指先は冷たくなってしまって、まるで氷のようだった。
彼女はなんの興味もなさそうにガヤガヤ騒がしいバラエティ番組を見ていたが、それは視線がたまたまそちらに向いているだけといった感じでくすりともしなかった。
オレはひたすら彼女の細い指を自分の指先でなぞってみたり、爪の形を観察したりてのひらをそっと包んでみたりしていた。彼女の指先は、いつでも冷たかった。
冷え性だから、と本人は言っているがとてもそれどころの話ではない。
オレが平均的な体温の持ち主で冷え症とは無縁だからそう感じるだけかもしれないが、オレは彼女の指先には何か底知れないものがあるかのように思えてならなかった。
「、」「なに」「寒くはねーか?」「どうして?」「いや、指、冷てぇからよ」
ちらとオレの顔を見たかと思うと、その視線をオレが握る自分のてのひらに移して、それから不機嫌そうに眉を寄せた。
オレの手を払うようなことはしなかったが。
「だから冷え性なんだって言ってるでしょ、しょうがないじゃない」
「それにしたって冷てぇよ。トウガラシとか食ってるか?あとフロ、ちゃんとあったまってるか?」
「ディーノうるさい」
この一言で一蹴だ。でもオレが口うるさく言わなくちゃ、誰が彼女の冷え性の心配をするだろう。
冷え性なんてめずらしくはない、逆になんでそんな大騒ぎするんだと呆れられるに決まってる。
でもそれは、みんな彼女の何かを感じ取っていないからなのだ。オレには分かる。
彼女の指先には、何かが宿っているのだ。それが、彼女の指を冷たい氷にしてしまう。
「トウガラシには発汗作用があるらしいし、フロでよくあったまるのは血流が良くなっていいんだって聞いたぜ?」
「辛いもの嫌いだし、あんまりお風呂に長く浸かってるとのぼせちゃうの」
じゃあ漢方でも飲んでみるか?とオレが言うと、はもううんざりした様子で「あのねえディーノ」「なんだ?」「あたしが冷え性だからって、別になんてことないでしょ?」
だからいちいち騒ぎ立てないでよね、と吐き捨てるように言った。何もそんなキツイ言い方するこたねーのによ。オレは純粋に好きな女を心配してるだけだってのに。
彼女の言い草はオレには不服なものだったが、そのくらいで目くじらたてるような器の小せぇ男じゃねーオレは、あくまでにっこり笑ってそれもそうだな、と返した。
それには訝しそうな表情を浮かべたものの、またさした興味もなさそうにテレビへ視線を向けた。
オレはまたの指先を熱心に観察する。触覚、視覚をフルに使ってじっくりと。
しかしそのうちそれだけじゃ飽きてきて、もっともっとと引き寄せられるように冷たい指先に唇を触れさせた。
今度は味覚で感じてみたい。この得体の知れなさを。白くすらりと伸びた人差し指を口に含むと、ちゅっと啄む。あまい。
「何してんの」「舐めてんの」
オレの唇が指先に触れた瞬間にはびくりと肩を揺らしたが、彼女はテレビから目を放さなかった。「いっ、」それが悔しくて噛みついてやると、今度はこちらを見た。
思い切り噛んでやったので、うっすらと涙を浮かべた瞳で。
「何すんのよ」「噛んだ」
あんた赤ん坊でも動物でもないのに言葉ちゃんと操れないの、とは辛辣な言葉を投げつけてきたがオレは痛くも痒くもない。
だってが悪いんだ、オレの話聞かないし、オレがこんなに心配したって我関せず。
さて今度は嗅覚と、オレは彼女の手のひらに鼻を押しつけた。面倒になったのか、はもう何も言わなかった。
ぎゃはは、とテレビから何がおかしいのか下品な笑い声が流れ込んできて、その音を除けば静かな部屋では耳触りと言ってよかった。
「オレ、の指にはなんかあると思うんだよ」「へえ」
どこまでも興味心ってのが薄いよなあこいつ。でもそれも今に始まったことじゃないし、オレは構わず続けた。
「だってこんなに冷たいっておかしいだろ。お前の指の熱、どっかに行っちまったとしか思えねーだろ?」
「そんなこと考えるの、馬鹿か暇人かあなたくらいよ。あら、でもあなた全部当てはまっちゃうわねディーノ」
もうどうでもいいから何かしら返事をしてやって大人しくしててもらおう、という彼女の魂胆は見え見えだった。
けれどオレはそれに乗ってやって、尚且つ黙るつもりもなかった。
「この指の熱、どこ行っちまったのかなー。な、」
「知らないわよ、旅にでも出たんじゃない」
「旅ってどこにだ?お前はここにいるのに」
「さぁ、知らない」
「じゃあどうしちゃったんだよ。お前自分の指のことなんだから分かるはずだろ?」
「だから冷え性」
「違うね」
もう勝手にしてよ、は心底面倒だというげんなりした顔でテレビを切ると、それからオレに向き直った。
「どうしたの、今日は」
「別に?お前の指先があんまり冷たいから、これってなんかあるよなって思ってよ」
「子どもみたいなひと」
くだらないとも面倒だとも言わず、はくすりと笑った。
「じゃあディーノ、あたしの指先の熱、どこ行っちゃったか教えてあげようか」
「え?」お前知ってるのか?とオレが言うと、「もちろん、だってあたしの体温なのよ?」
それもそうかと頷くと、がいきなりオレの唇にキスをしてきたのでびっくりしてひっくり返りそうになると、はそのままそっと耳打ちしてきた。
「あたしの体温、ちょっとだけどディーノに持ってかれちゃったのよ。だからいつも冷たいの」
そういえばと付き合い始めてから、オレ毎日熱っぽいかもしれない。(36.5℃)