「ちょっとっ、やめてよっ触んないでッ!」


ぱしんと乾いた音と一緒に、彼女に伸ばした手は振り払われた。
じんと熱を持った手に、視線を落とす。ほんの少しだけ、赤くなっている。
痛みなんてものはないけれど。笑う俺の後ろで、獄寺君が喚いている。
分かってないよなぁ。こういう反抗的なのを下すのが楽しいんじゃないか。


こういう態度の女が一変して俺を愛してる、なんて言い出す時。
想像してみるだけで、楽しくって仕方ない。


俺はこいつに、俺が好きだって言わせてみたい。


「テメェいい加減にしろよ!十代目がお優しいのをいいことにふざけた態度取りやがって!」


獄寺君の悪い癖だ。俺を敵視する人間みんなに攻撃的な態度を取る。
一部例外として、敵対していないのに攻撃されてるのもいるけど。


「あっ、あんたには関係ないでしょ!」


彼女が突っぱねると、獄寺君がますますムキになる。
獄寺君も獄寺君だけど、もいい加減学んで欲しいな。
そういう態度は獄寺君を逆撫でするだけだってこと。
かといって本当に大人しく引き下がるような女なら、俺はいらないけど。


「ンだとォ?!」
「いいんだよ、獄寺君」


放っておけばいつまでもくだらない言い争いをし続けるので、仲裁に入る。
獄寺君がぐっと怯んだ様子を見せたのに対して、は余計に反抗的な光をその目に宿した。
そのくらいがちょうどいい。あんまり気が強いと、俺以外の男は寄りつかないだろうし。

虫除けすることなく穏便に事が済んで助かるって話だ。もちろん彼女にはそんな気などないだろうが。
寄ってくる男は、俺を含めてみんなうざったく思ってるのだ。普通、万札ひけらかせば喜んでついてくるんだけど。
俺がを気に入ってる理由の一つだ。生意気な女でも、金で手に入るようじゃろくでもない、その程度だ。


「しっ、しかしっ!」


食い下がる獄寺君に、俺は笑ってみせる。


は俺の女になるんだ。…君が指図していい女じゃないの、分かるよね」


獄寺君はおもしろいほど顔を真っ青にさせて、その場に土下座して何度も頭を床に打ちつけた。
が、その様子にごくりと喉を上下させた。唇が、ちいさく震えている。



これだ。俺が欲しいのは。
この可哀相な様子、何より大事にかわいがってやりたくなるだろ?



「もういいよ」
「もっ、申し訳ありません!!」


「二度同じことを言わせないでくれないかな?」


「っ、す、すみませ、」


青褪めた顔で俺の足元に視線を向けたまま、獄寺君が震えた声で答える。
そんな怯えた態度取られると、ますますが怖がっちゃうんだけどなぁ。
くすり、と笑ってみせると、獄寺君と、二人の肩が揺れる。





白い頬に手を伸ばし、そっと顎のラインをなぞる。


「っ、」
「行こう」
「、」


口を固く引き結んで、彼女は動かない。


「震えてるくせに、まだ拒むの」


何も答えない。
ぐっと力が籠っている両の手が、小刻みに震えているのを見つけた。
ふふ、と笑みを零すと、が俺をにらみつけてくる。


「…こわいんだ?」


悔しそうに唇を噛むので、そこへそっと人差し指を持っていく。
すると、赤い唇が噛みついた。覗く白い歯が、指に食い込む。


「ふぅん。…いいね、そういうの」


従順なだけの女にはもう飽きた。俺が欲しいのは、俺がコントロール出来やしない女。
反抗的な態度も結構。そっちの方が楽しめるってものだ。
ちらりと視線を床に這わせれば、獄寺君が未だに額を擦りつけていた。



「…なによ」




「まあ、せいぜい頑張って逃げてみなよ」




細い顎をすくって、唇を奪う。
は顔を真っ赤にして、俺の頬を引っぱたこうと小さな手のひらを振りかざした。
もちろん、殴らせてなんかやらないが。簡単に受け止めてしまって、彼女の悔しさを煽る。


「〜なっ、なにすんのよっ!」
「絶対捕まえる」


そして極めつけに、耳元での囁き。
そこで初めて、彼女は笑った。


「……ふん、知らない!」


走り去っていく背中に、俺は口端を持ち上げる。


「……そうだ。それがおもしろいんだよ、お前は」




さぁ、覚悟しておいてくれよ?


「まあ、せいぜい頑張って逃げてみなよ」