「お優しいことね。自分を殺す為の計画に加担してる女さえ、殺せないの?」 彼女の言う通りだと、思った。けれど、たかだが二十数年間といえど、今の俺の全てである今までの人生全部で、愛していた。彼女を、愛しているのだ。憎いと思ってもいいはずなのに、あるのは悲しいくらいに、愛しさだけだ。俺は、俺を殺したい程に憎いと言う女性が、殺されてもいいと思う程に、すき、なのだ。騒ぎを聞きつけて駆け付けた部下は、全員部屋の外へ出してしまった今、どうなるか分からない。リボーンや獄寺君がいる以上、ありえないとは思うけれど、もしかしたら。本当に、殺されるかもしれない。でも、それでもいいと思う。いっそ、そうであればいいと思う。こうなってしまった以上、もう彼女と共にはいられない。なら、ここで死んでしまった方が。その後すぐに殺されるだろう彼女と、同じ地獄へ行けるなら。それが、いい。彼女の方は、そんなこと、望んでいやしないけれど。 「……不思議だ。こうして、暗殺者だと言う君とふたりきりで、殺されてもおかしくない状況でも、 今まで、騙されていたのだと知っても、憎いとも、悲しいとすら思わないんだよ。何故かな、」 「………知らないわ、そんなこと」 「うん、そうだろうね。……でも、分かるだろう?俺が、それだけ君を愛してるんだってことは」 「そのみっともない執着を愛と呼ぶならね。……ふん、くだらない」 後ろ手に縛られ、足の自由も奪われた格好で、床に転がる恋人という名の暗殺者。俺を散々口汚く罵った唇は、昨日までは確かに、俺への愛を囁いていたのだ。くだらないと切り捨てる言葉は、いつも、俺の愛の言葉への、かわいい照れ隠しだったのに。けれど、今俺を見上げる瞳には、暗い絶望と鋭い殺意しかなく、それは迷いなく真っ直ぐ俺を射抜いている。俺はそれを、ぼんやり受け入れるしかない。俺を甘く潤んだ瞳で見上げていた時も、本当はこんな風な憎悪で心はいっぱいだったんだろうか。俺に抱かれながら、俺を殺す一瞬だけを思って、こらえていたんだろうか。二ヶ月後、六月には式を。幸せのジューンブライドを君にと、はしゃぐ俺を見て君は、本当は何を思っていた? 「……出会いから全て、仕組まれていたことだったんだね」 「そうよ。あたしが愛しているのは……、白蘭さま、ただ、あの方だけ、」 「、白蘭……、あぁ、ミルフィオーレファミリー、そう、君は彼の……」 「……殺しなさい。あの方に迷惑はかけたくないし、……あんたに情けをかけられる覚えもない」 「………生きて、白蘭の元へ帰ろうとは?」 「、あんたに抱かれた身体で、あの方の元へは、帰れない」 「……あいして、いるんだね」 俺でない、別の男を、心から。自分を犠牲にしてまでも、力になってやりたいと思う程に、かれを。恋は、盲目であるというけれど、それならば愛は、なんだと言うのだろう。他に何も手がつかなくなってしまうくらい、相手のことしか見えなくなってしまうのが恋だというのは、君に出会ってからの俺がいい例で、こうして殺されそうになった今も、殺意にぎらつく瞳さえ愛しいと思う。きつく縛られた腕に、赤くロープの痕がついてしまわないだろうか、重い足枷のおかげで、足を悪くしないだろうか。どんなことをしてでも、俺は君に笑っていて欲しいし、幸せに生きて欲しい。その為なら、死んだっていい。けれど、俺の君への想いは、もう恋と呼べる程純粋で美しい、綺麗事ではないのだ。相手しか見えない、なんて気障な響きの陳腐な言葉では足りない。それに、子供でもないのだ。大人であるから、俺は君を手放さずに済む方法を知っているし、実行することだって容易い。恋は、盲目であるという。それならば、愛とは。俺は、思う。 、愛は、狂気であると。 「いるんだろ、リボーン。入ってこいよ。お前なら、俺の考えてること、分かってるだろ?」 重い扉が音もなく開いて、リボーンは部屋へ入ってきた。顔に濃い影を落としているシルクハットのおかげで、表情は分からない。けれど、やはり十数年面倒を見てきた弟子のことだ、俺の気持ちは分かっているようだ。理解は、出来ないようだけれど。でも俺は、誰にも理解なんて求めていないので、構いやしない。リボーンは、ただ淡々と、機械が文章を読み上げるように無機質な調子で、言った。リボーンは、ノーと言えない。俺の愛情は理解出来ずとも、俺自身のことはよく理解しているのだから。誰よりもボンゴレ十代目であるべく育ててきた弟子。誰より、ボンゴレ十代目に相応しい俺。ここで、手放すわけにはいかないのだ。たとえ俺が、どんなに壊れてしまっていても。 「……幸せには、なれねェぞ。待ってるのは、仮初めの幸福と、絶望だけだ」 「幸せになれるさ。……が俺の傍にいることだけが、俺の幸せなんだから」 「……この薬は、精神を完璧に破壊する。自分のことはもちろん、お前のことも忘れる。全てな」 「構わない。……他の男にくれてやるより、ずっとマシだよ。……忘れたら、また教えてあげるしね」 「………そこまで言うなら止めはしねェ。だが、お前はボンゴレ十代目であることを忘れるな」 「もちろん」 忘れはしない。ボンゴレ十代目であることが俺と彼女を傷つけ、また、愛し合わせてくれたのだから。差し出された小瓶を受け取ると、訝しげな視線をこちらに向けたまま、黙って俺達の話を聞いていた彼女の前に、屈み込む。どろりとした、赤い液体。彼女は顔を青くさせて、ぎこちなく首を横に振った。俺が憎いと言った勢いは、見当たらない。透明なガラスの小瓶の蓋を、ゆっくりと引っ張って、開ける。むっと、むせ返るような甘い香りが、途端に部屋いっぱいに充満した。やめて、何をする気なの、と怯えた様子で俺を見つめる瞳は、きっと俺しか映らなくなってしまうだろう。記憶も、感情も、全てを失ってしまうのだから。生まれたての小鳥が、初めて目にしたものを親だと思うように、彼女もきっと、俺をいつしか本当に愛おしいと感じる日が来るだろう。この、運命の毒薬にて、俺でない男を愛した君は、死亡する。 俺は赤い液体を全て口に含んで、泣いてやめてくれと懇願する彼女に口付けた。 「っ、ツナっ、お前何を……っ!」 「ふふ、っ、あはは、っは、俺を愛していなくても、きみの口付けはやっぱりあまいや、」 「……おい獄寺ッ!シャマルを呼べっ、早く!!」 「リボーン、この薬のことはよく知ってるだろう?……もう、遅いよ」 きみと俺を邪魔するもの、全てを捨て去ってしまったら、一体何が残るだろう 「、かわいい俺の恋人、俺のことが憎いかい?」 「、つなよし、すきよ、あいしてる、つなよし、すき、あいしてる、あいして、る、」 「うん、俺もだよ、俺だけの愛しいひと。……ごめんね、そろそろ時間だ。すぐ戻るから、待っていて」 「っ、どこへ、どこにいくのっ、いやよっ、つなよし、すき、あいしてるの、つなよし、っあ、ああっ、」 「大丈夫だ、泣かないで。……君を苦しめる原因を、片付けてくるだけだよ」 |