「つなよし、すき」 長い睫毛をふるわせて、潤んだ瞳をそう魅せつけられたら。 特別な好意をもっていない相手にだって、どきっとしはするだろう。 じゃあ、それが大好きな女の子が相手だったら?そんなもの、答えは簡単だ。 これは誰に聞いたってぜったい、オレと同じ答えを出すに決まってる。 もちろん、そういう仕草をしてみせた相手が、回答者のすきな相手だったらの話だ。 オレの大好きな女の子というのは、オレと同い年で並盛のお隣、黒曜に住んでいる。 たいして距離があるわけでもないけど、オレと違って部活動に励んでいる彼女とは、ほとんど休日にしか会う機会がない。 会えない日にはメールなり電話なりをするけど、やっぱり顔を合わせて、機械を通さないそのままの彼女の声で彼女の言葉をきくのが、いちばん心地いい。 いつまでも続きそうなメールのやりとりを、学校を理由に無理やり終わらせるおやすみメールでの最後の一文。 電話でいうと、それじゃあまた明日、のすぐあとの言葉。 つなよし、すき。 この言葉を聴くと、たまらなくなる。 夜遅くても、常識的に考えて無理だと分かっていても、すぐさま彼女のところまで走っていって、だきしめてしまいたくて、しょうがなくなってしまう。 オレが大好きな女の子であると同時に、オレのことをすきだと言ってくれる女の子でもあるオレの彼女、 は、オレなんかが彼氏では申し訳ないくらいとびっきりかわいいこだ。 その辺にいくらでも転がっているような表現で、これもまたに悪いと思うけど、すごく、いいこだ。 かわいいし、優しい。かわいいというのは、見た目のこともあるけれど、やっぱりその性格だ。 しっかりしてるようで意外とぬけてるとこがあったり、女の子らしいものを好む反面、実は任侠映画がすきだったり。そういうところだ。 意外とぬけてる、なんてのは、オレなんかが言うのはすごく失礼だと思うけど、そこはオレでさえそう思うくらいの天然少女なんだと思ってもらえればいい。 とにかく、そんな彼女がオレはだいすきで、オレにできるかぎり大切にしていこうと思っているわけだ。 ……わけ、なんだけども。 「ふ、あぁ、…ん、ごめんね、最近部活ちょっとハードで…」 何度かまばたきをして、は申し訳なさそうに言った。 「う、ううんっ、ぜんぜん、気にしないで、」 気にしないで。 そう、気にしないでいれたら、どんなに楽だろう。 気にせずにいれたら、純粋に彼女との時間をじゅうぶん楽しめるだろうに。 言いわけくさいどころか完璧に言いわけなのは百も承知だけど、でも、あえて。 鮮やかなブルーのスカートから覗く、まぶしいくらいに真っ白な足。 あくびの後の涙が浮かぶ、いつもよりきらきら輝いてみえる大きな瞳。 そして、ゆっくり降りてきているらしい睡魔への、あまいため息を吐き出す、くちびる。 頭の中まで熱をもってしまったみたいに、ぼぅっとそれらを見つめる。 けど、いつもと少し様子の違う彼女に、心臓が落ち着いた鼓動を刻まない。 壊れてしまったように、どきどきいって、それが苦しくて仕方ないから、彼女からふと目を逸らす。 はあ、ねむい。すると、そう呟いた声にどくりと血が湧いて、呼吸がとまったみたいに喉の奥がぐっと詰まる。 「…ああ、ほんとごめんね、つなよし。…でもすごく、ねむいの、」 はあまえるような口調でそう言うと、オレの肩にあたまを預けてきた。 ふわりと、色にしたらきっとピンクだろう匂いが、オレの胸をきつく抱きしめる。 だめだ、こんなの。 そう思うのに、声は、言葉は、うわずることで喜びを表現している。 「、、だめ、だよ、」 「わかって、る…せっかくのデートなのに…、でも、ほんと、」 ちがう。きみはぜんぜん、わかってないよ。 「…、今日、はもう、かえったら、どうかな?」 「、うぅ、ねむいけど、それはいや、」 「いや、でもさ、」 「やだ。つなよし、やだ。…ねえ、すこしのあいだで…いいから、」 こんなこと、女の子からはひどいバッシングを受けることだろうけど、男からなら賛同を得られるだろう。 言いわけと言い分なら、これだけで十分だ。 オレは男で、オレの目の前で無防備な姿をみせるかわいい女の子は、オレの彼女だ。 「が、わるいんだからな」 「……ん…、な、に?」 もう意識の半分は眠りの世界へ旅立っている様子で、は小さく唇を震わせた。 その仕草に、オレは渇いたくちびるをぺろりと舐める。 そして彼女がうつらうつらなのをいいことに、くたりと力ない身体をその場に押し倒し、耳元でささやく。 「おれは、いったよ。だめだって」 くすぐったいのか、それとはまた違う感覚なのか、は身体をよじって眉を寄せた。 「ん、なに、」 「だから、がわるいって言ったんだよ」 「、わかんないよ、なに、」 「じゃあいいよ、わからなくて」 その言葉を最後に、オレの右手はの洋服の裾から潜って、白い素肌を直接滑りはじめた。 口寂しいくちびるは、目の前の甘い果実に齧りつく。 くぐもった否定の声は、次第に熱い吐息に変わっていった。 「ん、んん、ね、つなよし、」 「、ん?」 「な、なんできゅうに、」 どうやらやっと完全に眠気が覚めたらしい彼女は、すこし恨みがましい目でオレをじっと見つめてくる。 彼女としては、ふたりで昼寝するだけのあたたかい午後をご希望だったようだ。 いまさら拒むことはしないだろうけど、でもそう簡単には許してくれなさそうだ。 けど、オレには言いわけという名の言い分、いや、言い分という名の言いわけなのか? 男であるオレと女の子のでは捉え方がちがうし、どちらが正解という話じゃないけど、でも、こうなってしまった理由なら、きちんとある。 男であって、しかもこんなに君のことが大好きなオレの前で、むぼうびな態度をとるからいけない。 大好きな女の子をまもりたい、大切にしたい。 そう思うのは間違いなくオレだけど、相反した想いを抱くのもまた、オレなのだ。 「そんなの、簡単だよ」 「…え?」 「……めちゃくちゃにしたい…すきだから」 こういうシーンで使うすきって言葉は、なんてうそっぽく聞こえてしまうんだろうか。 これじゃあますます機嫌を悪くさせちゃったかな? 勢いのまま押し切ってしまうのが、いまさらながら怖くなってしまったけど。 「……、つなよし、」 「、はい」 「…怒ってないよ?」 「え、ほっ、ほんと?」 「うん。…だって、すきだもん、」 潤んだ瞳を縁取るまつげがふるえて、濡れたくちびるが吐息と一緒に吐き出した言葉。 オレはやっぱりたまらなくなって、もう立ち止まれはしないと、あたまのどこかで思った。 男なら、無防備な姿を遠慮なく魅せつけてくる恋人を前に、よこしまなことを考えるなというほうが無理な話なのだ。 |