ある月の綺麗な夜、俺は敵対するファミリーとの抗争でうっかり怪我をしてしまった。
しかも、その直後あった爆発により、仲間達と散り散りになってしまう始末。
それでもなんとか敵に見つかる前に逃げ出せたものの、暗い路地裏でついに倒れた。
そして、さて、いよいよお迎えが来るんだろうか、と死を覚悟していた時だった。




「あらま、ここいらじゃ見ない色男。……女って悲しくなるのよねぇ、色男が死ぬと」




一緒に暮らして一月する頃には、彼女が俺を拾ったのは気まぐれだということがよく分かった。
彼女は、その麗しい容姿にはあまり相応しくない、変わり者なのだ。
珍しいものが大好きで、少しでも興味を持ったものは、なんであれすぐ持ち帰ってしまう。




それがたとえ、人間であっても。




「ちょっと、色男」
「いい加減にその呼び方はやめて下さいよ、さん」
「いいじゃない、別に。それより、いつまでもここにいたら危ないわよ、あんた」
「……自分で連れ帰っておいて言いますか、」
「そうだけど……、でも、分かってるでしょ?」
「ま、あの時さんに拾われてなかったら、出血死してましたしね、俺」
「そうじゃなくって、……まぁそうだけど。……あたしの仕事、分かってるでしょう」




そんなのは都合のいい言い訳だと、俺は知っている。




さんの仕事というのは、金を受け取る代わりに自分を差し出す、そういう仕事だ。
はっきりそう聞いたわけではないし、聞くのも失礼だと思って聞きもしなかったが、おそらくは。
彼女の、なんとなく気まずそうなこの表情は、よく知っている。
時に、情報の為、愛情なしに女性を抱く俺達が、朝の眩しい光の前で罪悪感に苦しむ顔と、同じ。


さんには、お得意さまというのが幾人もいるようだ。
多分、そういう人達に俺の存在を嗅ぎつけられたのだろう。
理由はなんであれ、そういう世界なのだ、男と同棲なんてあってはいけない。
この事実の証拠をまだ掴まれていないとしても、そんな話がある。
それだけで、さんの、ウリモノとしての価値は下がってしまう。




俺個人としては、そうなって、さんがそういう仕事を出来なくなってしまえば、それはそれでいい。




出会ったあの夜に負った怪我は、もうほとんど完治している。
ここに留まっている理由といえば、それは俺がさんに、命の恩人以上の情を抱いているからだ。
本部に戻って、そういう立場で彼女にアタックするのもいい。
けれどその一方で、今はまだ、ただの男として、もう少し彼女の傍にいたいとも思う。




しかし、彼女というひとは、とても飽きっぽいのだ。




俺をここから追い出したいのは、もちろん仕事のこともあるだろう。
だが実際は、それはあまり大きな問題ではなく、ようするに飽きたのだ。
俺を飼うことに、もう彼女なりの面白味を見い出せなくなっている。
だから、早いところ厄介払いしたい、仕事の方でも色々都合悪くなりそうだし、潮時か。
そんな具合で、元々面倒臭がりの彼女は、また一人きりの気楽な生活に戻りたいのだ。


もちろん、そこまで分かっているからと言って、素直に出て行ったりはしないが。


「分かってるけど、でも、俺、さんに恩返しもしたいし」
「そんなのはいいの。色男って女泣かせで困るわ、ほら、あんたを心配してる恋人がいるでしょう」
「いないよ、そんな人。いたとしても、命の恩人に恩を返すまでは帰れないな」
「……、商売柄、そっちの腹も読めてんのよ、あたし」
「ならはっきり言えばいいのに。出てってくれって」
「……どんな女でも、基本はみんな同じなのよねぇ。色男には目がないの」
「だとしたら、さんはこんな風に俺を追い出そうとはしないんじゃないのかな」
「……まいったわね、あんた何が望みなの?」


「別に何も。ただ、この傷がすっかり治って、さんに恩返しするまでは帰らないってだけ」


今ここで出て行ってくれることが、最大の恩返しなんだけど。
そう小さく呟きながらも、さんは、俺がもうしばらく厄介になることを了承してくれたようだった。
俺が正体を明かして、きちんと彼女に交際を申し込んだ時、彼女はどんな反応をするだろう。
こんな風にまたこっそり悪態をつきながら、少しだけ驚いて、またあの夜のように瞳を輝かせるだろうか。




「……女ってなんでか好きなのよねぇ、秘密とか影のある色男って」




ふと、口端が勝手に持ち上がっていくその様を見て、さんは訝しげにこちらを見ている。
珍しいものが大好きで、子供のような好奇心を持つ無邪気な大人の女性。
飽きっぽいのが少々困ったところで、けれどそれもまたいい。




色男というのも、なんでかそういう少々難ありな女性が好きなのだ。