の、自分より劣る部分を見つけると僕は心底安心する。 僕がいなくちゃこの子はだめだと思えるのがうれしいのだ。前に酒の勢いで六道にそう言ったことがあった。あいつはあろうことかこの僕に、それはまた、君はとんでもない極悪人ですねと言い放った。何が悪いと言うのか、僕は未だにその答えを見つけられない。 「…またやったの」 「、ご、ごめんなさい、」 割れた皿に目を落として、僕は特に感情を表さずに言った。何を勘違いしたのか、はびくりと肩を揺らして怯えたように僕を見つめた。その場に座り込んで今にも泣き出しそうなを抱き上げて、ソファに座らせる。それからビニール袋を持ってきて僕は割れた破片を片付け始めた。するとは慌てたようにこちらに駆け寄ってきて、自分がやると言い始めた。 「いいよ、怪我するよ」 「きょ、恭弥さんがお怪我なさったらどうするんです」 「僕は君みたいにヘマしないよ」 そう言うとは黙り込んでしまって、けれども意志は固いようでその場を動かなかった。 「邪魔になるから向こうで座っていなよ」 「、でも、」 「いいから」 素足でとぼとぼとソファへ歩き出すを見て、僕は薄く笑う。ほら、は僕がいなきゃだめなんだよ。僕が傍にいて、なんでも世話をして、ずっとずっと守ってあげなくちゃ。 「恭弥さん、」 「何」 「…わたし、邪魔ですか」 破片を拾う手が、ぴたりと止まった。 「どうしてそう思うの」 「だって、わたし、何から何まで恭弥さんにして頂いて、なのに何もして差し上げられない、」 僕は破片を拾うのをやめにして、の座る隣へ腰掛けた。 「君が何もできないから、僕が一緒にいてあげるんだよ」 は泣き出しそうな顔をして、それから俯いた。何をそんなに気にするのか、僕には分からない。のできないこと、足りないところを僕が補うのがいけないの?僕は初めからに何かしてもらおうなんて思っていないし、これからだって僕が彼女にそんなくだらないことを求めるとは思えない。だから何もできなくっていい。簡単なことじゃないか。 「…リボーンさんに、言われました。…わたし、自覚が足りないって」 「何?」 黒尽くめの男の姿がぼんやり頭に浮かぶ。彼はおもしろいから大抵のことには目をつむっていたけれど、余計なことを言ってくれた。そういうことは僕がに言えばいいのであって、他人が口出しするようなことじゃない。 「、恭弥さんの婚約者なら、もっと自覚を持って生活しなくてはだめだと、」 「そんなことに耳を貸さなくていい」 「ですが、」 「君ができなくても僕ができればそれでいいだろ」 それからは、すっと顔を上げて僕の目を見つめた。こんなにも真っ直ぐに見つめられたことは今まで一度もなくて、らしくもなく僕は少しだけうろたえた。眉がぐっと寄るのが自分でも分かった。なぜだろう、不快だ、とても。 「それで、一度しっかり勉強するべきだと仰られて、しばらくリボーンさんのところで、」 最後までは言わせなかった。 の頬をはたくのは、これだけじゃなかった。 「きょ、やさ、」 「必要ない。君ができないことは僕がする、君は黙って僕の傍にいればいい。…余計なことに気を回すヒマがあるんなら、少しは僕のことを理解する努力をしなよ」 いつもはこれで引き下がるはずが、は引かなかった。 「…それでは、駄目なんです、わたしがもっとしっかりすれば、恭弥さんのお邪魔にはならないはずです、」 「必要ないって今言ったよね」 「いいえ、わたしは恭弥さんのお役に立ちたいんです」 「うるさい、必要ない」 「恭弥さん!」 「黙れ!」 いつの間にか興奮していたようで、僕は肩で息をしながらを睨みつけた。息を呑む音が、妙に大きく聞こえた。怯えた顔をしているくせに、それでもは僕の目を見つめるのをやめなかった。気に入らない。僕がなんでもするって言ってるんだ、それでいいじゃないか。それなのになんでそんな目をする。なんで僕の要求を受け入れない。 「恭弥さん、」 「うるさい黙れ」 いつだってなんだっては僕の言うことに逆らわなかった。僕に何か要求することもなかった。それなのにここへきてどうしてこんな形で裏切るのか。僕にはさっぱり理解できない、いや、したくない。初めは見合いなんて冗談じゃないと思ったし、全部めちゃくちゃにしてやるつもりだった。でも、君だったから僕は受け入れたんだ。この生涯を歩むのに隣にいるのが君だったら、それはそれで構わないと思ったのは君だったからだ。僕はの夫として自分が相応しくないなんて思ったことはないし、何もかも与えてる自信がある。不服に思うことなんてないはずだ。それなのに、 「…どうしてそんな目をするの」 「え、」 「その目が気に入らないって言ってるんだ!」 胸倉を掴んでソファに押しつけると、はついに涙を浮かべた。そうだ、それでいい、それでいつものように言え。ごめんなさいと。僕の言う通りにすると。 「、な、なんと言われようと、わたしは、こればかりは引きません、」 「どうして」 ぐっと顔を近づけて凄んでみせても、は決して目を逸らさなかった。 「、わたしは、雲雀恭弥の、妻に、なる、女だから、です、」 彼女に自覚がないなんて、誰が言った?こんなにも自分の欲求を露にしているじゃないか。僕が欲しいのは、なんでも一人でできる女じゃない。僕がついてなくちゃだめな女だ。僕がいなきゃだめなしか、僕はいらない。の胸倉から手を放すと、僕は静かに口を開いた。 「」 「は、い、」 「しばらく外出しないでね」 「…え、きょ、うや、さん、」 「あと僕が出てる間は誰か来ても中に入れないでね、話を聞くのもだめ。電話ももちろん出なくていいから」 は唖然とした様子で、ただただ僕を見つめるばかりだ。 「…いいかい、」 僕は自分が出せるいちばん優しいだろう声音で、まるで小さな子供に母親が言い聞かせるように言った。 「赤ん坊や他人の言う言葉なんかいちいち聞かなくていいんだよ。には僕がいればいいし、僕にもがいればいい、それでいいんだ。僕達はいずれ夫婦になる。お互いのことはお互いだけで解決すればいいんだ。僕は君が何もできなくたっていい、僕がする。君だってそれで困ることは何もないんだ、それでいいんだよ」 「でも、でもリボーンさんが、」 「いいんだよ、忘れて」 でも、とは何度も口にしたけれど、僕はもう何も聞き入れなかった。だって、そうだろう?もしがなんでも自分でできるようになってしまったら、きっと僕から離れていってしまう。不安要素はひとつでも減らしておきたいんだ。だって僕達はこれからの長い人生を共に歩むんだ、その中に他人は必要じゃない。ああ、六道はこんなことも言ってた。君がそのままでは、さんはいつか離れていきますよ。どうして?が僕から離れてしまう理由なんて、どこにもないじゃない。 「ねえ、これからもずっと、僕が守ってあげる」 は何も言わなかった。 |