「やあ、俺のかわいいお姫様。ご機嫌いかがかな?」


艶のある綺麗な黒髪に、獰猛な獣のような鋭い瞳。おまけにその色が赤ときたもんだから、わたしとしてはこの人というとまるでファンタジー映画の中の“悪魔”のイメージそのものだ。一応ここで説明をしておきたい。何もわたしはその見た目だけで彼を“悪魔”だなんて思っちゃいない。この人は本当に、心の根っこの部分から完全に腐りきってる文字通りの性悪なのだ!ここ――――池袋で、折原臨也の名前を聞いて平然としていられる人間なんていやしない。この通りを行く人たちみーんな、なんらかの形でこの人の被害に遭っているはずだ。なんでかって、もう一人のこの街の有名人―――それと同時に折原さんに並ぶ要注意人物である“あの人”ですら、彼にとってみたら自分の退屈しのぎの“おもちゃ”に過ぎないのだから。そしてもちろん、このわたしも彼の“おもちゃ”のひとつだ。

「……折原さん、いい加減にしてくださいよ。何度“声かけないでください”って言わせれば気が済むんですか?」

「いやだなぁ、ちゃん!声をかけるなだなんて、彼氏に向かってひどいんじゃないの?それにその呼び方、それこそいい加減どうにかならないわけ?折原さんじゃなくて臨也。はい、呼んでみて?」

「呼ぶか!!…だっかっらっ!そーいうこと公衆の面前で言うからですよ!!うそっぱちを信じちゃう人もいるんだからやめてください!!わたしと折原さんは赤の他人!付き合ってなんかいません!!!!」

「嘘?どうして?俺は君を愛してる。あとは君がイエスって答えるだけじゃない、簡単でしょ?」

「かんたんも何もわたし折原さんのこと好きでもなんでもないんで!むしろ嫌いなんで!!」

「えー、それはないんじゃないの?今だってこうして俺の相手してくれてるじゃない。……ちゃんて、人の良さそうな顔しといて結構好き嫌い激しいタイプでしょ?人間の、さ。そんな君がわざわざ嫌いな人間の話し相手を毎回ご丁寧にしてくれるわけないじゃない。つまり、ちゃんのはあれだね、“嫌よ嫌よも”ってヤツの典型!あれっ!じゃあやっぱり俺達ってラブラブってことだよね!あははははっ!」


最初のきっかけはなんだったか……あんまりよく覚えてない。むしろわたしの方は、いつこんなクレイジーな人と知り合ったろう?っていうくらいだ。一度会ったら絶対忘れないような濃い人なのは火を見るより明らかって具合なのに、不思議なことで。まぁそれはともかく、どういうわけか折原さんはいつからかわたしに執拗に絡んできては、わたしが困るのを見てきゃっきゃと女子高生のごとくはしゃいで喜ぶ。この人「人ラブ!!」とか言ってるけど、実際そんなこと全然ないんだと思う。人を困らせて楽しむなんて、本当にシュミが悪いったらない。わたしはひねくれた愛情なんてまっぴらごめんだから、おそらく…いや、十中八九“そういう”嗜好の折原さんの(彼曰く)愛情には付き合えない。…ということを何百回も何千回も説いているはずなのだが、この人は全く理解しようとしない。ほんと頭ん中見てみたい。……実際できるよって言われたら絶対しないけどね。…だって、なんか悪いものに感染しそうだもん。


「(なんか気持ち悪くなってきた)……とにかく、ここは池袋!サンシャイン通り!ハンズ前!!人通りが多いんです。つまりそれだけ人の目があるんです、騒げば…いや、騒がなくても“折原臨也”がココにいるって知ったら…」


―――――知ったら、“あの人”に殺されますよ。



「あーあ!折角ちゃんが俺の名前呼んでくれたのに!……相変わらず空気っていうものが読めないねぇ―――――シズちゃん。あ、化け物にはそういうの関係ないか!関わる人間なんていないもんね!」


