わたしはこどもだから、わたしの目の前で、平気な顔で笑うこの人の気持ちなんて、分からない。分からないし、分かりたくない。分かってなんか、やらない。わたしは、わたしの目の前で、笑って泣いているこの人ほど大人じゃないから、その心の中を理解してなんかあげられない。わたしに出来るのは、いやだいやだと泣いて、あなたに縋ることだけだ。みっともなくても、ずるくても、そうする以外、どうすればあなたを引きとめられるのか、わたしは分からない。でも、分かってる。そんなことをしたって、あなたは困るだけで、わたしのお願いなんか、聞いてはくれないと。


「おまえの、為だよ」

「わたしの為?わたしを、泣かすようなことが、わたしのため?」

「……俺はおまえに、おまえを泣かしたりしないと約束したけれど、今ここで泣いておけば、この先泣くことはない」

「この涙は、ずっとずっと、とまらない、ねえ、おねがい、いかないで、」

「、俺ではね、おまえを守ってやれないんだよ」


うそつき。大人ぶって、そんな大層な理由を言って、でもそれって言い訳でしかないのに。わたしが泣いてるのも、くるしくて仕方ないのも、ぜんぶ、あなたのせいなのに。守ってもらいたいんじゃないんだから、守れなくたっていい。ただ、わたしをそばに置いていてほしいだけだ。わたしは、足手まといにしかならないのだろうけど、でも、いっしょにいたい。今流している涙を止められるのも、この先泣かないで済むように出来るのも、あなたひとりだけ。どうして、ひとりで急いで大人になんてなろうとするの。わたしを置いていくって言うなら、それが大人になることだって言うなら、大人になんてならないで。


「つなよし、おねがい、置いていかないで、」

「……お願いだ、分かってくれ。俺は、おまえだけはどうしたって、守ってやりたいんだよ」

「わたしがいちばん大事なものが、何かわかってて、いうの?」

「………俺のことが大事だと言ってくれるなら、お願いだ、このまま、さようならを言わせて欲しい」


せめて、別れ顔には笑顔が欲しい、なんて。ずるい、ずるい、ずるい。おとなって、なんてずるいんだろう。つなよし、わたしを置いて、いってしまうんだね。ひとりで、急いで、無理に、大人になって。思い出す日々のあなたは、いつだって無邪気に笑っているのに。わたしのとなりで、楽しそうに、しているのに。目の前にいるあなたは、どうしてそんなにも悲しそうなの。別れ顔はせめて笑顔で、そう言ったのはそっちでしょ。なのに、そういう顔をするのは、ずるいんじゃないの。つなよし、わたし、思うよ。あなたみたいな、自分勝手な大人にだけは、なりたくないって。


「………自分勝手だね、つなよし」

「……うん、そのまま嫌いになってくれ、」

「…………ほんと、自分勝手、」


それから5年して、結局自分勝手な大人になってしまったわたしは、自分勝手にイタリアへ飛んだ。
彼に、逢うために。