というわけで、俺の目の前には黄色い扉があるわけなのだが。

ドガッ!キィイン!!ガコッ、ドスドス!!ガン!!

部屋の中から聞こえる、あきらかに普通じゃない音。
……入りたくねええええ。

「……けど、ここでじっとしててもしょうがな――――?!」

ドアノブに手を伸ばした瞬間、背後から鋭い殺気を感じた俺はとっさに振り返った。けれど、人の気配はない。なのに視線はどこからか分からないが確実に感じる。リボーンが設置しているであろう監視カメラの存在があるが、これは意思を持った“生きて”いる視線だ。でも“それ”が、本当に“生きている”ものかは分からない。……ゆ、幽霊、とか…さ…。まあ“それ”が何にしろ、こちらからコンタクトを取ることはできないだろうか?どんな“もの”であるのかさえ分かれば、もう少し俺の恐怖心というのも薄れる……かもしれない。…や、でもマジで幽霊だったらどうしよう…。ただ、いつまでもここで突っ立てるわけにもいかないし…ドゴォ!!!…部屋の中からの音もどんどん激しくなっている。俺は深呼吸をして、震える喉からなんとか声を絞り出した。

「……誰かいるの…?」
「あなたをみているよ…」
「ヒィイイ!!!(返事したァアアアア!!!!)」
「あなたの…めの、まえ…に…」

俺の目の前にいる。その言葉に戦慄が走った。マジだこれマジだマジの幽霊だこれマジだ!!!恐怖で体はぴくりとも動かないのに、何もいないことを確認したい気持ちとほんの少しの好奇心が視線だけ動かした。ちら、と視線を下げて足元を見る。何もない。一気に緊張が解けて、俺はさっさと黄色い扉へ進もうと扉へ視線を移した。すると、目の前には白いワンピースを着た長い黒髪の女性が―――こちらを見て笑っていた。その口には、血がべっとりとついている。

「うわあああああああ!!!!」

俺は力の限り叫んだ。すると女性はニタリと唇をさらに釣り上げて―――消えた。心臓の音が耳まで聞こえそうだ。俺は情けなくもその場にへたり込んでしまった。けれどこのままここにいたら、また現れるかもしれない。俺はいうことをきかない体をなんとか動かして、這うようにしながらも目の前の扉を開けて中に入った。

「ねえここに来るまでどれだけ時間かけてんの。僕を待たせるなんていい度胸だね、咬み殺すよ」
「本当に雲雀くんて短気ですよねえ、僕もう君の誕生日祝う元気ありませんよ綱吉くん」


部屋の中は戦場だった。

雲雀さんの口の端には血が滲んでいるし、骸の頬にもキズがある。いやもうこの際だからそんなことはどうでもいい。この企画そのものに俺を祝う気持ちがないのは最初から分かっていたことだけど、このふたりほどお祝いムード皆無な人っていないだろう(リボーン除く)。なんであなたたち戦ってるの。あきれる俺をよそに、雲雀さんが骸の発言にぴくりと形のいい眉をひそめた。…げ、この人まだやる気かよ。

「なに、僕が悪いって言いたいの君」

「というか君以外にいますか。まったく、お祝いの日にまで君ってひとは本当に無神経ですね。ね、綱吉くん」

「君こそお祝いの日にまでそんなふざけた頭して無神経だね、なんなのそのパイナップル。馬鹿にしてんの。君もそう思うだろ、沢田」


どっちもどっちだしどうでもいいわマジで。

というのが正直なところだが、そんなこと言ったら俺までこのくだらないくせに死と隣り合わせなバトルに参加させられる可能性があるので、ここは当たり障りなく「どっちも悪くないから仲直りしよう!」っていう幼稚園児向けの平和的解決方法を提案してみるのがいちばんである。俺はドン引きなのをひた隠して春風のようなほほえみを浮かべて言った。

「いや…別にどっちが悪いっていうか、ここはお互いが悪かったってことで…」

「は?じゃあ君、僕に非があるって言いたいの?」
「いや、雲雀さんにと言いますか、」
「じゃあなんです、僕だけが一方的に悪いって言いたいんですか?」
「そうじゃないって、骸だけが悪いんじゃなくてさ、」


お互いに悪いから両方謝って終わりにしようってことを言いたいのに、ふたりの剣幕にびびって俺はぜんぜん意思の疎通をはかれません。雲雀さんの目は獣を狙うハンターのように鋭い殺気をおびているし、骸は赤い目が不穏に揺れている。…このふたりに俺を祝う気がないのは分かっていたことだけど、かといって誕生日に殺されなくちゃいけない理由はない!!俺はじりじりと迫ってくるふたりの隙をついて、どうやってこの部屋から逃げ出そうかと思案する。…やっぱここは古典的だけど「あっ!あれはなんだ!」作戦が妥当ではないだろうか。それかなんか…食べ物で釣るとか。………子供だましにもほどがある…!でも何も思いつかないんだよこういう時に限って〜!

