「オレと仕事、どっちが大切?」


言われた瞬間、うっかり「仕事」と答えそうになって、ええっ?とまぬけな調子で聞き直すはめになった。
あぶないあぶない。いや、だってさ。仕事と君は比べたってしょうがないことだし、第一比べたら比べたで拗ねるんじゃないの?
と思いつつ、どうしたの?と無難な質問をしてみる。すると彼は不満たらたらな顔で、じっと上目遣いな視線を寄越してくる。


やめてよ、君のそういう顔、私にがてなんだって。


そんな風に心の中で文句を言ってみたって仕方ない。
彼は自覚してやってるわけでないし、私も私で悔しいから教えてあげないんだから。


彼は両手の指を組んで、くちびるをとがらせて言う。


「だって、オレと一緒なのにちゃん、さっきからずっとソレやってる」


彼の言う、ソレとは。


自分の手元を見る。明日中にうちの委員長に提出しなければトンファーでの制裁、という恐ろしい制約付きの書類。
確かに、二人でいる時に風紀の仕事なんてしてる私は無神経かもしれないけど、でもこれまだ半分も終わってないんだよ。明日中に提出なのに。
ちなみに渡されたの昨日。無理だろ。でもそんなことあの人に言えるわけがないから、下っ端らしく黙って仕事をすることに決めたのだ。


だから、


「今日は会えないって言ったじゃん」


ルーズリーフに下書きしていたシャーペンを置いて、溜め息なんかついてみせる。
いかにも、ああ困った、という風に。
実際のところ、困った感情より楽しい感情の方が勝ってしまってるわけだけど。


この際仕事はあとでいいや。
だってつまらない書類作成なんかより、ずーっとおもしろいことが目の前にある。
これを逃しちゃうなんてもったいないじゃない。


私と私の彼、沢田綱吉とは俗に言う歳の差カップルというやつだ。
というと少々、いや、だいぶおおげさで、私と彼とは一つしか歳は違わない。
けど、学年にすると1年も違うわけだから、それって結構大きかったりする。
だから、私は彼よりほんの少し大人でいたいと思うし、たとえ一つといえど、年下の男の子がかわいくて仕方ない。

もちろん彼は、私のそういう態度を嫌がるけれど。


1歳しか違わないのに、そういうのはずるい!なんて言って。
年齢の壁はどうしたって越えられないから、それを見せつけるようなことをされると、ふてくされてしまうのだ。
こうして私が、こんな程度のことも分からないの?子どもね。とでも言いたげな態度を見せると。


でも、ふてくされた顔が時々、ちょっと悲しそうにしゅんとすると、私って少しゆがんでるんだろうか。
むねのおくが、きゅんとする。今みたいに。


だって私の言うこと為すこと全てにいちいち一喜一憂するなんてかわいいじゃない!


「、でもちゃん、うちに来るならいいよって言ったよ」


大きな目をふちどる長いまつげが、ふるえている。
口元が綻んでしまいそうになるのを一生懸命こらえて、機嫌悪そうに口をひらく。


「それは、君が会えないのは嫌だって言ったからでしょ。私最初に言ったじゃん、風紀の仕事あるって」


彼が、くちびるを噛む。


「、そう、だけど、」


俯いた顔を覗き込みたい気持ちを抑えて、私は突き放した口調でさらに責めたてる。


「しかも、オレと仕事どっちが大事?なんて聞いたりして…、ひどいよ、綱吉。私だって好きでこんなことしてるんじゃないのに」


なんだか疲れちゃった、と呟いて、おまけに目頭を押さえてみたりする。
すると向かいに座っていた彼が、座ったままずるずるこちらへ移動してきて、目頭を押さえる私の右手を、そっと包んだ。


「…あの、ちゃん、」
「…なに、」
「あの、…ごめんね、その、おれ、わがままいって、」


そう言いながら、私の右手を自分の方へ引き寄せて、指先にキスをした。


「でも、さみしかったし、……すっごく、くやしかったんだもん。
ちゃんってば、オレより風紀の書類がだいじみたいだし…、
それってなんか、ひばりさんとくらべられてる、みたいで、」


私の右手を包む熱いてのひらに、ぎゅっと力がこもった。
心臓が、痛いくらいに締めつけられる。


なんてことだろう!

この子こんなに私に惚れこんでる。
そう得意になって、胸をくすぐるときめきに酔いしれながらも、彼の挙動を冷静に見つめていたはずなのに。


「……だから、おれのことすきか、ちゃんと教えて?」


……まけました!私がわるかったわよ!


「もういいよ!こんな書類やめやめ!……つーくん、私仕事よりずっとずっと、君が大事だよ」
「ほ、ほんとに?」
「ほんと!もーだいすき!」


この無自覚小悪魔くんめっ!




でもあいしてる!


「オレと仕事、どっちが大切?」