「臭う臭うと思ったら―――――やっぱり手前かァ臨也ァアアアアア!!!!」


最後まで言い切らないうちに、“あの人”―――――通称、池袋の自動喧嘩人形と呼ばれる彼、平和島静雄が現れた。いつものことながら、“臭う”とはなんなのか。わたし結構な頻度で折原さんに絡まれてるんだけど、その臭い移ってないよね?静雄さんに限ってありえないけど、間違って襲われたら即死なんですけど。今だってどう考えてもおよそ人間のフルパワーの域を遥かに超えた凄まじい勢いの拳が、折原さんに向かって飛んでった。が、そんな力の持ち主の静雄さんと張り合う有名人の折原さんだ。見た目がひょろい優男だとしても、これがなかなか腕が立つのだ。非常に残念。ひらりとその拳をかわす。

「とにかくさー、今日はシズちゃんで遊びに来たんじゃないから邪魔しないでくれる?俺達これからデートなんだよね」

ぼんやりとしていたわたしの肩を、折原さんがぐっと引き寄せた。……この人……わたしを盾にする気だわ……!!おそろしい子!!現に静雄さんが、眉を思いきりしかめて折原さんを睨んでいる。…あ、足手まといというか…邪魔者ですいませんほんとすいません静雄さんの知り合いですいませんんん…!!


――――平和島静雄という人は、とても人間とは考えられないような怪力の持ち主な上、非常にキレやすいことで有名だ。自販機とかぶん投げるし、標識曲げるし、ケンカを売られれば買って、ついでに恨みも買って奇襲に遭ってまたキレて返り討ちにして……みたいなことが毎日のように繰り返され、そこでついたあだ名が“自動喧嘩人形”だ。誰もが、この人を恐れて関わろうとしない。

でも、わたしは知っている。この人は、ものすごく繊細で傷つきやすい、優しい人なんだと。

……だから顔見知り―――恐れ多くも静雄さんとお友達として仲良くさせてもらってるわたしを盾にされたら、静雄さんはこのクレイジー折原さんに何もできない。…く、くそお、折原臨也……!!あんたわたしの平穏を奪うだけじゃ足らず、友達まで盗るつもりなわけ?!…マジで外道だなオイ。こんな人が静雄さんと同級生だなんて…静雄さんかわいそう…。と、それはともかく!この状況をまずは打破せねば!!


「…あの、静雄さん。わたしこんな頭おかしい人とデートなんかしません」

わたしの一言に、ふたりの表情が逆転する。
ああ、静雄さんの爽やかスマイルはどこ…?その底意地悪そうな笑みはなに…?

「え、ちょっとその言い方はひどすぎないちゃん」
「だよな。それ聞いて安心した。―――――つーわけだ、クソ蟲……死ねやァァアア!!!!」

すかさず足を振り上げる静雄さん。
そして更にわたしを抱き寄せる折原さん。


……この、クズ……。


「っと、ちゃんがいるのにいいのー?もし当たっちゃったらどうするわけ?」
「え、折原さんわたしのこと愛してるとか言いながらわたしを盾にするんですか?…サイテー」

静雄さんの真似をして、心の底から蔑んでいますというような目で見ると、折原さんはころっと態度を変えた。クズのくせにクズらしく最後までクズでいられない、この人って中途半端な人だなあ…。そうとしか言えない変わり身の早さだ。加えてこの笑顔である。この人見た目はいいだけに、中身で損してるよなぁ絶対。あ、だからクズなのか。納得。

「そんなわけないじゃない!ジョーダンだよ、冗談!……ふう、しょーがないなぁ…今日はシズちゃんで遊ぶおろしろいモノ用意してないし、退散するよ。…じゃあね、ちゃん。今度はデートよろしくー!!」

折原さんはそう言って颯爽と去って行った。スキップで。ほんと、クレイジーだ。どういうきっかけでふたりがこういう…水と油的な関係になったのか、わたしは知らない。知ったところでどういうわけでもないし、そもそも静雄さんに聞くなんて寿命縮めることわたしデキナイ。折原さんに聞いたって自分に都合の良いようにしか話さないのは決まってるし。だから、どうだっていいのだ。―――――だって…


、大丈夫か?アイツに何かされちゃいねぇだろうな!」
「大丈夫ですよ。何もされてません。静雄さんが来てくれてよかったです!」
「…、そ、そうか」
「はい!」




照れくさそうに笑うこの人は、彼自身が思うよりもずっと素敵な、やさしい人だってことをわたしは知っているから。
ロックシティ・池袋・サンシャインにて