「……君を縛り上げて正直にこのパイナップルが悪いと白状させようと思ったけど、やめてあげよう」
「……僕に非がないことを分かっていただくために六道を旅していただく予定でしたが…変更します」


ふたりは同時にそんなことを言って、何やら部屋の隅へと向かう。
うず高く積まれた段ボールの辺りでごそごそと物を探す素振りをみせて、目的の物を見つけたのかまたこちらへと戻ってきた。

「僕は価値がよく分からないけど、フランスのだっていうからモノはいいらしいよ。あげる」
「僕のは純日本人の綱吉くんにふさわしい贈り物です。あ、礼ならいりませんよ、クフ」


ふたりがそう言って差し出してきたのは……

「キャアァアアア!!!!」
「なに、叫ぶほど嬉しいの」
「クフフ、喜んでいただけて何よりです」


なにこの呪われてそうなアンティークドール!!そもそも成人してしばらく経つ男になぜ人形?!雲雀さんからの(いやがらせとしか思えないけどたぶん)プレゼント(だと思う)は、この洋館に似合っている“いかにも”な金髪青目のアンティークドールで、骸から(こちらもいやがらせとしか思えないけどたぶんプレゼント)も、風貌こそこことはミスマッチだが雰囲気はすばらしくぴったんこかんかんな市松人形。いらねえええ!見ただけで呪われそうなのにもらって帰るなんて死んでもしたくない。っていうかこれもともとここにあったものじゃないの?!ふたりがごそごそしてた段ボールってどう見ても年代物なんだけど!

「…いや、あの、気持ちだけで十分なんで、」

さすがにいらないとは言えない日本人気質の俺は、それとなく断ろうとした。
が、相手はこのふたりである。

「遠慮しなくていいよ。誕生日だろ。僕があげるって言ってるんだからありがたく受け取りなよ」
「そうですよ。僕も立場上、後で何を言われるか分かったもんじゃないので受け取りなさい」


だからいらないんだよ!…そうは言えず、俺はけっきょく呪われた人形2体を腕に抱え、この階で訪れるのは最後という黄色い扉の部屋を目指して退出した。

・・・

「…ふう、毎年思うことですが、マフィア―――ボンゴレ式のバースデーとは面倒ですね」

この男の言うことに同意するのは死ぬほど癪だけど、これには僕も頷かざるをえない。もちろん本当に頷いてみせたりはしないけど。それにしたって毎年毎年なんで僕までこんなくだらない行事に参加しなくちゃいけないのか。しかも今年は沢田に彼女ができたからって、例年よりも手が込んでいてめんどくささも倍増した。だいたい僕が今フリーだっていうのになんでわざわざ彼女持ちの誕生日なんか祝ってやらなきゃいけないわけ?マジ腹立つ。

「……僕たちのすることはもう終わりだろ。僕はもうホールへ行くよ。…君とこれ以上ふたりきりなんてごめんだしね」

「失礼ですね、それは僕のセリフですよ。…はあ、なんで彼女持ちの誕生日なんか祝わなくちゃならないんですかね。その上に雲雀くんとペアを組まされるなんて…やっぱりマフィアなんて滅ぶべきだまったく」


……そういえばこいつも今フリーだったっけ。僕と同時期にフリーだなんてつくづくムカつくけど、彼女がいるよりずっとざまあみろって感じだからどうでもいいや。…それにしても、赤ん坊も人格歪んでるっていうか…教え子の誕生日くらい素直に祝ってやればいいのに。…もしかして赤ん坊も彼女いないのか。愛人がたくさんいるなんて言ってるけど、僕とてもじゃないけど信じられないんだよね。

《雲雀、骸、ご苦労だった。…だがバトルおっぱじめろなんて指示した覚えはねーぞ》

無線のイヤホンから赤ん坊が呆れたように話しかけてくる。監視カメラでこちらの様子をすべて知ってるとはいえ、まるで僕の考えてたことまで知ってるようなタイミングでなんだかムカつく。だいたい文句言うんなら初めから僕をこのパイナップルと組ませなきゃいいじゃないか、どいつもこいつもほんとなんなの。

「…やることやったんだからいいでしょ。あとのことは他にやらせなよ、僕はもうホールへ行く」
「ああそうです、綱吉くん、予定通りに怯えてくれてますよ。さんの様子はどうですか?」
《いや、の方は今のとこなんともねーな。さすがというか、鈍いというか》

ま、ここからが本番だ。

赤ん坊のその言葉を最後に、僕はイヤホンをその辺へ放り投げた。沢田がどうなろうがその彼女がどうなろうが、僕には関係ない。…どうせ何があろうと最後はハッピーエンドで恋人同士いちゃいちゃして終わるんだろ僕がこうして陰で頑張ってあげたってさ。考えれば考えるほど僕に得することぜんぜんないし疲れるだけだしほんとめんどくさい。ああ、僕もそろそろ彼女がほしい。ついでに甘いものも欲しい。

ああ僕もそろそろかわいい恋人が欲しいものです、ああ、ホールにチョコレートは用意されてるんですかねえと言ったパイナップルに最高に腹が立ったのでトンファーでそのふざけた頭に一発お見舞いしてやった。…ほんと、どいつもこいつもムカつくやつばっか。

塗られたボンゴリアンバースデー