いつでも一緒にいたい、片時も離れていたくない。
そう思いはすれど、それが叶うはずもない。
俺にも彼女にも仕事はあるし、せねばならないこともある。
でも、それでもそう強く思う。そして願うのだ。
少しでも長く、彼女と一緒にいられるようにと。
「ねえ」
「んー?」
「今日、夕飯一緒に食べる時間ある?」
忙しい彼女のことだ、返答はどうだろうと俺がどきどきしながら聞くと、彼女は間を空けずに明るく笑って、うん、あるよと答えた。
俺は緊張をすっかり忘れて、じゃあ何を食べようかとはしゃいで聞く。
やっぱりフレンチがいいだろうか、それともイタリアン?いや、和食だっていいかもしれない。
毎日仕事で忙しい上に一人暮らしの彼女は、ゆっくり料理をする時間もないし。
でも凝った中華っていうのもありかもしれない。
俺がうきうきしながら色んなプランを提案すると、彼女はどれもいいねと嬉しそうに笑った。
「でも折角だし、今日は私が作るよ。レストランのシェフのようにおいしくはないと思うけど」
どうかな?という彼女のとびっきり素敵なプランに、俺はもちろん大きく頷いた。
彼女の手料理なんていつ以来だろう。
お互い忙しい間を縫って、なんとか最低でも2週間に一度くらいは少しでも逢える時間を捻出していたわけだから、最低でも1ヶ月は食べてないはずだ。
料理上手な彼女の料理は、いつだってなんだっておいしい。俺からすればどんな優れたシェフの料理よりも特別だ。
何がいい?という彼女に、なんでもいいよ、君の作るものなら、と答えると照れてちょっとだけ拗ねてみせた。
「もう、適当ね」
「違うよ、本当にの手料理ならなんだっていい。嬉しいんだよ、ゆっくり時間が取れなくちゃ手料理なんて食べられないから」
そう言うと彼女は笑った。
「ふふ、それもそっか。じゃあそうだなぁ…豚の角煮と、サラダでしょ、それとー、」
あれもこれもと言う彼女に今度は俺が笑って、そんなにたくさん食べられないよと言いつつも
本当にそれだけの品を彼女が作ってくれるなら、それだけの時間があるならと嬉しかった。
「そういえば、しばらく綱吉にご飯作ってあげる機会なんてなかったもんね、今日はとびっきり豪勢にいきたいじゃない」
「ねえ、どうせならお酒も呑もうよ」
俺がそう言うと、彼女は途端に申し訳なさそうな顔になって、俺はどきりとした。
「ごめん、」
その言葉に、心がぞわりと粟立った。
「終電には帰らなくちゃ駄目だから」
「帰らないで」
咄嗟に出てしまった。
それがどれだけ彼女の心に負担をかけるか、俺がどれだけ後悔するか分かっているのに。
「それは駄目よ。やらなくちゃいけないことあるから」
でも、一度口から飛び出した思いは止まらなかった。
「いやだ。今日は帰って欲しくないんだ、今日だけは、一緒にいたい」
彼女は困り顔で、そんなこと言ったって、私だって一緒にいたいけど、と呟くように言った。
ああ、と俺はやっぱり後悔する。それでも、今日は離れたくなかった。
毎回、彼女と顔を合わせる度に思うことだけれど、今日は特に。理由は分からない。
でも今日は、今は、彼女が俺の視界の外へ行ってしまうことが、ひどく恐ろしいことに思えた。
今日だけでいいから、俺のわがままを聞いて欲しい。
どこにも行かないで、俺の傍にいて、俺の声を聞いて、俺のことを見ていて欲しい。
こんなこと、自分勝手で迷惑な気持ちだって分かっているのに。
それからなんとなく気まずい雰囲気になってしまったけど、彼女は思い直したように明るく笑って
今夜の食材を買い出しに行こうと言って仕度を始め、俺もそれに応じたけれど気分は晴れなかった。
ふたりでメニューを考えながら食材を選んでいる頃にはそんなことも忘れて楽しんで、
帰宅してリビングでテレビを見ながら、時々彼女がキッチンに立つ姿を見ては微笑み、
食事している時も彼女の話に声を上げて笑い、俺の話に耳を傾けてくれる彼女に心安らいでいた。
「じゃ、そろそろ帰るね」
けれど彼女がそう言った瞬間、楽しかったことは全て吹き飛んでしまってひたすら悲しかった。
「まだ、いいじゃない」
「だめよ、電車なくなっちゃうもの」
「でも、」
「またすぐ逢えるじゃない」
「来週は無理だよ」
「それは綱吉の都合だもん、しょうがないじゃない、我慢しなくちゃ」
迷子になった子どもみたいに、大声で泣きわめきたい心持ちだった。
実際俺はうっかり泣いてしまいそうな勢いで、彼女に帰らないでと何度も繰り返した。
「綱吉、気持ちは私もおんなじだよ、でもしょうがないでしょ」
優しくそう諭す彼女の言葉など、理解したくなかった。
俺はしつこいくらいに帰らないで、いやだ、何度も何度も繰り返した。
そうしていつの間にか眠ってしまったようで、閉めたカーテンの僅か隙間から洩れる陽の光に
朝がきたのだとぼんやり思って、帰ってしまった彼女の姿を思い浮かべ、苦しくなった。
体を起こして、ぱさりと音をたて落ちたタオルケットに、やっぱり彼女を思い出して一層悲しかった。
ああ、あんなわがままを言った上に何も言えずにさようならだなんて。次に逢えるのはいつだろう。
その前に、昨日はごめんとメールしなくちゃ。そんなことを考えていると、起きたの?という声に俺はびくりと肩を震わせてから振り返った。
「、、なんで、」
俺の呆然と呟いた声に、は笑った。
「昨日、綱吉あのまま寝ちゃったから心配で」
コーヒー飲む?紅茶がいい?なんて言いながら、はなんてことないようにいそいそとキッチンへ向かった。
俺は何がなんだかさっぱり分からなくて、でも彼女がいるという事実に寝起きだというのに体はじんわり熱をもっていた。
「、えっと、あの、ごめん、」
「あはは、いいよいいよ、これから帰ってもなんとかなるし」
そう言って電気ケトルの用意をする彼女に、俺ははたと気付く。
「え、今何時、」
「ちょうど12時。軽くなんか食べようよ、サンドウィッチでいい?」
「え?!12時!?俺そんな寝てたの?!お、起こしてくれればよかったのに、」
「疲れてたんだよ、ぐっすりだったよー」
それで、コーヒー?紅茶?と聞いてくる彼女に、俺は驚きつつも嬉しくて仕方なかった。
好きだ、大好きだ、愛しくって仕方ない。
目覚めてまず彼女の声を聞けて、彼女の姿を見られるなんて、なんて贅沢なんだろう。
俺は紅茶、と答えてからのっそりソファーから起き上がり、彼女の方へ歩き出した。
これを食べたら帰るね、と言った彼女に俺はうん、と短く答えると、頬にキスを送って笑った。
なみだのあとに
(きみの笑顔があれば、涙なんて知らずにいれる)