらしい。恐る恐るといった具合に、掛け軸に手を伸ばしている。

「……これは…?」
「三成さまに、とてもよく映えるかと。…一目惚れしたんですよ」

まるで花が綻ぶかの如く微笑んだ奥に、ウッカリ我も引き寄せられてしまうのではないかと思「おい刑部!見ろ!!どうだ?似合うか?」―――う間もなく……。

……身に着けるものではないというに…似合うかと聞かれてもナ…。
三成よ、我に何と答えヨと?

しかしこれまで共に過ごしてきたのだ、ヌシの望みは手に取るように分かるぞ。

「………似合うニアウ。イヤ、奥の目利きには恐れ入った」
「聞いたか!刑部が似合うと言ったぞ!!」
「ふふ、良うございました」

やれやれ、毎度のことながら困った夫婦よ。より一層はしゃぐ三成とそれを見つめる奥に気付かれぬよう、小さく溜息を吐く。すると、いつの間にか奥が目の前に立っていた。……どこかで見た顔ヨ…。

「ふふ、吉継どのにはいつもご面倒をお掛けして申し訳なく思っております」

「……そのようなコトはない…とは言わせてくれまいな。ヒヒッ、三成はヌシのように我を気遣う余地も無い様ヨ。見やれ、あの子供のようなはしゃぎ様」

掛け軸を手にまるで乙女の如く楽しげな三成を視界の端に捉えながら、美しい玉のような淡い紫苑の瞳を細める奥に嗤う。

「素直な所も、三成さまの美点ではありませぬか。ふふ、これからも三成さまのこと、どうぞよろしくお願い致しまする」

……やれやれ、我は死ヌまでこの不幸を味わわねばならぬカ?
……犬をも喰わぬモノを、我なら喰うと?

「…ヒヒッ、参ったマイッタ。どこかで見た顔と思うたら、天下にその名を轟かす軍師殿であったカ」

「いやですわ、吉継どのったらお上手ね。―――あぁ、三成さま、そろそろ掛け軸はお仕舞いになさいませ。それは床の間に飾って、こちらの置物をご覧下さいな」

竹中半兵衛に並ぶ軍師…いや、策士殿がお相手では、我はどうにも出来ぬよナァ…
…ヤレ、不幸フコウ。