「こんなところにいたんだね、。ずいぶん探した」




俺の言葉に、は困ったように微笑むだけだった。
両手で抱えられた真っ白なシーツを、咎められると思っているに違いない。


少し前にリボーンが注意したらしかったけれど、俺は問題ないと思っている。
が、彼女はそんなこと知りもしないのだから、不安げな眼差しをこちらに寄こすだけだ。




風にはためく真っ白なシーツの波をさっと見渡して、口を開く。




「今日みたいな天気だと、洗濯物もよく乾くよね」


太陽の匂いのするシーツは、とてもいい。
あったかい気持ちで眠りに就けるから、そういう時は大抵いい夢を見られる。
しかしそういう俺の考えは伝わらなかったようで、はずんと表情を曇らせた。



「、すみません、」



ぽつりと呟くような声量の言葉に、俺はほんの一時思考を奪われた。
そしてはたと気づいて、すぐさま言葉を返す。



「どうして謝るの?」
「……わたしのすべきことではないと、以前リボーン様からお叱りを、」



気まずげな調子だったけれど、そこには悲しみや寂しさが入り混じっているようだった。




と俺は、しかるべき恋愛を経て一緒になったわけでなく、言ってしまえば政略結婚のようなものだった。




当初は戸惑いの方が大きかったけれど、今ではすっかりに惚れこんでしまっている。
出来ることなら、彼女の望みは全て叶えてやりたいと思っているし、それは今の自分であれば十分可能なのだ。
か弱い女性一人の望みだなんて、いくらでも実現出来る。




それだけの力も器も、今の俺にはある。




「俺はいいと思うから、いいよ。の好きにして。リボーンの言うことは気にするな」




けれど、彼女は悲しそうな顔をするのだ。
俺がボンゴレのボスで、彼女がその妻であるから。
俺と彼女が自分の立場に無関心であればある程、周囲は俺達を敬い称える。



「……そういう訳にもいきません。……、あとは屋敷の者に任せます」



が、掃除や洗濯、料理をしたがるのは全部、夫である俺の為だと理解している。
それは決して自惚れなどではなくて、彼女の瞳がそれを如実に語っているのだ。


甲斐甲斐しく俺の世話をするメイド達を見ては、彼女は切ない表情で視線を外す。
豪勢な食事も、美しく磨き上げられた床も、完璧に整えられたベッドも、彼女を喜ばすことは出来ない。
それどころか彼女の表情はより一層深い影を落とすばかりで、晴れ間など見えそうもない。
そして毎夜ベッドの中で、自分は何もしてやれないと呟いて、俺の鎖骨に甘えるのだ。


もちろん、リボーンの言い分もよく分かっている。
ボンゴレの妻が、いくら夫の為とは言え家事をしているだなんて、示しがつかないことくらい。
もそれを十分理解しているからこそ、やるせない思いをしているのだ。




俺の為にとしてくれることなのに、それをどうしてこんな風に人目を避けるようにしかさせてやれないんだろうか。




なんでも出来る気になっているだけで、所詮俺は肩書きに寄りかかっているにすぎない。
沢田綱吉は、愛しいと想う女性一人の切なる願い一つすら、叶えてやることは出来ないのだ。


けれど、だからといって、たった一人の大事な女性を悲しませたままだというのも、到底我慢ならない話である。




「、いや、いいよ。俺が許可した、続けてくれ」




目を大きく見開くと、は首を振った。



「いいえ、綱吉さまを放ってそのような、」



言葉と裏腹な白い腕が、ぎゅっとシーツを抱きしめて、皺をつくった。
その様子に思わず口元を緩めると、の腕からシーツを取り上げる。
瞬間、清潔で爽やかな石鹸の香りが、ふわりと鼻先をくすぐった。



「いいんだよ、俺も一緒にするから」
「……、え、」



驚きに薄く開かれた唇をくすりと笑ってみせれば、彼女はみるみる頬を紅潮させた。




「それなら誰もお前だけを責めたりしないさ。……リボーンには一緒に叱られよう。いいね?」




顔を真っ赤にさせてうろたえる彼女の唇に、そっとキスをして、俺はシーツをばさりと広げた。