「お疲れ様でした」


デスクの引き出しを閉めたと同時に、獄寺くんがそう声をかけてくれた。


「獄寺くんももう帰っていいよ」


手早くデスクの上を整理しながら、少し厚めの冊子を捲っている獄寺くんに言うと、
彼は「いえ、自分はこれを片付けてからにします。10代目、今車をご用意しますね」
とデスクにつき一台ずつ備え付けてある受話器を持ち上げたので、慌てて車は無用だとこたえる。

すると彼は険しい顔をしたけれど、俺は反対ににこりと笑った。




「今日はね、が迎えに来てくれるんだ」




幸福の足音




というのは俺の恋人で、元はヴァリアーに所属していたマフィアだ。
俺との婚約を機に、引退してしまったが。

彼女はいくらか不満そうだったけれど、俺としてはその方が安心だし、家に帰った時に他でもないが迎えてくれる。
それ以上に魅力的なことはない。
の傍は、心地いい。


ありがちだけれど、彼女の存在は太陽みたいで、俺の暗い澱んだ世界を明るく照らしてくれる。
優しさ、なんて簡単なものじゃない。
彼女が俺に与えてくれるのは、この世のどこを探しても見つからないような、そんな無償の愛だ。




みんな何かしら見返りを求めて、利用したり欺いたりしながら、それを露にして憎まれたくない一心で、己の醜さをうまく隠しながら生きている。




本物の絆なんて、そうありはしない。
悲しいことに、この世界に入って、それはよく知った。
だから初めは、という女性の存在は、認めがたかった。
信じて、裏切られることを恐れるばかりに、上辺だけの優しさを振りかざした。


そういう狡い俺を見抜いていながら、彼女はただ俺に笑顔をくれた。


根気強く、俺にまた人を信じることを教えてくれた。
信じなければ、人に信じてもらえることはない。
愛さなければ、人に愛されることはないと。




じゃあ俺が君を愛したら、君は俺を愛してくれるのかと聞いた時、彼女は、私はあなたを愛してるから、あなたは私を愛してくれる?と笑った。




彼女の存在は、俺の最後の救いだ。

こんな風に思ってるということは、彼女が悲しい顔をするから、絶対に言えないが。




「綱吉!」




俯き気味だった視線を上げると、少し遠くからが笑いながらこちらへ向かってくるのが見えた。
この笑顔が、俺の全てだ。


「待たせちゃった?」

「ううん、さっき終わったばっかりだから待ってないよ、今きたばっかり。早かったね」


俺が言うと、はすまなそうな顔をした。


「2、3時間くらい前からこの辺で買い物してたの。
だから車、駐車場に置きっ放しなんだよね。
向こうからの方がうち近いし…ちょっと歩くけどいい?」

恐る恐る俺の顔色を窺いながら言うもんだから、なんだかおかしくて思わず吹き出す。

「あはは、全然いいって」

「ありがとー。でもなんで笑うの!綱吉ひどいっ!」

「いや、だって、なんかすごいはらはらした顔するからさ、」

「だ、だってっ疲れてるのに歩かせたら悪いなぁって……もう、綱吉ひとりで帰れば!」

「ええっ!ご、ごめん、うそだってば、そんな怒んないでよ、冗談冗談」


何それ、知らない、もうついてこないでよ!

そんなことを言いながら、ずかずかと大股に先を行くの後を、一定の距離を保って追う。
こういう時隣で言い訳をすると、彼女は余計に不機嫌になるのだ。


「せっかく迎えにきてくれたのに、俺を置いてくのー?」

「綱吉が悪いんじゃん!自業自得」

「うん、俺が悪かったよ。だから誠心誠意謝ったじゃないか」

「ホントに心から申し訳なく思ってる人はそんなこと言いません」

確かに。


ってば、」

「知らない!」

「……ほんとに?」


「な、なによ、綱吉が悪いんでしょ!」


言葉は確かに俺を責めているものの、声の調子は動揺している。
やっぱり優しいなぁ、俺のこと、考えてくれてるんだなぁ、とついついでれでれしてしまう。
が、今はその時ではない、とふるふる頭を振って、煩悩を追い出そうとする。が、しかし。

あれだけ先へ先へと急ぎ足だったのが、うそみたいにぴたりと止まっているのだ。

低俗な本能的な衝動よりも、彼女を好きだなぁと想うやさしい気持ちが、急速に膨らんでいった。
その感情のまま、駆け寄ってその温かい隣の空席を陣取り、俯いている彼女の顔を覗き込む。




、ごめんね」




そしてそのままの、腰を屈めたままの状態で、下から掬うようにの赤い唇を奪った。
ちゅう、とリップノイズをたてて離れると、顔を真っ赤にした彼女の白い手が、俺の右袖を力なく掴む。








「……べ、べつに、ほんとに怒ってたわけじゃないよ、」

知ってるよ、君のそういう優しさも、かわいらしさも、全部。


もちろん、そんなことを言ってしまうと、またからかった!
とせっかく機嫌を直してくれた彼女を再度怒らせてしまうので、今は言わないでおくことにする。
どれだけ、この溢れだしそうな思いを、伝えたくとも。




だから今は言葉じゃない別の方法で、俺は君が大好きだってこと、伝えられればいい。




幸福はいつも、君が運んでくれる
君の足音はそう、


幸福の足音




***

凛ちゃんへ相互記念!
お待たせしてごめんなさい;
全然甘くなりませんでした…
返品可ですのでッ!

相互ありがとうございます!
今後も仲良くお付き合いさせていただければ嬉しいです。